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神秘の担々飯
061:規格外の死闘、魔王&勇者VS神様
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「――まずい! こんなもの食えたもんじゃない!」
神様の突然の暴言。
しかし言葉に反して神様が食した〝神秘の担々飯〟の丼鉢は空になっている。
「な、何をいきなり!? ご飯粒一つも残ってないじゃないですか」
「そうじゃぞ。ごまの一粒すら見つけられないのじゃ! 何を言っているのじゃ神様は!」
魔王と勇者も神様の豹変には驚いている。
これが一口しか食べていないのなら納得だが、二人が言うように丼鉢にはご飯の一粒も、ごまの一粒も、スープの一滴すらも残っていない。完食も完食。きれいに平らげているのである。
それなのにだ。神様は激怒し立ち上がった。そしてそれが本気なのだと、神様から溢れ出るオーラが証明している。
「こんなゴミ料理はだめだ。ゴミ以下だ。ドブネズミにも食べてほしくないのぉ。よく今までこんなゴミを出していたもんじゃな」
暴言の連発。さすがの魔王と勇者も黙ってはいられず口を開く。
「たとえ神様でも言っていいことと悪いことがありますよ」
「そうじゃそうじゃ。侮辱するなら許さないのじゃ!」
「儂は神だ。神の言うことは絶対。お主らが許そうが許さまいが関係ないこと」
神様は空になった丼鉢を持ち上げた。直後、地面に向かって投げ捨てた。
――バリリンッ!!
激しい音とともに丼鉢が粉々に粉砕した。
それでも魔王と勇者は堪える。反射的に体が動きそうになるも、必死に堪えた。
相手は客であり、神だから。お客様は神様という言葉があるが、相手は本物の神様だから。
だから魔王と勇者は堪える。堪え続ける。
「そうじゃ。こんなゴミ料理、この世界から無くしてしまえばいい。儂が消してしまえばいいではないか。この城ごとな」
神様は両手に魔力を集め始めた。卵ほどの小さな魔力の球。それなのに尋常ではないほど強力な魔力。
先ほど粉砕した丼鉢のように、この城――魔勇家も容易に同じ未来を辿ってしまうほどの強力な魔力の球だ。
「城だけでなく、お主らも殺さなければゴミ料理は消えてなくならないよな?」
神様は両手を魔王と勇者に向けた。右手は勇者、左手は魔王。片方ずつ向けている。
「どこかの世界でまた転生するといい。さようなら――」
別れを告げた直後、両手に集められていた魔力の球が魔王と勇者に向かって放たれる。
その瞬間、堪え続けていた魔王と勇者が動き出した。
魔王は闇属性魔法を無詠唱で発動し、二つの魔力の球を吸収。そして別空間へと転移させた。
勇者は特殊なスキル《瞬間移動》を発動し、神様の背後へ移動した。
「――喰らえ!! スキル《絶対破壊》!!!」
特殊なスキル《絶対破壊》を発動し、神様の背中に強烈な拳の一撃を、と思ったが――
「素早さと威力は満点じゃ。だが、当たらなければ意味がないだろ?」
神様は勇者の攻撃を軽々と躱して見せたのだった。
攻撃を躱された勇者だったが、彼の表情は一切曇っていない。その代わりに不適な笑みを浮かべていた。
そんな勇者の表情に神様は疑問を浮かべた。その瞬間、神様の死角から魔王が現れる。
「これ、返すのじゃ!」
そう言って魔王は両手の掌から卵ほどの小さなサイズの魔力の球を放った。
これは先ほど別空間へ転移させた神様が放った魔力の球だ。
「――やるのぉ」
不意を突いたこともあってか、魔王が放った魔力の球は神様に命中。否――
「当たらなければ意味がない、と言ったが、当たっても防いでしまえば意味がないのじゃよ」
神様が纏っている白いローブが、城を一撃で粉砕できるほどの魔力の球を静かに吸収し防いだのだ。
しかしこれで終わらないのが、最悪にして最強と恐れられていた存在――魔王だ。
「これならどうじゃ?」
魔王は闇属性魔法を無詠唱で発動。それは重力を操る闇属性魔法で神様にかかる重力を魔王が出せる限界にまでかけた。
「ん? 何かしたのか?」
魔王の限界の重力攻撃は、神様には全く通じていなかった。
「それならこれじゃ!」
魔王は手を休める事なく魔法を無詠唱で放つ。
今回の魔法は光属性魔法。周囲から光の剣が数万本出現し、神様に向かって飛んでいく。
しかし光の剣は神様に触れる寸前に粒子と化す。そして消失する。
「何だこの光の剣は? 弱すぎる。ハエの方が厄介じゃぞ?」
「まさかここまで力の差があるとはのぉ……」
圧倒的力を前に魔王の表情は曇っていく。
それを見た神様はさらなる絶望を与えるために行動を開始した。
「――!?」
驚き表情一色に染まった魔王の瞳に映ったのは〝杖〟だ。
神様が出現させた大きな杖。いかにも神様という存在が所持していそうな立派で神秘的な大きな杖だ。
神様はその杖を強く握りしめ、魔王に向かって飛んだ。
「これは防げまい」
棍棒のように杖を振りかざす神様。その杖には魔力が纏っており、その一振りは容易で小さな島を一つ地図から消してしまうほどの威力。
無論魔王もただでは済まない威力だ。
(確かにこれは防げないのじゃ。というか速すぎなのじゃ!)
攻撃を防げないと悟りただただ死を覚悟する魔王。それだけ神様の跳躍が恐ろしく速かったのだ。
しかしその覚悟は無駄となる。
「――悪い! 遅くなった!!!」
寸前のところで神様の杖が止まった。否、勇者によって止められたのだ。
「ゆーくん!」
勇者の手には勇者の愛剣である〝聖剣〟が握られている。
その聖剣で神様の杖による一閃を防いだのである。
「探すのに苦労したぞ」
「どこにあったのじゃ?」
「包丁置き場。まーちゃんが置いただろ?」
「覚えておらん。それよりも来るぞ?」
「わかってる!」
魔王と勇者は神様の杖による斬撃――否、杖から放たれた風属性魔法の斬撃を回避する。
回避したことによって壁に斬撃の形で穴が開いてしまったが、致し方のないこと。
受け止めて防ぐよりは回避した方がいい、と長年の戦闘経験から瞬時に判断したのだから。
「なるほど。その聖剣を探していたから突然姿が見えなくなったのじゃな。だが、聖剣一つでどうにかできるほど儂は甘くないぞ? それに見てみろ。儂の一振りで壁に斬撃の痕ができたぞ? この城はあと何発耐えることが可能かな? フォフォフォフォ」
陽気に笑う神様は杖を振り上げた。
そして先ほど同様に杖による一閃を放つ。
「その攻撃は見極めた!」
勇者も聖剣による斬撃を放った。
斬撃と斬撃が衝突し、激しい衝撃波が生まれる。時空が歪んでしまいそうなほどの衝撃波だ。
その衝撃波によって魔勇家の店内は壊滅状態になる。
しかしそれを気にしている余裕など到底ない。
目の前の神様をどうにかしない限り、これ以上の被害が出てしまう。だから魔王と勇者の二人は同時に駆けた。
そして魔王は神様の右側から、勇者は神様の左側から同時に攻撃を仕掛ける。
「――《絶対斬撃》!!!」
「――喰らうのじゃ!!!」
勇者は特殊なスキルを付与した聖剣による強烈な斬撃を放った。
魔王は八属性全ての魔法を合わせた魔法を――混沌色の龍を放った。
さすがの神様も魔王と勇者の本気の攻撃に防御の構えで応えた。
「まだだ! 《絶対剣撃》!!!!」
絶好の機会を逃さまいと勇者は畳み掛ける。
目にも留まらぬ速さの剣撃。それをサポートするかのように魔王も魔法を放ち続ける。
魔王の魔法は勇者に一切当たることなく、真っ直ぐに神様へと直撃する。
二人の目にも留まらぬ速さの攻撃が成立しているのは、二人の阿吽の呼吸によるもの。
二人だからこそできる連携だ。
(速い……だけじゃない。儂の動きを制限するために絶妙な位置を狙ってきておる。そしてそれを相談なしに成し遂げるとは……。だが、威力はまだまだ。人がアリの攻撃を受けてもびくともしないのと同じように、神が人の攻撃を受けてもびくともしないのじゃよ)
神様は心の中で二人を称賛するも、決して超えることができない人と神の壁を改めて実感するのだった。
だからこそ神様は口を開く。
「本気で儂に勝てるとでも思っておるのか?」
その質問に対し魔王と勇者が同時に口を開く。
「ああ!」「うぬ!」
不安も恐怖も一切存在しない、希望に満ち溢れた瞳で二人はハッキリと応えたのだ。
この世界の神様に魔王と勇者は勝つつもりだ。
決して人が超えることができない壁を超えるつもりなのだ。
「その自信はどこからくるのじゃ? たった今優勢だと思っているからか? この状況もすぐに崩れ劣勢になるぞ? それでも同じ返答ができるのか?」
神様は言葉を発しながら、魔王と勇者を吹き飛ばした。
形勢逆転。神様が発した言葉通り、魔王と勇者を劣勢に立たせた。
「再度問う。本気で儂に勝てるとでも思っておるのか?
再び投げかけられた質問に勇者は鼻で笑った。
「さっきから何言ってるんですか? 俺たちが勝つに決まってるでしょ」
「先ほどの攻撃で傷一つすらついてないのじゃぞ? それに比べてお主らは儂の攻撃を防ぐので精一杯。少しでもタイミングを外せば命にも届き得る攻撃じゃぞ?」
神様の言う通り、魔王と勇者はギリギリ攻撃を防ぎ切っているだけ。
数秒前に吹き飛ばされた攻撃もタイミングが瞬きの刹那でもズレていれば、体が真っ二つになっていた。それほどのものだった。
力の差は歴然だ。だけど今もなお魔王と勇者の瞳に宿る希望の灯火は消えていなかった。
「おぬしが言っていたじゃろ? 当たらなければ意味がない、防がれたら意味がない、と。それと同じじゃよ。全部防いでしまえばいいのじゃ。それに――」
その瞬間、魔王と勇者の気配が変わる。
二人の明らかな変化に余裕を見せていた神様ですらも身構える。
「俺たちはまだ本気じゃない」「妾たちはまだ本気じゃないのじゃ」
本日何度目かとなる二人の声が重なる瞬間。
それだけ二人は阿吽の呼吸のようなもので動いている。心身ともに一体となりつつあるのだ。
そして二人が発した言葉。『まだ本気じゃない』。この言葉が意味するものとは――強がりや負け惜しみではない。言葉通りの意味。魔王と勇者はまだ本気を出していないのだ。
「仕方ないよな。まーちゃん」
「やむを得ないのじゃ。ゆーくん」
互いに名を呼び合い確認し合う。その確認がなんなのか、言葉にせずとも伝わる二人。以心伝心だ。
阿吽の呼吸も以心伝心も世界大戦以前には無かったもの。
魔王と勇者、相対する二人の心の距離を近づけさせたものは『担々麺』だ。
担々麺という一つの料理が神に牙をも向ける存在を誕生させたのである。
その牙は今まさに喉元に届こうとしていた。
「吹き飛べっ!!!! 《破滅の世界》!!!」
勇者が叫んだ。そして聖剣を振りかざした。
その瞬間、世界が白一色に覆われた。
一切の音もない無音の世界。だが、転移したわけではない。彼らは皆同じ場所にいる。
勇者の剣撃《破滅の世界》は別世界に転移したのかと思わせるほどのものなのだ。
そしてこの力は勇者だけのものではない。魔王の魔法による付与があるからこそ実力以上の力を発揮しているのだ。
魔王は八属性ある全ての魔法の強化系魔法を同時に発動し、その全てを勇者に付与したのである。
類稀な技術がなければできない高等技術。目の前の神ですら失敗する可能性がある魔法だ。
それをいとも容易く成功させ勇者に強大な力を付与させたのであった。
その結果――
元魔王城、現担々麺専門店『魔勇家』は崩壊。魔王と勇者、そして神様を残して跡形もなく消え去った。
「人が……これほどまでの力を……」
神ですら驚きを隠せずにいる。
「建物が消えたんだ。ここは外になるよな。でも時間は進んでる。となると時空が歪んでしまったのか?」
勇者の懸念通り、たった今、魔王と勇者の一撃によって時空が歪んだ。
これは、この一撃は、神の力と等しい。その証明となった。
しかし目の前の神を倒すことはできなかった。
大ダメージを与えることに成功したが、満身創痍や瀕死と呼べる状態ではない。
ただ大ダメージを受けただけ。それだけだ。
この時、神は悟った。
決して怒らせてはいけない二人を怒らせてしまったのだと。
神をも恐れる逆鱗に触れてしまったのだと。
「まーちゃんが魂込めて作った担々飯を侮辱したんだ。神であろうと、俺たちを転生させた恩人だろうと……その罪、償ってもらうぞ」
勇者は聖剣の穂先を神様に向けた。
「ゆーくんが心を込めて作った担々飯に暴言を吐いたんじゃ。何者だろうと相応の罰が必要じゃろう」
魔王は両手の手のひらを神様に向けた。
魔勇家が失われても、担々麺を作る材料が失っても、勇者がいればいい。魔王がいればいい。
どちらかが――否、魔王と勇者の両方がいれば担々麺は必ず作られる。
だから今は魔勇家が無くても、担々麺の材料がなくてもいい。
目の前の神を――愛する者と担々麺を侮辱した神を倒せるのなら。
そんな覚悟で魔王と勇者はそれぞれ構えたのだ。
神様の突然の暴言。
しかし言葉に反して神様が食した〝神秘の担々飯〟の丼鉢は空になっている。
「な、何をいきなり!? ご飯粒一つも残ってないじゃないですか」
「そうじゃぞ。ごまの一粒すら見つけられないのじゃ! 何を言っているのじゃ神様は!」
魔王と勇者も神様の豹変には驚いている。
これが一口しか食べていないのなら納得だが、二人が言うように丼鉢にはご飯の一粒も、ごまの一粒も、スープの一滴すらも残っていない。完食も完食。きれいに平らげているのである。
それなのにだ。神様は激怒し立ち上がった。そしてそれが本気なのだと、神様から溢れ出るオーラが証明している。
「こんなゴミ料理はだめだ。ゴミ以下だ。ドブネズミにも食べてほしくないのぉ。よく今までこんなゴミを出していたもんじゃな」
暴言の連発。さすがの魔王と勇者も黙ってはいられず口を開く。
「たとえ神様でも言っていいことと悪いことがありますよ」
「そうじゃそうじゃ。侮辱するなら許さないのじゃ!」
「儂は神だ。神の言うことは絶対。お主らが許そうが許さまいが関係ないこと」
神様は空になった丼鉢を持ち上げた。直後、地面に向かって投げ捨てた。
――バリリンッ!!
激しい音とともに丼鉢が粉々に粉砕した。
それでも魔王と勇者は堪える。反射的に体が動きそうになるも、必死に堪えた。
相手は客であり、神だから。お客様は神様という言葉があるが、相手は本物の神様だから。
だから魔王と勇者は堪える。堪え続ける。
「そうじゃ。こんなゴミ料理、この世界から無くしてしまえばいい。儂が消してしまえばいいではないか。この城ごとな」
神様は両手に魔力を集め始めた。卵ほどの小さな魔力の球。それなのに尋常ではないほど強力な魔力。
先ほど粉砕した丼鉢のように、この城――魔勇家も容易に同じ未来を辿ってしまうほどの強力な魔力の球だ。
「城だけでなく、お主らも殺さなければゴミ料理は消えてなくならないよな?」
神様は両手を魔王と勇者に向けた。右手は勇者、左手は魔王。片方ずつ向けている。
「どこかの世界でまた転生するといい。さようなら――」
別れを告げた直後、両手に集められていた魔力の球が魔王と勇者に向かって放たれる。
その瞬間、堪え続けていた魔王と勇者が動き出した。
魔王は闇属性魔法を無詠唱で発動し、二つの魔力の球を吸収。そして別空間へと転移させた。
勇者は特殊なスキル《瞬間移動》を発動し、神様の背後へ移動した。
「――喰らえ!! スキル《絶対破壊》!!!」
特殊なスキル《絶対破壊》を発動し、神様の背中に強烈な拳の一撃を、と思ったが――
「素早さと威力は満点じゃ。だが、当たらなければ意味がないだろ?」
神様は勇者の攻撃を軽々と躱して見せたのだった。
攻撃を躱された勇者だったが、彼の表情は一切曇っていない。その代わりに不適な笑みを浮かべていた。
そんな勇者の表情に神様は疑問を浮かべた。その瞬間、神様の死角から魔王が現れる。
「これ、返すのじゃ!」
そう言って魔王は両手の掌から卵ほどの小さなサイズの魔力の球を放った。
これは先ほど別空間へ転移させた神様が放った魔力の球だ。
「――やるのぉ」
不意を突いたこともあってか、魔王が放った魔力の球は神様に命中。否――
「当たらなければ意味がない、と言ったが、当たっても防いでしまえば意味がないのじゃよ」
神様が纏っている白いローブが、城を一撃で粉砕できるほどの魔力の球を静かに吸収し防いだのだ。
しかしこれで終わらないのが、最悪にして最強と恐れられていた存在――魔王だ。
「これならどうじゃ?」
魔王は闇属性魔法を無詠唱で発動。それは重力を操る闇属性魔法で神様にかかる重力を魔王が出せる限界にまでかけた。
「ん? 何かしたのか?」
魔王の限界の重力攻撃は、神様には全く通じていなかった。
「それならこれじゃ!」
魔王は手を休める事なく魔法を無詠唱で放つ。
今回の魔法は光属性魔法。周囲から光の剣が数万本出現し、神様に向かって飛んでいく。
しかし光の剣は神様に触れる寸前に粒子と化す。そして消失する。
「何だこの光の剣は? 弱すぎる。ハエの方が厄介じゃぞ?」
「まさかここまで力の差があるとはのぉ……」
圧倒的力を前に魔王の表情は曇っていく。
それを見た神様はさらなる絶望を与えるために行動を開始した。
「――!?」
驚き表情一色に染まった魔王の瞳に映ったのは〝杖〟だ。
神様が出現させた大きな杖。いかにも神様という存在が所持していそうな立派で神秘的な大きな杖だ。
神様はその杖を強く握りしめ、魔王に向かって飛んだ。
「これは防げまい」
棍棒のように杖を振りかざす神様。その杖には魔力が纏っており、その一振りは容易で小さな島を一つ地図から消してしまうほどの威力。
無論魔王もただでは済まない威力だ。
(確かにこれは防げないのじゃ。というか速すぎなのじゃ!)
攻撃を防げないと悟りただただ死を覚悟する魔王。それだけ神様の跳躍が恐ろしく速かったのだ。
しかしその覚悟は無駄となる。
「――悪い! 遅くなった!!!」
寸前のところで神様の杖が止まった。否、勇者によって止められたのだ。
「ゆーくん!」
勇者の手には勇者の愛剣である〝聖剣〟が握られている。
その聖剣で神様の杖による一閃を防いだのである。
「探すのに苦労したぞ」
「どこにあったのじゃ?」
「包丁置き場。まーちゃんが置いただろ?」
「覚えておらん。それよりも来るぞ?」
「わかってる!」
魔王と勇者は神様の杖による斬撃――否、杖から放たれた風属性魔法の斬撃を回避する。
回避したことによって壁に斬撃の形で穴が開いてしまったが、致し方のないこと。
受け止めて防ぐよりは回避した方がいい、と長年の戦闘経験から瞬時に判断したのだから。
「なるほど。その聖剣を探していたから突然姿が見えなくなったのじゃな。だが、聖剣一つでどうにかできるほど儂は甘くないぞ? それに見てみろ。儂の一振りで壁に斬撃の痕ができたぞ? この城はあと何発耐えることが可能かな? フォフォフォフォ」
陽気に笑う神様は杖を振り上げた。
そして先ほど同様に杖による一閃を放つ。
「その攻撃は見極めた!」
勇者も聖剣による斬撃を放った。
斬撃と斬撃が衝突し、激しい衝撃波が生まれる。時空が歪んでしまいそうなほどの衝撃波だ。
その衝撃波によって魔勇家の店内は壊滅状態になる。
しかしそれを気にしている余裕など到底ない。
目の前の神様をどうにかしない限り、これ以上の被害が出てしまう。だから魔王と勇者の二人は同時に駆けた。
そして魔王は神様の右側から、勇者は神様の左側から同時に攻撃を仕掛ける。
「――《絶対斬撃》!!!」
「――喰らうのじゃ!!!」
勇者は特殊なスキルを付与した聖剣による強烈な斬撃を放った。
魔王は八属性全ての魔法を合わせた魔法を――混沌色の龍を放った。
さすがの神様も魔王と勇者の本気の攻撃に防御の構えで応えた。
「まだだ! 《絶対剣撃》!!!!」
絶好の機会を逃さまいと勇者は畳み掛ける。
目にも留まらぬ速さの剣撃。それをサポートするかのように魔王も魔法を放ち続ける。
魔王の魔法は勇者に一切当たることなく、真っ直ぐに神様へと直撃する。
二人の目にも留まらぬ速さの攻撃が成立しているのは、二人の阿吽の呼吸によるもの。
二人だからこそできる連携だ。
(速い……だけじゃない。儂の動きを制限するために絶妙な位置を狙ってきておる。そしてそれを相談なしに成し遂げるとは……。だが、威力はまだまだ。人がアリの攻撃を受けてもびくともしないのと同じように、神が人の攻撃を受けてもびくともしないのじゃよ)
神様は心の中で二人を称賛するも、決して超えることができない人と神の壁を改めて実感するのだった。
だからこそ神様は口を開く。
「本気で儂に勝てるとでも思っておるのか?」
その質問に対し魔王と勇者が同時に口を開く。
「ああ!」「うぬ!」
不安も恐怖も一切存在しない、希望に満ち溢れた瞳で二人はハッキリと応えたのだ。
この世界の神様に魔王と勇者は勝つつもりだ。
決して人が超えることができない壁を超えるつもりなのだ。
「その自信はどこからくるのじゃ? たった今優勢だと思っているからか? この状況もすぐに崩れ劣勢になるぞ? それでも同じ返答ができるのか?」
神様は言葉を発しながら、魔王と勇者を吹き飛ばした。
形勢逆転。神様が発した言葉通り、魔王と勇者を劣勢に立たせた。
「再度問う。本気で儂に勝てるとでも思っておるのか?
再び投げかけられた質問に勇者は鼻で笑った。
「さっきから何言ってるんですか? 俺たちが勝つに決まってるでしょ」
「先ほどの攻撃で傷一つすらついてないのじゃぞ? それに比べてお主らは儂の攻撃を防ぐので精一杯。少しでもタイミングを外せば命にも届き得る攻撃じゃぞ?」
神様の言う通り、魔王と勇者はギリギリ攻撃を防ぎ切っているだけ。
数秒前に吹き飛ばされた攻撃もタイミングが瞬きの刹那でもズレていれば、体が真っ二つになっていた。それほどのものだった。
力の差は歴然だ。だけど今もなお魔王と勇者の瞳に宿る希望の灯火は消えていなかった。
「おぬしが言っていたじゃろ? 当たらなければ意味がない、防がれたら意味がない、と。それと同じじゃよ。全部防いでしまえばいいのじゃ。それに――」
その瞬間、魔王と勇者の気配が変わる。
二人の明らかな変化に余裕を見せていた神様ですらも身構える。
「俺たちはまだ本気じゃない」「妾たちはまだ本気じゃないのじゃ」
本日何度目かとなる二人の声が重なる瞬間。
それだけ二人は阿吽の呼吸のようなもので動いている。心身ともに一体となりつつあるのだ。
そして二人が発した言葉。『まだ本気じゃない』。この言葉が意味するものとは――強がりや負け惜しみではない。言葉通りの意味。魔王と勇者はまだ本気を出していないのだ。
「仕方ないよな。まーちゃん」
「やむを得ないのじゃ。ゆーくん」
互いに名を呼び合い確認し合う。その確認がなんなのか、言葉にせずとも伝わる二人。以心伝心だ。
阿吽の呼吸も以心伝心も世界大戦以前には無かったもの。
魔王と勇者、相対する二人の心の距離を近づけさせたものは『担々麺』だ。
担々麺という一つの料理が神に牙をも向ける存在を誕生させたのである。
その牙は今まさに喉元に届こうとしていた。
「吹き飛べっ!!!! 《破滅の世界》!!!」
勇者が叫んだ。そして聖剣を振りかざした。
その瞬間、世界が白一色に覆われた。
一切の音もない無音の世界。だが、転移したわけではない。彼らは皆同じ場所にいる。
勇者の剣撃《破滅の世界》は別世界に転移したのかと思わせるほどのものなのだ。
そしてこの力は勇者だけのものではない。魔王の魔法による付与があるからこそ実力以上の力を発揮しているのだ。
魔王は八属性ある全ての魔法の強化系魔法を同時に発動し、その全てを勇者に付与したのである。
類稀な技術がなければできない高等技術。目の前の神ですら失敗する可能性がある魔法だ。
それをいとも容易く成功させ勇者に強大な力を付与させたのであった。
その結果――
元魔王城、現担々麺専門店『魔勇家』は崩壊。魔王と勇者、そして神様を残して跡形もなく消え去った。
「人が……これほどまでの力を……」
神ですら驚きを隠せずにいる。
「建物が消えたんだ。ここは外になるよな。でも時間は進んでる。となると時空が歪んでしまったのか?」
勇者の懸念通り、たった今、魔王と勇者の一撃によって時空が歪んだ。
これは、この一撃は、神の力と等しい。その証明となった。
しかし目の前の神を倒すことはできなかった。
大ダメージを与えることに成功したが、満身創痍や瀕死と呼べる状態ではない。
ただ大ダメージを受けただけ。それだけだ。
この時、神は悟った。
決して怒らせてはいけない二人を怒らせてしまったのだと。
神をも恐れる逆鱗に触れてしまったのだと。
「まーちゃんが魂込めて作った担々飯を侮辱したんだ。神であろうと、俺たちを転生させた恩人だろうと……その罪、償ってもらうぞ」
勇者は聖剣の穂先を神様に向けた。
「ゆーくんが心を込めて作った担々飯に暴言を吐いたんじゃ。何者だろうと相応の罰が必要じゃろう」
魔王は両手の手のひらを神様に向けた。
魔勇家が失われても、担々麺を作る材料が失っても、勇者がいればいい。魔王がいればいい。
どちらかが――否、魔王と勇者の両方がいれば担々麺は必ず作られる。
だから今は魔勇家が無くても、担々麺の材料がなくてもいい。
目の前の神を――愛する者と担々麺を侮辱した神を倒せるのなら。
そんな覚悟で魔王と勇者はそれぞれ構えたのだ。
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【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
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これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
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