異世界担々麺 〜魔王と勇者が担々麺ひとつで異世界征服する物語〜

アイリスラーメン

文字の大きさ
上 下
66 / 71
担々麺よ永遠なれ

065:静かな夜空、うるさい鼓動

しおりを挟む
「――というのが、私が見た勇者様と魔女の戦い……勇者様が攫われるまでの話です」

 サキュバスは嘘偽りなく己が見てきた出来事を魔王に全てを話した。

「ゆーくんのやつは……何をやっておるのじゃ。偽物だと分かっているなら攻撃してまえばいいではないか」

「私も最初思いましたよ! でも、でも! 毎日勇者様の夢の中には魔王様が出てきます。仲睦まじく、それはそれはイチャイチャして……魔王様のことをものすごく愛してものすごく大事に思ってるんです。そんな勇者様だからこそ偽物だと分かっていても攻撃ができなかったんです」

「かぁああああ!! 皆まで言うでない! そんなことわかっておるのじゃ! 妾だって同じ気持ちじゃよ! 逆の立場じゃった場合、妾も手を出せなかっただろうからのぉ」

「そ、それって、両想いってことでいいんですよね? 両想い! それも大きな両想い!」

 サキュバスは魔王の話を聞いて瞳をキラキラと輝かせた。
 それはそれは夜空に浮かぶ星よりも眩しく、純粋無垢に輝いていた。

「そんな瞳で妾を見るなー!! 恥ずかしいのじゃ! 恥ずかしいのじゃー!」

「魔王様って意外と、いいえ、しっかりと乙女なんですね。恋する乙女いいですね~。甘いです! お二人はストロベリー担々麺よりも甘々です!」

「うるさいのじゃ! 黙るのじゃー!」

「恥ずかしがらなくてもいいじゃないですかー。お互い悪魔族なんですし~」

「これだからサキュバスは嫌なのじゃ……」

 魔王は大きなため息を吐いた。俗に言うクソでかため息というやつだ。

「って、恋話をしてる場合じゃ無いですよー!」

「こっちは恋話をするつもりはなかったんじゃが?」

「早く勇者様を助けないと! 王都の方に向かって行きましたよ! 今ならまだ見つけられるかもしれません! 急ぎましょう」

「まぁ、待て。落ち着くのじゃ」

 慌てるサキュバスに対して魔王は落ち着いた様子でいる。
 この静かな夜空に似合うくらいの落ち着きようだ。

「なんでそんなに落ち着いていられるんですか? 心の底から愛している人が攫われたんですよ? 大好きなんでしょ? 愛しているんでしょ? だったらすぐに助けに行かなきゃ!」

「大好きじゃ! 愛しているのじゃ! すぐに助けに行きたいのじゃ! って、何を言わすんじゃ!」

「言わせてませんよ! 魔王様が勝手に言ったんじゃないですかー! だったらなんでそんなに落ち着いてるんですかー?」

「情報が足りんのじゃよ。このまま無闇に動いても体力を消耗するだけ。ゆーくんに辿り着けない可能性もあるのじゃよ」

「そんなこと言ってる場合ですか? もたもたしてたら勇者様の命が――」

「ゆーくんの命の心配は不要じゃよ。ゆーくんは死なない。いや、のじゃ」

 堂々と魔王は言った。それは死なないで欲しい、という願望から出た言葉では無い。
 確信しているのだ。魔女が勇者を殺せない、と。
 その勇者を殺せない理由すらも魔王にはわかる。
 否、こういうべきだろう。宿だからこそわかるのだ、と。

「どうして殺せないって言えるんですか? 私は見ましたよ。禍々しいドス黒いオーラで、それはそれは酷い攻撃を繰り返していて……」

「なら、その時にゆーくんのことを殺しているじゃろ? なぜわざわざ誘拐という手間をかけたんじゃ?」

「そ、それは……人質とかですか? 国民に見せつけて……恐怖させて、とかですか?」

 殺さないとなれば人質という線を考えるのが妥当だ。
 しかしその回答にしっくりこないのも事実。
 答えたサキュバス本人も小首を傾げたままだ。

「ゆーくんが抵抗できないのならそれも一つの手じゃろうな。勇者が人質に取られたとなると国としても大問題、危機的状況じゃからな。力を見せつけられてしまえば弱気者はそれに従うしか選択肢は残っておらん。じゃが、は違うぞ、サキュバスよ」

「真の理由、ですか……?」

「魔女が勇者を殺せない真の理由。それは勇者の特殊な力にある。まあ、詳しいことは話せんがのぉ」

「えーここまできたなら教えてくださいよー!」

「ダメじゃ。ゆーくんのプライバシーに関わるのじゃ! じゃが……」

「じゃが?」

 突然勢いをなくした魔王。体をくねくねと動かし、左右の人差し指の腹同士をつんつんとつけ始めた。
 そして頬は朱色に染まる。その仕草は、恋する乙女そのもの。恋話が自分の番になった女の子そのものだ。

「……そ、その……ゆーくんの……夢の中で、ゆーくんが……その……」

「何百回もキスしてましたよ」

「キ、キッス!?」

 突然の発言に魔王は背後に吹き飛んだ。
 そこはちょうど月明かりが照らされていない場所だ。トマト担々麺よりも真っ赤に染まった顔を隠すのには絶好の場所でもあった。

「わ、妾はそんなこと聞こうとはしていないぞ!? な、何をいきなり言い出すんじゃ! 冗談じゃろ? まったく、サキュバスは冗談が上手いのぉ」

「いいえ。冗談ではありません。事実です。一方的に行った契約ですが、私は魔王様には一切の嘘をつくことができなくなりましたよね? それは冗談も含まれてますよ。嘘をついた場合、存在が消滅します。悪魔族が行う契約はそれだけのものがありますよ。たとえそれが一方的なものであったとしても。魔王様もご存知でしょ?」

「う、うぬ」

「私が消滅していないことこそが真実である証! 勇者様の夢の中で、魔王様と勇者様は何百回もキッ――」

「わ、わかったのじゃ! もう言うなー! 妾も教えるからもうやめてくれー!」

「よっしゃー!」

 後にも先にもないだろう。サキュバスが魔王をここまで追い詰めたことなど。むしろ完全勝利していることなど。

「ゆーくんはな……殺された場合のみじゃが、世界が半分滅亡するほどの力を放出するのじゃよ (神様と戦っと時の何倍もの威力の爆発を)だから魔女はゆーくんを殺せないのじゃ。殺してしまったら全て無くなってしまうからのぉ。だから戦闘不能にした。今後は、そうじゃな……監禁し死なない程度に拷問を続けて復活させないようにするじゃろうな。そうじゃなきゃ誘拐した意味がないからのぉ」

「世界が半分滅亡って……そ、そんな力が……」

「じゃから世界大戦で妾がゆーくんを殺していた場合、世界が半分滅んでいたかもしれんのじゃ」

「えー!! 勇者様の力を知らずに戦ってたんですか? 過去に世界が半分滅亡しかけていただなんて……」

「ん? いや、知っておったぞ? 心中覚悟で本気で殺そうとしていたのじゃ。世界よりも勇者に勝つ。それだけのために戦っていたようなもんじゃからのぉ。いや~、あの頃は若かった。ぬはははは!!」

 魔王時代を思い出したのか、いかにも魔王のような笑い方をする魔王だった。

「私、魔王様を応援してたんですよー! 私だけでなく、悪魔族のみんなもー! この話を聞いたら全員勇者様側に寝返りますよ。確実に」

「そうじゃろうな。じゃが安心しろ。妾の予想では悪魔国家には届かない範囲の威力じゃ。同胞たちは皆無事じゃよ」

「でも世界が半壊するんですよね?」

「そうじゃ」

「ならダメですよ。みんな寝返ります。本当に魔王様も勇者様も規格外なんですから……で、なんで暗いところから出てこないんですか?」

 魔王は先ほど背後に吹き飛んでから一歩も動いていない。そのことに対してサキュバスも気になってしまい、我慢できずに訊いたのである。

「まだ無理じゃ」

「ん? 何が無理なんですか?」

「言えんのじゃ」

「は、はぁ……?」

 魔王が暗闇から出れないのも無理はない。
 彼女の頬はまだトマト担々麺や激辛担々麺以上に真っ赤に染まっている。
 鼓動も静かな夜空に似合わずバクバクとうるさい。
 正気を保っているのがやっとなほどの精神状態なのである。

 それもそのはず。大好きな相手、心のそこから愛している相手の夢の中で、自分たちが何百回もキスをしたと聞かされたからだ。
 現実では一度もしたことがないキスを。それを何百回も。
 正気を辛うじて保っている魔王を褒め称えてあげてほしい。それだけ彼女は今必死に戦っているのだ。

「あと、あと5分、いや、10分待つのじゃ……わ、妾は作戦を考えるのじゃ……だから待つのじゃ」

「わかりました。魔王様が落ち着いているんですから、私が焦っても仕方ありませんよね」

(すまぬ、サキュバス。それは勘違いじゃ! 妾全く落ち着いておらん。今世紀最大級に落ち着けん! ゆーくんが大変な時に、妾は何をしておるんじゃ。ゆーくん、ゆーくん……だ、ダメじゃー! ゆーくんのことを考えたら余計にー!!!!)

 10分と言っていた魔王だったが、彼女の心が落ち着くまで4時間、つまり朝までかかったのだった。
 その間、サキュバスは勘違いではあるものの魔王の落ち着く姿を見習って落ち着き、そのまま寝落ちしたのだった。魔王が起こすまで。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜

みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。 …しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた! 「元気に育ってねぇクロウ」 (…クロウ…ってまさか!?) そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム 「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが 「クロウ•チューリア」だ ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う 運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる "バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う 「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と! その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ 剣ぺろと言う「バグ技」は "剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ この物語は 剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語 (自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!) しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...