僕の彼女は金縛りちゃん

アイリスラーメン

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第4章

57 幸せな時間は刻々と過ぎていく

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 体が重い。そんな感覚を味わいながら意識が覚醒した。

 疲れが溜まっているから体が重く感じる。最初はそうだと思っていた。
 だが体の重さよりもさらに重い何かが僕の上にのしかかっている。

 これは完全に物理的な重さだ。

 そして体が安定していない。ジェットコースターでも乗っているかのように動いている。
 いや、動かされているのだろうか。

「どいてください!!!」

「そっちがどけって!」

「もう、真ん中は私のところでしょ~!」


 声がする。金縛りちゃんたちの声だ。


「レイナはウサギくんの事を一番に考えているんですよ! だからこの位置はレイナにふさわしいと思いませんか? 頭の中までおっぱいなんですか?」

「はぁ? 何言ってんだ? おチビちゃんの言っている意味が分からな。それにそんなんじゃウサギくんがかわいそうだぞ。ほらそこをどけっ!」

「だから……私の場所って決めたじゃん……2人は横でしょ……」

「流れで定位置っぽいのが決まってたけどさ、実際はさ誰がどの位置とか決めてないんじゃね?」

「その通りですね。おっぱいにしては良い事言いますね。なのでここはレイナの位置ですよ!」


 うるさい。
 意識が覚醒した理由は金縛りにかかったというよりも、この騒がしさが原因だろう。

 僕はゆっくりと目を開けた。
 目の前にはいつもの金縛りちゃん3人が騒いでいる。
 その姿にホッとしてしまい、突然涙がこぼれ落ちてしまった。


「ウサギくん大丈夫?」

 真っ先に僕の涙に気が付いてくれたのはカナだった。
 そんなカナの言葉を聞き、争っていた2人が争いをやめて僕の事を心配そうな目で見つめた。

「何だかよくわかんないけど……自然に涙が出てきちゃった。みんながいて安心したんだと思う……」

 一粒、二粒と大粒の涙がこぼれ落ちた。しかし泣いているわけではない。悲しい気持ちよりは嬉しい気持ちだ。なので涙はすぐに止まった。

「うわぁ」

 金縛りちゃん3人は何も言わずに僕のことを抱きしめている。
 体はひんやりしていて気持ち良い。そしてひんやりしている体とは別に温もりのような暖かい何かを感じる。
 金縛りちゃんたちに触れると、すぐに僕の心は落ち着く。
 それに落ち着いたのは僕だけじゃない。争っていた2人も落ち着いてくれている。

「あと10日だね」

 静かな空間の中、最初にリナが言った言葉だ。

 リナは僕に未練があり金縛り霊になったバイト先の先輩だ。亡くなったのに再び会う事ができた。
 なのにまた別れが訪れる可能性がある。残りの10日でリナを選ばなければ今度こそ二度と会えなくなってしまうかもしれない。
 そして僕に会えなくなった事で、リナのの未練はどうなってしまうのだろうか?
 もう会えないという事で未練が怨念に変わったりしないだろうか?
 やっぱりリナを選ぶべきなのだろうか……

 次にカナが甘い声で口を開いた。

「ユウナさんから聞いたよ。ウサギくんにとっては良い結果にはならなかったみたいだね」

 初めて金縛りにかかった時に現れた金縛り霊。そして僕が初めて一目惚れした金縛り霊。
 いつも僕のことを心配してくれている。
 今でも好きという気持ちはある。それに過去を忘れているカナの事が心配だ。
 お節介かもしれないが何とかしてあげたいと言う気持ちもある。
 ならカナを選ぶべきなのか……

 最後にレイナが頭を僕の右腕に擦り付けながら口を開いた。

「やっぱり専属霊を決めないとですよね」

 おそらく3人の中で一番に僕の事を愛してくれているだろう。今までの行動からその事はよくわかっている。
 それにファーストキスの相手だ。あの日から僕だってかなり意識はしている。
 レイナを選ばなかったら何されるか怖いというのもほんの少しだけある。
 レイナこそ悪霊に変わってしまうかもしれない。
 だからこそレイナを選んだ方がいいのか……

「最後までには決めようとは思ってる……ちゃんと自分の気持ちに素直になって答えを見つけたい」

 僕の言葉を聞いた金縛りちゃん3人はニコッと笑い自身ありげな表情をした。
 不安がる様子が一切ない。だって僕は誰を選んでもおかしくはない。
 3人とも好きで3人とも1番だ。

「あっ、そうだ! レイナ……」

 このタイミングで一番聞きたかった事を思い出した。

「は、はい! 準備オッケーですよ! いつでも!」

 右腕に抱きついているレイナはキス顔をして僕の顔に近付いてきた。
 この流れで呼んでしまったのだ。流石に勘違いしてしまうだろう。
 これは僕が悪い。思い出したタイミングが本当に悪かった。

「ご、ごめん、そ、そうじゃなくて……ワカナさんは何か言ってた? 来てくれたのは良いんだけど全く会話できなかったし僕自身全く動けなかったんだよ……」

 あの日の夜、ワカナさんと会話不成立だった事についてだ。
 霊界に戻ったあとのワカナさんは、どんな感じだったのか知りたい。

「霊界に帰って来た時は、ウサギくんとの事を全てを忘れてました! なのでワカナさんとの事はこっちも聞きたかったんですよ。さすが相思相愛ですね」

 レイナは僕の右腕にキツツキのようにキスをし始めた。

「さ、さすが、金縛りばあちゃん。やっぱりそうだったか……ユーさんの恋人って聞いて期待してたけど……」

 僕は右腕のキツツキを好きなようにやらせたまま、左腕に抱き付くリナの顔を見た。

「あと、リナにも聞きたいことが……」

「今度はあたしか。緊張するけどいつでも良いぞ。もうこっちの覚悟はできてる」

 リナもキス顔をしながら僕の顔に近付いてきた。
 今すぐにでもキスしたい欲望が出てきてしまいそうになるが、その気持ちを堪えた。
 そして話したい内容をキス顔のリナに言った。

「ユーさんはなんて言ってました? 一応ユウナさんからも少し聞いたんだけど……」

「あ~ユーさんね。ユーさん。何か『そんなところでは会わない』だの『もう答えはわかってるはず』だの、変な事ばっかり言ってて全然ウサギくんに会おうとしてくれなかったんだよね。あの人は本当に何言ってるかわんないよ……」

「そうだったんだ……」

 ユーさんは、そんなに僕に会いたくないのだろうか。男には興味ないって言ってたし。
 やっぱり3人も金縛り霊が憑いている僕は邪魔なんだろう。そうでなければ会ってくれるはずだ。
 31日まで時間をくれたのは優しさか情けか何かだろう。


「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 僕が色々と思考している時にカナの寝息が聞こえてきた。
 悩みなんて吹っ飛んでしまうくらいの心が癒される寝息だ。

 寝顔も寝息もやっぱり可愛い。こんな状況でも、いつも通り接していて羨ましい。
 図太い性格なのか、それとも天然なのか……。僕もこのくらい余裕を持ちたい。


「もー、やっぱりカナちゃんはここが定位置なんですね。一番良いところを、ズルいですよ」

 頬を膨らませ怒るレイナもまた可愛い。

 僕の膝の上で寝ているのはカナ。
 右腕を抱きしめて、たまに甘噛みしてくるのはレイナ。
 左腕を抱きしめて、豊満な胸を押し付けているのはリナ。

 僕にとっては、どこが一番とかない。そばにいてくれるだけで、それだけで幸せだ。

「レイナはこっちで、リナはこっち。どの位置が一番とかはないからそばにいてくれるだけで僕は安心するよ」

「ウサギくん!」

 キラキラと瞳を輝かせたリナとレイナの2人が僕の名前を呼んだ。打ち合わせをしたかのように息ピッタリだ。

 2人は、そのまま僕の腕を抱き枕にして目を閉じた。

「…………ハフーハフー…………ハフーハフー」
「…………スハースハー…………スハースハー」

 安心した子猫のような寝顔でぐっすりと寝た。
 ただ3人の寝顔を見る。それだけが僕の幸福。

「幸せだ」

 この幸せが永遠と続いてほしいと強く願った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 それからというもの、毎日のように金縛りちゃんたちは、僕に金縛りをかけにきてくれた。
 欠かさず3人で来ては僕を取り合う。
 そして言い争いになったり、抱き付きながら眠りについたりと、毎日変わらずに幸せな金縛りライフを過ごした。

 金縛りちゃんハーレムを僕は満喫した。

 レイナは寝たフリをして他の二人が寝ている時に僕にキスをしようとしていた。執念深い。
 そんなレイナの行動に真っ先に気付いたリナがレイナと言い争いをする。そんな日もあった。

 別の日は、リナが寝たフリをして他の二人が寝ている時に僕にキスをしようとしていた。レイナと同じやり方だ。
 そういう時に限ってレイナは、本当に寝ているのだからリナの一人勝ちである。
 こういうシチュエーションでキスを迫られると余計にドキドキする。
 多分眠っている2人にも僕のドキドキが伝わっていると思う。金縛り霊の不思議な力は本当にすごい。
 変な事をしてしまったら、すぐにバレるだろう。

 カナはどんな日でもいつも通り僕に抱き付いて寝ていた。いつも僕の膝の位置だ。
 一番抱きついている時間が長いのは、もしかしたらカナかもしれない。

 そんなカナと僕はまだ一度もキスをした事がない。
 透き通った桃色の唇。そしてぷるんとした柔らかそうな唇。
 初めてのカナとのキスは、専属霊の契約のキスになるのかもしれないと薄々思っていたりもした。

 レイナとリナは、小心者な僕のためにキスをしようとしてくれているのかもしれない。
 それでキスに慣れさせて、専属霊の契約のキスをしやすくしてくれているのだと思う。
 いや、そう思いたい。2人がただのキス魔になってしまったと思いたくなかった。

 この幸せもあと1日しか続かない。寂寥感が胸を締め付ける。

「いよいよ明日だね。もう決まったかな?」
「明日ですね。ちゃんと選んでくださいよ」
「明日で決まるんだね。自分の気持ちに素直にね」

 金縛りちゃんから出た言葉が僕は忘れられない。ずっと僕の胸を締め付ける。
 明日が大事な専属霊を決める日だ。余計に考えてしまう。
 息を吸うように明日のことを考えて、息を吐くようにため息を溢す。そんな悩む日も続いた。

 悩んでも悩んでも専属霊は決まらない。決められない。


 姿を見せなくなったオカマのユウナさんだが、僕には居場所がわかる。
 ユウナさんは毎日、後輩のフミヤくんの家に行って疲労を吸い取っているだろう。
 バイトに来るフミヤくんは、毎日元気いっぱいだ。ユウナさんがフミヤくんを気に入ってくれたのだと思う。
 フミヤくんは、金縛り霊の存在には気付いていないみたいだ。金縛り霊が視えない体質なのだろう。
 相手がユウナさんだから視えない方が幸せだ。
 もしかしたら金縛り霊の事に気付いていてユウナさんを専属霊にした可能性も。
 いやいや、それはありえないか。変な妄想してしまった。


 迷惑な酔っ払いはこの間もたくさん来た。
 この数週間で雑草のように次から次へと新しい迷惑な酔っ払いが増えていた気がする。
 しかし、ほとんど店長かパートのおばちゃんが対応してくれていた。本当に頼もしい。
 そしてフミヤくんも自ら進んで迷惑な酔っ払いの対応をしていた。本当に心強い。
 クリスマス、忘年会、年末そして店長の全品50%OFF宣伝。
 忙しい過酷なバイトもあっという間に終わりを迎えようとしている。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 今年のバイトが終わった。
 最後の客が帰った瞬間に店長は大きな声を上げた。

「お疲れ様~。みんなありがとう。俺のミスでここまで忙しくなっちゃったけど何とか乗り越えられた! これも全てみんなのおかげだ! 本当にありがとう! 明日からしばらく店は正月休みに入る。だから、みんなゆっくり休んでくれ~。じゃあ最後に本当にありがとう。そしてお疲れ様でした!」

「「「お疲れ様でしたー!」」」

 その場にいた従業員全員の声が揃った。

 ついに過酷だったバイトが終わったのだ。
 この達成感はすごい。すごいすぎる。今すぐに飛び跳ねて喜びたいくらいだ。
 これも全て金縛りちゃんたちが僕の疲労や精神的ストレスを吸い取ってくれたおかげだ。
 やっぱり僕は、金縛りちゃんがいないと生きていけない。


 背後から笑い声が僕の方に近付いてきた。

「アッハッッハッハ! ウサギ先輩! お疲れ様です! しばらく休みになりますけど何するんですか? アッハッハッハ! アッハッハッハ!」

 フミヤ君の笑い方はもう直らないらしい。本人が気にしていないので直さなくてもいいが、僕はまだ慣れていない。

「ど、どうだろう? まだ未定だけど……家でのんびりと過ごすと思うよ」

 家でのんびり過ごせたら良いなという願いを込めてフミヤくんの質問に答えた。

 なぜなら今日で3人の金縛りちゃんに会えるのは最後なのだから。
 専属霊を決める最終日がもう目の前まで来てしまったのだ。


 僕は、忘年会や打ち上げとかはせずに真っ直ぐに家に向かった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕は家に帰ってきた。

 日付が変われば人生で一番大切な日に、人生で一番の決断の日になるかもしれない。

 専属霊を決める日だ。

 専属霊が決まれば、その金縛り霊と死ぬまでずっと一緒にいる事ができる。
 しかし他の幽霊や金縛り霊が憑りつかなくなってしまい、二度と会えなくなる。認識もできない。

 専属霊が決まらずに誰も選ばなかった場合は、僕の体は二度と金縛りにかからない体になってしまう。
 そして金縛り霊にも二度と会えなくなってしまう。


 僕の心はもう決まっている。悩みに悩んだ結果、出した答えだ。
 僕の選んだ答え。その答えを今夜の言うだけ。


 僕はコックピットに乗るパイロットのように気合を入れながら布団の中に入った。

 睡眠は1日の終わりを感じさせるものだが、僕にとっては1日の始まりを感じさせる。
 金縛りちゃんとの1日が始まる睡眠だ。

 3人の金縛りちゃんが揃うのはこれで最後になる。
 25歳童貞。山中愛兎。僕は男だ。覚悟を決めよう……。
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