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ケンカとギター

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 兎島高校2年花澤亜蘭はなざわあらんと狐山高校2年真田達也の指スマ対決が始まる。

「賭けたものは忘れてないよね、トサカくん」

「あぁ、うちの可愛い可愛い、とんでもなく可愛い後輩の写真だろ、絶対に撮らせねェぞ、変態やろうがァ」

「忘れてないならそれでいい、早速ジャンケンから始めようか~!」

 茶髪センター分けの爽やか系イケメンの真田は、低身長美少年のボクっ子の夢野遥とツーショットを撮るために戦う。
 去年の練習試合でも同じような賭け事をして亜蘭アランと勝負をしたことがある。
 その時は亜蘭の姉の結蘭とのデートを賭けて指スマ対決をした。結果は亜蘭の惨敗。そのまま結蘭はデートすることとなったが、当の本人がそれを拒み真田を踏みつけたことによって解決したのだった。
 亜蘭は一度、真田に破れているので、遥とのツーショットを防ぐためと、個人的に去年の屈辱を晴らすために戦うのだ。

 そんなライバル関係のような両者は先行後攻を決めるジャンケンを始めた。
 どちらもグーを出し、あいこになり再びグーでまたあいこ。
 なぜかどちらもグーを譲らない。パーを出せば勝てるのにパーを出してしまうと負けてしまうという己のプライドが邪魔をしているのだ。

「オメェ、いい加減パー出せやァ、オレはグーしか出さねェよ」

「そんな誘いには引っかからないよ、トサカくんがパーを出しなよ」

「アァ?? 後悔すんじゃねェぞ!!」

 そんな会話をジャンケンの途中に挟んでいた。
 このままでは埒が明かないと思った亜蘭は言われた通りにパーを出そうとする。
 そしてグーの連続が続く中、亜蘭はパーを出した。
 これでジャンケンは亜蘭の勝利かと思いきや亜蘭がパーを出したタイミングで真田はグーではなくチョキを出したのだった。
 よってジャンケンの勝者は真田になり強制的に真田が先行となった。

「あれ~? 負けてあげようかと思ったんだけどラッキー! グーしか出さないって言ってたのにね~」

「チッ」

 真田が悪巧みに成功した悪ガキのような表情を浮かべ軽口を叩いた。そんな真田に舌打ちで答える亜蘭。
 もうジャンケンの時点で指スマの駆け引きは始まっているのだ。亜蘭は真田のペースに飲み込まれそうになっている。

「見ててね遥ちゃ~ん。絶対勝つからツーショット撮ろうね~」

 二人の試合を兎島高校の陣地で観戦している遥に向かってニヤニヤと勝った時の想像をしながら手を振る真田。
 そんな真田を遥は嫌がり十真の後ろに隠れた。

「わぁ照れてる照れてる、やっぱりちょー可愛い、本気で天使っ!」

「オイコラァ、うちの可愛い可愛い天使にちょっかい出してんじゃねェよ」

 遥の方を見る真田の前に立つ亜蘭。己の体で遥が視界に映らないように隠している。
 そんな亜蘭の後ろ姿に声援がかかる。

「先輩!! そんなやつボッコボッコにしてください!! ギッタンギッタンのボッコボッコ!! 容赦無くコテンパンに!!!!」

 すごい熱量で声援を送っていたのは玲奈だ。玲奈は自分が女、しかも女子高校生でもあるのに全く相手にされていないことに腹を立たせているのだ。
 そんな玲奈の横で、クスクスと笑い体力を取り戻しつつある結蘭もいる。

「おう。任せとけ」

 と、玲奈の声援にさっぱりした態度で亜蘭は答えた。
 そして今回の指スマに巻き込まれてしまっている遥も恥ずかしがりながらも大きな声で亜蘭に声をかけた。

「あ、亜蘭先輩……が、がんばってくださいっ!」

 遥の一生懸命に声を張った声援に真田は胸をキュンとさせ前髪を乱しながら胸を抑えて膝をついた。
 そんな真田を無視して亜蘭は拳を握りしめてメラメラと燃えている。

「ぜってェ勝つから安心しやがれェ……あと、オメェの応援は力がみなぎるぜェ、ありがとうよォ」

 その時の亜蘭の表情は牙を剥き出しにして笑う凶悪なウサギ、否、野獣のようだった。
 勝利を求め、目の前のキツネを狩らんとする野獣だ。

「私の応援の時よりも気合い入ってない……私って……私って……うぅ……十真く~ん」

「うわぁっ」

 玲奈の応援の時はさっぱりとした態度だったが、遥の応援の時は力を漲らせメラメラと燃えている。
 そんな亜蘭の態度の違いにまたしても哀しくなってしまった玲奈はそのまま十真に泣きついた。
 十真は泣きついてきた玲奈をどうしたらいいかわからず挙動不審になっている。
 そんな二人の様子を見て結蘭は笑いを堪えきれず「ぷぷっ」と吹き出している。
 亜蘭はそんな光景を尻目で見て心を落ち着かせた。

「それじゃそろそろ始めようとするか~」

 先行の真田から構え始めた。構え方はまるでエアーギターを持っているかのような構え方だ。
 その見た目の通りスタイル名は『ギタースタイル』。
 真田が構え始めてから体育館にギターの音色が響き渡った。これは校内放送やCDを再生しているのでなはい。真田のギタースタイルが奏でているのだ。
 弦を弾くかのように右手を動かし奏でている。

「僕はね、本物のギターは弾けないんだよ。でも指スマでならギターを弾くことができる。しかも僕が強くなればなるほどギターテクも上がるんだよね。ギターってモテるための要素のひとつじゃん? 僕にぴったりのスタイルだと思うんだ」

 センター分けの前髪を乱しながらエアーギターを奏でる真田。スタイルの効果の影響で上級者レベルのギターの音色が響き渡った。
 ギターの音色が強さとイコールなら真田は相当な実力者だと伺える。
 実際に去年ではあるが亜蘭を倒したほどの実力者だ。1年間でどれほど成長し亜蘭と差をつけたか。それとも亜蘭に追いつかれているのか。
 亜蘭は「そんなもんかよォ」と言わんばかりの表情で歯を見せながら笑い構え始めた。

 亜蘭の構えは通常の胸の前で親指を上にした拳を構えるスタンダードスタイルに近い構えだ。基本的な構えのスタンダードスタイルから左拳を前に突き出し右拳を引き顎を守るように構える。
 この構えはボクシングの構えに近く指スマのスタイル名だと金髪モヒカンヤンキーの亜蘭にぴったりな『ケンカスタイル』という名前だ。
 そんな亜蘭のケンカスタイルを見て驚きの表情を真田は見せた。

「へースタイル使えるようになったんだ~、これは楽しみだ」

「あぁ、これでビビって親指を立たせらんねェってことはァ無くなったぜ、ゴラァ」

 実は去年の練習試合で亜蘭が真田と戦った時はスタイルを会得していなかったのだ。
 亜蘭は見た目がヤンキーだが実は遥ほどではないが気が弱い。だがら自分を強く見せようとヤンキーのような怖い見た目に自分からなったのだ。

 小さい頃は姉の結蘭が亜蘭を守っていた。小学生の頃に近所の悪ガキに虐められている時、地元で有名な凶暴の野良犬に追いかけられている時でも、姉の結蘭は怯むことなく弟を必死に守っていた。絶対に弟を守ってみせたのだ。そのせいもあって亜蘭は姉に甘えてしまい弱いまま成長してしまったのかもしれない。
 だから兎島高校に入学するのと同時に髪型をモヒカンにして金髪に染めたのだ。
 さらには学ランを短ランにしボタンを全開にして細い赤いベルトをつけて、まさにヤンキーという格好もして自分を強く見せたのだった。

 弱い自分を変えたい。そんな一心で亜蘭は見た目から変わろうとしていたのだ。
 そして姉の結蘭が指スマ部に誘い、見た目だけではなく心も強くさせようと考えたのだった。
 そこからは圭二や勇、さらにはOBの先輩たちとの練習の日々が続いた。
 姉のように強くなるために、弱い自分とさよならするために、亜蘭は日々努力したのだ。

 しかし亜蘭のケンカスタイルが身についたのは全国大会の後だった。
 弱い自分とは向き合うことができていたが、いざ指スマで戦うとなると格上やスタイル使いの前では親指が怯んでしまい立たせることができない精神状態に陥ってしまっていた。
 そんなある日、努力が身を結びケンカスタイルを会得することができるようになった。
 亜蘭はケンカスタイルをゆっくりと自分のものにしていった。ケンカスタイルで戦う指スマでは亜蘭は一度も怯んだことはない。
 格上や強者と戦う時、心が怯んでしまっても親指は怯むことは一度もなかったのだ。
 これは勇のブロックスタイルのような鉄壁でも圭二の鋼のような精神とも違う。
 亜蘭の、亜蘭だけの特殊なディフェンスだ。

「ケンカスタイルってんだ、見せてやんよォ!!」

「トサカくんにぴったりなスタイルだね、でも去年みたいに捻り潰してあげる」

「望むところだァ、かかってこいやァ、もうあの頃の威勢だけの良いオレじゃねェんだよ」

 亜蘭の見た目とケンカスタイルの構え、そして口調から今まさにタイマンが勃発してしまうのではないかと思うくらいの雰囲気だ。
 だが、それぐらいプレッシャーのかかった指スマが始まるということになる。

 互いに足に力を入れて1歩前へ踏み出した。
 踏み出された瞬間にオーラとオーラがぶつかり合うのがわかる。凄まじいほどの威圧、重圧、暴圧だ。
 先ほどの圭二と蒼の激戦にも負けず劣らずといったところだ。
 そんな睨み合う両者を見て結蘭がボソッと小さな声で口を開く。

「亜蘭が勝つよ……」

 姉として仲間として身内を応援する気持ちから出た言葉ではない。
 今までの亜蘭の努力を、成長を知っているからこそ出た言葉だ。
 明確には絶対に勝つという根拠は一切ない。スタイルの相性や重圧をかけるオーラの違いなど細かいところを分析すれば確率というものは出るだろう。
 しかしそんな確率も跳ね除けてしまうくらい姉の目は真っ直ぐに弟の背中を見ていたのだった。

 二人の試合が始まろうとした直前、王人が走って体育館に戻ったきた。

「ハァ……ゼェ……間に合った……」

 息を切らし亜蘭と真田の戦いを見るために戻ってきたのだった。
 そんな王人に結蘭が声をかける。

「王人、圭二は大丈夫か?」

「えぇ……意識はまだですが……岩井先輩と狐山のキャプテンがそばにいてくれるそうで……」

「そうか、よかったっ」

 王人は勇とともに気絶した圭二を保健室へと連れて行ったのだ。その後に狐山高校指スマ部キャプテンの天空寺蒼も保健室にやってきた。
 1年である王人に他の試合も観戦させて勉強させるために勇と蒼が戻るように言ってくれたのだった。

「今からよ、あんたもしっかり応援しなさい」

「あぁわかってるよ……」

 玲奈は鋭い視線を送りながらも王人に応援するように伝えた。
 玲奈と王人はもともと真田と戦うつもりだった。その対戦券を亜蘭に譲っている。
 だから2人は亜蘭には何がなんでも勝ってほしいのだ。
 犬猿の仲の二人の距離は端と端だ。
 玲奈、結蘭、十真、遥、そして王人の順番で横一列になっている。
 正確に言えば結蘭の左後ろに玲奈がいて十真の右後ろに遥が隠れているようなポジショニングだ。
 しかし応援に対する熱量は熱い。

「亜蘭先輩!! 負けるなー!! ファイトー!!」

「勝ってください!!! 頑張ってください!!!」

 大声で腹の底から声を出す二人。亜蘭は二人の声を聞きさらに力がみなぎる。
 程よく互いの重圧を味わったところで先行の真田が宣言を始めようとギタースタイルの構えでできたエアーギターを1弾きする。

 ジャァァアアアアアン!!!

 ギタースタイルの効果から聴こえてくるギターの音が鳴り止むのと同時に宣言をした。

「いっせーので!! 『1』」

 ついに亜蘭と真田の戦いの幕を上がった。  
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