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第4章

58 花嫁姿に扮した金縛りちゃんたちの最初で最後の告白

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 金縛りにかかった感覚に襲われて僕は意識が覚醒した。

「……」

 気のせいだろうか。
 いつもの金縛りとは違って何だか寂しさを感じる。
 今までかかってきた金縛りが檸檬色だとしたら、今かかっている金縛りの色は、夕暮れの空にほんの少しだけ見える紫色のイメージだ。

 今日でお別れをするかもしれないんだ。悲しい気持ちになるのも当然だろう。
 だって今日は専属霊を決める最後の日なのだから。

「……っ……」

 僕は、感じる悲しい気持ちを歯で食いしばりながら目を開けた。
 そうでもしないと目を開けるよりも先に涙がこぼれ落ちてしまいそうだから。

「……あれ、いつもと違う……」

 目を開けた瞬間に違和感に気が付いた。いつも通りに来てくれた3人の金縛りちゃんたちの衣装が違うのだ。
 金縛り霊の特徴でもある白いワンピースがいつもよりも豪華になっている。
『ウエディングドレス』と、まではいかないが、それに近い気品さがある素敵な衣装だ。

 そして髪型やメイクなどもいつも以上に張り切っているように思える。
 金縛り霊たちも生きている人間のように着飾ったりメイクをしたりする事に僕は驚いた。
 今までで一度も白いワンピース姿以外の姿を見たことがなかったからだ。

 今の金縛りちゃんたちを一言で表現するのなら……『花嫁』だ。

 カナとリナは長い髪をお団子風にまとめている。
 いつも以上に大人な雰囲気を出している。
 アニメとかで見るプリンセスのようだ。いや、それ以上に華やかで可憐だ。

 短い髪のレイナは、ストレートボブヘアーだった髪の毛先を遊ばせている。
 そして花のヘアアクセサリーを付けている。
 幼い感じも残しレイナの事をよくわかっている仕上がりになっている。

 この衣装とメイクをした人物を僕は称賛したい。

 見惚れている僕に向かってカナが微笑んだ。

「みんなで気合入れてみたの。どうかな?」

 見惚れてしまっていて返す言葉を忘れていた。
 こんなに綺麗な女性から甘い音色が僕の心に響き渡ったのだ。誰だって固まってしまうだろう。

 金縛りだから固まったのでは決してない。見惚れて体が固まったのだ。

 金縛りちゃんたちは、僕には勿体なさすぎるほど美人だ。
 勿体ない。でも心に決めた事がある。僕がふさわしい男じゃなくても、一度決めた事は変えたくない。

 肺が酸素を求めている事に気が付いた僕は、それまで呼吸をしていなかった事に衝撃を受けた。
 呼吸をするのを忘れるくらい見惚れていたと言う事だ。

「息をするのも忘れるくらいみんな綺麗です。な、なんか緊張してきちゃうな。
 僕だけ寝間着ってのが恥ずかしい……というか場違い感がすごい……き、着替えたい」
 たまたま白……というより灰色のスウェットパジャマだったから薄目で見ればそれらしくは見えるだろう。
 それでも色が近いだけなので場違い感は否めない。

 着替えたい気持ちはあるが、着替えている時間が勿体ないと思ってしまった。
 残りの限られた時間を目の前の金縛りちゃんたちと過ごしたい。

「本当に……今日で決まっちゃうんだよね。覚悟はしてたけどさ。いざ当日になるとやっぱり気持ちが弱っちゃうね。あはは……」

 ガラスのように弱いハートがひび割れそうになる。そして弱気になってしまう。

 そんな僕に金縛りちゃんたちは手を差し伸べてくれる。3人が僕の右手に触れてくれた。

 普段なら金縛りちゃんたちに、僕の気持ちや心情などが読み取られてしまう。
 しかし今日だけは僕も金縛りちゃんたちの気持ちがわかるような気がする。

 みんな緊張している。小さく震えているのもわかる。不安だろう。
 選ばれなかった事を考えないようにしないといけないが、いざ考えてしまうと悲しく切ない気持ちになってしまうだろう。
 握った手から金縛りちゃんたちの不安な気持ちが伝わったように感じた。

 僕は、心に決めた事を言うチャンスだと思い口を開く。

「えーっと……僕は、専属霊……」

「待って! 先に私たちから言いたいことがあるの!」

 言葉の途中でカナに止められた。話したい事とはなんなんだろうか?
 他の2人も見てみるとカナと同じく真剣な表情をしている。
 美しい花嫁姿の金縛りちゃんには笑顔でいてほしい。真剣な表情や悲しげな表情は似合わない。

「う、うん。じゃあ先にお願いします」

 僕は話の主導権を譲った。

 僕が心に決めている事を言った瞬間に、4人の関係は崩れてしまう。
 崩れてしまった関係は二度と修復できない。
 だから金縛りちゃんたちの話したい事を先に聞こう。
 それを聞いた上で僕の気持ちが変わらないのなら心に決めた事を話すまでだ。

 納得してもらえるかわからないけど、僕はもう決めたんだ。

 3人の金縛りちゃんは同時に息を吸って吐いた。深呼吸だ。
 そして同時に口を開いた。

「私たち」「アタシたち」「レイナたち」
「「「のプロポーズを聞いてください!」」」

「は、はい! き、聞きますっ!」

 初めて3人の声が一つになったと僕は感じた。
 そんな勢いに押されて僕の返事はヘンテコなものになってしまった。

 このまま花嫁衣装に扮した金縛りちゃんたちの最初で最後のプロポーズが始まる。

 まずはカナからだ。

「私は後悔してるの」

「え、後悔って……?」

 最初に飛んできた言葉はプロポーズらしくない言葉だった。その言葉に僕は驚きが隠せなかった。

「うん。後悔だよ。私は、初めて生きた人間と友達になって嬉しかったの。それでみんなにウサギくんの事を紹介した」

 知っている。でもなんで後悔なんだ……

「ウサギくんの事をみんなに言っちゃった事を後悔してるの」

 後悔は僕を紹介した事だった。

「だって本当だったら私が独り占めできたんだもん。最初にウサギくんを見つけたのは私だったのに。最初にウサギくんと友達になったのは私だったのに。あのまま私だけだったら今頃、専属霊になってたかもしれないのに……」

「カ、カナ……」

「だから私はまた始めたい。後悔した道から新しい道に進みたい」

 悔しそうなカナの表情が僕の胸を刺激する。

 カナの本音がやっと聞けた。
 いつもは普段通り接してくれていたカナだが、やっぱり僕の事を1番に思っててくれていたんだ。

「でも過ぎちゃった事は仕方ないと思うの。恋のライバルもできちゃったけど、今日私が選ばれてあの時のように2人だけの金縛りをまた送りたい。ウサギくんの専属霊になってウサギくんが死ぬまでずっと一緒にいたい。その後は、私も成仏してお星様になってずっと一緒にいるの。もっと言いたい事あるけどレイナちゃんとリナちゃんが待ってるから、続きは専属霊になってからね」

 いつもの笑顔を見せるカナ。そして珍しくウインクを飛ばしてきた。

「そこまで僕の事を……」

 泣けてくる。僕の涙腺は緩い。けれど必死に涙を堪えた。ここで泣いたらダメだ。泣くのは全部終わってからだ。

「だから私と契約してほしい」

 カナは堂々と僕の方に手を伸ばした。細くて長い綺麗な腕だ。

 だけどその手はまだ取れない。レイナとリナの告白も聞かなければならないからだ。

 カナの告白が終わり手を伸ばしたのと同時にレイナが一歩前に出た。

「次はレイナの番です。ウサギくんよーく聞いててくださいね」

 指を僕の方に差して顔を赤くして言った。

「う、うん。ちゃんと聞くよ」

「あの日、レイナは専属霊になるって……ウサギくんと憑き合う (付き合う)と決めました。それからウサギくんの栄養以外は一度も吸いとってません。それに吸いたくもありません。レイナはウサギくんに一目惚れをしたんです。レイナはウサギくんじゃないと嫌なんです。毎日ウサギくんの事を考えてます。一時も忘れた事はありません。ウサギくんに会えなかったら……ウサギくんがいなくなったら……そんな事を考えるとレイナは怖いんです。レイナはウサギくんが大好きです。世界で一番大好きです。もちろん霊界でもウサギくん以上に魅力的な人はいません。レイナはもっともっともーっとウサギくんのそばにいたいです。この気持ちは誰にも負けてません。ウサギくんを愛してます。だからレイナの手を取ってください。レイナを専属霊にしてそばにずーっといさせてください。お願いします」

 レイナは涙目になりながら想いを伝えてくれた。差し出した手は震えている。

「ありがとう。レイナ」

「はい。ウサギくん」

 それでもまだ手は取らない。最後の一人、リナの告白を聞かなくてはならない。

「次は、あたしだな」

 レイナの告白が終わり、最後の一人のリナが一歩前に出た。
 これで3人が横一列に並んだ。顔を上げているのは告白がまだのリナだけだ。

「あのね、また告白できるとは思ってもなかったよ。1回目はフラれたって形になっちゃったけどさ、ちゃんとした返事は返ってきてないと、あたしは思っているよ」

 確かにちゃんとした返事を僕はしていない。

「それにあたしがフラれた原因って金縛り霊たちの事をウサギくんが考えてたからだもんね。でも今はあたしも金縛り霊だから、今度こそはウサギくんと付き合えるんじゃないかなって思っている。生きていた頃よりもお互いの距離がぐーんっと縮まったし、それにあたしのこの恋心も強くなってる。あたしはもうウサギくんと離れたくない。死んでもウサギくんのそばにいたいと思ったから今あたしはここにいる……だからさ……」

 リナはスーっと深く呼吸をした。

「あたしの好きな人はウサギくんなの。だから付き合ってほしいな」

 あの時、初めて僕に告白した時と同じセリフで告白を締めた。
 そのままリナは頭を深く下げて手を伸ばした。

 3人の金縛りちゃんが頭を下げている。そして手を僕の方に差し伸べている。

「うぅ……っ……」

 僕は泣きそうになった。
 しかし堪える。歯を食いしばって。拳を握りしめて堪えた。


 僕の取る手はもう決まっている。最初から決めていた事じゃないか。
 もう何も悩む必要はない。恨まれても仕方ない。それでも取りたい手は変わらない。

「うっ……ぁぅ……」

 泣かないように堪えていたのに僕は、いつの間にか涙を流して嗚咽していた。
 嗚咽したタイミングで僕は自分が泣いていた事に気付いた。

「うぐっ……」

 僕は涙を乱暴に拭った。そして目の前の金縛りちゃんたちに向かって口を開いた。

「もう……取りたい手は決まってる……だから恨まないでほしい……」

 僕の言葉を聞いて3人は同時に顔を上げた。そして僕を安心させるために笑ってくれた。

「もちろんよ。私が選ばれなくても祝福してあげる」

「レイナも覚悟は決まってます。でも呪っちゃうかもしれませんよ?」

「2回もフラれたら諦められる。だから恨んだりしないよ」


 みんなの言葉が心に染みた。そして僕の判断が鈍りそうになってしまった。
 しかし鈍りそうな心を殺した。心を殺せたからこそ僕は心残りがなく専属霊を選べる。


「ありがとう。みんなの気持ち受け取ったよ。でも僕の取る手は、もう決まってる!」

 勢いよく手を伸ばした。いや、体ごと飛び込んだ。
 そして叫んだ。


「この手だぁあ!」


 金縛り霊の体温は低い。だから掴んだ手は、ひんやりとして冷たかった。
 しかし掴んだ瞬間、温かいものを感じた。心が温まった。
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