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第3章
39 大事な人を失って、命の大切さ、儚さを知った
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バイトの時間が始まった。
昨夜あんな事があったにも関わらず、リナ先輩はいつも通り接してくれている。
僕もそれに応えるかのようにいつも通り接する。
まるで何事もなかったかのように。
告白があったあの日からリナ先輩は僕を家に呼ばなくなった。
告白の返事があるまで大人しく待つつもりなのだろうか。
自分で告白の返事を先送りにしたくせに、それはそれでちょっと寂しい。
自業自得だ。そのせいかバイトでリナ先輩に会うのは楽しみで仕方がない。
居酒屋はすでに忘年会シーズンに入ろうとしていて忙しくなってきていた。
忘年会でお酒を飲むお客さんが増えてきている。
中には上司に無理やり飲まされている新入社員などもいて、可哀想で見てられない。
悪い酔い方もする酔っ払いもたくさん増える時期だ。
酔っ払いだすと口が悪くなるのは何故なんだろうか。攻撃的な態度を取るのは何故なんだろうか。
考えても答えは出ない。酔っ払いに関しては大分慣れてはきたけれど、やっぱり嫌いなものは嫌いだ。
大声で騒いだり歌い出したりする酔っ払い。
閉店時間になっても席で寝てて帰らない酔っ払い。
店の入り口で寝ている酔っ払い。
不味いから金を払わないと言ってくる酔っ払い。本当に不味いならいいのだがきちんと完食している。無銭飲食狙いなのだろうか。
「醤油!!!!!」と怒鳴ってきた酔っ払いもいた。しょうゆはテーブルに置いてあるのに。
「醤油ならそちらに……」と言ったが、酔っ払いは「ちげーよ!!! 醤油の皿だよ!!!」と怒鳴り返してきた。
醤油皿も目の前にあるのに。何故こうも攻撃的な態度になるのだろうか。
他のお客さんや店に迷惑をかける酔っ払いには、精神的ストレスが重くのしかかる。
ただでさえ忙しいのに参ってしまう。
疲労がかなり溜まってきているのが、自分でもハッキリとわかる。
金縛りちゃんたちに吸い取ってもらいたいが、まだ謹慎処分は終わっていないので、疲労を吸い取ってもらうことはできない。
かなり残念だ。
それまでにたっぷりと疲労を溜めておくことにしよう。疲労を溜めすぎて過労死しないようにだけ気をつけないと……。
そんな大変だけど充実した日々が何日も続いた。
そしてその日は来てしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計の鳴る音だ。
目覚まし時計の隣に置いてあるフナちゃんにそっくりな座敷兎人形が倒れている。
昨日の夜、地震でもあったのだろうか? それとも僕の寝相が悪かっただけだろうか?
忘年会シーズンで迷惑な酔っ払いが増えてきて疲れているから、きっと寝相が悪かったのだろう。
そう思うようにしたが心のどこかで不吉な予感を感じていた。何かが起きるそんな予感がしていたのだ。
昨日は月曜日。居酒屋の定休日でバイトも休み。
リナ先輩には会えなくてちょっと寂しかった。
なので今日のバイトはいつもの2倍いや、3倍楽しみだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
僕はリナ先輩に早く会いたいという思いで、いつもよりも早めにバイトに着いていた。
「ウサギくんおはよう……ちょっと大事な話があるんだ……」
「おはようございます……」
いつも明るい店長だが、今日はどこか暗い感じだ。
どうしたのだろうか?
「えーっとこれでみんな集まったね……」
みんなとは今日の出勤したスタッフ達のことだ。
店長と料理長とパートのおばちゃんたちと僕と後輩のフミヤくん。
さらには珍しく店長の奥さんもいる。
しかしこの中にはリナ先輩の姿はなかった。となると今から話す内容は……
「えーっとですね。リナちゃんのお母様から連絡がありまして……」
やはりこの場にいないリナ先輩のことだ。お母様からの連絡……。
何か重要そうだけど、店長の暗い顔からして嫌な事を聞かされそうな予感しかしない。
そして僕は朝の出来事を思い出した。
兎村で野生のウサギがくれた座敷兎人形が倒れていた事を。そして不吉な予感を感じた事を。
その予感が的中してしまいそうで怖かった。
今までもそうだ。僕の嫌な予感はいつも的中してしまう。
だからこれ以上は店長の言葉を聞きたくはない。しかし店長の言葉は止まらない。
「えーリナは……」
嫌だ。聞きたくない。聞きたくない。
そうだ。リナ先輩は実家に戻るためにバイトを辞めるんだ。だからお母さんからの連絡だったんだ。
無理やり帰らされる。だから急にバイトを辞めることになったって話だろう。
これ以上悪い話はない。だからお願いだ。これ以上悪い話をしないでくれ……。
「リナは交通事故で亡くなったそうです……」
無慈悲にも店長の口から真実が告げられた。
「え?」
僕は絶句した。言葉が出ない。体が急に震え出した。
僕の心は積み立てたジェンガ無残に崩れるようにグチャグチャになった。
リナ先輩が死んだなんて信じられない……。
信じたくなんてない。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
あんなに元気だったリナ先輩が交通事故で……。
リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩。
今までのリナ先輩との思い出が頭の中を駆け巡る。
笑顔も温もりも匂いも声も光の速さで頭の中を駆け巡る。
現実を受け止められない。胸が苦しい。頭が痛い。呼吸ができない。めまいがする。吐き気も。
リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩。
ぁぁ……告白の返事もしてないのに……。
なんで不吉な予感だけは当たるんだろう。
リナ先輩が交通事故で亡くなったと店長から聞いた。
僕は信じられなかった。現実を受け止められなかった。
僕だけではない。バイトの仲間達全員だ。もちろん店長も。
今日はみんな仕事ができる気分ではない。なので店長は店を臨時休業にした。的確な判断だと僕は思う。
僕自身もバイトなんてできる余裕がない。今すぐにでも泣き出し叫びたいくらいだ。
リナ先輩の葬儀などは親族のみで行うらしい。なのでもう顔を見ることはできない。
バイトが臨時休業になったので僕はまっすぐに家に帰った。
そしてベットの上で泣いていた。叫びながら泣いた。叫び声が近所に迷惑になるくらい大きいので枕などで声を押し殺しながら叫んだ。叫び続けた。
涙は止まらない。鼻水も嗚咽も。頭痛も吐き気もするくらい泣き続けた。
店長から聞かされたリナ先輩の亡くなった内容はこうだった。
居酒屋のバイトが休みの月曜日、買い物に出かけていたらしい。
その日の帰り道で交通事故にあった。リナ先輩に向かって乗用車が突然、突っ込んできたとのこと。
運転していたのは20代前半くらいの男性。警察の調べによると大量のアルコールが検出されたらしい。
つまり飲酒運転だ。飲んだら乗るな。飲酒運転は人を殺してしまうほど危険だ。だから法律で飲酒運転は禁止されているのに。
許せない。悲しみの感情の他に怒りがこみ上げてきた。
まさか酔っ払いに大事な人の命を奪われるとは思ってもいなかった。
酔っ払いは僕をどこまで苦しめれば気が済むんだ。そしてリナ先輩を返してほしい……。
命というものはこんなにも儚いものだったなんて。いつでも会えると思っていたのに。
リナ先輩には明日はない。明るい未来は……幸せな未来はもう訪れない。リナ先輩は死んだ。
もうリナ先輩には会えない。告白の返事もしていない。もう少しでちゃんとした返事ができたのに。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。
こんな形でお別れが来てしまうなんて……
あの時すぐに告白の返事をしていればよかった。そうしたら未来は変えられたかもしれない。
後悔しても仕方がないが今は後悔させてくれ。リナ先輩が大好きだ。付き合っていればよかった。
リナ先輩との時間が頭の中を駆け巡る。
リナ先輩の悪戯な笑顔。そこから見える八重歯。またあの笑顔を見たい。
リナ先輩の優しい香り。今でも思い出す。一生忘れたくない匂いだ。
リナ先輩の温もり。あの時の抱き付きが。触れていた肌が。柔らかい感触が。今もこの腕の中に残っている。
せめて事故現場に花を供えたい。
リナ先輩の両親は店長に事故現場の情報を伝えていて僕も事故現場の場所は店長から聞いていた。
今からでも行って花を供えたいが今は流石に動けない。涙が止まる様子がないからだ。
それに花屋はもう閉まっている時間だ。
気持ちが落ち着いたら献花しに行こう。明日には少しでも楽になるだろう。いや、絶対明日には行きたい。
店には申し訳ないがバイトも休ませてもらう。精神的にもキツい。リナ先輩がいないバイトなんてできっこない。
今日は泣くだけ泣いて寝よう。そう決めたんだ。
僕は1日中泣いた。布団の中に潜り泣き続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計が鳴る音だ。
僕は結局一睡もできなかった。目を閉じるとリナ先輩の顔が浮かんで涙が止まらない。これじゃ寝れるはずもない。
こんなに泣いたのは生まれて初めてだ。泣きまくったぐちゃぐちゃな顔で献花しに行ったらリナ先輩に笑われてしまうかもな。
それでも僕はリナ先輩の事故現場に行って献花する。今日行かなかったら絶対に後悔する。
またリナ先輩の笑顔が見たいな……。リナ先輩に会いたいな……。
リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩……。
リナ先輩のご両親は僕なんかよりももっと辛いだろうな。想像もできないほどに辛いはずだ。
頭がぼーっとする。力が入らない。顔もパンパンに腫れてる。息も苦しい。
それでも花屋に行かなくちゃ。リナ先輩の方がもっと辛い思いをしている。
だから僕はしっかり前を向いて歩かなきゃ……。
僕はお金とスマホだけを持ってそのまま家を飛び出した。
そして目的の花屋に到着した。
事故現場に花を供えるのは初めてだ。何の知識もない。供えるための花は何でもいいのだろうか?
考えながら花を見ていたら一つの綺麗な黄色い花に目が止まった。
この花、確か……初めてリナ先輩の家に泊まりに行った時にリナ先輩が着ていたシャツにプリントされていた花だったよな……。
ウサギが咥えてた花。名前は……リナリア……。
リナ先輩の名前のリナが入ってる。だからこの花のシャツを着ていたのか。
リナ先輩の考えが分かり自然と笑みが溢れた。何だかリナ先輩が側にいるような感じがしてホッとする。
供える花はリナリアにしよう。大丈夫だよな……。なんか縁起が悪いとかないよな。
ついでに僕の部屋にも飾りたいけど、枯れたりしてしまうと悲しくなるのでやめておく。
僕はリナリアを購入し店長に教えてもらった事故現場に向かった。
すでに花が供えられている場所がある。ここがリナ先輩が亡くなった場所だ。
フェンスや壁などが無残な形になっている。血の跡も所々に残っている。
そんな事故現場を見て止まっていたはずの涙がまた流れ出した。
涙は止まらない。それに今の僕はこの涙を止めるられる気が全然しない。
あんなに泣いたのに。今が一番泣いている。僕はまだこんなに泣けるのか。
僕の涙腺はもう壊れてしまっている。一度涙が流れればもう止められない。
リナ先輩のことを考えれば止まることなんてない。
どんな怖い思いをしたのだろうか。
どんな辛い思いをしたのだろうか。
どんな苦しい思いをしたのだろうか。
どんな痛い思いをしたのだろうか。
「リナ先輩……リナ先輩……」
そこにはリナ先輩はいない。でもいる気がした。だって僕には幽霊が見える。金縛り霊という幽霊が。
だからリナ先輩を感じる。気のせいかもしれない。でもそこにリナ先輩がいると思ったら本当にいる気がする。
姿は見えなくても……リナ先輩はきっとここにいる。
僕はリナ先輩の血の跡を手のひらで優しく撫でた。
そして花を供えてリナ先輩に最後の別れを告げた。
昨夜あんな事があったにも関わらず、リナ先輩はいつも通り接してくれている。
僕もそれに応えるかのようにいつも通り接する。
まるで何事もなかったかのように。
告白があったあの日からリナ先輩は僕を家に呼ばなくなった。
告白の返事があるまで大人しく待つつもりなのだろうか。
自分で告白の返事を先送りにしたくせに、それはそれでちょっと寂しい。
自業自得だ。そのせいかバイトでリナ先輩に会うのは楽しみで仕方がない。
居酒屋はすでに忘年会シーズンに入ろうとしていて忙しくなってきていた。
忘年会でお酒を飲むお客さんが増えてきている。
中には上司に無理やり飲まされている新入社員などもいて、可哀想で見てられない。
悪い酔い方もする酔っ払いもたくさん増える時期だ。
酔っ払いだすと口が悪くなるのは何故なんだろうか。攻撃的な態度を取るのは何故なんだろうか。
考えても答えは出ない。酔っ払いに関しては大分慣れてはきたけれど、やっぱり嫌いなものは嫌いだ。
大声で騒いだり歌い出したりする酔っ払い。
閉店時間になっても席で寝てて帰らない酔っ払い。
店の入り口で寝ている酔っ払い。
不味いから金を払わないと言ってくる酔っ払い。本当に不味いならいいのだがきちんと完食している。無銭飲食狙いなのだろうか。
「醤油!!!!!」と怒鳴ってきた酔っ払いもいた。しょうゆはテーブルに置いてあるのに。
「醤油ならそちらに……」と言ったが、酔っ払いは「ちげーよ!!! 醤油の皿だよ!!!」と怒鳴り返してきた。
醤油皿も目の前にあるのに。何故こうも攻撃的な態度になるのだろうか。
他のお客さんや店に迷惑をかける酔っ払いには、精神的ストレスが重くのしかかる。
ただでさえ忙しいのに参ってしまう。
疲労がかなり溜まってきているのが、自分でもハッキリとわかる。
金縛りちゃんたちに吸い取ってもらいたいが、まだ謹慎処分は終わっていないので、疲労を吸い取ってもらうことはできない。
かなり残念だ。
それまでにたっぷりと疲労を溜めておくことにしよう。疲労を溜めすぎて過労死しないようにだけ気をつけないと……。
そんな大変だけど充実した日々が何日も続いた。
そしてその日は来てしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計の鳴る音だ。
目覚まし時計の隣に置いてあるフナちゃんにそっくりな座敷兎人形が倒れている。
昨日の夜、地震でもあったのだろうか? それとも僕の寝相が悪かっただけだろうか?
忘年会シーズンで迷惑な酔っ払いが増えてきて疲れているから、きっと寝相が悪かったのだろう。
そう思うようにしたが心のどこかで不吉な予感を感じていた。何かが起きるそんな予感がしていたのだ。
昨日は月曜日。居酒屋の定休日でバイトも休み。
リナ先輩には会えなくてちょっと寂しかった。
なので今日のバイトはいつもの2倍いや、3倍楽しみだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
僕はリナ先輩に早く会いたいという思いで、いつもよりも早めにバイトに着いていた。
「ウサギくんおはよう……ちょっと大事な話があるんだ……」
「おはようございます……」
いつも明るい店長だが、今日はどこか暗い感じだ。
どうしたのだろうか?
「えーっとこれでみんな集まったね……」
みんなとは今日の出勤したスタッフ達のことだ。
店長と料理長とパートのおばちゃんたちと僕と後輩のフミヤくん。
さらには珍しく店長の奥さんもいる。
しかしこの中にはリナ先輩の姿はなかった。となると今から話す内容は……
「えーっとですね。リナちゃんのお母様から連絡がありまして……」
やはりこの場にいないリナ先輩のことだ。お母様からの連絡……。
何か重要そうだけど、店長の暗い顔からして嫌な事を聞かされそうな予感しかしない。
そして僕は朝の出来事を思い出した。
兎村で野生のウサギがくれた座敷兎人形が倒れていた事を。そして不吉な予感を感じた事を。
その予感が的中してしまいそうで怖かった。
今までもそうだ。僕の嫌な予感はいつも的中してしまう。
だからこれ以上は店長の言葉を聞きたくはない。しかし店長の言葉は止まらない。
「えーリナは……」
嫌だ。聞きたくない。聞きたくない。
そうだ。リナ先輩は実家に戻るためにバイトを辞めるんだ。だからお母さんからの連絡だったんだ。
無理やり帰らされる。だから急にバイトを辞めることになったって話だろう。
これ以上悪い話はない。だからお願いだ。これ以上悪い話をしないでくれ……。
「リナは交通事故で亡くなったそうです……」
無慈悲にも店長の口から真実が告げられた。
「え?」
僕は絶句した。言葉が出ない。体が急に震え出した。
僕の心は積み立てたジェンガ無残に崩れるようにグチャグチャになった。
リナ先輩が死んだなんて信じられない……。
信じたくなんてない。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
あんなに元気だったリナ先輩が交通事故で……。
リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩。
今までのリナ先輩との思い出が頭の中を駆け巡る。
笑顔も温もりも匂いも声も光の速さで頭の中を駆け巡る。
現実を受け止められない。胸が苦しい。頭が痛い。呼吸ができない。めまいがする。吐き気も。
リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩。
ぁぁ……告白の返事もしてないのに……。
なんで不吉な予感だけは当たるんだろう。
リナ先輩が交通事故で亡くなったと店長から聞いた。
僕は信じられなかった。現実を受け止められなかった。
僕だけではない。バイトの仲間達全員だ。もちろん店長も。
今日はみんな仕事ができる気分ではない。なので店長は店を臨時休業にした。的確な判断だと僕は思う。
僕自身もバイトなんてできる余裕がない。今すぐにでも泣き出し叫びたいくらいだ。
リナ先輩の葬儀などは親族のみで行うらしい。なのでもう顔を見ることはできない。
バイトが臨時休業になったので僕はまっすぐに家に帰った。
そしてベットの上で泣いていた。叫びながら泣いた。叫び声が近所に迷惑になるくらい大きいので枕などで声を押し殺しながら叫んだ。叫び続けた。
涙は止まらない。鼻水も嗚咽も。頭痛も吐き気もするくらい泣き続けた。
店長から聞かされたリナ先輩の亡くなった内容はこうだった。
居酒屋のバイトが休みの月曜日、買い物に出かけていたらしい。
その日の帰り道で交通事故にあった。リナ先輩に向かって乗用車が突然、突っ込んできたとのこと。
運転していたのは20代前半くらいの男性。警察の調べによると大量のアルコールが検出されたらしい。
つまり飲酒運転だ。飲んだら乗るな。飲酒運転は人を殺してしまうほど危険だ。だから法律で飲酒運転は禁止されているのに。
許せない。悲しみの感情の他に怒りがこみ上げてきた。
まさか酔っ払いに大事な人の命を奪われるとは思ってもいなかった。
酔っ払いは僕をどこまで苦しめれば気が済むんだ。そしてリナ先輩を返してほしい……。
命というものはこんなにも儚いものだったなんて。いつでも会えると思っていたのに。
リナ先輩には明日はない。明るい未来は……幸せな未来はもう訪れない。リナ先輩は死んだ。
もうリナ先輩には会えない。告白の返事もしていない。もう少しでちゃんとした返事ができたのに。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。
こんな形でお別れが来てしまうなんて……
あの時すぐに告白の返事をしていればよかった。そうしたら未来は変えられたかもしれない。
後悔しても仕方がないが今は後悔させてくれ。リナ先輩が大好きだ。付き合っていればよかった。
リナ先輩との時間が頭の中を駆け巡る。
リナ先輩の悪戯な笑顔。そこから見える八重歯。またあの笑顔を見たい。
リナ先輩の優しい香り。今でも思い出す。一生忘れたくない匂いだ。
リナ先輩の温もり。あの時の抱き付きが。触れていた肌が。柔らかい感触が。今もこの腕の中に残っている。
せめて事故現場に花を供えたい。
リナ先輩の両親は店長に事故現場の情報を伝えていて僕も事故現場の場所は店長から聞いていた。
今からでも行って花を供えたいが今は流石に動けない。涙が止まる様子がないからだ。
それに花屋はもう閉まっている時間だ。
気持ちが落ち着いたら献花しに行こう。明日には少しでも楽になるだろう。いや、絶対明日には行きたい。
店には申し訳ないがバイトも休ませてもらう。精神的にもキツい。リナ先輩がいないバイトなんてできっこない。
今日は泣くだけ泣いて寝よう。そう決めたんだ。
僕は1日中泣いた。布団の中に潜り泣き続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計が鳴る音だ。
僕は結局一睡もできなかった。目を閉じるとリナ先輩の顔が浮かんで涙が止まらない。これじゃ寝れるはずもない。
こんなに泣いたのは生まれて初めてだ。泣きまくったぐちゃぐちゃな顔で献花しに行ったらリナ先輩に笑われてしまうかもな。
それでも僕はリナ先輩の事故現場に行って献花する。今日行かなかったら絶対に後悔する。
またリナ先輩の笑顔が見たいな……。リナ先輩に会いたいな……。
リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩リナ先輩……。
リナ先輩のご両親は僕なんかよりももっと辛いだろうな。想像もできないほどに辛いはずだ。
頭がぼーっとする。力が入らない。顔もパンパンに腫れてる。息も苦しい。
それでも花屋に行かなくちゃ。リナ先輩の方がもっと辛い思いをしている。
だから僕はしっかり前を向いて歩かなきゃ……。
僕はお金とスマホだけを持ってそのまま家を飛び出した。
そして目的の花屋に到着した。
事故現場に花を供えるのは初めてだ。何の知識もない。供えるための花は何でもいいのだろうか?
考えながら花を見ていたら一つの綺麗な黄色い花に目が止まった。
この花、確か……初めてリナ先輩の家に泊まりに行った時にリナ先輩が着ていたシャツにプリントされていた花だったよな……。
ウサギが咥えてた花。名前は……リナリア……。
リナ先輩の名前のリナが入ってる。だからこの花のシャツを着ていたのか。
リナ先輩の考えが分かり自然と笑みが溢れた。何だかリナ先輩が側にいるような感じがしてホッとする。
供える花はリナリアにしよう。大丈夫だよな……。なんか縁起が悪いとかないよな。
ついでに僕の部屋にも飾りたいけど、枯れたりしてしまうと悲しくなるのでやめておく。
僕はリナリアを購入し店長に教えてもらった事故現場に向かった。
すでに花が供えられている場所がある。ここがリナ先輩が亡くなった場所だ。
フェンスや壁などが無残な形になっている。血の跡も所々に残っている。
そんな事故現場を見て止まっていたはずの涙がまた流れ出した。
涙は止まらない。それに今の僕はこの涙を止めるられる気が全然しない。
あんなに泣いたのに。今が一番泣いている。僕はまだこんなに泣けるのか。
僕の涙腺はもう壊れてしまっている。一度涙が流れればもう止められない。
リナ先輩のことを考えれば止まることなんてない。
どんな怖い思いをしたのだろうか。
どんな辛い思いをしたのだろうか。
どんな苦しい思いをしたのだろうか。
どんな痛い思いをしたのだろうか。
「リナ先輩……リナ先輩……」
そこにはリナ先輩はいない。でもいる気がした。だって僕には幽霊が見える。金縛り霊という幽霊が。
だからリナ先輩を感じる。気のせいかもしれない。でもそこにリナ先輩がいると思ったら本当にいる気がする。
姿は見えなくても……リナ先輩はきっとここにいる。
僕はリナ先輩の血の跡を手のひらで優しく撫でた。
そして花を供えてリナ先輩に最後の別れを告げた。
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