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第5章:大戦争『悪王侵略編』
332 悪王進攻
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大戦争を起こした悪の組織の親玉であるジングウジ・ロイが人間族の国を出発した場面まで遡る。
ちょうどクイーンとルークもそれぞれの目的地へと向かった後だ。
「鹿人族の国は……このまま真っ直ぐ。それが一番の近道かな?」
ロイの目的地は鹿人族の国だ。
これと言った目的は鹿人族の国にはない。『未来視スキル』で見た光景で勝利を確信しているからただの遊び感覚で向かうのである。
けれど全く目的がないわけではない。ロイたち悪の組織には探しているものがある。
それは――悪魔が生み出したスキルだ。
そのスキルを手に入れて大戦争に勝利する。そんな未来を既に『未来視スキル』で見ている。そのため悪魔が生み出したスキルを探す目的に対して焦ることを一切しないのである。
あくまで気楽に楽しく侵略していく。まるで盤上遊戯でもしているかのように。
しかしこの侵略は正真正銘『国取合戦』そのもの。人間族の国を東側に置いた東側の国と西側の国の国取合戦だ。
「鹿人族の国だとアマゾンがいるね。魔獣も大量に放ってあるから滅多に負けることはないだろうけど。僕が到着するまでに誰が生き残ってるか楽しみだな~」
ニコニコと笑いながら独り言を続けるロイ。
その姿は無邪気な少年そのもの。友達の家に向かいながらプレイ予定のゲームの攻略方法を思考し、その思考が無意識に声に出てしまっているような感じだ。
「鹿人族の国には玄鹿と小さな傭兵団があるし、すぐ近くに白兎も。改めて考えると……やっぱりアマゾンひとりだと厳しそうだな。ミオレと組ませるべきだったかな。でもミオレは兎人族を殺したがってたし……まあ、いっか。僕が全員殺せば解決だもんねっ! あはっ!」
ニコニコと笑顔が止まらないロイは、鹿人族の国に向かって宙に浮きながら進んだ。
障害物を避けずに真っ直ぐ鹿人族の国に向かいたいからだ。これがロイが思考した一番の近道なのである。
その間も独り言を誰かと話しているかのように楽しそうに続けていた。
そして一時間もしないのうちに鹿人族の国の国境を越えた。
「おっ! いいね。燃えてる。燃えてる。それに悲鳴も咆哮も聞こえてくる。く~!! 早く戦いたい!」
戦場の風を浴びたロイは己自身も戦いたいとうずうずし始める。
このまま戦う相手を見つけるために地上へと降下しようとするが、その降下はすぐに止まった。
「ん? 何かな?」
ロイは何者かの視線を感じたのだ。
そのまま何者かの視線を感じた方角へ視線を向けた。
ロイの黒瞳には一つの小さな山が映る。その山は兎人族の国が所有している洞窟――兎人族の洞窟だ。
兎人族の洞窟は高く盛り上がった地形、すなわち山から成っている洞窟だ。
その小さな山の麓に立つ二人の人物が遥か上空のロイに視線を、否、鋭い眼光を向けていたのである。
「あんな遠くからよく気付いたね。えーっと、誰かなっと!」
ロイは手のひらで筒を作り、単眼望遠鏡を覗くように片目を瞑りながら開眼している方の瞳を近付けた。
すると本物の望遠鏡のように遠くのものが拡大して見え始める。
「あれは……」
鋭い眼光を送る人物の正体が判明する。
「白兎か。副団長と……団員。二人だけみたいだね。それにしてもこの距離でよく僕に気付いたね。もしかして僕のオーラそんなに漏れてた? それともキミたちのどちらかがそういうのに敏感なのかな?」
獲物を見つけた嬉しさからか、言葉数が多くなるロイ。
そのままワクワクとした表情を浮かべながら、鋭い眼光を向けている聖騎士団白兎の副団長と団員の元へと向かう。
そしてその二人が立つ山の麓へゆっくりと足音を立てずに着地した。
着地した直後、ワクワクした表情を隠す気が一切ないロイは口を開く。
「やあ。どうしたの? そんなに熱い視線を送ってさ」
その問いに答えたのは赤髪の男。聖騎士団白兎副団長のアセディ・フレンムだ。
「王様こそどうしたんですカ? そんなに敵意と殺気をオレたちに向けて……」
「殺気か……。気配のコントロールはできても殺気のコントロールは難しいな。抑えても抑えても溢れ出ちゃうからさ。これってさ、面白い時に笑いが堪えられないのと一緒だと思わない?」
「な、何を言ってるのですカ?」
殺気を向けている以外の情報が全く理解できていないフレンムは、困惑の色を隠せないでいた。
その殺気を向けている人物は人間族の国の王様、そしてこの世界の権力者でもあるのだから困惑の色を隠せないのは仕方のないこと。
「だからさ。もう抑えなくてもいいよね? だってここはもう自由に遊んでもいい戦場なんだから! あはっ!」
その瞬間、ロイは抑えていたオーラを解き放った。
オーラとは普通は見えないもの。感じるものだ。実力者ならオーラが見える場合もある。
しかし、ロイが放つオーラは別格。別次元のもの。
暗黒色の禍々しいオーラで全ての負の要素が詰まったかのような禍々しさ、邪悪さ、凶悪さ、闇そのものと言った感じのものだったのだ。それが濃すぎるが故、視認できてしまうほどであったのだ。
この濃すぎる膨大な殺気なら、完全に抑えられず溢れ出てしまっているのには納得がいく。納得しかないほどだ。
「エーム」
フレンムが聖騎士団白兎の団員であるズゥジィ・エームの名を呼ぶ。
「は、はい」
「逃げるヨ!!!」
フレンムは踵を返して駆けた。エームもフレンムに続いて駆ける。
エームはすぐにフレンムの横に付いた。そして二人で一緒に兎人族の洞窟を滑り地上へと降りた。そのまま足を止めることなく真っ直ぐに駆け続けた。
その姿はまるでウサギ。それも猛獣と出会ってしまいひたすらに逃げるウサギだ。
「まずいネ。まずいネ。まずいネ。見誤ったネ。まさか国王が敵だなんてネ!」
「それにあの殺気やばいですよ。ブランシュ団長ぐらい、いや、それ以上でしたよ! 僕たちでどうにかできる相手じゃないですよ」
「そうだネ。ここはいったん離れて体勢を整えるネ。スクイラルたちに応援要請をするネ」
「それがいいです!」
二人が逃げる先は兎人族の里とは真逆の方角だった。
たった今話に出たスクイラルに助けを求めるとしても方角は違う。
まずは自分たちの安全を確保するために真っ直ぐに逃げているのである。
「あれ? 逃げちゃった。それとも誘ってるのかな? そうだよね。ここだとすぐに崩れて戦えないもんね」
ロイは足踏みをして足場の強度さを確認する。
この真下が洞窟になっているのだから、ロイが言うように戦闘が始まればすぐに崩れてしまう。それでは戦いどころではなくなってしまう。
だから逃げたように見える二人の背中をロイは、適した戦場へと誘っているのだと勝手に解釈する。そう思わせてしまう要因が二人が逃げる先にあるからだ。
フレンムとエームが逃げる先には森があり、その先には荒れた土地がある。
その荒れた土地へと誘っているのではないのかと解釈したのだ。
誘っているのならその誘いに乗るまで。普段のロイならそう考えただろう。
しかし今のロイは違う。
戦いたくて戦いたくてうずうずしているのだ。
だから折角の獲物が森に入り気配が薄れる前にロイは行動に出た。
「僕はここでも構わないんだけど。ね?」
「「!?」」
森に入る寸前のフレンムとエームの正面にロイが現れた。その距離五メートル。
瞬間移動で先回りしたのである。
突然現れたロイに二人の体は反射的に反応し急ブレーキをかけた。
このまま左右に分かれ逃げるのがセオリーだが、急ブレーキをかけた直後、二人が動くことはなかった。否、動けなかったのだ。
逃げても無駄だと瞳に映るロイのオーラが訴えているからだ。それも脳に、心に直接訴えている。もはや脅迫のそれと何ら変わらない。
二兎追うものは一兎も得ず、という言葉があるが、今のロイなら二兎追っても二兎得ることは容易い。
だからここでフレンムとエームが二手に分かれてしまう方が危険だった。結果的に急ブレーキをかけてその場に立ち止まったのが正解だったのだ。
「やるしかないみたいだネ……」
「そ、そうですね」
フレンムとエームは覚悟した。
戦う覚悟ではない。戦う覚悟や意思は急ブレーキをかけた瞬間、心が勝手に覚悟を決めていたのである。だからたった今覚悟したものは戦う覚悟ではない。死だ。
逃げられない、と強迫するロイの禍々しいオーラには殺害予告、否、殺害予言が含まれていたのだ。
だから死ぬ覚悟をした。しなくてはならなかったのだ。
「エーム」
「何ですか?」
「……ここで死ぬのカナ?」
「し、死ぬとか言わないでくださいよ……縁起でもない」
「ごめんネ。今、死について考えてたところだったからサ」
「だ、大丈夫ですって……きっと、死なない……と思いますよ。多分……」
「随分と自信無さげに言うネ……」
「そ、そうだ! 団長が助けに来てくれますよ! それなら死なないじゃないですか!」
エームの言葉は当然のことながら会話相手であるフレンムに向かって言った言葉だ。しかしそれと同時に己自身を鼓舞する言葉でもあった。
団長が――ブランシュが助けに来る。その言葉がどれだけ励ましてくれて勇気が出るのか。言葉を口にしたエーム自身がよく知っている。
そしてそんなエーム以上にフレンムの方が知っている。理解している。だからエームは口にしたのだ。ブランシュが助けに来る、という魔法の言葉を。
「そうだネ。今、死についての答えが出たヨ。ここで死ぬはあまりにもめんどくさいことだってネ」
「副団長」
「エームも死んだらダメだヨ」
「わ、わかってます! そのつもりです」
その場に立ち尽くしていた二人は、互いの意思を確認した直後、構えた。
フレンムは手のひらに正六面体の白い物体を出現させる。エームは弓と矢を持ち始めた。
そんな二人の姿を瞳に映したロイは、おねだりを聞いてもらった子供のような満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいよ! 早くやろうよ! あはっ!」
シャドーボクシングをするロイ。動きは素人そのもの。見様見真似でやっている子供並みの動きだ。
「戦うのはいいケド、確認したいことがあるネ」
「ん? 何? 今は気分がいいからさ。特別に何でも答えるよ」
お言葉に甘えてフレンムは質問を始める。
「国王はこの戦争に関わってますカ?」
「うんっ! もちろん! 魔獣を放ったのは僕だし、戦争を始めたのも僕だよ」
フレンムの質問にロイは無邪気な子供のように元気よく答えた。
「国王はオレたちの……この国の敵なのですカ?」
「そーだよー」
「敵はこの国だけですカ?」
「西側の国全部!」
「西側の国……な、何のために戦争ヲ?」
「簡潔に言うとね。この世界で僕の理想郷を作るためだね。ただそれだけだよ」
質問攻めにうんざりしてきたのか、それとも飽きてきたのか、先ほどよりも落ち着いた様子で答えた。
「な、何でそんな……」
「何でも答えるって言ったけど、そろそろ飽きてきちゃったな。フレンム、キミもそう思うでしょ?」
「そうですネ……質問する方も質問を考えるのが面倒になってきてたところだヨ……敬語もネ」
実際のところフレンムは質問をすること自体面倒くさかった。それでも質問をし続けたのは、時間稼ぎのためだ。
ブランシュが助けに来てくれる可能性が極小でもあるのなら、時間稼ぎをするのは当然だろう。
しかしそれもここまで。
ロイは遊びたくて遊びたくてうずうずしているのだ。その姿はまるで子供だ。
しかし、ロイを纏う禍々しいオーラが無邪気な子供のような姿を猛獣へと変える。檻に閉じ込められた猛獣。その檻が開き獲物を狩るその時をヨダレを垂らしながら待っている猛獣だ。
そんなロイはスポーツを始める前に行う準備運動を始めた。筋肉や腱を伸ばして解していく。
そのまま軽く準備運動を行いながら口を開く。
「僕の準備運動に手伝ってよ。キミたちなら準備運動くらいになるからさ」
余裕綽々といった感じで言いながら準備運動は続く。
ロイにとってはフレンムとエームの二人と戦うことすら準備運動に過ぎないのだ。
ちょうどクイーンとルークもそれぞれの目的地へと向かった後だ。
「鹿人族の国は……このまま真っ直ぐ。それが一番の近道かな?」
ロイの目的地は鹿人族の国だ。
これと言った目的は鹿人族の国にはない。『未来視スキル』で見た光景で勝利を確信しているからただの遊び感覚で向かうのである。
けれど全く目的がないわけではない。ロイたち悪の組織には探しているものがある。
それは――悪魔が生み出したスキルだ。
そのスキルを手に入れて大戦争に勝利する。そんな未来を既に『未来視スキル』で見ている。そのため悪魔が生み出したスキルを探す目的に対して焦ることを一切しないのである。
あくまで気楽に楽しく侵略していく。まるで盤上遊戯でもしているかのように。
しかしこの侵略は正真正銘『国取合戦』そのもの。人間族の国を東側に置いた東側の国と西側の国の国取合戦だ。
「鹿人族の国だとアマゾンがいるね。魔獣も大量に放ってあるから滅多に負けることはないだろうけど。僕が到着するまでに誰が生き残ってるか楽しみだな~」
ニコニコと笑いながら独り言を続けるロイ。
その姿は無邪気な少年そのもの。友達の家に向かいながらプレイ予定のゲームの攻略方法を思考し、その思考が無意識に声に出てしまっているような感じだ。
「鹿人族の国には玄鹿と小さな傭兵団があるし、すぐ近くに白兎も。改めて考えると……やっぱりアマゾンひとりだと厳しそうだな。ミオレと組ませるべきだったかな。でもミオレは兎人族を殺したがってたし……まあ、いっか。僕が全員殺せば解決だもんねっ! あはっ!」
ニコニコと笑顔が止まらないロイは、鹿人族の国に向かって宙に浮きながら進んだ。
障害物を避けずに真っ直ぐ鹿人族の国に向かいたいからだ。これがロイが思考した一番の近道なのである。
その間も独り言を誰かと話しているかのように楽しそうに続けていた。
そして一時間もしないのうちに鹿人族の国の国境を越えた。
「おっ! いいね。燃えてる。燃えてる。それに悲鳴も咆哮も聞こえてくる。く~!! 早く戦いたい!」
戦場の風を浴びたロイは己自身も戦いたいとうずうずし始める。
このまま戦う相手を見つけるために地上へと降下しようとするが、その降下はすぐに止まった。
「ん? 何かな?」
ロイは何者かの視線を感じたのだ。
そのまま何者かの視線を感じた方角へ視線を向けた。
ロイの黒瞳には一つの小さな山が映る。その山は兎人族の国が所有している洞窟――兎人族の洞窟だ。
兎人族の洞窟は高く盛り上がった地形、すなわち山から成っている洞窟だ。
その小さな山の麓に立つ二人の人物が遥か上空のロイに視線を、否、鋭い眼光を向けていたのである。
「あんな遠くからよく気付いたね。えーっと、誰かなっと!」
ロイは手のひらで筒を作り、単眼望遠鏡を覗くように片目を瞑りながら開眼している方の瞳を近付けた。
すると本物の望遠鏡のように遠くのものが拡大して見え始める。
「あれは……」
鋭い眼光を送る人物の正体が判明する。
「白兎か。副団長と……団員。二人だけみたいだね。それにしてもこの距離でよく僕に気付いたね。もしかして僕のオーラそんなに漏れてた? それともキミたちのどちらかがそういうのに敏感なのかな?」
獲物を見つけた嬉しさからか、言葉数が多くなるロイ。
そのままワクワクとした表情を浮かべながら、鋭い眼光を向けている聖騎士団白兎の副団長と団員の元へと向かう。
そしてその二人が立つ山の麓へゆっくりと足音を立てずに着地した。
着地した直後、ワクワクした表情を隠す気が一切ないロイは口を開く。
「やあ。どうしたの? そんなに熱い視線を送ってさ」
その問いに答えたのは赤髪の男。聖騎士団白兎副団長のアセディ・フレンムだ。
「王様こそどうしたんですカ? そんなに敵意と殺気をオレたちに向けて……」
「殺気か……。気配のコントロールはできても殺気のコントロールは難しいな。抑えても抑えても溢れ出ちゃうからさ。これってさ、面白い時に笑いが堪えられないのと一緒だと思わない?」
「な、何を言ってるのですカ?」
殺気を向けている以外の情報が全く理解できていないフレンムは、困惑の色を隠せないでいた。
その殺気を向けている人物は人間族の国の王様、そしてこの世界の権力者でもあるのだから困惑の色を隠せないのは仕方のないこと。
「だからさ。もう抑えなくてもいいよね? だってここはもう自由に遊んでもいい戦場なんだから! あはっ!」
その瞬間、ロイは抑えていたオーラを解き放った。
オーラとは普通は見えないもの。感じるものだ。実力者ならオーラが見える場合もある。
しかし、ロイが放つオーラは別格。別次元のもの。
暗黒色の禍々しいオーラで全ての負の要素が詰まったかのような禍々しさ、邪悪さ、凶悪さ、闇そのものと言った感じのものだったのだ。それが濃すぎるが故、視認できてしまうほどであったのだ。
この濃すぎる膨大な殺気なら、完全に抑えられず溢れ出てしまっているのには納得がいく。納得しかないほどだ。
「エーム」
フレンムが聖騎士団白兎の団員であるズゥジィ・エームの名を呼ぶ。
「は、はい」
「逃げるヨ!!!」
フレンムは踵を返して駆けた。エームもフレンムに続いて駆ける。
エームはすぐにフレンムの横に付いた。そして二人で一緒に兎人族の洞窟を滑り地上へと降りた。そのまま足を止めることなく真っ直ぐに駆け続けた。
その姿はまるでウサギ。それも猛獣と出会ってしまいひたすらに逃げるウサギだ。
「まずいネ。まずいネ。まずいネ。見誤ったネ。まさか国王が敵だなんてネ!」
「それにあの殺気やばいですよ。ブランシュ団長ぐらい、いや、それ以上でしたよ! 僕たちでどうにかできる相手じゃないですよ」
「そうだネ。ここはいったん離れて体勢を整えるネ。スクイラルたちに応援要請をするネ」
「それがいいです!」
二人が逃げる先は兎人族の里とは真逆の方角だった。
たった今話に出たスクイラルに助けを求めるとしても方角は違う。
まずは自分たちの安全を確保するために真っ直ぐに逃げているのである。
「あれ? 逃げちゃった。それとも誘ってるのかな? そうだよね。ここだとすぐに崩れて戦えないもんね」
ロイは足踏みをして足場の強度さを確認する。
この真下が洞窟になっているのだから、ロイが言うように戦闘が始まればすぐに崩れてしまう。それでは戦いどころではなくなってしまう。
だから逃げたように見える二人の背中をロイは、適した戦場へと誘っているのだと勝手に解釈する。そう思わせてしまう要因が二人が逃げる先にあるからだ。
フレンムとエームが逃げる先には森があり、その先には荒れた土地がある。
その荒れた土地へと誘っているのではないのかと解釈したのだ。
誘っているのならその誘いに乗るまで。普段のロイならそう考えただろう。
しかし今のロイは違う。
戦いたくて戦いたくてうずうずしているのだ。
だから折角の獲物が森に入り気配が薄れる前にロイは行動に出た。
「僕はここでも構わないんだけど。ね?」
「「!?」」
森に入る寸前のフレンムとエームの正面にロイが現れた。その距離五メートル。
瞬間移動で先回りしたのである。
突然現れたロイに二人の体は反射的に反応し急ブレーキをかけた。
このまま左右に分かれ逃げるのがセオリーだが、急ブレーキをかけた直後、二人が動くことはなかった。否、動けなかったのだ。
逃げても無駄だと瞳に映るロイのオーラが訴えているからだ。それも脳に、心に直接訴えている。もはや脅迫のそれと何ら変わらない。
二兎追うものは一兎も得ず、という言葉があるが、今のロイなら二兎追っても二兎得ることは容易い。
だからここでフレンムとエームが二手に分かれてしまう方が危険だった。結果的に急ブレーキをかけてその場に立ち止まったのが正解だったのだ。
「やるしかないみたいだネ……」
「そ、そうですね」
フレンムとエームは覚悟した。
戦う覚悟ではない。戦う覚悟や意思は急ブレーキをかけた瞬間、心が勝手に覚悟を決めていたのである。だからたった今覚悟したものは戦う覚悟ではない。死だ。
逃げられない、と強迫するロイの禍々しいオーラには殺害予告、否、殺害予言が含まれていたのだ。
だから死ぬ覚悟をした。しなくてはならなかったのだ。
「エーム」
「何ですか?」
「……ここで死ぬのカナ?」
「し、死ぬとか言わないでくださいよ……縁起でもない」
「ごめんネ。今、死について考えてたところだったからサ」
「だ、大丈夫ですって……きっと、死なない……と思いますよ。多分……」
「随分と自信無さげに言うネ……」
「そ、そうだ! 団長が助けに来てくれますよ! それなら死なないじゃないですか!」
エームの言葉は当然のことながら会話相手であるフレンムに向かって言った言葉だ。しかしそれと同時に己自身を鼓舞する言葉でもあった。
団長が――ブランシュが助けに来る。その言葉がどれだけ励ましてくれて勇気が出るのか。言葉を口にしたエーム自身がよく知っている。
そしてそんなエーム以上にフレンムの方が知っている。理解している。だからエームは口にしたのだ。ブランシュが助けに来る、という魔法の言葉を。
「そうだネ。今、死についての答えが出たヨ。ここで死ぬはあまりにもめんどくさいことだってネ」
「副団長」
「エームも死んだらダメだヨ」
「わ、わかってます! そのつもりです」
その場に立ち尽くしていた二人は、互いの意思を確認した直後、構えた。
フレンムは手のひらに正六面体の白い物体を出現させる。エームは弓と矢を持ち始めた。
そんな二人の姿を瞳に映したロイは、おねだりを聞いてもらった子供のような満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいよ! 早くやろうよ! あはっ!」
シャドーボクシングをするロイ。動きは素人そのもの。見様見真似でやっている子供並みの動きだ。
「戦うのはいいケド、確認したいことがあるネ」
「ん? 何? 今は気分がいいからさ。特別に何でも答えるよ」
お言葉に甘えてフレンムは質問を始める。
「国王はこの戦争に関わってますカ?」
「うんっ! もちろん! 魔獣を放ったのは僕だし、戦争を始めたのも僕だよ」
フレンムの質問にロイは無邪気な子供のように元気よく答えた。
「国王はオレたちの……この国の敵なのですカ?」
「そーだよー」
「敵はこの国だけですカ?」
「西側の国全部!」
「西側の国……な、何のために戦争ヲ?」
「簡潔に言うとね。この世界で僕の理想郷を作るためだね。ただそれだけだよ」
質問攻めにうんざりしてきたのか、それとも飽きてきたのか、先ほどよりも落ち着いた様子で答えた。
「な、何でそんな……」
「何でも答えるって言ったけど、そろそろ飽きてきちゃったな。フレンム、キミもそう思うでしょ?」
「そうですネ……質問する方も質問を考えるのが面倒になってきてたところだヨ……敬語もネ」
実際のところフレンムは質問をすること自体面倒くさかった。それでも質問をし続けたのは、時間稼ぎのためだ。
ブランシュが助けに来てくれる可能性が極小でもあるのなら、時間稼ぎをするのは当然だろう。
しかしそれもここまで。
ロイは遊びたくて遊びたくてうずうずしているのだ。その姿はまるで子供だ。
しかし、ロイを纏う禍々しいオーラが無邪気な子供のような姿を猛獣へと変える。檻に閉じ込められた猛獣。その檻が開き獲物を狩るその時をヨダレを垂らしながら待っている猛獣だ。
そんなロイはスポーツを始める前に行う準備運動を始めた。筋肉や腱を伸ばして解していく。
そのまま軽く準備運動を行いながら口を開く。
「僕の準備運動に手伝ってよ。キミたちなら準備運動くらいになるからさ」
余裕綽々といった感じで言いながら準備運動は続く。
ロイにとってはフレンムとエームの二人と戦うことすら準備運動に過ぎないのだ。
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