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第5章:大戦争『最終決戦編』

353 白き英雄の最期

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「真っ白団長さーん!!!!」

 ブランシュの死を見てしまったマサキは怒りを露わにして駆けた。
 その表情からブランシュの元へと駆けているのではなく、ブランシュを殺したロイに向かって駆けているのだとわかる。
 拳を握りしめ、眼光を鋭くしている。歯も食いしばっている。
 そんな男が向かってきているというのに、ロイは大歓迎と言わんばかりの表情を浮かべている。
 己が最も殺したい相手、恐怖を克服したい相手、そんな相手がその身一つで癇癪を起こす子供のように駆けてきているのだ。
 歓迎するしかロイには方法はないのだ。

「あはっ! ウサギはどうした? 逃したのか? まあ、ウサギなんてどうでもいい ! キミの命を奪うことが僕にとっては重要なことだから!」

 ロイは黒雷を纏った呪いの剣を構えた。
 呪いの触手で迎え撃たなかったのは、直接マサキの命を奪いたかったのだ。
 否、正確に言えば、マサキと重ねる人物の命を――ニシキギ・ギンの命を、だ。

「うぉおおおおおおおー!!!!」

 勇敢に拳を振るうマサキ。怯えている様子など一切なく、全身から覚悟のオーラが湧き出ている。
 そんなマサキの胸からも、先ほどブランシュの胸から聞こえてきた、死の音が鳴った。

「――うぐッ」

 マサキの胸には真っ直ぐに呪いの剣が突き刺さっている。
 心臓からは少し離れてた位置だったが、それは死までの時間が伸びるだけであって、死ぬということには変わりない。
 ロイ自身も宿敵との決別の時間を大事にしたいということだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 マサキの胸に呪いの剣が突き刺さる数分前――
 フォーンの結界が張られている大樹に避難しているネージュたちは、クレールを救出できたことに喜んでいた。
 もちろん戦場にまだ残り続けているマサキの心配をしていないわけではない。
 だからと言ってクレールの救出を喜んではいけないという理由にはならないのである。

「みんな本当にありがとうだぞ。でもまだおにーちゃんたちが戻ってきてないから……」

 祝福を受けるクレール本人は、喜んでいられないと言った表情をしている。
 クレールを心配したネージュたちのように、クレールはマサキのことで頭がいっぱいなのだ。
 そして記憶の中の餓死寸前の自分の命を救ってくれた白い聖騎士団の女性――ブランシュへの心配も増えていたのだ。
 ブランシュのことまではわかっていなくとも、ネージュはクレールの考えていることを悟り、改めて真剣な表情へと戻る。

「そうですね。喜ぶのはもう少し後ですよね! マサキさんとルナちゃんが戻ってきてからですよね!」

「うん!」

 元気よく返事をするクレール。
 そのすぐ近くで仰向けで倒れているダールはサムズアップをしていた。
 ダールの両サイドにいるデールとドールは頷いている。
 この場にいないビエルネスは、救出したばかりのガルドマンジェたちに治癒魔法をかけていた。

 致命傷を負いながら結界を張り続けているフォーンには、エームとメジカの二人体制で治癒魔法をかけている。
 ガルドマンジェにはルーネスが、フレンムにはビエルネスが治癒魔法をかけており、タイミングを見ながらルーネスとビエルネスは交互にスクイラルに治癒魔法をかけていた。
 スクイラルのそばにいるリリィとモモンは、スクイラルの手を握りながら無事を祈っている。
 小さな傭兵団に所属している二人だが、鼠人族すじんぞくという種族は魔法を使える人が極端に少ない。
 団長であるスクイラルが使えないのだから、鼠人族で魔法を使える人はいないのかもしれない。
 だからこそリリィとモモンは治癒魔法が使えない分、心の底から本気で無事を祈り続けたのだ。

「ビエルネス。魔力の流れが雑ですよ。それじゃすぐに空になってしまいます」

 ビエルネスに教えているのは、長女のルーネスだ。
 フェ家の中で一番魔力の扱いが上手く、ダントツで魔力量が高いルーネス。彼女の薄水瞳には他の人には見えない魔力の流れのようなものが見えているのかもしれない。

「わかってるよ。でも難しいの! ルーネスみたいに上手じゃないから」

 ビエルネスだってわかっているのだ。三千年も生きてきて魔力の流れも熟知している。
 それでもこれがビエルネスの限界でもあるのである。

「あなたは内側から治していきなさい。その方がきっと無駄なく治癒魔法をかけれますから」

「内側って……どうやって? 傷口から中に入れって言うの?」

「いいえ。内側、つまり精神へ直接治癒魔法をかけてください。そうすれば自ずと自己治癒力が向上していきます。それを利用しましょう。ビエルネスならその方が効果的ですよ」

 ルーネスはビエルネスが姉妹の中で一番魔力の扱いが下手で、魔力量もダントツに低いことを知っている。
 しかし、精神や人体に影響を及ぼす魔法に限っては、姉妹の誰よりもダントツに力を発揮することも知っているのだ。
 だからこそ、精神に治癒魔法をかけるように、と的確にアドバイスを送ったのである。
 そのアドバイス通りに実行するビエルネス。通常通りに治癒魔法をかけていた時と比べると段違いに回復速度が上がっていた。
 その結果、ガルドマンジェの意識が戻る

「うぅ……ハクトシン様……」

 ハクトシンの名前を呼ぶガルドマンジェ。それにハクトシンは反応する。

「ブランシュが来たよ。だからガルドマンジェは紅茶でも飲んでゆっくり休んでて」

 ハクトシンは仰向けのガルドマンジェの横に紅茶を添えた。
 白い湯気が立っている熱々の紅茶。香りだけで体がポカポカと温まる紅茶だ。

 そのままハクトシンは他の負傷者たちの横にも紅茶を添えた。
 それぞれ色や香りが違う紅茶だ。その人の今の状態にあった紅茶を選んだのである。

「魔法や薬と違って紅茶にも不思議な力があるからね。目を覚ましたら飲ませるといいよ。目を覚ます頃には飲みやすい温度になってると思うからさ」

「ありがとぅ」

「ありがとうございます」

 リリィとモモンはスクイラルのために紅茶を用意してくれたハクトシンに感謝を告げた。
 そんな時、結界の外から激しい地響きが起きた。結界を貫通し、中にいる全員を、大樹自体を揺らす。
 床に置いた熱々の紅茶も振動を受けて、半分以上が溢れた。
 それを見たハクトシンは嫌な予感を感じていた。
 外を見れば、千体ほどの数にまで分身したブランシュが一瞬にしてロイにやられている光景が映った。

「全員奥に避難して」

 ハクトシンの言う『奥』とは、ネージュたちが避難している場所を指す。ネージュたちの居住スペースのことだ。
 ルーネスたちが治癒魔法を行なっている場所は、無人販売所のスペースなのである。
 激しい死闘が繰り広げられている結界の外から少しでも離れさせようと、嫌な予感を感じたハクトシンは指示を出したのである。
 その指示に従い協力しながら全員が奥へと避難することができた。否、正確にはハクトシン以外の全員だ。
 ハクトシンはこの戦いを見届けるために無人販売所のスペースに残ったのである。
 そして最悪な展開を、目の前の希望がかき消されていく光景を自分以外に見せないためなのである。

(嫌な予感は当たってしまったか……)

 ブランシュが殺される瞬間、そしてマサキの胸に剣が突き刺さる瞬間をハクトシンは目の当たりにした。
 祖父に聞かされていた未来とは大きく違った現実。
 それを受け入れるのにそんなに時間がかからないかったのは、予めこうなるかもしれないと心の準備をしていたからかもしれない。
 マサキが亡くなったはずの祖父と邂逅し、未来が変わったと告げられたその瞬間から、ハクトシンは心の準備をしていたのかもしれない。

 ブランシュとマサキを倒したあとのロイの行動は一つ。
 クレールの力を奪い返すため、避難しているこの大樹に向かってくること。
 そしてクレール以外を皆殺しにすること。

 フォーンの結界で守られているが、それは長くは持たない。
 ハクトシンの予想では、ロイの攻撃を一撃受けただけでガラスのように砕けると予想している。
 絶望の未来しか視えてこないハクトシンだが、この世界の最後の神として、そして祖父アルミラージ・ウェネトとの約束を守るため、命を賭けて戦うことを心に誓い、覚悟を決めた。

(命と引き換えの技なら……倒せずとも致命傷くらいは与えられるかもしれない)

 ハクトシンは覚悟を決めて、その時が訪れるのを待った。
 しかし、予想外の展開が目の前で繰り広げられていたのだ。

「セトヤ・マサキ!?」

 思わず声に出してしまった名前。
 たった今、ロイの呪いの剣に胸を貫かれた男の名前。
 そんな男の名を声に出してしまうほどの衝撃が、ハクトシンの瞳に映っているのだ。
 それは――

「なんで掴んで離さないの?」

 胸に突き刺さる呪いの剣をマサキは掴んで離そうとしなかったのだ。
 命の灯火が消えるまで決して離さないと言った表情をしている。
 狂気の沙汰とも思えるマサキの行動にロイも困惑していた。

「……なぜだろうな」

 ロイの質問に対して何も答える気がないマサキ。
 そんなマサキの口調にロイは違和感を覚えていた。
 しかしその違和感を指摘することなく、ロイは口を開く。

「まあいいさ。キミはすぐに死ぬ。この剣によってニシキギ・ギンの魂も完全に消える。最後にこうして会えたことを嬉しく思うよ。それじゃ今度こそ一億と三千年に――」

「――何を言っている?」

 ロイの言葉を遮るマサキの声。
 その声に先ほど以上の違和感を覚えるロイ。
 ロイは目を凝らし意識を集中させた。
 警戒する必要もない死にかけの人間に最大限の警戒を強めたのだ。
 そしてようやく違和感の正体に気付く。

「キミは……ブランシュ?」

 マサキだと思って刺した人物は、変装スキルによって変装したブランシュだったのだ。
 ただマサキのジャージだけは本人が着ていたものである。どこかのタイミングでブランシュはマサキからジャージを受け取り着替えていたのだ。

 変装がバレたからなのか、力を失いかけているからなのかは不明だが、正体がバレた瞬間、ブランシュの変装が解かれる。
 しかしロイにはまだわからないことがあった。

「そこで倒れているキミは一体……あれは分身ではないはず」

「ああ、分身じゃない。私の加護……その全てさ……」

 マサキだと思っていた人物の正体がブランシュで、ブランシュだと思っていた人物の正体がブランシュの加護、つまり『月の加護』だったのだ。
 ブランシュの内にいる『月の声』は『月の加護』の一部だ。よって今のブランシュの内には『月の声』は存在しない。
 『月の声』はブランシュだと思われていた肉体へ移動しているのだ。

「加護の力を使えば、私と全く同じ、謂わばクローンを作るなど容易い。貴様が騙されるのも無理はない。アレは私であって私じゃないからな」

「それじゃ、なぜ僕は……はキミをあの男だと間違えたんだ? キミとあの男とでは気配から何まで全てが違うはずなのに」

「それは加護を持っている私の気配だろ? 加護を失った私と、セトヤ・マサキはどうも似ているらしい。遺伝子レベルでね」

 気配や雰囲気の問題ではない。遺伝子レベルでマサキとブランシュは似ていたのだ。
 だから見た目を変えるだけの『変装スキル』でロイとロイの心にある『呪い』を騙すことに成功したのである。

「でもさ、僕を騙せたとしても何になるって言うの? 不意打ちも失敗して結果的にキミは死ぬことになるよ。あっ、そういえば、僕が見た未来ってこっちだったかも。さっきのキミだとどうも胸を刺す位置がズレてた気がしたんだよね。そこに気付くべきだったよ! あはっ!」

 飄々と笑い勝利を確信したロイだったが、さらなる衝撃がロイを襲った。

「……へ?」

 情けない声を溢しながらロイは地面に崩れ落ちた。
 上半身と下半身は離れた場所にある。これは人間の体では普通にありえない体勢だ。
 あり得るとしたら体を真っ二つに斬られた場合のみである。
 ブランシュの必殺技でも斬ることが叶わなかったロイの体を一体誰が斬ることができるのか。
 それを確かめるべく、ロイは、ロイの呪いは、もう一つの気配へと視野を向けた。
 そこに立っていたのは、かつて自分を負かした男――ニシキギ・ギンの姿だった。

「なんでここに……ニシキギ……ギン……」

 名前を読んだ瞬間、それは幻覚だと気付く。しかしその幻覚を認めなかった。
 自分を負かせる人物はこの世に一人しかいない。二人もいらないからだ。だから認められなかった。
 自分を負かせた二人目の人物の存在を。

「顔面は殴れなかったけど、これで勘弁してやるよ」

 ロイを斬った男セトヤ・マサキは、光属性の魔法によって出現した光の剣に白色の雷を纏わせた剣を持ちながら言った。
 それに対してロイは苦しそうにしながらも嬉しそうに口を開く。

「やっぱりキミは、ニシキギ・ギンだよ……違うんだったら、なんでその剣を持ってるの?」

 マサキが持っている白雷の剣は、紛れもなくニシキギ・ギンが使っていたものと同じだ。
 しかしなぜマサキがそれを持っているのか、自分が斬られたこと以前にそのことの方がロイは気になっていた。

 マサキが持っている光の剣はブランシュに両手を握られた際に渡されたものである。
 その光の剣に白色の雷が突然纏い始めたのだが、それもブランシュがやったことだとマサキは思っている。
 結果的にマサキは己が持たされた剣について何も知らないのだ。
 ただ、この剣でロイを斬る。それだけをブランシュと約束し、その約束を果たしたのである。

 だからマサキはロイの質問に答えることができず、答えなかった。
 そもそも優先順位があったため、知っていたとしても答えることはない。
 その優先順位に従うマサキは小さなウサギと共に倒れているブランシュの元へと駆け寄っていた。
 そしてロイの視界からマサキたちの姿は完全に消えた。
 ロイは喪失感を覚えながら今の気持ちを心の中で語り始める。

(僕が視た未来。それは紛れもなく僕がブランシュの胸に剣を突き刺し殺す未来だった。そこで未来は終わる。それは僕が世界を手に入れたからだと思ってた。でも違かった……僕が死ぬから未来が終わったんだ……いや、違うか……彼の存在が、異物が現れたことによって未来が変わったんだ……あぁ、ニシキギ・ギン。僕はどうしてキミに勝てないんだ……僕の何が足りなかったんだ……僕は……僕は……)

 ロイは誰も答えてくれない問いかけを続けた。
 その間、マサキは必死にブランシュの名を呼びながら救命処置を試みていた。

「真っ白団長さん!! 血が!!! 止めないと!」

「ンッンッ!!」

「あぁ……何か違うと思ってたんだが……それだったか……」

 ブランシュは弱々しく呼吸をしながら言葉を続ける。

「キミに……変装してた時、真っ白、って……言ってしまって、たよ……」

「そ、そんなこといくらでもあとで聞きますから! 早く血を止めないと! そ、そうだ! 治癒魔法だ! 治癒魔法をかければなんとかなるかもしれない! ビエルネス!!!! おーい! ビエルネース!!!」

 マサキはブランシュの胸から滝のように流れる血を必死に押さえながら、治癒魔法を使えるビエルネスの名前を叫び続けた。
 その間もブランシュは、弱々しく呼吸を続けながら喋り続けた。

「勝利を確信した瞬間こそ……隙が生まれる……よくそこを狙ってくれた……それにどうやって斬ったんだ? 私でも……斬れなかったのに……」

「喋らないでください! 喋るたびに血が! 大量に!」

「キミは黒き者で間違いなかった。私の目に狂いはなかった……」

 ブランシュは血塗れになった手でマサキの腕を掴んだ。
 先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど弱々しい力だ。振り払おうと思えば簡単に振り払えるだろう。
 しかしマサキはそれをしない。するわけがない。
 ブランシュに腕を掴まれたまま止血を試みる。そしてビエルネスの名前を叫ぶ。

(ダメだ……もう声も出せない……あぁ、フエベスとシロがこの場にいなくて……よかった。二人はこの状況に耐えられないだろうから……きっと、泣いて叫んで苦しくなって……心に深い傷を……負ってしまうから。でも欲を言えば、最後に一度だけ顔を見たかった。聞き慣れた声を聞きたかった……月の声もそうだ。この世界に生を授かった時から一緒だったのに、別れの時は別々か……まあ、これでよかったよ。私の目的は果たされた。だからそんな顔をするなセトヤ・マサキ。そうだ……最後に一つだけキミに伝えたいことがあったんだった。声が出ないんじゃ伝えようがないが……キミにならきっと伝わってくれるだろう……キミは……いや、は……私の……ふた………………ごの……………………)

 マサキの懸命な行動も虚しく、ビエルネスやルーネスが到着するよりも前にブランシュは息を引き取った。
 伝えたいことを伝えられぬままこの世を去ったのだった。
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