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第1章
21 限界突破、僕の膀胱
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僕に覆い被さるようにして寝ているのはレイナちゃんだ。
そして、その下。右足を抱き枕にしながら寝ているのはカナちゃんだ。
「…………スハースハー…………スハースハー」
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
動けない。二人に抱き枕にされていて動けないぞこれ。
これはある意味金縛りだな。
まあ、いいか。
どうせ今日はベットの上だけなんだし。
それに二人の寝顔を見放題だ。
天使の寝顔最高。
「……う?」
「ん~?」
カナちゃんと目が合った。
ブラックダイヤモンドのようにキラキラと輝く大粒の黒瞳に。
「あっ!!」
何かを思い出したかのような声を出した。
なんだろう?
「レイナちゃん! レイナちゃん! 起きて起きてー!」
「あっ、カナちゃん。おはようございま…………スハースハー…………スハースハー」
「おはようございましじゃないよー。って、寝ないでー!」
「な、なんですか……」
「なんですかじゃないよ。これは一体どういうことなの? なんでウサギくんに金縛りをずっとかけてるの?」
「これはですね。ウサギさんと約束したんですよ。今日一日金縛りにかけるって約束~! ウサギさんはレイナと離れたくないんです。もちろんレイナもウサギさんと離れたくないです」
金縛りの幽霊の二人が何やら言い合っている。
まるで姉が妹を叱っているようにも見える。
「一日も金縛りにかけたらダメだよ!」
叱られる妹のように見えるレイナちゃんが僕に助けを求めるように抱きついてきた。
「いやです。ウサギさんとこのまま一緒にいたいです」
レイナちゃんは僕から離れない。
カナちゃんはレイナちゃんを僕から引き剥がそうと僕の腕を引っ張る。
いつしか綱引きのようになった。
もちろん僕が綱だ。
「ちょ、ひ、引っ張るの、き、禁止!」
「帰るよ。レイナちゃん」
「いやです。いやです」
「わがまま言わないでください」
「ウサギさんから離れたくないです!」
「だ、だから、ひ、引っ張るのは……」
だ、ダメだ。聞いてない。
漏れそうなのに。寝起きで漏れそうなのに。
や、やばいぞ。
引っ張られるたびに膀胱に刺激が!
膀胱が悲鳴を! 悲鳴を上げているぞ!
「も、もれる……」
「ウサギくんからも帰るように言ってよー」
「ウサギさん! レイナと一緒にいたいって言ってください!」
「も、もれるから……」
僕の言葉を聞き取れなかったのだろう。二人は不思議そうに僕を見つめている。
超絶美少女の二人に見つめられることなんて滅多にない。
普通なら見惚れたり、照れたりする場面だと思うけど、今の僕に、今の膀胱にそんな余裕なんてない。
「も、漏れるから! お、お、お、お、おしっこしたいんだけど!」
大きい声出したせいで余計に漏れそうになった。
もう我慢できない。早くトイレに行かないとベットが悲惨なことになる。
「わたしがなんとするね」
「レイナがなんとかします」
打ち合わせもなしに同じこと同じタイミングで言った。本当に姉妹みたいだ。
でもなんとかするってどうするんだろう?
ふわふわ浮かんでたレイナちゃんみたいに僕を浮かばせてトイレまで運んでくれるのかな?
それとも普通に退いてくれて、トイレに行っといれ! 的な感じか?
「わたしがやるから大丈夫だよ」
「いいえ。ここはレイナが責任持ってやります。だってウサギさんとやるって約束しました。だからレイナがやります」
「わたしが!」
「レイナが!」
どちらが僕の膀胱を助けるかで揉めている。火花を散らすように睨み合っている。
そんな場合じゃないのに。一刻を争うのに。
このままこの状況が続けば、火花を僕のおしっこで消すしかなくなってしまう。
漏らすのだけは絶対にダメだ。大人としてダメだ。
「か、金縛りを解いたら普通に歩けるよね? そしたら金縛りを解いて! もう限界! 漏れそう! 漏れる!」
「ダメです。金縛りを解いたら次の夜までレイナは金縛りをかけられなくなります。一日中金縛りをかけるって約束が果たせなくなっちゃいます。なので金縛りは解きません!」
「も、漏れるって……。ど、どうしたらいいんだよ。もう漏らすッ」
すると二人は、限界ギリギリの僕の服の中に手を入れてお腹を触ってきた。
「ちょ! そんなことしたら漏れるって! 本当に漏らすって!」
二人は真剣な表情で黙りながら僕の腹部を撫でている。ちょうど膀胱の辺りだ。
二人の手はひんやりしていて気持ちがいい。
普通なら膀胱あたりを触られると漏れそうな感覚に陥る。そしてそのまま漏らしてしまうかもしれないだろう。
だけど不思議とそうはならなかった。
むしろ逆だ……。尿意が段々と消えていく。おしっこを終えたかのようにスッキリした感覚になってきた。
これも金縛りの幽霊の不思議な力なのだろうか……?
僕がスッキリしたタイミングがわかったのか。カナちゃんがちょうどそのタイミングに声をかけてきた。
「どう、もう平気?」
「あ、うん。もう大丈夫。ありがとうカナちゃん。すごい力だね。まるでおしっこしたみたいだよ……」
「でしょ~」
カナちゃんがニッコリと笑っている。太陽のように明るい笑顔だ。薄暗い部屋に日差しが差し込んだように感じた。
僕はカナちゃんの笑顔に見惚れていた。
多分、頬も耳も真っ赤になっていたかもしれない。
その時だった。太陽のような笑顔を隠すかのように幼い顔の美少女が僕の視界に入ってきた。
「ウサギさんウサギさん! レイナもですよー! カナちゃんだけズルいです。レイナも褒めてくださいよ」
褒めてもらいたく目の前に出たようだ。
とりあえず頭を撫でれば喜ぶのでたくさん撫でてあげる事にした。
「レイナちゃんもありがとう。でも何をしたの? どうして尿意が消えたんだ?」
ただお腹を触っただけなのに尿意が消えたのにはどうしても疑問が残る。
金縛りの幽霊自体説明のできない不思議な現象だ。
だけど尿意を消そうとしていた二人はその仕組みを知っているかのようだった。
それなら疑問を解決するために二人に尿意を消した仕組みを聞くしかないだろ。
そんな僕の疑問をカナちゃんが「ゴホン」と咳払いをしてから答えた。
「金縛りの幽霊は『疲労』の他に『排出物』なども『栄養』に変えることができるの。だからお腹を撫でればトイレに行かなくて済むんだよ。涙や汗も同じで栄養に変えれる!」
カナちゃんの説明に続いてレイナちゃんも口を開いた。
「でも『疲労』ほどの『栄養』はないからほとんどの金縛りの幽霊はやらないんですよ! でもレイナにとってウサギさんは特別なのでいつでもやってあげますよ~。レイナは大歓迎です!」
レイナは目をキラキラさせている。そしてよだれを垂らしそうになって……いや、垂らしてる。
それにしても『排出物』も『栄養』に変えることができるだなんて、金縛りの幽霊って本当にすごいな……。
レイナちゃんの頭を撫でながら感心する。
レイナちゃんは猫のように喉を鳴らす。
その時、カナちゃんがレイナちゃんに向かって声をかけた。
「とりあえずレイナちゃん。ウサギくんの金縛りを解きなさい。こないだも勝手に金縛りにかけてたでしょ。本当はダメなんだからね」
「ギ、ギクッ」
レイナちゃんは顔色を変えた。
怪しい。怪しすぎる。話を逸らされる前に聞かないと。
「こ、こないだって?」
「二日前かな? わたしがウサギくんに金縛りをかけようとしたんだけど、その時ウサギくんがね、あまりにも気持ちよさそうに寝てたの」
二日前?
二日前は確か、リナ先輩とデートした日だ!
「それで金縛りをかけるのをやめたんだ!」
「え? なんで? なんでやめたの?」
「もし金縛りをかけてたら悪夢に変わってウサギくんを苦しめていたかもしれないからね。だからそのまま寝かしてあげようと思ったの」
そ、そんな理由で。なんて優しいんだカナちゃんは。
天使から女神に昇格だ。
「それでね、レイナちゃんに金縛りをかけないように伝えたの。でもレイナちゃんはウサギくんに金縛りをかけてたんだよね?」
「ち、違うの。カナちゃん。あの時、あの日はウサギさんの栄養がレイナには必要だったんです!」
「でもじゃないの。ウサギくんのこともしっかり考えてあげて! きっといい夢を見てたはずだよ」
はい。見てました。リナ先輩の下着姿の夢を。とてもいい夢でした。
「わ、わかりました……反省します。ごめんなさい。ウサギさんもごめんなさい」
レイナちゃんは頭を下げて僕とカナちゃんに謝った。
下げた頭は上がることなく、僕のお腹の上に乗ってきた。そのまますりすりと顔を動かしている。「うへうへ」と嬉しそうな声が溢れているのが聞こえる。この子は本当に反省しているのだろうか?
というか待てよ。
気持ちよさそうに寝ていたってカナちゃん言ってたよな。
その時の僕はどんな顔してたんだよ。カナちゃんに見られてたってことだよな。恥ずかしい。
それにカナちゃんが別の人のところに言ったのって僕のため?
僕のことが嫌いになったり、僕の栄養に飽きたりしたからじゃないんだ。
それだけは本当に良かった。
またこうして会えたのも本当に良かった。
「そうだ! カナちゃん聞いてくださいよ!」
僕のお腹の上に頭を乗せていたレイナちゃんが、突然頭を上げて元気よく声を出した。
「ウサギさんはレイナをほったらかしにして他の女と寝てたんですよ! 浮気ですよ、浮気!」
今その話する!?
もうやめてよ。浮気じゃないから。
「あら、そうなの? それは良くない」
「え? ち、違うよ。カナちゃん。浮気じゃないよ。ただ同じベットで寝ただけで」
「ならわたしも一日中金縛りかけちゃおうかな」
「えぇええー! な、なんでそうなるの? レイナちゃんを帰らせに来たんじゃないの?」
もしかして浮気したって聞いてカナちゃんも妬いてるのかも。それはそれで嬉しい気がする……。
でも浮気って僕たち付き合ってないのに。
あっ、そうだ。寝る前にレイナちゃんが言ってた僕に憑くみたいなことの詳細を聞かないと。
「ダメです。今日のウサギさんはレイナだけのウサギさんです! レイナが金縛りをかけてるんですからカナちゃんは帰ってください!」
「ダ~メ! 独り占めは良くないわ。ここはわたしにも協力させて。それにレイナちゃんこそ帰ったらいいんじゃないの? 疲れたでしょ?」
また二人の言い争いが始まった。バチバチに睨み合っている。
話しかけたくても話しかけられない。
さっきは膀胱が限界だったからいけたけど、今は無理だ。
でもなんだろう。嬉しいな。
こんなに可愛い金縛りの幽霊が僕を取り合っているなんて。幸せすぎる。
人間にはモテないけど幽霊にはモテるってどうかと思うけど、それはそれでいい。
というか、二人の可愛らしい喧嘩を見ていたら、なんだか安心してお腹が減ってきた。
何か食べたいけど、金縛り中は歩けないし……。
そ、そうだ! 疲労を吸い取って栄養に変えるのなら、逆だってできるかもしれない。
「あ、あの……」
よ、よし。こっちを見てくれた。聞いてくれてる。
「お、お腹が減ってきたんだけど……もしかして金縛りの幽霊の不思議な力とかで栄養とか分けれたりできる?」
「それはできないよ」
「そんなのありませんよ」
即答! 恐ろしいほど速い即答!
そして同時! 息ぴったりだな。本当に姉妹みたいだ!
金縛りの幽霊の不思議な力を期待したけど、そこまで万能ではないらしい。ちょっと残念。
「じゃあ僕のご飯はどうするの? レイナちゃんなんとかするって言ってたよね?」
「もちろんレイナがなんとかしますよ! 電子レンジの上にパンがありますよね。それと冷蔵庫の中に牛乳がありますよね! それでいいですか?」
「そうそう。さすがレイナちゃん……ってなんでそこまで知ってるの? もう幽霊という存在よりも怖い次元にいるんだけど……」
「ウサギさんの事ならなんでも知っるって言ったじゃないですか~」
レイナちゃんは満面の笑みで頭を出してきた。
どうやら撫でてほしいみたいだ。でも撫でるのはあとにしよう。まずは腹を満たしたい。
「じゃあパンと牛乳を持ってきてほしいな」
頭を出したまま返事がない。もしかして頭を撫でなきゃダメなのか?
「…………スハースハー…………スハースハー」
って寝てるし!
レイナちゃんの頭は僕の膝に落ちていった。自然と膝枕状態になった。
そんな眠ってしまった栗色の髪の美少女を見てため息を吐くもう一人の美少女。
「もーう。レイナちゃんったら~。わたしがいなかったらどうするのよ。ウサギくん。わたしがパンと牛乳を持ってきてあげるね」
「カナちゃんありがとう~。命の恩人だよぉお」
「…………スハースハー…………スハースハー」
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
って! えぇぇええええ!
カナちゃんも寝始めた!
なんだったの今の会話は!?
「…………スハースハー…………スハースハー」
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
まあ、いっか。
言い争っていた時はどうなるかと思ったけど、寝息で合唱をしている二人は本当に幸せそうな顔をしている。
よだれが垂れているのは気にしないでおこう。
それに眠っている二人はお互いの手を握り合ってて、本当の姉妹みたいで微笑ましいよ。
こんな幸せが一生続いたらいいな。
童貞のままだけど、全然いい。
一生続いてほしい。
金縛りの幽霊。めっちゃ最高。
そして、その下。右足を抱き枕にしながら寝ているのはカナちゃんだ。
「…………スハースハー…………スハースハー」
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
動けない。二人に抱き枕にされていて動けないぞこれ。
これはある意味金縛りだな。
まあ、いいか。
どうせ今日はベットの上だけなんだし。
それに二人の寝顔を見放題だ。
天使の寝顔最高。
「……う?」
「ん~?」
カナちゃんと目が合った。
ブラックダイヤモンドのようにキラキラと輝く大粒の黒瞳に。
「あっ!!」
何かを思い出したかのような声を出した。
なんだろう?
「レイナちゃん! レイナちゃん! 起きて起きてー!」
「あっ、カナちゃん。おはようございま…………スハースハー…………スハースハー」
「おはようございましじゃないよー。って、寝ないでー!」
「な、なんですか……」
「なんですかじゃないよ。これは一体どういうことなの? なんでウサギくんに金縛りをずっとかけてるの?」
「これはですね。ウサギさんと約束したんですよ。今日一日金縛りにかけるって約束~! ウサギさんはレイナと離れたくないんです。もちろんレイナもウサギさんと離れたくないです」
金縛りの幽霊の二人が何やら言い合っている。
まるで姉が妹を叱っているようにも見える。
「一日も金縛りにかけたらダメだよ!」
叱られる妹のように見えるレイナちゃんが僕に助けを求めるように抱きついてきた。
「いやです。ウサギさんとこのまま一緒にいたいです」
レイナちゃんは僕から離れない。
カナちゃんはレイナちゃんを僕から引き剥がそうと僕の腕を引っ張る。
いつしか綱引きのようになった。
もちろん僕が綱だ。
「ちょ、ひ、引っ張るの、き、禁止!」
「帰るよ。レイナちゃん」
「いやです。いやです」
「わがまま言わないでください」
「ウサギさんから離れたくないです!」
「だ、だから、ひ、引っ張るのは……」
だ、ダメだ。聞いてない。
漏れそうなのに。寝起きで漏れそうなのに。
や、やばいぞ。
引っ張られるたびに膀胱に刺激が!
膀胱が悲鳴を! 悲鳴を上げているぞ!
「も、もれる……」
「ウサギくんからも帰るように言ってよー」
「ウサギさん! レイナと一緒にいたいって言ってください!」
「も、もれるから……」
僕の言葉を聞き取れなかったのだろう。二人は不思議そうに僕を見つめている。
超絶美少女の二人に見つめられることなんて滅多にない。
普通なら見惚れたり、照れたりする場面だと思うけど、今の僕に、今の膀胱にそんな余裕なんてない。
「も、漏れるから! お、お、お、お、おしっこしたいんだけど!」
大きい声出したせいで余計に漏れそうになった。
もう我慢できない。早くトイレに行かないとベットが悲惨なことになる。
「わたしがなんとするね」
「レイナがなんとかします」
打ち合わせもなしに同じこと同じタイミングで言った。本当に姉妹みたいだ。
でもなんとかするってどうするんだろう?
ふわふわ浮かんでたレイナちゃんみたいに僕を浮かばせてトイレまで運んでくれるのかな?
それとも普通に退いてくれて、トイレに行っといれ! 的な感じか?
「わたしがやるから大丈夫だよ」
「いいえ。ここはレイナが責任持ってやります。だってウサギさんとやるって約束しました。だからレイナがやります」
「わたしが!」
「レイナが!」
どちらが僕の膀胱を助けるかで揉めている。火花を散らすように睨み合っている。
そんな場合じゃないのに。一刻を争うのに。
このままこの状況が続けば、火花を僕のおしっこで消すしかなくなってしまう。
漏らすのだけは絶対にダメだ。大人としてダメだ。
「か、金縛りを解いたら普通に歩けるよね? そしたら金縛りを解いて! もう限界! 漏れそう! 漏れる!」
「ダメです。金縛りを解いたら次の夜までレイナは金縛りをかけられなくなります。一日中金縛りをかけるって約束が果たせなくなっちゃいます。なので金縛りは解きません!」
「も、漏れるって……。ど、どうしたらいいんだよ。もう漏らすッ」
すると二人は、限界ギリギリの僕の服の中に手を入れてお腹を触ってきた。
「ちょ! そんなことしたら漏れるって! 本当に漏らすって!」
二人は真剣な表情で黙りながら僕の腹部を撫でている。ちょうど膀胱の辺りだ。
二人の手はひんやりしていて気持ちがいい。
普通なら膀胱あたりを触られると漏れそうな感覚に陥る。そしてそのまま漏らしてしまうかもしれないだろう。
だけど不思議とそうはならなかった。
むしろ逆だ……。尿意が段々と消えていく。おしっこを終えたかのようにスッキリした感覚になってきた。
これも金縛りの幽霊の不思議な力なのだろうか……?
僕がスッキリしたタイミングがわかったのか。カナちゃんがちょうどそのタイミングに声をかけてきた。
「どう、もう平気?」
「あ、うん。もう大丈夫。ありがとうカナちゃん。すごい力だね。まるでおしっこしたみたいだよ……」
「でしょ~」
カナちゃんがニッコリと笑っている。太陽のように明るい笑顔だ。薄暗い部屋に日差しが差し込んだように感じた。
僕はカナちゃんの笑顔に見惚れていた。
多分、頬も耳も真っ赤になっていたかもしれない。
その時だった。太陽のような笑顔を隠すかのように幼い顔の美少女が僕の視界に入ってきた。
「ウサギさんウサギさん! レイナもですよー! カナちゃんだけズルいです。レイナも褒めてくださいよ」
褒めてもらいたく目の前に出たようだ。
とりあえず頭を撫でれば喜ぶのでたくさん撫でてあげる事にした。
「レイナちゃんもありがとう。でも何をしたの? どうして尿意が消えたんだ?」
ただお腹を触っただけなのに尿意が消えたのにはどうしても疑問が残る。
金縛りの幽霊自体説明のできない不思議な現象だ。
だけど尿意を消そうとしていた二人はその仕組みを知っているかのようだった。
それなら疑問を解決するために二人に尿意を消した仕組みを聞くしかないだろ。
そんな僕の疑問をカナちゃんが「ゴホン」と咳払いをしてから答えた。
「金縛りの幽霊は『疲労』の他に『排出物』なども『栄養』に変えることができるの。だからお腹を撫でればトイレに行かなくて済むんだよ。涙や汗も同じで栄養に変えれる!」
カナちゃんの説明に続いてレイナちゃんも口を開いた。
「でも『疲労』ほどの『栄養』はないからほとんどの金縛りの幽霊はやらないんですよ! でもレイナにとってウサギさんは特別なのでいつでもやってあげますよ~。レイナは大歓迎です!」
レイナは目をキラキラさせている。そしてよだれを垂らしそうになって……いや、垂らしてる。
それにしても『排出物』も『栄養』に変えることができるだなんて、金縛りの幽霊って本当にすごいな……。
レイナちゃんの頭を撫でながら感心する。
レイナちゃんは猫のように喉を鳴らす。
その時、カナちゃんがレイナちゃんに向かって声をかけた。
「とりあえずレイナちゃん。ウサギくんの金縛りを解きなさい。こないだも勝手に金縛りにかけてたでしょ。本当はダメなんだからね」
「ギ、ギクッ」
レイナちゃんは顔色を変えた。
怪しい。怪しすぎる。話を逸らされる前に聞かないと。
「こ、こないだって?」
「二日前かな? わたしがウサギくんに金縛りをかけようとしたんだけど、その時ウサギくんがね、あまりにも気持ちよさそうに寝てたの」
二日前?
二日前は確か、リナ先輩とデートした日だ!
「それで金縛りをかけるのをやめたんだ!」
「え? なんで? なんでやめたの?」
「もし金縛りをかけてたら悪夢に変わってウサギくんを苦しめていたかもしれないからね。だからそのまま寝かしてあげようと思ったの」
そ、そんな理由で。なんて優しいんだカナちゃんは。
天使から女神に昇格だ。
「それでね、レイナちゃんに金縛りをかけないように伝えたの。でもレイナちゃんはウサギくんに金縛りをかけてたんだよね?」
「ち、違うの。カナちゃん。あの時、あの日はウサギさんの栄養がレイナには必要だったんです!」
「でもじゃないの。ウサギくんのこともしっかり考えてあげて! きっといい夢を見てたはずだよ」
はい。見てました。リナ先輩の下着姿の夢を。とてもいい夢でした。
「わ、わかりました……反省します。ごめんなさい。ウサギさんもごめんなさい」
レイナちゃんは頭を下げて僕とカナちゃんに謝った。
下げた頭は上がることなく、僕のお腹の上に乗ってきた。そのまますりすりと顔を動かしている。「うへうへ」と嬉しそうな声が溢れているのが聞こえる。この子は本当に反省しているのだろうか?
というか待てよ。
気持ちよさそうに寝ていたってカナちゃん言ってたよな。
その時の僕はどんな顔してたんだよ。カナちゃんに見られてたってことだよな。恥ずかしい。
それにカナちゃんが別の人のところに言ったのって僕のため?
僕のことが嫌いになったり、僕の栄養に飽きたりしたからじゃないんだ。
それだけは本当に良かった。
またこうして会えたのも本当に良かった。
「そうだ! カナちゃん聞いてくださいよ!」
僕のお腹の上に頭を乗せていたレイナちゃんが、突然頭を上げて元気よく声を出した。
「ウサギさんはレイナをほったらかしにして他の女と寝てたんですよ! 浮気ですよ、浮気!」
今その話する!?
もうやめてよ。浮気じゃないから。
「あら、そうなの? それは良くない」
「え? ち、違うよ。カナちゃん。浮気じゃないよ。ただ同じベットで寝ただけで」
「ならわたしも一日中金縛りかけちゃおうかな」
「えぇええー! な、なんでそうなるの? レイナちゃんを帰らせに来たんじゃないの?」
もしかして浮気したって聞いてカナちゃんも妬いてるのかも。それはそれで嬉しい気がする……。
でも浮気って僕たち付き合ってないのに。
あっ、そうだ。寝る前にレイナちゃんが言ってた僕に憑くみたいなことの詳細を聞かないと。
「ダメです。今日のウサギさんはレイナだけのウサギさんです! レイナが金縛りをかけてるんですからカナちゃんは帰ってください!」
「ダ~メ! 独り占めは良くないわ。ここはわたしにも協力させて。それにレイナちゃんこそ帰ったらいいんじゃないの? 疲れたでしょ?」
また二人の言い争いが始まった。バチバチに睨み合っている。
話しかけたくても話しかけられない。
さっきは膀胱が限界だったからいけたけど、今は無理だ。
でもなんだろう。嬉しいな。
こんなに可愛い金縛りの幽霊が僕を取り合っているなんて。幸せすぎる。
人間にはモテないけど幽霊にはモテるってどうかと思うけど、それはそれでいい。
というか、二人の可愛らしい喧嘩を見ていたら、なんだか安心してお腹が減ってきた。
何か食べたいけど、金縛り中は歩けないし……。
そ、そうだ! 疲労を吸い取って栄養に変えるのなら、逆だってできるかもしれない。
「あ、あの……」
よ、よし。こっちを見てくれた。聞いてくれてる。
「お、お腹が減ってきたんだけど……もしかして金縛りの幽霊の不思議な力とかで栄養とか分けれたりできる?」
「それはできないよ」
「そんなのありませんよ」
即答! 恐ろしいほど速い即答!
そして同時! 息ぴったりだな。本当に姉妹みたいだ!
金縛りの幽霊の不思議な力を期待したけど、そこまで万能ではないらしい。ちょっと残念。
「じゃあ僕のご飯はどうするの? レイナちゃんなんとかするって言ってたよね?」
「もちろんレイナがなんとかしますよ! 電子レンジの上にパンがありますよね。それと冷蔵庫の中に牛乳がありますよね! それでいいですか?」
「そうそう。さすがレイナちゃん……ってなんでそこまで知ってるの? もう幽霊という存在よりも怖い次元にいるんだけど……」
「ウサギさんの事ならなんでも知っるって言ったじゃないですか~」
レイナちゃんは満面の笑みで頭を出してきた。
どうやら撫でてほしいみたいだ。でも撫でるのはあとにしよう。まずは腹を満たしたい。
「じゃあパンと牛乳を持ってきてほしいな」
頭を出したまま返事がない。もしかして頭を撫でなきゃダメなのか?
「…………スハースハー…………スハースハー」
って寝てるし!
レイナちゃんの頭は僕の膝に落ちていった。自然と膝枕状態になった。
そんな眠ってしまった栗色の髪の美少女を見てため息を吐くもう一人の美少女。
「もーう。レイナちゃんったら~。わたしがいなかったらどうするのよ。ウサギくん。わたしがパンと牛乳を持ってきてあげるね」
「カナちゃんありがとう~。命の恩人だよぉお」
「…………スハースハー…………スハースハー」
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
って! えぇぇええええ!
カナちゃんも寝始めた!
なんだったの今の会話は!?
「…………スハースハー…………スハースハー」
「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」
まあ、いっか。
言い争っていた時はどうなるかと思ったけど、寝息で合唱をしている二人は本当に幸せそうな顔をしている。
よだれが垂れているのは気にしないでおこう。
それに眠っている二人はお互いの手を握り合ってて、本当の姉妹みたいで微笑ましいよ。
こんな幸せが一生続いたらいいな。
童貞のままだけど、全然いい。
一生続いてほしい。
金縛りの幽霊。めっちゃ最高。
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