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第4章
45 白い男からの大事な話
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バイト先の居酒屋についた時、僕は衝撃を受けていた。
「なんだこれは……」
店の前には信じられないほどの行列ができていた。
行列を作っているお客さんを順番に店内に入れたとしても、全員は1回じゃ入りきらないと確信できるほどの行列だ。
さすが12月……ここまで行列を作るとは……恐ろしい。
それでも異常だ。異常すぎる行列だ。
店の奥で困り顔の店長の姿を発見した。瞳には光ものが映っている。
喜んでいる……いや、哀しんでいるように見える。
「店長、この行列はなんなんですか? 今日って祭りとかありましたっけ?」
12月だからといってこの行列は明らかにおかしい。ただ祭りなどの行事があれば話は別なのだが。
それに店長の表情からも異常事態であることがはっきりとわかる。
「い、いや……祭りは……ない。が……ここまでとは……もう、頭の中が……どうしたらいいんだ……」
心当たりがありそうな店長の反応。
それに店長の怯えながら話す姿から喜ばしいことではないことが確定した。
「な、なにが……あったんですか?」
僕は恐る恐る怯える店長に聞いてみた。
「店がやってるSNSあるだろ?」
「は、はい……」
あらゆるSNSにはお店の宣伝アカウントが存在する。
ツ○ッター、フェ○スブック、インス○グラム、ユーチ○ーブ、テ○ックトックなど存在する。
そのアカウントがどうしたというのか?
「割引キャンペーンを実施しようと思って『全品5%OFF』って書いたんだよ……」
全品5%オフなんて普通じゃないのか?
それだけで行列ができるほど人が集まるのだろうか?
僕は不思議に思いながら店長の話の続きを聞いた。
「気付いたらさ行列ができてて……SNSを確認したら『50%OFF』って入力しちゃってたみたいなんだ……」
「あ、なるほど……50%オフならこれくらいの行列できますね」
「やらかした……一生の不覚……気付いたら手遅れだった、やっぱり人生うまくいかないもんだな……」
店長はかなり落ち込んでいる様子だ。それもそうだろう。
50%オフだなんて店の利益にもならないだろうし、それに開店から閉店までこの数のお客さんを相手にしていたら体がいくつあっても足りない。
「はっはっは……」
しかし店長はこの状況で笑った。
店長は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
「ということで今日から年越すまで『全商品50%OFF』でやっていくからな! 忙しくなるぞ!!!! さあ仕事だ!! みんなにも伝えてくるわー!」
頭がおかしくなったのは間違いではないが、開き直るのが早すぎる。
というかポジティブすぎる。さすが店長と言うべきか……。
これはもうやるしかないな。それにこの状況は逆に良かったのではないか?
バイトで疲労をいつも以上に蓄積することができる。
その結果、金縛りちゃん達に大量の疲労を吸い取ってもらい栄養をあげることができる。
金縛りちゃんが3人になったから疲労が足りるかどうか心配していたけど、これなら問題なさそうだ。
逆に燃えてきた! 僕は金縛りちゃんのためにひたすら働き続けるぞ。
生まれて初めてこんなにもやる気が漲っている気がする!!!
今日から年越しまで過酷なバイト生活の幕が上がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
僕はバイトが終わり家に帰宅していた。
店が忙しすぎて帰って来た時にはすでに日付が変わっていた。
この疲れを例えるのなら戦場から帰還した戦士だろう。
まあそんなにかっこいいものではないけど。
「さすがに疲れたわー」
僕は思いっきりベットにダイブした。
頭痛がするほど忙しかった。ふくらはぎ、腰、肩から腕まで全身が痛い。
過酷なバイトが毎日続くと考えると相当やばい。いつか過労死で死んじゃうレベルだ。
でも僕には金縛りちゃんたちがいる。どんなに疲れても大丈夫だ。問題ない。
それにしても今日は迷惑な酔っ払いが来なくて本当に良かった。
礼儀正しいお客さんばかりで平和だった。というか礼儀正しいのが当たり前なんだけどね。
迷惑な酔っ払いはそれがわかっていない。
礼儀正しいお客さんに対しては『お客様は神様』と言う言葉を使いたい。
そうだ。『礼儀正しいお客様は神様』って言葉に訂正するのはどうだろうか?
いや、一人で何を考えているんだ僕は……。さすがに疲れすぎたな。
そんなことを考えながら寝支度を整える。
さて、あとは寝るだけだ。
疲労は今日だけで相当な量が蓄積されている。3人はきっと喜んでくれるだろう。
期待と興奮と緊張で眠れない。なぜだろう。すごいドキドキする。僕の心臓がうるさい。
金縛りちゃん3人が来るって想像するだけですごい緊張だ。今までこんなに緊張しなかったのに……
なぜだろうか?
目を瞑り昨夜の記憶を辿る。
僕が気を失う前……みんなの寝息を聞く前……。3人の笑顔に見惚れていた……その後だ。
思い出せ。そこだけ記憶がすっぽりと抜け落ちてるぞ……。
確か……3人が僕に……思い出した。キ、キ、キ、キ、キスをしたんだ。
それだ。
そのせいでこんなにもドキドキしているんだ。
キスって言っても唇にはしてない。なのにこんなにも……。
童貞だからか? 僕が童貞だからか?
やばいやばいやばい。寝れない。
ゴロゴロとウサギの抱き枕を抱きしめながらベットの上を転がり続けた。まるで恋する中学生のように。
実際ここまで人を好きになったことがないからこうした反応をしてしまうのは人間の性かもしれない。
時間を見るとすでに1時30分になっていた。金縛りちゃんたちが金縛りをかけに来る時間は毎回決まって2時だ。
対象の相手が眠っていないと金縛りはかけられない。なので寝ないと金縛りちゃんに会うことすらできない。
クソぉおおおおおお
会いたいという気持ちが強すぎて目が冴える。
頑張って寝ないと……。
もし朝まで寝れなかったとしよう。そしてら金縛りちゃん達に会えない。
そしてこの疲労はそのまま継続されてしまう。全身の痛みが残るのは辛すぎる。
こんな時はあれだな。羊を数えればいいんだ。王道っちゃ王道だけどこれしかない。
でも山中家は羊じゃなくてウサギを数えるって教わったんだけどね。
そのせいで中学の時の修学旅行で笑われて……ってそんなことは今はどうでもいい。
ウサギが1匹、ウサギが2匹、ウサギが3匹…………ウサギが20匹……。
ダメだ、無理だ。
兎村のウサギを思い出してしまった。可愛いけど人の物を盗む悪戯好きなウサギだ。
僕の頭の中をかき乱して眠れそうにない。
他の物を数えよう……。ここはそうだな……金縛り霊でも数えてみるか。
金縛りちゃんが1人、金縛りちゃんが2人、金縛りちゃんが3人……って最高すぎる。天国かよ!
逆に寝れなくなった。興奮が止まらないんですけど!!
大人しく眠れるまで目を瞑るしかないよな。そのうち眠れるだろう。
僕の意識はだんだん暗闇に向かっていく。
いつも以上に寝苦しい夜だった。腰が痛いせいで寝返りを何回打ったかわからない。
バイトで溜めた疲労のおかげで……意外と早く、眠れそう……だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
僕の意識は不思議な感覚を味わっている。
起きているのか寝ているのかわからない感覚だ。夢のようで夢じゃない。
兎村でも何度か味わった感覚だ。まるで幽体離脱して魂だけが起きているそんな感覚だ。
「どうしてかな……」
誰かの声が聞こえた。男の声だ。
「どうして僕が来る日に限ってこんなにも寝付きが悪いのかな? ちょっと話をしたかっただけなのに、もうこんな時間だよ……僕は忙しいのに……」
聞いたことがある声だけど、どこで聞いたか覚えていない。
男の声ってことは金縛りちゃん達は来てないのか?
嫌な予感がする。
「それじゃあそろそろ……」
男の声がどんどん近付いてきた。
そして金縛りにかけられたような感覚を味わって意識が覚醒した。
ようやく目が開けられる。聞き覚えがある声の主の顔が見れる。
顔さえ見れば誰だか思い出すだろう。
そんな気持ちで僕は意識の覚醒と共に目を開けた。
だ、だれ…………? と、心の中で呟いた。
そこにいたのは全身を白い衣装に包んだ白髪頭の青年だ。
顔を見ても誰だかわからない。
しかし非現実な独特の雰囲気から人間ではないことがわかった。
そして僕は金縛りにかけられている感覚がある。
つまり目の前の白髪の青年は金縛り霊で間違いない。
僕は白髪の青年に話しかけようと声を出そうとしたが声は出なかった。
そして呼吸も苦しいことに気が付いた。
声が出ない。息を吸うのがやっとだ。
他にも開いた目を閉じることができない。なんなら体も動かすことができない。
おかしい。なぜだ?
僕は金縛り中であっても体を動かすことができるのに。声だって出すことができるはずなのに……。
この白男は僕に何をしたんだ? それにカナとレイナとリナはなんで来なかったんだ?
金縛りちゃんの代わりになんで白男がいるんだよ……。
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
この男は何者なんだ? 金縛り霊じゃなくて死神か何かか?
金縛り霊と関わりすぎて霊界から僕の魂を奪いにきたのか?
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
「意識はもう完全にこっちにあるみたいだね。それじゃあ話をしようか」
白男はベットで仰向けになる僕を見下ろしながら優しく話しかけてきた。
優しく話しかけてきたところが逆に怖い。恐怖心が大きく膨れ上がる。
それになんの話をするんだ? 僕が何をしたっていうんだよ……。
「僕の名前はユー。キミのことはみんなからよーく聞いているよ」
ユー……ユーって確か……リナが金縛り霊として現れた日にそんな名前を、聞いたような聞いてないような……。
なんでそこだけ記憶が曖昧なんだよ……。
でも僕はこのユーって人を知ってるぞ。記憶がすっぽり抜け落ちていても記憶じゃない魂か何かが覚えている。
でもどうしてここに? 何がどうなってるんだ。
「ところでキミなんで動かないの? これじゃ普通の人とまるで変わらないじゃないか。動けるはずだし動いてるところも見たことあるんだけどな。どうしてだ?」
どうしてだ? ってこっちが聞きたい。なんで僕の体が動かなくなったんだよ。
でも今のセリフから動けない事と声が出せない事は目の前の白男のユーさんとは関係はないみたいだ。
それならどうしていきなり動けなくなったんだ?
金縛りに対する耐性が無くなったとか? それとも動くことに上限とかがあったのか?
僕が必死に動けなくなった理由を思考している時に白男は僕の顔の前に手のひらをかざした。
手相がはっきりと見えるくらい白男の手のひらが近い。
何をされるかわからない。怖すぎる。動くことができないので抵抗すらできない。この状況から逃げる術はない……。
「もしかして僕の力が強すぎたのかな? う~ん。弱くかけるのって調整が難しいんだよなぁ」
目の前の手のひらからが光だした。
眩しさは全く感じない。けれど手のひらからは白い光のようなものが強く光り出している。
この光はあの時と似ている。
兎村で出会った金縛り霊3姉妹が成仏するときに見せたあの光にそっくりだ。
ユーさんの手のひらから出された光が徐々に薄れていく。
それと同時に停止していた時間が動き出すかのように僕の体も動かせるようになる。
「はぁ、はぁ……はぁ、」
ようやくしっかりと呼吸ができるようになった。酸素を求めて呼吸が荒くなる。
「おっ、動けるようになったみたいだね。よかったよかった」
優しい笑顔で僕を見つめる。その笑顔が逆に怖い。
「なんなんですか? 呼吸できなくて死にかけましたよ」
「調整が難しくてね。ごめんごめん」
「死ななかったからいいですけど……で、カナたちはどうしたんですか? 今夜も来るはずなんですけど……」
「僕はそのことについて話をしに来たんだよ」
笑顔だった表情から一変。深刻そうな表情へと表情を変えた。
この流れ確か、前にも……あれはオカマのユウナさんの時だったな……。
カナとレイナの謹慎処分を伝えに来た時と同じ展開だ。
まさか金縛り霊の規則とやらをまた破ったのか? それでまた謹慎処分とか?
それだったら僕も金縛り霊の規則を少しでも学んでおくべきだった……。でもそうとは決まったわけじゃない。
僕は生唾を飲みカナたちが来れなくなった理由を尋ねる。
「カナ達が来ないのはなんでですか?」
「来ない理由は僕からキミに話したいことがあるからだよ。その内容というのはね。とても大事な話なんだよ」
大事な話だと聞いてますます緊張してしまった。
この流れもリナが亡くなってしまった時の店長との会話にそっくりだ。
もしかして金縛りちゃんの誰かが成仏してしまったとか……? もしかしてリナ……。
「キミは専属霊を知っているだろ? 今年までに専属霊を一人決めてほしいんだ」
「へ?」
予想もしてなかった言葉に気が抜けた声が出てしまった。
専属霊を決めるって、カナとレイナとリナの中から自分の守護霊的な存在の金縛り霊を一人決めるということだよな。
他にも兎村の3姉妹やオカマのユウナさんもそこに含まれる。
たしか、専属霊が僕に憑いてしまったら他の金縛り霊は寄り付かなくなる。
つまり選ばれた金縛り霊以外の金縛り霊には専属霊の契約が解除されるまで会えなくなる。
存在までも認識できなくなってしまう。
金縛り霊は幽霊だから存在を確認できていた時点でおかしかったけど、でも専属霊を決めるなんていきなり言われても……
しかも今年までにと期限もつけられているではないか。今日は12月15日。あと16日しかないぞ。
無理だ。選べない。
「お断りします。僕は選べません。なので専属霊はつけません」
「う~ん、それだとちょっと困るんだよね~。このエリアだけ金縛りにかかる人間が極端に少ないんだよ」
「え、それって良い事じゃないんですか? 怖い思いとかしないし……」
「それ本気で言ってるの? 金縛り経験者のキミの口からそんな言葉が返ってくるとは思わなかったよ」
「どういう事ですか?」
「キミは朝起きたら体の調子はどうなってる? 信じられないほど元気になっているだろ。キミもご存知の通り疲労や精神的ストレス、その他もろもろ体に害があるものを金縛り霊が吸っているからだ。僕たち金縛り霊の仕事は人を怖がらせる事じゃない。人を元気にさせる事だ」
自信に満ち溢れた表情で淡々と語った。まるで優等生のスピーチを聞いているかのように。
でも確かにそうだ。僕は金縛りにあって金縛りちゃんに会ってから体の調子がすこぶる良い。
仕事を辞めたいと思っていた憂鬱状態もすぐに解消された。逆に仕事に対して情熱まで持つようになっている。
「人間は弱い。金縛りがかからなくなると心から崩れていく。学校、仕事、家庭、色々と問題はあるだろう。その問題が積み重なって最悪の場合『自殺』なんてのもあり得る。そうならないために僕たちが金縛りをかけて吸ってあげるのさ」
「じゃ、じゃあ、交代制とかどうですか? それなら問題ないでしょ? わざわざ僕に専属霊をつけなくても……」
「普通は交代制でやってるよ。キミのところにいる金縛り霊たちは除いてだけどね。ここのエリアだとユウゴ……じゃなくてユウナとワカナと、他にもたくさんの金縛り霊がやってるね。でもそれだけじゃ足りないんだよ。新しく金縛り霊になった子もキミの知り合いだったみたいだしね」
今ユウナさんの本名が出たのは気のせいだろうか?
そしてワカナさんという金縛り霊は初めて聞いた名前だ。
なんか情報が多くて僕の頭じゃついていけないぞ。パンクしそうだ。
「カナ、レイナ、そしてリナにとってキミは特別な存在になった。あの子達はキミから離れたくないと主張していてね。だから今日一日時間をもらって僕が話しに来ていると言うわけなんだ。理解してくれたかな?」
「えーっと大雑把ですがなんとなくは……でもどうしたらいいんですか? 誰かに会えなくなるなんて僕は嫌ですよ」
「そうだな……」
手に顎をのせて考え込むユーさん。僕はユーさんの言葉をじっと待った。
「僕の話が参考になるかわからないけど聞くかい? 専属霊として一人の女性に憑いていた時の話を」
「ぜ、ぜひ! 聞かせてください!」
僕はユーさんが専属霊だったころの話を聞くことになった。
「なんだこれは……」
店の前には信じられないほどの行列ができていた。
行列を作っているお客さんを順番に店内に入れたとしても、全員は1回じゃ入りきらないと確信できるほどの行列だ。
さすが12月……ここまで行列を作るとは……恐ろしい。
それでも異常だ。異常すぎる行列だ。
店の奥で困り顔の店長の姿を発見した。瞳には光ものが映っている。
喜んでいる……いや、哀しんでいるように見える。
「店長、この行列はなんなんですか? 今日って祭りとかありましたっけ?」
12月だからといってこの行列は明らかにおかしい。ただ祭りなどの行事があれば話は別なのだが。
それに店長の表情からも異常事態であることがはっきりとわかる。
「い、いや……祭りは……ない。が……ここまでとは……もう、頭の中が……どうしたらいいんだ……」
心当たりがありそうな店長の反応。
それに店長の怯えながら話す姿から喜ばしいことではないことが確定した。
「な、なにが……あったんですか?」
僕は恐る恐る怯える店長に聞いてみた。
「店がやってるSNSあるだろ?」
「は、はい……」
あらゆるSNSにはお店の宣伝アカウントが存在する。
ツ○ッター、フェ○スブック、インス○グラム、ユーチ○ーブ、テ○ックトックなど存在する。
そのアカウントがどうしたというのか?
「割引キャンペーンを実施しようと思って『全品5%OFF』って書いたんだよ……」
全品5%オフなんて普通じゃないのか?
それだけで行列ができるほど人が集まるのだろうか?
僕は不思議に思いながら店長の話の続きを聞いた。
「気付いたらさ行列ができてて……SNSを確認したら『50%OFF』って入力しちゃってたみたいなんだ……」
「あ、なるほど……50%オフならこれくらいの行列できますね」
「やらかした……一生の不覚……気付いたら手遅れだった、やっぱり人生うまくいかないもんだな……」
店長はかなり落ち込んでいる様子だ。それもそうだろう。
50%オフだなんて店の利益にもならないだろうし、それに開店から閉店までこの数のお客さんを相手にしていたら体がいくつあっても足りない。
「はっはっは……」
しかし店長はこの状況で笑った。
店長は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
「ということで今日から年越すまで『全商品50%OFF』でやっていくからな! 忙しくなるぞ!!!! さあ仕事だ!! みんなにも伝えてくるわー!」
頭がおかしくなったのは間違いではないが、開き直るのが早すぎる。
というかポジティブすぎる。さすが店長と言うべきか……。
これはもうやるしかないな。それにこの状況は逆に良かったのではないか?
バイトで疲労をいつも以上に蓄積することができる。
その結果、金縛りちゃん達に大量の疲労を吸い取ってもらい栄養をあげることができる。
金縛りちゃんが3人になったから疲労が足りるかどうか心配していたけど、これなら問題なさそうだ。
逆に燃えてきた! 僕は金縛りちゃんのためにひたすら働き続けるぞ。
生まれて初めてこんなにもやる気が漲っている気がする!!!
今日から年越しまで過酷なバイト生活の幕が上がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
僕はバイトが終わり家に帰宅していた。
店が忙しすぎて帰って来た時にはすでに日付が変わっていた。
この疲れを例えるのなら戦場から帰還した戦士だろう。
まあそんなにかっこいいものではないけど。
「さすがに疲れたわー」
僕は思いっきりベットにダイブした。
頭痛がするほど忙しかった。ふくらはぎ、腰、肩から腕まで全身が痛い。
過酷なバイトが毎日続くと考えると相当やばい。いつか過労死で死んじゃうレベルだ。
でも僕には金縛りちゃんたちがいる。どんなに疲れても大丈夫だ。問題ない。
それにしても今日は迷惑な酔っ払いが来なくて本当に良かった。
礼儀正しいお客さんばかりで平和だった。というか礼儀正しいのが当たり前なんだけどね。
迷惑な酔っ払いはそれがわかっていない。
礼儀正しいお客さんに対しては『お客様は神様』と言う言葉を使いたい。
そうだ。『礼儀正しいお客様は神様』って言葉に訂正するのはどうだろうか?
いや、一人で何を考えているんだ僕は……。さすがに疲れすぎたな。
そんなことを考えながら寝支度を整える。
さて、あとは寝るだけだ。
疲労は今日だけで相当な量が蓄積されている。3人はきっと喜んでくれるだろう。
期待と興奮と緊張で眠れない。なぜだろう。すごいドキドキする。僕の心臓がうるさい。
金縛りちゃん3人が来るって想像するだけですごい緊張だ。今までこんなに緊張しなかったのに……
なぜだろうか?
目を瞑り昨夜の記憶を辿る。
僕が気を失う前……みんなの寝息を聞く前……。3人の笑顔に見惚れていた……その後だ。
思い出せ。そこだけ記憶がすっぽりと抜け落ちてるぞ……。
確か……3人が僕に……思い出した。キ、キ、キ、キ、キスをしたんだ。
それだ。
そのせいでこんなにもドキドキしているんだ。
キスって言っても唇にはしてない。なのにこんなにも……。
童貞だからか? 僕が童貞だからか?
やばいやばいやばい。寝れない。
ゴロゴロとウサギの抱き枕を抱きしめながらベットの上を転がり続けた。まるで恋する中学生のように。
実際ここまで人を好きになったことがないからこうした反応をしてしまうのは人間の性かもしれない。
時間を見るとすでに1時30分になっていた。金縛りちゃんたちが金縛りをかけに来る時間は毎回決まって2時だ。
対象の相手が眠っていないと金縛りはかけられない。なので寝ないと金縛りちゃんに会うことすらできない。
クソぉおおおおおお
会いたいという気持ちが強すぎて目が冴える。
頑張って寝ないと……。
もし朝まで寝れなかったとしよう。そしてら金縛りちゃん達に会えない。
そしてこの疲労はそのまま継続されてしまう。全身の痛みが残るのは辛すぎる。
こんな時はあれだな。羊を数えればいいんだ。王道っちゃ王道だけどこれしかない。
でも山中家は羊じゃなくてウサギを数えるって教わったんだけどね。
そのせいで中学の時の修学旅行で笑われて……ってそんなことは今はどうでもいい。
ウサギが1匹、ウサギが2匹、ウサギが3匹…………ウサギが20匹……。
ダメだ、無理だ。
兎村のウサギを思い出してしまった。可愛いけど人の物を盗む悪戯好きなウサギだ。
僕の頭の中をかき乱して眠れそうにない。
他の物を数えよう……。ここはそうだな……金縛り霊でも数えてみるか。
金縛りちゃんが1人、金縛りちゃんが2人、金縛りちゃんが3人……って最高すぎる。天国かよ!
逆に寝れなくなった。興奮が止まらないんですけど!!
大人しく眠れるまで目を瞑るしかないよな。そのうち眠れるだろう。
僕の意識はだんだん暗闇に向かっていく。
いつも以上に寝苦しい夜だった。腰が痛いせいで寝返りを何回打ったかわからない。
バイトで溜めた疲労のおかげで……意外と早く、眠れそう……だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
僕の意識は不思議な感覚を味わっている。
起きているのか寝ているのかわからない感覚だ。夢のようで夢じゃない。
兎村でも何度か味わった感覚だ。まるで幽体離脱して魂だけが起きているそんな感覚だ。
「どうしてかな……」
誰かの声が聞こえた。男の声だ。
「どうして僕が来る日に限ってこんなにも寝付きが悪いのかな? ちょっと話をしたかっただけなのに、もうこんな時間だよ……僕は忙しいのに……」
聞いたことがある声だけど、どこで聞いたか覚えていない。
男の声ってことは金縛りちゃん達は来てないのか?
嫌な予感がする。
「それじゃあそろそろ……」
男の声がどんどん近付いてきた。
そして金縛りにかけられたような感覚を味わって意識が覚醒した。
ようやく目が開けられる。聞き覚えがある声の主の顔が見れる。
顔さえ見れば誰だか思い出すだろう。
そんな気持ちで僕は意識の覚醒と共に目を開けた。
だ、だれ…………? と、心の中で呟いた。
そこにいたのは全身を白い衣装に包んだ白髪頭の青年だ。
顔を見ても誰だかわからない。
しかし非現実な独特の雰囲気から人間ではないことがわかった。
そして僕は金縛りにかけられている感覚がある。
つまり目の前の白髪の青年は金縛り霊で間違いない。
僕は白髪の青年に話しかけようと声を出そうとしたが声は出なかった。
そして呼吸も苦しいことに気が付いた。
声が出ない。息を吸うのがやっとだ。
他にも開いた目を閉じることができない。なんなら体も動かすことができない。
おかしい。なぜだ?
僕は金縛り中であっても体を動かすことができるのに。声だって出すことができるはずなのに……。
この白男は僕に何をしたんだ? それにカナとレイナとリナはなんで来なかったんだ?
金縛りちゃんの代わりになんで白男がいるんだよ……。
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
この男は何者なんだ? 金縛り霊じゃなくて死神か何かか?
金縛り霊と関わりすぎて霊界から僕の魂を奪いにきたのか?
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
「意識はもう完全にこっちにあるみたいだね。それじゃあ話をしようか」
白男はベットで仰向けになる僕を見下ろしながら優しく話しかけてきた。
優しく話しかけてきたところが逆に怖い。恐怖心が大きく膨れ上がる。
それになんの話をするんだ? 僕が何をしたっていうんだよ……。
「僕の名前はユー。キミのことはみんなからよーく聞いているよ」
ユー……ユーって確か……リナが金縛り霊として現れた日にそんな名前を、聞いたような聞いてないような……。
なんでそこだけ記憶が曖昧なんだよ……。
でも僕はこのユーって人を知ってるぞ。記憶がすっぽり抜け落ちていても記憶じゃない魂か何かが覚えている。
でもどうしてここに? 何がどうなってるんだ。
「ところでキミなんで動かないの? これじゃ普通の人とまるで変わらないじゃないか。動けるはずだし動いてるところも見たことあるんだけどな。どうしてだ?」
どうしてだ? ってこっちが聞きたい。なんで僕の体が動かなくなったんだよ。
でも今のセリフから動けない事と声が出せない事は目の前の白男のユーさんとは関係はないみたいだ。
それならどうしていきなり動けなくなったんだ?
金縛りに対する耐性が無くなったとか? それとも動くことに上限とかがあったのか?
僕が必死に動けなくなった理由を思考している時に白男は僕の顔の前に手のひらをかざした。
手相がはっきりと見えるくらい白男の手のひらが近い。
何をされるかわからない。怖すぎる。動くことができないので抵抗すらできない。この状況から逃げる術はない……。
「もしかして僕の力が強すぎたのかな? う~ん。弱くかけるのって調整が難しいんだよなぁ」
目の前の手のひらからが光だした。
眩しさは全く感じない。けれど手のひらからは白い光のようなものが強く光り出している。
この光はあの時と似ている。
兎村で出会った金縛り霊3姉妹が成仏するときに見せたあの光にそっくりだ。
ユーさんの手のひらから出された光が徐々に薄れていく。
それと同時に停止していた時間が動き出すかのように僕の体も動かせるようになる。
「はぁ、はぁ……はぁ、」
ようやくしっかりと呼吸ができるようになった。酸素を求めて呼吸が荒くなる。
「おっ、動けるようになったみたいだね。よかったよかった」
優しい笑顔で僕を見つめる。その笑顔が逆に怖い。
「なんなんですか? 呼吸できなくて死にかけましたよ」
「調整が難しくてね。ごめんごめん」
「死ななかったからいいですけど……で、カナたちはどうしたんですか? 今夜も来るはずなんですけど……」
「僕はそのことについて話をしに来たんだよ」
笑顔だった表情から一変。深刻そうな表情へと表情を変えた。
この流れ確か、前にも……あれはオカマのユウナさんの時だったな……。
カナとレイナの謹慎処分を伝えに来た時と同じ展開だ。
まさか金縛り霊の規則とやらをまた破ったのか? それでまた謹慎処分とか?
それだったら僕も金縛り霊の規則を少しでも学んでおくべきだった……。でもそうとは決まったわけじゃない。
僕は生唾を飲みカナたちが来れなくなった理由を尋ねる。
「カナ達が来ないのはなんでですか?」
「来ない理由は僕からキミに話したいことがあるからだよ。その内容というのはね。とても大事な話なんだよ」
大事な話だと聞いてますます緊張してしまった。
この流れもリナが亡くなってしまった時の店長との会話にそっくりだ。
もしかして金縛りちゃんの誰かが成仏してしまったとか……? もしかしてリナ……。
「キミは専属霊を知っているだろ? 今年までに専属霊を一人決めてほしいんだ」
「へ?」
予想もしてなかった言葉に気が抜けた声が出てしまった。
専属霊を決めるって、カナとレイナとリナの中から自分の守護霊的な存在の金縛り霊を一人決めるということだよな。
他にも兎村の3姉妹やオカマのユウナさんもそこに含まれる。
たしか、専属霊が僕に憑いてしまったら他の金縛り霊は寄り付かなくなる。
つまり選ばれた金縛り霊以外の金縛り霊には専属霊の契約が解除されるまで会えなくなる。
存在までも認識できなくなってしまう。
金縛り霊は幽霊だから存在を確認できていた時点でおかしかったけど、でも専属霊を決めるなんていきなり言われても……
しかも今年までにと期限もつけられているではないか。今日は12月15日。あと16日しかないぞ。
無理だ。選べない。
「お断りします。僕は選べません。なので専属霊はつけません」
「う~ん、それだとちょっと困るんだよね~。このエリアだけ金縛りにかかる人間が極端に少ないんだよ」
「え、それって良い事じゃないんですか? 怖い思いとかしないし……」
「それ本気で言ってるの? 金縛り経験者のキミの口からそんな言葉が返ってくるとは思わなかったよ」
「どういう事ですか?」
「キミは朝起きたら体の調子はどうなってる? 信じられないほど元気になっているだろ。キミもご存知の通り疲労や精神的ストレス、その他もろもろ体に害があるものを金縛り霊が吸っているからだ。僕たち金縛り霊の仕事は人を怖がらせる事じゃない。人を元気にさせる事だ」
自信に満ち溢れた表情で淡々と語った。まるで優等生のスピーチを聞いているかのように。
でも確かにそうだ。僕は金縛りにあって金縛りちゃんに会ってから体の調子がすこぶる良い。
仕事を辞めたいと思っていた憂鬱状態もすぐに解消された。逆に仕事に対して情熱まで持つようになっている。
「人間は弱い。金縛りがかからなくなると心から崩れていく。学校、仕事、家庭、色々と問題はあるだろう。その問題が積み重なって最悪の場合『自殺』なんてのもあり得る。そうならないために僕たちが金縛りをかけて吸ってあげるのさ」
「じゃ、じゃあ、交代制とかどうですか? それなら問題ないでしょ? わざわざ僕に専属霊をつけなくても……」
「普通は交代制でやってるよ。キミのところにいる金縛り霊たちは除いてだけどね。ここのエリアだとユウゴ……じゃなくてユウナとワカナと、他にもたくさんの金縛り霊がやってるね。でもそれだけじゃ足りないんだよ。新しく金縛り霊になった子もキミの知り合いだったみたいだしね」
今ユウナさんの本名が出たのは気のせいだろうか?
そしてワカナさんという金縛り霊は初めて聞いた名前だ。
なんか情報が多くて僕の頭じゃついていけないぞ。パンクしそうだ。
「カナ、レイナ、そしてリナにとってキミは特別な存在になった。あの子達はキミから離れたくないと主張していてね。だから今日一日時間をもらって僕が話しに来ていると言うわけなんだ。理解してくれたかな?」
「えーっと大雑把ですがなんとなくは……でもどうしたらいいんですか? 誰かに会えなくなるなんて僕は嫌ですよ」
「そうだな……」
手に顎をのせて考え込むユーさん。僕はユーさんの言葉をじっと待った。
「僕の話が参考になるかわからないけど聞くかい? 専属霊として一人の女性に憑いていた時の話を」
「ぜ、ぜひ! 聞かせてください!」
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