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第4章:恋愛『一億三千年前の記憶編』

262 魔法の特訓

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 大樹の種を植えてから十日目。大樹の種は発芽し、小さな芽を濡れた地面から天に向かって顔を出していたのだ。
 その芽を発見したのは垂れたウサ耳と澄んだ青色の瞳が特徴的なブドウだった。
 発芽発見の瞬間は喜びと感動でブドウはウサギのように飛び跳ねていた。飛び跳ねた勢いで大樹の芽を潰してしまわないか心配に思ってしまうほどに。

 発芽した日からブドウ、イチゴ、ミカンの三人は毎日のように大樹の芽の成長を見守る。
 ギンも大樹の種が発芽したということで、魔法の付与を毎日少しずつ始めていた。
 付与した魔法は成長を促進させ丈夫に育つためのもの。土属性の魔法で土に栄養を送ったり、水属性の魔法で水分を与えたり、火属性の魔法で陽の光を与えたりと様々だ。

 魔法の他にも兎人族の国キュイジーヌは天候が安定しているのもあってか、発芽してからの成長は早かった。
 枝や幹を作り出すまで一ヶ月もかからなかった。高さは十センチほどで大樹と呼ぶにはまだまだ小さいが、種からの成長を見ていた兎人とじんちゃんたちにとっては感激するほどの成長でもあった。
 いつ自分たちの背を抜いてしまうのか、兎人とじんちゃんたちは大樹の成長が毎日楽しみなのである。
 それと同時にギンは、成長期である兎人とじんちゃんたちの成長も楽しく見守るのである。

「よし。そろそろ魔法を教えてあげてもいい頃だよな」

 そんなギンの呟きに兎人とじんちゃんたちは、宝石のような瞳を輝かせていた。兎人とじんちゃんたちからしても待ちに待った魔法の伝授だからだ。

「やる気満々だな。そんじゃまずは大事なことを。魔法を間違った使い方しないように覚えててほしいことを言うぞ。ちゃんと聞けよー」

 兎人とじんちゃんたちはそれぞれのウサ耳をピクピクと動かしてギンの言葉を真剣に聞く体制に入った。ブドウは垂れたウサ耳。イチゴは左右非対称のウサ耳。ミカンは小さなウサ耳だ。

「魔法は誰かを傷つけるための力じゃない。そんなことは誰にも教わらなくてもなんとなくわかるよな。でも誰かを守るためなら遠慮することなく使って構わない。もちろん自己防衛のために使っても構わない。というか自己防衛のために使ってくれ。つまりあれだ、魔法という特別な力の使い方、使う場面、使う相手をしっかりと理解すること。そんでその力をコントロールして支配されないようにすること。それさえ覚えててくれればあとは大丈夫。好きに魔法を使ってもいいぞ」

 ギンの言葉を真剣に受け止めた兎人とじんちゃんたちは、三人同時に頷いて返事をした。

「よしっ。そんじゃ次は……どんな魔法が覚えやすいか知るために魔法の適性を調べてみようか」

 そう言うとギンは、兎人とじんちゃんたちに向けて手のひらをかざし始めた。
 兎人とじんちゃんたちはギンのことを信じているのか、手のひらをかざされても驚く様子はなかった。むしろ魔法の適性を調べるということにワクワクドキドキと胸を弾ませているのである。

(魔法の適性を調べるのは俺じゃないんだけどね。心の声さん『解析・鑑定』よろしくお願いします)

 《了解しました。ブドウ、イチゴ、ミカンの魔法適性を解析・鑑定》

 すると可視することができないオーラがギンの手のひらから放出される。そして兎人とじんちゃんたちを包み込んでいく。
 兎人とじんちゃんたちの小さな体は、あっという間に透明のオーラに包まれた。

 《解析・鑑定完了しました》

 透明のオーラが全身を包み込んだのと同時に解析・鑑定が完了したアナウンスがギンの脳内で流れる。

(結果は?)

 《はい。個体名ブドウ、個体名イチゴ、個体名ミカンの魔法適性は“なし”です》

(適性なしか。秘められた力とか期待してたんだが。まあ、仕方ない。適性なしでも努力次第で魔法は使えるしな。この子たちにはまだまだ未来がある。ゆっくりと教えていくとしよう)

 《そうですね。私も協力いたします》

(うん。ありがとう)

 心の声との脳内での会話を終わらせたギンは、魔法適性の結果を兎人とじんちゃんたちに伝えるべく、目線の高さが同じになるようにしゃがみ始める。

「えーっと。魔法適性の結果なんだが……」

 キラキラと宝石のように輝く兎人とじんちゃんたちの瞳。ブドウはサファイア、イチゴはルビー、ミカンはトパーズ。そんな瞳を見てしまったら魔法の適性がないことを伝えるのを躊躇ってしまう。
 しかし、ギンは躊躇う気持ちを押し殺して言葉を続けた。

「ブドウとイチゴとミカンの魔法適性は“なし”って診断結果が出た」

 ギンの言葉を聞いた瞬間、兎人とじんちゃんたちの宝石のように輝いていた瞳は曇り始めた。
 絶望の色に染まってしまう前にギンはさらに言葉を続ける。

「でも、魔法を覚えられないってことじゃないぞ。毎日練習すれば誰でも魔法を覚えることができる。だから落ち込まないで。ねっ」

 兎人とじんちゃんたちの曇り始めていた瞳に希望の色が戻る。
 そして完全に瞳の輝きを取り戻し笑顔になったブドウは、ギンの腕を引っ張り始めた。魔法の特訓を今すぐにしたいという気持ちと、魔法の特訓の最中に高さ十センチほどの大樹の木を踏まないようにと考えて場所を移動したのだ。

「や、やる気満々だな。これは教え甲斐がありそうだ」

 ギンは、やる気に満ち溢れたブドウの姿に感化されていた。

 移動したのは少しだけ。ギンたちの拠点としている場所はとても広いので、少し移動しただけでも魔法の特訓に十分なスペースを確保できるのである。

 その場所に到着するや否や兎人とじんちゃんたちは横一列に綺麗に並び始めた。
 ギンから見て左からイチゴ、ブドウ、ミカンの順番だ。その後ろにセレネがゆっくりと近付く。そして、どっしりと箱座りをした。

「ンッンッ! ンッンッ!」

 セレネは兎人とじんちゃんたちの魔法の特訓を近くで見守り、応援したいのである。

「ではではでは。準備が整ったということで魔法の特訓始めますか!」

 掛け声こそはなかったものの、兎人とじんちゃんたちは片手を天に向かって突き上げて「おー!」といジェスチャーを取った。
 そこからはギンによる魔法の授業が始まった。

 ギンは八属性魔法全てを使うことができる珍しい人間族だ。八属性の魔法は、火属性、水属性、風属性、土属性、雷属性、氷属性、光属性、闇属性の八つ存在する。
 そんなギンにも魔法の適性がある。それは雷属性と光属性だ。ギンは雷属性と光属性の二種類の魔法が得意なのである。
 ブラックの大剣を防いだ白雷はくらいの剣も、魔人に放ったビリビリ、バチバチと言う詠唱の魔法も雷属性と光属性の魔法の両方の性質を合わせたものだ。
 得意な魔法を合わせることでより強力になるのである。そして雷属性の魔法と光属性の魔法の相性は非常に良いのである。
 だからこそギンが最初に兎人とじんちゃんたちに教える魔法は、得意である雷属性の魔法だ。光属性よりも覚えやすいという点も踏まえて雷属性の魔法から先に教えようという考えなのである。

「最初に教える魔法は雷属性の魔法だ。まずは俺の構えを真似してみて」

 そういうとギンは左手を正面に真っ直ぐと伸ばして手のひらをかざした。兎人とじんちゃんたちは見様見真似で同じ構えを取る。

「うん。完璧。というか、この構えはあまり重要じゃないんだけどね。でもこっからが重要だよ。この手のひらに先に魔力を込める? いや、出す? 集める? それは込めると変わらないか。だったら触る感じ? 離す感じ? えーっとだな。とにかく手のひらの先に魔法を出すようなイメージしてみて! 手のひらにじゃなくて、手のひらの先ね。そうすると魔力の気配というか、オーラというか、なんというか、魔力が出るから。これに出したい属性の魔法をイメージしたらその属性魔法になるって感じ!」

 この説明だで魔法を発動できれば天才に違いない。残念なことにその天才は兎人とじんちゃんたちの中には現れなかった。
 そもそもギンの説明は下手すぎる。あの強力で正確な魔法を使っていたとは思えないほどの説明下手だ。
 それもそのはず。ギンは誰かに魔法を教えたことなど一度もないのだから。

「あ、あれ? 魔法ってどうやって出してるんだっけ? この手のひらの先にバーンって! 指でもいいぞ。指の先でバーンって! その、魔法のイメージをだな……」

 教師が混乱すれば、当然生徒も混乱する。
 兎人とじんちゃんたちは左手を前にかざしたまま小首を傾げた。それでも懸命にギンの言葉を理解しようと試行錯誤を始める。
 左手を上下左右に動かしたり、一度引いてから突っ張るように出したり、開いて閉じてを繰り返したりと、試行錯誤していた。

 そんな生徒の兎人とじんちゃんたちと教師のギンを見兼ねてなのか、ギンの脳内で女性の声が再生され助言を始めた。

 《魔力はようなイメージですよ。水が流れに沿って流れるように、魔力も魔力の流れに沿って流すのです》

(そ、そう。そんな感じ。それを言いたかったんだよ~。さすが俺の心の声さんだ。あははっ)

 心の中でごまかし笑いをするギン。例え上手にごまかし笑いをしたとしても『心の声』には全て見抜かれているので意味がない。そしてギンのごまかし笑いは、ごまかし笑いをしていますよと、伝えているような下手な笑い方だった。

「よしっ。わかったぞ。魔力を流すようにするんだ。水が流れるみたいに、魔力には魔力の流れがあるからそれに沿って流す感じ!」

 なんとなく理解したのだろう。兎人とじんちゃんたちの構えだけ見れば今にも魔法を発動しそうに見える。それほど構えがしっかりとし始めたのだ。
 しかし、小さな手のひらからは微かな魔力も流れ出ることはなかった。
 兎人とじんちゃんたちが落ち込みかけた時、ギンはイチゴ、ブドウ、ミカンの順番に頭を撫でた。

「最初はこんなもんだよ。これを毎日繰り返してコツさえ掴んじゃえば、簡単に魔法が使えるようになるよ」

 ギンに優しい言葉をかけられながら頭を撫でられ流ことによって、落ち込みかけていたき気持ちが一瞬でどこかにいく。
 兎人とじんちゃんたちは何かあるたびに、ギンが頭を撫でるということが習慣になっている。しかし、それに慣れることなく兎人とじんちゃんたちは毎回嬉しそうにウサ耳をピクピクとさせるのだ。そして黒いローブに隠れて見えてはいないが、小さなくて丸いウサ尻尾も縦横無尽に振って、犬のように喜びがウサ尻尾に表れているのだ。

 《マスター。詠唱はどうするのですか? 当然のことながら声を出せなければ詠唱はできません》

(詠唱ってあるようでないようなもんだろ。そりゃあったほうがちゃんとした魔法は出せるし威力も全然違うと思うけど、大事なのはイメージだ。無詠唱でもしっかりイメージがあれば出せる。だから無詠唱を教える)

 そう。声を出せなければ詠唱はできない。けれど詠唱しなければ魔法が出せないわけではないのだ。
 実際、ギン自身は詠唱しているようではしていない。オノマトペ。なんとなくの擬音を口にしているだけだ。
 それでも魔法を発動することが可能だし、正直な話ギンは、無詠唱でも魔法を使える。ただ味気がなかったり、魔法を使っている気分になれないから擬音を口にしているだけなのだ。
 だからギンは、誰もが無詠唱で魔法が使えることを知っている。なので声が出せない兎人とじんちゃんたちに無詠唱で魔法を教えようと考えているのである。
 それがどんなにハードルが高い内容だったとしても、兎人とじんちゃんたちのためと考えれば全く苦ではないのだ。

(まあ、無詠唱についてはまだまだ先のことだからな。今はゆっくり魔力のというものを覚えさせるよ)

 それからというもの、時間というものはゆっくりと流れ過ぎ去っていく。
 今日が昨日になり、明日が今日になる。そんな風に時間は止まることなく進んでいくのだ。
 兎人とじんちゃんたちも大樹の木もお互いが競い合っているかのように、時間と共に身長を伸ばして成長していく。
 魔法も兎人とじんちゃんたちの覚えがいいのか、ギンの、否、心の声の教えがいいのか、日に日に上達していく一方だ。

 そんな順調に日々を過ごしていたある日のこと。ギンと兎人とじんちゃんたちが出会って半年が過ぎようとしていた日のことだ。

 この日、決して起きてはならない事件が起きてしまったのだった。
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