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第1章
1 人生初の金縛り、めちゃくちゃ怖いです?
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ある日の夜、バイトで溜まった疲労を癒すために眠りについていた。
突然、僕の意識が覚醒した。
おそらく深夜の二時だろう。時計を見なくてもわかる。なんとなくだがわかる。根拠はない。
深夜に意識が覚醒し、トイレに行くという経験は誰にでもあるだろう。今回もトイレだろう、とそう思った。
しかし、立ち上がろうと疲労が癒し切れていない体に力を入れた瞬間、全身に降りかかる違和感に気付く。
――体が動かない。
それに目も閉じる事ができない。開きっぱなしだ。否、瞬きはしてる。だから開きっぱなしじゃない。勝手に開いてしまう状態だ。
これは所謂『金縛り』というものだろう、と冷静に判断する。自分でも驚くほどに冷静に。
二十五年生きてきた僕は、この日人生初の『金縛り』というものを体験した。貴重な体験だ。
ふと、金縛りにかかった事がある友人の話を思い出してしまう。
その友人は、金縛り中に『黒い人影』が目の前を横切ったと言っていた。おそらくそれは幽霊だろう。
――体が動かないというのに目の前に幽霊が現れる?
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
僕は何度『怖い』と脳内で再生しただろうか。そんなことを数える余裕はない。
つい先ほどまで――数秒前まで冷静だったのが信じられないほど、心は恐怖心に支配されている。
今もなお頭の中では『怖い』という言葉だけが永遠と再生され続けている。
一度開いた『金縛り』に関する記憶。
脳が次から次へと勝手に『金縛り』に関する記憶を掘り起こす。
子供の頃に見た心霊番組。今まで思い出すことなど一度もなかった心霊番組のワンシーンを思い出す。
こんなタイミングで思い出すなんてな……いや、こんなタイミングだからこそ思い出したんだ。
僕が思い出していたのは、金縛り体験者の再現ドラマだ。
金縛りにかかっている最中に『黒い影』に首を絞められるというもの。
逃げることも、助けを呼ぶことも、そして息を吸うこともできずに苦しい思いをしたというものだ。
再現ドラマに出演していた演者の演技が良かったのだろう。鮮明に苦しんでいる姿が脳内で再生された。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
心はすでに恐怖心に支配されている。それなのに脳は『金縛り』についての情報を検索する。
恐怖心に支配されている僕をさらに苦しめていくのだ。
次に僕の脳内で再生された記憶は、金縛りの最中に右足を引っ張られた体験談だ。
その人は、その日から右足に不快感などの痛みを感じるようになったとか。よく躓くようになったとか。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
布団の中から青白い顔をした小さな子供が顔を出しじーっと睨み続けるという体験談。
しかもその子供は首元にまで手を伸ばしてくるのだ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
耳元で苦しんでいる女性の声や息遣いが聞こえるという体験談。
聞こえてくる声は『助けて』や『苦しい』『死ね』『殺す』など様々。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
ありとあらゆる『金縛り』に対する記憶が、脳内を駆け巡る。
大量の『金縛り』についての情報を記憶していた自分の脳を呪いたくなるものの、恐怖心がそんな時間を与えてくれない。
そうだ。声を出そう。声を出せば誰かが助けてくれるかもしれない。
体が動かなくなった僕を誰かが助けてくれるかもしれない。
……だめだ。声が出ない。
金縛りにかかっているのだから声など出せるはずもない。
そんなことにも頭が回らないほどパニックに陥っている証拠だ。
声を出せたからと言っても誰が僕を助けるんだよ。
僕は一人暮らしじゃんか。ボロアパートで一人暮らし。角部屋でお隣さんもいない。
何とかしてこの場を乗り切ろう。でもどうやって?
そうだ。怖いことを考えるからいけないんだ。絶対そうだ。金縛りを解くように念じよう。そうすればきっと解けるかもしれない。
早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。
何度も何度も脳内で繰り返し念じる『早く終われ』という言葉。『金縛り』の恐怖体験が脳内で流れていた時と比べるとだいぶ落ち着きを取り戻せた。
落ち着きを取り戻せたのだが、『金縛り』が解ける様子は一切ない。
早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。
落ち着きを取り戻したのも束の間、全く解ける様子のない『金縛り』から焦りが生じる。からか、恐怖が増している気がする。
よし。こういう時はあれだ。何も考えない方がいい。そうしよう。
無念無想
あらゆる邪念を捨て去り、無我の境地に達すること。
……………………はや、く……………………おわ、れ…………こわい……………………こわ、い…………怖い…………怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
無理無理無理無理。この状況で何も考えないって逆に怖すぎる。無理すぎる。
さっきから余計に怖くなるばかりだ。全てが逆効果。最悪だ。最悪だ。最悪だ。
そんな時、衣擦れのような音が僕の鼓膜に届く。
サササザ……。
サザサ……。
ザザ……。
音がするのは布団の中から。
それを意識してしまった瞬間、謎の違和感を布団の中から感じてしまう。正確に言うと、足首を誰かに掴まれているような感覚だ。それをハッキリと感じてしまっている。
それと同時に先ほどまで脳内で再生されていた『金縛り』の体験談が追い討ちをかけるかのように再び再生される。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
掴まれている感覚は徐々に徐々に上の方へと移動してくる。
足首からふくらはぎ、膝、太もも、腰、腹、胸。
掴まれているかのような感覚は、ちょうど胸の辺りまで来て止まった。
これで終わりではないのだと、今から始まるのだとすぐに悟る。
脳内で再生されていた誰かの体験談と同じ。青白い小さな子供の幽霊が出てくるのだと。そう悟ったのだ。
体は動かない。指すらも動かすことができない。当然瞳も動かせない。
けれど視界の端から布団が見える。明らかに、違和感に膨らんでいる布団だ。
布団が膨らむ理由なんて一つしかないだろう。
何かが……誰かが……布団の中に誰かがいる……。
先ほどから脳内に登場してくる青白い小さな子供の幽霊だろうか。男の子か、女の子か。そんなのどっちでもいい……。
ああ、悪夢なら覚めてくれ。今すぐに覚めてくれ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
サササザ……。
サザサ……。
ザザ……。
ちょうど胸の辺りで止まっていた“誰かに掴まれているような感覚”が突然動き出した。
布団から出てくるつもりなんだとすぐに理解する。このままでは視界に幽霊が映ってしまう。もしかしたら目が合ってしまうかもしれない。
幽霊と目が合うだなんて想像するだけで恐ろしいったらありゃしない。
金縛りがこんなに怖いなんて想像もしてなかった。他人事だと、自分には関係ないことなんだって思ってた。無関心だった。
こんなことが起きるなら対処法とか調べておくべきだった。
僕は後悔と恐怖の海に溺れる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
本当に溺れているかのように息が吸えない。呼吸の仕方を体が忘れてしまったのか?
もしかしたら『金縛り』というものは、肺までも止めてしまうものなのではないか?
頭が痛くなってきた。体も重い。疲労困憊していた睡眠前よりも重い。痛い。怠い。
息が吸いたい。
深呼吸して落ち着きたい。でもできない。
肺が機能しなくなったってことは……次は……心臓か?
このままだと……僕は……死ぬ? 死ぬのか?
死を悟った瞬間、布団の誰かが姿を現す。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
僕の瞳は大粒の黒瞳が交差する。目が合ってしまった。合うしかなかった。
いつの間にか僕の瞳は大粒の黒瞳に吸い込まれるかのように向いていたのだ。
仕方がない。仕方がないことだ。
怖い怖い怖い怖い怖い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。
気絶することができるのなら、今ここでしたい。気絶したい。
恐怖でどうにかなってしまいそうだ。もう無理だ。限界だ。耐えられない。
何とかして気を逸らすしかない。意識さえしなければ大丈夫だろ。
って無理だろ。大粒の黒瞳が可愛くて可愛くて……。
ん?
ちょっと待てよ。
は? 今なんて?
恐怖以外の感情が僕の心に出現したような。しかもポジティブな感情だ。
こんなベリーハードな『金縛り』体験中に恐怖以外の感情が湧き出るなんて明らかにおかしい。
きっと恐怖でおかしくなったに違いない。
そうだ。僕はおかしくなってしまったんだ。
一人の世界に入り込んでしまった僕は、もう一度だけ意識を布団の中から現れた誰かに向けた。
僕の黒瞳に映るのは、青白い子供の幽霊でも、恐怖心を増幅させるような言葉をかけてくる女性の幽霊でも、首を締めてくる黒い影でもない。
間接照明のみの薄暗い部屋のせいでハッキリと姿を確認できていないが、十代後半から二十代前半くらいの女性の幽霊が僕の布団から現れたのだと判明した。
艶やかなストレートの黒髪。
こぼれ落ちそうなほど大粒のキラキラと輝いた綺麗な黒瞳。
ぷるぷると柔らかそうな透き通った桃色の唇。
薄暗い部屋を照らしてくれるような真っ白な肌。
女性ものの服には知識がないが、これはワンピースだ。白色のワンピースを着ている。
幽霊の定番といえば額に白い三角の布だが、僕の目の前に現れた可愛い女性の幽霊にはそれが付いていない。
ああ、この女性の幽霊、めちゃくちゃ可愛いな……。
僕は、人生で初の『金縛り』で女性の幽霊に見惚れていた。この感情を一言で表すのなら『一目惚れ』だ。
金縛りで動けないのか、見惚れて動けないのか、僕にはわからない。
僕の心臓は彼女に鷲掴みにされている。動けない体とは対照的に鼓動が段々と早くなる。
心臓の音が頭の中で跳ね返る。
うるさい。うるさい。心臓の音がうるさい。
心臓の音に気を取られていた僕の意識は深い深い暗い暗い闇の中へと落ちていく。
目蓋のカーテンが閉まる前に女性の幽霊のきょとんとした顔が映り込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計の鳴る音だ。
目覚ましの音に驚いて飛び跳ねる。
寝汗が尋常じゃないほど出ている。
それもそのはずだ。人生で初めての金縛りを経験したのだから。
「あの金縛りは夢だったのか? それとも……」
寝汗でびしょびしょになった黒色のスウェットパジャマを確認しながら呟く。
あの幽霊、めちゃくちゃ可愛かったな。そして美人だ。
金縛りにかかった悲劇よりも女性の幽霊に会った喜劇の方に僕の心の天秤は傾いていた。
恐怖心などすっかりさっぱり忘れていたのだ。
あの幽霊に……あの子に会えるんだったら金縛りとか大歓迎だよな。
またあの子に会いたいな。会えるかな。会えるといいな。
これが初めての金縛りちゃんとの出会いだった。
突然、僕の意識が覚醒した。
おそらく深夜の二時だろう。時計を見なくてもわかる。なんとなくだがわかる。根拠はない。
深夜に意識が覚醒し、トイレに行くという経験は誰にでもあるだろう。今回もトイレだろう、とそう思った。
しかし、立ち上がろうと疲労が癒し切れていない体に力を入れた瞬間、全身に降りかかる違和感に気付く。
――体が動かない。
それに目も閉じる事ができない。開きっぱなしだ。否、瞬きはしてる。だから開きっぱなしじゃない。勝手に開いてしまう状態だ。
これは所謂『金縛り』というものだろう、と冷静に判断する。自分でも驚くほどに冷静に。
二十五年生きてきた僕は、この日人生初の『金縛り』というものを体験した。貴重な体験だ。
ふと、金縛りにかかった事がある友人の話を思い出してしまう。
その友人は、金縛り中に『黒い人影』が目の前を横切ったと言っていた。おそらくそれは幽霊だろう。
――体が動かないというのに目の前に幽霊が現れる?
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
僕は何度『怖い』と脳内で再生しただろうか。そんなことを数える余裕はない。
つい先ほどまで――数秒前まで冷静だったのが信じられないほど、心は恐怖心に支配されている。
今もなお頭の中では『怖い』という言葉だけが永遠と再生され続けている。
一度開いた『金縛り』に関する記憶。
脳が次から次へと勝手に『金縛り』に関する記憶を掘り起こす。
子供の頃に見た心霊番組。今まで思い出すことなど一度もなかった心霊番組のワンシーンを思い出す。
こんなタイミングで思い出すなんてな……いや、こんなタイミングだからこそ思い出したんだ。
僕が思い出していたのは、金縛り体験者の再現ドラマだ。
金縛りにかかっている最中に『黒い影』に首を絞められるというもの。
逃げることも、助けを呼ぶことも、そして息を吸うこともできずに苦しい思いをしたというものだ。
再現ドラマに出演していた演者の演技が良かったのだろう。鮮明に苦しんでいる姿が脳内で再生された。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
心はすでに恐怖心に支配されている。それなのに脳は『金縛り』についての情報を検索する。
恐怖心に支配されている僕をさらに苦しめていくのだ。
次に僕の脳内で再生された記憶は、金縛りの最中に右足を引っ張られた体験談だ。
その人は、その日から右足に不快感などの痛みを感じるようになったとか。よく躓くようになったとか。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
布団の中から青白い顔をした小さな子供が顔を出しじーっと睨み続けるという体験談。
しかもその子供は首元にまで手を伸ばしてくるのだ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
耳元で苦しんでいる女性の声や息遣いが聞こえるという体験談。
聞こえてくる声は『助けて』や『苦しい』『死ね』『殺す』など様々。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
ありとあらゆる『金縛り』に対する記憶が、脳内を駆け巡る。
大量の『金縛り』についての情報を記憶していた自分の脳を呪いたくなるものの、恐怖心がそんな時間を与えてくれない。
そうだ。声を出そう。声を出せば誰かが助けてくれるかもしれない。
体が動かなくなった僕を誰かが助けてくれるかもしれない。
……だめだ。声が出ない。
金縛りにかかっているのだから声など出せるはずもない。
そんなことにも頭が回らないほどパニックに陥っている証拠だ。
声を出せたからと言っても誰が僕を助けるんだよ。
僕は一人暮らしじゃんか。ボロアパートで一人暮らし。角部屋でお隣さんもいない。
何とかしてこの場を乗り切ろう。でもどうやって?
そうだ。怖いことを考えるからいけないんだ。絶対そうだ。金縛りを解くように念じよう。そうすればきっと解けるかもしれない。
早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。
何度も何度も脳内で繰り返し念じる『早く終われ』という言葉。『金縛り』の恐怖体験が脳内で流れていた時と比べるとだいぶ落ち着きを取り戻せた。
落ち着きを取り戻せたのだが、『金縛り』が解ける様子は一切ない。
早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。早く終われ。
落ち着きを取り戻したのも束の間、全く解ける様子のない『金縛り』から焦りが生じる。からか、恐怖が増している気がする。
よし。こういう時はあれだ。何も考えない方がいい。そうしよう。
無念無想
あらゆる邪念を捨て去り、無我の境地に達すること。
……………………はや、く……………………おわ、れ…………こわい……………………こわ、い…………怖い…………怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
無理無理無理無理。この状況で何も考えないって逆に怖すぎる。無理すぎる。
さっきから余計に怖くなるばかりだ。全てが逆効果。最悪だ。最悪だ。最悪だ。
そんな時、衣擦れのような音が僕の鼓膜に届く。
サササザ……。
サザサ……。
ザザ……。
音がするのは布団の中から。
それを意識してしまった瞬間、謎の違和感を布団の中から感じてしまう。正確に言うと、足首を誰かに掴まれているような感覚だ。それをハッキリと感じてしまっている。
それと同時に先ほどまで脳内で再生されていた『金縛り』の体験談が追い討ちをかけるかのように再び再生される。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
掴まれている感覚は徐々に徐々に上の方へと移動してくる。
足首からふくらはぎ、膝、太もも、腰、腹、胸。
掴まれているかのような感覚は、ちょうど胸の辺りまで来て止まった。
これで終わりではないのだと、今から始まるのだとすぐに悟る。
脳内で再生されていた誰かの体験談と同じ。青白い小さな子供の幽霊が出てくるのだと。そう悟ったのだ。
体は動かない。指すらも動かすことができない。当然瞳も動かせない。
けれど視界の端から布団が見える。明らかに、違和感に膨らんでいる布団だ。
布団が膨らむ理由なんて一つしかないだろう。
何かが……誰かが……布団の中に誰かがいる……。
先ほどから脳内に登場してくる青白い小さな子供の幽霊だろうか。男の子か、女の子か。そんなのどっちでもいい……。
ああ、悪夢なら覚めてくれ。今すぐに覚めてくれ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
サササザ……。
サザサ……。
ザザ……。
ちょうど胸の辺りで止まっていた“誰かに掴まれているような感覚”が突然動き出した。
布団から出てくるつもりなんだとすぐに理解する。このままでは視界に幽霊が映ってしまう。もしかしたら目が合ってしまうかもしれない。
幽霊と目が合うだなんて想像するだけで恐ろしいったらありゃしない。
金縛りがこんなに怖いなんて想像もしてなかった。他人事だと、自分には関係ないことなんだって思ってた。無関心だった。
こんなことが起きるなら対処法とか調べておくべきだった。
僕は後悔と恐怖の海に溺れる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
本当に溺れているかのように息が吸えない。呼吸の仕方を体が忘れてしまったのか?
もしかしたら『金縛り』というものは、肺までも止めてしまうものなのではないか?
頭が痛くなってきた。体も重い。疲労困憊していた睡眠前よりも重い。痛い。怠い。
息が吸いたい。
深呼吸して落ち着きたい。でもできない。
肺が機能しなくなったってことは……次は……心臓か?
このままだと……僕は……死ぬ? 死ぬのか?
死を悟った瞬間、布団の誰かが姿を現す。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
僕の瞳は大粒の黒瞳が交差する。目が合ってしまった。合うしかなかった。
いつの間にか僕の瞳は大粒の黒瞳に吸い込まれるかのように向いていたのだ。
仕方がない。仕方がないことだ。
怖い怖い怖い怖い怖い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。
気絶することができるのなら、今ここでしたい。気絶したい。
恐怖でどうにかなってしまいそうだ。もう無理だ。限界だ。耐えられない。
何とかして気を逸らすしかない。意識さえしなければ大丈夫だろ。
って無理だろ。大粒の黒瞳が可愛くて可愛くて……。
ん?
ちょっと待てよ。
は? 今なんて?
恐怖以外の感情が僕の心に出現したような。しかもポジティブな感情だ。
こんなベリーハードな『金縛り』体験中に恐怖以外の感情が湧き出るなんて明らかにおかしい。
きっと恐怖でおかしくなったに違いない。
そうだ。僕はおかしくなってしまったんだ。
一人の世界に入り込んでしまった僕は、もう一度だけ意識を布団の中から現れた誰かに向けた。
僕の黒瞳に映るのは、青白い子供の幽霊でも、恐怖心を増幅させるような言葉をかけてくる女性の幽霊でも、首を締めてくる黒い影でもない。
間接照明のみの薄暗い部屋のせいでハッキリと姿を確認できていないが、十代後半から二十代前半くらいの女性の幽霊が僕の布団から現れたのだと判明した。
艶やかなストレートの黒髪。
こぼれ落ちそうなほど大粒のキラキラと輝いた綺麗な黒瞳。
ぷるぷると柔らかそうな透き通った桃色の唇。
薄暗い部屋を照らしてくれるような真っ白な肌。
女性ものの服には知識がないが、これはワンピースだ。白色のワンピースを着ている。
幽霊の定番といえば額に白い三角の布だが、僕の目の前に現れた可愛い女性の幽霊にはそれが付いていない。
ああ、この女性の幽霊、めちゃくちゃ可愛いな……。
僕は、人生で初の『金縛り』で女性の幽霊に見惚れていた。この感情を一言で表すのなら『一目惚れ』だ。
金縛りで動けないのか、見惚れて動けないのか、僕にはわからない。
僕の心臓は彼女に鷲掴みにされている。動けない体とは対照的に鼓動が段々と早くなる。
心臓の音が頭の中で跳ね返る。
うるさい。うるさい。心臓の音がうるさい。
心臓の音に気を取られていた僕の意識は深い深い暗い暗い闇の中へと落ちていく。
目蓋のカーテンが閉まる前に女性の幽霊のきょとんとした顔が映り込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピッピピピピッ
目覚まし時計の鳴る音だ。
目覚ましの音に驚いて飛び跳ねる。
寝汗が尋常じゃないほど出ている。
それもそのはずだ。人生で初めての金縛りを経験したのだから。
「あの金縛りは夢だったのか? それとも……」
寝汗でびしょびしょになった黒色のスウェットパジャマを確認しながら呟く。
あの幽霊、めちゃくちゃ可愛かったな。そして美人だ。
金縛りにかかった悲劇よりも女性の幽霊に会った喜劇の方に僕の心の天秤は傾いていた。
恐怖心などすっかりさっぱり忘れていたのだ。
あの幽霊に……あの子に会えるんだったら金縛りとか大歓迎だよな。
またあの子に会いたいな。会えるかな。会えるといいな。
これが初めての金縛りちゃんとの出会いだった。
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