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第5章:大戦争『最終決戦編』

352 短期決戦

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「一億年と三千年の恐怖にさようなら」

 ロイが黒雷こくらいを纏った呪いの剣をマサキに向かって振りかざした。
 その瞬間、白と黒の火花が激しく散った。

「――間に合った!」

 ブランシュが間一髪のところで間に合いロイの剣撃を防いだのだ。
 しかし剣撃を防いだブランシュは、マサキとルナ諸共地上へ向かって吹き飛ばされていく。
 先ほどロイを地上へと吹き飛ばしたそのお返しの如く、ブランシュたちが地上へと落ちていってるのだ。

 ロイの剣撃を完全に防ぎ切れなかった。
 否、黒雷の貫通によるダメージがあまりにも大きすぎて吹き飛ばされたのだ。

(これが言っていた貫通ダメージか。精神を抉るほどの痛さだな。何度もこれを受けるのはヤバい気がするんだが……)

 《はい。今と同じ衝撃を六度受ければ確実に死にます》

(つまり今の攻撃の六倍の威力でも死ぬということか)

 《そうなります》

 終わりが近いことを悟りながら、物凄い勢いで落下するブランシュたちは隕石の如く地面に衝突した。

「ガガガッガガガガッガ……」

「ンッンッ」

 小刻みに震え続けるマサキと可愛らしい声を漏らすルナ。
 二人は無事だ。
 なぜならブランシュが二人の下敷きになっているからである。
 落下の衝撃をブランシュ一人で受け止めたのである。

(落下の衝撃もなかなかだが……)

 それ以上に黒雷こくらいを纏った呪いの剣の貫通ダメージの方が効いていた。

「大丈夫か? セトヤ・マサキ、幻獣様」

「ガガガッガガガガッガ……」

「ンッンッ」

 マサキとルナからの返事は変わらず、怯えたものと可愛らしいものだった。
 そんな怯え続けるマサキだが、彼の瞳に宿る灯火は消えていなかった。
 恐怖に心が支配されていようとも、家族を傷つけたロイを許せないのだ。
 その闘志がまだ消えていない。だからこそマサキは拳を強く握りしめ深呼吸をする。
 そして――

「助かりました。ありがとうございます」

 恐怖心を押し殺して、身を挺して助けてくれたブランシュに感謝を告げた。
 ブランシュはマサキの瞳に宿る灯火が消えていないことを確認してから口を開く。

「ああ、問題ない。それよりもこの戦い、長く続かないことがわかった」

「え?」

「キミを餌にして奴の隙を狙う作戦も、奴のあの速さの前では無意味だ」

 黒雷を纏ったロイの速さは、光属性の魔法を纏い数多のスキルで強化されたブランシュの最速を超える。
 それで追えないのならマサキを囮りに使うのは無意味なのだ。

「だからこの短期決戦、確実に勝利するためにセトヤ・マサキ、キミにやってもらいたいことがある」

 ブランシュの深青の瞳には覚悟の灯火が宿っていた。
 マサキはブランシュの深青の瞳に宿る覚悟の灯火に見惚れてしまい、返事をするのを忘れていた。
 そんなマサキの意識を戻すためか、ブランシュは両手でマサキの右手を握る。

「一度しか言わない。だからよく聞いてほしい。そしてチャンスも一度しかない」

「は、はい」

 不安の色を混じえながらマサキは返事をした。返事をするしかなかったのだ。
 それだけ右手からブランシュの気持ちが伝わってきているのである。

「では……」

 ブランシュはとなるその内容をマサキとルナに話した。
 簡潔な内容だったため、ロイが地上に到着するよりも前に、作戦の内容を伝えるのが終わっていた。
 一度しか言わないというのは、一度しか言えないという意味も含んでいたのだ。

「キミたちを殺して『透明の呪い僕の力』を奪い返す。何事も順序や準備というものが大事だね。あはっ!」

 ロイの全身を纏っている黒雷は、さらに激しい轟音を鳴らす。
 その轟音はマサキたちにとっての警鐘だ。体が反射的に危険だと判断し、逃げの姿勢に、守りの姿勢になってしまう。
 そんな中、その反射神経を利用したブランシュは、光属性の魔法を全身と己の剣に纏わせる。
 そして守りの姿勢ではなく、攻撃の姿勢でロイを迎え撃つ。

月影流つきかげりゅう奥義――海月かいげつ!!!」

 荒波の如し斬撃はロイとマサキたちをそれぞれ反対方向へと吹き飛ばす。
 ロイには激流で、マサキとルナにはさざ波のように優しい波で両者を離れさせた。

「分身スキル!!!」

 ブランシュは手を止めることなく、すかさず分身スキルを発動し、己の分身を百近く出現させた。

「撹乱かい? 無駄だよ。僕の呪いは全てお見通しさ」

「それはどうかな?」

 本体なのか、分身なのか不明だが、ブランシュは不適な笑みを溢した。
 その瞬間、百体の分身が十倍に増幅した。つまりブランシュは千体もの分身を出現させたのである。

「この数ならすぐに私を見つけることは不可能だろう」

「あはっ! 確かにね! でもほんの数秒の違いだよ。あはっ!」

 笑い飛ばすロイは黒雷を纏った呪いの剣を横一閃に振った。
 斬撃を受けた分身は光の粒子となって消えていく。斬撃を受けずともその近くにいた分身までもが光の粒子となって消えた。
 たった一振りで、黒雷を纏った斬撃はブランシュの分身を半分の数にまで減らしたのである。

 これでロイの攻撃が終わったわけではない。
 今度は呪いの剣を地面に突き刺した。
 すると呪いの剣を中心に地面が地割れの如く割れていく。
 その割れ目から黒雷が轟き、ブランシュの分身を襲った。

「二十一人か。全員消すつもりだったんだけどね」

 残った分身の数を見てロイは言った。
 瞬時に、そして正確に残数を言えたのは、気配を感じる感性が鋭いのと、心に潜む『呪いの声』によるものだ。

「二十、十九、十八……十七……」

 一人ずつカウントしながら分身を光の粒子へと変えていく。
 呪いの触手も黒雷を纏ったことによりパワーもスピードも桁違いに上がっていた。まるで生き生きとした魔獣のように。

「九、八……七……」

 その数もいつしか一桁台になっていた。
 千体いた分身がたったの一分ほどで一桁だ。

 ブランシュもやられっぱなしで終わるわけにはいかず、再び『分身スキル』を試みた。

「分身スキル!」

 再び千体に分身したブランシュ。
 その瞬間、奥義を発動する。

月影流つきかげりゅう奥義――月露げつろ!!!!」

 光の速度で千体の分身がロイに突進していく。
 その突進は自らの体を犠牲としているだけあって、威力は光線以上だった。
 千の光線が光の速さで襲ってくるのだ。さすがのロイも無傷では済まないだろう。
 そう思っていた矢先、光線が集まる中心で飄々と笑う一人の男だけが立っていた。

「あはっ! 今のはさすがに驚いたよ」

「!?」

 信じられないものを見たかのような表情をするブランシュ。
 実際に信じられない光景が彼女の深青の瞳に映っているのだ。
 あれだけの攻撃を受けたのにもかかわらず、ロイの体には擦り傷一つ付いてなかったのだ。

「それとガッカリもしたよ。キミの力がこんなものだったなんてね。僕たちは一体何を恐れていたんだろうね。この程度だったらもっと早く行動するべきだったよ」

 飄々と笑ていたと思ったら、退屈そうに息を吐いた。
 そしてその退屈さとは裏腹に、黒雷を纏った呪いの剣は激しい轟音を轟かせながら地面を抉った。
 ただの一振りとは思えないほどの威力だ。
 それに巻き込まれた分身は光の粒子になることなく、影に飲み込まれ消失する。

 これで分身は全滅。残ったのは本人のみとなった。
 その本人に向かってロイは一閃を放つ。

「――ッ!!」

 ブランシュは辛うじて躱した。
 そして躱したときの勢いを利用して、ロイの背後に回り込む。
 そしてすかさず、月の剣を振りかざした。
 しかしそれは六本の呪いの触手に防がれてしまう。
 ロイの背中から出現している呪いの触手は全部で八本。そのうちの六本がブランシュの攻撃を防いだということは、残りの二本は――

「――がはッ!!」

 ブランシュの下腹部と右肩に思いっきり刺さっていた。
 串刺状態となったブランシュを仕留めるため、ロイは振り向きながら呪いの剣を振りかざす。
 しかし呪いの剣の刃と黒雷がブランシュの肌に触れる直前、ブランシュは光の粒子となって風に流されていった。

(今のも分身だったのか?)

 本体だと思われていたブランシュは、分身スキルによって作り出された分身だったのである。

(それじゃ本体はどこに?)

 ロイはブランシュの気配を探るため、意識を集中させた。
 その瞬間、微かな殺気を頭上から感じ取った。
 視界を向けるよりも呪いの触手が対応する。
 黒雷を纏った呪いの触手はその独特の轟音の他に、剣と剣がぶつかり合う鍔競つばぜり合いのような音を出していた。
 その音が出る理由は一つ。ブランシュの剣撃を防いだからである。
 なので視界から確認せずに、そこにブランシュがいることを悟る。
 そして先ほどのブランシュが本体じゃなければ、頭上にいるブランシュこそが本体だと推測した。
 つまり先ほどの分身はこの不意打ちのためのフェイク、ブラフだったのだ。

「もう少し速ければ、その刃は届いていたかもしれないね」

 そう呟いたロイの視界にブランシュはいなかった。
 否、いたのだが、光の粒子となって消えたのだ。

(今のも分身だと?)

 ロイですら翻弄されるほど、精巧に作られた分身。
 把握している気配の数は、すでにあてにならないものとなる。
 あてにするのならブランシュはすでに二回死んでいることになる。
 透明の呪いほどではないが、気配を消す術をこの土壇場の状況でブランシュは獲得していたのである。
 その術とは『隠密スキル』だ。
 気配を探らせず標的へと近付く、忍びのようなスキルである。
 そして本人と間違えてしまうほどの精巧な分身を作り上げているのは、単純にブランシュの魔力によるもの。
 数千と分身を作り出すのに比べて、分身の数が少なければ、より精巧に、より精密に、分身を作り出すのが可能なのだ。
 『隠密スキル』と精巧な分身による翻弄作戦である。

(この隙にあの人間族とウサギを逃そうと? いや、距離はそんなに離れていない。むしろ様子を伺うかのように留まっている。だとしたらやはり、翻弄している僕の隙を狙っているということか。本体が近づいて来ないところを見るに、僕のこの剣を怖がっているという証拠になる。あはっ! 人が恐怖する瞬間ほど優越感を覚えるね。特に強い相手だと。今ならクイーンの気持ちがわかるかも。すごくゾクゾクするよ)

 今は亡き大幹部の妖艶な姿を思い浮かべながらロイは優越感を覚えていた。

「さあ、僕の世界まであと少しだ。あと少しで夢が叶う! キミたちを殺して僕はこの世界のキングとなる!」

 さらなる優越感を得るために、ロイは意識を集中させる。
 ブランシュを殺すこと。それこそが極上の優越感、そして達成感、完全なる勝利の感覚、野望までも叶う、ロイによってこの上ないほどの幸せを得ることができるのだ。

 その幸せまであと僅かであることもロイは知っていた。
 この状況、この光景をロイは何度も何度も見てきた。それと同じだけ、この後の光景も見てきた。
 そう。ロイが“白き英雄になる者”を殺し、世界を手に入れる光景を。

月影流つきかげりゅう奥義――無月むげつ

 ブランシュは最も静かな剣撃でロイを横一線に斬った。
 ロイ自身、そして呪いの触手にも気付かれないほど、音がない静かな剣撃だ。
 『隠密スキル』も相まって気付かれることがなかったのだ。

 完璧に決まった。決まったはずなのだが――

「あはっ! 斬られた! 斬られた!」

 ロイは傷口を抑えながら笑っていた。
 直後、呪いの鎧が腹部にできた傷口に集まっていく。
 すると見る見るうちに傷口が塞がっていった。

「この黒雷を纏った呪いの鎧を斬るだなんてねっ! 最後の最後で面白いものが見れたよ!」

 未来を視る力でも視ていた光景だ。
 しかし見るのと実際に受けるのとでは感じるものが全く違う。
 ロイは痛みという幸福を感じることができ満足そうな表情を浮かべていた。
 そして――

「――くッ!!!」

 黒雷を纏った呪いの剣でブランシュの腹部を切り裂いた。
 先ほど己が斬り裂かれた箇所と全く同じ箇所を狙って斬ったのだ。
 それによりブランシュは血飛沫を上げながら倒れた。精巧に作られた分身ならあり得ない光景だ。
 光の粒子にならず血を流しているのは、間違いなく本体である証拠。

「確か僕が視た未来では……」

 グサッ、と音が鳴った。

 ロイは倒れているブランシュの心臓目掛けて呪いの剣を突き刺したのだ。
 黒雷を纏った呪いの剣。それは魔法もスキルも加護も呪いですらも貫通する。
 心臓を突き刺されてしまえば確実に死ぬことは間違いない。

 ブランシュの胸からは血がどんどんと流れていく。
 堰き止められていたものがなくなった滝のように。全身の血が一気に外へと流れ出る。

 呼吸も、脈も完全に停止する。即死だった。

 この瞬間、ブランシュの敗北が確定した。それと同時にブランシュの最期の瞬間でもあった。
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