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究極のミニ担々麺
056:おしゃべりな妖精、時間をかけて担々麺を食す
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担々麺専門店『魔勇家』に勇者がやってきた。つまり開店準備の時間となったのだ。
「あ、あれ? 正義の盗賊団の二人と……妖精さん?」
当然のことながら勇者は正義の盗賊団の二人や妖精族の少女がいることを知らない。
そのため最初は戸惑いの色いっぱいに染まっていたが、すぐに魔王と正義の盗賊団の二人が事情を説明した。
と言っても魔王も正義の盗賊団の二人もこの状況をよくわかっていない。否、この状況というよりも妖精族の少女のことをだ。
なぜ満身創痍だったのか。それを聞き出すためには食事を――〝究極のミニ担々麺〟を食べ終わるまで待つしかないのである。
「なるほど……なんとなく理解したよ。死にかけてたってのがにわかに信じられない状況だけど……」
饒舌に味の感想を言いながら〝究極のミニ担々麺〟を食べている姿を見れば誰だって疑ってしまうだろう。
「妾も最初は目を疑ったのじゃ。でも担々麺じゃから、と納得したのじゃよ」
「それもそうだな。担々麺だしな。納得だ。まあ、それ以前にまーちゃんが俺に嘘付くはずなんてないしな」
数年前まで命を賭けて戦っていたとは思えないほど、勇者は信頼を置いた言葉を魔王に向かって吐いた。
その言葉に魔王は赤面するが、それに気付かない勇者は何事もなかったかのように言葉を続ける。
「とりあえず開店準備始めちゃおうぜ。妖精さんが怪我した理由も訊きたいけど、まだまだ時間がかかりそうだからさ」
「う、うぬ。それまでに食べ終わってくれるといいのじゃがな……」
赤面から一変、望み薄といった表情を浮かべる魔王。
そのまま魔王と勇者の二人は、正義の盗賊団の二人に妖精族の少女を任せて厨房へと入っていった。
厨房に入ってからも妖精族の少女の饒舌な食レポは、魔王と勇者の耳に届き続けた。
「美味しい! 本当に美味しいわ! 麺が少しだけスープを吸って伸びてしまっているけど、これもこれで美味しいわ! 一口一口食べるたびに、いいえ、一秒一秒時間が経つたびに新たな魅力を新たな美味しさを発見するだなんて。本当に不思議な料理ね。スープも冷めてきているけれど、これはこれで美味しい。むしろ私が食べやすい温度になった気がする。熱々でも美味しかったのに、冷めても美味しいだなんて……これ以上冷めたらどうなるのか気になるわ。味が落ちるのか、それともまた新たな魅力を、味を私に感じさせてくれるのか。楽しみね」
と饒舌に喋り続け一区切りついたところでレンゲを動かし始めた。
手のひらサイズの小さな妖精族専用の小さな小さなレンゲだ。
そのレンゲで〝究極のミニ担々麺〟のスープを啜る。
――スーッ、ススズーッ!!!
スープを冷まさず躊躇いなく飲んだのは、妖精族の少女が言っていた通り、飲みやすい温度に、食べやすい温度になっている何よりの証拠だ。
スープを嚥下し、再び饒舌に味の感想を告げるのかと思われた瞬間、先に口を開いたのは正義の盗賊団の頭――盗賊頭だった。
「スープは冷めても美味いぞ。ここには〝冷涼の冷やし担々麺〟ってのがある。その名の通り冷えた担々麺だ」
「そうッスよ! 冷めててもものすごく美味しいッス! 美味しくて美味しいッスよ!」
盗賊頭に続いて下っ端盗賊も口を開き盗賊頭の言葉を肯定した。
二人は推し担々麺は〝冷涼の冷やし担々麺〟だ。大好きなものには自ずと自慢したり紹介したくなるものなのである。
それに対して妖精族の少女は――
「タンタンメン? 冷えたタンタンメン? 冷えているこの料理のことかしら? そんなものまであるのね? 恐ろしすぎるわ。次元が違いすぎる。冷めた料理も温かい料理もあって、冷めてても美味しくて、温かくても美味しいだなんて……すべての料理の均衡が一気に崩れてしまうじゃない。食べ物界で戦争が起きてしまうわ! でもこの料理が圧倒的に美味しいわ。戦争も一瞬で終わるわね。むしろ戦争を起こす気にならない。だってこの料理は食べ物界の頂点にふさわしいもの!」
担々麺のことに関してだからなのかしっかりと返事が返ってきた。その返事もやはり饒舌で早口だった。
そんなこんなで担々麺トークが盛り上がり、あっという間に時間が過ぎた。
そう。数十分にも及ぶ開店準備が終わったのである。
「だと思ったのじゃ」
瞳に妖精族の少女を映しながら魔王は言った。
魔王の瞳に映っている妖精族の少女は未だに〝究極のミニ担々麺〟を食べている。
食べるのが遅い原因は、手のひらサイズで体が小さいからではない。大事に食べているから、というのは一理あるがそれも違う。
食べるのが遅い原因は、喋り過ぎだ。
饒舌すぎるが故、食事の速度を遅らせていくのである。
それでも本人はおいしそうに食べているので他人がとやかく言う必要はないが、それでも遅い。遅すぎるのである。
「でもおいしそうに食べてくれてて悪い気はしないのじゃ」
「そうだな。このまま店始めちゃうけど問題ないよな?」
「問題ないじゃろ。瀕死だった理由は営業中に訊けばいいのじゃ」
「本人が言いたくないってなったら、そん時はそん時だしな。そんな店開けるぞー」
担々麺専門店『魔勇家』の開店時間となった。
勇者は店を開けるために外へ出て『真心込めて準備中』と異世界文字で書かれた看板をひっくり返し『元気いっぱい営業中』と書かれた面を表にした。
これで店が営業しているということを客に知らせるのだ。
するとすぐに客が上空からやってくる。
「営業開始か。待ちくたびれたぞ」
ゆっくりと翼を羽ばたかせながら降下しているのは、災厄で最凶と恐れられている邪竜だ。
営業が始まるまで上空で静かに待機していたのである。
邪竜はいつも座っている屋外席へと着地し、看板をひっくり返したばかりの勇者と目を合わせる。
本来なら戦闘が始まってもおかしくない場面だが――
「いらっしゃいませ。邪竜さん」
「いつものを食べに来たぞ。店主よ」
いつものとは邪竜が愛してやまない担々麺――〝翡翠のバジリコ担々麺〟のことだ。
「……それと空から気配は感じていたが、あの妖精族は新規の客か?」
「まあそんなところですね」
「またこの店も賑やかになりそうだな」
「あはは……賑やかか。賑やかになるだけなら嬉しいんですけどね……」
歯切れが悪い勇者に邪竜は小首を傾げる。
「その言い方だと、賑やかになる以外に何かが起きそうだと感じているように見えるが……何かあるのか?」
「なんて言うか……嫌な予感がするんですよね……あっ、そうだ。邪竜さんも妖精さんの話を訊いていってくれると助かる。信じられないと思うけど、あの妖精さん、さっきまで満身創痍だったらしいよ。俺はその姿を見てないけど。まーちゃんたちが事情を説明してくれたんで事実なのは間違いないです」
「妖精族が満身創痍だった理由を余も一緒に訊いて、お主の嫌な予感とやらのモヤモヤを解決しようということだな?」
「さすが邪竜さん。そういうことです。人数が多い方が何かわかるかもしれないからね」
そう勇者が言った直後、邪竜ではない別の人物の声が勇者の鼓膜を振動させた。
「なら我々も話を訊こうじゃないか」
勇者たちの前に姿を現したのは、鎧で身を纏った紅蓮色の髪と紅の瞳が特徴的な美女――元勇者パーティー、現国王軍軍団長の女剣士だ。
そして我々と言った彼女の後ろにはもう一人いる。
「ぬ、盗み、ぎ、聞き、し、しようと、お、思ったわけでは……な、ないです」
おどおどとしながら盗み聞きではないのだと弁解するのは、白いローブに身に纏った檸檬色の髪とエメラルドグリーンの瞳が特徴的な美女――元勇者パーティー、現国王軍魔術師の女魔術師だ。
「あはは。俺の声が大きくて聞こえちゃってたかー。でもおかげで二度も説明する必要がなくなったよ」
と、勇者は言っているが、勇者の正体を知っている邪竜からしたら、勇者がわざと女剣士たちに聞こえるように言っていたことに気付いていた。
(わざと……それも絶妙なタイミング、それらしい声量で……。さすが勇者と称賛するべきだな。本人は勇者であることを隠している以上、余が口に出して称賛するわけにはいかないがな)
邪竜は心の中で勇者に称賛の拍手を送った。
「国王軍の二人なら色々と詳しいはずだから助かるわ」
「情報屋ほどではないが、強力しよう」
腕を組みながら女剣士が言った。その後ろで女魔術師は何度も頷いている。
二人とも協力する気持ちでいっぱいだ。
そんな時だった――
「ゆーくん! 食べ終わったのじゃ! 話すそうじゃから早く来るのじゃ!」
魔王の声が屋外にいる者たちの鼓膜を振動させた。
「閉店まで時間かかるパターンかと思ってたんだが、ナイスタイミングだな」
「そんなにかかると踏んでいたのか。いや、担々麺の虜となればありえない話ではないな」
ツッコミを入れた邪竜だったが、すぐに勇者の考えを肯定した。
閉店時間までじっくりと味わう可能性が十分にあるのだと。
それだけ担々麺には魅力が詰まっているのだと、担々麺を愛しどっぷりとハマってしまっているからこそわかるのだ。
「情報屋さんには来店した時にでも話せばいいしな。とりあえず今のメンバーで妖精さんに何があったのか訊くとするか」
勇者と女剣士と女魔術師の三人は、魔王が開扉し続けてくれている扉に向かう。そして店内へと入る。
巨躯である邪竜は屋外席からの参加だ。体の半分を窓から乗り出す形での参加である。
「みんな! みんな! 集まってー! 集まってー! 集まった? 集まった? いち、に、さん、し……七人ね。ちょっと少ないわね。でもいいわ。私の話を訊いてちょーだい! 私の身に何があったのか。こんなにも可愛らしい妖精族の私がなぜボロボロだったのか。なぜ死にかけていたのか。誰にやられたのか。集中して訊くといいわー!」
妖精族の少女は、トークショーでも始めるのではないかと思われるくらいのテンションで仕切り始めた。
人前で喋れることが嬉しいのか、半透明の羽をブンブンと犬が尻尾を振るように動かしている。
「あっ、兄さん姉さん。冷やし担々麺二つお願いします」
「我々はイカスミ担々麺を頼む」
「余はいつものバジリコ担々麺を」
常連客たちは妖精族の少女の話よりも担々麺が食べたいという気持ちが勝っていた。
もちろん妖精族の少女の身に何が起きたのか知りたくないわけではない。
常連客たちは担々麺を食べながら話を訊けたらいいな程度に考えているのだ。
そもそも常連客たちは、各々が愛してやまない担々麺を食べに来ているのである。そこだけは譲れないのだ。
そんな常連客たちの注文を拒むはずがない魔王と勇者は――
「かしこまりましたなのじゃ!」「かしこまりました!」
元気に返事を返した。
その返事は一寸のズレも生じることなく重なる。そして同じタイミングで踵を返して厨房へと向かっていった。
厨房に入る直前、魔王は今にも喋り出しそうな妖精族の少女に向かって口を開く。
「妾たちが担々麺を作り終えるまで喋るのは待っていてほしいのじゃ」
「ん~」
妖精族の少女は腕を組みながら悩み始めた。
しかしそれも数秒のみ。すぐに答えに辿り着く。
「わかったわ。だってタンタンメンって私がさっき食べたあの奇跡の料理のことでしょ? ならそっちが優先! あんなに美味しい料理を待つなんて無理だもの。長寿命な妖精族の私でものんびり待ってられないわ。ということは……つまりこれはそういうことね。タンタンメンを食べながら私の身に何が起きたのかをみんなは訊くってことになるわね。ディナーショーならぬモーニングショー、いいえ、今の時間だとランチね。ランチショーってことね!」
周知の事実だが、妖精族の少女もすでに担々麺の魅力に気付いている。
だからこそ担々麺を優先に考えることができたのだ。
ここにまた担々麺を愛するものが一人増えたのである。
ちなみに魔王は、妖精族の少女の言葉を聞き終える前に厨房へ入っていった。
妖精族の少女の扱いはこれが正解だ。
「まーちゃんは具材の準備を頼む」
「うぬ! 任せるのじゃ!」
魔王と勇者は丹精込めながら担々麺の調理に取り掛かった。
「あ、あれ? 正義の盗賊団の二人と……妖精さん?」
当然のことながら勇者は正義の盗賊団の二人や妖精族の少女がいることを知らない。
そのため最初は戸惑いの色いっぱいに染まっていたが、すぐに魔王と正義の盗賊団の二人が事情を説明した。
と言っても魔王も正義の盗賊団の二人もこの状況をよくわかっていない。否、この状況というよりも妖精族の少女のことをだ。
なぜ満身創痍だったのか。それを聞き出すためには食事を――〝究極のミニ担々麺〟を食べ終わるまで待つしかないのである。
「なるほど……なんとなく理解したよ。死にかけてたってのがにわかに信じられない状況だけど……」
饒舌に味の感想を言いながら〝究極のミニ担々麺〟を食べている姿を見れば誰だって疑ってしまうだろう。
「妾も最初は目を疑ったのじゃ。でも担々麺じゃから、と納得したのじゃよ」
「それもそうだな。担々麺だしな。納得だ。まあ、それ以前にまーちゃんが俺に嘘付くはずなんてないしな」
数年前まで命を賭けて戦っていたとは思えないほど、勇者は信頼を置いた言葉を魔王に向かって吐いた。
その言葉に魔王は赤面するが、それに気付かない勇者は何事もなかったかのように言葉を続ける。
「とりあえず開店準備始めちゃおうぜ。妖精さんが怪我した理由も訊きたいけど、まだまだ時間がかかりそうだからさ」
「う、うぬ。それまでに食べ終わってくれるといいのじゃがな……」
赤面から一変、望み薄といった表情を浮かべる魔王。
そのまま魔王と勇者の二人は、正義の盗賊団の二人に妖精族の少女を任せて厨房へと入っていった。
厨房に入ってからも妖精族の少女の饒舌な食レポは、魔王と勇者の耳に届き続けた。
「美味しい! 本当に美味しいわ! 麺が少しだけスープを吸って伸びてしまっているけど、これもこれで美味しいわ! 一口一口食べるたびに、いいえ、一秒一秒時間が経つたびに新たな魅力を新たな美味しさを発見するだなんて。本当に不思議な料理ね。スープも冷めてきているけれど、これはこれで美味しい。むしろ私が食べやすい温度になった気がする。熱々でも美味しかったのに、冷めても美味しいだなんて……これ以上冷めたらどうなるのか気になるわ。味が落ちるのか、それともまた新たな魅力を、味を私に感じさせてくれるのか。楽しみね」
と饒舌に喋り続け一区切りついたところでレンゲを動かし始めた。
手のひらサイズの小さな妖精族専用の小さな小さなレンゲだ。
そのレンゲで〝究極のミニ担々麺〟のスープを啜る。
――スーッ、ススズーッ!!!
スープを冷まさず躊躇いなく飲んだのは、妖精族の少女が言っていた通り、飲みやすい温度に、食べやすい温度になっている何よりの証拠だ。
スープを嚥下し、再び饒舌に味の感想を告げるのかと思われた瞬間、先に口を開いたのは正義の盗賊団の頭――盗賊頭だった。
「スープは冷めても美味いぞ。ここには〝冷涼の冷やし担々麺〟ってのがある。その名の通り冷えた担々麺だ」
「そうッスよ! 冷めててもものすごく美味しいッス! 美味しくて美味しいッスよ!」
盗賊頭に続いて下っ端盗賊も口を開き盗賊頭の言葉を肯定した。
二人は推し担々麺は〝冷涼の冷やし担々麺〟だ。大好きなものには自ずと自慢したり紹介したくなるものなのである。
それに対して妖精族の少女は――
「タンタンメン? 冷えたタンタンメン? 冷えているこの料理のことかしら? そんなものまであるのね? 恐ろしすぎるわ。次元が違いすぎる。冷めた料理も温かい料理もあって、冷めてても美味しくて、温かくても美味しいだなんて……すべての料理の均衡が一気に崩れてしまうじゃない。食べ物界で戦争が起きてしまうわ! でもこの料理が圧倒的に美味しいわ。戦争も一瞬で終わるわね。むしろ戦争を起こす気にならない。だってこの料理は食べ物界の頂点にふさわしいもの!」
担々麺のことに関してだからなのかしっかりと返事が返ってきた。その返事もやはり饒舌で早口だった。
そんなこんなで担々麺トークが盛り上がり、あっという間に時間が過ぎた。
そう。数十分にも及ぶ開店準備が終わったのである。
「だと思ったのじゃ」
瞳に妖精族の少女を映しながら魔王は言った。
魔王の瞳に映っている妖精族の少女は未だに〝究極のミニ担々麺〟を食べている。
食べるのが遅い原因は、手のひらサイズで体が小さいからではない。大事に食べているから、というのは一理あるがそれも違う。
食べるのが遅い原因は、喋り過ぎだ。
饒舌すぎるが故、食事の速度を遅らせていくのである。
それでも本人はおいしそうに食べているので他人がとやかく言う必要はないが、それでも遅い。遅すぎるのである。
「でもおいしそうに食べてくれてて悪い気はしないのじゃ」
「そうだな。このまま店始めちゃうけど問題ないよな?」
「問題ないじゃろ。瀕死だった理由は営業中に訊けばいいのじゃ」
「本人が言いたくないってなったら、そん時はそん時だしな。そんな店開けるぞー」
担々麺専門店『魔勇家』の開店時間となった。
勇者は店を開けるために外へ出て『真心込めて準備中』と異世界文字で書かれた看板をひっくり返し『元気いっぱい営業中』と書かれた面を表にした。
これで店が営業しているということを客に知らせるのだ。
するとすぐに客が上空からやってくる。
「営業開始か。待ちくたびれたぞ」
ゆっくりと翼を羽ばたかせながら降下しているのは、災厄で最凶と恐れられている邪竜だ。
営業が始まるまで上空で静かに待機していたのである。
邪竜はいつも座っている屋外席へと着地し、看板をひっくり返したばかりの勇者と目を合わせる。
本来なら戦闘が始まってもおかしくない場面だが――
「いらっしゃいませ。邪竜さん」
「いつものを食べに来たぞ。店主よ」
いつものとは邪竜が愛してやまない担々麺――〝翡翠のバジリコ担々麺〟のことだ。
「……それと空から気配は感じていたが、あの妖精族は新規の客か?」
「まあそんなところですね」
「またこの店も賑やかになりそうだな」
「あはは……賑やかか。賑やかになるだけなら嬉しいんですけどね……」
歯切れが悪い勇者に邪竜は小首を傾げる。
「その言い方だと、賑やかになる以外に何かが起きそうだと感じているように見えるが……何かあるのか?」
「なんて言うか……嫌な予感がするんですよね……あっ、そうだ。邪竜さんも妖精さんの話を訊いていってくれると助かる。信じられないと思うけど、あの妖精さん、さっきまで満身創痍だったらしいよ。俺はその姿を見てないけど。まーちゃんたちが事情を説明してくれたんで事実なのは間違いないです」
「妖精族が満身創痍だった理由を余も一緒に訊いて、お主の嫌な予感とやらのモヤモヤを解決しようということだな?」
「さすが邪竜さん。そういうことです。人数が多い方が何かわかるかもしれないからね」
そう勇者が言った直後、邪竜ではない別の人物の声が勇者の鼓膜を振動させた。
「なら我々も話を訊こうじゃないか」
勇者たちの前に姿を現したのは、鎧で身を纏った紅蓮色の髪と紅の瞳が特徴的な美女――元勇者パーティー、現国王軍軍団長の女剣士だ。
そして我々と言った彼女の後ろにはもう一人いる。
「ぬ、盗み、ぎ、聞き、し、しようと、お、思ったわけでは……な、ないです」
おどおどとしながら盗み聞きではないのだと弁解するのは、白いローブに身に纏った檸檬色の髪とエメラルドグリーンの瞳が特徴的な美女――元勇者パーティー、現国王軍魔術師の女魔術師だ。
「あはは。俺の声が大きくて聞こえちゃってたかー。でもおかげで二度も説明する必要がなくなったよ」
と、勇者は言っているが、勇者の正体を知っている邪竜からしたら、勇者がわざと女剣士たちに聞こえるように言っていたことに気付いていた。
(わざと……それも絶妙なタイミング、それらしい声量で……。さすが勇者と称賛するべきだな。本人は勇者であることを隠している以上、余が口に出して称賛するわけにはいかないがな)
邪竜は心の中で勇者に称賛の拍手を送った。
「国王軍の二人なら色々と詳しいはずだから助かるわ」
「情報屋ほどではないが、強力しよう」
腕を組みながら女剣士が言った。その後ろで女魔術師は何度も頷いている。
二人とも協力する気持ちでいっぱいだ。
そんな時だった――
「ゆーくん! 食べ終わったのじゃ! 話すそうじゃから早く来るのじゃ!」
魔王の声が屋外にいる者たちの鼓膜を振動させた。
「閉店まで時間かかるパターンかと思ってたんだが、ナイスタイミングだな」
「そんなにかかると踏んでいたのか。いや、担々麺の虜となればありえない話ではないな」
ツッコミを入れた邪竜だったが、すぐに勇者の考えを肯定した。
閉店時間までじっくりと味わう可能性が十分にあるのだと。
それだけ担々麺には魅力が詰まっているのだと、担々麺を愛しどっぷりとハマってしまっているからこそわかるのだ。
「情報屋さんには来店した時にでも話せばいいしな。とりあえず今のメンバーで妖精さんに何があったのか訊くとするか」
勇者と女剣士と女魔術師の三人は、魔王が開扉し続けてくれている扉に向かう。そして店内へと入る。
巨躯である邪竜は屋外席からの参加だ。体の半分を窓から乗り出す形での参加である。
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妖精族の少女は、トークショーでも始めるのではないかと思われるくらいのテンションで仕切り始めた。
人前で喋れることが嬉しいのか、半透明の羽をブンブンと犬が尻尾を振るように動かしている。
「あっ、兄さん姉さん。冷やし担々麺二つお願いします」
「我々はイカスミ担々麺を頼む」
「余はいつものバジリコ担々麺を」
常連客たちは妖精族の少女の話よりも担々麺が食べたいという気持ちが勝っていた。
もちろん妖精族の少女の身に何が起きたのか知りたくないわけではない。
常連客たちは担々麺を食べながら話を訊けたらいいな程度に考えているのだ。
そもそも常連客たちは、各々が愛してやまない担々麺を食べに来ているのである。そこだけは譲れないのだ。
そんな常連客たちの注文を拒むはずがない魔王と勇者は――
「かしこまりましたなのじゃ!」「かしこまりました!」
元気に返事を返した。
その返事は一寸のズレも生じることなく重なる。そして同じタイミングで踵を返して厨房へと向かっていった。
厨房に入る直前、魔王は今にも喋り出しそうな妖精族の少女に向かって口を開く。
「妾たちが担々麺を作り終えるまで喋るのは待っていてほしいのじゃ」
「ん~」
妖精族の少女は腕を組みながら悩み始めた。
しかしそれも数秒のみ。すぐに答えに辿り着く。
「わかったわ。だってタンタンメンって私がさっき食べたあの奇跡の料理のことでしょ? ならそっちが優先! あんなに美味しい料理を待つなんて無理だもの。長寿命な妖精族の私でものんびり待ってられないわ。ということは……つまりこれはそういうことね。タンタンメンを食べながら私の身に何が起きたのかをみんなは訊くってことになるわね。ディナーショーならぬモーニングショー、いいえ、今の時間だとランチね。ランチショーってことね!」
周知の事実だが、妖精族の少女もすでに担々麺の魅力に気付いている。
だからこそ担々麺を優先に考えることができたのだ。
ここにまた担々麺を愛するものが一人増えたのである。
ちなみに魔王は、妖精族の少女の言葉を聞き終える前に厨房へ入っていった。
妖精族の少女の扱いはこれが正解だ。
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