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究極のミニ担々麺
057:背景音楽は食事音、饒舌妖精が語るのは
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――ズルズルッ、ズルッ!!
麺を啜る音が響き渡る担々麺専門店『魔勇家』の店内。
邪竜は〝翡翠のバジリコ担々麺〟を。女剣士と女魔術師は〝漆黒のイカスミ担々麺〟を。正義の盗賊団の二人は〝冷涼の冷やし担々麺〟を食している。
各々が各々の愛する担々麺を幸せそうな表情をしながら食べている――栄養と幸福を摂取しているのだ。
――スーッ、ズーッ、ズズッ、もぐもぐッ!!
スープを啜る音も咀嚼音も美しいくらいに響き渡っている。
そんな食事の音を背景音楽――つまり〝BGM〟にしながら、妖精族の少女は自分の身に何が起きたのかを語る。
食事の音が気にならないのは、彼女が饒舌で喋るのが好きだからである。
同様に彼女の話を聞く者たちも皆、食事の音を気にすることなく饒舌な妖精族の少女の話を訊いているので合った。
「私がボロボロで傷だらけだったのはね、事故でも自分で傷つけたわけでもないの。私がボロボロで傷だらけだった理由はね、突然襲われたの。本当に突然よ。空をぷかぷか~って飛んで散歩していたら、後ろからドーンって感じで魔法が当たって……あの感じは多分火属性の魔法ね。焼けるような痛みだったもの。でも雷属性の魔法の可能性もあるわね。ビリビリって感じが焼けるような痛みにそっくりだもの。となると氷属性の魔法の可能性も浮上してきたわ。あれも当たったら焼けるような感じするからね。とにかく突然だったの。突然後ろから! だから何の魔法が当たったのかわからない。でも絶対に魔法よ。魔法の使い手による魔法よ!」
ここで区切りの良い間が生じる。そのタイミングを見計らって勇者が口を開く。
「なるほど魔法の使い手か。突然襲われたんならその魔法を特定するのは難しいよな。魔法の使い手って以外の手がかりはなしか……」
妖精族の少女を突然襲った犯人の手がかりは『魔法の使い手』のみ。どんな魔法を使ったかまでは特定することができなかった。
犯人探しが難航すると分かった途端、勇者の顔が曇り始める。
そんな曇り顔の勇者に向かって妖精族の少女は、饒舌に喋っていた疲労を一切感じさせない涼やかな表情で口を開く。
「他にもね――」
「まだあるのか!?」
勇者はてっきり話が終わっているものだと思っていた。だからこそのこの驚きである。
隣に立つ魔王は彼女の饒舌っぷりがこの程度ではないことを知っているため、驚いている勇者の表情を見ながら勝ち誇ったかのような表情を見せていた。
そんな魔王と勇者の二人、そして背景音楽を奏でる常連客たちに向けて、妖精族の少女は続きを語り出す。
「魔法が当たった後、斬撃も飛んできたわ。あの斬撃は魔力を感じなかったから、魔法による斬撃じゃないわ。ちゃんとした剣による斬撃よ。私は魔法の使い手と剣の使い手の二人組に襲われたってことになるわね。それに意識を失う前にちゃんと確認したから間違いないわ。妄想でも幻覚でもないちゃんとした記憶がここに残ってるもの! 魔法の使い手と剣の使い手の二人組に襲われたって記憶が!」
妖精族の少女は、タマゴほどの小さな頭をとんとんっと叩きアピールする。
「魔法使いと剣士以外の特徴は覚えてないのか?」
すかさず勇者が質問をする。
それに対して妖精族の少女は、待てましたと言わんばかりの表情で口を開く。
「そうなのよ。この話にはまだまだ続きがあるの。私を襲った謎の二人組の特徴! 魔法の使い手と剣の使い手ということ以外の特徴! とてつもない特徴よ! それはね……」
「そ、それは……?」
二人組の他の特徴を答えるまでに妙な間が生じる。
その間を埋めるのは背景音楽と化した食事音だ。
――ズルルッ、ズーッ、ズズッ!!
――スーッ、スズッ、ズルルッ!!
耳心地の良い食事音が鼓膜を振動させるが、今か今かと妖精族の少女の言葉を待っているせいで緊張が上回り、耳心地の良い食事音は心までには届くことがなかった。
「――仮面よ! 仮面を被っていたわ!」
その瞬間、背景音楽となっていた食事音がピタリと止まった。
聞き覚えのある言葉とその特徴に常連客たちの箸が止まったのだ。
「仮面じゃと……」
そう小さく呟いたのは魔王だ。
脳裏には偽魔王と偽勇者との戦いの光景が流れている。
隣に立つ勇者も同じ映像が脳内に流れている。
「もしかしてあの偽物たちが復活したとかか?」
「その可能性はないのじゃ。やつらは完全に消失したのじゃ」
「それじゃ何で……」
「やつらを陰で操っていた何者か……おそらく魔女が新たな偽魔王と偽勇者を作り出したのじゃろう」
「なるほどな。魔法はそんなことまでできるのか。でも何でまた……」
「目的までは妾もわからないのじゃ」
苦悩する魔王と勇者。
妖精族の少女は小首を傾げながら苦悩する二人を瞳に映す。
「えーっと……どうしたの?」
苦悩する二人、そして空気の変化に堪らず妖精族の少女は質問をした。
「こっちの話じゃよ」
と、さらりと流す魔王。
これで終わることなく、話は続く。
「ところで妖精族の少女よ。話はまだ終わっておらんじゃろ?」
「うん! その通りよ!」
「それじゃ続きを――」
話してほしいのじゃ、と言おうとした魔王の声が妖精族の少女の元気いっぱいの声に遮られる。
「――仮面だけじゃなくて他にも特徴があるの!」
他の特徴。その特徴によっては、魔王と勇者、そして常連客たちの脳裏に浮かぶ偽魔王と偽勇者だと確定する。
確定させたい一心で全員の耳目が妖精族の少女に集まった。
「この中にとーっても似ている雰囲気の人がいるの!」
その言葉を聞いた瞬間『やはり』と魔王と勇者が、そして魔王と勇者の正体を密かに知る邪竜が心の中で思った。
「とーっても似ている雰囲気の人はね……そこの二人よ!」
妖精族の少女は針のように細い指を差した。
犯人を追い詰めた探偵のように指をビシッと真っ直ぐに伸ばしている。
「え? わ、わわ、わ、わ、私たち、ですか!?」
慌てた声を上げたのは妖精族の少女に指を差された女魔術師だ。
妖精族の少女は女魔術師と女剣士のちょうど間くらいを指差している。
つまり襲ってきた犯人に雰囲気が酷似している人物が女剣士と女魔術師ということになるのだ。
この瞬間、魔王と勇者、そして邪竜の予想が外れたことになる。
外れたことに驚いているが、それ以上に女剣士と女魔術師の偽物が現れたことに驚ろきを隠せずにいる。
「そう! あなたたち! 私を襲った剣の使い手も二本の剣を使っていたわ。いわゆる二刀流ってやつね。そして魔法の使い手は杖を持ってたの。ちょうど背丈くらいの大きさの杖よ。あなたが持ってる杖にもよく似てたわ。こんなに大きな杖は滅多に見れないもの。それを踏まえて私を襲った二人組はあなたたち二人にそっくりなの! さっきは雰囲気って言ったけど、こうして見たら仮面と口調以外全部似てるわ!」
仮面と口調以外全部似ている。その特徴は以前対峙した偽魔王と偽勇者と同じもの。
「偽勇者がいるなら我々元勇者パーティーの偽物がいてもおかしくはないというわけだな……」
女剣士が手に顎を載せながら言った。
こうなるのではないか、と心のどこかで思っていたのだ。だから妖精族の少女の言葉をすんなり受け入れたのである。
そのまま女剣士は丼鉢に残っていた〝漆黒のイカスミ担々麺〟のスープを飲み干して立ち上がった。
「我々の偽物なら我々が動かなければだな。すぐに討伐に向かおう。妖精族さん、どこで襲われたか覚えているだろうか?」
「えーっとね……空飛んでて突然襲われて、それで落ちたところが……あ、あれ? どこだっけ? 襲ってきた二人組に集中しててどこだったか覚えてない。でもここよりは遠い場所なのは間違いないと思う。ここは元魔王城でしょ? こんな遠くまで飛んでた覚えないもの」
妖精族の少女は、襲われた場所を正確に分かっていなかった。
そんな彼女に代わり正義の盗賊団の盗賊頭が口を開く。
「妖精さんが倒れてたのは〝魔の森〟の獣道です。俺たちが『魔勇家』に行くときによく使ってる獣道なので倒れてる妖精さんを見つけることができました。あの時は本当に酷い姿で……こんなに回復したのは奇跡のようですよ。さすが姉さんたちの担々麺ですね」
「さすが担々麺ッス。本当に奇跡の料理ッスよ」
下っ端盗賊は己の目の前にある完食し空となった〝冷涼の冷やし担々麺〟用の丼鉢を瞳に映しながら、改めて担々麺の凄さに感銘を受けていた。
そんな下っ端盗賊を余所に女剣士が出入り口の扉に向かって歩き出した。
「魔の森の獣道だな。感謝する」
目的地が判明したことによって速やかに行動に出たのだ。
女魔術師も〝漆黒のイカスミ担々麺〟を完食し、女剣士の跡を追う。
女剣士が扉に手をかけようとした瞬間――
――チャリンチャリンッ。
銀鈴の音色が店内に鳴り響いた。
その直後、扉の向こうから三人の人影が入店する。
「や、やっと……やっと辿り着いたぞ……く、くははははっ! ぐッ、き、傷が……」
「このまま死ぬかと思ったガオ……担々つけ麺さえあればもう大丈夫ガオ……」
「俺様でもここまでの深傷をッ……こんな姿を魔王様には見せられないなッ……」
入店した三人組は、世界最強を自称する龍人族の男とそのライバルで元世界最強の獣人を自称する虎人族の男と元魔王軍大幹部の鬼人族の大男だ。
全員が血だらけ互いに肩を貸し支え合いながらの入店だが、この光景はこの三人からしたら今や日常茶飯事の光景と化している。
しかし、そんな日常茶飯事の光景でも、今日だけは少しだけ様子がおかしかった。
だからこそ女剣士が目の前の三人に向かって口を開く。
「どうしたその傷は? 修行で付いた傷には見えないが……」
「聞いて驚くなよ女剣士」
「なんだ?」
「俺様たちはな、邪竜を倒したんだァ!」
鬼人の答えに対して最も驚きの色が多かったのは、当然のことながら名前が上がった邪竜だ。
「よ、余が倒されただと!?」
「正確には仮面を被った偽物の邪竜だがなッ!」
「余の偽物まで現れるとは……」
女剣士と女魔術師の偽物が現れたという話の直後だ。信じ難い事実だが、信じざるを得ないだけの根拠はある。
その根拠をさらに明確にするため、龍人が口を開く。
「証拠ならあるぞ。偽勇者と偽魔王の時みたいに朽ちて倒れているからな。くははははっ、く、ガハッ! き、傷が……」
「ここまで運びたかったガオ……でも、この傷じゃいくら朽ちていても巨躯の邪竜を運ぶのは無理だったガオ」
「邪竜と呼ぶのはやめるのだ。せめて偽魔王と偽勇者の時のように『偽』を付けてほしい。偽邪竜とな!」
邪竜本人は、会話の中であたかも自分が倒されているかのような感覚を味わってしまい、名前の前に『偽』を付けるように要求した。
自慢気に倒したと言われ続けるのは気分が悪いのである。
「気が使えなくてすまなかったなァ。次からは偽邪竜と言うぜッ」
「偽物でも邪竜を倒したことが嬉しくて……つい……邪竜さん。申し訳ないです。世界最強の龍人の名にかけて、以後気をつけます」
「強さを求める者として、勇者や魔王同様に邪竜は目標の一つガオ! 浮かれていたガオ。ごめんなさいガオ」
素直に謝罪する三人。常連客としての絆が垣間見た瞬間だ。
「とにかく今は〝真紅のトマト担々麺〟をッ!」
「世界最強の龍人族である俺に相応しい世界一の〝極上の担々つけ麺〟を!」
「同じく〝極上の担々つけ麺〟の熱盛りをお願いしたいガオ!」
三人がここへやってきた理由は、各々が愛する担々麺を食べるため。そして体の傷を癒すためだ。
出入り口付近で喋っている場合ではないのである。
そしてもう二人、出入り口付近で立ち止まっている場合ではない者がいる。
「我々はこの辺で失礼する。偽邪竜の討伐感謝するぞ、三馬鹿トリオ」
三馬鹿トリオとは鬼人、龍人、虎人の三人のことを指す愛称だ。
侮蔑の言葉ではなく前述の通り愛称――親しみを込めた呼称である。
当然のことながら本人たちもそれを受け入れている。
そもそも三馬鹿トリオという愛称ができたのは、魔王がボソッと口に出したのがきっかけである。
魔王の魔王時代の名残でいつも一緒に三人をそう呼んでしまったのだ。
そして思いの外、受けが良くて他の常連客たちにも浸透していったのである。
「おいッ。血相を変えてどこに行くんだァ?」
鬼人はすれ違い様に言った。何も知らないからこその質問。
そして血相を変えている女剣士を心配しての質問だ。
「我々の偽物も現れたみたいでな。それの討伐だ。お前たちの話を訊いていたら少しだけやる気が出てきたのでな」
「そうかァ。まあ、お前らなら心配はいらねーだろうがァ、偽者でも元勇者パーティーとなれば話は別だァ。そいつらは俺様たちが担々麺を食べ終わった後に狩るッ!」
「ふんっ。それは叶わない願いだな。なぜならお前たち三馬鹿トリオが担々麺を食している間に我々が討伐するからだ。それにその傷ではまともに戦えないだろ。ゆっくり食事を楽しむといいさ」
女剣士は背を向けたまま手を振り店を出た。
「ご、ごちそうさまでした。こ、これ、イカスミ担々麺のお金です。お、お釣りは、い、いりませんっ! ま、待ってくださーい!」
女魔術師はおどおどとしながら硬貨を取り出し、出入り口付近の棚の上に置いて女剣士の跡を追った。
――チャリンチャリンッ。
銀鈴の音色が慌ただしかった店内に響き渡る。
入店を知らせることもあれば、このように退店を知らせることもある。
この銀鈴の音色によって、心が少しだけ安らぐ気分を味わう。
そのためか、三馬鹿トリオこと鬼人と龍人と虎人の三人は、自分たちのいつもの席へと着席した。
「いつものですよね。すぐに作ってきますので少々お待ちください。それと正義の盗賊団のお二人と邪竜さんもお代わりですよね? 併せて持ってきます」
三馬鹿トリオが席についた事によって、勇者は踵を返して厨房へと向かった。その後ろを魔王も付いていく。
各々が愛する担々麺を調理するため――客に店の料理を提供するために厨房へ向かったのだ。
そんな魔王と勇者――否、この店の店主たちの背中に向かってに妖精族の少女が口を開く。
「わ、私も! 私もさっきと同じ奇跡の料理を食べたいわ! たくさん喋ったらお腹が空いてきちゃったもの! もちろん剣士さんと魔術師さんのことも心配よ。だけどみんなの不安の色が一切ない表情を見て私思ったわ。あの二人はとても強いのだって。みんなが信用するくらいの力があるのだって。だから私も心配するのをやめるわ。心配するのをやめて奇跡の料理を……えーっと、タンタン……」
「おぬしが食べた奇跡の料理の名は〝究極のミニ担々麺〟じゃ」
料理名を知らないままの妖精族の少女に向かって、魔王が笑みを浮かべながら答える。
客に対して見せる営業スマイルとは別の心からの笑顔だ。
ベタ惚れされ奇跡の料理と言われ、歓喜のあまり溢れてしまった笑顔でもある。
「究極の……ミニ担々麺……」
己が食べた奇跡の料理の名を知った妖精族の少女は、特別な感情に満ち溢れた表情を見せた。
その感情は完全に正の感情。負の感情など一寸も含まれていない純粋な正の感情である。
妖精族の少女は知ったばかりの名を何度も何度も口にする。
「究極のミニ担々麺……究極のミニ担々麺……究極のミニ担々麺……」
名を忘れないためか、それとも間違えないためか、口に馴染むまで何度もその名を口にする。
そして馴染んだのだと判断した妖精族の少女は、厨房の正面で待つ魔王に向けて口を開く。
「〝究極のミニ担々麺〟を一杯お願い!」
「かしこまりましたなのじゃ!」
注文を受けた魔王はそのまま厨房へと入っていた。
妖精族の少女は注文が成立した喜びで半透明の羽をブンブンと羽ばたかせる。
表情も今日一番の素敵な表情をしていた。
「たくさん喋ったからなのか味覚が完全に回復してる気がするわ。いいえ、きっと〝究極のミニ担々麺〟のおかげね。この名前を口にするだけでもなんだか力が漲る感じがするもの。本当にすごいわ。すごい料理よ! 味覚が回復した状態の今、あの奇跡の味を味わったら私どうなっちゃうのかしら。すごく、すごーく楽しみだわ!」
妖精族の少女は注文したばかりにも関わらず、楽しみなあまり右手に妖精族専用の箸、左手に妖精族専用のレンゲを握りしめ始めた。
そんな妖精族の少女に釣られてか、三馬鹿トリオも卓上に置いてある箸を握りしめて担々麺を待った。
正義の盗賊団の二人は先ほど使っていた箸とレンゲを妖精族の少女と同じように持っている。
屋外席にいる邪竜は箸やレンゲを使わないので同じように待つことはできないが、その代わりに犬のように尻尾をいつも以上に振っていた。
こうして担々麺専門店『魔勇家』は、また新たに常連客となる者を獲得したのであった。
この後、店内が今日一番の背景音楽に包まれたのは言うまでもない。
麺を啜る音が響き渡る担々麺専門店『魔勇家』の店内。
邪竜は〝翡翠のバジリコ担々麺〟を。女剣士と女魔術師は〝漆黒のイカスミ担々麺〟を。正義の盗賊団の二人は〝冷涼の冷やし担々麺〟を食している。
各々が各々の愛する担々麺を幸せそうな表情をしながら食べている――栄養と幸福を摂取しているのだ。
――スーッ、ズーッ、ズズッ、もぐもぐッ!!
スープを啜る音も咀嚼音も美しいくらいに響き渡っている。
そんな食事の音を背景音楽――つまり〝BGM〟にしながら、妖精族の少女は自分の身に何が起きたのかを語る。
食事の音が気にならないのは、彼女が饒舌で喋るのが好きだからである。
同様に彼女の話を聞く者たちも皆、食事の音を気にすることなく饒舌な妖精族の少女の話を訊いているので合った。
「私がボロボロで傷だらけだったのはね、事故でも自分で傷つけたわけでもないの。私がボロボロで傷だらけだった理由はね、突然襲われたの。本当に突然よ。空をぷかぷか~って飛んで散歩していたら、後ろからドーンって感じで魔法が当たって……あの感じは多分火属性の魔法ね。焼けるような痛みだったもの。でも雷属性の魔法の可能性もあるわね。ビリビリって感じが焼けるような痛みにそっくりだもの。となると氷属性の魔法の可能性も浮上してきたわ。あれも当たったら焼けるような感じするからね。とにかく突然だったの。突然後ろから! だから何の魔法が当たったのかわからない。でも絶対に魔法よ。魔法の使い手による魔法よ!」
ここで区切りの良い間が生じる。そのタイミングを見計らって勇者が口を開く。
「なるほど魔法の使い手か。突然襲われたんならその魔法を特定するのは難しいよな。魔法の使い手って以外の手がかりはなしか……」
妖精族の少女を突然襲った犯人の手がかりは『魔法の使い手』のみ。どんな魔法を使ったかまでは特定することができなかった。
犯人探しが難航すると分かった途端、勇者の顔が曇り始める。
そんな曇り顔の勇者に向かって妖精族の少女は、饒舌に喋っていた疲労を一切感じさせない涼やかな表情で口を開く。
「他にもね――」
「まだあるのか!?」
勇者はてっきり話が終わっているものだと思っていた。だからこそのこの驚きである。
隣に立つ魔王は彼女の饒舌っぷりがこの程度ではないことを知っているため、驚いている勇者の表情を見ながら勝ち誇ったかのような表情を見せていた。
そんな魔王と勇者の二人、そして背景音楽を奏でる常連客たちに向けて、妖精族の少女は続きを語り出す。
「魔法が当たった後、斬撃も飛んできたわ。あの斬撃は魔力を感じなかったから、魔法による斬撃じゃないわ。ちゃんとした剣による斬撃よ。私は魔法の使い手と剣の使い手の二人組に襲われたってことになるわね。それに意識を失う前にちゃんと確認したから間違いないわ。妄想でも幻覚でもないちゃんとした記憶がここに残ってるもの! 魔法の使い手と剣の使い手の二人組に襲われたって記憶が!」
妖精族の少女は、タマゴほどの小さな頭をとんとんっと叩きアピールする。
「魔法使いと剣士以外の特徴は覚えてないのか?」
すかさず勇者が質問をする。
それに対して妖精族の少女は、待てましたと言わんばかりの表情で口を開く。
「そうなのよ。この話にはまだまだ続きがあるの。私を襲った謎の二人組の特徴! 魔法の使い手と剣の使い手ということ以外の特徴! とてつもない特徴よ! それはね……」
「そ、それは……?」
二人組の他の特徴を答えるまでに妙な間が生じる。
その間を埋めるのは背景音楽と化した食事音だ。
――ズルルッ、ズーッ、ズズッ!!
――スーッ、スズッ、ズルルッ!!
耳心地の良い食事音が鼓膜を振動させるが、今か今かと妖精族の少女の言葉を待っているせいで緊張が上回り、耳心地の良い食事音は心までには届くことがなかった。
「――仮面よ! 仮面を被っていたわ!」
その瞬間、背景音楽となっていた食事音がピタリと止まった。
聞き覚えのある言葉とその特徴に常連客たちの箸が止まったのだ。
「仮面じゃと……」
そう小さく呟いたのは魔王だ。
脳裏には偽魔王と偽勇者との戦いの光景が流れている。
隣に立つ勇者も同じ映像が脳内に流れている。
「もしかしてあの偽物たちが復活したとかか?」
「その可能性はないのじゃ。やつらは完全に消失したのじゃ」
「それじゃ何で……」
「やつらを陰で操っていた何者か……おそらく魔女が新たな偽魔王と偽勇者を作り出したのじゃろう」
「なるほどな。魔法はそんなことまでできるのか。でも何でまた……」
「目的までは妾もわからないのじゃ」
苦悩する魔王と勇者。
妖精族の少女は小首を傾げながら苦悩する二人を瞳に映す。
「えーっと……どうしたの?」
苦悩する二人、そして空気の変化に堪らず妖精族の少女は質問をした。
「こっちの話じゃよ」
と、さらりと流す魔王。
これで終わることなく、話は続く。
「ところで妖精族の少女よ。話はまだ終わっておらんじゃろ?」
「うん! その通りよ!」
「それじゃ続きを――」
話してほしいのじゃ、と言おうとした魔王の声が妖精族の少女の元気いっぱいの声に遮られる。
「――仮面だけじゃなくて他にも特徴があるの!」
他の特徴。その特徴によっては、魔王と勇者、そして常連客たちの脳裏に浮かぶ偽魔王と偽勇者だと確定する。
確定させたい一心で全員の耳目が妖精族の少女に集まった。
「この中にとーっても似ている雰囲気の人がいるの!」
その言葉を聞いた瞬間『やはり』と魔王と勇者が、そして魔王と勇者の正体を密かに知る邪竜が心の中で思った。
「とーっても似ている雰囲気の人はね……そこの二人よ!」
妖精族の少女は針のように細い指を差した。
犯人を追い詰めた探偵のように指をビシッと真っ直ぐに伸ばしている。
「え? わ、わわ、わ、わ、私たち、ですか!?」
慌てた声を上げたのは妖精族の少女に指を差された女魔術師だ。
妖精族の少女は女魔術師と女剣士のちょうど間くらいを指差している。
つまり襲ってきた犯人に雰囲気が酷似している人物が女剣士と女魔術師ということになるのだ。
この瞬間、魔王と勇者、そして邪竜の予想が外れたことになる。
外れたことに驚いているが、それ以上に女剣士と女魔術師の偽物が現れたことに驚ろきを隠せずにいる。
「そう! あなたたち! 私を襲った剣の使い手も二本の剣を使っていたわ。いわゆる二刀流ってやつね。そして魔法の使い手は杖を持ってたの。ちょうど背丈くらいの大きさの杖よ。あなたが持ってる杖にもよく似てたわ。こんなに大きな杖は滅多に見れないもの。それを踏まえて私を襲った二人組はあなたたち二人にそっくりなの! さっきは雰囲気って言ったけど、こうして見たら仮面と口調以外全部似てるわ!」
仮面と口調以外全部似ている。その特徴は以前対峙した偽魔王と偽勇者と同じもの。
「偽勇者がいるなら我々元勇者パーティーの偽物がいてもおかしくはないというわけだな……」
女剣士が手に顎を載せながら言った。
こうなるのではないか、と心のどこかで思っていたのだ。だから妖精族の少女の言葉をすんなり受け入れたのである。
そのまま女剣士は丼鉢に残っていた〝漆黒のイカスミ担々麺〟のスープを飲み干して立ち上がった。
「我々の偽物なら我々が動かなければだな。すぐに討伐に向かおう。妖精族さん、どこで襲われたか覚えているだろうか?」
「えーっとね……空飛んでて突然襲われて、それで落ちたところが……あ、あれ? どこだっけ? 襲ってきた二人組に集中しててどこだったか覚えてない。でもここよりは遠い場所なのは間違いないと思う。ここは元魔王城でしょ? こんな遠くまで飛んでた覚えないもの」
妖精族の少女は、襲われた場所を正確に分かっていなかった。
そんな彼女に代わり正義の盗賊団の盗賊頭が口を開く。
「妖精さんが倒れてたのは〝魔の森〟の獣道です。俺たちが『魔勇家』に行くときによく使ってる獣道なので倒れてる妖精さんを見つけることができました。あの時は本当に酷い姿で……こんなに回復したのは奇跡のようですよ。さすが姉さんたちの担々麺ですね」
「さすが担々麺ッス。本当に奇跡の料理ッスよ」
下っ端盗賊は己の目の前にある完食し空となった〝冷涼の冷やし担々麺〟用の丼鉢を瞳に映しながら、改めて担々麺の凄さに感銘を受けていた。
そんな下っ端盗賊を余所に女剣士が出入り口の扉に向かって歩き出した。
「魔の森の獣道だな。感謝する」
目的地が判明したことによって速やかに行動に出たのだ。
女魔術師も〝漆黒のイカスミ担々麺〟を完食し、女剣士の跡を追う。
女剣士が扉に手をかけようとした瞬間――
――チャリンチャリンッ。
銀鈴の音色が店内に鳴り響いた。
その直後、扉の向こうから三人の人影が入店する。
「や、やっと……やっと辿り着いたぞ……く、くははははっ! ぐッ、き、傷が……」
「このまま死ぬかと思ったガオ……担々つけ麺さえあればもう大丈夫ガオ……」
「俺様でもここまでの深傷をッ……こんな姿を魔王様には見せられないなッ……」
入店した三人組は、世界最強を自称する龍人族の男とそのライバルで元世界最強の獣人を自称する虎人族の男と元魔王軍大幹部の鬼人族の大男だ。
全員が血だらけ互いに肩を貸し支え合いながらの入店だが、この光景はこの三人からしたら今や日常茶飯事の光景と化している。
しかし、そんな日常茶飯事の光景でも、今日だけは少しだけ様子がおかしかった。
だからこそ女剣士が目の前の三人に向かって口を開く。
「どうしたその傷は? 修行で付いた傷には見えないが……」
「聞いて驚くなよ女剣士」
「なんだ?」
「俺様たちはな、邪竜を倒したんだァ!」
鬼人の答えに対して最も驚きの色が多かったのは、当然のことながら名前が上がった邪竜だ。
「よ、余が倒されただと!?」
「正確には仮面を被った偽物の邪竜だがなッ!」
「余の偽物まで現れるとは……」
女剣士と女魔術師の偽物が現れたという話の直後だ。信じ難い事実だが、信じざるを得ないだけの根拠はある。
その根拠をさらに明確にするため、龍人が口を開く。
「証拠ならあるぞ。偽勇者と偽魔王の時みたいに朽ちて倒れているからな。くははははっ、く、ガハッ! き、傷が……」
「ここまで運びたかったガオ……でも、この傷じゃいくら朽ちていても巨躯の邪竜を運ぶのは無理だったガオ」
「邪竜と呼ぶのはやめるのだ。せめて偽魔王と偽勇者の時のように『偽』を付けてほしい。偽邪竜とな!」
邪竜本人は、会話の中であたかも自分が倒されているかのような感覚を味わってしまい、名前の前に『偽』を付けるように要求した。
自慢気に倒したと言われ続けるのは気分が悪いのである。
「気が使えなくてすまなかったなァ。次からは偽邪竜と言うぜッ」
「偽物でも邪竜を倒したことが嬉しくて……つい……邪竜さん。申し訳ないです。世界最強の龍人の名にかけて、以後気をつけます」
「強さを求める者として、勇者や魔王同様に邪竜は目標の一つガオ! 浮かれていたガオ。ごめんなさいガオ」
素直に謝罪する三人。常連客としての絆が垣間見た瞬間だ。
「とにかく今は〝真紅のトマト担々麺〟をッ!」
「世界最強の龍人族である俺に相応しい世界一の〝極上の担々つけ麺〟を!」
「同じく〝極上の担々つけ麺〟の熱盛りをお願いしたいガオ!」
三人がここへやってきた理由は、各々が愛する担々麺を食べるため。そして体の傷を癒すためだ。
出入り口付近で喋っている場合ではないのである。
そしてもう二人、出入り口付近で立ち止まっている場合ではない者がいる。
「我々はこの辺で失礼する。偽邪竜の討伐感謝するぞ、三馬鹿トリオ」
三馬鹿トリオとは鬼人、龍人、虎人の三人のことを指す愛称だ。
侮蔑の言葉ではなく前述の通り愛称――親しみを込めた呼称である。
当然のことながら本人たちもそれを受け入れている。
そもそも三馬鹿トリオという愛称ができたのは、魔王がボソッと口に出したのがきっかけである。
魔王の魔王時代の名残でいつも一緒に三人をそう呼んでしまったのだ。
そして思いの外、受けが良くて他の常連客たちにも浸透していったのである。
「おいッ。血相を変えてどこに行くんだァ?」
鬼人はすれ違い様に言った。何も知らないからこその質問。
そして血相を変えている女剣士を心配しての質問だ。
「我々の偽物も現れたみたいでな。それの討伐だ。お前たちの話を訊いていたら少しだけやる気が出てきたのでな」
「そうかァ。まあ、お前らなら心配はいらねーだろうがァ、偽者でも元勇者パーティーとなれば話は別だァ。そいつらは俺様たちが担々麺を食べ終わった後に狩るッ!」
「ふんっ。それは叶わない願いだな。なぜならお前たち三馬鹿トリオが担々麺を食している間に我々が討伐するからだ。それにその傷ではまともに戦えないだろ。ゆっくり食事を楽しむといいさ」
女剣士は背を向けたまま手を振り店を出た。
「ご、ごちそうさまでした。こ、これ、イカスミ担々麺のお金です。お、お釣りは、い、いりませんっ! ま、待ってくださーい!」
女魔術師はおどおどとしながら硬貨を取り出し、出入り口付近の棚の上に置いて女剣士の跡を追った。
――チャリンチャリンッ。
銀鈴の音色が慌ただしかった店内に響き渡る。
入店を知らせることもあれば、このように退店を知らせることもある。
この銀鈴の音色によって、心が少しだけ安らぐ気分を味わう。
そのためか、三馬鹿トリオこと鬼人と龍人と虎人の三人は、自分たちのいつもの席へと着席した。
「いつものですよね。すぐに作ってきますので少々お待ちください。それと正義の盗賊団のお二人と邪竜さんもお代わりですよね? 併せて持ってきます」
三馬鹿トリオが席についた事によって、勇者は踵を返して厨房へと向かった。その後ろを魔王も付いていく。
各々が愛する担々麺を調理するため――客に店の料理を提供するために厨房へ向かったのだ。
そんな魔王と勇者――否、この店の店主たちの背中に向かってに妖精族の少女が口を開く。
「わ、私も! 私もさっきと同じ奇跡の料理を食べたいわ! たくさん喋ったらお腹が空いてきちゃったもの! もちろん剣士さんと魔術師さんのことも心配よ。だけどみんなの不安の色が一切ない表情を見て私思ったわ。あの二人はとても強いのだって。みんなが信用するくらいの力があるのだって。だから私も心配するのをやめるわ。心配するのをやめて奇跡の料理を……えーっと、タンタン……」
「おぬしが食べた奇跡の料理の名は〝究極のミニ担々麺〟じゃ」
料理名を知らないままの妖精族の少女に向かって、魔王が笑みを浮かべながら答える。
客に対して見せる営業スマイルとは別の心からの笑顔だ。
ベタ惚れされ奇跡の料理と言われ、歓喜のあまり溢れてしまった笑顔でもある。
「究極の……ミニ担々麺……」
己が食べた奇跡の料理の名を知った妖精族の少女は、特別な感情に満ち溢れた表情を見せた。
その感情は完全に正の感情。負の感情など一寸も含まれていない純粋な正の感情である。
妖精族の少女は知ったばかりの名を何度も何度も口にする。
「究極のミニ担々麺……究極のミニ担々麺……究極のミニ担々麺……」
名を忘れないためか、それとも間違えないためか、口に馴染むまで何度もその名を口にする。
そして馴染んだのだと判断した妖精族の少女は、厨房の正面で待つ魔王に向けて口を開く。
「〝究極のミニ担々麺〟を一杯お願い!」
「かしこまりましたなのじゃ!」
注文を受けた魔王はそのまま厨房へと入っていた。
妖精族の少女は注文が成立した喜びで半透明の羽をブンブンと羽ばたかせる。
表情も今日一番の素敵な表情をしていた。
「たくさん喋ったからなのか味覚が完全に回復してる気がするわ。いいえ、きっと〝究極のミニ担々麺〟のおかげね。この名前を口にするだけでもなんだか力が漲る感じがするもの。本当にすごいわ。すごい料理よ! 味覚が回復した状態の今、あの奇跡の味を味わったら私どうなっちゃうのかしら。すごく、すごーく楽しみだわ!」
妖精族の少女は注文したばかりにも関わらず、楽しみなあまり右手に妖精族専用の箸、左手に妖精族専用のレンゲを握りしめ始めた。
そんな妖精族の少女に釣られてか、三馬鹿トリオも卓上に置いてある箸を握りしめて担々麺を待った。
正義の盗賊団の二人は先ほど使っていた箸とレンゲを妖精族の少女と同じように持っている。
屋外席にいる邪竜は箸やレンゲを使わないので同じように待つことはできないが、その代わりに犬のように尻尾をいつも以上に振っていた。
こうして担々麺専門店『魔勇家』は、また新たに常連客となる者を獲得したのであった。
この後、店内が今日一番の背景音楽に包まれたのは言うまでもない。
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