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第1章
22 専属の金縛り霊、すなわち専属霊
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夕方を知らせる『遠き山に日は落ちて』のチャイムが空に鳴り響く
その音が僕の鼓膜を振動させ意識が覚醒した。
金縛り霊の二人はすやすやと眠っていた。二人の寝顔はすごく可愛い。ずっと見ていたい。
なんてことを持っていたが、僕が起きた事に気付いてしまい目を覚ましてしまった。
「おはよう。ウサギくん。よく寝たね」
「おはようございます。ウサギさんの栄養は眠くなっちゃいます」
金縛り霊の二人は開けたばかりの目を擦りながら、自然に僕のお腹を撫で始めた。金縛り霊の不思議な力で僕の尿意を消そうとしているのだろう。
なんだか恥ずかしい。うん。ものすごく恥ずかしい。
「ずっと寝てる気がするんだけど、本当に1日中金縛りかけるんだね。僕の体に悪い影響とか起きたりしない? 大丈夫なの?」
「レイナは嘘付きませんから1日中金縛りをかけますよ。有言実行です! 体の方は問題ありませんよ。レイナが悪いもの全部吸い取ってるので健康的で元気な体にしてあげますから!」
「それは良かった。でも2人分でしかも1日中だよ……。僕の体ってそんなに悪いものあるの? 逆に心配になってきたんだけど……」
「はい! 1日だけなら2人分はギリギリ問題ありませんよ~! 本当はレイナが独り占めしたかったんですけどね……」
元気に両手でガッツポーズをするレイナちゃんを見て僕は、ため息が溢れた。
ギリギリ問題ないはギリギリ問題ありそうな予感しかしないんだが。今更どうする事もできないし、この子たちに身を委ねるしかないな。何かあったら、その時はその時だ。
体の悪いものを吸い取ってくれてるみたいだし、健康になるんならいいか。
病院にも行かなくて済むから断然こっちの方がいいしね。
「寝起きだけどお腹すいてる? 次は何食べるの?」
お腹を撫でていたカナちゃんは真っ先に僕のことを心配してくれた。
お腹がすいてるって気付いたのだろうか?
心配そうに見つめるカナちゃんとは正反対に元気に明るくレイナちゃんは声を出した。
「次はカップ麺ですよね! ウサギさん!」
自信満々の表情。そして今食べようと考えていたものをズバリ的中させた栗色の髪の美少女。超能力者か何かか?
「正解。もうここまで当てられちゃうと逆に怖い……」
「今回のは簡単ですよ。だってこの家にカップ麺しか残ってませんもん」
「そ、そうだったー。今日は休みだから食料を買い足そうとしてたんだ。もうすでに食糧難に陥ってしまったのか……」
僕の家の食料はカップ麺しか残っていなかった。本来なら休みの日である今日に食料を買い足すのだが金縛りにかかっているせいで買い物も困難。
僕はスケジュールが狂ってしまい落ち込んでいた。そんな丸くなった僕の背中を二人の金縛り霊が小さな手のひらで優しくさすってくれた。
「そんなに落ち込まないでくださいよ。明日バイトの後にでも買えばいいじゃないですか」
「そうだよな……これも充実した生活を送ってるって事だよね。金縛りって充実した生活か?」
「何言ってるんですか? 今回はレイナが気合入れてカップ麺作ってきますね。待っててくださいね。レイナの旦那さん」
カップ麺なのでそこまで気合いを入れることではないが胸を張って応えた。無邪気な笑顔が可愛い。
それにレイナちゃんは旦那さんと言っていた。実年齢はわからないが見た目が幼すぎて新婚生活のおままごとをしている気分になった。なんとも微笑ましい。本人はそうとは思ってないだろうけど……。
そして幼い見た目のレイナちゃんから一つの不安要素が生まれてしまった。
「火傷に気をつけるんだよ。というよりガスの使い方とかわかる? 火を扱う時は注意してよ。ああ、やっぱりカナちゃんにやってもらおうかな」
「ちょっと、ウサギさん。心配しすぎですよー。これじゃ夫婦というよりも子供じゃないですか!」
その通りである。僕はレイナちゃんを無邪気な子供、小学生くらいに見えてしまった。心配で心配で仕方がないのだ。
そんな心配する僕の表情を見て火が付いたのか、宙に浮きながら意味もなく部屋を何周もしていた。
気合を入れてるのだろうか。まるで子猫が部屋を駆け回っているようにも見えてしまった。
そのままレイナちゃんは台所の方へと飛んでいった。
扉の上の部分の出っ張りに頭をぶつけていたのは見なかった事にしよう。
「大丈夫だと思う?」
「どうだろう……。でもレイナちゃんはやればできる子だよ」
「いや、ここは大丈夫って一言言ってほしい場面。不安でしかない」
レイナちゃんの事をよく知るカナちゃんは不安そうな表情を無理やり笑顔に変えて答えていた。
もう不安でしかない。
しばらくするとお湯が沸騰し、ヤカンが悲鳴を上げていた。
シュゥウウウウウウウゥウッウコォオオオオオオ
どうやら沸騰させる事には成功したみたいだ。
コォオオオオオオオオッオゴホォオオオオッオオオ
ヤカンの悲鳴は消えない。苦しんでいるようにも聞こえる。
「レイナちゃん、大丈夫? 火を消していいんだよ。というか早く消して!」
「いいえ。レイナのウサギくんに対する愛はこんなもんじゃありません。もっともっと情熱的に熱いんです!」
「お願いだから消してぇええ!!」
「わかりましたよー」
僕は必死に叫んだ。僕の叫びが伝わったのかレイナちゃんは火を消してくれた。
ヤカンの悲鳴も消え、苦しみから解放されたかのように最後に「フゥウウゥウ」と息をこぼしたかのように聞こえた。
何はともあれ、あとはお湯を入れるだけだ。
「これでいいですか~?」
レイナちゃんは何種類かあるカップ麺の中から、僕が今一番に食べたいと思っていたものを見せてきた。
「うん。それがいい。って、百発百中で心を読まれてるんだが……」
「レイナはウサギくんの事なんでも知ってます!」
小さな胸を張ってドヤ顔をするレイナちゃん。そのままカップ麺にお湯を入れて持ってきてくれた。
終始こぼさないか心配で見ていたが、流石にそこまでドジではなかったみたいだ。
「なんかカップ麺作っただけなのに褒めたい気分だ。これって親の気持ちってやつ?」
「じゃあじゃあ、頑張ったレイナをウサギさんに憑かせてください!」
また憑く憑かないの話だ。それを聞いたカナちゃんは焦りながら声を荒げていた。
「ちょっと、レイナちゃん! ウサギくんに憑くだなんてダメよ!」
「ダメってなんですか~。今みたいにレイナとウサギさんの二人だけの時間を邪魔し続けるんですか~?」
「何言ってるのレイナちゃん! ウサギくんは私のウサギくんでもあるのよ! 勝手に憑かれたりしたら困るの!」
二人は睨み合いながら再び言い争いを始めた。僕は会話に口を出さずにカップ麺を食べる事に集中した。
話に入ったところで金縛り霊のルールとかはよく知らない。だから麺をすする。
「レイナちゃんは見習いの金縛り霊でしょ。まだまだ金縛り霊の勉強をしないとダメじゃない。専属霊は早すぎるよ」
「いやです。早いかどうかなんてレイナが決める事です。もうウサギくん以外の栄養なんて欲しくないんです。レイナはウサギさんの専属霊になりたいです!」
話の内容からするに以前からレイナちゃんが口にしていた“憑く”とかって言うのは、専属の金縛り霊になるということ。それを略して専属霊って感じか。
専属とかある金縛り霊の社会もなんだか複雑そうだな。イケメンとか美女とかは競争率が高そうだ。
「ウサギさんはどっちに専属霊になってほしいんですか? もちろんレイナですよね?」
「いやいや、どっちって二人とも専属霊になればいいんじゃないの?」
「二人は無理ですよ。どっちか一人いや、レイナを選んでください! レイナならウサギさんを幸せにできます」
栗色の髪の幼い美少女がグイグイ来て食事が進まない。
というか専属霊って二人はダメなのか?
やっぱり専属って付くぐらいだもんな。一人を決めるなんて無理だろ……。
「ま、まだ専属霊とかよくわかんないし、そもそもどうやって専属霊になるのさ? 契約書みたいなのに名前書いたりするの? それとも血を一滴差し出すとか?」
「ここ」
レイナちゃんは細くて小さい人差し指で自分の唇を色っぽく指している。
「ど、どういう事?」
僕はそのジェスチャーがなんのことなのかわからなかった。そんな僕にカナちゃんが答えを投げてくれる。
「契約するにはキスが必要なの。もちろんただのキスじゃないよ。契約のキス。特別なキスが必要なのよ」
「ブフォオア!!!」
僕はすすっていた麺を盛大に吹き出した。
「ゴヘッゴッホゴホ、ち、誓いのキ、キ、キ、キ、キッスだって!?」
「専属霊にする誓いを立ててキスすれば契約されるよ。契約者が亡くなるか金縛り霊が成仏するまで契約は解除されない仕組みになってるみたいなの。だから金縛り霊にとっても専属霊ってものはとても重要なことなのよ。慎重にならないといけないの」
カナちゃんが丁寧に説明してくれた。小さな僕の頭ではついていくのがやっとの内容だ。
そもそも人間の僕が金縛り霊のことを理解しようとしている時点でおかしいが、もうここまで関わったのだからちゃんと理解しなければいけないよね。
一度契約をしたら解約されないのなら、カナちゃんの言う通り慎重に契約するしかないじゃないか。それなのにレイナちゃんはこんなにも僕と契約をしたがっている。大丈夫なのか?
「ウサギさん。そういう事なんですよ。だから早く、誓いのキスを! レイナと誓いのキスをして専属霊にしてください。」
レイナちゃんは顔をリンゴのように真っ赤にし、唇を尖らせキス顔になりながら迫ってくる。
ああ、キス顔も可愛い。ってダメだ。誘惑に負けそうになってしまった……。
「ちょっと、レイナちゃん落ち着いて落ち着いて。僕は専属霊は選べないよ。二人のどっちかに会えなくなるなんて嫌だから……」
レイナちゃんの肩を掴み何とかキスを防いだ。
柔らかそうなレイナちゃんの唇が遠ざかっていく。一度はキスしてみたかった。でも迂闊にキスはできない。
「もう、わかりましたよ~。そんなに嫌がるんなら無理やりキスしません。だからと言ってカナちゃんに譲る訳ではありませんからね。ウサギさんがレイナを選んでくれるように頑張りますから」
「レイナちゃんに専属霊はまだ早いわ。私ならもう10年以上金縛り霊をやってるからそろそろかなって思ってたところなのよね……。だから……」
カナちゃんが珍しく妖艶に色っぽい表情になり僕のことを誘惑してきた。
可愛すぎるというかこんな顔もできる事に驚いた。その驚きは心臓の鼓動を早くする。再び一目惚れをした時の気持ちが芽生えたような感覚だ。
「レイナのウサギさんを誘惑するのは禁止です」
「冗談。冗談よ。みんな仲良くウサギくんの金縛り霊をやりましょう。ね?」
「今はそうします。でもいつかは……」
「はいはい。よしよし」
カナちゃんはレイナちゃんの頭を撫でている。その光景はまたしても姉妹のように見えてしまった。
撫でられているレイナちゃんは笑顔を溢して顔がふにゃふにゃなっている。その表情から落ち着きを取り戻したようにも思えた。
とりあえず専属霊についての話は一旦解決したようだ。何とか一安心。
僕がレイナちゃんを選ばなかったら死ぬまで呪いそうで怖い。というか呪い殺しそうで怖い。
カナちゃんが言ったようにみんな仲良く今の関係のまま続いてほしいと本気で思った。
それからしばらく二人は専属霊というものについて、それはそれは熱い話をしていた。
まあ、盛り上がっていたのは主にレイナちゃんの方だったけど。
その間話についていけない僕は暇だった。体を動かすことができないから余計に暇だ。
専属霊についての話も切りのいいところで終わったのだが、話出すタイミングを逃してしまい困っている。それが今の状況だ。
相手は幽霊だが、女の子だ。それも超絶美少女。コミュ障の僕が会話の内容、話し出すタイミングを見つけられなくて当然だ。
だからこそこの気持ちを素直に吐き出そう。そうすれば話題を変えるきっかけに、暇を潰すきっかけになるかもしれない。
「ところでさ……1日中金縛りにかかって動けないこの状況で……僕は何をしたらいいと思う?」
「そうだね。寝るのはどうかな?」
手に顎を乗せて一生懸命に考えたカナちゃんの回答だった。
彼女はそのまま鈴の音色のような心地よい寝息をこぼしながら眠りについた。
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
「いや、いや、寝るな寝るなー!」
「フヌーん? 寝ないんですか?」
「さっき寝たばかりだし、目が冴えてて全然寝れる気がしないよ」
そう。僕は今日1日中ずっと眠っている。
昨日も早く眠りについてしまったせいで目がギンギンなのだ。
せっかくなので寝る以外で何かしたい。そんな気持ちだった。
「そのー、せっかくだし3人でできる遊びみたいなのはどうかな? 金縛り霊の遊びとかでも何でもいいからさ」
「そうだね。こういう時は生前の記憶を頼りにして……」
う~ん、と考え込むカナちゃん。
彼女は閃いたかのように目と口を開いて「あっ!」と一言言った。
僕はその様子を見て「何か思い付いた?」と、ワクワクする子供のように聞き返した。
「トランプなんてどうかな?」
「レイナもトランプやりたいでーす!」
カナちゃんが思い付いたのはトランプだった。
暇を潰す1番の方法はがトランプ。いや、やはりトランプと言ったところか。こういう時のトランプは本当に万能すぎるな。
友達が少ない僕だが一応トランプは持っている。何で買ったのかは忘れた。多分手品の練習とかそこら辺だろう。
「そこのタンスにトランプが入ってると思うからさ、取ってきてくれると嬉しいな」
「はい! レイナにお任せください!」
僕はトランプが入っているタンスを指差した。
レイナちゃんはそのタンスの方へ犬のように尻尾を振りながら飛んでいった。
一般的なトランプ。ほとんど使っていないせいで入れ物の箱は埃まみれだ。
しかし中身は新品同様に新しくて綺麗だった。手品の練習もすぐに諦めたなこれは。
僕は二人の美少女に体を引っ張ってもらってトランプができる位置に移動した。
ベットの上のままだが先ほどいた位置よりは広々と使える。
体を引っ張ってもらっている時は寝たきりのおじいちゃんになったような感情だった。動きたい。
そのまま3人の知識を寄せ集め、知っているトランプゲームを開始した。
ババ抜き、ジジ抜き、神経衰弱、七並べ、ブラックジャック、ポーカーなど予想以上に盛り上がった。
美女とやるトランプ。何でこんなに楽しいのだろうか。
僕は勝敗に関係なく幸せな気分でトランプで楽しんだ。
その音が僕の鼓膜を振動させ意識が覚醒した。
金縛り霊の二人はすやすやと眠っていた。二人の寝顔はすごく可愛い。ずっと見ていたい。
なんてことを持っていたが、僕が起きた事に気付いてしまい目を覚ましてしまった。
「おはよう。ウサギくん。よく寝たね」
「おはようございます。ウサギさんの栄養は眠くなっちゃいます」
金縛り霊の二人は開けたばかりの目を擦りながら、自然に僕のお腹を撫で始めた。金縛り霊の不思議な力で僕の尿意を消そうとしているのだろう。
なんだか恥ずかしい。うん。ものすごく恥ずかしい。
「ずっと寝てる気がするんだけど、本当に1日中金縛りかけるんだね。僕の体に悪い影響とか起きたりしない? 大丈夫なの?」
「レイナは嘘付きませんから1日中金縛りをかけますよ。有言実行です! 体の方は問題ありませんよ。レイナが悪いもの全部吸い取ってるので健康的で元気な体にしてあげますから!」
「それは良かった。でも2人分でしかも1日中だよ……。僕の体ってそんなに悪いものあるの? 逆に心配になってきたんだけど……」
「はい! 1日だけなら2人分はギリギリ問題ありませんよ~! 本当はレイナが独り占めしたかったんですけどね……」
元気に両手でガッツポーズをするレイナちゃんを見て僕は、ため息が溢れた。
ギリギリ問題ないはギリギリ問題ありそうな予感しかしないんだが。今更どうする事もできないし、この子たちに身を委ねるしかないな。何かあったら、その時はその時だ。
体の悪いものを吸い取ってくれてるみたいだし、健康になるんならいいか。
病院にも行かなくて済むから断然こっちの方がいいしね。
「寝起きだけどお腹すいてる? 次は何食べるの?」
お腹を撫でていたカナちゃんは真っ先に僕のことを心配してくれた。
お腹がすいてるって気付いたのだろうか?
心配そうに見つめるカナちゃんとは正反対に元気に明るくレイナちゃんは声を出した。
「次はカップ麺ですよね! ウサギさん!」
自信満々の表情。そして今食べようと考えていたものをズバリ的中させた栗色の髪の美少女。超能力者か何かか?
「正解。もうここまで当てられちゃうと逆に怖い……」
「今回のは簡単ですよ。だってこの家にカップ麺しか残ってませんもん」
「そ、そうだったー。今日は休みだから食料を買い足そうとしてたんだ。もうすでに食糧難に陥ってしまったのか……」
僕の家の食料はカップ麺しか残っていなかった。本来なら休みの日である今日に食料を買い足すのだが金縛りにかかっているせいで買い物も困難。
僕はスケジュールが狂ってしまい落ち込んでいた。そんな丸くなった僕の背中を二人の金縛り霊が小さな手のひらで優しくさすってくれた。
「そんなに落ち込まないでくださいよ。明日バイトの後にでも買えばいいじゃないですか」
「そうだよな……これも充実した生活を送ってるって事だよね。金縛りって充実した生活か?」
「何言ってるんですか? 今回はレイナが気合入れてカップ麺作ってきますね。待っててくださいね。レイナの旦那さん」
カップ麺なのでそこまで気合いを入れることではないが胸を張って応えた。無邪気な笑顔が可愛い。
それにレイナちゃんは旦那さんと言っていた。実年齢はわからないが見た目が幼すぎて新婚生活のおままごとをしている気分になった。なんとも微笑ましい。本人はそうとは思ってないだろうけど……。
そして幼い見た目のレイナちゃんから一つの不安要素が生まれてしまった。
「火傷に気をつけるんだよ。というよりガスの使い方とかわかる? 火を扱う時は注意してよ。ああ、やっぱりカナちゃんにやってもらおうかな」
「ちょっと、ウサギさん。心配しすぎですよー。これじゃ夫婦というよりも子供じゃないですか!」
その通りである。僕はレイナちゃんを無邪気な子供、小学生くらいに見えてしまった。心配で心配で仕方がないのだ。
そんな心配する僕の表情を見て火が付いたのか、宙に浮きながら意味もなく部屋を何周もしていた。
気合を入れてるのだろうか。まるで子猫が部屋を駆け回っているようにも見えてしまった。
そのままレイナちゃんは台所の方へと飛んでいった。
扉の上の部分の出っ張りに頭をぶつけていたのは見なかった事にしよう。
「大丈夫だと思う?」
「どうだろう……。でもレイナちゃんはやればできる子だよ」
「いや、ここは大丈夫って一言言ってほしい場面。不安でしかない」
レイナちゃんの事をよく知るカナちゃんは不安そうな表情を無理やり笑顔に変えて答えていた。
もう不安でしかない。
しばらくするとお湯が沸騰し、ヤカンが悲鳴を上げていた。
シュゥウウウウウウウゥウッウコォオオオオオオ
どうやら沸騰させる事には成功したみたいだ。
コォオオオオオオオオッオゴホォオオオオッオオオ
ヤカンの悲鳴は消えない。苦しんでいるようにも聞こえる。
「レイナちゃん、大丈夫? 火を消していいんだよ。というか早く消して!」
「いいえ。レイナのウサギくんに対する愛はこんなもんじゃありません。もっともっと情熱的に熱いんです!」
「お願いだから消してぇええ!!」
「わかりましたよー」
僕は必死に叫んだ。僕の叫びが伝わったのかレイナちゃんは火を消してくれた。
ヤカンの悲鳴も消え、苦しみから解放されたかのように最後に「フゥウウゥウ」と息をこぼしたかのように聞こえた。
何はともあれ、あとはお湯を入れるだけだ。
「これでいいですか~?」
レイナちゃんは何種類かあるカップ麺の中から、僕が今一番に食べたいと思っていたものを見せてきた。
「うん。それがいい。って、百発百中で心を読まれてるんだが……」
「レイナはウサギくんの事なんでも知ってます!」
小さな胸を張ってドヤ顔をするレイナちゃん。そのままカップ麺にお湯を入れて持ってきてくれた。
終始こぼさないか心配で見ていたが、流石にそこまでドジではなかったみたいだ。
「なんかカップ麺作っただけなのに褒めたい気分だ。これって親の気持ちってやつ?」
「じゃあじゃあ、頑張ったレイナをウサギさんに憑かせてください!」
また憑く憑かないの話だ。それを聞いたカナちゃんは焦りながら声を荒げていた。
「ちょっと、レイナちゃん! ウサギくんに憑くだなんてダメよ!」
「ダメってなんですか~。今みたいにレイナとウサギさんの二人だけの時間を邪魔し続けるんですか~?」
「何言ってるのレイナちゃん! ウサギくんは私のウサギくんでもあるのよ! 勝手に憑かれたりしたら困るの!」
二人は睨み合いながら再び言い争いを始めた。僕は会話に口を出さずにカップ麺を食べる事に集中した。
話に入ったところで金縛り霊のルールとかはよく知らない。だから麺をすする。
「レイナちゃんは見習いの金縛り霊でしょ。まだまだ金縛り霊の勉強をしないとダメじゃない。専属霊は早すぎるよ」
「いやです。早いかどうかなんてレイナが決める事です。もうウサギくん以外の栄養なんて欲しくないんです。レイナはウサギさんの専属霊になりたいです!」
話の内容からするに以前からレイナちゃんが口にしていた“憑く”とかって言うのは、専属の金縛り霊になるということ。それを略して専属霊って感じか。
専属とかある金縛り霊の社会もなんだか複雑そうだな。イケメンとか美女とかは競争率が高そうだ。
「ウサギさんはどっちに専属霊になってほしいんですか? もちろんレイナですよね?」
「いやいや、どっちって二人とも専属霊になればいいんじゃないの?」
「二人は無理ですよ。どっちか一人いや、レイナを選んでください! レイナならウサギさんを幸せにできます」
栗色の髪の幼い美少女がグイグイ来て食事が進まない。
というか専属霊って二人はダメなのか?
やっぱり専属って付くぐらいだもんな。一人を決めるなんて無理だろ……。
「ま、まだ専属霊とかよくわかんないし、そもそもどうやって専属霊になるのさ? 契約書みたいなのに名前書いたりするの? それとも血を一滴差し出すとか?」
「ここ」
レイナちゃんは細くて小さい人差し指で自分の唇を色っぽく指している。
「ど、どういう事?」
僕はそのジェスチャーがなんのことなのかわからなかった。そんな僕にカナちゃんが答えを投げてくれる。
「契約するにはキスが必要なの。もちろんただのキスじゃないよ。契約のキス。特別なキスが必要なのよ」
「ブフォオア!!!」
僕はすすっていた麺を盛大に吹き出した。
「ゴヘッゴッホゴホ、ち、誓いのキ、キ、キ、キ、キッスだって!?」
「専属霊にする誓いを立ててキスすれば契約されるよ。契約者が亡くなるか金縛り霊が成仏するまで契約は解除されない仕組みになってるみたいなの。だから金縛り霊にとっても専属霊ってものはとても重要なことなのよ。慎重にならないといけないの」
カナちゃんが丁寧に説明してくれた。小さな僕の頭ではついていくのがやっとの内容だ。
そもそも人間の僕が金縛り霊のことを理解しようとしている時点でおかしいが、もうここまで関わったのだからちゃんと理解しなければいけないよね。
一度契約をしたら解約されないのなら、カナちゃんの言う通り慎重に契約するしかないじゃないか。それなのにレイナちゃんはこんなにも僕と契約をしたがっている。大丈夫なのか?
「ウサギさん。そういう事なんですよ。だから早く、誓いのキスを! レイナと誓いのキスをして専属霊にしてください。」
レイナちゃんは顔をリンゴのように真っ赤にし、唇を尖らせキス顔になりながら迫ってくる。
ああ、キス顔も可愛い。ってダメだ。誘惑に負けそうになってしまった……。
「ちょっと、レイナちゃん落ち着いて落ち着いて。僕は専属霊は選べないよ。二人のどっちかに会えなくなるなんて嫌だから……」
レイナちゃんの肩を掴み何とかキスを防いだ。
柔らかそうなレイナちゃんの唇が遠ざかっていく。一度はキスしてみたかった。でも迂闊にキスはできない。
「もう、わかりましたよ~。そんなに嫌がるんなら無理やりキスしません。だからと言ってカナちゃんに譲る訳ではありませんからね。ウサギさんがレイナを選んでくれるように頑張りますから」
「レイナちゃんに専属霊はまだ早いわ。私ならもう10年以上金縛り霊をやってるからそろそろかなって思ってたところなのよね……。だから……」
カナちゃんが珍しく妖艶に色っぽい表情になり僕のことを誘惑してきた。
可愛すぎるというかこんな顔もできる事に驚いた。その驚きは心臓の鼓動を早くする。再び一目惚れをした時の気持ちが芽生えたような感覚だ。
「レイナのウサギさんを誘惑するのは禁止です」
「冗談。冗談よ。みんな仲良くウサギくんの金縛り霊をやりましょう。ね?」
「今はそうします。でもいつかは……」
「はいはい。よしよし」
カナちゃんはレイナちゃんの頭を撫でている。その光景はまたしても姉妹のように見えてしまった。
撫でられているレイナちゃんは笑顔を溢して顔がふにゃふにゃなっている。その表情から落ち着きを取り戻したようにも思えた。
とりあえず専属霊についての話は一旦解決したようだ。何とか一安心。
僕がレイナちゃんを選ばなかったら死ぬまで呪いそうで怖い。というか呪い殺しそうで怖い。
カナちゃんが言ったようにみんな仲良く今の関係のまま続いてほしいと本気で思った。
それからしばらく二人は専属霊というものについて、それはそれは熱い話をしていた。
まあ、盛り上がっていたのは主にレイナちゃんの方だったけど。
その間話についていけない僕は暇だった。体を動かすことができないから余計に暇だ。
専属霊についての話も切りのいいところで終わったのだが、話出すタイミングを逃してしまい困っている。それが今の状況だ。
相手は幽霊だが、女の子だ。それも超絶美少女。コミュ障の僕が会話の内容、話し出すタイミングを見つけられなくて当然だ。
だからこそこの気持ちを素直に吐き出そう。そうすれば話題を変えるきっかけに、暇を潰すきっかけになるかもしれない。
「ところでさ……1日中金縛りにかかって動けないこの状況で……僕は何をしたらいいと思う?」
「そうだね。寝るのはどうかな?」
手に顎を乗せて一生懸命に考えたカナちゃんの回答だった。
彼女はそのまま鈴の音色のような心地よい寝息をこぼしながら眠りについた。
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
「いや、いや、寝るな寝るなー!」
「フヌーん? 寝ないんですか?」
「さっき寝たばかりだし、目が冴えてて全然寝れる気がしないよ」
そう。僕は今日1日中ずっと眠っている。
昨日も早く眠りについてしまったせいで目がギンギンなのだ。
せっかくなので寝る以外で何かしたい。そんな気持ちだった。
「そのー、せっかくだし3人でできる遊びみたいなのはどうかな? 金縛り霊の遊びとかでも何でもいいからさ」
「そうだね。こういう時は生前の記憶を頼りにして……」
う~ん、と考え込むカナちゃん。
彼女は閃いたかのように目と口を開いて「あっ!」と一言言った。
僕はその様子を見て「何か思い付いた?」と、ワクワクする子供のように聞き返した。
「トランプなんてどうかな?」
「レイナもトランプやりたいでーす!」
カナちゃんが思い付いたのはトランプだった。
暇を潰す1番の方法はがトランプ。いや、やはりトランプと言ったところか。こういう時のトランプは本当に万能すぎるな。
友達が少ない僕だが一応トランプは持っている。何で買ったのかは忘れた。多分手品の練習とかそこら辺だろう。
「そこのタンスにトランプが入ってると思うからさ、取ってきてくれると嬉しいな」
「はい! レイナにお任せください!」
僕はトランプが入っているタンスを指差した。
レイナちゃんはそのタンスの方へ犬のように尻尾を振りながら飛んでいった。
一般的なトランプ。ほとんど使っていないせいで入れ物の箱は埃まみれだ。
しかし中身は新品同様に新しくて綺麗だった。手品の練習もすぐに諦めたなこれは。
僕は二人の美少女に体を引っ張ってもらってトランプができる位置に移動した。
ベットの上のままだが先ほどいた位置よりは広々と使える。
体を引っ張ってもらっている時は寝たきりのおじいちゃんになったような感情だった。動きたい。
そのまま3人の知識を寄せ集め、知っているトランプゲームを開始した。
ババ抜き、ジジ抜き、神経衰弱、七並べ、ブラックジャック、ポーカーなど予想以上に盛り上がった。
美女とやるトランプ。何でこんなに楽しいのだろうか。
僕は勝敗に関係なく幸せな気分でトランプで楽しんだ。
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