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第1章

10 先輩は清楚系ギャル (巨乳)

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 バイトの時間だ。
 今日も『金縛りちゃん』こと『カナ』に……『カナちゃん』に会うために必死に働こうと思っていたんだけど、珍しく店は暇だ。超暇だ。
 迷惑な酔っ払いも来る気配が全くない。というかお客さん一人来る気配がない。

 こういう時は何をするかと言うと掃除だ。
 テーブルを裏面まで拭く。とにかく拭く。普段目に付かない部分でも、とにかく拭く。
 お客さんが来るまで拭き掃除を続ける。
 それが暇な日の業務内容だ。

 まあ、普通の人だったらロボットみたいに拭き掃除だけをやり続けるのは苦行だろう。
 僕は大丈夫だけど先輩はそうはいかないみたいだ。
 だから先輩は気分転換に話しかけてきた。

くんって恋したこととかあるの?」

「な、な、な、何をいきなり!?」

 タイムリーすぎる質問に心臓が飛び出そうになるほど驚いた。

 ちなみに先輩の名前は林梨奈だ。
 僕はリナ先輩と呼んでいる。いや、呼ばされている? どっちでもいい。

 年齢は僕よりも一個下の二十四歳。
 年下なのに先輩。働く場所を何度も変えている僕にはよくあること。

 リナ先輩が僕のことを『ウサギくん』と呼ぶのは理由がある。というかそういう流れになってしまったってのがある。
 バイト初日の時の自己紹介。その時になぜか『学生時代はウサギって呼ばれてました』と何か喋らなきゃいけないという空気から無駄な情報を口走ってしまったのだ。
 そこから『名前の愛兎まなとに動物のウサギの漢字が入ってまして、そこからウサギって呼ばれてまして……』と由来までも丁寧に説明してしまったのだから、呼び名が決定してしまったのだ。
 学生時代に虐められる原因となった名前だけど、ここではなんか悪い気がしない。

「ごめんごめん~。そんなに驚くとは思わなかったよ~」

 リナ先輩は手のひらを合わせて謝罪のポーズを取っていた。

 キラキラ輝く金髪ロング。
 笑うと見える可愛らしい八重歯。
 くりくりと大粒の黒瞳。
 女性なら誰でも羨ましがるほどの長いまつ毛。
 健康的な褐色肌。
 紅色に塗られたぷるぷるの唇。
 ネイルなどはしていない綺麗な爪。

 そう。リナ先輩は『清楚系ギャル』だ。
 これが一番しっくりくる言葉かもしれない。

 ちなみに豊満な胸は、バイトの制服の上からでもハッキリとわかるほど。
 リナ先輩が迷惑な酔っ払いに絡まれているときに聞いてしまったことなんだけど、リナ先輩のおっぱいは“Eカップ”くらいあるらしい。
 触ったことも調べたこともないけど、Eカップというものが相当デカいことくらいはわかる。
 もしかしたら『カナちゃん』よりもデカいかもしれない……。
 いや、そんな妄想は二人に失礼だ。
 という感じでリナ先輩は全体的にスタイル抜群な清楚系ギャルだ。

 そんな清楚系ギャルが話しかけてきたのだ。
 たとえ先輩とはいえ、女性と喋る経験が少ない僕は挙動不審になってしまう。
 情けないが、心に染み付いてしまったものだからどうしようもない。

「暇だし恋話もいいかなって思ったんだけどね。それじゃ悩み事とかある?」

 恋話でも悩み事でも真っ先に脳裏に浮かんだのは『カナちゃん』の姿だった。
 『カナちゃん』のことを話すわけにはいかないが、女性からの意見も是非とも聞いてみたい自分がいる。

「え、えーっと、リナ先輩って、その……したことありますか?」

「ちょ、あたしのに興味あんの? ウサギくんって意外と変態なんだね」

「あ、いや、あっ、そ、そうじゃなくて! 金縛りです! 金縛りの経験です!」

「あっ、金縛りか~。誤魔化してる?」

「誤魔化してないですよ。ちょっとだけキョドってしまってですね……そ、その……」

「はははっ。大丈夫わかってるから。ちょっとからかってみただけ」

 『カナちゃん』のことを伏せて話そうとしていたら、『金縛り』の言葉自体伏せてしまったんだ。
 そのせいで経験人数聞いたみたいになっちゃったけど、仕方がない。
 でも誤解は解けたっぽいし良かった。
 いや、待てよ。本当に良かったのか?
 リナ先輩の経験人数を聞くチャンスだったんじゃ?
 って、だからそういう目で見たらダメだ。失礼すぎる。
 僕は普通に金縛りの経験を聞きたいだけなんだ。

「金縛りか~。う~ん」

 下唇に人差し指を当てながら、金縛りの経験を思い出している姿が少しだけ色っぽい。
 って、あまり視線を向けないようにしないと。またからかわれちゃう。

「男の人よりも女の人の方が金縛りにかかりやすいって聞いたことはあるけど、あたしは一度も金縛りにかかったことないな~。そもそも幽霊とか信じない方だし。『お化け怖い~』とか『あたし霊感あるの~』とか言ってる女子あたし苦手だし」

 意外だ。

「あっ、今、『意外だ』って思ったでしょ~。顔に出てるよ~」

「え?」

「あー、やっぱり。図星だ~」

「あっ、いや、そ、その」

 な、なんでわかったんだ。
 そんなに顔に出てたのか?
 顔に出てるって、僕はどんな顔してたんだ。

「またまたからかってみました~。こういう話するとさ、みんな『意外だね』って言うんだ。あたしってそんなにギャルギャルしい?」

「い、いや、ギャルギャルしいと言うよりも……清楚系ギャルとかそんな感じかな……って、思います……あはは……」

「ほぉ~。清楚系ギャルか。いいね。ウサギくん。結構見る目あるじゃん」

「……あはは」

 よ、良かった。なんかわからないけど喜んでるみたいだ。

「それでウサギくんは金縛りにかかっちゃったとか? それとも心霊現象とかに興味ある感じ? もしかして幽霊見ちゃったとか?」

 興味津々に顔を近付けてきた。
 顔というよりも豊満なおっぱいが勢いよく近付いてくる。
 は、迫力が……す、すごい!
 目を逸らそう。じゃないとからかわれる。
 こういう時こそ平常心だろ。
 大丈夫だ。毎晩平常心を保つように心がけてるだろ。
 それを今やるだけだ。

「ど、どうしたの? 顔真っ赤だぞ~。恥ずかしくないから喋ってみてよ! 幽霊の話!」

 くぅー!
 幽霊の話をするのが恥ずかしんじゃないんですよ!
 おっぱいが近くて恥ずかしがってるんですよ。
 というか僕の顔そんなに赤くなってるの?
 確かに耳が熱くなってる感じはするけど……。
 やばいやばいやばい。鼓動も早くなってきた。
 と、とにかく早く答えないと。変な間は逆に怪しまれる。

「い、いえ……そのー、幽霊とかは……み、見てないんですけど、最近よく金縛りにかかるので……そ、その、聞いてみようかなって思って……」

「あー、そうなんだ~。金縛りか~。なんか聞いた話だとストレスとか? 疲れとか? が原因らしいよね。あれ心霊現象じゃないんだってさ。あまりにも酷かったら病院とか行った方がいいらしいよ~」

 今は大丈夫でも不摂生な食事を取り続けていたら、いずれ生活習慣病とか大きな病気にかかりそうだな。
 病気は怖い。けど病気が見つかる方が怖くて病院に行けない。
 少しだけ改善しようかな。金縛りにかかるギリギリのラインを研究しよう。

「それか神社だね。お清めとかしてもらうといいかもしれないよ。心霊現象じゃないって言ったけどさ、お清めしたら気持ちが楽になるみたいだし。それでストレス解消的な?」

 神社でお清めか。カナちゃんに会えなくなりそうだし絶対にしたくないな。
 カナちゃんが成仏なんてしちゃったら立ち直れない。
 なんか自分が殺したみたい考えちゃう。それこそ自分を呪いたくなっちゃうよ。

 というか『金縛り』にかかってからは、体の調子もなぜか絶好調だ。
 いや、『カナちゃん』に出会ってからって言った方が聞こえはいいな。
 恋の力とかそういう感じなのかもしれない。
 だから病院にも神社にも行かなくて良いと思う。うん。絶対に。

「あまりストレス溜めない方がいいよって言ってもバイトがバイトだもんな~」

「そ、そうなんですよね。酔っ払いとか……大変ですよね」

「ね~。給料はめちゃくちゃいいけどさ~、ウザい酔っ払いとか無理。本当にストレスは溜まる溜まる~。ストレスの元だよね。あっ、そうそう、昨日のハゲオヤジとかマジで最悪だったわ~。ずっとあたしのおっぱい見ててさ。視線が気持ち悪くてヤバかった。あとデブオヤジはあたしの尻ばかりジロジロ見てた。マジでキモい。気付いてないと思ってんのかね? めちゃくちゃ気付いてるっつーの! あれは会社で部下の尻触って捕まるタイプのハゲオヤジとデブオヤジだわ。いやマジで……」

「あはは……女性だとそういうところも大変ですよね……」

 リナ先輩は膨れっ面で酔っ払いの愚痴を溢していた。
 愚痴は止まらない。でも聞いていて楽しい。
 自分と同じ気持ちの人がいるんだって、自分と同じ苦労をしている人がいるんだって、なんか落ち着く。
 気の利いた返事ができずに下手くそな笑みを溢すだけなのが少しだけもどかしいけど、それでもリナ先輩は喋り続けてくれる。
 だから楽しい時間が続いてくれる。
 でも永遠と続くわけではない。

 リナ先輩の豊満なおっぱいに視線が奪われていたけど、視界の端に動く黒い影が映った。
 もちろん幽霊の類ではない。お客さんだ。


 チリンチリンチリーン


 店の扉が開いた音だ。
 その音とともにお客さんが来店する。
 楽しく会話をしていた僕たちは、扉の音を聞いた瞬間、接客モードに切り替わった。
 まるでロボットのように。もしくは扉の音に催眠効果があるかのように。


「「「いらしゃいませー!!!」」」

 礼儀正しいお客さんだ。
 ほっとした気持ちと残念な気持ちの両方に駆られる。複雑な感情だ。
 リナ先輩との会話が終了したのもそうだが、迷惑な酔っ払いじゃなかったことに対しての残念な気持ちがある。
 このままでは『金縛り』にかかるための身体的疲労や精神的ストレスを溜めることができないのではないだろうか?
 不安だ。
 リナ先輩の迷惑な酔っ払いに対する愚痴をあんなに聞いていたのに、こんなにも迷惑な酔っ払いに来店してほしいって思うだなんて、なんて不謹慎なんだろうか。

「こちらの席へどうぞ」

 それでも真面目に働く。
 迷惑な酔っぱらいが来店しなくても『金縛り』にかかるために、『カナちゃん』に会うために、身体的疲労をたっぷりと溜めるぞ。

「ウサギくん。なんか気合い十分って感じだねっ」

「えっ? あ、そ、そうですか?」

「うん。なんか伝わってきたっ。よしっ! あたしもがんばっちゃうぞー!」

 リナ先輩は僕の心を読むのが本当にうまいな。
 毎回驚いて挙動不審になっちゃう自分が恥ずかしいよ。
 でも、それだけ後輩である僕のことも見てくれているってことかな。

「はい。頑張りましょう!」

 さらに気合いが入りました!
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