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第4章

50 金縛りちゃん面接、カナ編

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「ちょっと早く来ちゃったー!」

「カ、カナ!」

 金縛りちゃん面接の30分前にカナがひょっこりやって来た。
 登場のシーンは見てなかったのでどうやって現れたかは分からない。

「ちょうどよかった……レイナが気絶しちゃって、ずっと起きないんだけど……これどうにかできる?」

「えぇええ! レイナちゃん何やってるのよー、起きて起きて~!」

 カナはレイナの体を優しく揺らした。
 優しすぎる揺らし方で起きるはずもない。逆にゆりかごに寝ているかのような心地よい感覚を与えてしまってないか不安になる。

「本当だ。起きないね。もう仕方ないわね。せっかく早く来たけど一旦レイナちゃんを霊界に連れて帰るね。このままこの状態だとまた謹慎処分になっちゃったりするから」

 と言いながらレイナを余裕で背負った。
 体の小さいレイナを背負うのは簡単そうに見えるが、それでも細身の体型のカナが余裕で背負うシーンを見てしまうと不自然に思えてしまう。

 金縛り霊は軽い。あり得ないほど軽い。だから細身の体型のカナでも余裕で背負えるのだ。


「すぐに戻るから大人しくお家で待っててね!」

 カナの体は足元から姿が消えていく。ユーさんが消える時と同じような消え方だ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 およそ10分遅れでカナは戻ってきた。

「せっかく30分も早く来たのに……10分も遅くなったよー。早く来ちゃった罰とかかな?」

 カナは悔しそうにしていたが、早く来てしまったことに対しての罰だという解釈をして、すっきりした表情に戻った。

「あっ、お帰り! もっと遅くなるかと思った」

 僕はお腹が空いていたので、カナの帰りを待っている間は、家に置いてあったカップヌードルを食べていた。
 今も食べてる最中だ。

「これ食べれないと思うけどカナの分! そのまま置いておくともったいないから僕があとで食べちゃうけど!」

 コンビニで買ったチョコケーキをテーブルの上に置いた。
 お腹が空いて冷蔵庫を開けた時に、このケーキの存在を思い出したのだ。
 なのでレイナに渡すはずだったシュークリームは今も冷蔵庫の中で静かに眠っている。
 キスの事もあり頭が正常に動いていなかった証拠だ。

「わ~! 嬉しい! 私、チョコケーキ食べれるよ!」

「え? 食べれるのか、てっきり食べれないと思い込んでた……」

 カナは、僕の隣にべったりと、くっつきながら座ってきた。いつもよりも大胆だ。

 そして『食べれる』と言っていたチョコケーキを食べようとする様子はない。

「ど、どうぞ、食べていいよ。遠慮しないでー」

 チョコケーキをカナの目の前まで移動させた。使い捨てのフォークも一緒に。

「……」

 カナは、それでも食べようとしない。

 どうしてだろうか。
 やっぱり金縛り霊は食事をしないから食べれないのだ。じゃあなぜさっきは食べれると言ったのか?
 僕に気を使ってくれたのかもしれない。

 僕は黙り込むカナの顔をチラッと見てみた。
 カナはニコニコとチョコレートケーキを喜びながら見ていた。


 僕がカップヌードルを食べ終わったあと、黙り込んでいたカナが動き出した。
 チョコケーキの蓋を開け、使い捨てのフォークを袋から出した。

 そうか。僕が食べ終わるのを待ってただけで食べれないわけじゃなかったのか。

 三角の形をしたチョコケーキの先端をフォークで切った。そして切った部分をフォークで刺す。
 それをそのまま口に運ぶ。ただ運ばれる口は僕の口だった。

「はい。あ~ん!」

 えぇ? な、何で?
 そ、そうか、一口目を僕に食べさせたかったのか。
 な、なんて優しい子なんだ。ちょっと恥ずかしいけど……

「あ、あ~んっ」

 僕は口の前にまで運ばれたチョコレートケーキを一口食べた。

「どう? 美味しい?」

「お、美味しいよ……」

 恥ずかしい。恥ずかしいけど今まで食べたケーキの中で一番美味しい。
 あ~んされるだけでこんなにも美味しくなるのか。恐るべし『あ~ん』の力。

 カナは再びチョコケーキを食べやすい大きさで切ってからフォークで刺した。
 そして二口目が口に運ばれる。またしても僕の口に運ばれた

「はい。あ~ん!」

「ええ、また? カナが食べていいんだよ、僕に渡さなくても……」

「うん! 食べるよー。だから口開けてー。あ~ん!」

 僕は言われるがままに、パクッっと二口目も食べた。

「うふっ」

 不意にカナが笑顔をこぼした。か、可愛い。その笑顔一つでどれだけ心が浄化されることか。


 そして三口目、四口目…………と、最後まで僕に食べさせてくれた。
 しかしこのチョコケーキはカナのために買ってあげたケーキだ。

「えーっと、全部僕が食べちゃったんだけど……」

「うん。今から私も食べれるよー」

 カナは上機嫌に鼻歌を歌っている。
 そして僕にはカナの言っている事が理解できないでいた。
 無くなったチョコケーキをどうやって食べるのか?

 カナは突然立ち上がりベットの上に座った。

「こっちこっち」

 僕に向かって手招きをしている。
 ベットの上に誘うだなんて……今日のカナは本当に大胆だ。

 いつもベットの上にいるのに、こうやって手招きされると恥ずかしく思える。
 そして、いやらしい事も考えてしまい緊張する。

 僕は手招きするカナの隣にゆっくりと腰掛けた。

 するとカナは僕に飛びつき押し倒した。

「うぉおっ」

 僕は驚いて声を出してしまった。

 僕は押し倒された状態で抱きつかれている。
 そして僕の目を見ながらカナはぺろっと唇を舐めた。

「じゃあいただきます」

 これが海外のホラー映画だったら僕は死ぬ。完全に殺されているモブキャラに向けての台詞だ。
 ガブガブムシャムシャと僕が食べられてしまう冒頭10分以内に起きるシーンだっただろう。
 しかし、それをしようとするのは黒髪美人の超絶可愛い天使。いや、可愛い金縛りちゃんのカナだ。
 カナに食べられてしまうのなら本望。

 僕は抵抗する事なく体の力を抜いて身を委ねた。

 しかし押し倒され、抱き付かれたまま何も起こらない。話しかけても来ないし寝息も聞こえてこない。
 そんな状態が10分ぐらい続いた。

「カ、カナ……」

 この状況が耐えられずに僕はカナの名前を呼んだ。

「ごちそうさまでした」

 僕の声に答えるようにカナが返事をしたが、その返事があまりにも返事になっていなくて驚いた。
 ごちそうさまでしたという事は食べ終わったという事だろうか?

「チョコケーキとカップヌードル美味しかったよ~」

 なんと、チョコケーキだけでなくカップヌードルまで食べたらしい。
 でもどうやって食べたのか? 抱きついていただけだったのに……。

「えーっと……抱き付いただけで食べられるものなの?」

「そうなのよー。今はウサギくんが食べた物で体に悪い部分だけ吸わせてもらったよー。だからチョコケーキとカップヌードル両方食べちゃった! えへ、太っちゃうかも~! 幸せ太りだから許してね~」

 なるほど。やはり金縛り霊の不思議な力だったのか。
 チョコケーキとカップヌードルの、人体に悪い影響をもたらすであろう栄養素をこの10分間の抱きつきで全て吸い取ってくれたということか。
 金縛り霊が太るのかどうか知らないが、白いワンピースの上からお腹の肉を摘む仕草をするカナが可愛すぎた。

 食事の後に横になると腹痛を起こす事がある僕だ。
 カナに押し倒されて横になって状態の僕だったが、金縛り霊の不思議な力によってお腹の痛みは全く感じない。むしろお腹が楽だ。

 これなら食べてすぐ寝ても何も問題ない。それに何を食べても健康食品だ。金縛り霊の不思議な力ってすげー!

「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 やっと喋ったと思ったが、今度は寝息が聞こえてきた。
 食べたら眠くなるのは金縛り霊も同じなんだと実感した。

 そして今までの経験上カナはよく寝る子だ。
 少し寝かしてから起こしてあげよう。じゃないと金縛りちゃん面接の残りの時間全てを睡眠に使ってしまう可能性が高い。

 僕が一目惚れした金縛りちゃんのカナ。今でも一目惚れした気持ちは忘れていない。
 だからこの二人きりの時間で少しでも進展させていきたい。


「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 だけどあと少しだけ、この心地が良い寝息を聴いていたい。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 ピピピピッピピピピッ

 寝過ぎ防止のために設定した目覚まし時計が鳴った音だ。

「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 予想通り僕の隣でカナは熟睡している。そして僕も目覚ましが鳴るまで熟睡していた。
 もし目覚ましを設定していなかったら本当に最後まで寝てただろう。それほど金縛り霊の不思議な力は強烈だ。

「カナ、起きて、起きてー!」

 カナの肩を優しく揺らす。

「んっ、ウサギくん……おはよう」

 カナは、すぐに目を覚ましてくれた。

「もう朝かな? それとも昼かな? もしかして夜かな? 」

 寝ぼけているのだろうか?
 目が開いていない。それに鼻ちょうちんができている。寝ぼけたカナも可愛い。

「もう夕方だよ」

「ウサギくんそんなに寝てたの? も~う、寝坊助さん!」

「えぇえええ! 僕が寝てたって事になるの? 先に寝たのはカナだし起こしたのは僕なんだけどお!」

「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 再びカナは寝た。

「ちょっとちょっと! また寝てるじゃんかー、カナ起きてー!」

「起きてます…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 僕の膝を枕にして寝始めてしまった。寝てるのにちゃんと答えている。器用だ。

 流石に金縛りちゃん面接は始まってるんだ。このままだとなんの成果も得られずに終わってしまう。
 それだけは今後のためにも避けたいところだが……いや、成果なら得ている。可愛い寝ぼけ姿を見れた。

「ハッ!!!!!」

 カナの鼻ちょうちんが破れて、突然飛び起きた。今度はなんだ?

「私の名前はカナです! よろしくお願いします!」

 正座をしてから、なぜか自己紹介を始めた。

「えーっと……し、知ってるけど、いきなりどうしたの?」

「面接でしょ。面接ー! 忘れてるの~?」

 僕は「絶対今思い出しただろ」と心の中だけでツッコんだ。
 カナのちょっと天然っぽいところが可愛いと思ってしまった。
 しょうがない。面接のことを思い出してくれたみたいだし色々と聞いてみるかな。

「好きな動物は?」
「ウサギくんです」

「好きな食べ物は?」
「ウサギくんです」

「趣味は?」
「ウサギくんに金縛りをかけることです」

「特技は?」
「ウサギくんを寝かせることです!」


 うん。可愛い。合格。

「でも全然面接になってなーい!」

 僕は我慢できなくなり目の前の天使にツッコんだ。
 目の前の天使は手応えがあったかのように謎のドヤ顔をかましている。

「そういえばレイナの時は、ちゃんとした面接はしてなかったな。でもレイナが僕にしたいことをしてた」

 それならカナは僕に何をしたいのだろうか? 聞いてみよう。

「えーっと、僕と何がしたい?」

 僕の質問を受けてポッと顔を赤くするカナ。照れている姿は珍しい。でも一体を考えたのか?
 それにしても今日はカナのいろんな表情が見れる。それほど僕に慣れたというか心を開いたのだろう。

 そして質問の答えをもじもじと体をくねらせながら口にする。

「…………ん……ぽ…………」


「え?」

 恥ずかしがりながら言っているので、うまく聞き取れなかった。


「お……んぽ……たい……」

 恥ずかしがりながらボソッと答えているので声が小さい。
 でもさっきよりは聞き取れた。

「お、んぽ、たい?」

 この言葉から導かれる答えは!? ハッ! まさか! 『お○んぽ○○たい』だ!
 絶対そうだ! なんというドエロな金縛り霊なんだ! 攻めすぎだ! 今日のカナはヤバイぞ!

「ちょっと……カナ、えーっと、それはもう少しお互いのことを知ってからというか……その僕もアレを、その、卒業したい、けど、えーっと……その、準備というか、心の準備が、だから……今は、できないかな、も、もちろん、カナのことが嫌いだからとかじゃないんだよ……今すぐでも……でも先にその……体の相性というかそういうのも、わかったほうがいいのかな? そうだ、面接だし、うん、そうだろう……あはは、まさかカナがしたいとは……想像もしてなかったよ、面接を利用するなんて攻めすぎで驚いた! そもそも金縛り霊ってそういうことできるの?」

 僕は早口になり照れ隠しをしながら話した。こんなに長文を話すことは日常生活でほぼない。

「うふふっ、驚いた? もちろん金縛り霊でもできるよ~!」

 僕の手を掴みそのまま指と指を絡ませる。細い指がゆっくりと僕の指に絡んでくる。
 ひんやりとして気持ちがいいカナの指が、優しく恋人繋ぎをした。

「もうやる気満々じゃないですかー!」

「うん。したい」

 僕は緊張で手汗がドバドバ。体も熱い。同時に顔も赤くなっているだろう。

「そう、なんだ、そ、そこまで言うんなら……じゃあ早速お願いしちゃおうかなっ! あははは! ぼ、僕……そういうことするの初めてで、緊張するけど……よ、よろしくお願いします、これは面接の……その……アレだと思って、うん……そう! えーっと……卒業式みたいな、アレだ……僕は金縛り霊で卒業するアレだ……幽霊で卒業それもそれで悪くない。いや、むしろそのほうがいい! お、お願いしまーす!」

 僕はベットに横になって身を委ねた。受け身の体制だ。童貞の僕は攻め方を知らない。

 もう僕の体を好きにしてくれ! 僕は卒業するんだ。金縛り霊で……カナで卒業するんだ!

「緊張するけど……よ、よろしくね」

 カナの顔も真っ赤だが。超絶可愛い。照れてる姿も最高だ。
 僕の鼓動が早くなる。息も荒くなってきた。

「ハァ……お願いします……ハァ……」

「じゃあいこう! 一緒にいこう!」

 ん? 一緒にいこうだって? 始まる前から何を言い出すんだこの子は! いこう宣言とかされちゃったら余計にドキドキしちゃうじゃないか! 
 鼓動が早すぎて心臓が出そう……僕の心臓が喉から出ちゃう! 

 カナが突然立ち上がった。恋人繋ぎをしている手で僕のことを起こそうと引っ張ってくれている。
 新手のプレイかと思ったがそういう様子ではなさそうに見える。

「ど、どうしたの?」

「行こうよ! 一緒に!」

「え?」

「だから……の……行こう!」

 顔を赤くし、もじもじしながら答えた。
 可愛い。何度見ても可愛い。じゃなくて……お散歩?

「えーっと……その……確認なんだけど、さっきなんて言ったっけ?」

「ん? 『おさんぽしたい』って言ったのよ!」

 ですよねー! 僕は何を勘違いしてるんだ!
 恥ずかしい恥ずかしいちょー恥ずかしい!
 はっずはっず! ヤバイヤバイ!
 これだから童貞はすぐに勘違いを起こす。
 そして取り返しのつかない事が起きてしまうんだ。

「そ、そうだね……あはは……お、おさんぽ、おさんぽ、早く行こうか……」

「それでね、お外に出る時はずっと触れてなきゃいけないの……離れちゃうと金縛りが解かれちゃうから……だからずっと手を握っててね!」

 恋人繋ぎをしている手にギュッと力が入った。

 カナはもじもじと体をくねらせながら恥ずかしそうに言っている。
 その姿が僕を勘違いへと導いたんだ。可愛いから許すけど……。

 とりあえず手を離してしまうと、金縛りが解除されてカナの姿が見えなくなってしまう。
 そんなリスクが高い散歩をなんでやりたがっているかは謎だ。でも家の中だけだと辛気臭いし気分転換にはちょうどいいかもしれない。

 僕は手を繋いだままベットの上から降りた。そしてカナを引っ張り上着とマフラーを取り、着替えた。
 マフラーは兎村でも使っていた、ウサギのマフラーだ。
 冬の夕方は冷える。いや、極寒だ。防寒をしっかりと整えて散歩に挑まなければならない。

「じゃ、じゃあ散歩に行こうか」

「うん!」

 金縛り霊との始めての散歩が始まる。


 近くの公園まで散歩しに来たのはいいが全く集中できない。
 カナとの散歩に緊張しているってのもあるけど集中できないのは違う理由だ。

 どうやら金縛り霊は家の外に出てしまうと対象者から離れてられないらしい。
 離れてしまうと金縛りが解けてしまいカナも消えてしまう。
 だからこの細くて小さな手だけは絶対に離せない。
 離したらダメなんだと意識しすぎて散歩に集中できないのだ。

 公園の景色や夜空、隣にいる天使よりも握っている手をずっと見てしまう。

 それでもカナは笑いながら散歩を楽しんでいる。
 僕がカナの手を絶対に離さないと信じて安心してくれているのだろう。

 カナは散歩の途中テンションが上がり大きく手を振ったりするので危なっかしい。

 防寒バッチリな僕とは対照的にカナはいつも通りの白いワンピース姿だ。
 金縛り霊なので寒さや暑さを感じないのだろう。

 そもそもなんで散歩したがってたんだ?
 別に僕は散歩が好きなわけではない。
 だから僕のために散歩を計画したとは思えない。
 むしろインドア派の僕はあまり外には出たくはない。
 ベットの上で布団包まれていたい。

 でも今は大事な金縛りちゃん面接の時間だ。カナには何か考えがあって散歩を提案したのだろう。

「ねー、どうして散歩しようと思ったの?」

 カナは繋いでいない方の手を口元に当てて考えながら答えた。

「う~ん……デートしてるみたいで楽しいかなって思ったの~! 実際、楽しいでしょ~? 夜の公園! それに外に出れば何かあるかな~って思ってたの」

「何かって?」

「これは私のことになっちゃうんだけど~、生前の記憶とか何か思い出すかな~って。えへへ……でもウサギくんとの散歩がメインだよ~! 私の記憶なんてついで中のついで! だから夜の散歩を楽しもう~!」

 明るく振る舞っているカナだが、生前の記憶の一部が欠けている。
 その欠けた記憶の一部を僕は、オカマの金縛り霊のユウナさんから聞いたので知っている。

 カナの欠けた記憶の一部は、死亡理由だ。
 元彼にストーカーされ、そのまま心中。ショックのあまり記憶を失ってしまったとのこと。

 本人にはこの事を話さないようにユウナさんには忠告されている。
 ユウナさんが知っているということは金縛り霊協会会長のユーさんも知っているだろう。
 本人にこの事を話さないということは、それほど酷い死に方だったのかもしれない。

 そんなことを考えていたら無性に抱きしめたくなった。恋人繋ぎをしている右手を離さずにそのまま抱きしめようと試みたが勇気が出なかった。
 夜の公園でカナのような美少女を抱きしめるなど童貞の僕には無理だ。

 夜の公園には僕とカナと同じように散歩をしている人たちがいる。
 僕たちは周りからどうのように見えているのかわからない。金縛り霊のカナの姿は見えていないはずだ。
 だから僕がカナを抱きしめたとしても、夜の公園ということで演技の練習でもしていると思われるだろう。

 それでも抱きしめる事はできなかった。そんな僕の気持ちを繋いだ右手から感じ取ったのだろうか。カナは不思議そうに僕を見つめた。

「どうしたの? ウサギくん。なんだか悲しい気持ち。元気がないみたい……」

 金縛り霊は触れた相手の気持ちや感情を読み取ることができる。
 しかし相手の考えている事がわかるわけではない。
 だからくりくりな瞳で不思議そうに見つめているのだ。

 なんでだろうか。僕は金縛り霊に出会ってから涙腺が緩くなったような気がする。
 自然と涙がこぼれ落ちた。これも夜の公園の雰囲気の魔法なのだろうか。

 カナを救ってあげたいという気持ちもあるけれど、真実を教えてしまうのは残酷だ。
 ユウナさんに忠告されている通り、カナの消えた記憶の一部を教えるつもりはないが、やっぱり目の前の美少女にはいつか真実を知ってほしいと思う。

 それまでは僕がそばにいてあげたい。不思議とそんな気持ちにまでなっていた。

「なんでもないよ。ただ夜の公園の雰囲気があまりにも良かったから、かっこつけて抱きしめようかなって思っただけ……」

 そう言って僕は笑顔を作り誤魔化した。誤魔化した後すぐに、恥ずかしいことを言ったと後悔した。

 そんな僕の顔を見て瞳から溢れていた一粒の涙をカナは指ですくい取り舐めた。
 前にも涙を舐められたことがあった。その時もカナの過去のことで泣いていたような気がする。

「あの時と同じ味……」

「ん? なんて?」

「なんでもないよ~! 時間も少ないし帰らないとね~、それかこのまま二人でどっか行っちゃう~?」

「いきなりレイナみたいなこと言って驚いたわ。それにどこか行きたいのは山々なんだけど、どっか行っちゃうと後々リナにすごい怒られそうで怖いからまた今度で」

「うふふっ、冗談だよ。また来ようね! 夜の公園!」

 カナは僕の前に一歩大股で歩き、振り向きながら満面の笑みで言った。
 その姿に目が離せなかった。どんな夜景よりも綺麗だったから。僕の心はカナに奪われた。

「ねー、見てー!」

 カナが夜空を指差す。それに釣られて僕も夜空を見上げる。
 都会では晴れていても滅多に星なんて見えないがこの日は運よく星が見えた。

「人って死んじゃったらお星様になるでしょ?
 でも私たちみたいに金縛り霊になる人もいる。金縛り霊も成仏したらお星様になれるのかな~?」

 瞳を輝かせながら夜空を見上げるカナの横顔は真剣な表情だった。
 そのカナの疑問になんて答えたらいいかわからなかったが思った事をそのまま言った。

「もともとはみんな同じ人だったんだし、なれるんじゃないかな?」

「その時は会おうね。金縛り霊と生きた人間って関係じゃなくて同じお星様として! だから専属霊になれなくても……会えなくなっても……いつかお星様として必ず会えると私は思うの。それを私は信じてる。でもでもでも! 専属霊になれるんだったら私だってなりたいからね!」

「そ、そうだね」

 いきなりロマンティックな話をされて戸惑ってしまった。

 選ばれなかった金縛りちゃん達とはいつかお星様として会えるかもしれない。
 でも僕はいつまでもみんなと一緒にいたい。
 最終的にはカナのような考え方をしなくてはいけない事ぐらいわかってる。
 わかってるけど、今はそこまでの覚悟は僕にはない。

 夜空を見上げながら俯きそうになる僕にカナの明るい声が夜空に向かって響き渡った。

「ねー、星が4つだよー! 私たちみたいじゃない?」

 はしゃぎながら見ている星は4つだった。暗い夜空に輝く星が4つ。
 カナの言った通り、暗い部屋にいる僕たち4人のように思えた。
 いつか4人はお星様になって会える。そう思わせるように星は輝きながら笑っているように見えた。

「それでね、お星様で思い出したんだけど」

「ん? なに思い出したの?」

 また何気ない話が始まった。僕たちはそのまま話をしながら家に向かった。カナとならどんな話でも楽しい。
 外も出れる事をしれて良かった。幽霊だなんて信じられない。本当に普通の人間と変わらないじゃないか。
 つまり、これが『カップル』というものなのだろうか。
 この時間がずっと続いてくれればいいなと僕は思った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 家の扉を開けた瞬間、金縛りがかかったような感覚に襲われた。
 カナにかけられている金縛りとは別の金縛りのように感じる。

 リナの金縛りちゃん面接は22時からだ。しかし30分前だがリナは僕の部屋にいた。

 リナは僕のベットの上で、ピンク色のスウェットパジャマを抱きしめながら、泣きそうな顔をしていた。

「ちょっと早めに部屋に来たんだけど……二人がいなくてマジで心配したわ、カナちゃんが専属霊の契約しちゃって、ウサギくんがあたしには見えなくなったのかと思ったよ……てか、どこ行ってたんだよ!! 外出れるとか聞いてないぞー!」

 リナは泣きそうな顔から膨れっ面に変わった。
 そんなリナにカナは金縛り霊の先輩らしく鼻を鳴らしながら答えた。

「外出るのはいろいろ危険なんだよー。リナちゃんは、もう少し金縛り霊の勉強してからねー!」

「なんかそれズルいなぁ!」

「ズルくありませーん! うふふっ」

 二人が会話してるのも新鮮で微笑ましい。ずっと見ていたと思ってしまった。
 そして僕は、脳内で『ほほえま』と呟いた。

「まだ私の時間だからそこで座って見ててね!」

 カナは何を見せつけようというのだろうか。
 そう思っていたら、僕の視界が、カナの整った顔から天井へと一瞬で変わった。

「うぇ?」

 そう。僕はベットに押し倒されたのだ。そのまま僕の上にカナは乗った。

「カ、カナちゃん!」

 それを見ていたリナは驚いた様子だった。

 この状況もしかして……NTRってやつか!

 なんだろう見られていると思うと興奮する。いやいや待て待て、残り30分で僕に何をしようとしてるんだ?
 カナって、こんなに強引で大胆だったっけ?
 リナに何かを見せつけようとするあたりとんでもないぞ淫乱女になってしまったぞ!

 僕は抵抗も嫌がることもしなかったが、押し倒されてからは何も起こらなかった。
 なぜなのだろうか? その答えはすぐわかった。

「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 カナの寝息が聞こえてきた。
 散歩で疲れたのだろうかカナは寝ていた。

 こうやって普段通りの姿を見せているカナも素敵だ。

 気になるのはリナの方だ。この状況を30分も黙って見ているとは思えない。
 そう思いリナのいた方を見てみたが、リナの姿がない。
 カナに押し倒されている僕が見える視界の中には、リナの姿がどこにもなかった。


 もしかして時間通り30分後にまた戻ってくるのかな? と、思ったが違かった。


「…………ハフーハフー…………ハフーハフー」

 僕の腰あたりからリナの寝息が聞こえてきた。
 カナの体で見えないが、リナは僕の腰に抱きついているだろう。

 僕は二人の金縛りちゃんに疲労を吸われ意識が朦朧としかけた。
 しかし僕は耐えた。
 このまま眠ってしまえばカナは再び謹慎処分になってしまう可能性がある。カナと会えなくなるのを避けたい。
 なので僕は必死に手を伸ばし目覚まし時計を設定した。
 カナの金縛りちゃん面接が終わる22時に目覚ましを設定したのだ。

 そして30分が経ちカナを起こした。

「あと5分~」

「学生の朝みたいだな」

「お母さん……あと、5………………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 目が開かないカナは再び寝ようとしていたが、それだとカナのためにもならないので無理やり起こした。
 帰り際、立ちながら寝てたのは、さすがだと思った。

 こうしてカナの金縛りちゃん面接は幕を閉じた。
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