65 / 71
担々麺よ永遠なれ
064:サキュバスは見た、勇者と魔女の戦いの一部始終を
しおりを挟む
サキュバスが勇者の夢の中に入っていた時のこと――
「今日もあま~い!! そしてうま~い! 幸せ~! ストロベリー担々麺さいこ~う!」
サキュバスはいつものように、ストロベリー担々麺を食べて、己の栄養へと変えていた。
勇者の精気には一切見向きもせずに。
「もう一杯ちょうだい!」
山積みとなっている丼鉢――本日何度目かの〝おかわり〟を要求。
夢の中だからこそ許される爆食いである。
すぐにサキュバスが要求した新たなストロベリー担々麺が出現する。
調理時間が無いのも夢だからこその特権である。
「あ~、んっ! ん? あ、あれ!? な、何!? ど、どうしたの?」
一口目を食べたのとほぼ同時。勇者の夢の空間が激しく歪み始めた。
そして――
「痛ッ!!!」
サキュバスは勇者の夢の空間から現実世界に追い出されてしまった。
それが意味するのは一つ。勇者の意識が覚醒したのだ。
(いてててて……いつもは起きないのに、どうしたのかしら?)
サキュバスは気配を消しつつ物陰に隠れながら勇者の様子を伺う。
「ふふっ。始めまして、勇者様」
「魔女か? 何しに来た? というかなぜここが分かった?」
「ボクのこと知ってたんだ。この国の英雄に認知されているだなんて嬉しいね」
「答えろ。何しに来た?」
勇者は殺気を魔女に向けて拳を構えた。
この状況と会話から良い来訪者ではないことをサキュバスも理解する。
(な、何が、どうなってるの? 魔女? 魔女ってあの魔女? 恐ろしき魔法使いのこと? どうしよう。絶対にやばい。ここから逃げないと。でも動けない。一瞬でも動いたら私が先に殺される。やばいやばいやばい。これも夢であってくれー!!!)
サキュバスは現実逃避。ただただ物陰に隠れて一触即発の勇者と魔女を見守るしかなかった。
「何しに、って……。この状況から察してよ。キミを誘拐しに来たんだよ」
「誘拐だと? ますます意味がわからん。今更俺を誘拐してお前になんの得がある?」
「得? それは大有りだよ。キミがいなければこの世界が手に入るからね」
「なるほど。でもその野望はここまでだ!!!」
勇者は一瞬で魔女の正面にまで跳躍する。そして構えていた拳を振りかざした。
「ふふっ」
魔女の不吉な笑みと共に勇者の拳は寸前で止まる。
脅しのために寸止めをしたわけではない。
本気で殴りかかった。それなのに勇者は拳を止めてしまったのだ。
「どうしたの? いいえ……どうしたのじゃ? だね」
「変装魔法か……卑怯な……」
勇者が拳を止めた理由。それは魔女が変装魔法で姿を変えたからだ。
その姿を変えた人物とは――
「卑怯? 私はただ魔王の姿になっただけだよ? どこが卑怯なの?」
勇者が心の底から愛する人物――魔王の姿だった。
「それが卑怯だって言うんだよ」
「ふふっ。まさかここまでの反応を見せるだなんてね。昔から勇者の弱点は魔王、魔王の弱点は勇者って言われてるけど、今のキミたちはちょっと違った意味だよね。面白いものが見れたよ」
「魔王の姿で喋るな」
「なら、黙らせてみせてよ。簡単でしょ? だった本人になりすましてるだけの偽物なんだから。殴っちゃえばいいじゃん。それとも得意の剣技でも見せてくれる? って、その肝心の聖剣がどこにも見当たらないのはなぜ? 質屋にでも売っちゃった?」
「うるさい! 黙れ!」
勇者はたまらず拳を振りかざす。
しかしその拳は空振りで終わる。
魔女が避けたからではない。勇者が拳を当てる気がないからだ。
脅しのためだけに拳を振りかざしたのであった。
「偽物だって分かっててもなお、殴れないだなんてね。こんな人が国の英雄だなんて笑っちゃうよ」
「だから黙れって言ってるんだよ!!!」
勇者は全身から膨大なオーラを放った。
そのオーラを充てて気を失わせようとしているのだ。
しかしそれが通じるのは上級クラスの魔獣やそれに匹敵する力を持つ者のみ。
上級クラスのさらに上、特級、幻級、神級には通用しない。
当然ながら魔女にも通用しないのだ。
「すごいオーラだ。このオーラを纏わせた攻撃ならボクも降参せざるを得なくなるね。でも攻撃ができないんじゃ意味がないよ? 威嚇にすらならない。分かってるの?」
「く、くそ……」
「キミはもう積んでいるんだよ。あの日、魔王を倒せずに世界大戦を終結させたあの日から――キミが魔王に恋をしたあの日から、もうキミは積んでいるんだ」
魔女は一切躊躇うことなく勇者の顔面を殴った。
その拳は普段の勇者にはまったく通用しないだろう。
しかし殴ってきた相手が魔王の姿をしていれば話は別だ。
偽物だと分かっていても、視覚からの情報というものは心まで届いてしまう。
魔女の拳は勇者の心に致命傷を与えたのだ。
「――がはッ!!」
血飛沫が舞った。
反撃は愚か、防御すらしない。
もしも防御をしてしまえば魔王の手を傷付けてしまう、などと考えているのだ。
「偽物なのに、ここまで大事にされちゃうとなんだか嬉しいわ。興奮してきちゃった。このまま変な性癖に目覚めないといいけどっ!!」
魔女は喋りながら拳を繰り出す。
顔面、腹、肩、足、背中、その時に一番殴りやすい部位をただひたすらに殴り続ける。サンドバック状態だ。
「ふふっ。ふふふっ」
笑みを浮かべ愉悦感に浸りながら。
「――ぐふぁッ!!」
勇者は立っていることができずに殴り飛ばされた。
何度も何度も立ち上がり、そのたちに殴り飛ばされる。
それに伴い勇者の隠れ家は悲惨な状態へと化す。
家具は買い替えなければ使えないだろう。壁や床の修理も必要だろう。
それ以前にもう住めことが困難なほどにまで崩壊していく。
(ひぃいいいい。やばいやばいやばいー! このままだと巻き添えを食らう! 隙を見て逃げないとー!)
運良く物陰に隠れているサキュバスにはまだ被害は出ていない。
けれどそれも時間の問題だ。
サキュバスが隠れている家具以外は壊滅したのだから。
「……はぁ……はぁ……」
「まだ立ち上がるの? さすが勇者ね。殺さないように手加減してたけど、その必要はないかもしれないね」
魔法を得意とする魔女なのに魔法を一切使った攻撃をせず打撃ばかりだったのは、手加減をしていたからだ。
その手加減も不要となった魔女は、拳にオーラを纏わせた。禍々しくドス黒い闇色のオーラだ。
「――終焉の円舞!!!」
魔女の拳に纏っていたドス黒い闇色のオーラが放たれた。
そのオーラは踊るように勇者の周りを移動する。
「――ぐぁあああああッ!!!」
「どう? 直接殴る感覚も捨てがたいけど、やっぱり悲鳴が大きい方がボクは好きだな」
勇者を痛ぶり愉悦感を味わう魔女。
恋する乙女のように頬を朱色に染めらせている。まさに狂気。
「…………ッ…………ぅ……」
「ん? 残念。もう終わっちゃったの。もっとキミの声を聴いていたかったのに。というか、魔法ぐらいは防御しても良かったんじゃない? 直接攻撃じゃないんだしさ……って、聞いてないか」
意識を失っている勇者に喋り続けていた魔女は、壊れたおもちゃを見るような冷めた瞳で勇者を見下す。
「よし、ボクのおもちゃたち。勇者を運んで」
そう言った瞬間、仮面を被った男たちがどこからともなく出現した。勇者よりもガタイの良い長身の男たちだ。
その仮面の男の一人は魔女の指示に従い勇者を担いだ。そして踵を返した魔女の跡を追った。
(どどどどど、どうしよう……ものすごく、ものすごーくヤバいことが起きた……)
一部始終を見ていたサキュバスはただただ怯え、小刻みに震えていた。
自分が助かった安堵よりも事態の深刻さに恐怖しているのだ。
(こ、こういう時は、そうね、国の偉い人に報告して……)
そこまで考えた直後、サキュバスの脳裏に浮かんだ光景は、勇者の夢の中の光景だった。
担々麺専門店『魔勇家』の店内で癖のある人物たちが楽しそうに食事をしている光景。
各々が各々の好きな担々麺を食し、笑顔が絶えない光景を。
(勇者様の夢が妄想じゃなければ……国に報告するよりも……)
サキュバスは魔女の姿が見えなくなったことを確認する。同時に気配が無いかも確認する。
姿も見えず気配も感じないことがわかった直後、生まれたての子羊のような震える足で立ち上がった。
「緊急事態よ。急がなきゃ」
震えた声で自分に言い聞かせる。
心の声ではなく実際に声に出して言ったのは、少しでも己を奮い立たせるため、そして勇気を与えるためである。
(目指すは元魔王城――魔王様の元へ)
サキュバスは小さな羽根を羽ばたかせて元魔王城――担々麺専門店『魔勇家』へと向かった。
「今日もあま~い!! そしてうま~い! 幸せ~! ストロベリー担々麺さいこ~う!」
サキュバスはいつものように、ストロベリー担々麺を食べて、己の栄養へと変えていた。
勇者の精気には一切見向きもせずに。
「もう一杯ちょうだい!」
山積みとなっている丼鉢――本日何度目かの〝おかわり〟を要求。
夢の中だからこそ許される爆食いである。
すぐにサキュバスが要求した新たなストロベリー担々麺が出現する。
調理時間が無いのも夢だからこその特権である。
「あ~、んっ! ん? あ、あれ!? な、何!? ど、どうしたの?」
一口目を食べたのとほぼ同時。勇者の夢の空間が激しく歪み始めた。
そして――
「痛ッ!!!」
サキュバスは勇者の夢の空間から現実世界に追い出されてしまった。
それが意味するのは一つ。勇者の意識が覚醒したのだ。
(いてててて……いつもは起きないのに、どうしたのかしら?)
サキュバスは気配を消しつつ物陰に隠れながら勇者の様子を伺う。
「ふふっ。始めまして、勇者様」
「魔女か? 何しに来た? というかなぜここが分かった?」
「ボクのこと知ってたんだ。この国の英雄に認知されているだなんて嬉しいね」
「答えろ。何しに来た?」
勇者は殺気を魔女に向けて拳を構えた。
この状況と会話から良い来訪者ではないことをサキュバスも理解する。
(な、何が、どうなってるの? 魔女? 魔女ってあの魔女? 恐ろしき魔法使いのこと? どうしよう。絶対にやばい。ここから逃げないと。でも動けない。一瞬でも動いたら私が先に殺される。やばいやばいやばい。これも夢であってくれー!!!)
サキュバスは現実逃避。ただただ物陰に隠れて一触即発の勇者と魔女を見守るしかなかった。
「何しに、って……。この状況から察してよ。キミを誘拐しに来たんだよ」
「誘拐だと? ますます意味がわからん。今更俺を誘拐してお前になんの得がある?」
「得? それは大有りだよ。キミがいなければこの世界が手に入るからね」
「なるほど。でもその野望はここまでだ!!!」
勇者は一瞬で魔女の正面にまで跳躍する。そして構えていた拳を振りかざした。
「ふふっ」
魔女の不吉な笑みと共に勇者の拳は寸前で止まる。
脅しのために寸止めをしたわけではない。
本気で殴りかかった。それなのに勇者は拳を止めてしまったのだ。
「どうしたの? いいえ……どうしたのじゃ? だね」
「変装魔法か……卑怯な……」
勇者が拳を止めた理由。それは魔女が変装魔法で姿を変えたからだ。
その姿を変えた人物とは――
「卑怯? 私はただ魔王の姿になっただけだよ? どこが卑怯なの?」
勇者が心の底から愛する人物――魔王の姿だった。
「それが卑怯だって言うんだよ」
「ふふっ。まさかここまでの反応を見せるだなんてね。昔から勇者の弱点は魔王、魔王の弱点は勇者って言われてるけど、今のキミたちはちょっと違った意味だよね。面白いものが見れたよ」
「魔王の姿で喋るな」
「なら、黙らせてみせてよ。簡単でしょ? だった本人になりすましてるだけの偽物なんだから。殴っちゃえばいいじゃん。それとも得意の剣技でも見せてくれる? って、その肝心の聖剣がどこにも見当たらないのはなぜ? 質屋にでも売っちゃった?」
「うるさい! 黙れ!」
勇者はたまらず拳を振りかざす。
しかしその拳は空振りで終わる。
魔女が避けたからではない。勇者が拳を当てる気がないからだ。
脅しのためだけに拳を振りかざしたのであった。
「偽物だって分かっててもなお、殴れないだなんてね。こんな人が国の英雄だなんて笑っちゃうよ」
「だから黙れって言ってるんだよ!!!」
勇者は全身から膨大なオーラを放った。
そのオーラを充てて気を失わせようとしているのだ。
しかしそれが通じるのは上級クラスの魔獣やそれに匹敵する力を持つ者のみ。
上級クラスのさらに上、特級、幻級、神級には通用しない。
当然ながら魔女にも通用しないのだ。
「すごいオーラだ。このオーラを纏わせた攻撃ならボクも降参せざるを得なくなるね。でも攻撃ができないんじゃ意味がないよ? 威嚇にすらならない。分かってるの?」
「く、くそ……」
「キミはもう積んでいるんだよ。あの日、魔王を倒せずに世界大戦を終結させたあの日から――キミが魔王に恋をしたあの日から、もうキミは積んでいるんだ」
魔女は一切躊躇うことなく勇者の顔面を殴った。
その拳は普段の勇者にはまったく通用しないだろう。
しかし殴ってきた相手が魔王の姿をしていれば話は別だ。
偽物だと分かっていても、視覚からの情報というものは心まで届いてしまう。
魔女の拳は勇者の心に致命傷を与えたのだ。
「――がはッ!!」
血飛沫が舞った。
反撃は愚か、防御すらしない。
もしも防御をしてしまえば魔王の手を傷付けてしまう、などと考えているのだ。
「偽物なのに、ここまで大事にされちゃうとなんだか嬉しいわ。興奮してきちゃった。このまま変な性癖に目覚めないといいけどっ!!」
魔女は喋りながら拳を繰り出す。
顔面、腹、肩、足、背中、その時に一番殴りやすい部位をただひたすらに殴り続ける。サンドバック状態だ。
「ふふっ。ふふふっ」
笑みを浮かべ愉悦感に浸りながら。
「――ぐふぁッ!!」
勇者は立っていることができずに殴り飛ばされた。
何度も何度も立ち上がり、そのたちに殴り飛ばされる。
それに伴い勇者の隠れ家は悲惨な状態へと化す。
家具は買い替えなければ使えないだろう。壁や床の修理も必要だろう。
それ以前にもう住めことが困難なほどにまで崩壊していく。
(ひぃいいいい。やばいやばいやばいー! このままだと巻き添えを食らう! 隙を見て逃げないとー!)
運良く物陰に隠れているサキュバスにはまだ被害は出ていない。
けれどそれも時間の問題だ。
サキュバスが隠れている家具以外は壊滅したのだから。
「……はぁ……はぁ……」
「まだ立ち上がるの? さすが勇者ね。殺さないように手加減してたけど、その必要はないかもしれないね」
魔法を得意とする魔女なのに魔法を一切使った攻撃をせず打撃ばかりだったのは、手加減をしていたからだ。
その手加減も不要となった魔女は、拳にオーラを纏わせた。禍々しくドス黒い闇色のオーラだ。
「――終焉の円舞!!!」
魔女の拳に纏っていたドス黒い闇色のオーラが放たれた。
そのオーラは踊るように勇者の周りを移動する。
「――ぐぁあああああッ!!!」
「どう? 直接殴る感覚も捨てがたいけど、やっぱり悲鳴が大きい方がボクは好きだな」
勇者を痛ぶり愉悦感を味わう魔女。
恋する乙女のように頬を朱色に染めらせている。まさに狂気。
「…………ッ…………ぅ……」
「ん? 残念。もう終わっちゃったの。もっとキミの声を聴いていたかったのに。というか、魔法ぐらいは防御しても良かったんじゃない? 直接攻撃じゃないんだしさ……って、聞いてないか」
意識を失っている勇者に喋り続けていた魔女は、壊れたおもちゃを見るような冷めた瞳で勇者を見下す。
「よし、ボクのおもちゃたち。勇者を運んで」
そう言った瞬間、仮面を被った男たちがどこからともなく出現した。勇者よりもガタイの良い長身の男たちだ。
その仮面の男の一人は魔女の指示に従い勇者を担いだ。そして踵を返した魔女の跡を追った。
(どどどどど、どうしよう……ものすごく、ものすごーくヤバいことが起きた……)
一部始終を見ていたサキュバスはただただ怯え、小刻みに震えていた。
自分が助かった安堵よりも事態の深刻さに恐怖しているのだ。
(こ、こういう時は、そうね、国の偉い人に報告して……)
そこまで考えた直後、サキュバスの脳裏に浮かんだ光景は、勇者の夢の中の光景だった。
担々麺専門店『魔勇家』の店内で癖のある人物たちが楽しそうに食事をしている光景。
各々が各々の好きな担々麺を食し、笑顔が絶えない光景を。
(勇者様の夢が妄想じゃなければ……国に報告するよりも……)
サキュバスは魔女の姿が見えなくなったことを確認する。同時に気配が無いかも確認する。
姿も見えず気配も感じないことがわかった直後、生まれたての子羊のような震える足で立ち上がった。
「緊急事態よ。急がなきゃ」
震えた声で自分に言い聞かせる。
心の声ではなく実際に声に出して言ったのは、少しでも己を奮い立たせるため、そして勇気を与えるためである。
(目指すは元魔王城――魔王様の元へ)
サキュバスは小さな羽根を羽ばたかせて元魔王城――担々麺専門店『魔勇家』へと向かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
44
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる