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第5章

62 フミヤくんの家ならきっと、金縛りにかかるかもしれない

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 僕はフミヤくんに家に泊まりにきた。

「ゆっくりしていってくださいね! いきなりだったんで部屋が散らかってますけどー! アッハッハッハッハ! アッハッハッハ!」

「へー結構いい感じじゃん」

 いかにも大学生という感じの部屋でなぜか安心してしまった。

 6畳くらいのワンルーム。荷物で部屋が圧迫しないようにしているのだろうか。物は少なめだ。
 部屋の全体的なカラーは黄色だ。黄色のカーテン、黄色の布団に黄色のマット。
 黄色が多い点だけが気になった。黄色が好きなのだろうか。

「アッハッハッハ!!!」

「ぅわ」

 部屋を見ていたら突然フミヤくんが笑い出して驚いてしまった。
 フミヤくんは笑いながら部屋の掃除を始めた。
 散らかっていると言っていたがしっかり整理整頓されている。僕の部屋なんかよりも綺麗だ。
 それほど几帳面なのだろう。性格が変わってしまったせいで元の性格を忘れていた。

「アッハッッハ! アッハッハ!」

 僕がいるからこんなに笑顔でいるのだろうか?
 僕がいない時もこんな感じなのだろうか?
 それは僕にはわからない。

 フミヤくんの笑い声は日に日に大きくなっている。近所迷惑にならないか心配だ。

「隣は誰か住んでるの? 泊まり来ちゃったけど夜とか声大丈夫かな? 結構気にする人とかいるって聞いたことあるからさ」

「アッハッッハッハ! 実は両隣と上は誰も住んでないんですよ! めちゃくちゃラッキーですよ! アッハッハッハ! なんででしょうね! でもいるんですかね! アッハッッハッハ!」

 なるほど。
 それならフミヤくんみたいに大声で笑っても苦情がないわけか。

 それに冗談でお化けと言ったのだろうが、僕には冗談には聞こえなかった。
 やはり自覚はないが金縛り霊を見ている可能性がある。記憶にない。もしくは僕に黙っているかだ。

 金縛り霊との繋がりを確認したいが、フミヤくんはこんなに元気が有り余っていて寝れるのか?
 全く疲れている様子もないし、僕が泊まったせいでオールする可能性も出てきたぞ。
 大学の授業中に寝るってこともあり得る。それじゃ僕がきた意味がない。
 なんとしてでもフミヤくんを寝させないと……。

「いつも何時くらいに寝てるの? そんなに元気だと寝れないんじゃない? 居眠り授業とかしてないよね?」

「アッハッッハッハ! 大学では居眠りなんてしたことないっすよ! アッッハッッハ!」

「そ、そうなんだ。じゃあ何時くらいに寝てるの?」

「これが驚くことにいつも2時になると勝手に寝ちゃってるんです! アッハッッハ! 全然眠くなくてもいつもと同じ時間にはもう夢の中です! アッッハッッハ! ルーティーンってやつですかね! アッハッッハ!」

「へー、2時か……」

 2時に寝てしまうのは本当にルーティーンなのだろうか。
 金縛り霊の不思議な力で眠らされている可能性があると僕は睨んだ。

 あと笑い方うるせー。どうにかなんないかな。
 いつもはバイト先の広い空間だったからよかったものの、6畳の部屋でこんなに大声で笑われたらさすがにうるさいわ。
 もしユウナさんに会えたら、この笑い方を元に戻してもらうように説得してみよう。

「じゃ、早速だけど映画見ようか!」

 寝るまでの間は映画鑑賞だ。映画ならうるさい笑い声も聞かずに済むだろう。
 それに映画を見たら眠くなるのも人間の性だ。
 それを利用してフミヤくんに良い睡眠をプレゼントしてあげよう。

「Wi-Fiとかある? 僕のスマホをテレビと繋げたいんだけど……」

「アッハッッハッッハ!」

 今の笑い声は返事か? あるって事でいいのか? それともないのか?
 わからない。なぜフミヤくんは動かないんだ。

「あるんだったらWi-Fi教えてほしいな~」

「ないですよ! アッハッハッハッハ!」

 ないのかよ。

 テレビ画面で見れないという事で、小さなスマホ画面で見る羽目になってしまった。
 男二人で小さなスマホ画面に釘付けになるのはちょっと嫌だな。

「フミヤくんが見たいやつをまず見ようか。作品数いっぱいあるから好きなの選んでよー!」

 僕はリナの金縛りちゃん面接の時に使用した動画アプリの画面を開いた。
 そしてスマホをフミヤくんに渡した。

 とりあえず映画を選ばせよう。

「アッッハッッハ! アッッハッッハッハ!」

 笑いながらスマホをスクロールしている。その姿に恐怖心すらも芽生え始めてきた。

「ウサギ先輩!」

 突然名前を呼ばれた。どうしたのだろうか。見たい映画でも見つかったのだろうか。

「アッハッッハ! アッッハッッハ!」

 よかった。見たい映画があったらしい。
 フミヤくんの動きをよく観察したら、笑い声だけでもなんとなく意思が伝わってくるぞ。

「じゃあこれ見ようか」

「あ、違いますよ! アッッハッッハッハ! 別のジャンルはどこ押せばいいんですか? アッッハッッハッハ」

 全く違かった。それに喋れるんだったらちゃんと喋ってくれ。だんだんその笑い方に腹が立ってきた。
 ユウナさんが来たら絶対に治してもらおう。こればかりは治さないとフミヤくんがかわいそうだ。

 ジャンルを変えスマホを再び渡した。

「これを見ましょう! アッハッッハッハ! アッハッハッハ!」

「ん~、どれどれ?」

 さ、最悪だ。フミヤくんが渡してきたスマホ画面には、ギャグ多めのアクション映画が表示されていた。
 映画自体は悪くない。悪くないのだが、フミヤくんの笑い声を考えると絶対集中できない。
 それに小さなスマホ画面で見るからどうしても距離が近くなってしまう。
 僕の鼓膜が破れる可能性だってあるぞ……

「か、金縛りちゃんのためだ……」

「アッッハッッハ! アッッハッッハ!」

 独り言を言った僕だったがフミヤくんの笑い声にかき消された。

 映画の上映時間は110分と書かれている。そして現在の時刻は0時を回ったところだ。
 映画を見ているタイミングで2時を迎えてしまう。だが映画を見終えた後は自然に睡眠に誘導することも可能だ。
 ルーティーンか何か知らないが2時なら絶対眠くなるはずだろう。

「じゃあ見ようか」

「アッッハッッハ!」

 うるさい。本当にうるさい。

 そして僕たちは小さなスマホ画面でギャグ多めのアクション映画を視聴した。
 僕の予想通りフミヤくんは面白いシーンの時に大笑い。その度に僕は耳が痛くなるほどダメージを受ける。
 そこまで面白くないシーンでも大爆笑するものだから、僕の耳は途中からキーンという音が聞こえるようになってしまった。

 そして映画のクライマックスシーン。この映画で一番大事なシーンだ。フミヤくんが静かになっていた。
 ちゃんと映画の世界に入り込んでいるのだと僕は思い込んでいた。しかし違かった。
 フミヤくんの顔を見ると目を閉じ一定の呼吸をしていた。
 これは寝落ちというやつだろう。

 時間を見てみるとちょうど2時を差している。

 あんなに元気だったフミヤくんが、こんなにも簡単に眠ってしまうことに驚きを隠せない。
 そして2時ちょうどというルーティーン、もしくは金縛り霊の不思議な力が凄すぎると実感した。

 第二段階。フミヤくんを眠らせることクリア。

 映画はクライマックスシーンで良いところだが途中で止めさせてもらう。
 なぜなら今回の僕の目的は映画じゃないからだ。

 金縛り霊に会うことが今回の僕の目的だ。

 寝ているフミヤくんを起こさないようにベットまで運ぶ。
 幸いフミヤくんはベットの上で寝ていたので寝やすい体勢にしてあげるだけで済んだ。

 このままフミヤくんの周りを観察するが、怪奇現象のようなものは起きていない。

「ユ、ユウナさん……」

 金縛り霊の名前を呼んでも反応はなし。

「ヒゲオカマ! ゴリラ! カバ!」

 悪口を言っても反応はなし。

 僕自身が眠っていないから反応が現れないのか。
 それとも変化した体質のせいで認識されていないのか。
 どちらなのかわからない。そのどちらでもない可能性もある。

 しかしこのせっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。

「寝れば僕にも金縛りをかけてくれるはずだ」

 人の家で寝るっていう行為は大変だ。
 リナの家の時もそうだった。でもあの時と今の状況は全く違う。
 僕なら寝れるはずだ。

 騒がしかった笑い声も消えて静かな空間に落ち着いてきた。
 それにバイトの疲れと昨日までの風邪の怠さが少し残っている。

 僕は開いているスペースを見つけ体を横にした。
 眠れさえすれば金縛り霊のユウナさんに会えるかもしれない。
 悪口言わなければよかったと後悔したがもう遅い。

 僕は目を閉じた。

 そして暗い暗い闇の中へと意識が吸い込まれる感覚を味わう。
 その感覚に抗うことなく僕の意識は、すんなりと闇の中に吸い込まれていった。

 はずだが……。


「アッッハッハハ!」

 うるさい。

「アッッハッッハ!」

 なんだこの音は……。

「アッハッハッハッハ!」

 音じゃない……声だ。

「アッハッハッハッハハ」

 夢でもフミヤくんの笑い声にうなされているのか。いや、違う。これは夢じゃない。
 これは……現実だ。

 僕はフミヤくんの大きな笑い声で意識が覚醒した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「お、おはよう……朝から元気だね……」

「ウサギ先輩! おはざーす! 昨日は映画の途中でいつの間にか寝ちゃいました! アッハッハッッハ! 今日も体の調子は最高です! すごい元気で気持ちいいです! アッハッハハッハ!」

「そ、そうみたいだね……」

 結局僕は金縛りにかからず目覚めてしまった。
 フミヤくんの様子を見る限り、金縛りにかかったのだろう。
 ユウナさんに疲労を吸われ元気になったに違いない。

「ダメだったか……」

 僕はフミヤくんの笑い声にかき消されるくらいの大きさでボヤいた。

 金縛りにかからない残念な結果に終わってしまった。
 しかし僕が金縛りにかからなかったという事実だけ持ち帰れればそれで良い。

 ユウナさんとカナたちの担当しているエリアはほぼ同じ。
 フミヤくんのところにユウナさんが来れるということは、ここも金縛りちゃんたちの担当エリアだということだ。
 金縛りちゃんたちの担当エリアと同じだから、僕は金縛りにかからなかった可能性もある。

 それなら担当エリア外の『兎村』なら金縛りにかかるかもしれない。
 やっぱり兎村に行きたい。

 しかしバイトが始まってしまって休みがなかなか取れないので、兎村以外の別のところで金縛りにかかるのか試してみたい。

 簡単に寝泊りできる場所といえば漫画喫茶やインターネット喫茶などだろう。
 今夜は漫画喫茶に行って金縛りにかかるか試してみよう。

 人が多いところは金縛りにかかりにくい可能性があるけど試してみないとわからない。
 そもそも漫画喫茶で金縛りにかかったなんて事例聞いたことがないな。
 漫画喫茶がダメならホテルだ。ホテルなら家とそこまで変わらないだろう。旅館がと同じようなものだし。
 ホテルや旅館は金縛りにかかりやすいというのは聞いたことがある。

 しばらくの間は漫画喫茶とホテルに泊まりまくるしかないな。
 お金ならいくらでもある。いや、いくらでもではない。
 ただボッチで隠キャの僕はお金を貯めるばかりであまり使っていない。だから貯金はある。

 そうとわかればすぐに実行しよう。ここに居座る意味もなくなった。
 それにフミヤくんは大学生だ。午後から講義があると言っていたので邪魔な僕は帰るとしよう。

「それじゃあ僕は帰るよ。泊めてくれてありがとう!」

「アッハッハハハ! もう帰っちゃうんですね! 元気になりましたか? アッハッハッハハ!」

「あーどうだろう。元気になった……かな?」

「それはよかったです! アッハッハッハッハ!」

 元気にはなっていない。けれど前向きな気持ちにはなった。

「じゃあ大学頑張ってね! またバイトで」

「アッハッハッッハッハ! お疲れ様でした! アッハハッハハ!」

 僕は寝起き早々にフミヤくんの家を出た。

「いてて……」

 変な寝方をしてしまい腰が痛い。腰を抑えながら歩く姿は他の人から見たらおじいちゃんだ。

「でも……なんで……」

 フミヤくんの元気を見たらわかる。昨夜は確実にユウナさんはフミヤくんに金縛りをかけた。
 フミヤくんのところに来たのなら、僕に金縛りをかけてもくれればよかったのに。
 金縛りがかけられないのなら、何か別のアクションを起こしてほしかった。

 金縛りにかからない体質と『認識されない』そして『認識できない』体質になってしまった事を改めて実感した。
 でもまだ諦めていない。前向きな気持ちが背中を押してくれている。
 そして耳に残ったフミヤくんの笑い声も僕に勇気をくれている気がする。気のせいだろうけど。
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