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お前に食わせる担々麺はねぇ
036:治癒魔術師、担々麺という言葉を知る
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「お前はそっちを頼む」
「回復薬持ってきました」
「こちら治癒魔法完了です」
「こっちの手伝いを頼む!」
ざわめく声に暗闇の中にいた女剣士の意識が覚醒する。
「……うぅ、ゲホっ、ゲホッ」
鼓膜を振動させる情報と最後に見た記憶を辿れば、この状況がどんな状況かはっきりと理解できる。
「我々は……国王軍は敗北を喫したんだな……」
敗北。その文字だけが女剣士の心に深く刻まれた。
このまま死んでしまった方がマシだと思ってしまうほど、女剣士は暗い気持ちでいる。
しかし、彼女は国王からその腕を買われ軍団長に抜擢されているため、こんなところで落ち込んでるわけにはいかなかったのだ。
「おい、キミ」
女剣士は近くにいた治療班の男――治癒魔術師に声をかけた。
「ぐ、軍団長様! 意識が戻られたのですね。どこか痛みますか? それによっては回復薬か治癒魔法を……」
「いや、大丈夫だ。それより負傷者の数と死者の数を知りたい」
「負傷者の数は七千三百二十五人です」
死者数を口にしない治癒魔術師。死者数を言いたくないのではなく……
「死者数ゼロか……」
女剣士の発言通り死者数はゼロなのだ。
「はい。兵士の全員、重傷でしたが死に至るほどのものではありませんでした」
「そうか。この戦いでも誰も殺さなかったか。力だけを見せつけ国民に恐怖を植え付ける……まるで恐怖政治だな……以前の魔王よりもタチが悪い。ゲホッ、ゲホッ」
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、心配いらない」
そう言った女剣士は上半身を起き上がらせて辺りをキョロキョロと見渡した。
それは状況の確認というよりも誰かを探しているようにも見える。
それを悟った治癒魔術師が口を開く。
「魔術師様なら先ほど意識が戻られて、兵士たちに治癒魔法をかけて回ってます。軍団長様の体も魔術師様が治癒魔法をかけていましたよ」
「そうか。どおりで痛みが浅いわけだ。感謝せねばな。仕事が終わったら担々麺をご馳走してやるか」
「タンタンメン? なんですかそれは? ご馳走ってことは何かの料理ですか?」
「いや、気にしないでくれ。こっちの話だ」
「そ、そんな……き、気になりますよ! 教えてくださいよ軍団長様! タンタンメンって一体なんですか?」
治癒魔術師はどうしても『担々麺』というものが気になるようだ。
「また今度教えてやろう。約束だ。さてっと……」
女剣士は立ち上がり、覚束ない足取りで歩き出した。
「ぐ、軍団長様!? 傷が開いてしまいますよ。まだ休んでいた方がよろしいかと」
「大丈夫だ。治癒魔法は使えんが、軍団長として兵士一人一人に声をかけることはできるだろう。だからそれが終わってから休むさ」
「それなら僕もご一緒します! 軍団長様の傷を癒せますし、重傷者の確認もできますから。それと……」
口籠る治癒魔術師に女剣士は「それと?」と聞き返す。
「それとですね……軍団長様に顔を覚えてもらいたくて……」
「我に顔を覚えられても昇格はできないぞ? 昇格試験に受けて合格してもらわないと」
「違いますよ! 昇格のためじゃないです。タンタンメンというものを教えてもらうためです。顔を覚えてもらえればいつかばったり会ったときに教えてくれるかもしれないじゃないですか」
「ふっ、そういうことか。担々麺という言葉だけでもここまで人を虜にするか。恐ろしいな担々麺というものは……」
「え? タンタンメンって恐ろしいものなんですか?」
「ああ、とっても恐ろしいさ。担々麺を知るか否かで今後の人生が大きく変わるほどにな。さて、担々麺についてはまた今度だ。兵士たちの心のケアをしていくぞ。ついて来い」
「はい!」
こうして女剣士は治癒魔術師とともに丸一日かけて七千もの兵士全員に声をかけ、兵士たちを労い、心のケアをして回ったのだった。
声をかけられた兵士のほとんどが嬉しそうに笑みを浮かべていた。
憧れの人に声をかけられたのだ。嬉しくて当然だろう。
心のケアを受けたか否かでその人の今後の人生にも大きく影響することがある。
それだけ女剣士が行った声かけは重要なことなのである。
「回復薬持ってきました」
「こちら治癒魔法完了です」
「こっちの手伝いを頼む!」
ざわめく声に暗闇の中にいた女剣士の意識が覚醒する。
「……うぅ、ゲホっ、ゲホッ」
鼓膜を振動させる情報と最後に見た記憶を辿れば、この状況がどんな状況かはっきりと理解できる。
「我々は……国王軍は敗北を喫したんだな……」
敗北。その文字だけが女剣士の心に深く刻まれた。
このまま死んでしまった方がマシだと思ってしまうほど、女剣士は暗い気持ちでいる。
しかし、彼女は国王からその腕を買われ軍団長に抜擢されているため、こんなところで落ち込んでるわけにはいかなかったのだ。
「おい、キミ」
女剣士は近くにいた治療班の男――治癒魔術師に声をかけた。
「ぐ、軍団長様! 意識が戻られたのですね。どこか痛みますか? それによっては回復薬か治癒魔法を……」
「いや、大丈夫だ。それより負傷者の数と死者の数を知りたい」
「負傷者の数は七千三百二十五人です」
死者数を口にしない治癒魔術師。死者数を言いたくないのではなく……
「死者数ゼロか……」
女剣士の発言通り死者数はゼロなのだ。
「はい。兵士の全員、重傷でしたが死に至るほどのものではありませんでした」
「そうか。この戦いでも誰も殺さなかったか。力だけを見せつけ国民に恐怖を植え付ける……まるで恐怖政治だな……以前の魔王よりもタチが悪い。ゲホッ、ゲホッ」
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、心配いらない」
そう言った女剣士は上半身を起き上がらせて辺りをキョロキョロと見渡した。
それは状況の確認というよりも誰かを探しているようにも見える。
それを悟った治癒魔術師が口を開く。
「魔術師様なら先ほど意識が戻られて、兵士たちに治癒魔法をかけて回ってます。軍団長様の体も魔術師様が治癒魔法をかけていましたよ」
「そうか。どおりで痛みが浅いわけだ。感謝せねばな。仕事が終わったら担々麺をご馳走してやるか」
「タンタンメン? なんですかそれは? ご馳走ってことは何かの料理ですか?」
「いや、気にしないでくれ。こっちの話だ」
「そ、そんな……き、気になりますよ! 教えてくださいよ軍団長様! タンタンメンって一体なんですか?」
治癒魔術師はどうしても『担々麺』というものが気になるようだ。
「また今度教えてやろう。約束だ。さてっと……」
女剣士は立ち上がり、覚束ない足取りで歩き出した。
「ぐ、軍団長様!? 傷が開いてしまいますよ。まだ休んでいた方がよろしいかと」
「大丈夫だ。治癒魔法は使えんが、軍団長として兵士一人一人に声をかけることはできるだろう。だからそれが終わってから休むさ」
「それなら僕もご一緒します! 軍団長様の傷を癒せますし、重傷者の確認もできますから。それと……」
口籠る治癒魔術師に女剣士は「それと?」と聞き返す。
「それとですね……軍団長様に顔を覚えてもらいたくて……」
「我に顔を覚えられても昇格はできないぞ? 昇格試験に受けて合格してもらわないと」
「違いますよ! 昇格のためじゃないです。タンタンメンというものを教えてもらうためです。顔を覚えてもらえればいつかばったり会ったときに教えてくれるかもしれないじゃないですか」
「ふっ、そういうことか。担々麺という言葉だけでもここまで人を虜にするか。恐ろしいな担々麺というものは……」
「え? タンタンメンって恐ろしいものなんですか?」
「ああ、とっても恐ろしいさ。担々麺を知るか否かで今後の人生が大きく変わるほどにな。さて、担々麺についてはまた今度だ。兵士たちの心のケアをしていくぞ。ついて来い」
「はい!」
こうして女剣士は治癒魔術師とともに丸一日かけて七千もの兵士全員に声をかけ、兵士たちを労い、心のケアをして回ったのだった。
声をかけられた兵士のほとんどが嬉しそうに笑みを浮かべていた。
憧れの人に声をかけられたのだ。嬉しくて当然だろう。
心のケアを受けたか否かでその人の今後の人生にも大きく影響することがある。
それだけ女剣士が行った声かけは重要なことなのである。
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