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第4章

51 金縛りちゃん面接、リナ編

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 3人目の金縛りちゃん面接が始まる。
 もう2回もやっているのでわかっていると思うが、面接らしい面接は何一つしていない。
 ただ金縛りちゃん面接をやったレイナとカナの好感度は爆上がりしている。
 そして3人目の金縛りちゃんは、元バイトの先輩のリナだ。彼女は僕になにをしてくるのだろうか?

「ウサギく~ん。いよいよあたしの番だよ~! さてさて! 童貞のウサギくんをどうやって遊んであげようか! ウヘヘッヘヘヘ!」

 金縛り霊になっても小悪魔的な表情をして僕をからかう。
 指をクネクネと動かして今にも襲ってきそうだ。

「ちょっと待ってください! 店長からリナの大好きなケーキをいただきましたよ!」

 リナはピクっと反応した。反射的にほっぺが落ちそうになり頬を手で押さえている。

「ま、まさかあの……ウサギのケーキ?」

「その通りです。あのウサギケーキです!」

 僕は『ウサギの顔の形をしたケーキ』を取るために冷蔵庫へと向かった。
 リナも待ちきれなくて、冷蔵庫に向かう僕に着いてきた。
 そして『ウサギの顔の形をしたケーキ』を冷蔵庫から取り出す。

「うわぁ店長やるなぁ! あたしの大好きなケーキじゃんか! でもこれあたし食べられないんだよな……ショック……死んでも忘れられない味ってこのことだったんだな……」

 リナのために持って帰ったケーキだったが、逆にリナを落ち込ませてしまった。

 そう。金縛り霊には食事という概念がない。
 だから金縛り霊になったリナは大好物のケーキを食べる事ができないのだ。
 しかし直接口に運ばなくてもこのケーキを味わうことができる。僕はその方法を先ほど知った。

「このケーキは僕が食べます。リナはそのあとに金縛り霊の不思議な力で吸い取ったら、このケーキを味わえるみたいですよ!」

「おぉお! それはナイスな提案だ! 吸い取り方とかわからないけど、とりあえずやってみるかな! じゃあウサギくん速攻食べちゃってー」

「いや、僕も好きなケーキなんで、ちゃんと味わって食べますよ……」

 そのまま僕はウサギの耳の部分をフォークで切り、パクッと一口食べた。

 あ、やばい。めちゃくちゃ美味しいやつだ。

 ただのショートケーキとは段違い。クリームの甘さ、スポンジの柔らかさ、フルーツの新鮮さ。
 どれを比べても格別に美味い。レベルが高すぎるケーキだ。

 二口、三口と夢中になりながら食べた。そしてあっという間に完食してしまった。
 味って食べると言ったが食べている間の記憶はない。ただ「美味しい」と、本能のまま食べていた。
 ここまで美味しいケーキは他に食べたことはない。

 僕がケーキを食べている間リナは、涎を垂らしながらずっと見ていた。
 このケーキの美味しさがわかる人なら苦痛の時間だっただろう。早くリナにも食べさせてあげたい。

「じゃあリナ! 吸い取ってみてください」

「ウサギくん!」

 突然リナは不機嫌そうな顔で僕の名前を呼んだ。なにがあったのだろうか?
 ケーキを食べている姿を見て怒りが込み上げてしまったのだろうか?

「今あたしのこと、リナって言ったよね。だよ! !」

 リナは自分の名前のところだけを強調的に言った。
 そして僕も無意識にリナ先輩と呼んでしまった事に気が付いた。

「つ、つい、店長からもらったケーキだったので……リナ先輩って呼んじゃいました……。まだ、リナって呼び方に慣れてなくて……すいません……」

「あっ、ごめんちょっと過敏に反応しすぎた……そうだよね、1年以上も『リナ先輩』って呼んでたんだもんね。まだ慣れてないのも当然か……ごめん。あたしも反省する」

 リナはそのまま俯いてしまった。
 金縛りちゃん面接早々に、かなり気まずい雰囲気になってしまった。
 しかしリナはすぐに八重歯を見せながら笑顔になり手のひらを僕に向けた。

「じゃ、じゃあこの力で吸い取ればいいのね! やり方わかんないけどやってみるわ!」

 かざした手のひらで僕の両手を包み込むように握った。そのままリナは集中するかのように目を閉じた。

 集中しているリナを邪魔したくないと思ったが、ちゃんと吸い取れているのか心配になり声をかける。

「ど、どうですか? 吸いとれてますか?」

 リナの返事は無かったが、一息ついて目を開いた。

 目と目が合う。どうしたものかと僕は小首を傾げた。

 すると勢いよくリナの顔が近付いてきた。
 握られている両手も引っ張られている。


 それは抵抗すらできない一瞬の出来事だった。


 僕の唇とリナの唇が重なった。そして口の中に舌が入ってきた。


 驚いた僕は頭を後ろに引いた。

「ちょ、ちょっと……び、びっくりした。リ、リナ、ど、どうしちゃったんですか!」

 レイナにファーストキスを奪われた時よりも僕の体が熱くなった。出来立てのパンのように耳まで熱い。
 だってリナは唇を重ねただけではなく、舌まで入れてきたのだ。これはディープなキスだ。
 心の準備なしで、この行為は童貞の僕にとって危険行為だ。

「ハァ……ハァ……」

 僕の息が荒くなる。口から心臓が出てしまうのではないかと思うくらい心拍数が激しく上昇した。

「え? ち、違うの? だって食べたものを吸い取るって言ってたから、その……こういう事かなって思って……」

 リナの顔も真っ赤だ。こんなに真っ赤になったリナを見たのは初めてだ。

 金縛り霊は体温というものが普通の人間よりも低くひんやりとしているが、今のリナは沸騰して湯気が出てしまうのではないかと思うくらい真っ赤になっていた。

「ち、違いますよ! ふ、普通にいつも通り吸い取ればいいみたいですよ! 金縛り霊じゃないからわからないですけど! 普通に! 普通に!」

 焦りすぎて早口になってしまった。
 僕の説明不足が招いてしまったキスなので、そのところは反省しなければならない。

「じゃあ、その……結果的にさ……ウサギくんのファーストキス……あたしが貰っちゃったってことになるの……かな?」

「あっ」

 そうだ。リナは、僕がレイナにファーストキスを奪われてしまった事を知らないんだ。それもそうだ。奪われたのはついさっきだ。
 しかもレイナは僕が寝ている間にキスを2時間もやっていたんだ。もちろんこの事もリナは知らない。

 これは嘘でもファーストキスって言ったほうがいいのだろうか?

 いや、同じ金縛り霊だ。嘘はいずれバレるだろう。
 レイナならリナにマウント取ってキスした事を話そうだし……。
 それにリナにできるかどうかはわからないけど、金縛り霊の不思議な力で僕の心理状況や気持ちを読み取る可能性だってある。

 ここは正直に言うしかない……。

「ファ、ファースト……キ、キス……では、な、ないです……」

「は? あのチビちゃんか? それともカナちゃん?」

 顔を真っ赤にしていたリナの表情が一変。鬼の形相になり僕を睨みつけている。

「は、はい……その……二人のどちらかです……」

「ふ~ん、あのチビちゃんかー」

「は、はい……」

 リナの怒りが爆発してしまった。

「くそー! やりやがったな! チビビッチめ! 1番目に面接するからウサギくんに何かすると思ってたけど、ファーストキスを奪うだなんて! あとで霊界に帰ったら一言言ってやるしかないな! くそー!」

 僕に怒りをぶつけることは無かったが、天井に向かって叫んでいる。
 おそらく天井のさらに先に霊界があるのだろう。
 こんなにも悔しがっているリナの表情も初めて見た。

 そんなリナは妖艶な瞳で僕に色目を使いながら目と目を合わせてきた。

「ねーウサギくん……あたしとおチビちゃん、どっちが上手だった?」

 何という質問をしてるんだこの人は!
 どっちが上手だったって言われても、じっくりとキスしたわけじゃないからわかるはずがないじゃないか。

 ただ、緊張度や体の熱さ、その他諸々を考えたら、リナの方が上手だったということになるのだろうか?
 でもこの状況でレイナだと言うのは間違いだと童貞の僕でもわかる。

「そ、それは……リナですよ!」

 その瞬間リナは満面の笑みで八重歯を見せながら僕に抱きついてきた。
 喜びで抱きついたのかと思ったが、違かった。

「ほ、本当だ! 嘘ついてない! あたしの方が上手だったんだー! やったー、嬉しい!」

 金縛り霊の不思議な力で僕の気持ちを感じ取ったのだろう。やっぱりリナでもこれくらいの事はできてしまうんだ。金縛り霊相手には絶対に嘘は付けないと改めて思った瞬間だった。
 そして僕が感じたこの気持ちは、本物だったんだと証明する事もできた。

「突然キスしちゃったけど、これって結果オーライなんじゃね! ちょー恥ずかしかったけどキスしてよかった! ファーストキスじゃなかったのはアレだったけどな……」

「そ、そんな、に、睨まないでくださいよー」

「ま、おチビちゃんもカナちゃんも色々やってるみたいだしなぁ~」

 リナは抱き付きながら考え事を始めた。そして何かを思い付いたのだろうか。いつものように悪巧みを企んでいる時の表情になった。

「そうだー。ウサギくん。あたし、今日やりたいことがあるの」

「な、なんですか? なんか嫌な予感しかしないんですけど……」

「一緒にお風呂に入ろうぜ? ウサギく~ん!」

 嫌な予感は的中した。

「リ、リナとお、お、お、お、お風呂!!」

「そうだよー。別に何もしないよ。ただ一緒にお風呂に入るだけー!」

 何もしないと言っているリナの表情は、何かするであろう人間の表情をしていた。

「さぁ、さぁ! お風呂に入るぞー! 長時間もお風呂に入らなかったら嫌だろ~? あたしが背中を流してやるからさ!」

「それはそうですけど……ひ、一人で入れますよ! 急いで入ってくるんで待っててください!」

「へー、ウサギくんはそれでいいんだー」

 リナは僕の体からを離れて、いきなり拗ねてしまった。

「おチビちゃんとはファーストキスして店……カナちゃんとは夜のお散歩……あたしとは何もしてくれないんだー。へー、そうなんだー、あたしのことは嫌いなんだー。どうでもいいんだねー」

 その言い方はズルいではないか……。そして誘惑するような目でチラチラと僕を見ないでくれ。
 断れないけどさすがにお風呂は……

 黙り込んでしまった僕に、リナが再び抱き付き始めた。

「うぁ」

 突然飛びかかってきたので驚いて情けない声が出てしまった。
 そして抱き付いているリナの表情は見えないがニヤリと笑ったような感覚を感じだ。

「ふ~ん。『恥ずかしいけど入りたい』ってそんな感じの気持ちが伝わってくるんだけどな~」

 ズルい。ズルい。ズルすぎる。
 金縛り霊の不思議な力の前では嘘が付けないどころか気持ちまでお見通しだ。
 これじゃ僕がむっつりスケベの童貞だって丸わかりじゃないか!

「か、勝手に心を読まないでくださいよー!」

「心は読めないけどなんとなくわかるんだよー。ほらほらー早くお風呂に入ろー」

 何でリナはこんなに風呂に入りたがってるんだろうか。
 リナにとってお風呂は、僕にアピールする絶好の場所なのかもしれない。
 そりゃそうだ。だって3人の金縛りちゃんの中で、一番の大きな大きな胸の持ち主だ。
 童貞の僕じゃなくてもほとんどの男はその武器に心も体もやられてしまう。
 なんという策士……。
 胸で僕を釣ろうとしているのか。

 僕は抱き付いているリナの背中を見て一つの疑問が頭に浮かんだ。

 金縛り霊の特徴でもある、この白いワンピースって脱いだりできるのだろうか?
 今までこの服を脱いだところなんて見たことがない。
 脱げないのなら目のやりどころには困らないけど……

 でもその場合は僕だけ全裸じゃないか。なんかズルくないか? 僕だけ脱ぐのはズルいぞ!
 せっかく風呂に入るなら見たい。裸のリナを見たい。

「わかりましたよ。入りますけど……金縛り霊って風呂とかどうやって入るんですか? その白いワンピースって脱げたりできるんですか?」

「うん! 脱げるぞー! 体も生きてた頃と同じ!」

「ちょ、いきなり脱がないでくださいよー」

 僕の目の前でリナは大胆に白いワンピースを脱ぎ始めた。
 抱き付きながら脱いでいるので、大事な部分は僕の視界には入らなかった。
 さらにいきなり脱いだので、童貞の僕は驚いて反射的に目を伏せてしまった。
 じっくり見てやれば良かったと後悔しているが小心者の僕にはそんなことはできない。

 そもそもリナは大胆になりすぎてる。
 大事な金縛りちゃん面接だということはわかるけど、レイナよりも大胆で危険だ。
 何をされるかわかったもんじゃないぞ。

「白いワンピースは脱げるんだよー。今度はウサギくんが脱ぐ番だよ。あたしが脱がしてあげよっか?」

「じ、自分で脱ぎます! でもまだお風呂沸かしてないので脱ぐの早いです!」

 冷静に考えたら風呂を沸かしてないので脱ぐのは早い。
 シャワーだけでもいいのだが二人で入るのならそれは違う気がする。

「そ、そうだね! あ、あたしったら先走っちゃったわ~! は、恥ずかしい……こ、こっち見るな~! い、今、着るからそれまでは目を閉じてて!」


 大胆に行動していたリナだったが流石に恥ずかしがってる。
 僕も慌てて目を閉じて手のひらでまぶたを隠した。


 着替え終わったところで僕は湯船にお湯をために行った。
 それからしばらくしてお風呂が沸いた。


 お風呂が沸きました♪


 聴き慣れたメロディと共に緊張が走る。
 先ほどまでの大胆な勢いが全く無いリナと一緒に風呂に入らなければいけないのだ。
 先ほどみたいに大胆に攻めてチャンスなのに。今の状況の方がとことん気まずいぞ。

「じゃ、じゃあお風呂できたので、は、入りましょうか……」

 とりあえずここは僕がリードしてみる。

「う、うん……」

 リナは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

 いや、これが普通の女の子の反応だと思うからいいんだけど、さっきまでの大胆さはどこに行っちゃったのー?
 急に我に返ってるじゃないか!

 リナは風呂場に行く僕の服の端をちょこんと摘みながら後ろをついてくる。
 顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

「む、無理して入らなくてもいいんだよ……」

 僕の言葉にリナは首を横に振った。

「じゃ、じゃあ、先に入るね……」

 僕は服を脱ぎ下半身にタオルを巻いて先に風呂場に入った。

 小さな湯船だがギリギリ2人で入ることはできるほどの大きさだ。
 逆にこのギリギリの大きさで良かったと思う。
 これなら見せたくない部分も自然と隠せるし狭いので変なところに視線がいかなくて済むはずだ。

 湯船に入る前にまずはシャワーからだ。

 湯煙さんがいい仕事をしてくれるように今回はいつもより1℃だけ温度を高くしてある。
 これなら湯煙さんが活躍すること間違い無いだろう。

 僕は風呂場の扉に背を向けて椅子に座った。
 その座ったタイミングで扉が開いた。本当にリナが入ってきたのだ。

 大量の湯煙さんが仕事をしているので振り向いても大丈夫なはずだ。
 しかし僕は振り向かない。振り向こうとしてはいないが、体が動かなくて振り向けないのだ。
 なぜなら風呂場に入ってきたリナが後ろから僕に抱き付いてきたからだ。

 裸同士で肌が密着している。金縛り霊のひんやりした体は暑い風呂場には最適だ。気持ちいい。

 そして柔らかいリナの豊満な胸が背中に当たっているのを感じる。それを気にしてしまうと、とんでもない事になりかねないので、僕は平常心を試みる。

「じゃ、じゃあ先に体洗っちゃおうか……せ、背中流すからね……」

 恥ずかしがりながら話すリナは新鮮だ。そして可愛い。
 ちょっとだけ声が高くなって女の子らしい一面も見せている。可愛い。

「は、はい……よ、よろしくお願いします……」

 なんだろう。いかがわしいお店に来たような気分だ。
 行ったことはないからどのような感じかわからないけど、多分このような感じなのだろう。


 お互い体を泡まみれにしながら無事にシャワーが終了した。否、無事ではない。
 緊張と興奮で湯船に入る前にのぼせて倒れてしまいそうだ。

 金縛り霊は風呂には入らないという事を僕は知っている。
 排泄もしないし汗もかかないので体はいつも清潔のようだ。
 何とも羨ましいが風呂の楽しさや人間らしさが奪われてちょっと寂しい気はする。

 そしていよいよ湯船だ。お互い視線を合わせずに背中合わで湯船に入った。

「すごい!」

 それが湯船に入って最初に出たリナの言葉だった。

「ど、どうしたんですか? な、何がすごいんですか?」

「あの……お風呂自体は何も感じない。むしろお湯に浸かってるのかすらわからない。何と言えばいいのか……不思議な感覚で伝わるかどうかわからないんだけど……ウサギくんから『お風呂に入った』という感覚が伝わってきて、あたしもお風呂に入っているような感覚を味わっているの。実際には入ってるんだけど……なんかよくわかんないけど、すごい不思議!」

「な、なるほど……」

 うん。よくわからん。
 つまり入ってるけど入ってなくて、でも入っている感覚があるということか?
 ん? 自分でも何言ってるのかわからなくなってきたぞ。

 背中合わせで湯船に入ったはずが、いつの間にかリナは僕の背中に抱き付いてきていた。

「せ、せっかくだしさ、お互い……向き合おうよねっ?」

「えぇえ!」

 リナが僕の背中に胸を押し当てて誘惑してきた。

 調子が戻ったのだろうか。今、調子が戻られてもこっちは困る。
 もうお互い湯船に入ってしまっている。逃げることはできない。

 仕方なく振り向く。
 ゆっくりと、ゆっくりと、目線に困りながらゆっくりと振り向いた。

「うぐっ!」

 僕は振り向いた時に、声が出てしまった。

 湯船の中だというのに、目の前にはエベレスト山脈がそびえ立っていたのだ。
 リナの豊満な胸が浮いている。童貞の僕は知らなかった。胸が浮くことに。

 余計に目のやりどころに困ってしまった。
 このまままた背中を向けようと思ったがそれを阻止するかのようにリナは真剣な声で話しかけてきた。

「生きてた頃はさ……泊まりとかデートとかしてたけど……こうやって一緒にお風呂に入るって事はなかったもんね。多分付き合わない限り一生お風呂になんて入らなかっただろうし」

「リ、リナ……」

「恥ずかしいけどさ、案外入れるもんだね。まっ、生きてた頃だったらさウサギくん興奮して襲ってきたかもなぁ~! あはっは」

「お、襲いませんよ! 逆にリナが襲ってくる可能性のほうが高いと思いますけど!」

「あはっ、あたしはどんだけ肉食系女子なんだよー。でもさ、たまにはウサギくんも自分の気持ちに素直になっていいんだよ? 襲いたかったら襲ってね?」

 最後の一言は余計だけど……自分の気持ちに素直になっていい……か。

「のぼせる前に上がろうか。あたしは金縛り霊だからのぼせることはないけどね!」

 リナは堂々と立ち上がった。僕が裸を見ないとわかっているのだろう。

 リナの裸を見るチャンスだったが僕は目を逸らしてしまった。
 しかし風呂場から出て行く後ろ姿を見続けてしまった。いやらしい意味で見続けたのではない。
 リナの後ろ姿が本当に綺麗で見惚れてしまっていたのだ。裸の女性って神秘的だ。

 それからしばらく僕は一人で湯船に入りながら考えた。

 このままだと誰も選べない。自分の気持ちに素直になれと言うのなら僕は全員選びたい。
 金縛りちゃん全員が僕の彼女になればいいのに……。

「あーどうしたらいいんだよ……」

 一人になった風呂場で僕はボソッと弱音を吐いた。

 僕は風呂から上がった。
 風呂の扉から出た僕はピンクのスウェットパジャマが目に入った。
 綺麗にたたまれて置かれている。おそらく先に出たリナが置いてくれたのだろう。
 僕は体を拭き終わった後ピンクのスウェットパジャマを着た。

 これはリナから貰ったリナとのお揃いのパジャマだ。
 僕のすぐそばにはリナがいるのに、もうこの世にはリナはいない。
 そんな事を着替えながら考えてしまい、複雑で悲しい気持ちに襲われた。

 部屋の扉を開けたらそこには当然のことながらリナがいた。
 一瞬だけリナがお揃いのパジャマを着ているように見えてしまったが、すぐに金縛り霊の特徴である白いワンピースを着ている姿に変わった。
 目の錯覚だ。お揃いのパジャマを着てしまったせいで錯覚が見えてしまったのだ。

 他の金縛りちゃんとは違い、僕はリナに対しては特別な気持ちがある。
 それは生前からの知り合いだからだろうか。今もこうして生きていた時の事を思い出してしまうからだろうか。

「やっぱり似合ってるなそれ! あげて正解だったわー。ま、ウサギの着ぐるみほどじゃないけどな! アレは可愛すぎだし似合いすぎたな~! ぷっふふっふ~!」

「はいはいわかりましたよー。リナは元気でいいすねー。さてと、残りの時間はどうしましょうか?」

 からかわれることがわかっているのでリナの話を軽く流し、そのまま話を変えた。

 リナはお腹をさすりながら僕の質問に答えた。

「さすがにさー、栄養ってのが足りないっぽいから……ウサギくん栄養を吸いたいな~!」

「そしたら……ゲームとか映画とか観ながらにしますか? いつもみたいに布団の中に入っちゃうともったいない気がして……ゲームか映画だったらどっちがいいですか?」

「そうだなぁゲームであたしがコテンパンに叩きのめしたらいつもと違う栄養が吸えるかもしれないしね! だからゲームにしてみようかな! ゲーム疲れもあたしが吸ってあげる! それって永遠とゲームができるんじゃね?」

 リナは細い腕に力こぶを作りながら自信満々な表情でゲームを選択した。

 家にあるゲームにしてしまうと僕の圧勝が目に見えているのでインターネットの無料で遊べるゲームで対戦しようと僕は考えた。
 ゲームによる疲労や負けたストレスや悔しさなどは全て金縛り霊の栄養に変わるだろう。
 お互いの良い金縛りライフを築き上げることができること間違いなしだ。
 もし金縛り霊がいる霊界でビジネスができるのならこの方法をオススメしたい。そんな変な事を思考しながら無料ゲームを探していた。

 ネット上に転がっている無料ゲームのほとんどは有名なトランプゲームやボードゲームだった。
 家に実物のトランプがあるがゲームでやったほうがスムーズに進行できる。なのでトランプでもなんでも気になったら対戦するようにした。

 僕の上にリナが座り、疲労を吸い取りながらゲームを開始した。
 この体勢ならスマホの画面で二人でゲームができるし、何よりもカップルって感じがしてドキドキする。

 そんな気持ちの中始まったゲームだったが、30分も経たないうちにリナはゲームに飽きてしまった。

「ちょっと待ってよー。ハンデもらっても勝てないんだけど……。もうやりたくなーい。どんだけゲーム強いんだよ。童貞で引きこもりはみんな強いのか?」

 辛辣な言葉を突き刺すリナに対して僕は、勝った喜びを隠せずにニヤけながら口を開いた。

「引きこもりではないですけど遊び相手はいなかったのでずっとゲームしてましたよ!」

 ゲームではリナに全勝。実力差が離れすぎていた。
 負けてないので『負けて悔しい』と言う気持ちは全く出てこない。むしろ勝ち続けて『楽しい』と思えている。
 これだと金縛り霊が吸える『栄養』がないではないか! これではダメだ。

 全敗したリナは大の字になってベットの上に倒れた。

「ゲームはもう無理! あたしのこの負けた悔しさを吸い取ってほしいわ!」

「吸えるんなら吸ってあげたいですよ~」

 僕もリナの負の感情や疲労、ストレスなどを栄養にできるのなら吸い取ってあげたい。本気でそう思っている。

 リナは大の字で倒れている体をそのまま宙に浮かび上がらせた。

 何事かと僕は驚いたが、リナは負けた悔しさなど微塵も感じないくらい元気な声で騒いだ。

「死ぬまでに見たいと思ってたドラマとかアニメがあるんだけどー! あたし死んだ後も見れることに今気付いた。金縛り霊になれて本当によかったよー!」

 リナは喜びのあまり天井を浮かびながら回し始めた。
 浮かび回るリナを目で追っていた僕だったが目が回りそうになったのですぐにやめた。

「じゃあ見たいやつを観ましょうよー! 僕のアプリで観れなかったら別のアプリ登録するんで! 何が見たいか教えてください!」

「うっふふふー! 今観たいのはドラマでもアニメでもない。映画だ!」

 不気味な笑みを浮かべるリナ。何か嫌な予感がするのだが……

「映画って何が観たいんですか?」

「ちょっとスマホ貸して~」

 リナにスマホを渡した。素早い操作で観たい映画を検索している。
 検索に引っかかり「ふふっ」と笑いながらスマホの画面を見せてきた。

「これ!」

「嫌です!」

 見せてきたのは僕が苦手なホラー映画だった。
 リナは嫌がる僕に、甘える猫のように体を擦り付けてきた。

「ね~観ようよ~。二人っきりでくっつきながらさ~」

「絶対に嫌です! だって一緒に映画館で見たときは怖すぎて心に誓いましたよ! 二度とホラー映画を観ないって! だからホラー以外でお願いしますよー!」

「その恐怖を吸ってあげるから大丈夫だよ~。恐怖の味も格別らしいんだ。ほら、あたしのためだと思ってさ、ね? いいでしょ~? 怖くなったらあたしの胸に飛び込んできてもいいからさ~」

 ボインっボインっと胸を揺らしアピールしてきた。

 リナに恐怖心を吸い取ってもらえればホラーだって見れるかもしれない。それに胸に飛び込んでいいだって?
 許可が出てるのなら飛び込むに決まってるだろぉ! 

「言いましたからね」

「へ?」

 僕は、リナが選んだホラー映画がある動画アプリの会員登録を済ませた。
 スマホからテレビの画面に映して観ることができた。
 小さいスマホの画面で見るよりは確実にテレビ画面で見たほうがいい。

 登録や接続が終わった。残すところは視聴のみ。

「み、観ましょうか……」

 今回、僕たちが試聴するのは日本のホラーだ。
 海外のホラーはピエロやらゾンビやらで馴染みがないのでフィクションと分かる。
 どちらかというと作品の恐怖が強い。
 そして日本の映画は現実世界に実際に起きそうなリアルな感じで超絶に怖い。
 振り向いたらそこにいるように思ってしまう、そんな恐怖感を肌で感じる。

 視聴10分で僕はリナに飛びついた。飛びついても良いと許可は得ている。遠慮なく飛びついた。
 実際はゆっくりと体を寄せただけだが……。胸に飛び込む勇気はない。

 リナに体を寄せてからは、心が落ち着いたように思える。恐怖心がちょっとだけ和らいだような感じだ。
 多分、金縛り霊の不思議な力よりも僕の腕に当たっているこの柔らかい胸のおかげだろう。
 どんなクッションよりも柔らかい。これなら90分の映画も肩こりせずに観れそうだ。

 軽く胸に腕を押し当てていたらリナが小悪魔のように囁いた。

「ウサギくん……童貞……」

 ごめんなさい。胸の感触確かめてたのバレちゃってますよね。
 金縛り霊ですもんね。僕の気持ちわかっちゃいますよね。
 最初は本当に恐怖心で体を寄せたんですが、ちょうど良いところに胸があって、バレないかなと思ってやっちゃいました。
 恐怖心を打ち消すほどスケベな気持ちが勝ってしまったのだ。

「ち、違いますよ……変な気持ちはないですよ。恐怖心を消したんですよー! 飛び込んでも良いって言ってたから、ちょっと体を寄せただけですよー! だからそんな変な気持ちだけが目立ったんだと思いますよ! あはは……ホラー映画は怖いなー」

 なんとか誤魔化そうと必死になってしまった。
 多少、早口になってしまうので金縛り霊じゃなくても嘘を付いていると気付かれるだろう。

「まっ、そういう事にしてあげるよ……」

「うわぁ」

 リナは僕の肩を持って引っ張った。
 そして僕の頭がちょうど天国、いや、胸の位置で止まった。

「よしよし、怖くないよーあたしがついてるよー、よしよし」

 胸の谷間にすっぽり収まっている僕の頭を撫でている。
 子供をあやすようにしているがなぜか棒読みだ。
 僕は恥ずかしくなりながらも抵抗せずに頭を撫でられ続けた。

 このままの体制で残りの時間、静かに映画鑑賞を続けた。
 映画を見終わった感想は『おっぱいに挟まれて集中できなかった』だ。
 普通に見ていたら怖くて震えていたかもしれない。。
 胸に挟まれ、じゃなくて、金縛り霊の不思議な力で恐怖心を吸い取ってもらったおかげで、落ち着いて見る事ができたのだ。

「おっぱいの力はすごい」

「ん? なんて?」

「い、いや怖かったって言ったんですよー」

 ボソッと呟いたおかげで聞こえていなかったようだ。セーフ。

「いやー普通に怖かったねー。じゃあスマホ貸してー。次のホラー映画探すからさー」

 テーブルに置いてあった僕のスマホを取った。そして次のホラー映画を慣れた手付きで探し始めた。

「え、もう1本ホラー映画観るんですか……もう無理ですよ……」

「だって『恐怖の栄養』が途中から全然吸えなくなったんだもん。最初はすごく吸い取れてあたしも良い気分になったのにさ……だからお願いもう1本だけ! お願い!」

 珍しいく真面目な顔でお願いをしてきた。
 いつもなら妖艶な感じでお願いするところを……。それほど僕の恐怖に対する栄養が凄かったのだろうか。
 でもその大きな胸があるせいで恐怖心が和らいでしまうんだが……。
 まあ、それでもいっか。

「じゃ、じゃあ、あと1本だけですよ……」

「やったー! じゃあ映画決めるまでここにおいで!」

 リナは正座している自分の膝をポンポンと叩いてアピールしている。
 ここにおいでということは膝枕で間違いないだろう。

 僕は恥ずかしがりながらもリナの膝に頭を乗せた。

「膝枕どう?」

 リナの声に反応し上を向いたがリナの顔が全く見えない。
 なぜなら目の前には大きな胸が聳え立っているからだ。白いワンピースからでも分かるほど膨らんでいる。

「さ、最高です」

 僕はリナのひんやり柔らかい膝と胸に頭を挟まれている。
 これは飛行機でいうところのファーストクラスだ。極楽浄土。こんなに最高な事があるのだろうか。
 これを僕は『胸枕』と名付けよう。こんな姿、他の金縛りちゃんには絶対に見せれない。

「よし、決まった。これにしよう」


 そのリナの明るい元気な声と共に暗く怖い映画がテレビ画面に映し出された。
 僕は胸枕の状態で丸々映画を見終わった。

 その状態のまま3本目の映画に突入した。3本目はホラー映画ではなく恋愛映画だ。
 感動で涙が止まりませんでした。この涙も悲しい気持ちも金縛り霊の栄養に変わるのだろう。
 リナの膝が僕の涙と鼻水で濡れてしまったのは許してください。

 そして4本目も恋愛映画を試聴。しかし途中からリナの寝息が聞こえてきた。

「…………ハフーハフー…………ハフーハフー」

 休日を家で映画鑑賞し寝落ちしたカップルのようだ。

 僕も4本目の恋愛映画がつまらなくて眠くなってきてしまった。
 金縛り霊の寝息にも睡眠を促進する力があるのかもしれない。
 いつも寝息を聞くと僕は眠くなる。

 僕も寝たいのでテレビの電源を消した。

 膝枕している状態で、リナに抱きつくように僕は寝返りをうった。
 そしてリナの膝と胸とお腹に挟まれながら僕の意識は暗い暗い闇の中へと消えていった。


 カップルのような時間は過ぎていき、リナの金縛りちゃん面接が幕を閉じた。
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 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

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