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第5章:大戦争『命を賭けた女の戦い編』
318 混沌色の龍
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『分身スキル』によって出現したブランシュの分身を次々に消滅させていくクイーン。
その際、分身と一緒に分身が身を潜めていた大樹を斬り倒していった。
このままでは妖精族の国が滅ぶぞというクイーンからの警告。隠れメッセージのようなものだ。
そもそも妖精族の国を滅ぼす事自体この大戦争の計画のひとつでもある。だからブランシュを追い詰めつつ大樹を斬り倒していくクイーンの行動は理にかなっているのだ。
そしてすでに十三本の大樹が斬り倒されてしまっている。
すでに国民である妖精族や他の種族の者たちの避難は済んでいるため、怪我人は一切でていない。
しかし、国としての被害は甚大だ。燃え盛る大地、斬り倒されていく大樹、破壊されていく施設や壁。この場所がどこだったのか判別できないほどに全壊している。
クイーンが十四人目の分身、そして十四本目の大樹に手をかけようとした瞬間、その手が止まる。
背後からブランシュの気配を感じたからだ。分身ではない本物のブランシュの気配を。
「これ以上斬られていく分身を、大樹を見るのが心苦しくなったのかしら? それとも私に会いたくなってつい出てきてしまったのかしら?」
うふふ、と妖艶に微笑みながら姿を現したブランシュに向かって口を開いた。
そんなクイーンの黒瞳には、先ほど同様に満身創痍のブランシュの姿が映っている。
ブランシュの数多ある回復系のスキルでは、この短時間で微小ほどしか回復が行えなかったのである。
だからクイーンは先ほどの言葉通り、分身と大樹が斬られていく様を見るのが心苦しくなったのではないかと考えた。
もちろん自分に会いたくなったのではないか、という考えも冗談で言ったものではない。本気で思ったからこそ口にしたのである。
そうでなければ、全く回復していないこのタイミングで姿を現すのが不自然だからである。
「心苦しくなったのは確かだ。それに会いたくなってきたというのも確かだな」
ブランシュはクイーンの質問に正直に答えた。
その回答にクイーンの顔がほころぶ。
「うふふ。両思いなのね。嬉しいわ」
舌で唇を潤わす。ゆっくりと丁寧に。そして妖艶に。
あまりの快楽に溶けてしまいそうな表情で愛おしい者を見つめた。
そんな視線を浴びるブランシュは、静かに言葉を続ける。
「会いたいのは……黒エルフお前にじゃないぞ」
それは訂正の言葉。しかしクイーンには意味がよくわからない言葉だ。
自分じゃなければいったい誰に会いたいのか?
この場には二人しかいない。それならこの場にいない人物に会いたいのか?
この場にいない者に会いたいのだとしても行動と言動の辻褄が合わない。
だからこそクイーンは問いかける。
「それじゃ誰に会いたいのかしら?」
「この世界で生を授かった瞬間から、片時も離れた事がなかった私の相棒にだな」
ブランシュが言う相棒とは、兎人族の元神様アルミラージ・ウェネトから授かった『月の力』という加護の一部『月の声』のこと。
先ほどから一向にアドバイスがなく、声も聞こえなくなっている『月の声』のことだ。
「そんな相棒がいたのね。知らなかったわ」
「知らない? 知っているはずだぞ。八年前だって一緒に戦っていた」
虚言の類か。幻想の類か。はたまたダメージを受けすぎて頭がおかしくなってしまったのか。
どれにせよブランシュが何を言っているのか、クイーンにはさっぱり理解できていなかった。
それでもブランシュは続ける。理解させずとも理解してくれる相棒がすぐそこにいるのだから。
そして理解できていないクイーンも直に理解することとなるから。
「まあいいわ。せっかく姿を現してくれたのだもの。隠れんぼ以外でもっと遊びましょう。例えば殺し愛とか」
クイーンは刹那の一瞬でブランシュの正面に移動する。
二人の距離わずか数センチ。少し動けば肌と肌が触れ合ってしまう距離。もはや密着しているとも取れる距離だ。
二度と逃さまい、離れさせないといった気持ちの表れである。
至近距離に詰めれば詰めるほど有利なのはクイーンの方だ。
貫手や手刀などが主な攻撃手段のクイーンに対して、ブランシュの主な攻撃手段は剣技だ。詰められれば詰められるほど、剣を振る事が叶わなくなる。
短剣ならまだしもブランシュの『月の剣』と『光の剣』はどちらも長剣に分類する。この間合いはブランシュにとって非常に危険なのである。
(――くッ! 一瞬で詰められた。わかってはいたが、体が思うように動かない。いつもよりワンテンポ遅く動いてしまう)
ブランシュの体が思い通りに動かないのは、満身創痍が理由ではない。彼女の力が不完全で本来の力を発揮したくてもできないからだ。ある計画の代償だ。
ワンテンポ遅れてでもクイーンの動きについていき、ギリギリのところで攻撃を防いでいるのでから、さすがである。
「うふふ。やるわね。でもこれならどうかしら?」
クイーンは妖艶に微笑みながら両の手のひらを天に向かって掲げた。
当然のことながらその瞬間だけ猛攻撃は止まる。
その隙を逃さまいとブランシュは反射的に剣を振りかざそうとするが、『吸収の呪い』の効果で剣撃が無駄になることを理性が寸前で知らせる。本来なら別の存在がそれを知らせるのだが、今は己の理性と感覚と反射神経、全神経を研ぎ澄ませながら戦わなければいけないのだ。
ブランシュが剣撃を行わずクイーンから距離を取った判断は最適解だった。
『吸収の呪い』もそうだが、手のひらをかざしたクイーンのその攻撃の対処を瞬時に行えたからだ。
「全属性の龍か……」
「うふふ」
天を見上げたブランシュの深青の瞳には八体の龍が映っている。
クイーンは微笑むだけで応えなかったが、その微笑み自体が答えだ。
ブランシュの言った通りクイーンが手のひらから放ったのは、全八属性の最大の攻撃魔法によって出現する龍だ。
魔法は全部で八属性に分けられ、その八属性から派生する魔法が数百以上存在する。
その基礎となる八属性は『火属性』『水属性』『風属性』『土属性』『雷属性』『氷属性』『光属性』『闇属性』だ。
火属性は灼熱の業火を纏う紅蓮色の龍――爆龍炎。
水属性は全てを流す荒波を纏う海色の龍――爆龍水。
風属性は全てを呑み込む嵐を纏う風色の龍――爆龍風。
土属性は強大な大地の力を纏う土色の龍――爆龍土。
雷属性は荒々しい稲妻を放電する雷色の龍――爆龍雷。
氷属性は触れたものを凍てつかせる永久凍土の龍――爆龍氷。
光属性は激しい閃光を纏う光色に輝く龍――爆龍光。
闇属性は禍々しい邪悪オーラを纏う暗黒色の龍――爆龍闇。
八属性の最大の攻撃魔法から出現した八体の龍は、ブランシュに向かって真っ直ぐに降下していく。
(無詠唱で八属性同時。かなり厄介だな……)
クイーンは無詠唱で魔法を発動する事ができる。それはエルフや妖精族の特徴でもが、八属性の魔法を全て同時に発動できるのは、歴史上どこを見てもクイーンしかいないだろう。
神の存在であっても八属性全ての魔法を同時に発動することは不可能だ。
それを猛攻撃の最中にやってみせたクイーンは、文句なしの最強のエルフ。
(……さすがだな。まさかここまでとは)
敵ながらにして称賛してしまいたくなるほど、クイーンは実力者という事なのだ。
ブランシュに向かう八体の魔法の龍はひとつに溶け合い重なっていく。融合だ。
それぞれを相殺せずに溶け合えているのは、魔法の発動者が同じだからであろう。
そうやってひとつに溶け合い重なっていった八体の龍は、異質なまでに存在感を放つ一体の龍へと化した。
その龍は、ひとつの属性で放出される龍の八倍の大きさ。八体分を取り込んだのだから単純計算で八倍の大きさになるのは当然だ。
そして異質な存在感を放つのは、大きさだけではない。その色だ。
八属性それぞれの色が混沌し、何色とも表せない色へと化している。さらには渦巻き色を変えるが、またしても何色とも表せない色へとなっていく。
(混沌色というものだろうか。この色は目に悪いな……)
向かってくる混沌色の龍とブランシュの瞳が交差する。
「俊足スキル!」
走る速度が速くなる『俊足スキル』を発動したブランシュは、向かってくる混沌色の龍から距離を取るために走り出す。
しかし、混沌色の龍は追いかけるのをやめない。それどころか距離を一定に保ちながら追いかけ続けている。
木々を――太い幹の大樹をなぎ倒し、壁を、施設を、立ち塞がる全てを破壊し、止まる所を知らない。
混沌色の龍には人や動物のように生命の意思が瞳に宿っていない。
けれど、ひとつだけその瞳には強い意思が込められている。『殺してやる』という強い意思だ。
否、訂正しよう。瞳だけではない。混沌色の牙や爪、鱗、胴体、尻尾、全てから『殺してやる』という意思が溢れでいる。
龍としてではなく、魔法としての強い意思、強い念だ。
それを込めたのは他でもない。魔法の発動者であるクイーンだ。
クイーンの思う力が強ければ強いほど、魔法にも込められるのである。それが歪んだ愛からの殺意でも。
「あとは私があれを斬れるほどの実力があるかだな」
ブランシュは駆ける。一定距離を保たれている混沌色の龍から距離を取るために、さらに素早く駆ける。
「神足スキル!」
『俊足スキル』の上位互換である『神足スキル』で妖精族の国を駆ける。
ブランシュは今は光の速さで走っている。時間をも超越する光の速さだ。
八属性の最大の魔法が混ざり合った混沌色の龍でさえ、距離を保ち続けることは不可能。ブランシュとの差はどんどん開いていく。
ブランシュは大技を繰り出すために十分な距離を離れられたと確信し、『神足スキル』の発動を解除。その場で止まり大技を発動するために構え始める。
方向転換し、瞳を閉じて二本の剣――『月の剣』と『光の剣』を構える。その構えは剣道で言うところの『下段の構え』。下から斬り上げるための構えだ。
瞳を閉じたことによって迫りくる混沌色の龍の咆哮がよく聞こえてくる。
ゴガゴゴドド、と咆哮というよりも地面を抉り大樹をなぎ倒していく破壊音だ。
全てを壊していく破壊音の前では、龍の雄叫びも咆哮も犬の遠吠えほどの可愛いものに過ぎないのである。
「月影流奥義――」
そんな混沌色の龍の破壊音が近付き、耳を済ませていたブランシュは動きだす。
(気配を感じろ。敵の動きを。心臓の音を。血液の流れを。魔力の流れを。全て感じろ。その耳で、その心で聞け!)
「――果テノ月!!」
『下段の構え』通りに大技を繰り出したブランシュは『月の剣』と『光の剣』を下から斬り上げた。
その剣撃は混沌色の龍に当たる前に役目を終える。
「――かはッ!」
斬られたのは混沌色の龍ではなくクイーンだった。
クイーンは混沌色の龍に気を取られているであろうブランシュの隙を狙って攻撃を仕掛けてきていたのだ。
攻撃を仕掛けてきていたと言うことは、『吸収の呪い』ではなく『放出の呪い』を発動していると言うことになる。
クイーンの攻撃と混沌色の龍の同時攻撃。混沌色の龍に気を取られているのなら、その攻撃を防ぐ、または相殺するだろうと踏んだのだ。
ブランシュはクイーンの考えを読んでいた。否、そうなるであろうと賭けていたのだ。
だから混沌色の龍ではなく、その影に潜んでいるであろうクイーンに大技を繰り出したのである。
これによって八年ぶりにクイーンに剣が届きダメージを負わせることに成功する。
しかし、クイーンに大技を繰り出したと言うことは、混沌色の龍の攻撃への対処がゼロだと言うこと。
混沌色の龍の攻撃は一切防がれることなく、魔法の発動者であるクイーンごとブランシュを呑み込み噛み砕く。
その場所を中心に妖精族の国の半分が壊滅。
緑豊かで美しく幻想的だった国の地面が抉れ、跡形もなく消え去った。
そこはもう、塵すらも残らなかった。
その際、分身と一緒に分身が身を潜めていた大樹を斬り倒していった。
このままでは妖精族の国が滅ぶぞというクイーンからの警告。隠れメッセージのようなものだ。
そもそも妖精族の国を滅ぼす事自体この大戦争の計画のひとつでもある。だからブランシュを追い詰めつつ大樹を斬り倒していくクイーンの行動は理にかなっているのだ。
そしてすでに十三本の大樹が斬り倒されてしまっている。
すでに国民である妖精族や他の種族の者たちの避難は済んでいるため、怪我人は一切でていない。
しかし、国としての被害は甚大だ。燃え盛る大地、斬り倒されていく大樹、破壊されていく施設や壁。この場所がどこだったのか判別できないほどに全壊している。
クイーンが十四人目の分身、そして十四本目の大樹に手をかけようとした瞬間、その手が止まる。
背後からブランシュの気配を感じたからだ。分身ではない本物のブランシュの気配を。
「これ以上斬られていく分身を、大樹を見るのが心苦しくなったのかしら? それとも私に会いたくなってつい出てきてしまったのかしら?」
うふふ、と妖艶に微笑みながら姿を現したブランシュに向かって口を開いた。
そんなクイーンの黒瞳には、先ほど同様に満身創痍のブランシュの姿が映っている。
ブランシュの数多ある回復系のスキルでは、この短時間で微小ほどしか回復が行えなかったのである。
だからクイーンは先ほどの言葉通り、分身と大樹が斬られていく様を見るのが心苦しくなったのではないかと考えた。
もちろん自分に会いたくなったのではないか、という考えも冗談で言ったものではない。本気で思ったからこそ口にしたのである。
そうでなければ、全く回復していないこのタイミングで姿を現すのが不自然だからである。
「心苦しくなったのは確かだ。それに会いたくなってきたというのも確かだな」
ブランシュはクイーンの質問に正直に答えた。
その回答にクイーンの顔がほころぶ。
「うふふ。両思いなのね。嬉しいわ」
舌で唇を潤わす。ゆっくりと丁寧に。そして妖艶に。
あまりの快楽に溶けてしまいそうな表情で愛おしい者を見つめた。
そんな視線を浴びるブランシュは、静かに言葉を続ける。
「会いたいのは……黒エルフお前にじゃないぞ」
それは訂正の言葉。しかしクイーンには意味がよくわからない言葉だ。
自分じゃなければいったい誰に会いたいのか?
この場には二人しかいない。それならこの場にいない人物に会いたいのか?
この場にいない者に会いたいのだとしても行動と言動の辻褄が合わない。
だからこそクイーンは問いかける。
「それじゃ誰に会いたいのかしら?」
「この世界で生を授かった瞬間から、片時も離れた事がなかった私の相棒にだな」
ブランシュが言う相棒とは、兎人族の元神様アルミラージ・ウェネトから授かった『月の力』という加護の一部『月の声』のこと。
先ほどから一向にアドバイスがなく、声も聞こえなくなっている『月の声』のことだ。
「そんな相棒がいたのね。知らなかったわ」
「知らない? 知っているはずだぞ。八年前だって一緒に戦っていた」
虚言の類か。幻想の類か。はたまたダメージを受けすぎて頭がおかしくなってしまったのか。
どれにせよブランシュが何を言っているのか、クイーンにはさっぱり理解できていなかった。
それでもブランシュは続ける。理解させずとも理解してくれる相棒がすぐそこにいるのだから。
そして理解できていないクイーンも直に理解することとなるから。
「まあいいわ。せっかく姿を現してくれたのだもの。隠れんぼ以外でもっと遊びましょう。例えば殺し愛とか」
クイーンは刹那の一瞬でブランシュの正面に移動する。
二人の距離わずか数センチ。少し動けば肌と肌が触れ合ってしまう距離。もはや密着しているとも取れる距離だ。
二度と逃さまい、離れさせないといった気持ちの表れである。
至近距離に詰めれば詰めるほど有利なのはクイーンの方だ。
貫手や手刀などが主な攻撃手段のクイーンに対して、ブランシュの主な攻撃手段は剣技だ。詰められれば詰められるほど、剣を振る事が叶わなくなる。
短剣ならまだしもブランシュの『月の剣』と『光の剣』はどちらも長剣に分類する。この間合いはブランシュにとって非常に危険なのである。
(――くッ! 一瞬で詰められた。わかってはいたが、体が思うように動かない。いつもよりワンテンポ遅く動いてしまう)
ブランシュの体が思い通りに動かないのは、満身創痍が理由ではない。彼女の力が不完全で本来の力を発揮したくてもできないからだ。ある計画の代償だ。
ワンテンポ遅れてでもクイーンの動きについていき、ギリギリのところで攻撃を防いでいるのでから、さすがである。
「うふふ。やるわね。でもこれならどうかしら?」
クイーンは妖艶に微笑みながら両の手のひらを天に向かって掲げた。
当然のことながらその瞬間だけ猛攻撃は止まる。
その隙を逃さまいとブランシュは反射的に剣を振りかざそうとするが、『吸収の呪い』の効果で剣撃が無駄になることを理性が寸前で知らせる。本来なら別の存在がそれを知らせるのだが、今は己の理性と感覚と反射神経、全神経を研ぎ澄ませながら戦わなければいけないのだ。
ブランシュが剣撃を行わずクイーンから距離を取った判断は最適解だった。
『吸収の呪い』もそうだが、手のひらをかざしたクイーンのその攻撃の対処を瞬時に行えたからだ。
「全属性の龍か……」
「うふふ」
天を見上げたブランシュの深青の瞳には八体の龍が映っている。
クイーンは微笑むだけで応えなかったが、その微笑み自体が答えだ。
ブランシュの言った通りクイーンが手のひらから放ったのは、全八属性の最大の攻撃魔法によって出現する龍だ。
魔法は全部で八属性に分けられ、その八属性から派生する魔法が数百以上存在する。
その基礎となる八属性は『火属性』『水属性』『風属性』『土属性』『雷属性』『氷属性』『光属性』『闇属性』だ。
火属性は灼熱の業火を纏う紅蓮色の龍――爆龍炎。
水属性は全てを流す荒波を纏う海色の龍――爆龍水。
風属性は全てを呑み込む嵐を纏う風色の龍――爆龍風。
土属性は強大な大地の力を纏う土色の龍――爆龍土。
雷属性は荒々しい稲妻を放電する雷色の龍――爆龍雷。
氷属性は触れたものを凍てつかせる永久凍土の龍――爆龍氷。
光属性は激しい閃光を纏う光色に輝く龍――爆龍光。
闇属性は禍々しい邪悪オーラを纏う暗黒色の龍――爆龍闇。
八属性の最大の攻撃魔法から出現した八体の龍は、ブランシュに向かって真っ直ぐに降下していく。
(無詠唱で八属性同時。かなり厄介だな……)
クイーンは無詠唱で魔法を発動する事ができる。それはエルフや妖精族の特徴でもが、八属性の魔法を全て同時に発動できるのは、歴史上どこを見てもクイーンしかいないだろう。
神の存在であっても八属性全ての魔法を同時に発動することは不可能だ。
それを猛攻撃の最中にやってみせたクイーンは、文句なしの最強のエルフ。
(……さすがだな。まさかここまでとは)
敵ながらにして称賛してしまいたくなるほど、クイーンは実力者という事なのだ。
ブランシュに向かう八体の魔法の龍はひとつに溶け合い重なっていく。融合だ。
それぞれを相殺せずに溶け合えているのは、魔法の発動者が同じだからであろう。
そうやってひとつに溶け合い重なっていった八体の龍は、異質なまでに存在感を放つ一体の龍へと化した。
その龍は、ひとつの属性で放出される龍の八倍の大きさ。八体分を取り込んだのだから単純計算で八倍の大きさになるのは当然だ。
そして異質な存在感を放つのは、大きさだけではない。その色だ。
八属性それぞれの色が混沌し、何色とも表せない色へと化している。さらには渦巻き色を変えるが、またしても何色とも表せない色へとなっていく。
(混沌色というものだろうか。この色は目に悪いな……)
向かってくる混沌色の龍とブランシュの瞳が交差する。
「俊足スキル!」
走る速度が速くなる『俊足スキル』を発動したブランシュは、向かってくる混沌色の龍から距離を取るために走り出す。
しかし、混沌色の龍は追いかけるのをやめない。それどころか距離を一定に保ちながら追いかけ続けている。
木々を――太い幹の大樹をなぎ倒し、壁を、施設を、立ち塞がる全てを破壊し、止まる所を知らない。
混沌色の龍には人や動物のように生命の意思が瞳に宿っていない。
けれど、ひとつだけその瞳には強い意思が込められている。『殺してやる』という強い意思だ。
否、訂正しよう。瞳だけではない。混沌色の牙や爪、鱗、胴体、尻尾、全てから『殺してやる』という意思が溢れでいる。
龍としてではなく、魔法としての強い意思、強い念だ。
それを込めたのは他でもない。魔法の発動者であるクイーンだ。
クイーンの思う力が強ければ強いほど、魔法にも込められるのである。それが歪んだ愛からの殺意でも。
「あとは私があれを斬れるほどの実力があるかだな」
ブランシュは駆ける。一定距離を保たれている混沌色の龍から距離を取るために、さらに素早く駆ける。
「神足スキル!」
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ブランシュは今は光の速さで走っている。時間をも超越する光の速さだ。
八属性の最大の魔法が混ざり合った混沌色の龍でさえ、距離を保ち続けることは不可能。ブランシュとの差はどんどん開いていく。
ブランシュは大技を繰り出すために十分な距離を離れられたと確信し、『神足スキル』の発動を解除。その場で止まり大技を発動するために構え始める。
方向転換し、瞳を閉じて二本の剣――『月の剣』と『光の剣』を構える。その構えは剣道で言うところの『下段の構え』。下から斬り上げるための構えだ。
瞳を閉じたことによって迫りくる混沌色の龍の咆哮がよく聞こえてくる。
ゴガゴゴドド、と咆哮というよりも地面を抉り大樹をなぎ倒していく破壊音だ。
全てを壊していく破壊音の前では、龍の雄叫びも咆哮も犬の遠吠えほどの可愛いものに過ぎないのである。
「月影流奥義――」
そんな混沌色の龍の破壊音が近付き、耳を済ませていたブランシュは動きだす。
(気配を感じろ。敵の動きを。心臓の音を。血液の流れを。魔力の流れを。全て感じろ。その耳で、その心で聞け!)
「――果テノ月!!」
『下段の構え』通りに大技を繰り出したブランシュは『月の剣』と『光の剣』を下から斬り上げた。
その剣撃は混沌色の龍に当たる前に役目を終える。
「――かはッ!」
斬られたのは混沌色の龍ではなくクイーンだった。
クイーンは混沌色の龍に気を取られているであろうブランシュの隙を狙って攻撃を仕掛けてきていたのだ。
攻撃を仕掛けてきていたと言うことは、『吸収の呪い』ではなく『放出の呪い』を発動していると言うことになる。
クイーンの攻撃と混沌色の龍の同時攻撃。混沌色の龍に気を取られているのなら、その攻撃を防ぐ、または相殺するだろうと踏んだのだ。
ブランシュはクイーンの考えを読んでいた。否、そうなるであろうと賭けていたのだ。
だから混沌色の龍ではなく、その影に潜んでいるであろうクイーンに大技を繰り出したのである。
これによって八年ぶりにクイーンに剣が届きダメージを負わせることに成功する。
しかし、クイーンに大技を繰り出したと言うことは、混沌色の龍の攻撃への対処がゼロだと言うこと。
混沌色の龍の攻撃は一切防がれることなく、魔法の発動者であるクイーンごとブランシュを呑み込み噛み砕く。
その場所を中心に妖精族の国の半分が壊滅。
緑豊かで美しく幻想的だった国の地面が抉れ、跡形もなく消え去った。
そこはもう、塵すらも残らなかった。
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黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。
そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。
※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。
1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。
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