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第4章:恋愛『グルメフェス満腹祭編』
246 審査
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『次で今大会最後の審査となります』
そうマイクに向かって言ったのは司会者の鼠人族の男ラタトューユだ。
『では、無人販売所イースターパーティーのネージュさん。チャーハンを審査員席へお運びください』
「は、は、ははい!」
ネージュはガタガタと小刻みに震えながら審査員席へとチャーハンを運ぶ。
生まれたての子ウサギのようにガタガタと震える脚は、今にも転んでしまいそうだ。たとえ転ばなくても、皿を持つ手が小刻みに震えすぎていて、皿の上のチャーハンを全て溢してしまわないか心配になってしまうほどだ。
そのせいで『盛り付けスキル』の効果で完璧な盛り付けだったチャーハンは、雪崩のように崩れ落ちてしまっていた。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
審査員席の前に立った瞬間、ネージュの緊張と不安と恐怖が混ざり合った負の感情が爆発する。本日最大級の怯えだ。
そんなネージュの怯えている姿を観客席の一番近いところから見ているマサキは、もどかしい気持ちでいっぱいだった。
「アァー! 助けに行きたい! でも見守らなきゃ! でも助けに行きたい! でも見守らなくちゃネージュのためにならない! 子供を見守る親の気持ちがなんとなくわかった気がする……というか、やばい。こっちまで緊張してきたぞ……」
「ネージュ様の審査ですからね。私も緊張してきました」
マサキとビエルネスは緊張がピークに達する。観客席の声よりも鼓動の方がうるさいほどに。
その緊張感は、『透明スキル』の効果で透明状態になっているクレールも、観客席から移動せずに応援を続けているジェラ三姉妹も同じように感じていた。
「ンッ……ンッ……」
マサキの頭の上にいるルナもいつもよりか静かに声を漏らしている。マサキの緊張が伝わり緊張しているのかもしれない。
そんな緊張しているマサキたちとは対照的に、ネージュのことを笑っている男たちがいる。そう。人間族の男たち三人組だ。
「さっきはビビったけど、やっぱりおもしれーわ」
「チャーハンぶっかけるんじゃーの?」
「それはウケる! というか、審査しても無駄なのにな」
「そうそう。無駄無駄」
ネージュが料理をしている姿を見ていた時は、その料理の美しさとかっこよさに魅了されていた人間族の男たち。だが、今のネージュを見てしまえば、再び笑い者にしてしまうのも当然といえば当然だ。
ネージュを笑い物にする人間族の男たちは、今か今かとネージュの採点を待っている。否、低い点数が出るのを待っているのだ。
「あんな兎人が美味しく作れるはずないよな」
「二十点以上出たらお前らに銅貨一枚あげるわ」
「お前ビビリすぎ。そんなに高い点数でるわけないだろ。オレは十五点以上出たら銀貨一枚あげるわ」
「だったら俺は三十点の満点が出たら金貨一枚ずつやるよ」
「ナシハラその発言忘れるなよ~」
「忘れるなよ~」
「ロクガワとデグチも自分の発言を忘れるなよ。まあ、ここにきて満点なんてあり得ないからな」
人間族の男たちはネージュの点数で賭け事を始めた。ネージュに高い点数が出せるはずがないという皮肉めいた賭け事だ。
ロクガワという人間族の男が賭けた銅貨は兎人族の通過でいうところの百ラビ。デガワという人間族の男が賭けた銀貨は兎人族の通過でいうところの千ラビ。ナシハラという人間族の男が賭けた金貨は兎人族の通過でいうところの一万ラビだ。
笑っていた人間族たちも賭け事を始めて緊張した表情へと変わる。
マサキたちとは違った緊張だが、緊張は緊張。息を殺しじっとその時を待つ。
審査員の口に運ばれるのを待っているネージュが作ったチャーハンは、まず最初に三つの取り皿に分けられた。そして、審査員三人の目の前のテーブルの上に置かれた。
『それではルーネス様、グリーハン様、メープル・バック様。最後の試食をよろしくお願いします』
司会者のラタトューユの合図で審査員たちは今大会最後の試食を始める。
『ネージュさん。今はアピールチャンスですよ。チャーハンのこだわりなどありまし、た、ら……』
ネージュの様子を見たラタトューユはその姿に驚いて言葉を詰まらせた。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
ネージュは小刻みに震えたままだったのだ。チャーハンのアピールポイントどころか言葉も発せられないほどの震え。
常人でも緊張する場面だ。負の感情を感じやすいネージュにとっては普通の緊張。普通の震えなのである。
『えーっと、審査員を前にするとやっぱり緊張してしまいますよね。わかりますよー。ネージュさんの前の百二名の出場者も皆さん緊張していましたから』
と、ラタトューユは紳士的にも緊張で震えてしまっているネージュのフォローをする。出場者の精神面にも配慮した司会者の鏡だ。
(し、しんさ……審査……き、緊張します。す、すごい緊張します。も、もう立ってられないかもしれません……息も苦しくなってきました。いつの間にか気絶してしまう時の前兆と同じですよね。私、気絶しちゃうのでしょうか)
幾度となく気絶してきたネージュだからこそわかる気絶の前兆。小刻みに震える速度も限界に達し、呼吸は思い通りにいかなくなる。
そして何より小刻みに震えている時間が今日一日を累計すると圧倒的に長すぎる。ネージュの心と身体がこれ以上耐えられるはずがないのだ。
脳が耐えられないと判断すれば全身に信号が送られる。その瞬間、ブレーカーが落ちたかのように全ての機能が一時的に停止される。それがネージュの自己防衛本能だ。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
ネージュの自己防衛本能はまだ働いていないが、それも首の皮一枚つながっているような状態。いつ気絶してもおかしくない。
(気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです)
小刻みに震えるネージュの身体に反して、ネージュは強い意思で立ち向かう。
己の採点が出るまでネージュは気絶することを決して許さないのである。
(早く点数を!)
そんなネージュの願いも虚しく、採点はゆっくりと行われる。
最初に点数を出したのは、審査員長のフェ・ルーネスだ。
グルメフェス満腹祭の主催者にしてタイジュグループの代表。さらにはマサキの肩に乗ってネージュの採点を見守っているビエルネスの長女でもある。
そんな妖精族のルーネスがネージュのチャーハンを一粒試食して出した点数は――
『出ました~! じゅっっっってぇぇぇぇぇん点! ルーネス様本日四回目の十点でございます!』
十点満点中十点の点数を出したのだった。
『審査員長のルーネス様にお聞きします。なぜ十点を?』
「はい。このチャーハンは間違いなく満点に相応しいチャーハンです。お米一粒一粒がふっくらとしているのにも関わらず、チャーハンの特徴でもあるパラパラな感じもしっかりと表現されていました。お米の浸水時間が他の出場者よりもきっと長くて、ふっくらと炊き上げることができたんでしょうね。それに、小刻みに震えながら審査を待っていたのもフライパンでチャーハンを炒める延長だと私は感じました。だからこんなにパラパラなんだと思います。与えられた調理時間を誰よりも効率的に使用したのは見事です。ご馳走様でした」
口元についた油を真っ白な布で拭きながら満足気な表情でルーネスは評価した。
そんな評価に観客席で見ているジェラ三姉妹は三人で仲良くぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜びを分かち合っていた。
「すごいッス! すごいッス!」
「お姉ちゃんすごーい!」
「お姉ちゃんすごーい!」
そんなジェラ三姉妹の反応とは真逆で落ち込んでいるのは、ネージュの採点で賭け事を始めてしまった人間族の男たちだ。
「くそ、十点とかありえないだろ」
「や、やばい……」
「お、お前らはまだいいだろ。オレなんて金貨だぞ!?」
不穏な空気が人間族の男たちを包む中、審査は続けられる。
『皆さん聞きましたでしょうか? 今大会一番の評価ともいえる感想ですよ。これはすごい。私も食べてみたくなりました。というか最後くらい食べさせてほしいですよね。お腹すいてきましたよー! っと、冗談はさておき、続いての審査は――グリーハン様!』
ルーネスの次に審査するのは鼠人族の男グリーハン。鹿人族の国にある鼠人族の里の里長である六十代の男だ。
満点を出したルーネスとは性別も種族も胃袋の大きさも全く違う。もちろん味覚も好きな食べ物、嫌いな食べ物も違う。
そんな鼠人族の里の里長であるグリーハンがネージュのチャーハンを完食してから出した点数は――
『またしても出ました~! じゅっっっってぇぇぇぇぇん点でぇえええす!』
ルーネスと同じく満点の十点だった。
ちなみにグリーハンは高得点の常習犯。何度目の十点か覚えられないほど十点を出している。
『グリーハン様。ネージュさんのチャーハンの感想をどうぞ!』
「うむ。口の中で米とニンジンが踊っていた。そんな感覚じゃった。ワシも楽しくなってどんどん食が進んだのお。食事を楽しいと思える食べ物はこの祭りにふさわしい。味も塩と胡椒だけとは思えないほど美味かった。良いニンジンを使ってるんじゃな。あっ、そうか。ニンジンの味を邪魔しないために調味料が塩と胡椒だけなのかもしれん。上手に計算された味じゃ。これでワシも満腹になった。大満足じゃ」
グリーハンは大きく膨れ上がったお腹をポンポンと叩いた。その後、妊娠した女性の膨らんだお腹を撫でるように自分の膨れ上がったお腹を優しく撫で続けていた。
グリーハンは本当に大満足といった表情と姿をしていた。
そんなグリーハン姿を見ていたマサキは右手で力強くガッツポーズをとった。
「よしっ! 合計二十点。聞いたかビエルネス。あの審査員の言葉。ルーネスさんもそうだったけど、みんなネージュのチャーハンをベタ褒めだぞ。これ優勝できるんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。連続十点はすごいです。でも問題はここからですよ」
「問題?」
「はい。最後の審査員。鹿人族の国の国長のメープル・バック様は採点が厳しいお方です」
「ど、どのくらい厳しいの?」
「今大会で五点以上を出したのは三回しかないんです。八点、七点、五点と……」
「そ、それって……」
マサキの黒瞳はゆっくりと暫定席の方を見た。そして暫定席に座る出場者三名が持つプレートをもう一度確認する。
「二十八点……二十七点……二十五点……暫定席に座ってる人達に出した点数か?」
「ご明察です。さすがマスター。ハァハァ……」
審査員のメープル・バックが三回しか出していない五点以上の採点は、暫定席に座っている鼠人族の小柄な男、鹿人族のツノが大きな男、猿人族の細男の三人に出したものだ。
メープル・バックの審査次第でネージュは優勝、準優勝、三位がもらう確率が高い特別賞を逃してしまうのだ。すべてはメープル・バックの採点にかかっているのだ。
最後の採点の前にナシハラと呼ばれる人間族の男は少し安心した表情をしていた。
「あの鹿人族の審査員が満点を出すわけないよな。お前らちゃんと銅貨と銀貨をオレによこせよ」
「チッ、わかってるよ」
「くそー、賭けなきゃよかったぜ」
「儲かった儲かった。そんじゃ、最後の採点でボロクソ言われる兎人でも見ますか~」
ナシハラはご機嫌にドリンクをストローで飲みながら足を組んだ。その足を組んだタイミングで司会者のラタトューユが進行を始めた。
『続いてはメープル・バック様の採点です。この採点で暫定席は動くのか!? それともこのまま決まってしまうのか!? さぁ、採点をどうぞ!』
その瞬間、採点を審査員の正面で待っているネージュは奇跡を願った。
(お願いします。奇跡起こってください!)
一番近い観客席から見守るマサキとビエルネス、透明状態のクレールは目を瞑りながら高得点が出るのを強く願った。
「頼むー!」
「お願いします」
「お願いだぞー!」
別の観客席にいるジェラ三姉妹も三人仲良く抱き合いながら高得点が出るのを強く願っている。
「おねがーい」
「おねがーい」
「お願いッス!」
全員が強く願っている中、マサキの頭の上にいるルナが大きな声を出した。
「ンッンッー!!!!」
その可愛らしい鳴き声と同時に採点の札が上げられる。
『メープル・バック様の点数は――』
そうマイクに向かって言ったのは司会者の鼠人族の男ラタトューユだ。
『では、無人販売所イースターパーティーのネージュさん。チャーハンを審査員席へお運びください』
「は、は、ははい!」
ネージュはガタガタと小刻みに震えながら審査員席へとチャーハンを運ぶ。
生まれたての子ウサギのようにガタガタと震える脚は、今にも転んでしまいそうだ。たとえ転ばなくても、皿を持つ手が小刻みに震えすぎていて、皿の上のチャーハンを全て溢してしまわないか心配になってしまうほどだ。
そのせいで『盛り付けスキル』の効果で完璧な盛り付けだったチャーハンは、雪崩のように崩れ落ちてしまっていた。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
審査員席の前に立った瞬間、ネージュの緊張と不安と恐怖が混ざり合った負の感情が爆発する。本日最大級の怯えだ。
そんなネージュの怯えている姿を観客席の一番近いところから見ているマサキは、もどかしい気持ちでいっぱいだった。
「アァー! 助けに行きたい! でも見守らなきゃ! でも助けに行きたい! でも見守らなくちゃネージュのためにならない! 子供を見守る親の気持ちがなんとなくわかった気がする……というか、やばい。こっちまで緊張してきたぞ……」
「ネージュ様の審査ですからね。私も緊張してきました」
マサキとビエルネスは緊張がピークに達する。観客席の声よりも鼓動の方がうるさいほどに。
その緊張感は、『透明スキル』の効果で透明状態になっているクレールも、観客席から移動せずに応援を続けているジェラ三姉妹も同じように感じていた。
「ンッ……ンッ……」
マサキの頭の上にいるルナもいつもよりか静かに声を漏らしている。マサキの緊張が伝わり緊張しているのかもしれない。
そんな緊張しているマサキたちとは対照的に、ネージュのことを笑っている男たちがいる。そう。人間族の男たち三人組だ。
「さっきはビビったけど、やっぱりおもしれーわ」
「チャーハンぶっかけるんじゃーの?」
「それはウケる! というか、審査しても無駄なのにな」
「そうそう。無駄無駄」
ネージュが料理をしている姿を見ていた時は、その料理の美しさとかっこよさに魅了されていた人間族の男たち。だが、今のネージュを見てしまえば、再び笑い者にしてしまうのも当然といえば当然だ。
ネージュを笑い物にする人間族の男たちは、今か今かとネージュの採点を待っている。否、低い点数が出るのを待っているのだ。
「あんな兎人が美味しく作れるはずないよな」
「二十点以上出たらお前らに銅貨一枚あげるわ」
「お前ビビリすぎ。そんなに高い点数でるわけないだろ。オレは十五点以上出たら銀貨一枚あげるわ」
「だったら俺は三十点の満点が出たら金貨一枚ずつやるよ」
「ナシハラその発言忘れるなよ~」
「忘れるなよ~」
「ロクガワとデグチも自分の発言を忘れるなよ。まあ、ここにきて満点なんてあり得ないからな」
人間族の男たちはネージュの点数で賭け事を始めた。ネージュに高い点数が出せるはずがないという皮肉めいた賭け事だ。
ロクガワという人間族の男が賭けた銅貨は兎人族の通過でいうところの百ラビ。デガワという人間族の男が賭けた銀貨は兎人族の通過でいうところの千ラビ。ナシハラという人間族の男が賭けた金貨は兎人族の通過でいうところの一万ラビだ。
笑っていた人間族たちも賭け事を始めて緊張した表情へと変わる。
マサキたちとは違った緊張だが、緊張は緊張。息を殺しじっとその時を待つ。
審査員の口に運ばれるのを待っているネージュが作ったチャーハンは、まず最初に三つの取り皿に分けられた。そして、審査員三人の目の前のテーブルの上に置かれた。
『それではルーネス様、グリーハン様、メープル・バック様。最後の試食をよろしくお願いします』
司会者のラタトューユの合図で審査員たちは今大会最後の試食を始める。
『ネージュさん。今はアピールチャンスですよ。チャーハンのこだわりなどありまし、た、ら……』
ネージュの様子を見たラタトューユはその姿に驚いて言葉を詰まらせた。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
ネージュは小刻みに震えたままだったのだ。チャーハンのアピールポイントどころか言葉も発せられないほどの震え。
常人でも緊張する場面だ。負の感情を感じやすいネージュにとっては普通の緊張。普通の震えなのである。
『えーっと、審査員を前にするとやっぱり緊張してしまいますよね。わかりますよー。ネージュさんの前の百二名の出場者も皆さん緊張していましたから』
と、ラタトューユは紳士的にも緊張で震えてしまっているネージュのフォローをする。出場者の精神面にも配慮した司会者の鏡だ。
(し、しんさ……審査……き、緊張します。す、すごい緊張します。も、もう立ってられないかもしれません……息も苦しくなってきました。いつの間にか気絶してしまう時の前兆と同じですよね。私、気絶しちゃうのでしょうか)
幾度となく気絶してきたネージュだからこそわかる気絶の前兆。小刻みに震える速度も限界に達し、呼吸は思い通りにいかなくなる。
そして何より小刻みに震えている時間が今日一日を累計すると圧倒的に長すぎる。ネージュの心と身体がこれ以上耐えられるはずがないのだ。
脳が耐えられないと判断すれば全身に信号が送られる。その瞬間、ブレーカーが落ちたかのように全ての機能が一時的に停止される。それがネージュの自己防衛本能だ。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
ネージュの自己防衛本能はまだ働いていないが、それも首の皮一枚つながっているような状態。いつ気絶してもおかしくない。
(気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです。気絶しちゃダメです)
小刻みに震えるネージュの身体に反して、ネージュは強い意思で立ち向かう。
己の採点が出るまでネージュは気絶することを決して許さないのである。
(早く点数を!)
そんなネージュの願いも虚しく、採点はゆっくりと行われる。
最初に点数を出したのは、審査員長のフェ・ルーネスだ。
グルメフェス満腹祭の主催者にしてタイジュグループの代表。さらにはマサキの肩に乗ってネージュの採点を見守っているビエルネスの長女でもある。
そんな妖精族のルーネスがネージュのチャーハンを一粒試食して出した点数は――
『出ました~! じゅっっっってぇぇぇぇぇん点! ルーネス様本日四回目の十点でございます!』
十点満点中十点の点数を出したのだった。
『審査員長のルーネス様にお聞きします。なぜ十点を?』
「はい。このチャーハンは間違いなく満点に相応しいチャーハンです。お米一粒一粒がふっくらとしているのにも関わらず、チャーハンの特徴でもあるパラパラな感じもしっかりと表現されていました。お米の浸水時間が他の出場者よりもきっと長くて、ふっくらと炊き上げることができたんでしょうね。それに、小刻みに震えながら審査を待っていたのもフライパンでチャーハンを炒める延長だと私は感じました。だからこんなにパラパラなんだと思います。与えられた調理時間を誰よりも効率的に使用したのは見事です。ご馳走様でした」
口元についた油を真っ白な布で拭きながら満足気な表情でルーネスは評価した。
そんな評価に観客席で見ているジェラ三姉妹は三人で仲良くぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜びを分かち合っていた。
「すごいッス! すごいッス!」
「お姉ちゃんすごーい!」
「お姉ちゃんすごーい!」
そんなジェラ三姉妹の反応とは真逆で落ち込んでいるのは、ネージュの採点で賭け事を始めてしまった人間族の男たちだ。
「くそ、十点とかありえないだろ」
「や、やばい……」
「お、お前らはまだいいだろ。オレなんて金貨だぞ!?」
不穏な空気が人間族の男たちを包む中、審査は続けられる。
『皆さん聞きましたでしょうか? 今大会一番の評価ともいえる感想ですよ。これはすごい。私も食べてみたくなりました。というか最後くらい食べさせてほしいですよね。お腹すいてきましたよー! っと、冗談はさておき、続いての審査は――グリーハン様!』
ルーネスの次に審査するのは鼠人族の男グリーハン。鹿人族の国にある鼠人族の里の里長である六十代の男だ。
満点を出したルーネスとは性別も種族も胃袋の大きさも全く違う。もちろん味覚も好きな食べ物、嫌いな食べ物も違う。
そんな鼠人族の里の里長であるグリーハンがネージュのチャーハンを完食してから出した点数は――
『またしても出ました~! じゅっっっってぇぇぇぇぇん点でぇえええす!』
ルーネスと同じく満点の十点だった。
ちなみにグリーハンは高得点の常習犯。何度目の十点か覚えられないほど十点を出している。
『グリーハン様。ネージュさんのチャーハンの感想をどうぞ!』
「うむ。口の中で米とニンジンが踊っていた。そんな感覚じゃった。ワシも楽しくなってどんどん食が進んだのお。食事を楽しいと思える食べ物はこの祭りにふさわしい。味も塩と胡椒だけとは思えないほど美味かった。良いニンジンを使ってるんじゃな。あっ、そうか。ニンジンの味を邪魔しないために調味料が塩と胡椒だけなのかもしれん。上手に計算された味じゃ。これでワシも満腹になった。大満足じゃ」
グリーハンは大きく膨れ上がったお腹をポンポンと叩いた。その後、妊娠した女性の膨らんだお腹を撫でるように自分の膨れ上がったお腹を優しく撫で続けていた。
グリーハンは本当に大満足といった表情と姿をしていた。
そんなグリーハン姿を見ていたマサキは右手で力強くガッツポーズをとった。
「よしっ! 合計二十点。聞いたかビエルネス。あの審査員の言葉。ルーネスさんもそうだったけど、みんなネージュのチャーハンをベタ褒めだぞ。これ優勝できるんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。連続十点はすごいです。でも問題はここからですよ」
「問題?」
「はい。最後の審査員。鹿人族の国の国長のメープル・バック様は採点が厳しいお方です」
「ど、どのくらい厳しいの?」
「今大会で五点以上を出したのは三回しかないんです。八点、七点、五点と……」
「そ、それって……」
マサキの黒瞳はゆっくりと暫定席の方を見た。そして暫定席に座る出場者三名が持つプレートをもう一度確認する。
「二十八点……二十七点……二十五点……暫定席に座ってる人達に出した点数か?」
「ご明察です。さすがマスター。ハァハァ……」
審査員のメープル・バックが三回しか出していない五点以上の採点は、暫定席に座っている鼠人族の小柄な男、鹿人族のツノが大きな男、猿人族の細男の三人に出したものだ。
メープル・バックの審査次第でネージュは優勝、準優勝、三位がもらう確率が高い特別賞を逃してしまうのだ。すべてはメープル・バックの採点にかかっているのだ。
最後の採点の前にナシハラと呼ばれる人間族の男は少し安心した表情をしていた。
「あの鹿人族の審査員が満点を出すわけないよな。お前らちゃんと銅貨と銀貨をオレによこせよ」
「チッ、わかってるよ」
「くそー、賭けなきゃよかったぜ」
「儲かった儲かった。そんじゃ、最後の採点でボロクソ言われる兎人でも見ますか~」
ナシハラはご機嫌にドリンクをストローで飲みながら足を組んだ。その足を組んだタイミングで司会者のラタトューユが進行を始めた。
『続いてはメープル・バック様の採点です。この採点で暫定席は動くのか!? それともこのまま決まってしまうのか!? さぁ、採点をどうぞ!』
その瞬間、採点を審査員の正面で待っているネージュは奇跡を願った。
(お願いします。奇跡起こってください!)
一番近い観客席から見守るマサキとビエルネス、透明状態のクレールは目を瞑りながら高得点が出るのを強く願った。
「頼むー!」
「お願いします」
「お願いだぞー!」
別の観客席にいるジェラ三姉妹も三人仲良く抱き合いながら高得点が出るのを強く願っている。
「おねがーい」
「おねがーい」
「お願いッス!」
全員が強く願っている中、マサキの頭の上にいるルナが大きな声を出した。
「ンッンッー!!!!」
その可愛らしい鳴き声と同時に採点の札が上げられる。
『メープル・バック様の点数は――』
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ラノベの主人公のようにチートな能力を貰って勇者になることを期待する広志だったが、「異世界で100年間生きることが目的」とだけ告げて、狐の神様は消えてしまった。
異世界に着くなり、悪党につかまりたった2日で死んでしまう広志に狐の神様は生きるためのヒントをくれるが....
広志はこの世界で100年間生き抜くことが出来るのか。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
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俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
異世界転移は分解で作成チート
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黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。
そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。
※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。
1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。
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