異世界担々麺 〜魔王と勇者が担々麺ひとつで異世界征服する物語〜

アイリスラーメン

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究極の担々麺

007:赤面の魔王、愛情たっぷり究極の担々麺

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「魔王マカロン! 完成したぞ! 俺のキミに対する愛情たっぷりの担々麺が――〝本物の究極の担々麺〟が――!!」

 扉を大胆に開けて部屋へ戻ってきた勇者ユークリフォンス。
 彼の手には白い湯気をのぼらせた黒色の丼鉢どんぶりばちがある。
 その中にはもちろん、愛情たっぷりの担々麺と称した〝の究極の担々麺〟が入っている。

「かぁあああああああ。言ったぞ。言ってしまったぞ。真顔で! しかも恥ずかしがる様子もなく言ってしまったぞー!」

 担々麺というフィルターが外れた魔王マカロンからしたら、勇者ユークリフォンスの言葉は告白以上に恥ずかしい言葉。
 顔や耳を赤唐辛子のように真っ赤に染めて項垂うなだれるしかできないほどの羞恥。
 当の本人――勇者ユークリフォンスには担々麺フィルターがしっかりと付いているため、己の発言の恥ずかしさには気付いていない。
 だからこそ勇者ユークリフォンスの恥ずかしい発言は続く――

「何をそんなに赤くなってるんだ。ささ、俺の愛情たっぷりの担々麺を――〝本物の究極の担々麺〟を冷めないうちに食べてくれ! キミが作った担々麺よりも美味くなるように、これでもかってくらい愛情を込めたからな! 絶対に美味いぞ! 俺の愛情たっぷり! キミへの愛情たっぷりだ!!!」
「も、もう喋るなー! これ以上は喋るなー! かぁあああああああ」

 テーブルに顔を伏せてじたばたと暴れる魔王マカロン。恥ずかしさが限界突破している。

「うんうん。暴れたくなるほど俺の愛情たっぷりの担々麺が待ち遠しかったのか。わかる。わかるぞ」

 じたばたと暴れている魔王マカロンの様子を見て勘違いをかます勇者ユークリフォンス。
 その発言に魔王マカロンの感情は羞恥心に支配されていく。
 もう熱々の担々麺以上に顔も熱く火照ってしまっている。

「う、うるさーい! え、えーい、こうなったらヤケクソじゃ! 全部食べて、全部忘れてやる!」

 魔王マカロンは勇者ユークリフォンスから担々麺を乱暴に奪い取った。
 荒々しい動きだが、スープは一滴も溢していない。
 それだけのバランス力を彼女は兼ね備えているのである。

「そんなに慌てなくても俺の愛情は逃げたりしないぞ」
「おぬしは黙っておれー!!!!」

 恥ずかしさを誤魔化すためか、箸で掴んだ麺を冷ますことなく、勢いのままに口へ運んだ。


 ――バクッ!!


「お、おい、火傷するぞ!?」

 さすがの勇者ユークリフォンスも驚きの表情を見せる。

「妾は魔王じゃぞ! この程度で火傷などせぬ!」


 ――ズルズルッ。


「そ、そうだった。炎に対する耐性はこの世界で一番だよな。キミのことが大事だからさ。つい無駄な心配をしてしまったよ」
「い、いちいちうるさ……う、美味い! な、何じゃこの美味さは!!! 美味びみじゃ! 美味なのじゃ!」

 美味しいという感情以外を忘れてしまうほどの美味さ。


 ――スーッ、ズルズルッ、ズーッ、もぐもぐッ。


 魔王マカロンは怒りも羞恥心も忘れて、ただただ担々麺を食らう。


 ――ズルズルッ、もぐもぐッ、ズーッ。


 勇者ユークリフォンスの愛情がたっぷりと注がれた〝本物の究極の担々麺〟を無我夢中で食らう。

「そうだろ、そうだろ。美味しいだろ。俺の愛情たっぷりだからな!」
「おぬしの愛情すごく感じるぞ! 美味じゃ! 美味! スープがもっと濃厚こってりになっておる! 芳醇な香りも風味も全てが今まで以上じゃ~! おぬしはどれだけ妾のことを愛してるんじゃよ~! このこの~! 勇者め~! 勇者め~!」
「ふふっ! 世界一愛してるに決まってるだろ! その愛がこの担々麺に――〝本物の究極の担々麺〟詰まってるんだからな! でも俺の愛はまだまだこんなもんじゃないぞ! 溢れてしまうと思って調整したんだ! この丼鉢じゃ小さすぎるみたいでな」
「な、なんと!? ものすごい愛じゃ! ものすごい愛なのじゃ! 妾、すごく嬉しいぞ!」

 二人の判断能力は担々麺によって著しく低下してしまっている。
 もはや思考が停止していると言っても過言ではないほどに判断能力は皆無だ。
 だからこそ恥ずかしいセリフの連発――
 我に返った瞬間、恥ずかしさのあまりに穴に入りたくなること間違いなし。否、死にたくなること間違いなしだ。

 そのまま魔王マカロンは恥ずかしいセリフを連発で受け、自分も恥ずかしいセリフを連発して、勇者ユークリフォンスの愛情がたっぷりと注がれた〝本物の究極の担々麺〟を完食した。
 スープの一滴も、胡麻の一粒も残すことなく完食だ。
 黒色の丼鉢どんぶりばちには、夜空の星のように煌く脂の光沢しか残っていない。
 ぺろりと完食してしまうほど、魔王マカロンは勇者ユークリフォンスの愛を受け止めたのであった。

「ご、ごちそうさま……でした。び、美味じゃったぞ。今までで一番美味じゃったぞ」
「お、おう……そ、それは良かった」

 二人は我に返っていた。前述した通り恥ずかしさのあまり死にたくなっているのである。

(わ、妾は冷静だったはず。それなのに、それなのに、いつからじゃ。妾の理性が吹っ飛んだのはいつからなのじゃ? は、恥ずかしい。ものすごく恥ずかしいのじゃ。死にたい。とてつもなく死にたいぞ。いっそのこと、勇者の愛情で溺れ死にたかったのじゃ。って、またとんでもない思考をしておる……もう嫌じゃ。嫌なのじゃー)
(お、俺はなんてことを言ってしまっていたんだ。魔王マカロンに対して抱いていた感情が、俺自身気付いていなかった感情が、爆発したとでもいうのか? は、恥ずかしい。死にたい。とてつもなく死にたい。いっそこの聖剣で……い、いやダメだ。そんなことしたら魔王マカロンと離れてしまう。せっかく一緒にいるのに離れるなんてまっぴらごめんだ。って、やばい。今とんでもなくやばいこと思考してるよな。俺、どうしちゃったんだよ……嫌だー。もう嫌だー)

 二人とも顔は赤唐辛子のように真っ赤だ。火照りすぎて沸騰しそうになっている。
 かぁああああああ、という言葉が可視化されそうなほど、かぁあああああ、となっている。

「……ゆ、勇者ユークリフォンスよ」

 もじもじとしながら上擦った声で魔王マカロンが勇者ユークリフォンスを呼んだ。
 それに答える勇者ユークリフォンスの声も上擦る。

「ど、どうした、ま、魔王マカロン……」
「きゅ、究極の担々麺を作るという目的は果たされたぞ……こ、これからどうするのじゃ?」

 二人の目的は〝究極の担々麺〟を作ること。利害の一致から誕生した目的だ。
 それが達成してしまったとなると、二人が一緒にいる意味はもうない。
 このまま別々の道へ、世界大戦に敗北した魔王としての道へ、世界に平和をもたらした勇者としての道へ、と進む選択肢が現れたのだ。
 止まっていた時間が、壊れた歯車が、再び動き出そうとしているのである。

「こ、これからか……そ、そうだな……」

 真剣な面持ちで考え始める勇者ユークリフォンス。
 手に顎を乗せて考えている彼の姿を瞳に映してしまった魔王マカロンは、胸がドキドキとときめいてしまっている。

「お、俺は隠居いんきょ生活真っ最中だし、今更国に帰ってもな……。世界も平和になったし、やることなんてない、かな」
「そ、それならこんなのはどうじゃ?」

 魔王マカロンは胸が張り裂けそうになりながらも、それを必死に堪えて提案する。

「こ、ここで毎日担々麺を作るのはどうじゃ? この担々麺が食べられなくなるのは、ちょっと寂しいからのぉ。べ、別におぬしに会えないのが寂しいと言ってるわけではないからな。妾は担々麺が食べたいだけじゃ。おぬしだって担々麺を食べたいじゃろ?」
「そ、それもそうだな。せっかく〝究極の担々麺〟が完成したのに、食べれなくなるのはもったいなさすぎるよな。この関係もなかったことになるのは嫌だしな。よしっ! 毎日担々麺を食べよう。飽きるまで! いや、死ぬまでここでずっと食べ続けよう!」

 担々麺のことになると我を忘れてしまうのか、恥ずかしがる様子もなく告白じみたセリフを口にする勇者ユークリフォンス。
 それに対して魔王マカロンも恥ずかしがる様子もなく答える。

「うぬ! そうしよう! これからも妾のために〝究極の担々麺〟を作ってくれ! 妾もおぬしのために〝究極の担々麺〟を作る! 死ぬまで一緒に食べ続けようではないか!」

 魔王マカロンは小さな手を差し伸べた。
 一年前勇者ユークリフォンスが魔王マカロンに差し伸べた手のように。今度は彼女から手を差し伸べたのだ。
 勇者ユークリフォンスは返事をする前に差し伸べられた手を握り返していた。
 柔らかくも少女の小さな手が触覚から脳へ刺激を送る。
 脳が刺激されることによってようやく返事を返すことになる。

「これからもよろしくな、魔王マカロン!」
「よろしくなのじゃ、勇者ユークリフォンスよ!」

 二人は握手を固く交わした。
 別々の道を行く選択肢もあったが、二人が選んだ道は〝死ぬまで一緒に担々麺を食べること〟だった。
 担々麺が対立するはずの魔王と勇者を、相容れることがなかった二人をくっつけさせたのだ。

 しかし担々麺以外のこととなると、自分の気持ちを伝えられないのがこの二人だ。
 先ほどまでの愛の誓いのような言葉も、プロポーズのような言葉も、決して受け入れることはしない。
 恥ずかしすぎて受け入れない。素直になれないのである。

 だから二人の関係は、一年前のあの日、握手を交わしたあの日から何も変わっていないのだ。
 今のところは、と付け足す必要があるが、それはまだこれからの話。
 今はこの初々しい関係が、もどかしくじれったい関係が続くのである。
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