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第5章:大戦争『最終決戦編』
348 塩砂糖スキル
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「真っ白な団長さん! 俺は黒き者じゃないですよ。ただの全身黒ジャージの一般人です! 期待しないでください!」
黒き者と呼ばれたマサキは、間違いを正すために言った。
しかしブランシュはマサキの言葉を受け流し話しを進める。
「今も奴の姿が見えているのか? 気配を感じているか?」
奴とは『透明の呪い』を発動し姿と気配を完全に消したジングウジ・ロイのことだ。
「見えてますしやばい気配がぷんぷんですよ! 黒いうねうねがとにかくやばいですって! 鋭くなったり伸びたり縮んだり! そんで襲って来てます! それも何本も!」
ブランシュに雑に抱えられている状態のマサキの視界は、ブランシュの背後にある。
尻部分が前で宙ぶらりん状態。なんとも恥ずかしい大勢ではあるが、そんなことを気にしている余裕なんてないのだ。
「右から! また右! 次は左! 左と上と下からも! というか数が多すぎだし速すぎる! 俺の動体視力じゃ無理なんだが!」
ブランシュにロイの攻撃がどこからくるのかを伝えようとするものの、あまりの速さと数に指示が追いつかなかった。それどころか把握することも困難だった。
例え姿が見えていたとしても、それを追えるほどの動体視力がなければ意味がないのである。
辛うじてマサキの反応を感じ取りロイの攻撃を躱しているものの、それがいつまで続くかは不明だ。
ただ、長時間続けることが不可能だということだけはわかっている。
早急に対策が必要な場面ではあるものの、ブランシュは紅茶の席にいるかのように静かに口を開く。
「私には奴が見えない。気配も感じない。こう見えて私は数多のスキルを所持している。それなのに……それなのにだ。なぜセトヤ・マサキ、キミには奴が見えているんだ?」
「し、知らないですよ!」
「心当たりはないか?」
ブランシュは声量を変えず質問を続ける。
「心当たりなんてないですよ!」
それでもマサキには全く心当たりがないのである。
しかし心当たりがないと言ったマサキ自身、何か引っかかるものがあった。
「いや、待ってください……」
喉に骨が刺さった時のように、痒いところに手が届かない時のように、しこりのようなものを感じていた。
そのようなものを感じ取ってしまったマサキは思考を始める。
「真っ白な団長さんは、姿が見えてなくて気配も感じてないって言いましたよね?」
「ああ、そうだ。私だけではなくセトヤ・マサキ以外の皆もそうだと思う」
「それって、クレールの『透明スキル』と全く同じ効果なんですよ。クレールが捕まってるのってもしかしてその力が原因ってことですかね?」
自分だけがなぜロイの姿を認識できるのか、ということに対してではなく、それ以前のことが気になっていたマサキ。
なぜクレールが捕まっているのか。ただの人質として利用されているだけだと思っていたがそうではない。
クレールの能力が原因でクレールが捕まってしまったのではないか、という答えにたどり着いたのだ。
「あの時のクレールは透明スキルなんて持ってなかったはずだが」
《はい。当時の個体名クレールはスキルを一つも所持していません》
ブランシュとクレールは一度だけ過去に出会ったことがある。
それはすれ違いなどの些細な邂逅ではない。もっと深く距離が近い邂逅だ。
その時のクレールは『透明スキル』を所持していなかった。それは月の声がたった今証明した。
「あの時の?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ。そうだな。キミのその考えは一理ある」
マサキの考えに肯定するブランシュ。
「それで今の話と奴を認識できる心当たりの関係性は?」
「いや、関係性と言われても……気になっただけでして……でも何か引っかかるんですよね。それにクレールの時は今みたいに見えたことがないんですよ」
クレールの能力が原因でクレールが捕まってしまったのなら、なぜマサキはロイの姿が見えているのか?
今マサキに見えているロイの姿のようにクレールが見えたことなど一度もない。
このちょっとした違いが、マサキだけがロイを認識できるのはなぜか、という答えのヒントになるかもしれない。
そう思ったマサキは考え続けた。
「仮にクレールから能力を奪い切れていないんだとしたら、俺だけが見えてるって、なんておかしいですよ。俺じゃなくて真っ白な団長さんが見えてるんならわかるんですが……」
能力が不完全に発動されていると考えるマサキだったが、それだけではマサキだけが認識できている答えにはならない。
マサキが認識できて、マサキ以外は認識できない。その答えに辿りつかない限りこの戦いに勝利は訪れない。
「幻獣様はどうだ? 奴を認識できているのか?」
「そうか! ルナちゃんか! ルナちゃんを抱っこしてるから見えてるのかも! どう? ルナちゃん? 見えてたりする感じ?」
ブランシュの質問のおかげでスッキリした表情を浮かべるマサキ。
しかしその表情はすぐに消えることとなる。
「ンッンッ」
《見えないそうです》
「見えていないらしい」
「マジですか……」
ルナの言葉を月の声が通訳し、それをブランシュに伝え、ブランシュの口からマサキに伝える。
伝言ゲームのような通訳のやり取りがこの一瞬で行われたのだ。
その結果マサキは再び眉間にシワを寄せることとなる。
「ん~。じゃあなんで俺だけが……」
考えれば考えるほど不思議と思いつかなくなってしまうもの。
しかしマサキは再び何かを閃く。
「もしかして俺に不思議な力が!?」
マサキが口にした閃きは、可能性はあるもののないに等しいものだった。
もはやいい加減な閃きと言っても過言ではない。
「残念だが、セトヤ・マサキが所持しているスキル、魔法、加護、呪いは、さっき解析鑑定した時と全く同じものだよ」
「現実に引き戻されるのが早い! わかってますよ。突拍子もないことが鍵になるかもって思っただけです。ん~、何にも思いつかなくなってきた……」
頭を悩ませるマサキ。
ロイの見えない攻撃を、予測不能な動きとマサキの些細な反応を感じ取って躱し続けるブランシュ。
致命傷にはならない程度の傷が、ブランシュにとっては擦り傷程度の傷が次第に増えていく。
状況は一向に不利なままだ。
そんな時、今まで大人しかったルナが突然暴れ出す。
「ンッンッ!!!」
「ど、どうしたの? ルナちゃん」
「ンッ! ンッンッ!」
何かをマサキに伝えたい様子でいる。
その伝えたいことを通訳するのが月の声だ。
《塩砂糖スキル、と言ってます》
月の声の言葉はそのままブランシュの脳内で再生される。
「塩砂糖スキル……」
ブランシュは脳内で再生された言葉をそのまま鸚鵡返しして呟く。
その言葉を聞いた瞬間、ルナは暴れるのをやめた。
「えーっと、塩砂糖スキルがどうしたんですか? あれ? ルナちゃんが大人しくなった」
そう質問するも、ブランシュと月の声には答えがわからない。
発言者はルナであって、その発言に意味があるのかすらも不明だ。
「分からないが、幻獣様が仰っているそうだ」
「ルナちゃんがですか」
「ああ。塩砂糖スキルに何かあるんじゃないのか?」
何も分からない。そして発言者も口を開かなくなった。だからこそ塩砂糖スキルの所有者に託すしかないのだ。
「と、言っても……塩砂糖スキルは塩と砂糖を間違え……いや、待てよ。待て待て待て待て待て!」
突然焦り出すマサキ。その様子から何かを思い付いたのだとわかる。
「盲点だった……そうか! そうだったのか!」
「ンッンッ! ンッンッ!」
「というかあの深夜の行動をルナちゃん見てたのか?」
「ンッンッ!」
仲良く会話する飼い主とペット。否、正確に言えば、二人はそれ以上の関係。一言で言うならば家族だ。
そんな家族の会話にブランシュが加わる。
「何かわかったのか?」
「はい! わかりました。いや、わかったかもしれないって感じですが……」
「それでもいい。教えてくれ。私もそろそろ限界が近い」
ブランシュの体は限界が近い。逃げるだけで消耗し続けるのは危険なのだ。
「俺の故郷で盛り塩っていうのがあるんですよ。玄関に塩を盛って悪い運気を追い払う? 厄払い的なやつがあるらしくて……その盛り塩を深夜密かにやってたわけなんですが、それをルナちゃんに見つかってたみたいで」
「ンッンッ!」
絶妙なタイミングで相槌を入れるルナ。そのままマサキの話は続く。
「でも盛り塩ってこの国にはない文化だから、オリジナルの方法で盛り塩をしたわけですよ」
「オリジナルとは?」
「玄関に飾ってあるぬいぐるみの中に塩を入れたんですよ。お腹辺りにちょうどいい穴があったので」
マサキは以前ネージュやダールに盛り塩の話をしたことがあった。
その時にカルチャーショックを受けたわけで今回のオリジナルの方法に至ったわけだ。
ぬいぐるみのポケットに塩を入れる際は、直接ではなくタイジュグループ特製の小さな袋に予め入れてから入れたのである。
(クレールからもらった黒いウサギのぬいぐるみに)
マサキとルナがブランシュの元へと向かう前にクレールから渡されたあの黒いウサギのぬいぐるみである。
結局マサキは大事なものだから失くしたりするのが怖いという理由でその場でクレールに返していた
その時のマサキは、『帰ってきた時に受け取る』という死亡フラグにも捉えることができる言葉を添えていたのが印象的だ。
そしてそのぬいぐるみは今、クレールの服のポケットの中に大事に仕舞ってあるのである。
「多分そのぬいぐるみはクレールが持ってると思うんです」
「それじゃ、そのぬいぐるみの中の塩にキミの『塩砂糖スキル』が反応してるってことか?」
「そうかもしれませんね」
そうだと言い切る自信がないのは、今回のケースを体験したことがないからである。
マサキが所有している『塩砂糖スキル』は塩と砂糖を間違えないというスキルだ。
無意識であっても、目を閉じていても、塩と砂糖を決して間違えたりはしないのである。
さらに塩と砂糖の場所もなんとなくわかるというのがこのスキルのもう一つの効果でもある。
タオルで被さってしまっていても、他の調味料に隠れてしまっていても、なんとなくここに塩がある、砂糖がある、とわかるのだ。
しかし今回のケースは透明スキルで消えてしまった塩の認識だ。体験したことがないケース。下手にそうだと言い切ることができないのである。
「それなら私にその塩砂糖スキルを教えてくれ」
「教えてって言われても、塩と砂糖を間違えないとしか説明ができないんだが……」
本当にそれしか説明することがなかったのだ。
その説明の直後、ブランシュの脳内で月の声が知らせを告げる。
《塩砂糖スキルを獲得しました》
「ありがとう。獲得したよ」
「え!? マジですか? 今の説明で?」
この説明だけでもスキルを獲得してしまうのがブランシュなのである。
《塩砂糖スキル自動発動します》
塩砂糖スキルが自動発動されたことにより、ブランシュの瞳に映る光景は大きく変化した。
「それとセトヤ・マサキ、キミの予想は大当たりだよ」
「え?」
「私にも見える。黒い影としてやつの姿が」
ブランシュにもマサキと同じ光景が見えるようになっていたのだ。
それは塩砂糖スキルが透明スキルの効果を上回ったという証拠。マサキの予想が的中したということ。
そして最大の転機でもある。
「まさか、俺のスキルが……なんの役にも立たないと思ってたスキルが役に立つなんて……いや、それを一瞬で覚えた真っ白な団長さんの方がすごいか……」
マサキは独り言を溢すように呟く。
その呟きはブランシュの長いウサ耳に届いていたが、それに反応することなく、次なる行動に出た。
「やつの姿が認識できるならこっちのものだ。まずはクレールの救出をしよう」
「はい。それは最優先でお願いします」
「では、私がやつの攻撃を全て防ぐ。その間にセトヤ・マサキと幻獣様はクレールを救出してくれ」
「わかりま……今なんて?」
クレールの救出に希望が見えかけたマサキだったが、とんでもないことを指示されたことに返事を言い切るギリギリのところで気付く。
そしてマサキが聞き返したことよってブランシュの指示がもう一度、今度ははっきりと告げられることになる。
「私がやつの攻撃を防ぐ。もちろんキミたちに指一本触れさせない。必ず守る。だから安心してクレールを救出してくれ」
「お、お、お、俺たちが!?」
「当然だろ。私だけでは手が足りない。それにキミだけがやつの姿を認識できるんだからな」
涼しげな顔をしながらブランシュは言った。
マサキは一瞬だけ悩んでしまう。自分にできるのか、と。
しかしそれは一瞬だ。クレールの笑顔が脳裏に浮かび、一瞬にして悩みが消えたのだ。
大事な家族であるクレールを助けるためなら、悩む必要なんてひとつもないんだ、とマサキの黒瞳の奥に覚悟の灯火が宿る。
「真っ白な団長さん」
「なんだ? セトヤ・マサキ」
「ぜ、絶対に俺とルナちゃんを守ってくださいよ」
「ああ。約束する」
静かに答えたブランシュ。
人間不信なマサキだが、その声にはなぜか信用や信頼、信じていいのだと感じさせるものがあった。
この言葉だけではない。今までのブランシュの言葉には不思議と信じていいと感じさせるものが幾つもあったのだ。
「では私からも……絶対にクレールを救出してくれ。セトヤ・マサキ、幻獣様」
「約束します!」
相手を鼓舞するかのように声を掛け合う二人。
それに相槌を打つかのようにルナが「ンッンッ」と声を漏らす。
ブランシュの担当はロイの攻撃を防ぐこと。マサキとルナの担当はクレールを救出すること。
役割分担が決まった。決まったのならやることは一つ。それぞれの役割を果たすだけだ。
黒き者と呼ばれたマサキは、間違いを正すために言った。
しかしブランシュはマサキの言葉を受け流し話しを進める。
「今も奴の姿が見えているのか? 気配を感じているか?」
奴とは『透明の呪い』を発動し姿と気配を完全に消したジングウジ・ロイのことだ。
「見えてますしやばい気配がぷんぷんですよ! 黒いうねうねがとにかくやばいですって! 鋭くなったり伸びたり縮んだり! そんで襲って来てます! それも何本も!」
ブランシュに雑に抱えられている状態のマサキの視界は、ブランシュの背後にある。
尻部分が前で宙ぶらりん状態。なんとも恥ずかしい大勢ではあるが、そんなことを気にしている余裕なんてないのだ。
「右から! また右! 次は左! 左と上と下からも! というか数が多すぎだし速すぎる! 俺の動体視力じゃ無理なんだが!」
ブランシュにロイの攻撃がどこからくるのかを伝えようとするものの、あまりの速さと数に指示が追いつかなかった。それどころか把握することも困難だった。
例え姿が見えていたとしても、それを追えるほどの動体視力がなければ意味がないのである。
辛うじてマサキの反応を感じ取りロイの攻撃を躱しているものの、それがいつまで続くかは不明だ。
ただ、長時間続けることが不可能だということだけはわかっている。
早急に対策が必要な場面ではあるものの、ブランシュは紅茶の席にいるかのように静かに口を開く。
「私には奴が見えない。気配も感じない。こう見えて私は数多のスキルを所持している。それなのに……それなのにだ。なぜセトヤ・マサキ、キミには奴が見えているんだ?」
「し、知らないですよ!」
「心当たりはないか?」
ブランシュは声量を変えず質問を続ける。
「心当たりなんてないですよ!」
それでもマサキには全く心当たりがないのである。
しかし心当たりがないと言ったマサキ自身、何か引っかかるものがあった。
「いや、待ってください……」
喉に骨が刺さった時のように、痒いところに手が届かない時のように、しこりのようなものを感じていた。
そのようなものを感じ取ってしまったマサキは思考を始める。
「真っ白な団長さんは、姿が見えてなくて気配も感じてないって言いましたよね?」
「ああ、そうだ。私だけではなくセトヤ・マサキ以外の皆もそうだと思う」
「それって、クレールの『透明スキル』と全く同じ効果なんですよ。クレールが捕まってるのってもしかしてその力が原因ってことですかね?」
自分だけがなぜロイの姿を認識できるのか、ということに対してではなく、それ以前のことが気になっていたマサキ。
なぜクレールが捕まっているのか。ただの人質として利用されているだけだと思っていたがそうではない。
クレールの能力が原因でクレールが捕まってしまったのではないか、という答えにたどり着いたのだ。
「あの時のクレールは透明スキルなんて持ってなかったはずだが」
《はい。当時の個体名クレールはスキルを一つも所持していません》
ブランシュとクレールは一度だけ過去に出会ったことがある。
それはすれ違いなどの些細な邂逅ではない。もっと深く距離が近い邂逅だ。
その時のクレールは『透明スキル』を所持していなかった。それは月の声がたった今証明した。
「あの時の?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ。そうだな。キミのその考えは一理ある」
マサキの考えに肯定するブランシュ。
「それで今の話と奴を認識できる心当たりの関係性は?」
「いや、関係性と言われても……気になっただけでして……でも何か引っかかるんですよね。それにクレールの時は今みたいに見えたことがないんですよ」
クレールの能力が原因でクレールが捕まってしまったのなら、なぜマサキはロイの姿が見えているのか?
今マサキに見えているロイの姿のようにクレールが見えたことなど一度もない。
このちょっとした違いが、マサキだけがロイを認識できるのはなぜか、という答えのヒントになるかもしれない。
そう思ったマサキは考え続けた。
「仮にクレールから能力を奪い切れていないんだとしたら、俺だけが見えてるって、なんておかしいですよ。俺じゃなくて真っ白な団長さんが見えてるんならわかるんですが……」
能力が不完全に発動されていると考えるマサキだったが、それだけではマサキだけが認識できている答えにはならない。
マサキが認識できて、マサキ以外は認識できない。その答えに辿りつかない限りこの戦いに勝利は訪れない。
「幻獣様はどうだ? 奴を認識できているのか?」
「そうか! ルナちゃんか! ルナちゃんを抱っこしてるから見えてるのかも! どう? ルナちゃん? 見えてたりする感じ?」
ブランシュの質問のおかげでスッキリした表情を浮かべるマサキ。
しかしその表情はすぐに消えることとなる。
「ンッンッ」
《見えないそうです》
「見えていないらしい」
「マジですか……」
ルナの言葉を月の声が通訳し、それをブランシュに伝え、ブランシュの口からマサキに伝える。
伝言ゲームのような通訳のやり取りがこの一瞬で行われたのだ。
その結果マサキは再び眉間にシワを寄せることとなる。
「ん~。じゃあなんで俺だけが……」
考えれば考えるほど不思議と思いつかなくなってしまうもの。
しかしマサキは再び何かを閃く。
「もしかして俺に不思議な力が!?」
マサキが口にした閃きは、可能性はあるもののないに等しいものだった。
もはやいい加減な閃きと言っても過言ではない。
「残念だが、セトヤ・マサキが所持しているスキル、魔法、加護、呪いは、さっき解析鑑定した時と全く同じものだよ」
「現実に引き戻されるのが早い! わかってますよ。突拍子もないことが鍵になるかもって思っただけです。ん~、何にも思いつかなくなってきた……」
頭を悩ませるマサキ。
ロイの見えない攻撃を、予測不能な動きとマサキの些細な反応を感じ取って躱し続けるブランシュ。
致命傷にはならない程度の傷が、ブランシュにとっては擦り傷程度の傷が次第に増えていく。
状況は一向に不利なままだ。
そんな時、今まで大人しかったルナが突然暴れ出す。
「ンッンッ!!!」
「ど、どうしたの? ルナちゃん」
「ンッ! ンッンッ!」
何かをマサキに伝えたい様子でいる。
その伝えたいことを通訳するのが月の声だ。
《塩砂糖スキル、と言ってます》
月の声の言葉はそのままブランシュの脳内で再生される。
「塩砂糖スキル……」
ブランシュは脳内で再生された言葉をそのまま鸚鵡返しして呟く。
その言葉を聞いた瞬間、ルナは暴れるのをやめた。
「えーっと、塩砂糖スキルがどうしたんですか? あれ? ルナちゃんが大人しくなった」
そう質問するも、ブランシュと月の声には答えがわからない。
発言者はルナであって、その発言に意味があるのかすらも不明だ。
「分からないが、幻獣様が仰っているそうだ」
「ルナちゃんがですか」
「ああ。塩砂糖スキルに何かあるんじゃないのか?」
何も分からない。そして発言者も口を開かなくなった。だからこそ塩砂糖スキルの所有者に託すしかないのだ。
「と、言っても……塩砂糖スキルは塩と砂糖を間違え……いや、待てよ。待て待て待て待て待て!」
突然焦り出すマサキ。その様子から何かを思い付いたのだとわかる。
「盲点だった……そうか! そうだったのか!」
「ンッンッ! ンッンッ!」
「というかあの深夜の行動をルナちゃん見てたのか?」
「ンッンッ!」
仲良く会話する飼い主とペット。否、正確に言えば、二人はそれ以上の関係。一言で言うならば家族だ。
そんな家族の会話にブランシュが加わる。
「何かわかったのか?」
「はい! わかりました。いや、わかったかもしれないって感じですが……」
「それでもいい。教えてくれ。私もそろそろ限界が近い」
ブランシュの体は限界が近い。逃げるだけで消耗し続けるのは危険なのだ。
「俺の故郷で盛り塩っていうのがあるんですよ。玄関に塩を盛って悪い運気を追い払う? 厄払い的なやつがあるらしくて……その盛り塩を深夜密かにやってたわけなんですが、それをルナちゃんに見つかってたみたいで」
「ンッンッ!」
絶妙なタイミングで相槌を入れるルナ。そのままマサキの話は続く。
「でも盛り塩ってこの国にはない文化だから、オリジナルの方法で盛り塩をしたわけですよ」
「オリジナルとは?」
「玄関に飾ってあるぬいぐるみの中に塩を入れたんですよ。お腹辺りにちょうどいい穴があったので」
マサキは以前ネージュやダールに盛り塩の話をしたことがあった。
その時にカルチャーショックを受けたわけで今回のオリジナルの方法に至ったわけだ。
ぬいぐるみのポケットに塩を入れる際は、直接ではなくタイジュグループ特製の小さな袋に予め入れてから入れたのである。
(クレールからもらった黒いウサギのぬいぐるみに)
マサキとルナがブランシュの元へと向かう前にクレールから渡されたあの黒いウサギのぬいぐるみである。
結局マサキは大事なものだから失くしたりするのが怖いという理由でその場でクレールに返していた
その時のマサキは、『帰ってきた時に受け取る』という死亡フラグにも捉えることができる言葉を添えていたのが印象的だ。
そしてそのぬいぐるみは今、クレールの服のポケットの中に大事に仕舞ってあるのである。
「多分そのぬいぐるみはクレールが持ってると思うんです」
「それじゃ、そのぬいぐるみの中の塩にキミの『塩砂糖スキル』が反応してるってことか?」
「そうかもしれませんね」
そうだと言い切る自信がないのは、今回のケースを体験したことがないからである。
マサキが所有している『塩砂糖スキル』は塩と砂糖を間違えないというスキルだ。
無意識であっても、目を閉じていても、塩と砂糖を決して間違えたりはしないのである。
さらに塩と砂糖の場所もなんとなくわかるというのがこのスキルのもう一つの効果でもある。
タオルで被さってしまっていても、他の調味料に隠れてしまっていても、なんとなくここに塩がある、砂糖がある、とわかるのだ。
しかし今回のケースは透明スキルで消えてしまった塩の認識だ。体験したことがないケース。下手にそうだと言い切ることができないのである。
「それなら私にその塩砂糖スキルを教えてくれ」
「教えてって言われても、塩と砂糖を間違えないとしか説明ができないんだが……」
本当にそれしか説明することがなかったのだ。
その説明の直後、ブランシュの脳内で月の声が知らせを告げる。
《塩砂糖スキルを獲得しました》
「ありがとう。獲得したよ」
「え!? マジですか? 今の説明で?」
この説明だけでもスキルを獲得してしまうのがブランシュなのである。
《塩砂糖スキル自動発動します》
塩砂糖スキルが自動発動されたことにより、ブランシュの瞳に映る光景は大きく変化した。
「それとセトヤ・マサキ、キミの予想は大当たりだよ」
「え?」
「私にも見える。黒い影としてやつの姿が」
ブランシュにもマサキと同じ光景が見えるようになっていたのだ。
それは塩砂糖スキルが透明スキルの効果を上回ったという証拠。マサキの予想が的中したということ。
そして最大の転機でもある。
「まさか、俺のスキルが……なんの役にも立たないと思ってたスキルが役に立つなんて……いや、それを一瞬で覚えた真っ白な団長さんの方がすごいか……」
マサキは独り言を溢すように呟く。
その呟きはブランシュの長いウサ耳に届いていたが、それに反応することなく、次なる行動に出た。
「やつの姿が認識できるならこっちのものだ。まずはクレールの救出をしよう」
「はい。それは最優先でお願いします」
「では、私がやつの攻撃を全て防ぐ。その間にセトヤ・マサキと幻獣様はクレールを救出してくれ」
「わかりま……今なんて?」
クレールの救出に希望が見えかけたマサキだったが、とんでもないことを指示されたことに返事を言い切るギリギリのところで気付く。
そしてマサキが聞き返したことよってブランシュの指示がもう一度、今度ははっきりと告げられることになる。
「私がやつの攻撃を防ぐ。もちろんキミたちに指一本触れさせない。必ず守る。だから安心してクレールを救出してくれ」
「お、お、お、俺たちが!?」
「当然だろ。私だけでは手が足りない。それにキミだけがやつの姿を認識できるんだからな」
涼しげな顔をしながらブランシュは言った。
マサキは一瞬だけ悩んでしまう。自分にできるのか、と。
しかしそれは一瞬だ。クレールの笑顔が脳裏に浮かび、一瞬にして悩みが消えたのだ。
大事な家族であるクレールを助けるためなら、悩む必要なんてひとつもないんだ、とマサキの黒瞳の奥に覚悟の灯火が宿る。
「真っ白な団長さん」
「なんだ? セトヤ・マサキ」
「ぜ、絶対に俺とルナちゃんを守ってくださいよ」
「ああ。約束する」
静かに答えたブランシュ。
人間不信なマサキだが、その声にはなぜか信用や信頼、信じていいのだと感じさせるものがあった。
この言葉だけではない。今までのブランシュの言葉には不思議と信じていいと感じさせるものが幾つもあったのだ。
「では私からも……絶対にクレールを救出してくれ。セトヤ・マサキ、幻獣様」
「約束します!」
相手を鼓舞するかのように声を掛け合う二人。
それに相槌を打つかのようにルナが「ンッンッ」と声を漏らす。
ブランシュの担当はロイの攻撃を防ぐこと。マサキとルナの担当はクレールを救出すること。
役割分担が決まった。決まったのならやることは一つ。それぞれの役割を果たすだけだ。
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その趣味は同級生からは白い目で見られることが多いが、本人は全く気にしていない。
親友の健二だけが唯一の理解者かもしれない。
15歳の榎木広志は、入学説明会に訪れた高等部への渡り廊下の上で深い霧に包まれる。
霧が晴れると、そこには狐の神様がいて、広志に異世界に行くよう促す。
ラノベの主人公のようにチートな能力を貰って勇者になることを期待する広志だったが、「異世界で100年間生きることが目的」とだけ告げて、狐の神様は消えてしまった。
異世界に着くなり、悪党につかまりたった2日で死んでしまう広志に狐の神様は生きるためのヒントをくれるが....
広志はこの世界で100年間生き抜くことが出来るのか。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
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俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
『ダンジョンの守護者「オーガさんちのオーガニック料理だ!!」』
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ある日、突然、なんの前触れもなく――――
主人公 神埼(かんざき) 亮(りょう)は異世界に転移した。
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