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第5章:大戦争『傭兵団同士の戦い編』

302 シンクロ攻撃

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「――走るでござるリリィ! 歯車を噛み合わせるでござるよ!」

 スクイラルの指示が小さな獣耳に届いた瞬間リリィは走った。
 小さな体で巨体のアマゾンの周りをぐるぐると時計回りで走る。
 スクイラルはリリィとは反対の反時計回りで走り始めた。

「ブモッモッモッモッ! ただ走ってるだけじゃ撹乱なんてできやしねーぞ!」

 ただ走っているわけではない。スクイラルとリリィは走りながら確実に剣撃を当てている。
 しかし、擦り傷にもならない程度の剣撃にアマゾンは『ただ走ってるだけ』と嘲笑ちょうしょうしたのだ。

 そしてアマゾンは、己の周りを走っているネズミを駆除するために、武器のダブルヘッドバトルアックスを振りかざした。
 どっちのネズミを狙うとかはしなかったが、どちらかに確実に当たるタイミングで振りかざしている。
 それほどスクイラルとリリィの一周を走るリズムが固定されていて分かりやすかったのだ。
 しかし、アマゾンが振りかざしたダブルヘッドバトルアックスは空振りする。確実に当たると思われていたリズムがこの時だけ狂ったのだ。

「たまたま外した。でも今度は外さねー!」

 地面に突き刺さるダブルヘッドバトルアックスを抜くのと同時に、横一線に振りかざした。そしてその勢いを利用して時計回りに回転する。
 時計回りに走るリリィに追いつくことができれば攻撃を当てることが可能。反時計回りに走るスクイラルには確実にぶつかるタイミングが生じる。
 良くて二人に、悪くてもスクイラル一人には攻撃が当たると言うことになる。

 しかし、そんな未来は一向に訪れなかった。
 なぜなら反時計回りをしていたはずのスクイラルがリリィと同じ、そしてアマゾンの攻撃と同じ時計回りで走っているからだ。

 アマゾンのダブルヘッドバトルアックスは、スクイラルとリリィを追いかける。追いかけられているとも言える。そんな均衡が保った回転が続いているのだ。

「くそリスがァー!!」

 先に均衡を崩したのは咆哮するアマゾンだ。
 時計回りがダメならと、反時計回りにダブルヘッドバトルアックスを振り直したのだ。それも筋肉の動きなど察せられる要素を一つも見せずに。
 ただそれでもスクイラルとリリィにはダブルヘッドバトルアックスの刃は当たらなかった。むしろ再び均衡が保たれる。
 察せられぬようにと反時計回りに振り直したはずなのに、同じタイミングでスクイラルとリリィも反時計回りに走って、擦り傷にもならない剣撃を当て続けているのだ。

 どんな仕組みかわからないと言った表情でアマゾンは、ダブルヘッドバトルアックスを肩に戻した。
 その瞬間、スクイラルが反時計回りに戻っていた。

(俺の動きに合わせて絶好のタイミングで回転を変えてやがる。どんな仕組みだ? 未来でも視えてんのか雑魚リスはよ。いや、違う。おかしい。雑魚メスの方も未来が視えてるってことになる。この二人……なんだ? 何をしたんだ?)

 戸惑うアマゾンに向かってスクイラルが口を開く。

「歯車はもう噛み合っているでござるよ!」

 ただそれだけ。疑問の解消にもならない言葉を、さらに謎が深まる言葉を残してスクイラルとリリィはアマゾンの周りを走りながら攻撃を続けた。

「鬱陶しいリスめー!!」

 痺れを切らしたアマゾンは乱暴にダブルヘッドバトルアックスを振り回した。
 縦横無尽に、そして不規則に振り回す。
 当たればラッキー程度の攻撃だろうが、そのラッキーはスクイラルとリリィにとっては致命傷にもなり得るアンラッキーで片付けてはいい攻撃ではない。

(……あ、当たらねぇ……)

 縦横無尽に、そして不規則に振られるダブルヘッドバトルアックス。振っている本人ですら次どこに振るかなど意識していないしわからない。
 それでも全てを見通しているかのようにスクイラルとリリィはアマゾンの周りを走り攻撃を続けている。
 躱すとか防ぐとかではなく、走り攻撃を続けているのだ。

(随分と焦っているでござるなアマゾン。拙者の加護を知っていても、この技のことは知らなかったでござろう。長年リリィとバディを組んで編み出したとっておきの技でござる。まあ、この技を使うとリリィが調子に乗るもんだから滅多には使わな勝ったでござるが。そのおかげで御主をここまで追い詰めている。だからリリィ……今なら存分に調子に乗ってもいいでござるぞ! 拙者も調子に乗らせてもらうでござるから!)

 スクイラルとリリィは同時に下から上へ剣撃を放つ。スクイラルは短剣。リリィは二本の鎌だ。
 武器も違えば本数も違う。それなのに鏡に映っているかのように二人の動きは全く同じだ。
 アマゾンにとっては擦り傷程度にしかならない攻撃。しかし、そんな攻撃でも混乱中に受けてしまえば――

「――ぐはァ!」

 巨体の男を跪かせることが可能となる。

(この俺が……雑魚リス如きに膝を……くそ。何がどうなってやがる。雑魚リスには『秒読みの加護』がある。加護は一人に最大一つのみだ。雑魚リスの能力じゃねぇな。だとしたら雑魚メスの方の加護か? いや、奴は加護を授かってない。スキルも魔法も何も使えないはずだ。なら、なんだ? 鼠人族すじん特有の能力だとでも言うのか? くそ
 。ムカつく能力だな……)

 跪いているアマゾンは、片手の手のひらを地面に乗せた。ダブルヘッドバトルアックスを握っていない方の手だ。
 その行動は、立ち上がるためでも、降参の土下座をするためでもない。

「――地面波グランドウェーブ!!」

 土属性の魔法を放つための行動だ。

 アマゾンが詠唱を唱えた直後、地面が揺れ凸凹と波を打つ。

「きゃっ!!」

 リリィは波打つ地面に足を取られて転んでしまう。
 スクイラルとリリィの噛み合った歯車が完全に狂わされた瞬間だ。
 リリィが転ぶという絶好の機会をアマゾンが見逃すはずもなく、倒れているリリィ目掛けてダブルヘッドバトルアックスを振った。

「リリィー!!」

 立ち上がれずにいるリリィを守るためにスクイラルは飛んだ。波打つ地面を利用してひとっ飛びでリリィとダブルヘッドバトルアックスの間に入った。
 そして短剣でダブルヘッドバトルアックスを受け止めた。
 しかし――

「――がはっ!!」

 攻撃を受け止めたはずのスクイラルから血飛沫が舞った。
 スクイラルの短剣は攻撃を受け止めた際に衝撃に耐えられず、粉々に砕けてしまったのだ。
 何百、何千、何万と剣撃を与え続けた短剣だ。いつかやってくる限界、その限界が今このタイミングでやってきてしまったのだ。

 吹き飛ばされたスクイラルは倒れているリリィに衝突する。そこで勢いが収まることはなく、スクイラルとリリィの二人は一緒に地面を五メートルほど転がった。

「だ、団長ぉ!」

 停止してすぐにリリィがスクイラルに声をかける。

「だ、だいじょうぶ、でござる……このタイミングで……たんけんが……こわれ、るだ、なんて……」

 ダメージが大きかったのだろう。スクイラルの呼吸が整っていなかった。それでもリリィに心配をかけまいとゆっくりと喋り続けている。
 そして喋らなきゃいけない理由がもう一つあった。

「い、いしきを……いしき、を……うしなったら……」

「わかってるよぉ。団長ぉの加護の効果が止まっちゃうんだよねぇ」

 リリィの言う通り、スクイラルの『秒読みの加護』は、相手を敵だと認識している時のみ時計の針が動き、倒せる時間までカウントダウンを行う。
 もしもスクイラル自身が意識を失ったり、敵を敵ではないと判断したりした場合は、時計の針がピタリと止まる。つまり『秒読みの加護』の効果が一時停止するのだ。

「団長ぉ。あと何秒なのぉ?」

「き、きいたら……きが、とおく……なるでござるよ……」

「大丈夫ぅ。それまで私が団長ぉの右腕として責任持って団長ぉを守るからぁ」

 リリィは動けなくなったスクイラルを背に乗せた。
 小柄で有名な鼠人族すじんぞく。スクイラルが小柄なのはもちろんなのだが、リリィはさらに小柄な女の子だ。
 そんな小さな背中に頼るしか方法がないスクイラルは『情けない』と心の中で呟いた。

「団長ぉは、情けなくなんかないよぉ」

「なんで……こころの……こえが」

 心の声が聞かれていた事に驚くスクイラル。

「なんでって、団長ぉが今言ったんだよぉ。心の声じゃないからぁ」

 心の声で呟いたと思っていた『情けない』という言葉は、無意識に声に出てしまっていたらしい。
 声に出していたのかと驚きながらも、声に出していたかもしれないとスクイラルは認めた。
 そんなやりとりをしていたスクイラルとリリィに向かってアマゾンが口を開く。

の次は合体か? そんなんで俺から逃げられるとでも? ブモッモッモッモッ!」

 先ほどの息の合った攻撃をシンクロと称して、現在のスクイラルがリリィに背負られている状態を合体と称した。
 直後、大声で笑ったアマゾンはゆっくりと歩き出す。

 ゆっくりと死の足音を鳴らしながら迫ってくるアマゾンから逃げるためにリリィは走り出そうとする。そんなリリィに向かってスクイラルが口を開く。

「にせんさんびゃくびょう……でござる……」

「二千三百ぅ? 残り二分って事ぉ?」

「四十分を……きったところ……」

「よよよよよ四十分!?」

「あぁ……きが、とおく、なる……で、ござろう」

 死闘の中では四十分という時間は、気が遠くなると感じるもの。精神の削り合い、命の削り合いを四十分もしなくてはならないのだから。
 けれど、そんなことを感じさせないリリィの一歩があった。
 力強い一歩。女子の一歩とは思えないほどの大きな一歩。傷だらけの体とは思えないほどの勇気ある一歩だ。

「どーんと任せてぇ!」

 リリィが胸を張って叫んだ。

「団長ぉは気絶しないように頑張ってぇ!」

 そうリリィが言った次の瞬間、スクイラルの視界は急降下した。

「ずごぉーーーーー」

 リリィが盛大に転んだのだ。ここに来てドジ属性が発動してしまったのである。

「あーいててててぇ。団長ぉ大丈夫ですかぁ?」

 スクイラルの下敷きになっているリリィ。

「おぬしの、せなかは……きぜつ、したくても……きぜつ、できないな……」

「……でへへへへぇ」

 流石に転んだ要因はドジ属性が発動したからだけではなく、疲労や怪我、スクイラルを背負っているという点も含まれているだろう。
 リリィは倒れた状態のまますぐに立ち上がろうとした。そうしなければアマゾンがとどめを刺しにくるからだ。
 しかし、立ち上がろうとしたリリィの視界が、ドシンッという大きな地響きと共に現れた大きな影によって暗くなる。

 見上げればそこには、アマゾンではなく大きな山がそびえ立っていた。
 先ほどまでなかった山。鹿人族の国ナラーンで見たことがない山。しかし、スクイラルには見覚えがある山だ。

「ろっく……がん……」

 スクイラルとリリィの前に突如現れたのは幻級の魔獣――岩岩岩岩ロックガンだった。
 数分前にスクイラルが討伐した岩岩岩岩ロックガンとはまた別の個体だ。
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