僕の彼女は金縛りちゃん

アイリスラーメン

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第1章

20 レイナちゃんの嫉妬は恐ろしくて可愛い

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 あっ、やばい。寝過ぎたかも。
 意識の覚醒と共に感じる長時間睡眠。

 太陽の日差しだけでも明るかった部屋は、今はもう真っ暗。
 間接照明を点灯せずに寝たので真っ暗だ。なにも見えない。

 電気をつけに行こうと立ち上がろとするが、足が動かない。
 あれ? もしかして金縛り?
 だとしたらレイナちゃんか?
 いや、絶対レイナちゃんだ。

 いつもなら優しく掴まれている左足だけど、今日は少し強めだな。
 めちゃくちゃ嫌な予感がする。

 その予感は的中した。

「ちょっとー! どういうことなんですかー!」

 レイナちゃんの叫び声が布団の中から聞こえた。
 その直後、レイナちゃんが布団の中から飛び出した。
 真っ暗で見えないけど、膨れっ面をしているレイナちゃんが浮かぶ。

「で、電気つけるから! ちょ、ちょっと待って!」

 手を伸ばして電気をつける。
 電気をつけるスイッチは壁際にある。毎日止めている目覚まし時計の上あたりだ。

「や、やっぱり……」

 レイナちゃんだった。しかも想像通りの膨れっ面。
 不覚にも小動物のような可愛さがあると思ってしまった。それくらい不機嫌な顔も可愛い。
 それとリナ先輩からもらったピンク色のスウェットが投げ飛ばされて床に落ちているようにも思えるけど……寝る前は抱き枕にしてたはずなのに……まあ、気のせいか。

 って、そんなことを考えてる猶予なんてない。
 レイナちゃんは噴火寸前だ。
 この怒りがどのように僕に向けられるかわからないぞ。

「どういうことなんですか? レイナという人がいながら他の女に手を出すだなんて! 酷いですよ! 浮気です! 浮気! ウサギさんの浮気者!!!!」

「え、いやいやいや! まず僕たち付き合ってないでしょ! それに手なんて出してないから!」

「それは付き合ってませんよ? でもいずれレイナたちは結ばれる運命なのです! 生きた人間でも幽霊でも関係ありません。これは運命です。逃れられない運命です! レイナとウサギさんは結ばれるんです! だからあの女に呪いをかけてやろうかと思いましたよ。レイナのウサギさんを誘惑した罰として。でもそんなことしたらウサギさんに嫌われちゃうと思い辞めました! どうですか? レイナは偉いですよね? もっと好きになってくれましたか?」

「あっ、え、いや、う、うん! 偉い! もっと好きになった!」

 ここはレイナちゃんの機嫌を損ねてはダメだ。
 リナ先輩に被害が。それより先に僕に被害がきてしまう。

「うへへ。それならいいですけど~。でもウサギさんには罰を受けてもらいます」

 あっ、手遅れだったみたい。

「ウサギさんが受ける罰は……」

「ば、罰は?」

「今日は一日中ず~っとレイナと一緒にいてもらうという罰です!」

 レイナちゃんは膨れっ面のまま、細くて小さい人差し指を僕の目の前に立てた。
 僕は人差し指に驚き重心が後ろにズレた。座っている体勢から倒れないように右手で重心を支えている。
 というかレイナちゃんと一日中ずっと一緒? 罰じゃなくてご褒美だろ!

「もちろん今日ウサギさんのバイトが休みなのも知ってますからね」

 そこまで配慮してのこのご褒美か。
 メンヘラって言っても意外としっかりしてる。
 でも待てよ……。

「一日中って……ずっとベットの上って事?」

「その通りですよ。浮気した罰です!」

「だから浮気じゃないから……誤解だって……」

「じー」

 じーっと見つめるレイナちゃんの瞳はだんだんと近付いて来る。
 そのまま僕の上に馬乗りする。そして僕はレイナちゃんに押し倒されてしまった。

「いいですよね?」

「わかった。わかったから。一日中一緒にいます! 一緒にベットの上に!」

「わーい! やったー! ウサギさん大好き~」

 レイナちゃんは子供のように無邪気な笑顔を取り戻した。直後、小動物のように頬擦りをしてきた。
 本当に小動物みたいで可愛い。でも時々怖い。

「そ、そうだ。レイナちゃんは消えたりしないの? いつもいつの間にか寝てて起きたらいなくなってるからさ」

「今日は消えませんよ~! 消えないように頑張りますよ~!」

 猫のように喉を鳴らしながらレイナちゃんは答えた。可愛い。
 というか消えないようにとかできるんだ。

「あ、あと、お腹減ったりとか、トイレ行きたくなったりしたらどうしたらいいの? ずっとベットの上だとさ……それにまだ歩くこととかもできないから……」

「それはレイナにお任せてください!」

 レイナちゃんは自信満々の表情で小さな胸を軽く叩いた。
 自信満々なのが僕には不安でしかない。

 僕は金縛りの最中でも体を動かすことができるようになったけど、それは上半身だけだ。
 腰から下は今でも動かすことができない。いや、足首とか軽くなら動かせる。
 まあ、移動できるほど動けないってこと。
 移動できないのでトイレや食事をどうしたらいいのか全くわからない。

 そんな不安要素いっぱいの一日のシナリオを考えていた時だった。
 レイナちゃんはすーっと僕の体から離れた。

 どうしたのかとレイナちゃんの顔を見ていたら、レイナちゃんの視線は僕の服に集まっていた。

「まずはそれ脱いでください。あの女のニオイがして吐きそうです」

「え、え? 脱ぐって?」

「その服ですよ! あの女のニオイがするんです」

「ま、マジか。リナ先輩のニオイが移ってたか。って、やっぱりリナ先輩からもらったスウェット投げたでしょ?」

「投げてません」

 あっ、これ絶対投げたやつだ。
 真っ暗でわからなかったけど、僕が電気をつけるタイミングで投げたんだな。
 まあ、いいか。深掘りすると怖いことになりそうだから。

「そ、そうだね。落ちちゃったのかな。あはは。で、でもさ、歩けないから着替えを持ってこれないよ。これじゃ着替えられないよ……」

「そこは、このレイナにお任せてください!」

 レイナちゃんは再び自信に満ち溢れた表情になり小さな胸を軽く叩いた。
 そして立ち上がり浮かんだ。
 って! う、浮かんだ!?

「う、浮かべるの?」

「幽霊ですから当然です」

 なにその常識!?
 す、すげー!

 僕は浮かんで移動するレイナちゃんの姿に見惚れていた。というよりも衝撃的だった。
 レイナちゃんは僕の寝間巻きが入っているタンスの前で止まる。そして一発目で寝間着が入っている棚を開けた。
 悩むことなく一発でだ……。こ、怖い。

「これならウサギさんのニオイがたっぷりです」

 レイナちゃんはふわふわと浮かびながら、僕の寝間着をくんかくんか嗅いでいる。
 そのままこっちに向かって来る。

「よ、よく入ってる場所がわかったね。透視能力とか何か?」

 僕の寝間着を嗅いでいることはスルーしておいた。
 なんかめんどくさくなりそうだったから。

「透視能力とかじゃありませんよ。これくらいレイナなら当然のようにできてしまうんですよ。だってウサギくんの事なら、な~んでも知ってますから!」

 透視能力で僕の寝間着の場所を当てたのではなく、元々知っていたらしい。
 という事は僕が寝てる間に部屋を調べてるって事になるな。メンヘラ怖い。

「えへへ~、褒めてください」

 尻尾は無いが犬のように尻尾を振っているのがわかる。
 そして満面の笑みだ。笑顔は天使のように可愛いんだけど、執着心と愛情がすごすぎて怖いよ。

 とりあえず頭を撫でてあげよう。

「よしよし」

「えへへへへ~」

 思ってた以上にすごい喜んでる。本当に小動物なんじゃね?
 というかなんでこんなに手懐けられてるんだろう。僕は特別な能力でも手に入れたのだろうか? 
 童貞のスキルがMAXになって金縛りの幽霊に好かれるようになったとか?
 いや、そんなことはない。
 ただ単に僕の『疲労』が他の人よりも特別なだけ。
 その『疲労』が好きなだけ。

 喜ぶレイナちゃんが服を掴んできた。

「じゃあ脱がしてあげますね。せーの」

 ぬ、脱がす!?

「ちょ、ちょっと、せーのじゃないって! 自分でできるから!」

 抵抗する。
 さすがに女の子に着替えさせられるのは恥ずかしい。

「自分でって、ウサギさん動けないですよね。レイナが優しくやってあげますから。ね?」

「ね? じゃないよ。上は自分でできるから。下は無理っぽいからそのままでもいいでしょ?」

「うふふ……」

「うふふ?」

 不吉な笑みを見てしまった。

 レイナちゃんは不吉な笑みを浮かべながら、僕が履いているズボンを脱がせた。

「ちょ! 下は抵抗できない! 下は抵抗できない!」 

「よいしょ。よいしょ」

「って! やめてー! 下半身丸出しだから! 下半身丸出しだからー!」

「丸出しって、パンツ履いてるじゃないですか。ウサギさんの反応可愛いからこのままにしちゃおうかな~」

「ちょ、ちょっと待って! ドS属性もあったの? 楽しんじゃってるの? やめてー! マジでやめてー! 下半身を動かせない僕で遊ばないでよ~!」

 こんなに恥ずかしい事は初めてだ。
 恥ずかしすぎる。そんなに見ないでくれ。というか早くズボンを履かせてくれ。

 って、なんでレイナちゃんも止まってるんだよー!
 その小悪魔みたいな表情もやめてくれー。

「じゃあもう浮気しないでくださいね! 約束できるんなら履かせてあげますよ」

「いやいやいや、浮気じゃないって! 何もしてないしー! それに僕たち付き合ってもないでしょー!」

「あ~、ウサギさん往生際悪いですよ。そんなこと言うんですね~。それじゃこのままでいいですよね~。それかパンツも脱がしちゃいますか~? うふふっ」

 もうダメだ。こんなの拷問じゃないか。誤解を解く以前の問題だ。
 これはレイナちゃんの言う通りにするしかないな。
 幼い顔してやってる事は女王様だぞ。ドSの女王様だ!
 すっごく楽しんじゃってるし、何かに目覚めちゃったのか?

「わかりました。約束します! 絶対に浮気しません。レイナちゃんだけです。だから許してください!」

「はーい! 分かってくれればいいのです」

 とても楽しそうにニコニコと鼻歌を歌いながらズボンを履かせてくれている。
 機嫌が直ってくれたのは本当に良かった。
 でもレイナちゃんの扱いには今後気を付けないと。また何されるかわからないからな。

「お着替え完了ですよ。ご褒美ください」

「え? ご褒美って、うわぁ!?」

 着替え終わった僕の上に飛び込み僕を再び押し倒した。
 そのまま僕の上に覆い被さった。
 そしてレイナちゃんの可愛いロリフェイスがどんどんと近付いて来る。もしかしてご褒美って……キス?
 いや、待て待て待て。そう言えば前回はキスをしようとしていた途中では寝たんだったっけ?
 やばい。ファーストキスがー!

「はむっ」

 耳たぶを柔らかい唇ではむっとされた。

「ああ、耳たぶね……キスかと思った……」

 そういえば前回も耳たぶをはむはむされていたわ。
 金縛りの幽霊にとっての『栄養』が口からだとたくさん吸えるって言ってた。だからこうして口で僕の耳たぶをはむはむしているんだ。
 くすぐったいような恥ずかしいような変な気持ち。抵抗する気にもなれない。いや、抵抗なんてしたくない。

「やっぱりウサギさんの栄養は最高ですよ~」

「あ、ありがとう? って言っていいのかよくわかんないけど」

 こっちもこっちで最高だからウィンウィンだ。
 このままずっとはむはむされたい。

「あっ、キスの方がよかったですか?」

「き、聞こえてたの!? い、いや、良かったとかそういうのじゃなくて……この前、キスされそうだったから……つい、キスなのかなって……思っただけ……」

「あー、そうでしたね。でもよくよく考えたらそういうことはかなって思いました」

「そ、そうだね。今の状況もあれだけど、そういうのはだよね」

「はい! いっぱいします!」

「いっぱい!? まあ、付き合ってるんだったら……いっぱいしても……大丈夫か」

 って、待てよ。
 何か違和感を感じるぞ。
 キスのことじゃない。もっと別の何か。

「だからウサギさんはレイナにだけくださいね!」

 それだ!

「つ、付き合ってからじゃなくて憑いてから? 憑くってあれのこと? 守護霊とかそういう感じのこと? もしかして幽霊ジョーク?」

 幽霊ジョークなら笑えない冗談だ。
 幽霊が憑くって怖すぎる。
 怖すぎるけど……レイナちゃんみたいな可愛い女の子なら……い、いや、ダメだ。メンヘラ気質はダメだ。
 リナ先輩と喋っただけで呪いとかかけてきそう。
 こ、怖い。
 と、とにかくレイナちゃんの返事を……。

「…………レ、レイナちゃん……?」

 どうしたんだろう?
 動きが止まったぞ?
 名前を読んでも返事がないし……。
 あっ、もしかして?

「…………スハースハー…………スハースハー」

 レイナちゃんの寝息が聞こえる。

「寝ちゃったか……」

 全然疲労とかも溜まってなかったのに、こんなにもあっさりと眠らせるだなんて。
 どんだけ僕の疲労ってすごいんだ。

「…………スハースハー…………スハースハー」

 とりあえず憑くとかの話は起きてからだな。

「…………スハースハー…………スハースハー」

 寝顔は普通の子供なんだよなぁ。
 純粋無垢な子供。いや、天使の子供。
 この寝顔からメンヘラの姿とかドSな姿なんて想像もできないよ。

「…………スハースハー…………スハースハー」

 というか本当に一日中金縛りにかけるのかな?
 僕が今寝たらいつもみたいに金縛りが解けてレイナちゃんがいなくなってるかもしれないし。
 でもレイナちゃんはできるって、頑張るって言ってたよな。
 一日中金縛りにかけるとか普通に考えても無理だと思うけど……。
 まあ、これからわかるだろう。
 とりあえず僕もこのまま寝るか。レイナちゃんに疲労を吸われて眠くなってきたし。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇




 いつの間にか寝てたみたいだ。
 というか、体が重いぞ。なんだ?

 この体の重さは物理的な重さだ。
 ということは誰かが僕の上に乗っているということ。
 その誰かなんてわかりきっている。

「…………スハースハー…………スハースハー」

 レイナちゃんだ!
 レイナちゃんが僕の上に覆い被さるように乗りながら眠っている。

「…………スハースハー…………スハースハー」

 レイナちゃんがいるということは、まだ金縛りにかかっているということだ。
 だとしたら本当に一日中金縛りをかけ続けるつもりだ。
 これでわかったよ。
 一日中金縛りにかけることが可能なんだって。

「…………スハースハー…………スハースハー」

 レイナちゃんの可愛い寝息が耳に届く。
 可愛い寝息だ。小鳥のさえずりよりも心地良い。天使のような寝顔も可愛い。
 リラックスできて優雅な気分だ。

「…………スハースハー…………スハースハー」

「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 ん?
 なんだろう。
 何か聞こえた気がする。

「…………スハースハー…………スハースハー」

「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 レイナちゃんの寝息ってこんな感じだったっけ?

「…………スハースハー…………スハースハー」

「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 足元だ。
 足元から別の誰かの銀鈴の寝息が聞こえてくる。

「…………スハースハー…………スハースハー」

「…………フヌーフヌー…………フヌーフヌー」

 こ、この寝息って……。

 覆い被さっているレイナちゃんを起こさないようにしながら、視線を足元へと向けた。
 そして銀鈴の寝息の正体を確認する。

「カナちゃん!?」

 しばらくの間姿を現さなかった金縛りの幽霊。そして僕が一目惚れをした金縛りの幽霊のカナちゃんだ。
 カナちゃんは僕の右足を抱き枕にしながら寝ていたのだ。

「フヌーフヌー……、あっ、フヌーギくん……フヌー、おは……フヌーフヌー」

 寝ぼけながらカナちゃんは挨拶をしてくれたけど、ブラックダイヤモンドのようにキラキラと輝く瞳は閉じたままだった。
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