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第4章:恋愛『グルメフェス満腹祭編』

233 月が見守る白銀の世界

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 全身黒ジャージの青年セトヤ・マサキは、異世界に転移してから三百二十九日目の夜、人生で二回目となる告白を受けた。

「俺の聞き間違いじゃなければ、結婚って言ったように聞こえたんだが……」

「はい! 言いましたよ!」

「ネ、ネージュが、あのネージュが、恥ずかしがることもなく、こ、告白を!? ど、どうしたんだよ……具合でも悪いのか? そりゃそうか、明日のことで不安も緊張もあるもんな」

 マサキは焦っていた。
 予期せぬ角度からの告白。それも恥ずかしがり屋のネージュが恥ずかしがることもなく言ったのだから。
 もはや、自分の耳を、否、頭を疑いたくなるほど、マサキは混乱するのである。

 混乱する頭の中で、唯一の気がかりがマサキの思考回路を正常へと戻そうとしていた。
 その気がかりは――

「そ、そうだ。おばあちゃんの何を思い出したんだよ。まず、それを聞かせてくれ」

「私が思い出したのは、おばあちゃんと一緒に決めた『結婚相手の条件』です!」

「あっ……これガチだ……ガチだった……」

「ガチ? ですよ?」

 『ガチ』という言葉がわからないネージュは小首を傾げながらも、その言葉のニュアンス的に、繰り返しの返事をしても大丈夫だと思い、そのまま返事をした。
 そして全く恥ずかしがることなく、会話を続ける。
 それほど、記憶の箱に閉じ込められていたおばあちゃんの言葉が、ネージュの心を動かしているということだ。

「なんで今まで忘れてたのか、すごく不思議なんですよ。マサキさんと出会う前はハッキリと覚えてたはずだったんですけどね。というか、マサキさんと出会ってから忘れてしまった気がするんですよ。でもですね、思い出せたのでよかったです! 記憶って突然忘れて、突然思い出すものなんですね」

 この時、一種の記憶障害のようなものだろうと、マサキは考えた。
 異世界転移してきたマサキ、謂わばこの世界の不純物と関わりを持ったことによって生じた記憶障害だと。

 突然、その記憶が蘇ったのは、『おばあちゃんのことを思い出していたから』と考えるのが妥当だ。
 しかし、『マサキと出会う前はハッキリと覚えていた』、『マサキと出会ってから忘れた』というネージュの発言から、この世界の不純物とも呼べる異世界人のマサキはある仮説にたどり着く。

(もしかして、ネージュの記憶障害は呪いの影響か? だとしたらビエルネスのお祓いが作用したってことになるよな。俺と出会う前は記憶があって、俺と出会ってから忘れたって……まるで俺がネージュと出会ってから怯えやすい体質になったような、そんな感じにそくっりじゃんか。ビエルネスがこの怯える体質は呪いによるものだとか言ってた通り、この世界に転移した俺とこの世界の住人であるネージュが出会ったことによって、それぞれが何かしらの呪いにかけられたって、そんな感じに考えられるよな……)

 マサキは、『呪い』が原因で、ネージュの記憶障害のようなものが起きたのだと考えた。

 その考えが正しくても、間違っていても、ネージュの告白の返事にはならない。
 マサキはもっと別に考えることがあるのだ。

「……マサキさん? 大丈夫ですか?」

「あっ、いや、なんでもない。というか、それだけだと、何を思い出したのかわからないんだけど。ちゃんと説明してくれー」

「そ、そうでした。えーっとですね。おばあちゃんが言ってた結婚相手の条件はですね……」

 ネージュは、開いたばかりの記憶の箱を奥底まで探る。記憶の箱には忘れていた記憶が次々と見つかる。
 そのままネージュは、記憶の箱の奥底にある古い記憶から取り出していった。

「……一緒にいて心が落ち着くこと。誰にでも優しくできること。夢があること。ウサギが好きなこと。そして…………」

 指折り『結婚相手の条件』を言うネージュ。『そして』と言った後に、会話の最中にしては長いく感じるほどの間が生まれた。
 その間をマサキは無意識に埋める。

「そ、そして?」

「そ、そして……で、ですね……あ、あのですね……」

 先ほどまでハキハキと喋っていた人物だとは思えないほど、くねくねもじもじと体を動かし、恥ずかしがり始めた。
 まるで別人。否、先ほどまでのネージュが別人で、今、恥ずかしがっているネージュがいつものネージュだ。

「わ、私が……私が……わ、わ、た、し……が」

「わたしが?」

「す、す、す、すぅ、すぅ、ぅぅぅ、す、すっ、す、すすすすすすうう、好きになった人で、です。は、恥ずかしぃいい!! 恥ずかしいですよー」

 赤面する顔を両手の手のひらで隠すネージュ。
 顔は隠せているが、隠しきれていない白銀色の垂れたウサ耳の耳先は、真っ赤に染まっていた。
 兎人族とじんぞくも人間と同じで恥ずかしくなったりすると、耳が赤くなるのである。

「ぬぅぅ……ぬぬぅう……」

 恥ずかしさのあまり唸るネージュ。
 そんないつもの恥ずかしがり屋に戻ったネージュにマサキは、ゆっくりと深呼吸をしてから口を開く。

「そ、その……ネージュに言うべきかどうか、悩んでたことがあって……っていうか、相談しようと思ってたことがあって……」

「ぬぅう……な、なんでしょうか?」

「そ、その……この流れだとすごく言いづらいことなんだけど、でも今しか言えないと思ってだな……えーっと……その……」

 言いづらそうにするマサキに、ネージュはウサ耳を傾けて、マサキが言い出すのを待った。
 それに応えるべく、マサキは再び深呼吸をして、伝えたいことを伝えるべく口を開いた。

「実は……ダールに……告白されてて……」

「えっ! ということは、ダールとお付き合いしてるんですか? ご、ごめんなさい。全然気付いてませんでした」

「あっ、いやいや、違うんだよ。その……告白は、されたんだけど……返事がまだで……」

 マサキは、告白をしてきた相手に、別の人からされた告白の相談を始めた。
 そうでもしなければ、ダールの告白の返事を先延ばしにしたように、ネージュの告白の返事も先延ばしにしてしまうと思ったのである。
 だから本来ならあり得ない場面でのタブーとも言える相談を始めたのだ。

「ダールがかわいそうですよ……」

「わ、わかってるよ。でも、悩んでて……。お、俺がダールと付き合ったら、みんなとの関係が終わっちゃうんじゃないかって……。告白を断ったらダールとの関係が……結果的にみんなとも関係が悪くなるんじゃないかって。だから告白の返事をずっとできないままでいて……」

「どのくらい待たせてるんですか?」

「た、たぶん……一ヶ月くらい?」

「そ、そんなにですか。一ヶ月も返事を待ってただなんて、そんな素振りダールは一度も見せてませんでしたよ。かわいそうです」

「わ、わかってるって。だけど……答えが見つからなくて…………」

 俯くマサキはこの時、デールとドールの授業参観の道徳授業の時に読まれていた『ウサ恋ものがたり』という書物の内容が脳裏に浮かんできた。
 それと同時に、『ウサ恋ものがたり』の『恋』の部分について考える道徳の授業内容も思い出す。

「そ、そうだ。ネージュは、『ウサ恋ものがたり』って話知ってる?」

「ん? 聞いたことあります。たしか、三匹のウサギさんが、一匹のウサギさんに恋する物語でしたっけ?」

「そ、そう! そんな感じ! もし、ネージュが主人公のウサギだったらどうする? 三匹のウサギに告白された場合、ネージュだったらどうする?」

 マサキは、授業参観のテーマでもある主人公のウサギの選択肢をネージュに問う。

 ネージュは手に顎を乗せて考え始めた。
 そして、すぐに口を開いた。

「私だったら……そうですね……このウサギの主人公さんと同じで誰も選ばないと思います。というか選べませんね」

 ネージュの選択は、『ウサ恋ものがたり』の主人公と同じで『誰も選ばない』というものだった。
 この選択はマサキも同じ。誰かを選んで、他の誰かが不幸になるのなら、誰も選ばずに現状維持するという考えなのである。
 その考え方が、ダールの告白を先送りにしている今のマサキそのものなのであった。

「ネージュもか。俺も同じ選択した」

「えっ! マサキさんもですか? マサキさんなら全員選ぶと思ってましたよ」

「お、俺って、そんなに強欲に見られてたの?」

「いいえ。強欲ではなく、優しさですよ。マサキさんならきっと全員を選んで全員を幸せにするって言いそうですからね。だって今のマサキさんがそうですから」

「今の……俺?」

「はい。だってマサキさんは、独りぼっちで貧乏な私を助けてくれたじゃないですか。それにクレールもダールもデールもドールもルナちゃんもビエルネスちゃんだだて、みんなを助けたじゃないですか」

「助けたというか……なんというか……そ、それだったら俺はネージュに助けられてるよ。ネージュに会わなかったら俺は、あの森の中でのたれ死んでた」

「いいえ。マサキさんならきっとうまくやってたと思いますよ。でも、私は、マサキさんと出会わなかったら、どうなってたか……だから私の方が助けられてるんです!」

「そ、そういうもんなのかな……」

「そういうものなんです。だからマサキさんなら、みんなを選ぶと思ったんですよ。誰にでも優しいマサキさんだから」

 誰にでも優しい。それは、ネージュ結婚相手の条件の一つ。
 その条件を言う時だけ、ネージュは夜空に浮かぶ欠けた月を見ながら言った。
 月で見守ってくれているだろうおばあちゃんに、マサキのことを教えるかのように。

「だからマサキさん。ダールに告白の返事をしてください。もちろん『いいですよ』って!」

「いや、それだったらネージュはどうするんだよ。先に告白したダールを優先にしろってことか? そんな考えだったら俺は一生告白の返事をしない。したくない。『ウサ恋ものがたり』の主人公みたいに誰も選ばない」

「そ、そうじゃないですよ。別に私はダールを優先してるつもりはありませんよ。譲る気もありません。私の告白もちゃーんと返事をしてもらうつもりです。先延ばしにされるのは、嫌ですからね」

「……で、でも、それってネージュかダールのどちらかを振るってことになるんじゃない? そんなの嫌だよ。それこそ、みんなとの関係が崩れちゃうだろ……」

「違いますよ。誰かを振るとか、誰も選ばないとか、そういう選択肢以外にも選択肢があるじゃないですか」

「それって、さっきネージュが言ってた……」

「そうです! マサキさんならみんな選んで幸せにしてくれるはずです!」

 石に腰掛けていたネージュは、立ち上がった。
 そして、マサキの正面に移動して、座っているマサキと同じ目線になるように、しゃがみ込んだ。

「私は知ってますよ。マサキさんが優しいってことを。みんなの幸せを願ってることを。だから夢があるんですよね。三食昼寝付きのスローライフっていう優しい夢が。私のために作ってくれた優しい夢が」

「あっ、え、ちょっ、いつから気付いてたの?」

「さあ? いつからでしょうね。私のために作ってくれた夢も、今はみんなのために叶えようとしてるじゃないですか。幸せにしたいって優しい気持ちが夢に出ちゃってるんですよ」

「ん……まぁ、そ、そうだな……」

「だからマサキさん! 夢を叶えましょうよ。みんなが幸せになる夢を!」

「そ、そりゃ、叶えたいけどさ……」

「だったら叶えましょうよ。みんなを選んで夢を叶えましょうよ」

「ダールもネージュもオッケーするってことだよな。それって良いことなのかな?」

 一夫多妻制の国もあるが、マサキが知っている限りこの国は一夫多妻制ではない。
 けれど、一夫一婦制でもない。この国は、そこのところは曖昧なのである。
 けれどもマサキは一夫一婦制の日本で産まれた日本人だ。法律的に一夫多妻制は好ましくないという認識がある。
 だからネージュの言いたいことを理解してても踏み出せずにいる。

 そんなマサキを月の明かりが照らした。
 それと同時にネージュが口を開く。

「幸せは増えたって減るものじゃないですよ。だからどんどん増やしていきましょう」

「……ネージュ」

「これもおばあちゃんが言ってた言葉なんですけどね。だからマサキさん。幸せを増やしましょう!」

 月明かりが照らしていることが、マサキにとっては、月から見守るおばあちゃんが直接伝えてくれたかのように感じた。

「幸せは増えたって減るものじゃないか……だよな。そうだよな。ネージュもダールも二人まとめて、その……か、かのじょ、にしちゃってもいいよな。単純計算で幸せが二番! なんちゃって。はははっ」

 マサキは自分の二股発言を笑って誤魔化そうとした。
 しかし、その発言はネージュにとって嬉しい発言。
 そもそもネージュには二股という認識は全くない。だからこんなにも勧めているのである。
 そして、マサキが自分の告白にオッケーを出してくれることもわかっているのだ。
 そうでなければここまで勧めない。

「それってつまりどういうことですか? ちゃんと言わないとわからないですよ」

「あっ、えーっと……」

 笑って誤魔化そうとしたせいで、ネージュに追求される。
 ハッキリと言うべきだったと、自分の首を絞めてしまう結果になってしまった。
 だからこそ、マサキは月が照らしてくれている今、ハッキリと返事を言おうと覚悟を決める、

(ネージュ……)




「ネージュ……」



(やっぱり俺は……ネージュが好きだ……だからダールに返事を出せなかった。ネージュが……ネージュがずっと頭の中に……心のどこかにいたから……)



 マサキの黒瞳にまた白銀の天使が映った。



「はい。マサキさん」



 その姿に魅了され、言葉が出なくなる。そして、喉が一気に渇いていく。
 それでもマサキは口を閉じることはしない。


(俺は伝えたい……俺の気持ちを……ちゃんと……)



「お、俺と……」



 この言葉の入りから、マサキが伝えようとしているのは、告白の返事ではないことがわかる。

 白銀の世界に包まれながらマサキは言葉を続ける。



(ネージュの事が好きなんだって、ちゃんと伝える!)



「結婚してください!」



「はい。喜んで!」


 眠れなくて外に出て気分転換しようということだったはずが、なぜかこのような状況にまで発展していた。なぜこうなったのか、当人のマサキとネージュは全く覚えていない。
 けれど、ネージュの『結婚してください』という告白を、そっくりそのまま使い告白した。そして成功した。

「か、か、か、か、彼女……彼女ができた……じ、人生で初めて……彼女が、彼女が……俺に彼女が……」

「お、落ち着いてください! マサキさん! 私はですよ?」

「は? え? ど、どういうこと? だって今、喜んでって言ったじゃんか……」

 ネージュの言葉に夢から醒めたかのような感覚に陥る。もっと近い感覚で表すとドッキリ大成功と書かれた板を見たような感覚だ。
 しかし、これは夢でもなければドッキリでもない。現実だ。
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