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白光のチーズ担々麺
031:担々麺の魅力、そして担々麺に取り憑かれた者たち
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客の全員が情報屋の羊人族の男ランセ・ムートンに向かって一斉に口を開く。
複数の音が重なり酷い雑音となって、ムートンの鼓膜を振動させる。
恐怖心も相まってか、一言も聞き取れないほどの酷い雑音だ。
ムートンに向かって放たれている雑音は全て、質問への回答である。
その質問への回答とは『どれが一番美味しいんですかね?』と、彼が何気なく言った質問に対しての回答だ。
各々が各々の担々麺を一番だと主張しているのだ。
情熱的に、それでいて早口で担々麺の魅力を語っているのである。
『余の〝翡翠のバジリコ担々麺〟が一番だ! この美味くて美味い担々麺が一番美味しいだ! 言葉にすると美味いしか出ないのはなぜなのだ! とにかく〝翡翠のバジリコ担々麺〟が一番美味しいのだ!』
と、災厄で最凶の邪竜カタストロフィーが屋外席から〝翡翠のバジリコ担々麺〟の魅力を語る。
「俺様の〝真紅のトマト担々麺〟こそ一番美味い担々麺に決まってるッ! 酸味と旨味の共存ッ! 人生で味わったことのないほどの美味さ体験できるぞッ!」
と、元魔王軍大幹部の鬼人族の大男オーグルが〝|真紅のトマト担々麺〟の魅力を語る。
「いや、俺の〝極上の担々つけ麺〟こそが一番に相応しい! 仕掛けが満載で最後の一滴まで楽しめる! 〝極上の担々つけ麺〟の魅力を朝まで語ってやろうか? 世界最強の美味さだぞ! くははははっ」
と、自称世界最強の龍人族の男リューギが〝極上の担々つけ麺〟の魅力を語る。
「ふん。朝までか。我らなら〝漆黒のイカスミ担々麺〟の魅力を永遠と語れるぞ」
「そ、その通り、で、です! え、永遠に、か、語れます!」
と、元勇者パーティーの女剣士リュビ・ローゼと女魔術師のエメロード・リリシアが〝|漆黒のイカスミ担々麺〟の魅力を語る。
「それなら俺たちの〝冷涼の冷やし担々麺〟もだ。この中で唯一の冷やし料理! 唯一無二の存在だ」
「そうッス! 頭の言う通りッス! 唯一無二ッス!」
と、正義の盗賊団の盗賊頭ロド・ブリガンと下っ端盗賊のウボ・バンディーが〝|冷涼の冷やし担々麺〟の魅力を語る。
「あら? 唯一無二なら私の〝地獄の激辛担々麺〟もよ。こんなに辛い料理はどの料理屋を探しても他にないわっ。うふふっ」
と、店潰しの美食家エルバームが〝地獄の激辛担々麺〟の魅力を語る。
余の担々麺が、俺様の担々麺が、俺の担々麺が、我々の担々麺が、俺たちの担々麺が、私の担々麺が、とあくまで各々が各々の担々麺の魅力を語り合っているだけ。
手を出したり乱暴な行動は一切取ってはいない。
しかし、これはこれでムートンにとっては、言い争っているようにしか見えない光景だった。
それでも暴力に走らなかったことに対して助かったと思っているのも事実だ。
命の危険性を感じていた分、安堵は大きい。
「み、皆さん落ち着いてください。皆さんの担々麺に対する愛情は十分に伝わりましたから! 今決めますね。すいませーん! 先ほどの店の方! お願いしまーす」
この状況を収束させるには、ムートンがどの担々麺を食べるのかを、はっきりさせる必要がある。
ムートンが女店主である魔王マカロンを呼んだことによって、先ほどまで己のお気に入りの担々麺の魅力を語っていた者たちの口が閉ざされた。
彼がどの担々麺を注文するかに意識を集中させているのである。
自分がプレゼンした担々麺を頼むだろう、と自信満々な表情の者もいれば、頼んでくれるのか心配だ、と不安そうな表情の者もいる。
「決まったかのぉ? どの担々麺にするのじゃ?」
「私はこれに……この担々麺にします!」
メニュー表を指差しながら注文するムートン。
それを見て魔王マカロンは思わず『ほぉ~』と声が漏れた。
「皆とは違う担々麺――〝白光のチーズ担々麺〟じゃな。わかったのじゃ」
「はい。お願いします」
ムートンが選んだのは〝白光のチーズ担々麺〟というチーズがたっぷりと使用された担々麺だった。
全員の意見を無視しての注文。全員から反感を買う危険性がある注文だが、それは大きな誤解だ。
この中の誰かの意見に従い、その担々麺を選んだとしよう。
選ばれた者は歓喜するだろが、選ばれなかった者たちはどうだ?
選ばれなかった者から反感を買う確率の方が、十二分に高いのである。
そうなってしまった場合、争いが激化してしまうのも明白だ。
最悪の場合、世界大戦が再び起きかねない。それも担々麺が原因となれば洒落にはならない。
そんな世界大戦を避けるためにも、そして平和的な解決のためにも、誰も選んでいない担々麺を選ぶ必要があったのである。
「皆さんの担々麺はどれも魅力的で選ぶのが非常に難しかったです。でも参考になった点がたくさんありました。ありがとうございます。それを踏まえてこの白光のチーズ担々麺を選ばせていただきました。皆さんの担々麺はまた別の機会にいただきますね」
しっかりとそれらしいことを言うムートン。
これで言い争いのような雰囲気が一挙に解決した。
納得した面々は各々の席へと戻っていく。
それと同時に魔王マカロンも注文を勇者ユークリフォンスに伝えるため、踵を返して厨房へと向かった。
ムートンの会話の上手さや言葉選び、判断力などは、情報屋として培ってきたものなのである。
難を逃れたムートンは脱力するかのように、自分の椅子に腰を落とした。
(やばかったです。キャリア三十年の中で一番緊張したかもしれません。戦場の中心で情報収集していた時以上に緊張しましたよ。迫力ありすぎです。とりあえず今起きたことをメモしないとですね……種類豊富な担々麺には、それぞれの魅力がある、と。その魅力は全員が一緒に喋っていたせいで全く聞き取れませんでしたけど。あと緊張のせいでってのもあるかもしれません。他にもメモすることはたくさんあります。言い争うだけで誰も手を出さなかったこと。助かった身が言うのあれですが、武力行使が手っ取り早いと思うんですけどね。これも何か事情が? 暗躍する悪事と何か関係が? メモメモっと……)
ムートンは注文した〝白光のチーズ担々麺〟が到着するまでメモを取り続けた。
彼にとってそれだけ内容の濃い出来事が起きていたのである。
複数の音が重なり酷い雑音となって、ムートンの鼓膜を振動させる。
恐怖心も相まってか、一言も聞き取れないほどの酷い雑音だ。
ムートンに向かって放たれている雑音は全て、質問への回答である。
その質問への回答とは『どれが一番美味しいんですかね?』と、彼が何気なく言った質問に対しての回答だ。
各々が各々の担々麺を一番だと主張しているのだ。
情熱的に、それでいて早口で担々麺の魅力を語っているのである。
『余の〝翡翠のバジリコ担々麺〟が一番だ! この美味くて美味い担々麺が一番美味しいだ! 言葉にすると美味いしか出ないのはなぜなのだ! とにかく〝翡翠のバジリコ担々麺〟が一番美味しいのだ!』
と、災厄で最凶の邪竜カタストロフィーが屋外席から〝翡翠のバジリコ担々麺〟の魅力を語る。
「俺様の〝真紅のトマト担々麺〟こそ一番美味い担々麺に決まってるッ! 酸味と旨味の共存ッ! 人生で味わったことのないほどの美味さ体験できるぞッ!」
と、元魔王軍大幹部の鬼人族の大男オーグルが〝|真紅のトマト担々麺〟の魅力を語る。
「いや、俺の〝極上の担々つけ麺〟こそが一番に相応しい! 仕掛けが満載で最後の一滴まで楽しめる! 〝極上の担々つけ麺〟の魅力を朝まで語ってやろうか? 世界最強の美味さだぞ! くははははっ」
と、自称世界最強の龍人族の男リューギが〝極上の担々つけ麺〟の魅力を語る。
「ふん。朝までか。我らなら〝漆黒のイカスミ担々麺〟の魅力を永遠と語れるぞ」
「そ、その通り、で、です! え、永遠に、か、語れます!」
と、元勇者パーティーの女剣士リュビ・ローゼと女魔術師のエメロード・リリシアが〝|漆黒のイカスミ担々麺〟の魅力を語る。
「それなら俺たちの〝冷涼の冷やし担々麺〟もだ。この中で唯一の冷やし料理! 唯一無二の存在だ」
「そうッス! 頭の言う通りッス! 唯一無二ッス!」
と、正義の盗賊団の盗賊頭ロド・ブリガンと下っ端盗賊のウボ・バンディーが〝|冷涼の冷やし担々麺〟の魅力を語る。
「あら? 唯一無二なら私の〝地獄の激辛担々麺〟もよ。こんなに辛い料理はどの料理屋を探しても他にないわっ。うふふっ」
と、店潰しの美食家エルバームが〝地獄の激辛担々麺〟の魅力を語る。
余の担々麺が、俺様の担々麺が、俺の担々麺が、我々の担々麺が、俺たちの担々麺が、私の担々麺が、とあくまで各々が各々の担々麺の魅力を語り合っているだけ。
手を出したり乱暴な行動は一切取ってはいない。
しかし、これはこれでムートンにとっては、言い争っているようにしか見えない光景だった。
それでも暴力に走らなかったことに対して助かったと思っているのも事実だ。
命の危険性を感じていた分、安堵は大きい。
「み、皆さん落ち着いてください。皆さんの担々麺に対する愛情は十分に伝わりましたから! 今決めますね。すいませーん! 先ほどの店の方! お願いしまーす」
この状況を収束させるには、ムートンがどの担々麺を食べるのかを、はっきりさせる必要がある。
ムートンが女店主である魔王マカロンを呼んだことによって、先ほどまで己のお気に入りの担々麺の魅力を語っていた者たちの口が閉ざされた。
彼がどの担々麺を注文するかに意識を集中させているのである。
自分がプレゼンした担々麺を頼むだろう、と自信満々な表情の者もいれば、頼んでくれるのか心配だ、と不安そうな表情の者もいる。
「決まったかのぉ? どの担々麺にするのじゃ?」
「私はこれに……この担々麺にします!」
メニュー表を指差しながら注文するムートン。
それを見て魔王マカロンは思わず『ほぉ~』と声が漏れた。
「皆とは違う担々麺――〝白光のチーズ担々麺〟じゃな。わかったのじゃ」
「はい。お願いします」
ムートンが選んだのは〝白光のチーズ担々麺〟というチーズがたっぷりと使用された担々麺だった。
全員の意見を無視しての注文。全員から反感を買う危険性がある注文だが、それは大きな誤解だ。
この中の誰かの意見に従い、その担々麺を選んだとしよう。
選ばれた者は歓喜するだろが、選ばれなかった者たちはどうだ?
選ばれなかった者から反感を買う確率の方が、十二分に高いのである。
そうなってしまった場合、争いが激化してしまうのも明白だ。
最悪の場合、世界大戦が再び起きかねない。それも担々麺が原因となれば洒落にはならない。
そんな世界大戦を避けるためにも、そして平和的な解決のためにも、誰も選んでいない担々麺を選ぶ必要があったのである。
「皆さんの担々麺はどれも魅力的で選ぶのが非常に難しかったです。でも参考になった点がたくさんありました。ありがとうございます。それを踏まえてこの白光のチーズ担々麺を選ばせていただきました。皆さんの担々麺はまた別の機会にいただきますね」
しっかりとそれらしいことを言うムートン。
これで言い争いのような雰囲気が一挙に解決した。
納得した面々は各々の席へと戻っていく。
それと同時に魔王マカロンも注文を勇者ユークリフォンスに伝えるため、踵を返して厨房へと向かった。
ムートンの会話の上手さや言葉選び、判断力などは、情報屋として培ってきたものなのである。
難を逃れたムートンは脱力するかのように、自分の椅子に腰を落とした。
(やばかったです。キャリア三十年の中で一番緊張したかもしれません。戦場の中心で情報収集していた時以上に緊張しましたよ。迫力ありすぎです。とりあえず今起きたことをメモしないとですね……種類豊富な担々麺には、それぞれの魅力がある、と。その魅力は全員が一緒に喋っていたせいで全く聞き取れませんでしたけど。あと緊張のせいでってのもあるかもしれません。他にもメモすることはたくさんあります。言い争うだけで誰も手を出さなかったこと。助かった身が言うのあれですが、武力行使が手っ取り早いと思うんですけどね。これも何か事情が? 暗躍する悪事と何か関係が? メモメモっと……)
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