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第4章

53 キスの嵐で美男子に

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 リナとレイナの二人がキス顔で同時に顔を近付けてきた。

「ん~」

「ちゅ~」

 ど、どうする? というか、な、なんだこの可愛さは……。
 こ、これはキスした方がいいのか? キスするとしたらどっちとだ?
 いやいやいや、選べるわけがない。かと言ってどっちにもキスしないのはなんかもったいない。

 こんな時、こんな時、どうしたらいいんだ。誰か! 誰か! 助けてくれ!


 僕の心の中にいるもう一人の人格が声をかけてきた。

『ウサギよ』

 そ、その声は!

『ほれ、二人とも目を閉じているじゃろ? 順番なんて関係ないのじゃ。どっちを先にキスしてもいい」

 な、なんて強欲な……

『そして2人にキスしたをしたあとは、ヤるのじゃ。1発ぶちかますのじゃ。そのまま童貞卒業じゃ!』

 さすが僕の頭の中のエロウサギ!
 金縛り霊で童貞卒業か……。
 いや、そんなことできるわけないじゃないですか。一応、相手は幽霊ですよ。金縛りの!
 そもそもそういう行為ができるかどうか知らないんですけど!

『大丈夫じゃ。レイナもリナもお主の事が好きじゃ。何されてもいいはず。だから好きなことを好きなようにやるのじゃ。自分に素直になるのじゃよ』

 いやいやいや、、だからなんの解決にもなってないって。
 ほら、2人とも静かに待ってるよ。細目でチラチラ確認してるけどふぬー、ちゃんと待っててくれてるよ!
 これって僕が何かしらのアクションを起こさないと絶対動かないやつじゃないですか?

『だからヤるのじゃ。キスをしてそのまま押し倒してヤるのじゃ。童貞を卒業するのじゃ!』

 もうダメだ、このエロウサギ。ヤることしか考えてない。

 とりあえず、いつものようにエロウサギは無視するとして……。
 この状況どうするんだ?
 目の前には可愛い可愛い女の子が3人。

「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 1人は僕の膝の上で可愛らしい寝息こぼしながらを眠ってしまっている。
 そして左右の2人がキス顔で待機中。僕からのキスを待っている。

 この2人とはキスをした事がある。なので今回が初めてのキスではない。
 初めてではないけれど、僕からキスするなんてできない。恥ずかしすぎる。

 心臓が張り裂けそうだ。心臓の鼓動が早くなりすぎて体が震えてきた。

 そしてキスを先にするならどっちだ?

「ん~」

 チラッ

「ちゅ~」

 チラッ

 細目でチラチラ見てる時点で先にキスされたかどうかわかってしまう。
 これだと2番目にキスされた方がかわいそうだ。

 こ、これは僕がどっちと先にキスしたいかを真剣に選ばなきゃいけない。


 僕は2人のキス顔をじっくりと観察した。

 栗色のボブヘアーでロリ顔のレイナ。透き通る桃色の唇に、もちもち柔らかそうなほっぺ。
 そのほっぺは赤く染まっていて可愛らしい。小動物のようで今すぐに抱きしめたくなる程の可愛さだ。

 金髪ロングでギャルのリナ。妖艶なキス顔で誘ってきている。唇も健康的な桃色をしていてプルプルだ。
 そして唇以上に胸がプルプルで大きい。今すぐに襲いたくなる魅力を持っている。


 いやぁああ、ダメだぁああ! 2人とも可愛すぎる。
 もうダメ。もうダメ。キスしないなんて、もったいなさすぎる。

 相手がこんなに僕のことを求めてるんだ。
 紳士ぶってキスしないのは逆に紳士ではない!
 紳士はキスしてこそ紳士だ。


『さぁ、やってしまうのじゃ。さぁ、早く。そして童貞卒業じゃ!』

 無視したはずのエロウサギが、ここぞという時に背中を押してくれる。
 でも黙っててほしい。童貞卒業はできないから……。

『それなら一つ提案があるのじゃが……』

 いやいやいや、どうせ童貞卒業だとか、ヤってしまえとかなんでしょ?
 提案とかいらないです!

『だと思うじゃろ? それがの~、この状況を打破する一番いい提案なんじゃが……。そうかそうか。ワシの提案は聞きたくないのかのぉ。それではワシはここで消えようとするかのぉ』

 待て待て待てーい! 話だけでも聞きたいです! でも本当に良い提案なんでしょうね??

『もちろんじゃ! さすがウサギ、ワシのもう1人の人格じゃのぉ。さてワシからの提案なんじゃが……』

 頭の中での会話なのにエロウサギはひそひそ話ならぬぴょんぴょん話を始めた。

『ぴょんぴょんぴょんぴょん、それでじゃ、ぴょんぴょんぴょんぴょん、そして、ぴょんぴょんぴょんぴょんじゃ!』

 な、なるほど……確かにそれは思いつかなかった。そして一番いいじゃないか! さすがもう1人の人格! エロウサギ様!

『言ったじゃろ。では、早速試してみるのじゃ!』

 ありがとうエロウサギ様……いや、あなたは天使だった! 天使のウサギだったんですね!

『そうじゃよ。困ったときはワシに相談するのじゃ!』

 僕の頭の中で作戦会議は終わった。ここまでにかかった時間はおよそ10秒といったところだ。
 こんなに頭を回転させたことはほとんどない。
 そして最適な答えに導くことも、今までなかっただろう。
 答えを導いたことに満足。そして作戦会議で出た答えを実行する。

「ん~」

「ちゅ~」

 目を閉じてキス顔で待機中の2人。

 もちろんキスはする! だが、キスはするのは僕ではない!

「するよ」

 堂々と言った言葉とは裏腹に優しく2人の後頭部を持った。

 キスされると思った2人の顔は、さらに赤く染まった。
 そしてビクっと体が反応し、細目だった目をしっかりと閉じてキスする構えをとった。

 僕は持っている2人の後頭部を優しく前へと動かした。
 ゆっくり、ゆっくりと焦らしながら。

 そして唇と唇を重ね合わせる。

「んっ」

「うふっ」

 2人ともキスした瞬間、声が漏れた。そして満足そうな表情をしている
 もちろん僕も満足だ。

 だなぜなら僕の目の前で、可愛い天使のようなのだから。

 こんな最高の光景は他にはないだろう。素晴らしい。

 2人はキスをしてからすぐに異変に気付いた。そしてほぼ同時に目を開けた。

「は?」

「え?」

 満足そうで幸せに満ち溢れた2人の顔は驚きの顔へと一瞬で変わった。

「な、何やってるんですか! こ、この、い、淫乱ボイン! サキュバス女め!」

「いや、それはこっちのセリフだぞ! ちびビッチ! なんでお前とキスしなきゃいけないんだよ!」

「ふふっ」

 言い争っている二人が面白くて思わず吹いてしまった。
 そんな僕の方を涙目で見つめるレイナが、ポコポコと肩を何度も軽く叩いた。

「もうもうも~う! ウサギくん、何てことしてくれるんですか! レイナはウサギくんとキスしたかったのにー!」

「ごめん、ごめん! つい……でも良いもの見れた。あの瞬間を僕は目に焼き付けたから、一生忘れない」

 レイナと喋っている時に頬に柔らかく冷たいものを感じた。

「ちゅっ」

 それはリナの唇だった。
 リナは僕に飛び込んで不意打ちで僕の頬にキスをしたのだ。

「リ、リナ」

 僕は慌てて離れた。キスされたことを理解して一瞬で体が火照る。
 悔しそうに見つめるレイナも、僕に飛び付いてそのまま僕を押し倒した。

「ズルイです! 先を越されてしまいました!」

 悔しそうな表情のまま僕の上に馬乗りになっている。この間もカナは僕の膝の上で眠っていた。
 カナを起こさないようにヘソの上辺りにレイナは馬乗りになっているのだ。
 普通なら苦しいはずだが、金縛り霊の体は軽い。なのでヘソの上で馬乗りされても平気だった。

「ちゅ、ちゅう、ちゅっ、ちゅ、ちゅう、ちゅっ」

 小鳥が親鳥から餌をもらっている光景にしか見えないだろう。
 レイナは必死に僕の唇を目掛けて唇を尖らせて連続でキスをしてきた。

 激しいキスを僕は避けた。ただ、避けたとしてもレイナのキスは僕の頬に当たる。

「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 この騒がしい状況でもカナは起きなかった。

 台風のように激しいキスの雨を降らせるレイナに、僕は説得を試みる。

「レ、レイナ、ダメだって、あぶなっ」

「喋ってたらキスできませんよー! ちゅ、ちゅう、ちゅっ、ちゅ、ちゅう、ちゅっ」

 キスの雨は止むことがなく、さらに激しさを増した。
 そして別の台風が僕に迫ってきていた。

「へへへ~、捕まえた」

 リナは八重歯を見せながら笑った。左手で僕の顎を持ち、右手の手のひらをレイナの顔面に当てている。

 リナの唇がどんどん近付いてくる。僕は顎を強く持たれて抵抗することができない。
 それなら、もうキスしてもいいじゃないか。

 僕はリナのプルプルの唇を一目見てから目を閉じようとした。

「ダメですよぉー」

 僕が目を閉る前に、リナに顔を抑えられているレイナが苦しみながら叫んだ。
 その叫び声を聞いたあと、僕は諦めたように完全に目を閉じた。
 そして目を閉じた瞬間、僕の意識は暗い暗い闇の中へと消えていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 ピピピピッピピピピッ

 目覚まし時計の鳴る音と共に僕の意識は覚醒した。
 いつの間にか寝ていてた事に驚きを隠せない僕は、昨夜の記憶を辿る。

「確か、レイナとリナにキスをされそうになって……」

 そこからの記憶はない。
 カナが足を抱き枕にし膝枕で寝ていた事と、レイナが馬乗りになっていた事も覚えている。
 2人のせいで僕は身動きが取れなかった。恐るべし金縛りちゃん。
 そして記憶の最後はリナが僕の顎を持って、僕にキスをしようとしていたところだ。

 あれは金縛りだ。全く動ける気がしなかった。

 でもあそこまで僕を求めるだなんて……童貞の僕からしたら嬉しい事だ。
 嬉しさの反面、僕は顔に違和感を感じて不安になった。

「顔どうなってるんだろう……」

 洗面台に行き、鏡で自分の顔を確認した。

「な、何かこれ……」

 顔の肌がつるんっつるんっ。そしてキラッキラッ。
 美容に目覚めて、高級スパにでも行ったのかと思うくらい肌がすべっすべっだ!
 全毛穴から汚れがゴッソリ落ちている。さらにはシワもない。
 本当に金縛り霊の不思議な力は、すごい。まさかここまでとは……。

 僕の顔が美少年になっている理由はわかっている。
 僕の意識が失ってからリナとレイナにキスをされていたんだろう。
 2人は張り合って僕にキスをした回数で競い合っていたに違いない。
 唇だけでなく頬、顎、おでこ、さらには首までキスされていただろう。
 それほどん僕の顔はつるんっつるんっのキラッキラッだ。

 こんな顔でバイトに行くとか恥ずかしすぎる。でも休むこともできない。
 あの忙しさで1人でも休まれたら他の誰かが倒れてしまう。
 だから休むという選択肢はない。

 なんとかして誤魔化すしかない。
 さすがに肌の調子が良すぎだという誤魔化しは効かなそうだ。不安でしかないな。


 とりあえず顔のことは置いといて……今夜も金縛りちゃんたちは来るのだろうか?
 昨夜言った通り、ベテランの金縛り霊を連れて来てくれるのだろう?
 リナとレイナが来た場合は僕を美少年に変えた説教が必要だな。
 ベテランの金縛り霊が来たときのためにも、話したい事をまとめておかないといけない。
 バイト中は、他のことを考える余裕がないくらい忙しい。だから今のうちに作戦を練っておかないと……。


 僕はバイトが始まるまで、金縛りちゃんについて色々と考えた。
 ベテランの金縛り霊に話す内容も考え、忘れないように紙にまとめた。
 ありとあらゆる事を小さな頭で想定した。

 これで大丈夫だろう。

 紙にはビッシリと文字を書いた。
 なんとかバイトが始まるまでに、内容をまとめられたので、モヤモヤせずにバイトに挑める。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 バイトが始まった。

 僕の顔の異変に真っ先に気が付いたのはパートのおばちゃん達だ。
 美少年になった僕の顔を見てニッコリと笑い目を輝かせている。

「か、可愛くなったわね。というよりイケメン……。アイドルみたいだわ」
「驚いちゃったわ。ウサギくんどうしちゃったの? こんなにカッコよくなっちゃって……」

 などと驚きながら僕の顔を褒めていた。
 今までの僕はどれほどブスだったのかと、逆に思ってしまった。
 ネガティブ思考なのは僕の悪い癖だ。

 そんなパートのおばちゃんとは、全く別の反応をしていたのは店長と料理長だ。

「はっはは! ちょ、なんだ、どうしたんだ、気合入れすぎだぞ。ふふふっ」
「ふふっ、笑ったら失礼だろ。」
「いや、お前も笑ってんじゃん! ぷふぅふっ」

 2人は僕の顔を笑っていた。これが正しい反応だと僕は思っている。けれど恥ずかしい。
 そして後輩のフミヤくんは必死に笑いを堪えていた。笑いを堪えるくらいなら笑ってほしい。
 本当に恥ずかしい。美少年になった僕に早く慣れてもらうしかない。

 僕はもっと笑わしてやろうとイケメンがやりそうなポーズをとった。
 その瞬間だけ店の中が笑い声に溢れて平和になった。

 こうした笑われ方は僕は慣れていない。けれどなんだか気持ちがいい。
 笑われているというよりもという感じがする。
 虐められていた学生時代の時の笑い方とはまるで違う。温かいものを感じる。

 もちろんの事ながら、お店に来店したお客さんにも顔のことでいじられた。
 当然だろう。暗くて陰キャな僕が突然、美少年になっているのだから。
 ただ悪い感じでいじってきていない。それだけは心の底から本当によかったと思っている。
 もし僕の顔が美少年じゃなくてキモオタブス野郎になっていたら間違いなく、悪い感じでいじられただろう。
 人は単純だから、何事も見た目で判断してしまうものだ。

 みんなが僕の美少年な顔に慣れてくれれば、このまま美少年の顔でやっていけるのではないか?
 それに顔の素材は変わっていない。整形したと思われるほどのレベルじゃないのだ。
 それならば僕は、しっかり美容をしていればイケメンになっていたのかもしれない。
 健康的な肌の方が、僕の今後の人生も良い方向に進むような気がする。
 この顔を維持できればいいのだが、維持するためには金縛りちゃんの力が必要だ。
 毎晩キスをしてもらいこの顔を維持できるなら最高ではないか。
 僕は意識がなかったのでわからないが、相当な数キスされたに違いない。
 そうでなきゃここまで美少年の顔にはなっていないだろう。


 そして今日は、ストレスポイントでもある、クセの強い酔っ払いのおっさんが来店した。
 個室で全裸になって騒いでいたのだ。
 騒いでいたと言っても他のお客様に迷惑にならない程度の騒ぎ方だったので、そこのところはセーフだ。

 おっさんのフルチンを見てしまった僕は気分が悪くなってしまった。
 そして後輩のフミヤくんも気分を悪そうにしていた。
 本当にかわいそうだ。僕もフミヤくんも……。

 金縛り霊の力で『気持ち悪さ』と『不快な気持ち』を吸い取ってもらいたい。
 ぜひ、フミヤくんのも吸ってあげて欲しいと思ってしまうほど気持ち悪かった。

 もし今夜、オカマの金縛り霊のユウナさんが来たなら、フミヤくんのところに行ってもらうように話してあげよう。

「うん、うん。僕はなんて優しい先輩なんだ」

「ウサギ先輩なんか言いましたか?」

「い、いや、独り言だよ……」

 つい声に出してしまった。聞かれても良い内容だったが、焦って誤魔化してしまった。


 そんなこともありながらバイトは無事に終わった。

 夜食は前回も訪れた牛丼屋さんで済ました。
 そしてコンビニでレトルト食品やカップ麺などを大量に購入し帰宅。

 風呂に入るとリナと一緒に入った事を思い出すようになってしまった。
 その度、興奮しすぐにのぼせてしまう。

 風呂から上がり寝支度を整えて、ベットにダイブする。
 言いたい事をまとめた紙を見ながら、金縛りちゃんの事を考える。僕の頭の中は金縛りちゃんでいっぱいだ。
 今夜誰が来るかわからない。誰が来ても大丈夫なように紙と睨めっこをする。
 新しく考えついたことがあればすぐに紙に書く。
 そんな事をしていくうちに僕は睡魔に襲われた。気付けばいつも寝ている時間になっている。
 同じ時間に寝る習慣をつけていると本当に楽だ。勝手に睡魔が襲ってくるのだから。


 1日1日限られた時間を大切にしよう。
 そんな事を思いながら僕の意識は暗い暗い闇の中へと消えていった。


 寝ている間に『コツンッ』と小さな音が聞こえて目覚めてしまった。
 目覚まし時計の隣の『座敷兎人形』が倒れたのだ。
 不吉な予感を感じたが、それを直す気力が無く、僕の意識は再び暗い暗い闇の中へと消えていった。
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