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第1章
25 三人目の金縛り霊
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僕は暗い暗い闇の中に一つの光を見た。その光を追いかける。
手を伸ばすが届かない。それでも光を追いかけ手を伸ばし続ける。
「捕まえた」
その光を掴んだ瞬間、暗闇が一瞬にして光り輝いた。そして僕の意識は覚醒した。
「夢か……」
目を覚ますまで夢だという感覚が一切なかった。それほど深く眠りについていた証拠だ。
そして目覚めた僕の両足首には掴まれている感覚がある。
いつも通りこれは金縛りだ。
両足首ということはカナちゃんとレイナちゃんの二人が金縛りをかけに来ているという事になる。
久しぶりの再会ではないが早く会いたいという気持ちで胸を躍らせていた。
二人がどんどん上へ上がってくる。そのまま布団が大きく膨らむ。そして胸あたりで動きが止まった。
いつも胸のところで止まるけど金縛り霊の登場のお決まりのパターンなのか?
そんなことを考えながら二人が顔を出すのを大人しく待った。
バサッ!!!!
布団が吹っ飛んだ。
「あらぁ~、可愛い顔じゃなぁい~。いいわねぇ~、大好物よぉお!」
「ギィヤァアアアアアアアアァ」
僕は思わず悲鳴を上げてしまった。
「あら! 本当に喋れるのねぇ。驚いたわぁ~!!」
そこにいたのは黒髪ロングで整った顔立ちの美人なカナちゃんではない。そして栗色のボブヘアーのロリ顔の美少女のレイナちゃんでもない。
そこにいたのはガタイのいい大きなおじさんだ。
いや、喋り方からしてオカマだろうか。口紅をして青髭が特徴的だ。
その姿からでも完全にオカマだとわかる。金縛り霊にもオカマが存在した。
そのままオカマと目を合わせて様子を伺っていたのだが、僕の野生の勘が働いた。
このままでは襲われる。野生の勘がそう知らせてくれている。
相手はクマのように大きい。そして僕は小動物のように小さい。まさにウサギ。そうウサギなのだ。
弱肉強食の世界で弱者は強者に平伏すしかない。ウサギがクマに勝てるはずがない。
昨日まで僕はウサギやリスなどの小動物と楽しく暮らしていたじゃないか。
なんで、なんでクマがここに……平和だったあの日々は一体どこへ……
僕が想像したウサギはカナちゃんだ。リスは小さいからレイナちゃん。リナ先輩は細いからキツネいや巨乳のキツネだな。
自分たちを動物に置き換えて今の状況を整理できるくらい、頭の中は冷静だった。
多分この状況を乗り切るために脳が物凄いスピードで回転しているのだろう。
この考えてる時間とか実際は1秒とかそんなもんだってテレビとかでみたことがあるぞ。光の速さで脳が思考してるんだ。走馬灯とかもなんかそんな感じだったと思う。
いくら考えても金縛りで下半身だけ動けない僕は絶体絶命だ。逃げることすらできない。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
僕はどうなってしまうんだ?
クマのようなに大きなオカマは僕の顔をまじまじと見みながら乾いた唇をぺろっと舐めた。
まるで獲物を見つけたか野生動物のように。
そのまま口角を上げて思いっきり歯を見せてきたトラウマ級だ。
「食べちゃうぞお!!」
オカマは低い声を出しながら大声で叫んだ。
「ギィヤァアアアアアアアァアアアアアアアア!!」
恐怖で叫ばずにはいられなかった。
無理無理無理。この状況は無理だって。悪夢なら覚めてくれ。怖い怖い怖い怖すぎる。
これが本当の金縛りなのか。心霊番組でもオカルト雑誌にも紹介されていないほどだ。ある意味、本当の恐怖を僕は味わっている。
僕は恐怖のあまり意識を失いかけた。まだギリギリだが意識は残っている。まさに最後の灯火。
この残された意識の中でオカマがどういう行動を取るか見届けなければならない……。
「あら~、ちょっと脅かしすぎちゃったわねぇ~、残念。まさか気絶しちゃうだなんて」
親指をしゃぶりながら残念そうな顔で呟いている。
「気絶したおかげで恐怖の栄養をたっぷり楽しめるわね。うふふ」
オカマは僕の胸あたりで猫のように顔を当ててスリスリしている。
いや、そんな可愛い表現は似合わない。ヒゲも生えている。これはスリスリではなくジョリジョリだ。
気持ち悪すぎる。
「あらぁ普通の疲労もたっぷりじゃなぁい!」
カナちゃんとレイナちゃんのために溜めた疲労も吸い取られてしまう。
嫌だ嫌だ嫌だ。
「それじゃいただきま~す」
その言葉を最後に僕の意識は完全に消えていった。暗い暗い闇を感じずに真っ逆さまに無の領域へと落ちて行ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計の鳴る音だ。
「ギャァアアアアアアアアアア!!!」
僕は叫びながら意識が覚醒した。
寝汗がすごい。今まで感じたことない悪夢だった。
いや、あれは悪夢じゃない。金縛りだ。
金縛り霊ってカナちゃんとレイナちゃんのような美少女しかいないものだと勘違いしてた。
3人目の金縛り霊が、まさか大きなおじさん。いや、オカマだなんて……。
顔を思い出しただけで吐きそうだ。
本来ならあれが一般的に感じる金縛りだろう。怖い怖すぎる。今までの金縛りが天国すぎた。
まさに天国と地獄って感じだ。
そして本能的に恐怖を体が覚えているが疲労や精神的ストレスは綺麗になくなっているのがわかる。
「もう最悪だ」
ベットに仰向けで倒れ頭を抑えながら天井に向かってボソッと呟いた。
僕はベットの上でうなだれていた。涙も自然と流れている。
「二人のために頑張って溜めた疲労だったのに……」
そもそも毎日来ると言っていたレイナちゃんはどこに行ったんだ。
専属霊にならなかったから僕のことなんか忘れて別の人のところに行ったのか?
いやいや、レイナちゃんに限ってそんな事するはずがない。だってあのレイナちゃんだ……。
そしたらカナちゃんはどうだ?
僕のためとは言え他の人にも金縛りをかけたりしてるのは知っている。正直なところ金縛りをかけに来ない日だってあると思ってた。それがたまたま昨日だったのか?
なんで二人が来なかった日に限ってオカマなんかが僕のところに来るんだよ……。
思い出すだけでも寒気を感じるんだけど……。具合悪くなりそうな予感もする。
今日もあのオカマの金縛り霊が来たらどうしよう。どうしたらいいんだ。
気を失ったあとはあのオカマに何をされていたかわからない。いや、気を失った方がむしろ良かったのではないか。
想像するのはやめておこう。自分が辛くなるだけだ。
とりあえず、これだけは言わせてくれ。
金縛り怖ぇえ。マジで怖ぇええ。
完全に金縛りに対するトラウマを植え付けられたんだけど……。
「はぁ……」
もうため息しか出ない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
心が恐怖に支配されながらもバイトの時間は始まってしまった。
昨日の帰りにも言っていた通り今日はリナ先輩は休みだった。僕の心にある恐怖を癒してくれる唯一の人だったのに。本当にタイミングが悪い。
こんなにも会いたいと思った事は一度もなかった。先輩に会いたい。リナ先輩に会いたい。
この恐怖から逃れるために土下座してでもリナ先輩の家に泊めてもらおうと考えたが、リナ先輩とは休んでいて会えない以上叶わぬ思いだった。
パートのおばちゃんには「顔色悪いよ。大丈夫?」と心配される始末。
バイト中もオカマの金縛り霊の事で頭がいっぱいだ。心配されるほど恐怖で体調を悪くしていた。
幸い迷惑な酔っ払いは来なかったので、バイト中に精神的ストレスを受ける事はなかった。
もしこれ以上精神に負荷をかけてしまったら僕は壊れてしまう。
バイトの帰りにリナ先輩の家に行こうかと考えた。
でも連絡もなしに行くのも失礼だし連絡したからといっても時間も時間だ。
泊めてくれるはずがない。いや、優しいリナ先輩なら泊めてくれるかもしれないけど、迷惑をかけてしまうので無理だ。
僕は俯きながら家へと向かった。
家に帰るのが怖い。一人で寝るのが怖い。金縛りが怖い。オカマが怖い。
家に着いてからは恐怖が増したようにも感じる。
振り返れば今日1日中恐怖に怯え震えていた。
どんどんと就寝時間が迫ってくる。それは同時に金縛りにかかる時間も迫ってきているという事になる。
またあのオカマに会うのは絶対に嫌だ。流石に2日連続はないと信じたいけど、信じて裏切られるのが一番最悪だ。
どうしようこのままだと寝れない。というか眠れない。
寝た瞬間にあのオカマが現れそうで怖い。
寝なきゃ金縛りにかからないよね。起きてれば会わなくて済むよね。
カナちゃん。レイナちゃん。助けて。オカマから僕を救って。
「金縛り怖いオカマ怖い金縛り怖いオカマ怖い」
僕は呪文のように唱え続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計の鳴る音だ。
「あ、もうこんな時間か……」
僕は恐怖で一睡もできなかった。
完全にオカマの金縛り霊がトラウマになってしまっている。
あの口角を上げて歯を見せながら言ったセリフが脳内でリピートされている。
『食べちゃうぞ……食べちゃうぞ……食べちゃうぞ』
もう本当に無理。怖すぎる。
今日もバイトがあるから寝なきゃいけないのにこんなんじゃ寝れないよ……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
結局一睡もできないままバイトが始まってしまった。
リナ先輩は心配して声をかけてくれた。
「すごい顔色悪いけど大丈夫か? なんかあったのか?」
リナ先輩に続いてパートのおばちゃんも声をかけてきた。
「昨日も顔色悪かったじゃない。休んだ方がいいんじゃないかしら?」
心配してくれている二人。
僕は休もうかとも考えたが、今休むのは流石に気が引ける。
だから強がってしまった。
「いえいえ、大丈夫です。ちょっと怖い夢見て寝れなくなっちゃっただけですから……。本当大丈夫です」
これ以上心配をかけさせないためにも無理して笑顔を作った。
そんな僕の無理して作った笑顔を見抜いたのだろうか。リナ先輩はそれでも優しく声をかけてくれる。
「何かあったらすぐにあたしに言ってよね」
ああ、先輩はなんて優しいんだ。少しだけ恐怖に支配されていた心が癒された気分だ。
でもそれ以上に恐怖は大きかった。仕事に取りかかりすぐにオカマの顔を思い出してしまう。
まだ鮮明に覚えているもんだから、しばらくはこの恐怖も拭えないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
恐怖に支配されながら今日のバイトが終わった。
頭がボーッとするし倦怠感を感じる。よくここまで頑張ったと思う。自分でも褒めてあげたい。
リナ先輩は最後まで僕の心配してくれていた。
昨日までの僕だったら泊まりに行きたいと言って頭を下げていただろう。少しでもこの恐怖が和らぐのなら土下座でもなんでもした。
でも今は正直そんな余裕がない。
恐怖よりも疲れの方が勝っている。家に帰って一人でぐっすりと眠りたい。このままだと過労死で死んでしまう。
重たい足を運んで家に帰ろうとしていると先輩が声をかけてきた。
「本当に大丈夫なの? 薬とか飲んでしっかり休んだほうがいいからね。家まで送ってあげようか?」
「リナ先輩……。だ、大丈夫です。今日は寝れそうな気がするんでこのままゆっくり帰ります。お疲れ様でした」
「き、気をつけてね……」
リナ先輩は優しく手を振ってくれた。
僕の返事は素っ気なかったかもしれない。でも気前の良い返事ができるほど頭が回転しない。
ボーッとする。何も考えられない。とにかく早く寝たい……。
僕は家に着いた瞬間真っ先に布団へと向かった。
オカマの金縛り霊は怖いが、カナちゃんやレイナちゃんのような超絶美少女の金縛り霊に会える可能性もある。
できればこの溜まりに溜まった疲労は、カナちゃんとレイナちゃんに吸い取ってもらって栄養にしてほしい。
オカマにだけは絶対に渡したくない。
人生で一番疲労が蓄積している気がする。
もう限界だ。
眠い。
疲れた。
体は危険信号を出している。このまま寝ないと本当に過労死するかもしれない。
普通ならこんなに疲労は溜まってないだろう。疲れはあるけどここまで限界にはならなかったと思う。
元凶はあのオカマの金縛り霊だ……。植え付けられたトラウマが僕の精神を削っている。
そのせいで普段よりも疲れが溜まりやすくなっているんだと思う。
だから僕はまぶたを閉じて眠りについた。
意識がどんどん薄れていく。深くそして暗い闇の中へと向かって行く。
僕は36時間ぶりに眠りについた。
手を伸ばすが届かない。それでも光を追いかけ手を伸ばし続ける。
「捕まえた」
その光を掴んだ瞬間、暗闇が一瞬にして光り輝いた。そして僕の意識は覚醒した。
「夢か……」
目を覚ますまで夢だという感覚が一切なかった。それほど深く眠りについていた証拠だ。
そして目覚めた僕の両足首には掴まれている感覚がある。
いつも通りこれは金縛りだ。
両足首ということはカナちゃんとレイナちゃんの二人が金縛りをかけに来ているという事になる。
久しぶりの再会ではないが早く会いたいという気持ちで胸を躍らせていた。
二人がどんどん上へ上がってくる。そのまま布団が大きく膨らむ。そして胸あたりで動きが止まった。
いつも胸のところで止まるけど金縛り霊の登場のお決まりのパターンなのか?
そんなことを考えながら二人が顔を出すのを大人しく待った。
バサッ!!!!
布団が吹っ飛んだ。
「あらぁ~、可愛い顔じゃなぁい~。いいわねぇ~、大好物よぉお!」
「ギィヤァアアアアアアアアァ」
僕は思わず悲鳴を上げてしまった。
「あら! 本当に喋れるのねぇ。驚いたわぁ~!!」
そこにいたのは黒髪ロングで整った顔立ちの美人なカナちゃんではない。そして栗色のボブヘアーのロリ顔の美少女のレイナちゃんでもない。
そこにいたのはガタイのいい大きなおじさんだ。
いや、喋り方からしてオカマだろうか。口紅をして青髭が特徴的だ。
その姿からでも完全にオカマだとわかる。金縛り霊にもオカマが存在した。
そのままオカマと目を合わせて様子を伺っていたのだが、僕の野生の勘が働いた。
このままでは襲われる。野生の勘がそう知らせてくれている。
相手はクマのように大きい。そして僕は小動物のように小さい。まさにウサギ。そうウサギなのだ。
弱肉強食の世界で弱者は強者に平伏すしかない。ウサギがクマに勝てるはずがない。
昨日まで僕はウサギやリスなどの小動物と楽しく暮らしていたじゃないか。
なんで、なんでクマがここに……平和だったあの日々は一体どこへ……
僕が想像したウサギはカナちゃんだ。リスは小さいからレイナちゃん。リナ先輩は細いからキツネいや巨乳のキツネだな。
自分たちを動物に置き換えて今の状況を整理できるくらい、頭の中は冷静だった。
多分この状況を乗り切るために脳が物凄いスピードで回転しているのだろう。
この考えてる時間とか実際は1秒とかそんなもんだってテレビとかでみたことがあるぞ。光の速さで脳が思考してるんだ。走馬灯とかもなんかそんな感じだったと思う。
いくら考えても金縛りで下半身だけ動けない僕は絶体絶命だ。逃げることすらできない。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
僕はどうなってしまうんだ?
クマのようなに大きなオカマは僕の顔をまじまじと見みながら乾いた唇をぺろっと舐めた。
まるで獲物を見つけたか野生動物のように。
そのまま口角を上げて思いっきり歯を見せてきたトラウマ級だ。
「食べちゃうぞお!!」
オカマは低い声を出しながら大声で叫んだ。
「ギィヤァアアアアアアアァアアアアアアアア!!」
恐怖で叫ばずにはいられなかった。
無理無理無理。この状況は無理だって。悪夢なら覚めてくれ。怖い怖い怖い怖すぎる。
これが本当の金縛りなのか。心霊番組でもオカルト雑誌にも紹介されていないほどだ。ある意味、本当の恐怖を僕は味わっている。
僕は恐怖のあまり意識を失いかけた。まだギリギリだが意識は残っている。まさに最後の灯火。
この残された意識の中でオカマがどういう行動を取るか見届けなければならない……。
「あら~、ちょっと脅かしすぎちゃったわねぇ~、残念。まさか気絶しちゃうだなんて」
親指をしゃぶりながら残念そうな顔で呟いている。
「気絶したおかげで恐怖の栄養をたっぷり楽しめるわね。うふふ」
オカマは僕の胸あたりで猫のように顔を当ててスリスリしている。
いや、そんな可愛い表現は似合わない。ヒゲも生えている。これはスリスリではなくジョリジョリだ。
気持ち悪すぎる。
「あらぁ普通の疲労もたっぷりじゃなぁい!」
カナちゃんとレイナちゃんのために溜めた疲労も吸い取られてしまう。
嫌だ嫌だ嫌だ。
「それじゃいただきま~す」
その言葉を最後に僕の意識は完全に消えていった。暗い暗い闇を感じずに真っ逆さまに無の領域へと落ちて行ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計の鳴る音だ。
「ギャァアアアアアアアアアア!!!」
僕は叫びながら意識が覚醒した。
寝汗がすごい。今まで感じたことない悪夢だった。
いや、あれは悪夢じゃない。金縛りだ。
金縛り霊ってカナちゃんとレイナちゃんのような美少女しかいないものだと勘違いしてた。
3人目の金縛り霊が、まさか大きなおじさん。いや、オカマだなんて……。
顔を思い出しただけで吐きそうだ。
本来ならあれが一般的に感じる金縛りだろう。怖い怖すぎる。今までの金縛りが天国すぎた。
まさに天国と地獄って感じだ。
そして本能的に恐怖を体が覚えているが疲労や精神的ストレスは綺麗になくなっているのがわかる。
「もう最悪だ」
ベットに仰向けで倒れ頭を抑えながら天井に向かってボソッと呟いた。
僕はベットの上でうなだれていた。涙も自然と流れている。
「二人のために頑張って溜めた疲労だったのに……」
そもそも毎日来ると言っていたレイナちゃんはどこに行ったんだ。
専属霊にならなかったから僕のことなんか忘れて別の人のところに行ったのか?
いやいや、レイナちゃんに限ってそんな事するはずがない。だってあのレイナちゃんだ……。
そしたらカナちゃんはどうだ?
僕のためとは言え他の人にも金縛りをかけたりしてるのは知っている。正直なところ金縛りをかけに来ない日だってあると思ってた。それがたまたま昨日だったのか?
なんで二人が来なかった日に限ってオカマなんかが僕のところに来るんだよ……。
思い出すだけでも寒気を感じるんだけど……。具合悪くなりそうな予感もする。
今日もあのオカマの金縛り霊が来たらどうしよう。どうしたらいいんだ。
気を失ったあとはあのオカマに何をされていたかわからない。いや、気を失った方がむしろ良かったのではないか。
想像するのはやめておこう。自分が辛くなるだけだ。
とりあえず、これだけは言わせてくれ。
金縛り怖ぇえ。マジで怖ぇええ。
完全に金縛りに対するトラウマを植え付けられたんだけど……。
「はぁ……」
もうため息しか出ない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
心が恐怖に支配されながらもバイトの時間は始まってしまった。
昨日の帰りにも言っていた通り今日はリナ先輩は休みだった。僕の心にある恐怖を癒してくれる唯一の人だったのに。本当にタイミングが悪い。
こんなにも会いたいと思った事は一度もなかった。先輩に会いたい。リナ先輩に会いたい。
この恐怖から逃れるために土下座してでもリナ先輩の家に泊めてもらおうと考えたが、リナ先輩とは休んでいて会えない以上叶わぬ思いだった。
パートのおばちゃんには「顔色悪いよ。大丈夫?」と心配される始末。
バイト中もオカマの金縛り霊の事で頭がいっぱいだ。心配されるほど恐怖で体調を悪くしていた。
幸い迷惑な酔っ払いは来なかったので、バイト中に精神的ストレスを受ける事はなかった。
もしこれ以上精神に負荷をかけてしまったら僕は壊れてしまう。
バイトの帰りにリナ先輩の家に行こうかと考えた。
でも連絡もなしに行くのも失礼だし連絡したからといっても時間も時間だ。
泊めてくれるはずがない。いや、優しいリナ先輩なら泊めてくれるかもしれないけど、迷惑をかけてしまうので無理だ。
僕は俯きながら家へと向かった。
家に帰るのが怖い。一人で寝るのが怖い。金縛りが怖い。オカマが怖い。
家に着いてからは恐怖が増したようにも感じる。
振り返れば今日1日中恐怖に怯え震えていた。
どんどんと就寝時間が迫ってくる。それは同時に金縛りにかかる時間も迫ってきているという事になる。
またあのオカマに会うのは絶対に嫌だ。流石に2日連続はないと信じたいけど、信じて裏切られるのが一番最悪だ。
どうしようこのままだと寝れない。というか眠れない。
寝た瞬間にあのオカマが現れそうで怖い。
寝なきゃ金縛りにかからないよね。起きてれば会わなくて済むよね。
カナちゃん。レイナちゃん。助けて。オカマから僕を救って。
「金縛り怖いオカマ怖い金縛り怖いオカマ怖い」
僕は呪文のように唱え続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計の鳴る音だ。
「あ、もうこんな時間か……」
僕は恐怖で一睡もできなかった。
完全にオカマの金縛り霊がトラウマになってしまっている。
あの口角を上げて歯を見せながら言ったセリフが脳内でリピートされている。
『食べちゃうぞ……食べちゃうぞ……食べちゃうぞ』
もう本当に無理。怖すぎる。
今日もバイトがあるから寝なきゃいけないのにこんなんじゃ寝れないよ……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
結局一睡もできないままバイトが始まってしまった。
リナ先輩は心配して声をかけてくれた。
「すごい顔色悪いけど大丈夫か? なんかあったのか?」
リナ先輩に続いてパートのおばちゃんも声をかけてきた。
「昨日も顔色悪かったじゃない。休んだ方がいいんじゃないかしら?」
心配してくれている二人。
僕は休もうかとも考えたが、今休むのは流石に気が引ける。
だから強がってしまった。
「いえいえ、大丈夫です。ちょっと怖い夢見て寝れなくなっちゃっただけですから……。本当大丈夫です」
これ以上心配をかけさせないためにも無理して笑顔を作った。
そんな僕の無理して作った笑顔を見抜いたのだろうか。リナ先輩はそれでも優しく声をかけてくれる。
「何かあったらすぐにあたしに言ってよね」
ああ、先輩はなんて優しいんだ。少しだけ恐怖に支配されていた心が癒された気分だ。
でもそれ以上に恐怖は大きかった。仕事に取りかかりすぐにオカマの顔を思い出してしまう。
まだ鮮明に覚えているもんだから、しばらくはこの恐怖も拭えないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
恐怖に支配されながら今日のバイトが終わった。
頭がボーッとするし倦怠感を感じる。よくここまで頑張ったと思う。自分でも褒めてあげたい。
リナ先輩は最後まで僕の心配してくれていた。
昨日までの僕だったら泊まりに行きたいと言って頭を下げていただろう。少しでもこの恐怖が和らぐのなら土下座でもなんでもした。
でも今は正直そんな余裕がない。
恐怖よりも疲れの方が勝っている。家に帰って一人でぐっすりと眠りたい。このままだと過労死で死んでしまう。
重たい足を運んで家に帰ろうとしていると先輩が声をかけてきた。
「本当に大丈夫なの? 薬とか飲んでしっかり休んだほうがいいからね。家まで送ってあげようか?」
「リナ先輩……。だ、大丈夫です。今日は寝れそうな気がするんでこのままゆっくり帰ります。お疲れ様でした」
「き、気をつけてね……」
リナ先輩は優しく手を振ってくれた。
僕の返事は素っ気なかったかもしれない。でも気前の良い返事ができるほど頭が回転しない。
ボーッとする。何も考えられない。とにかく早く寝たい……。
僕は家に着いた瞬間真っ先に布団へと向かった。
オカマの金縛り霊は怖いが、カナちゃんやレイナちゃんのような超絶美少女の金縛り霊に会える可能性もある。
できればこの溜まりに溜まった疲労は、カナちゃんとレイナちゃんに吸い取ってもらって栄養にしてほしい。
オカマにだけは絶対に渡したくない。
人生で一番疲労が蓄積している気がする。
もう限界だ。
眠い。
疲れた。
体は危険信号を出している。このまま寝ないと本当に過労死するかもしれない。
普通ならこんなに疲労は溜まってないだろう。疲れはあるけどここまで限界にはならなかったと思う。
元凶はあのオカマの金縛り霊だ……。植え付けられたトラウマが僕の精神を削っている。
そのせいで普段よりも疲れが溜まりやすくなっているんだと思う。
だから僕はまぶたを閉じて眠りについた。
意識がどんどん薄れていく。深くそして暗い闇の中へと向かって行く。
僕は36時間ぶりに眠りについた。
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