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翡翠のバジリコ担々麺 (特盛り)
029:勇者の詫びと邪竜の感謝、驚異の美味さバジリコ担々麺
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『バ、バジリ……なんだって?』
拍子抜けと困惑の色を浮かべる邪竜カタストロフィー。無理もない。
さらなる恐怖を植え付けられるのではないかと思っていたからだ。
それが料理を運んで来たとなると拍子抜けもいいところである。
「〝翡翠のバジリコ担々麺〟だよ。体が大きなお客様のために特盛りのメガサイズで作ったんだ」
「やはりこのサイズの丼鉢を作っておいて正解じゃったな」
あまりにも大きな丼鉢。巨躯である邪竜カタストロフィーにはちょうどいいサイズの丼鉢だ。
いつか使う時が来るだろうと想定して、魔王マカロンが作っていたのである。
それの使い時が今まさにやってきたのである。
「普通のバジリコ担々麺と比べて十五倍の量だ。味は全く落ちてないから安心していいぞ」
「ちょうどさっき採取したバジルと葉野菜もたっぷり入れたのじゃ。雑草だけを抜いていたわけじゃなかったのじゃよ」
〝翡翠のバジリコ担々麺〟の具材には、担々麺には欠かせない豚挽肉の他に、〝翡翠のバジリコ担々麺〟に最も重要なバジルの葉、針のように尖ったシャキシャキの白髪ネギ、彩りを与える紫キャベツ、新鮮な水菜とサラダ菜、独特な食感と香りのセロリなど野菜がたっぷり入っている。
魔王マカロンと勇者ユークリフォンスの二人は満ち足りた気持ちでいる。雲ひとつない表情だ。
そんな二人とは裏腹に拍子抜けの邪竜カタストロフィーは怒りすら覚えていた。
『余を蜥蜴か何かかと勘違いしてないか? 余はこの世の誰もが恐怖した〝災厄で最凶〟の邪竜だぞ! 餌付けか? 供物か? そんなもので余が喜ぶとでも? お門違いにも程があるぞ!』
邪竜カタストロフィーは咆哮の如く怒号を上げる。
それによって〝翡翠のバジリコ担々麺〟のスープが波打つが、幸い一滴も溢すことはなかった。
魔王マカロンと勇者ユークリフォンスがスープを溢さないように絶妙なバランスを取っているのだ。
「お前が邪竜だってことぐらい知ってるよ。食べれば落ち着くだろうからさ。これはあれだ。なんて言うか……詫びも兼ねてる」
『詫びだと? 貴様が余に詫び? ますます意味がわからんな。余に詫びを入れるべき人物はたった一人だ! 貴様らの意味のわからない詫びなど受け取らん! その料理ごと消し去ってくれるわ!』
邪竜カタストロフィーは巨口に魔力を集め始めた。あの凄まじい光線を放つつもりだ。
光線が放たれる直前、邪竜カタストロフィーの視界から勇者ユークリフォンスの姿だけが消える。
消えたかと思えば、すぐ真上に勇者ユークリフォンスの影が現れる。
勇者の加護による《瞬間移動》を発動したのだ。
小柄な魔王マカロンでは一人で持つことが不可能な特盛りサイズの〝翡翠のバジリコ担々麺〟はどうなったのかというと、そのまま地面に置かれていた。
阿吽の呼吸で合図もなく〝翡翠のバジリコ担々麺〟を地面に置いてから、勇者ユークリフォンスは邪竜カタストロフィーの頭上へと瞬間移動したのである。
「――ごちゃごちゃ言ってないで食え!!」
勇者ユークリフォンスは邪竜カタストロフィーの角を掴み、ダンクシュートを決めるかの如く、邪竜カタストロフィーの巨口を特盛りサイズの〝翡翠のバジリコ担々麺〟へと放り入れた。
たちまち巨口に集まっていた魔力は消え失せ、口内には濃厚で芳醇、それでいて野菜の旨味と甘味が瞬きの刹那広がった。
『ぐはッ!! ばはッ! な、何をする!? ぺろッ、美味い! ふざけるな! ぺろッ、美味い! 余を誰だと! ぺろッ、美味い! 生きていられると思うなよ! ぺろッ、美味い! 余を怒らせた貴様は! ぺろッ、美味い! ここで死ぬことが確定した! ぺろッ、美味い! ぺろッ、美味い!』
体が無意識に反応しているのか、言葉の合間合間でスープを大きな舌で舐めていた。
「ゆーくんよ。そんな乱暴なやり方でよかったのか?」
「相手は邪竜だぞ? これくらいの対応がちょうどいいんだよ。でどうだ? 美味しいか?」
『美味しいかだと? ぺろッ、美味い! 貴様はこの状況を理解していないみたいだな! ぺろッ、美味い! 己の置かれている状況を理解できぬとは! ぺろッ、美味い! 全く哀れな生き物だ! ぺろッ、美味い! ぺろッ、美味い!』
「ちょ、話が入ってこないって! 喋るか食べるかどっちかにしろ!」
『じゃあ! まずは喰らいつくすッ! 話は、いや、お前が死ぬのはその後だ――!!!』
邪竜カタストロフィーは食べる事を選択した。
――バグバグッ、ガブガブッ、バグッ、バグッ!
(熱々のスープの中でも死ぬことのない野菜のシャキシャキ食感。それでいて咀嚼のたびに、バジルの特有の爽やかで甘みのある香りが広がる。この葉野菜はさっぱりとしていて水々しい。新鮮だ。こっちは苦味もあるがこれもまた良い。どの葉野菜もこの味わい深い濃厚で芳醇なスープと相性抜群だ。葉野菜ひとつひとつの個性を消さず、むしろ引き立たせている。ただ美味いのではなく、素材ひとつひとつの違った美味さがこの一杯に凝縮している!)
――ガーブッ、バグッ、ガブッ、バーグバグッ、バグッ!
『うん。美味い! 美味い! 美味い! 美味い! 美味い! 美味い! 美味いッ!』
――ガブバグッ、ガブッ、バグバグッ、バグッ、バグッ!
(くっ、なぜだ。こんなに美味しいというのに、言葉にしようとすると『美味い』しか出てこない。本当に美味しいものを口にしたときは『美味い』しか言えなくなってしまうのか? しかしなぜ肉食竜である余が草食竜のように葉野菜を欲しているのだ? このスープに仕掛けがあるのはわかる。肉を食らっている時と同じ感覚だからな。そ、そうか! わかったぞ。このスープの出汁に獣の骨を使っているな。それも厳選された獣の。牛か鶏……いや、豚か! この豚の旨味によって葉野菜すらも肉食竜である余の好みに変えてしまったのか? 詰まるところこの料理は――タンタンメンというものは野菜を使った肉料理だとでも言うのか!?)
普通のサイズと比べて十五倍ほどの量がある特盛りサイズを邪竜カタストロフィーは、あっという間に平らげた。
「見事な食べっぷりじゃのぉ。どうじゃ美味しかったか?」
『ああ、美味かった。美味かったぞ。ぺロッ』
口周りに付いたスープを綺麗に舐めとる邪竜カタストロフィー。
本当ならば丼鉢の中に残ったスープも綺麗に舐め取りたいと思っているが、流石に誰かに見られている状況では恥ずかしくてできないらしい。
寂しげな眼がそれを物語っていた。
「気に入ってくれたみたいだな。それで食べ終わったら何をするんだっけか?」
『食べ終わったら、何を……何を?』
邪竜カタストロフィーは数分前の己の発言を忘れてしまったらしく小首を傾げた。
「な、何をって……さっき自分で言ってただろ」
『忘れた』
堂々と。そして清々しく邪竜カタストロフィーは応えた。
『それよりも今は余韻に浸らせてくれ。残り香からでも十分に楽しめるものがあるからな』
「そ、そうか。満足してくれてよかったよ。それに表情も軽くなったし、禍々しいオーラも薄れたみたいだしな。ちょっとだけ気になってたんだ。お前のこと」
『ぬ? 余のことを? お主が? なぜ?』
「お前ってさ、勇者パーティーとか魔王軍とかとは違って一人というか一匹で戦ってたろ? 仲間とか眷属的なのとか、ましてや同じ種族もいないみたいだしさ。だから勇者に負けたお前を誰が慰めて、誰が労ってくれるんだろうってな。どんなに強くても、どんなに〝災厄で最凶〟と恐れられていても、一人じゃ超えられない壁、壊せない壁ってあるだろうからさ」
『超えられない壁、壊せない壁……』
邪竜カタストロフィーには心当たりがあった。その壁は勇者に植え付けられた恐怖のことなのだと。
しかしそれは過去の話。恐怖を植え付けられたのも、その恐怖に怯えていたのも全て過去だ。
今の邪竜カタストロフィーは晴れ渡る空のように雲ひとつない眼で、今という時を、明日という未来を見ている。
『その壁はもう何処かへ消えたよ。この〝翡翠のバジリコ担々麺〟という料理のおかげでな』
「それなら何よりだ」
『ところでお主、もしかしてだが……』
邪竜カタストロフィーは何かに気付いたような眼差しを勇者ユークリフォンスに向けながら言った。
その眼差しから正体がバレたのだと察する勇者ユークリフォンス。踏み込みすぎたと後悔しつつも慌てて訂正を入れる。
「あっ、いや、俺は勇者とは関係がないぞ! 全くの人違いであって、第三者! 赤の他人ってやつだ! マジで勇者とは関係ない! 一度も会ったことなんてないしな! あははははは」
慌てて訂正を入れる勇者ユークリフォンスは下手くそな笑みを浮かべる。
それを見た邪竜カタストロフィーは、頭にハテナを浮かべた。
『何を言ってるんだ? お主が勇者なわけないだろ。気配は酷似してるが姿が違う。詰まるところお主は余の信者なんだろ? 余の信者故のその気配なのだろう。信仰心が強いと魔力やオーラなるものも強まると言うからな』
「あっ、えー、あ、ん? 信者?」
『まさか余に信者がいたとはな。これはこれは驚いた! 邪竜の信者。うん。悪くない響きだな。なんだか嬉しいぞ!』
邪竜カタストロフィーの勘違いによって、勇者ユークリフォンスは邪竜の信者に認定された。
その勘違いを解くことは容易い。
しかし勘違いを解くということは、同時に正体を明かすヒントを差し出すことになる可能性も浮上する。
正体を知られてしまえば、過去の恐怖を乗り越えたばかりの邪竜カタストロフィーの心に再び恐怖を植え付けることとなる。
最悪の場合、怒りが全てを呑み込むことだってあり得るだろう。
それは些か良い判断とは言えないのだ。
だから勇者ユークリフォンスは自分が邪竜の信者だということにして、この場をやり過ごしたのである。
『それにしても美味い料理だったぞ!』
「もう一杯食べていけばどうじゃ? 材料はまだまだ残っておる!」
『いや、そうしたいのは山々なんだが、余は一度縄張りへ帰らせてもらう。人間族が扱う金はないが、金銀財宝なら山ほどある。それを対価にこの〝翡翠のバジリコ担々麺〟を食らうとしよう。だから待ってろ。すぐに戻ってくる。それに安心してくれ。余は食い逃げなど絶対にしない。今食らった〝翡翠のバジリコ担々麺〟の支払いもさせてくれ』
「今のは別にいいのじゃよ。妾とゆーくんからのサービスじゃ。とりあえずバジリコ担々麺を食してもらってから、おぬしを判断しようと思っていたからのぉ。担々麺が好きなおぬしは悪い奴じゃなさそうじゃからな。だから今回だけ、この一杯だけはサービスじゃよ」
魔王マカロンの隣で勇者ユークリフォンスは、うんうん、と頷く。
二人とも邪竜カタストロフィーを害のある存在だとは微塵も思わなくなったようだ。
それも全ては〝翡翠のバジリコ担々麺〟のおかげと言っても過言ではない。
『その気持ちありがたく受け取ろう。と言いたいところだが、余はお主らが思っている以上に救われた。その分の礼は受け取ってくれるな?』
「まあ、どうしてもって言うんなら受け取るが、お前が渡そうとしてるのって金銀財宝だろ? そういう俺たち興味がなくてな。お礼がしたいならたくさん食べに来てくれる方が嬉しかったりもするぜ」
『金銀財宝にも目を眩ませないとは……お主らは一体何者なんだ? ただの料理屋の店主じゃないだろ?』
「何者って言われてもな」
「そうじゃのぉ。言うならば、担々麺に余生を捧げると決めた魔勇家の店主じゃな。そういう認識でいいのじゃ」
その答えに邪竜カタストロフィーは、勇者や魔王以上の逸材を見つけたような感覚に陥る。
『気に入った。気に入ったぞ! お主らの寿命が尽きるまで、いや、受け継いでいくお主らの子孫の寿命が尽きるまで、何百年、何千年と、この料理屋を見届けようではないか! 恐怖を克服し目的を失った余の新たな目的だ! では、余は縄張りに一旦戻るぞ!』
邪竜カタストロフィーは高らかに笑いながら、南へ向かって飛んで行った。
営業前のひと騒動が無事に終わった瞬間だ。
そしてまた新たに常連客を獲得した瞬間でもあった。
「わ、妾たちのしししししししし、子孫!? し、子孫とか、な、何の、何の話をしているのじゃあの邪竜は! ま、まったく! な、なんなんじゃ!」
「お、俺たちの子孫か。じゃ、邪竜も、お、面白いこと言うんだな。はははっ。ユーモアある邪竜だな。はははっ」
二人は耳までトマトのように真っ赤に染めながら、開店準備を始めたのだった。
拍子抜けと困惑の色を浮かべる邪竜カタストロフィー。無理もない。
さらなる恐怖を植え付けられるのではないかと思っていたからだ。
それが料理を運んで来たとなると拍子抜けもいいところである。
「〝翡翠のバジリコ担々麺〟だよ。体が大きなお客様のために特盛りのメガサイズで作ったんだ」
「やはりこのサイズの丼鉢を作っておいて正解じゃったな」
あまりにも大きな丼鉢。巨躯である邪竜カタストロフィーにはちょうどいいサイズの丼鉢だ。
いつか使う時が来るだろうと想定して、魔王マカロンが作っていたのである。
それの使い時が今まさにやってきたのである。
「普通のバジリコ担々麺と比べて十五倍の量だ。味は全く落ちてないから安心していいぞ」
「ちょうどさっき採取したバジルと葉野菜もたっぷり入れたのじゃ。雑草だけを抜いていたわけじゃなかったのじゃよ」
〝翡翠のバジリコ担々麺〟の具材には、担々麺には欠かせない豚挽肉の他に、〝翡翠のバジリコ担々麺〟に最も重要なバジルの葉、針のように尖ったシャキシャキの白髪ネギ、彩りを与える紫キャベツ、新鮮な水菜とサラダ菜、独特な食感と香りのセロリなど野菜がたっぷり入っている。
魔王マカロンと勇者ユークリフォンスの二人は満ち足りた気持ちでいる。雲ひとつない表情だ。
そんな二人とは裏腹に拍子抜けの邪竜カタストロフィーは怒りすら覚えていた。
『余を蜥蜴か何かかと勘違いしてないか? 余はこの世の誰もが恐怖した〝災厄で最凶〟の邪竜だぞ! 餌付けか? 供物か? そんなもので余が喜ぶとでも? お門違いにも程があるぞ!』
邪竜カタストロフィーは咆哮の如く怒号を上げる。
それによって〝翡翠のバジリコ担々麺〟のスープが波打つが、幸い一滴も溢すことはなかった。
魔王マカロンと勇者ユークリフォンスがスープを溢さないように絶妙なバランスを取っているのだ。
「お前が邪竜だってことぐらい知ってるよ。食べれば落ち着くだろうからさ。これはあれだ。なんて言うか……詫びも兼ねてる」
『詫びだと? 貴様が余に詫び? ますます意味がわからんな。余に詫びを入れるべき人物はたった一人だ! 貴様らの意味のわからない詫びなど受け取らん! その料理ごと消し去ってくれるわ!』
邪竜カタストロフィーは巨口に魔力を集め始めた。あの凄まじい光線を放つつもりだ。
光線が放たれる直前、邪竜カタストロフィーの視界から勇者ユークリフォンスの姿だけが消える。
消えたかと思えば、すぐ真上に勇者ユークリフォンスの影が現れる。
勇者の加護による《瞬間移動》を発動したのだ。
小柄な魔王マカロンでは一人で持つことが不可能な特盛りサイズの〝翡翠のバジリコ担々麺〟はどうなったのかというと、そのまま地面に置かれていた。
阿吽の呼吸で合図もなく〝翡翠のバジリコ担々麺〟を地面に置いてから、勇者ユークリフォンスは邪竜カタストロフィーの頭上へと瞬間移動したのである。
「――ごちゃごちゃ言ってないで食え!!」
勇者ユークリフォンスは邪竜カタストロフィーの角を掴み、ダンクシュートを決めるかの如く、邪竜カタストロフィーの巨口を特盛りサイズの〝翡翠のバジリコ担々麺〟へと放り入れた。
たちまち巨口に集まっていた魔力は消え失せ、口内には濃厚で芳醇、それでいて野菜の旨味と甘味が瞬きの刹那広がった。
『ぐはッ!! ばはッ! な、何をする!? ぺろッ、美味い! ふざけるな! ぺろッ、美味い! 余を誰だと! ぺろッ、美味い! 生きていられると思うなよ! ぺろッ、美味い! 余を怒らせた貴様は! ぺろッ、美味い! ここで死ぬことが確定した! ぺろッ、美味い! ぺろッ、美味い!』
体が無意識に反応しているのか、言葉の合間合間でスープを大きな舌で舐めていた。
「ゆーくんよ。そんな乱暴なやり方でよかったのか?」
「相手は邪竜だぞ? これくらいの対応がちょうどいいんだよ。でどうだ? 美味しいか?」
『美味しいかだと? ぺろッ、美味い! 貴様はこの状況を理解していないみたいだな! ぺろッ、美味い! 己の置かれている状況を理解できぬとは! ぺろッ、美味い! 全く哀れな生き物だ! ぺろッ、美味い! ぺろッ、美味い!』
「ちょ、話が入ってこないって! 喋るか食べるかどっちかにしろ!」
『じゃあ! まずは喰らいつくすッ! 話は、いや、お前が死ぬのはその後だ――!!!』
邪竜カタストロフィーは食べる事を選択した。
――バグバグッ、ガブガブッ、バグッ、バグッ!
(熱々のスープの中でも死ぬことのない野菜のシャキシャキ食感。それでいて咀嚼のたびに、バジルの特有の爽やかで甘みのある香りが広がる。この葉野菜はさっぱりとしていて水々しい。新鮮だ。こっちは苦味もあるがこれもまた良い。どの葉野菜もこの味わい深い濃厚で芳醇なスープと相性抜群だ。葉野菜ひとつひとつの個性を消さず、むしろ引き立たせている。ただ美味いのではなく、素材ひとつひとつの違った美味さがこの一杯に凝縮している!)
――ガーブッ、バグッ、ガブッ、バーグバグッ、バグッ!
『うん。美味い! 美味い! 美味い! 美味い! 美味い! 美味い! 美味いッ!』
――ガブバグッ、ガブッ、バグバグッ、バグッ、バグッ!
(くっ、なぜだ。こんなに美味しいというのに、言葉にしようとすると『美味い』しか出てこない。本当に美味しいものを口にしたときは『美味い』しか言えなくなってしまうのか? しかしなぜ肉食竜である余が草食竜のように葉野菜を欲しているのだ? このスープに仕掛けがあるのはわかる。肉を食らっている時と同じ感覚だからな。そ、そうか! わかったぞ。このスープの出汁に獣の骨を使っているな。それも厳選された獣の。牛か鶏……いや、豚か! この豚の旨味によって葉野菜すらも肉食竜である余の好みに変えてしまったのか? 詰まるところこの料理は――タンタンメンというものは野菜を使った肉料理だとでも言うのか!?)
普通のサイズと比べて十五倍ほどの量がある特盛りサイズを邪竜カタストロフィーは、あっという間に平らげた。
「見事な食べっぷりじゃのぉ。どうじゃ美味しかったか?」
『ああ、美味かった。美味かったぞ。ぺロッ』
口周りに付いたスープを綺麗に舐めとる邪竜カタストロフィー。
本当ならば丼鉢の中に残ったスープも綺麗に舐め取りたいと思っているが、流石に誰かに見られている状況では恥ずかしくてできないらしい。
寂しげな眼がそれを物語っていた。
「気に入ってくれたみたいだな。それで食べ終わったら何をするんだっけか?」
『食べ終わったら、何を……何を?』
邪竜カタストロフィーは数分前の己の発言を忘れてしまったらしく小首を傾げた。
「な、何をって……さっき自分で言ってただろ」
『忘れた』
堂々と。そして清々しく邪竜カタストロフィーは応えた。
『それよりも今は余韻に浸らせてくれ。残り香からでも十分に楽しめるものがあるからな』
「そ、そうか。満足してくれてよかったよ。それに表情も軽くなったし、禍々しいオーラも薄れたみたいだしな。ちょっとだけ気になってたんだ。お前のこと」
『ぬ? 余のことを? お主が? なぜ?』
「お前ってさ、勇者パーティーとか魔王軍とかとは違って一人というか一匹で戦ってたろ? 仲間とか眷属的なのとか、ましてや同じ種族もいないみたいだしさ。だから勇者に負けたお前を誰が慰めて、誰が労ってくれるんだろうってな。どんなに強くても、どんなに〝災厄で最凶〟と恐れられていても、一人じゃ超えられない壁、壊せない壁ってあるだろうからさ」
『超えられない壁、壊せない壁……』
邪竜カタストロフィーには心当たりがあった。その壁は勇者に植え付けられた恐怖のことなのだと。
しかしそれは過去の話。恐怖を植え付けられたのも、その恐怖に怯えていたのも全て過去だ。
今の邪竜カタストロフィーは晴れ渡る空のように雲ひとつない眼で、今という時を、明日という未来を見ている。
『その壁はもう何処かへ消えたよ。この〝翡翠のバジリコ担々麺〟という料理のおかげでな』
「それなら何よりだ」
『ところでお主、もしかしてだが……』
邪竜カタストロフィーは何かに気付いたような眼差しを勇者ユークリフォンスに向けながら言った。
その眼差しから正体がバレたのだと察する勇者ユークリフォンス。踏み込みすぎたと後悔しつつも慌てて訂正を入れる。
「あっ、いや、俺は勇者とは関係がないぞ! 全くの人違いであって、第三者! 赤の他人ってやつだ! マジで勇者とは関係ない! 一度も会ったことなんてないしな! あははははは」
慌てて訂正を入れる勇者ユークリフォンスは下手くそな笑みを浮かべる。
それを見た邪竜カタストロフィーは、頭にハテナを浮かべた。
『何を言ってるんだ? お主が勇者なわけないだろ。気配は酷似してるが姿が違う。詰まるところお主は余の信者なんだろ? 余の信者故のその気配なのだろう。信仰心が強いと魔力やオーラなるものも強まると言うからな』
「あっ、えー、あ、ん? 信者?」
『まさか余に信者がいたとはな。これはこれは驚いた! 邪竜の信者。うん。悪くない響きだな。なんだか嬉しいぞ!』
邪竜カタストロフィーの勘違いによって、勇者ユークリフォンスは邪竜の信者に認定された。
その勘違いを解くことは容易い。
しかし勘違いを解くということは、同時に正体を明かすヒントを差し出すことになる可能性も浮上する。
正体を知られてしまえば、過去の恐怖を乗り越えたばかりの邪竜カタストロフィーの心に再び恐怖を植え付けることとなる。
最悪の場合、怒りが全てを呑み込むことだってあり得るだろう。
それは些か良い判断とは言えないのだ。
だから勇者ユークリフォンスは自分が邪竜の信者だということにして、この場をやり過ごしたのである。
『それにしても美味い料理だったぞ!』
「もう一杯食べていけばどうじゃ? 材料はまだまだ残っておる!」
『いや、そうしたいのは山々なんだが、余は一度縄張りへ帰らせてもらう。人間族が扱う金はないが、金銀財宝なら山ほどある。それを対価にこの〝翡翠のバジリコ担々麺〟を食らうとしよう。だから待ってろ。すぐに戻ってくる。それに安心してくれ。余は食い逃げなど絶対にしない。今食らった〝翡翠のバジリコ担々麺〟の支払いもさせてくれ』
「今のは別にいいのじゃよ。妾とゆーくんからのサービスじゃ。とりあえずバジリコ担々麺を食してもらってから、おぬしを判断しようと思っていたからのぉ。担々麺が好きなおぬしは悪い奴じゃなさそうじゃからな。だから今回だけ、この一杯だけはサービスじゃよ」
魔王マカロンの隣で勇者ユークリフォンスは、うんうん、と頷く。
二人とも邪竜カタストロフィーを害のある存在だとは微塵も思わなくなったようだ。
それも全ては〝翡翠のバジリコ担々麺〟のおかげと言っても過言ではない。
『その気持ちありがたく受け取ろう。と言いたいところだが、余はお主らが思っている以上に救われた。その分の礼は受け取ってくれるな?』
「まあ、どうしてもって言うんなら受け取るが、お前が渡そうとしてるのって金銀財宝だろ? そういう俺たち興味がなくてな。お礼がしたいならたくさん食べに来てくれる方が嬉しかったりもするぜ」
『金銀財宝にも目を眩ませないとは……お主らは一体何者なんだ? ただの料理屋の店主じゃないだろ?』
「何者って言われてもな」
「そうじゃのぉ。言うならば、担々麺に余生を捧げると決めた魔勇家の店主じゃな。そういう認識でいいのじゃ」
その答えに邪竜カタストロフィーは、勇者や魔王以上の逸材を見つけたような感覚に陥る。
『気に入った。気に入ったぞ! お主らの寿命が尽きるまで、いや、受け継いでいくお主らの子孫の寿命が尽きるまで、何百年、何千年と、この料理屋を見届けようではないか! 恐怖を克服し目的を失った余の新たな目的だ! では、余は縄張りに一旦戻るぞ!』
邪竜カタストロフィーは高らかに笑いながら、南へ向かって飛んで行った。
営業前のひと騒動が無事に終わった瞬間だ。
そしてまた新たに常連客を獲得した瞬間でもあった。
「わ、妾たちのしししししししし、子孫!? し、子孫とか、な、何の、何の話をしているのじゃあの邪竜は! ま、まったく! な、なんなんじゃ!」
「お、俺たちの子孫か。じゃ、邪竜も、お、面白いこと言うんだな。はははっ。ユーモアある邪竜だな。はははっ」
二人は耳までトマトのように真っ赤に染めながら、開店準備を始めたのだった。
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