上 下
63 / 97

062:重たい引き金

しおりを挟む
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 恐怖は全身を一瞬で呑み込んだ。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 感情のパレットは全ての色を塗り潰し恐怖の黒色に染まった。混ざり合った色は恐怖の色に溶け込む。

 全身が震え上がり上歯と下歯がぶつかり合う。口の中でガタガタ、ガタガタ音が鳴り止まない。小刻みに震える体はもう止まらない。
 先ほどまでの自分はもうここにはいない。そして今の自分ももうここにはいられないかもしれない。全てはこの引き金次第だ。

「3発目ってことは30%か……クソ、怖ぇ」
「いいえ、25%です」
 恐怖で震え上がるキンタロウは確率の計算を間違える。モリゾウが計算の間違いを正したおかげで5%確率が減った。しかしそれは気持ちの問題だ。実際のところ確率は減ってはいない。3発目は25%なのだ。

 撃たなければ終われない。かと言って撃ったら全てが終わってしまうかもしれない。
 息を吐き覚悟が決まらないまま自分のこめかみに銃口を向ける。その手は震えていてまともに引き金を引ける様子ではなかった。

 キンタロウの今にも泣き出しそうな顔を見た黒田は笑った。

「フヘヘッヘヘヘ。その顔だ。その顔が見たかったんだ。フヘヘッヘヘヘッヘヘ。早く引け。そして死ねェエエ!」
 その笑い声が余計にキンタロウの恐怖を煽る。震える指は力が入らない。力の入れ方がわからなくなっているのだ。

「はあぁ、ふあぁ、はあぁ、はあぁ」
 キンタロウは過呼吸のように呼吸が荒くなっていく。呼吸の整え方も今のキンタロウにはわからない。そもそも呼吸というものは自然に行う人間の行為だ。意識して行うことではない。だからこそ余計に呼吸の整え方がわからなくなっているのだ。

「キンタロウくん」
 イチゴの声もキンタロウの耳には届かない。声が小さいからではない。自分の荒い呼吸の音で聞こえないのだ。そして酸素が徐々に薄れていき集中力も低下していく。

 力の入れ方、呼吸の仕方がわからないパニック状態のキンタロウはそれでも銃口を下ろそうとしていない。下すという行為は今の状態のキンタロウの選択肢にはなかったのだ。
 肝がすわっているのではない。ただ単に思考回路、判断力が低下しているだけだ。

「はぁあ、ふぁあ、う、ぅぅ、うぐ、はぁはぁはぁ」
 キンタロウの呼吸はさらに荒くなる。もう呼吸ではない。息が吸えずに喘ぎ苦しんでいるのだ。この苦しさから逃れるためには引き金を引くしかない。
 このまま引けずに逃げてしまえば二度と引き金が引けない。だからキンタロウは力の入れ方を忘れた状態のまま踏ん張った。
 両手両足の指を握りしめるような感覚を体が覚えている。だから思いっきり踏ん張った。力を入れた。この苦しみから解放されるために。

「ウォオオオオオオオオオオオオ」
 キンタロウの雄叫びだ。叫ぶことによって力が入る。否、力が入っているのかどうかわかっていないが体は力んでいる。

 そして無理やり伸ばされた輪ゴムが元の形に戻るため収縮しようとするように固まった筋肉に一気に力が入った。その勢いのまま拳銃の引き金が引かれた。

 キンタロウの雄叫びで引き金の引かれた音は聞こえないかった。しかしキンタロウは立っている。雄叫び以上の音がなるであろう銃声も聞こえていない。
 つまり不発。セーフだ。

 撃ち終わった瞬間キンタロウは腰から崩れ落ちた。
 安堵からか息を吸うことを忘れていた呼吸が息を吸えるところまで戻った。肺が酸素を求めて息を吸い続ける。
 そして吸い込んだ酸素を肺に送り込み二酸化炭素として吐き出さなければいけないがむせてしまいうまく息を吐き出せず咳き込む。そのまま嘔吐する。

「ぅがはぁ、うゔぇぼげぇ、はぁ……うぇっ」
 吐き出された吐瀉物は白い床に触れた途端に消えていく。これがボドゲ空間のシステムだ。先ほど黒田が踏み潰していた男も消えたようにこの世界に不要なものは消えるのだろう。

 腰から崩れたキンタロウはうなだれている。

「もう無理……嫌だ嫌だ、絶対やりたくない。もう無理無理無理無理……」
「おい。クソガキはやくソイツをよこせ。でなきゃ強制的にてめーの負け。直接俺がてめーを殺すぞ? わかったらさっさとよこせ。フヘッヘヘッヘヘ」
 黒田は、うなだれる少年に脅迫をする。

 キンタロウは口車に乗せられて白い床に拳銃を滑らせるように投げた。回転しながら滑る拳銃は進む力を失いキンタロウと黒田のちょうど真ん中くらいの位置で静止。

「チッ、ちゃんと投げろやクソガキ」
 黒田は舌打ちを打ち、拳銃を拾うため歩いた。ゆっくりとゆっくりと足音を鳴らしながら歩く。その足音は拳銃に近付く。拳銃の先にいるキンタロウにも足音が近付いてくるのがわかる。
 そして足音は止まり再び音を鳴らすとキンタロウから音は離れていった。

 キンタロウは黒田のロシアンルーレットの結果を見るためにうなだれていた頭を上げる。
 頭を上げたタイミングは黒田が銃口を頭に向けようとしている時だった。
 そしてキンタロウが瞬きをするのと同時に引き金が引かれ『カシャ』という金属と金属が擦れる音が鳴る。黒田は再び迷うことなく引き金を引いたのだ。

 4発目の確率は33.3%だ。黒田はセーフだった。次に拳銃の引き金を引くのはキンタロウだ。助かった余韻も相手が引き当てるのではないかという期待も無く自分の番が来てしまった。

「ほらよクソガキ。これが最後だ。フヘヘッヘヘ」
 狂気的に笑う黒田が拳銃をキンタロウに向けて蹴り飛ばした。
 黒田が蹴った拳銃は回転しながら白い床を滑りキンタロウの足に当たるまで進み続けた。
 拳銃が当たった感触が足から脳へ電気信号のように伝わった。そして脳は全身に危険信号を流す。

 これが最後の引き金。不発ならキンタロウの勝利。生き延びることができる。もしも発砲した場合は敗北&死だ。この際敗北などどうでもいい。しかし命がけとなれば話は別だろう。
 こんなにも拳銃が重く感じるのは命の重さも加わっているからかもしれない。

 5発目の引き金を引くキンタロウの確率は50%だ。  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

MOON~双子姉妹~

なにわしぶ子
SF
宇宙の銀河の果てに浮かぶ星、₦₭₮฿星。 その星の文明は、地球の現代日本にとても酷似していた。そこに住む、サイキッカーの双子姉妹。ふたりは大人になり、やがて色々な出会いと別れを経験する事になる。 *他サイトにも掲載しています

毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー活劇〜 

天海二色
SF
 西暦2320年、世界は寄生菌『珊瑚』がもたらす不治の病、『珊瑚症』に蝕まれていた。  珊瑚症に罹患した者はステージの進行と共に異形となり凶暴化し、生物災害【バイオハザード】を各地で引き起こす。  その珊瑚症の感染者が引き起こす生物災害を鎮める切り札は、毒素を宿す有毒人種《ウミヘビ》。  彼らは一人につき一つの毒素を持つ。  医師モーズは、その《ウミヘビ》を管理する研究所に奇縁によって入所する事となった。  彼はそこで《ウミヘビ》の手を借り、生物災害鎮圧及び珊瑚症の治療薬を探究することになる。  これはモーズが、治療薬『テリアカ』を作るまでの物語である。  ……そして個性豊か過ぎるウミヘビと、同僚となる癖の強いクスシに振り回される物語でもある。 ※《ウミヘビ》は毒劇や危険物、元素を擬人化した男子になります ※研究所に所属している職員《クスシヘビ》は全員モデルとなる化学者がいます ※この小説は国家資格である『毒物劇物取扱責任者』を覚える為に考えた話なので、日本の法律や規約を世界観に採用していたりします。 参考文献 松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集 船山信次  史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり 齋藤勝裕  毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで 鈴木勉   毒と薬 (大人のための図鑑) 特別展「毒」 公式図録 くられ、姫川たけお 毒物ずかん: キュートであぶない毒キャラの世界へ ジェームス・M・ラッセル著 森 寛敏監修 118元素全百科 その他広辞苑、Wikipediaなど

「メジャー・インフラトン」序章3/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節 FIRE!FIRE!FIRE!No2. )

あおっち
SF
 とうとう、AXIS軍が、椎葉きよしたちの奮闘によって、対馬市へ追い詰められたのだ。  そして、戦いはクライマックスへ。  現舞台の北海道、定山渓温泉で、いよいよ始まった大宴会。昨年あった、対馬島嶼防衛戦の真実を知る人々。あっと、驚く展開。  この序章3/7は主人公の椎葉きよしと、共に闘う女子高生の物語なのです。ジャンプ血清保持者(ゼロ・スターター)椎葉きよしを助ける人々。 いよいよジャンプ血清を守るシンジケート、オリジナル・ペンタゴンと、異星人の関係が少しづつ明らかになるのです。  次の第4部作へ続く大切な、ほのぼのストーリー。  疲れたあなたに贈る、SF物語です。  是非、ご覧あれ。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

ちょいダン? ~仕事帰り、ちょいとダンジョンに寄っていかない?~

テツみン
SF
東京、大手町の地下に突如現れたダンジョン。通称、『ちょいダン』。そこは、仕事帰りに『ちょい』と冒険を楽しむ場所。 大手町周辺の企業で働く若手サラリーマンたちが『ダンジョン』という娯楽を手に入れ、新たなライフスタイルを生み出していく―― これは、そんな日々を綴った物語。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が怒らないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~

うみ
SF
ロシアと戦争がはじまる。 突如、現代日本の少年のノートにこのような落書きが成された。少年はいたずらと思いつつ、ノートに冗談で返信を書き込むと、また相手から書き込みが成される。 なんとノートに書き込んだ人物は日露戦争中だということだったのだ! ずっと冗談と思っている少年は、日露戦争の経緯を書き込んだ結果、相手から今後の日本について助言を求められる。こうして少年による思わぬ歴史改変がはじまったのだった。 ※地名、話し方など全て現代基準で記載しています。違和感があることと思いますが、なるべく分かりやすくをテーマとしているため、ご了承ください。 ※この小説はなろうとカクヨムへも投稿しております。

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

処理中です...