260 / 417
第4章:恋愛『兎人ちゃんと湖で遊んでみた編』
220 兎人族の湖ポワソニエ
しおりを挟む
待ち合わせ場所であるデカモールの正面にある大樹の木の裏。そこで先に買い物を終えた『食べ物を買うチーム』のマサキ、ネージュ、ダール、ルナの四人は身を潜み『水着をもらうチーム』が合流するのを待っていた。
「それにしてもクレールたち遅いですね」
すっかり落ち着きを取り戻したネージュが言った。他者の視線を感じないここは、ネージュにとってまさにオアシスと呼べる場所だ。
落ち着きを取り戻したからと言ってもネージュは心配性だ。『水着をもらうチーム』があまりにも遅いため、心配が募るのである。
「何もなければいいんですけど……」
「大丈夫だろ。クレールとデールとドールは子供だけど結構しっかりしてるし、一応何かあってもビエルネスがいるからな」
「そうだといいですけど……いいえ、そうですね。マサキさんがそう言うなら信じます」
ネージュはマサキと手を繋いでいない方の右手を使い豊満な胸の前で小さくガッツポーズを取った。
マサキの一言でネージュの心配していたものが吹っ飛んだのだ。
「あっ、いや、そんなに信用されると……なんだろ、逆に不安になってきた」
どうやらネージュが吹き飛ばした心配は、マサキの方へと吹き飛んでしまいその感情を移してしまったらしい。
精神不安定だからこそ相手の負の感情の影響を受けやすいのだ。
「兄さん大丈夫ッスよ!」
そんな明るいダールの弾んだ声がマサキの耳に届く。
マサキは声をかけてきたダールの顔を見た。その後、ダールの視線をなぞるように、ダールが見ているものを黒瞳に映す。
そこには――
「お~い」
「お~い」
茶色の袋を持ちながらマサキたちがいる大樹の木に向かってきている『水着をもらうチーム』の姿があった。
実際に見えているのは『透明スキル』を発動し透明状態になっているクレール以外の三人、デールとドールとビエルネスの三人だ。
しかし、不自然にぷかぷかと浮かぶ茶色の袋が見えているので、透明状態でもクレールがそこにいるということがわかるのである。
「もらってきたよー」
「もらってきたよー」
純粋無垢な笑顔で合流した双子の姉妹のデールとドール。
そして合流と同時に『透明スキル』を解除し姿を現したクレール。
「みんなに似合う水着選んできたぞー」
クレールとデールとドールはそれぞれ一袋ずつ持っている。合計三枚の茶色の袋にアパレルショップからもらってきた水着が入っているのである。
「マスタ~、マスタ~、ハァハァ……」
「うおわぁ! ち、近い! 生き別れた兄妹の再会かよ」
「違いますよ~。夫婦ですよ~、ハァハァ……」
「夫婦じゃねーし、そもそも兄妹じゃねーや! というか離れてくれー」
ビエルネスは合流早々にマサキの顔へと飛んで行き、愛情表現をするウサギのように頬擦りを始めた。否、息を荒げヨダレを垂らしているせいで、頬擦りと呼べるほど可愛いらしい動作ではなくなっていた。
そんなビエルネスとマサキの二人の様子を羨ましそうに見ていたダールが口を開いた。
「イチャイチャしてる場合じゃないッスよ。時間も限られてるッスから、早く兎人族の湖に向かうッスよ」
ダールの言う通りだ。『水着をもらうチーム』の合流が遅れ、計画していた時間が予定よりも遅れているのだ。
突発的に計画したものだから仕方がないと言えば仕方がないのだが、時間は限られている。予定よりも遅れてしまったのならその遅れた時間を取り戻すように行動しなければならないのだ。
「ほら、ダールだってそう言ってるだろ。あっちに着いたら遊んでやるから、早く行くぞ」
「ほ、本当ですかマスター! ハァハァ……私と、ハァハァ……遊んでくれるんですか。ハァハァ……」
「お前の想像してるような変な遊びはしないぞ。水遊びだけだからな」
「ハァハァ……私の頭の中もお見通しだなんて、ハァハァ……さすがマスターです。ハァハァ……」
「はいはい。みんな困って……ないな。慣れてきちゃってるからこの辺にしといて行くぞ」
ビエルネスの変態っぷりは、マサキ以外の面々ももう慣れてしまっている。
幼い兎人のデールとドールも少女の兎人のクレールも慣れてしまっているのだから、この慣れというものは異常であることには変わりない。
マサキの言うこと聞き入れたビエルネスは、マサキの左肩に乗った。それによって出発する雰囲気に変わり、マサキたちは水遊びをするために兎人族の湖へと向かった。
人目を気にするマサキとネージュは、なるべく他者からの視線を浴びないようにと、大樹の木を利用しながら向かう。同じく人目を気にするクレールも、道中は『透明スキル』を発動し姿を消しながら付いていく。
デカモールから不動産屋ブラックハウジング、道具屋、聖騎士団白兎本部、八百屋アオ、ウサギレースの会場近くの里道、そして薬屋を通り目的地の兎人族の湖へと到着する。
「よっしゃ! 湖に着いたー!」
「着いたー!」
「着いたー!」
「着きました!」
到着を喜ぶのは黒髪全身黒ジャージの青年マサキ、双子の姉妹デールとドール、変態妖精のビエルネスの計四人だ。
白銀髪のネージュは、水遊びをしたことがない。だから直前で緊張と不安がネージュの心を襲ったのである。そしていつものようにガタガタと震え出しそうになっていた。
「ガタガタ……つ、着きましたね……ガタガタ……」
薄桃色の髪のクレールは、もらったばかりの水着が自分に似合うかどうかで頭がいっぱいだった。
「み、水着で、水遊び……」
オレンジ色の髪のダールは、ここまでの道中で再び空腹になってしまっていた。歩けないほどの空腹ではないが、テンションは落ちてしまっている。
「また、お腹、空いて、きたッス……」
そんなテンションの低い三人の兎人ちゃんのことを気にすることなく、ビエルネスは半透明の羽をパタパタと羽ばたかせながらマサキの肩の上から飛んだ。
「それでは早速、水着に着替えて遊びましょー」
「「「おー!」」」
「ンッンッ!」
ビエルネスの掛け声に元気よく返事をしたのは、マサキ、デール、ドールの三人、そしてマサキの頭の上にいるウサギのルナの一匹だ。
兄妹もしくは親子かと思うくらいマサキとデールとドールの三人の息はピッタリだった。
しかし、考えていることは違う。デールとドールは純粋に水遊びを楽しみたいと思っているが、マサキは兎人ちゃんたちの水着が見たいと切実に思っているのである。
元々、遊びたくないと言っていたマサキの心を動かしたのは『水着』だ。マサキも男。水着に興奮するのは仕方がないことなのである。ましてや兎人族の水着。しかも超絶美少女たちの水着だ。男なら誰しも期待に胸を膨らませるのものだ。
「でも待て、着替えるって言ったって、どこで着替えるんだ? 更衣室的なのもないし……」
プールや海の家ならまだしも、ここはただの湖。観光地でもなんでもないただの湖だ。そのおかげで人はマサキたち以外にはいないのだが、更衣室やトイレ、売店や休憩所のような場所は存在しない。
兎人族の湖は三メートルほどの高さの木々と砂利、そして湖しかないのである。
さらにマサキたちがいる場所は兎人族の国と鹿人族の国を繋ぐ大橋の真下。他者からの視線を一番浴びづらい場所ではあるが、その代わり太陽の日差しも当たりにくい場所でもある。
それでもここは、精神不安定なマサキたちにとって最適で最高な場所なのである。
そんな最適で最高な場所でも問題はある。水着を着替える場所、つまり更衣室がないということだ。
ささっと恥ずかし気もなく着替えられる男とは違い、ネージュたちは女性。しかも超絶美少女の兎人ちゃんたちだ。
(まさか、木陰で着替えるわけないよな)
と、マサキが想像したまさにその時――
「マスター、あそこの木陰ならちょうど良さそうですよ」
と、ビエルネスが真剣な表情で口を開いたのである。至って真剣ふざけてなどいない。そして、ビエルネスの発言通りビエルネスが指す木陰でしか水着に着替えられるような場所はないのである。
「そ、そこで着替えるんですか!? は、恥ずかしいですよ。も、もし誰かに見られでもしたら……」
恥ずかしがり屋のネージュが恥ずかしがるのも当然だ。恥ずかしがり屋でなくても木陰で着替えるのは恥ずかしいことだ。ましてや初めての水着となると、なおさら恥ずかしい。
「クーも、もう少し広いところで……あ、あと、鏡とかあればよかったぞ……」
クレールも初めての水着。そして似合うかどうか心配している水着だ。不安が募るのも仕方がない。
そんな恥ずかしがり屋たちに向かってビエルネスは口を開く。
「大丈夫ですよ。大橋の真下ですから誰も見流ことができませんよ。それに私たちしかいません。あと、一人ずつ着替えればこれくらいの木陰なら狭くありませんよ」
珍しく的を得た回答をするビエルネスにぐうの音も出ないネージュとクレール。ただただ恥ずかしさだけが増していくだけだった。
そんな中、真っ先に木陰に向かったのは、元気いっぱいな女の子二人。双子の姉妹のデールとドールだ。
「わー」
「わー」
水着が入った茶色の袋を三枚持ちながら年齢相応の女の子のようにはしゃいでいる。水遊びができるのが相当嬉しいのだろう。
「ま、待って……アタシも、一緒に……」
腹ぺこのダールも着替えるために妹たちの後を付いていく。ダールは恥ずかしがっている二人とは違い、人前で着替えることにはなんの抵抗もない。ただダール自身も初めての水着なので、妹たちと一緒に着替えたいのである。
ダールたちジェラ三姉妹が水着に着替えてしまえば、恥ずかしがっているネージュとクレールも水着に着替えるという運命から逃れることができなくなる。
天候が悪化すれば着替えなくて済むだろうが、兎人族の国は一年に二度ほどしか雨は降らない。そして四季もなく過ごしやすい気候が一年中続くのである。なので天候の悪化も期待することはできないのだ。
だからネージュとクレールは早めに覚悟を決めなければならない。そのタイムリミットはダールたちが着替え終えるまで。もしくはビエルネス、マサキ、ルナが着替え終えるまでだ。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
「ネ、ネージュ!?」
ネージュは緊張と恥ずかしさで体が小刻みに震え出してしまった。
「あわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわ」
「ク、クレールまで!?」
クレールに至ってはあわあわと、取り乱し始めてしまった。
「だ、大丈夫か?」
「ンッンッ」
心配するマサキと、小刻みに震えるネージュの振動が伝わり声を漏らすルナ。
元水遊び反対派のマサキは、ネージュとクレールの不安定な姿を見て我に返った。
(俺はなんてことをしてしまったんだ。水着を見たいという欲望のせいでネージュとクレールをこんなにも傷付けてしまっていただなんて……。わかってた。わかってたよ。でも下心が、欲望が、俺の判断力を低下させ、ネージュたちの気持ちも考えられなくしてしまったんだ。俺はなんて最低な男なんだ。ネージュの言う通り俺は変態だ……。くそ、どうする? ダールたちも着替え始めちゃったし、いまさら引き返せない。かと言ってネージュとクレールだけ水着を着ないのも可哀想だよな……。ええい。こうなってしまったんだ。後悔しても仕方ない。ネージュとクレールには頑張ってもらうしかない。あとは俺が全力でサポートすればいい。それしかない。水着なんてもうどうでもいい。みんなで楽しく水遊びできればそれでいいんだよ!)
マサキは己の心に誓った。小刻みに震えているネージュと取り乱しているクレールのサポートに徹すると。だからこそマサキは二人に安心してもらうため、不安をかき消すために口を開いた。
「ネージュ、クレール」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
「お、おにーちゃん……」
「二人は初めての水着だよな。だったら俺も一緒に水着に着替えるの手伝うよ。人数が多い方がちゃちゃっと着替えられるだろ。だからさ安心してく――」
安心してくれと言い切る前にマサキは後方に飛んだ。ネージュと手を繋いでいるはずなのに距離がどんどん離れていく。それどころかマサキの黒瞳に映るネージュとクレールの姿はどんどん上方へと移動して行った。
否、移動しているのはマサキだ。マサキは今、後ろに倒れているのである。
マサキの頭の上に乗っていたルナは、マサキが倒れる瞬間に跳び降りて、イングリッシュロップイヤーの特徴でもある大きくて長いウサ耳をパタパタとさせながらゆっくりと着地したのだった。
「いててて……」
マサキは、背中を強く打った痛みとともに、なぜ自分が倒れているのかを理解した。それは、ネージュとクレールに押し倒されたからである。
「変態さん!」
「おにーちゃんの変態!」
その罵声の原因は自分の発言だろうと瞬時に理解するが、背中の痛みと倒れた驚きで、数秒前の自分がどんな発言をしたのか忘れてしまっていた。だからマサキは困惑する。
(俺、何言ったんだ? そんなに変態扱いされること言ったのか? お、思い出せねー)
結果的に体を張ったマサキの行動は無意味ではなかった。むしろ結果的に良い方向へと進んだ。
なぜなら――
「クレール、ダールたちが着替え終わったら一緒に着替えましょう。手伝ってあげます」
「うん。おねーちゃんと一緒に着替える。クーも着替えるの手伝うぞー」
マサキの発言のおかげで、ネージュとクレールの水着に対する恥ずかしさと不安と緊張などの負の感情を取り払ったのだった。
「あっ、なんか、結果オーライ?」
「ンッンッ」
ルナは仰向けで倒れているマサキの腹の上に座り始めた。それに乗じてビエルネスはマサキの顔面の上で羽を休め座り始めた。
マサキは顔面の上に座っているビエルネスには意識を向けずに、腹の上に座り始めたルナの背中を両手で撫でながら思考を始めた。
(ネージュとクレールに対する俺のサポートは、水着に着替え終わってからだな。今みたいに吹っ飛ばされないように発言には気をつけよう。なんて言ったか全く覚えてないけど……)
マサキは倒れた状態のまま兎人ちゃんたちが着替え終わるのを待つのだった。
「それにしてもクレールたち遅いですね」
すっかり落ち着きを取り戻したネージュが言った。他者の視線を感じないここは、ネージュにとってまさにオアシスと呼べる場所だ。
落ち着きを取り戻したからと言ってもネージュは心配性だ。『水着をもらうチーム』があまりにも遅いため、心配が募るのである。
「何もなければいいんですけど……」
「大丈夫だろ。クレールとデールとドールは子供だけど結構しっかりしてるし、一応何かあってもビエルネスがいるからな」
「そうだといいですけど……いいえ、そうですね。マサキさんがそう言うなら信じます」
ネージュはマサキと手を繋いでいない方の右手を使い豊満な胸の前で小さくガッツポーズを取った。
マサキの一言でネージュの心配していたものが吹っ飛んだのだ。
「あっ、いや、そんなに信用されると……なんだろ、逆に不安になってきた」
どうやらネージュが吹き飛ばした心配は、マサキの方へと吹き飛んでしまいその感情を移してしまったらしい。
精神不安定だからこそ相手の負の感情の影響を受けやすいのだ。
「兄さん大丈夫ッスよ!」
そんな明るいダールの弾んだ声がマサキの耳に届く。
マサキは声をかけてきたダールの顔を見た。その後、ダールの視線をなぞるように、ダールが見ているものを黒瞳に映す。
そこには――
「お~い」
「お~い」
茶色の袋を持ちながらマサキたちがいる大樹の木に向かってきている『水着をもらうチーム』の姿があった。
実際に見えているのは『透明スキル』を発動し透明状態になっているクレール以外の三人、デールとドールとビエルネスの三人だ。
しかし、不自然にぷかぷかと浮かぶ茶色の袋が見えているので、透明状態でもクレールがそこにいるということがわかるのである。
「もらってきたよー」
「もらってきたよー」
純粋無垢な笑顔で合流した双子の姉妹のデールとドール。
そして合流と同時に『透明スキル』を解除し姿を現したクレール。
「みんなに似合う水着選んできたぞー」
クレールとデールとドールはそれぞれ一袋ずつ持っている。合計三枚の茶色の袋にアパレルショップからもらってきた水着が入っているのである。
「マスタ~、マスタ~、ハァハァ……」
「うおわぁ! ち、近い! 生き別れた兄妹の再会かよ」
「違いますよ~。夫婦ですよ~、ハァハァ……」
「夫婦じゃねーし、そもそも兄妹じゃねーや! というか離れてくれー」
ビエルネスは合流早々にマサキの顔へと飛んで行き、愛情表現をするウサギのように頬擦りを始めた。否、息を荒げヨダレを垂らしているせいで、頬擦りと呼べるほど可愛いらしい動作ではなくなっていた。
そんなビエルネスとマサキの二人の様子を羨ましそうに見ていたダールが口を開いた。
「イチャイチャしてる場合じゃないッスよ。時間も限られてるッスから、早く兎人族の湖に向かうッスよ」
ダールの言う通りだ。『水着をもらうチーム』の合流が遅れ、計画していた時間が予定よりも遅れているのだ。
突発的に計画したものだから仕方がないと言えば仕方がないのだが、時間は限られている。予定よりも遅れてしまったのならその遅れた時間を取り戻すように行動しなければならないのだ。
「ほら、ダールだってそう言ってるだろ。あっちに着いたら遊んでやるから、早く行くぞ」
「ほ、本当ですかマスター! ハァハァ……私と、ハァハァ……遊んでくれるんですか。ハァハァ……」
「お前の想像してるような変な遊びはしないぞ。水遊びだけだからな」
「ハァハァ……私の頭の中もお見通しだなんて、ハァハァ……さすがマスターです。ハァハァ……」
「はいはい。みんな困って……ないな。慣れてきちゃってるからこの辺にしといて行くぞ」
ビエルネスの変態っぷりは、マサキ以外の面々ももう慣れてしまっている。
幼い兎人のデールとドールも少女の兎人のクレールも慣れてしまっているのだから、この慣れというものは異常であることには変わりない。
マサキの言うこと聞き入れたビエルネスは、マサキの左肩に乗った。それによって出発する雰囲気に変わり、マサキたちは水遊びをするために兎人族の湖へと向かった。
人目を気にするマサキとネージュは、なるべく他者からの視線を浴びないようにと、大樹の木を利用しながら向かう。同じく人目を気にするクレールも、道中は『透明スキル』を発動し姿を消しながら付いていく。
デカモールから不動産屋ブラックハウジング、道具屋、聖騎士団白兎本部、八百屋アオ、ウサギレースの会場近くの里道、そして薬屋を通り目的地の兎人族の湖へと到着する。
「よっしゃ! 湖に着いたー!」
「着いたー!」
「着いたー!」
「着きました!」
到着を喜ぶのは黒髪全身黒ジャージの青年マサキ、双子の姉妹デールとドール、変態妖精のビエルネスの計四人だ。
白銀髪のネージュは、水遊びをしたことがない。だから直前で緊張と不安がネージュの心を襲ったのである。そしていつものようにガタガタと震え出しそうになっていた。
「ガタガタ……つ、着きましたね……ガタガタ……」
薄桃色の髪のクレールは、もらったばかりの水着が自分に似合うかどうかで頭がいっぱいだった。
「み、水着で、水遊び……」
オレンジ色の髪のダールは、ここまでの道中で再び空腹になってしまっていた。歩けないほどの空腹ではないが、テンションは落ちてしまっている。
「また、お腹、空いて、きたッス……」
そんなテンションの低い三人の兎人ちゃんのことを気にすることなく、ビエルネスは半透明の羽をパタパタと羽ばたかせながらマサキの肩の上から飛んだ。
「それでは早速、水着に着替えて遊びましょー」
「「「おー!」」」
「ンッンッ!」
ビエルネスの掛け声に元気よく返事をしたのは、マサキ、デール、ドールの三人、そしてマサキの頭の上にいるウサギのルナの一匹だ。
兄妹もしくは親子かと思うくらいマサキとデールとドールの三人の息はピッタリだった。
しかし、考えていることは違う。デールとドールは純粋に水遊びを楽しみたいと思っているが、マサキは兎人ちゃんたちの水着が見たいと切実に思っているのである。
元々、遊びたくないと言っていたマサキの心を動かしたのは『水着』だ。マサキも男。水着に興奮するのは仕方がないことなのである。ましてや兎人族の水着。しかも超絶美少女たちの水着だ。男なら誰しも期待に胸を膨らませるのものだ。
「でも待て、着替えるって言ったって、どこで着替えるんだ? 更衣室的なのもないし……」
プールや海の家ならまだしも、ここはただの湖。観光地でもなんでもないただの湖だ。そのおかげで人はマサキたち以外にはいないのだが、更衣室やトイレ、売店や休憩所のような場所は存在しない。
兎人族の湖は三メートルほどの高さの木々と砂利、そして湖しかないのである。
さらにマサキたちがいる場所は兎人族の国と鹿人族の国を繋ぐ大橋の真下。他者からの視線を一番浴びづらい場所ではあるが、その代わり太陽の日差しも当たりにくい場所でもある。
それでもここは、精神不安定なマサキたちにとって最適で最高な場所なのである。
そんな最適で最高な場所でも問題はある。水着を着替える場所、つまり更衣室がないということだ。
ささっと恥ずかし気もなく着替えられる男とは違い、ネージュたちは女性。しかも超絶美少女の兎人ちゃんたちだ。
(まさか、木陰で着替えるわけないよな)
と、マサキが想像したまさにその時――
「マスター、あそこの木陰ならちょうど良さそうですよ」
と、ビエルネスが真剣な表情で口を開いたのである。至って真剣ふざけてなどいない。そして、ビエルネスの発言通りビエルネスが指す木陰でしか水着に着替えられるような場所はないのである。
「そ、そこで着替えるんですか!? は、恥ずかしいですよ。も、もし誰かに見られでもしたら……」
恥ずかしがり屋のネージュが恥ずかしがるのも当然だ。恥ずかしがり屋でなくても木陰で着替えるのは恥ずかしいことだ。ましてや初めての水着となると、なおさら恥ずかしい。
「クーも、もう少し広いところで……あ、あと、鏡とかあればよかったぞ……」
クレールも初めての水着。そして似合うかどうか心配している水着だ。不安が募るのも仕方がない。
そんな恥ずかしがり屋たちに向かってビエルネスは口を開く。
「大丈夫ですよ。大橋の真下ですから誰も見流ことができませんよ。それに私たちしかいません。あと、一人ずつ着替えればこれくらいの木陰なら狭くありませんよ」
珍しく的を得た回答をするビエルネスにぐうの音も出ないネージュとクレール。ただただ恥ずかしさだけが増していくだけだった。
そんな中、真っ先に木陰に向かったのは、元気いっぱいな女の子二人。双子の姉妹のデールとドールだ。
「わー」
「わー」
水着が入った茶色の袋を三枚持ちながら年齢相応の女の子のようにはしゃいでいる。水遊びができるのが相当嬉しいのだろう。
「ま、待って……アタシも、一緒に……」
腹ぺこのダールも着替えるために妹たちの後を付いていく。ダールは恥ずかしがっている二人とは違い、人前で着替えることにはなんの抵抗もない。ただダール自身も初めての水着なので、妹たちと一緒に着替えたいのである。
ダールたちジェラ三姉妹が水着に着替えてしまえば、恥ずかしがっているネージュとクレールも水着に着替えるという運命から逃れることができなくなる。
天候が悪化すれば着替えなくて済むだろうが、兎人族の国は一年に二度ほどしか雨は降らない。そして四季もなく過ごしやすい気候が一年中続くのである。なので天候の悪化も期待することはできないのだ。
だからネージュとクレールは早めに覚悟を決めなければならない。そのタイムリミットはダールたちが着替え終えるまで。もしくはビエルネス、マサキ、ルナが着替え終えるまでだ。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
「ネ、ネージュ!?」
ネージュは緊張と恥ずかしさで体が小刻みに震え出してしまった。
「あわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわ」
「ク、クレールまで!?」
クレールに至ってはあわあわと、取り乱し始めてしまった。
「だ、大丈夫か?」
「ンッンッ」
心配するマサキと、小刻みに震えるネージュの振動が伝わり声を漏らすルナ。
元水遊び反対派のマサキは、ネージュとクレールの不安定な姿を見て我に返った。
(俺はなんてことをしてしまったんだ。水着を見たいという欲望のせいでネージュとクレールをこんなにも傷付けてしまっていただなんて……。わかってた。わかってたよ。でも下心が、欲望が、俺の判断力を低下させ、ネージュたちの気持ちも考えられなくしてしまったんだ。俺はなんて最低な男なんだ。ネージュの言う通り俺は変態だ……。くそ、どうする? ダールたちも着替え始めちゃったし、いまさら引き返せない。かと言ってネージュとクレールだけ水着を着ないのも可哀想だよな……。ええい。こうなってしまったんだ。後悔しても仕方ない。ネージュとクレールには頑張ってもらうしかない。あとは俺が全力でサポートすればいい。それしかない。水着なんてもうどうでもいい。みんなで楽しく水遊びできればそれでいいんだよ!)
マサキは己の心に誓った。小刻みに震えているネージュと取り乱しているクレールのサポートに徹すると。だからこそマサキは二人に安心してもらうため、不安をかき消すために口を開いた。
「ネージュ、クレール」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
「お、おにーちゃん……」
「二人は初めての水着だよな。だったら俺も一緒に水着に着替えるの手伝うよ。人数が多い方がちゃちゃっと着替えられるだろ。だからさ安心してく――」
安心してくれと言い切る前にマサキは後方に飛んだ。ネージュと手を繋いでいるはずなのに距離がどんどん離れていく。それどころかマサキの黒瞳に映るネージュとクレールの姿はどんどん上方へと移動して行った。
否、移動しているのはマサキだ。マサキは今、後ろに倒れているのである。
マサキの頭の上に乗っていたルナは、マサキが倒れる瞬間に跳び降りて、イングリッシュロップイヤーの特徴でもある大きくて長いウサ耳をパタパタとさせながらゆっくりと着地したのだった。
「いててて……」
マサキは、背中を強く打った痛みとともに、なぜ自分が倒れているのかを理解した。それは、ネージュとクレールに押し倒されたからである。
「変態さん!」
「おにーちゃんの変態!」
その罵声の原因は自分の発言だろうと瞬時に理解するが、背中の痛みと倒れた驚きで、数秒前の自分がどんな発言をしたのか忘れてしまっていた。だからマサキは困惑する。
(俺、何言ったんだ? そんなに変態扱いされること言ったのか? お、思い出せねー)
結果的に体を張ったマサキの行動は無意味ではなかった。むしろ結果的に良い方向へと進んだ。
なぜなら――
「クレール、ダールたちが着替え終わったら一緒に着替えましょう。手伝ってあげます」
「うん。おねーちゃんと一緒に着替える。クーも着替えるの手伝うぞー」
マサキの発言のおかげで、ネージュとクレールの水着に対する恥ずかしさと不安と緊張などの負の感情を取り払ったのだった。
「あっ、なんか、結果オーライ?」
「ンッンッ」
ルナは仰向けで倒れているマサキの腹の上に座り始めた。それに乗じてビエルネスはマサキの顔面の上で羽を休め座り始めた。
マサキは顔面の上に座っているビエルネスには意識を向けずに、腹の上に座り始めたルナの背中を両手で撫でながら思考を始めた。
(ネージュとクレールに対する俺のサポートは、水着に着替え終わってからだな。今みたいに吹っ飛ばされないように発言には気をつけよう。なんて言ったか全く覚えてないけど……)
マサキは倒れた状態のまま兎人ちゃんたちが着替え終わるのを待つのだった。
0
お気に入りに追加
448
あなたにおすすめの小説
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜
橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
『ダンジョンの守護者「オーガさんちのオーガニック料理だ!!」』
チョーカ-
ファンタジー
ある日、突然、なんの前触れもなく――――
主人公 神埼(かんざき) 亮(りょう)は異世界に転移した。
そこで美しい鬼 オーガに出会う。
彼女に命を救われた亮はダンジョンで生活する事になるのだが……
なぜだか、ダンジョを開拓(?)する事になった。
農業×狩猟×料理=異種間恋愛?
常時、ダンジョンに攻め込んでくる冒険者たち。
はたして、亮はダンジョン生活を守り抜くことができるだろうか?
異世界転移は分解で作成チート
キセル
ファンタジー
黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。
そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。
※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。
1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。
よろしければお気に入り登録お願いします。
あ、小説用のTwitter垢作りました。
@W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。
………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。
ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる