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第4章:恋愛『授業参観編』
206 ウサ恋ものがたり
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大樹の木の教室に吸い込まれるように入っていく保護者たち。
マサキとダールそしてルナもその流れのままにデールとドールが待つ大樹の木の教室へと入っていった。
(外からじゃわからなかったけど、中はかなり広いな。うちよりも広いんじゃね? 生徒の数は十人か。十人でこの広さは落ち着かないだろうな……)
室内の広さに感心を持つマサキ。そのまま黒瞳はオレンジ色の髪をした兎人族の双子の姉妹が映り込んだ。
(おっ、デールとドールだ。学舎でも席が隣同士なのか。てか、机も椅子も日本とそんなに変わんないな。黒板もあるし、まんま教室だ。教室にいるデールとドール、新鮮でなんか可愛いな)
デールとドールは教室に入ってきたマサキと目があった。
その瞬間、自然と笑顔が溢れる。来てくれたことが相当嬉しかったのである。
デールとドールの二人は、マサキが授業参観に来るかどうか、半信半疑だったのだ。
彼女たちから見てマサキという人物にはハプニングが付き物だと思っている。
ダールたちと出会ったのも、ウサギレースも、温泉旅行も、風邪を引いた時も、全てはハプニングがうまくいった結果だ。
だからこそ半信半疑だった。その疑う半分の気持ちが払拭されたのだ。嬉しいに決まっている。
「ねーねー。デールちゃん、ドールちゃん」
双子の姉妹に声をかけたのは、後ろの席にいる兎人族の女の子だ。
名前はリュムール。ネザーランドドワーフの血筋で小さなデールとドールよりもさらに小柄な女の子だ。
髪色は茶色で二つ結びをしている。そして瞳の色はキラキラと輝くエメラルドのような碧色。
「どうしたのリュムちゃん」
「どうしたのリュムちゃん」
双子の姉妹は、同時に小首を傾げてリュムールに向かって耳を傾けた。
「あのウサギさん。デールちゃんとドールちゃんが言ってたウサギよね?」
「うん。そうだよー」
「ルナちゃんって言うんだよー」
「想像以上に可愛いわね。もふもふで触りたいわ」
当然のことながら子供たちの注目の的になるのは、マサキの頭の上にいるもふもふのウサギ、ルナだ。
「あとで触らせてあげるー」
「あとで触らせてあげるー」
「わー、いいのー? 嬉しい!」
デールとドールそしてリュムールの話を聞いていた他の生徒たちも皆、僕も私もと、声を上げた。
「いいなー! 僕も触りたーい」
「私も私もー」
「授業終わったら触らせてくれー」
「もふもふしたいわー」
どの世界、どの場所でもウサギという生き物は人気なのである。
そんな中、担任のポムが口を開いた。
「はーい。授業参観を始めますよー」
騒がしかった教室は、ポムの一言で静かになる。怒鳴り声などで静かにしたのではない。優しく伝えて静かにさせたのだ。
その事から生徒たち、否、兎人族の子供たちは、質が高くしっかり者が多いことがわかった。
そしてピリついた空気にさせず、沈黙を作ったポムもまた質が高くしっかりした教師なのだ。
この流れのままポムは保護者たちに軽く自己紹介をして授業を始めた。
授業参観の内容は、『道徳』だ。それも低学年には珍しい『恋』を題材とした物語について考えるといった内容だ。
その物語のタイトルは――
「ウサ恋ものがたり――」
ウサ恋ものがたり
著者:愛の女神ミレーナ・クロエ
出版社:タイジュグループ
むかし、むかし、ある所に一匹の黒色のウサギが山に住んでいました。
その黒色のウサギはモテモテで、毛並みが艶々で綺麗な白色のウサギと、小柄で可愛らしいピンク色のウサギと、元気いっぱいで明るい性格のオレンジ色のウサギから一緒に住んでほしいと告白されました。
一匹で山の中に住んでいた黒色のウサギは、三匹のウサギからの告白をたいへん嬉しく思いました。
そして、黒色のウサギは全員で一緒に暮らしたいと言いました。
しかし、ウサギの世界ではルールが厳しく、一匹としか一緒に暮らすことができません。
黒色のウサギは三匹のことが大好きです。三匹とも同じように大好きなのです。
黒色のウサギは悩みました。毎日、毎日、悩み続けました。
そして、月日が流れて、一匹を決めなくてはならない日になりました。
黒色のウサギは、誰も選びませんでした。
誰か一匹を選んで、他の二匹が不幸になるのなら、選ばない方が良いと判断したのです。
黒色のウサギは、いつものように一匹で山の中に住みました。
そして、いつものように三匹のウサギたちは、遊びに来ます。
結果的に誰も選ばないことが全員と一緒にいられる幸せだったのでした。
「――めでたしめでたし」
こうして担任の教師のポムが『ウサ恋ものがたり』の音読を終えた。
何も選ばないことが全てを得るという一風変わった物語だ。
黒色のウサギは、三匹のウサギを平等に愛したからこそこのような選択になったのである。
この幾多とある選択肢の中で何が正しかったのかを考えるのが、今回の道徳のテーマだ。もちろん正解など存在しない。それぞれがそれぞれの考えを発表し合う。そしてその発表された選択肢を考え合うのが目的である。
「皆さんが黒色のウサギだったらどんな選択をしますか? 考えてみてください。そして、思い付いた人がいればどんどん発表してくださいね。もちろん保護者の皆様もせっかくですから発表してみてくださいね~」
ポムの言葉に保護者一同、遠慮や羞恥心などを感じ、一歩後退した。どの世界でも同じような反応なのである。
逆に生徒たちは勢いよく手を挙げて、僕を指せ、私を指せと、アピールしている。
「はーい! はーい!」
「はいはーい!」
「はいはいはい!」
「ん~、それじゃ……リュムールちゃん」
ポムが指した生徒は、デールとドールの後ろの席に座っている茶髪で二つ結びをしている女の子リュムールだ。
「私だったら、好きな子を一匹選ぶと思います」
「それはどうしてかな~?」
「だって、ひとりぼっちで山の中に暮らすのは寂しいからです」
「そうだよね。一人は寂しいもんね。だったら一匹一番好きなウサギを選ぶよね」
リュムールの考え方は模範的だ。誰しもがその選択肢の前に立つと、リュムールの回答通りの選択をしてしまうだろう。
「はい。リュムールちゃんありがとうね」
発表をしたリュムールに向かって生徒たち全員が拍手を送った。授業参観に参加している保護者たちも釣られて拍手をする。
「次の子はいるかな~?」
再びポムが生徒を指そうとする。すると、生徒たちは皆、元気に手を挙げる。
「それじゃ~、ノブルくん」
ポムが指したのは、真ん中の席にいる黒髪の兎人族の男の子だ。瞳の色はクレールと同じ紅色をしている。人間族そして異世界人のマサキから見てもかっこいいと思えるほどの美男子だ。
「僕なら三匹のウサギたちに愛を証明してもらい、その中で一番愛が高いウサギを選びます」
「なるほどね。試験みたいなものをするってことかな?」
「そうですね」
「例えばどんなことをするの?」
「そうですね……う~ん…………狩り対決とか? いや、それだと得意なウサギが勝ってしまうか…………う~ん」
「そうなんだよね。あらゆる選択肢があると、その先にもまた選択肢があって難しいんだよね。でも考えることはとても大事です。それにすごく面白い選択肢でした。ノブルくん、ありがとうね」
先ほどのリュムールと同じく、発表をしたノブルに向かって生徒たち全員が拍手を送った。そして保護者たちも同じく拍手を送る。
「それじゃ~次は、保護者様の中から一人選んじゃおうかなー?」
と、ポムの視線は保護者の方へと向いた。保護者たちは自分には指さないでくれと言わんばかりに目を逸らす。
(まじか、まじか、まじか、指すな、指すな、指すな、絶対に指すな。やめてくれ、嫌だ嫌だ嫌だ)
マサキは目を逸らすどころか首を捻り、指すなオーラ全開だった。
そして、道徳の課題を考えるのではなく、指されないことをただただ祈るばかりだった。
そうしなければ、緊張と不安で激しく鼓動する心臓の爆音が鳴り続けてしまい、それがずっと聞こえてしまうからだ。だから祈り続けなければいけないのだ。
「う~ん。誰も手を挙げませんね。それじゃ、こちらが選ぶしかありませんね」
(うぉおおおおーい。誰か手挙げろよ。それで解決だろうが。やばいやばいやばい。指すな指すな指すな、指すな。……十六分の一だぞ。絶対に指すなよ。十六分の一……十六分の一……十六分の一……)
「それでは~」
(指すな!)
「ウサギ様を頭に乗せたお父様に聞いてみましょう」
(ウサギ……お、俺だ! 俺しかいねー!)
十六人もの保護者の中で最も目立っている人物は、ウサギを頭に乗せた人間族の青年。つまりマサキだ。
そして服装は全身黒色ジャージ。どことなく『ウサ恋ものがたり』の黒色のウサギと重ねることができる。
目立つ人物、そして黒色のウサギを彷彿とさせる見た目。この両方の観点からポムはマサキを指したのである。
(くっ、指された以上、やるしかねーか。デールとドールに恥ずかしい思いをさせたくない。というか、それ以前に俺自身が恥ずかしい思いをしたくない! ビエルネスの魔法のおかげでなんとか震えずに済んでる。あとは、答えるだけ。大丈夫、道徳だ。当たり障り無い答えを言えばいい。正解なんてないんだから)
勇気を奮い立たせるため自分に言い聞かせることわずか二秒。時間を超越するほどの思考だ。
回答に時間がかかるとそれはそれで空気が冷たくなっていく。そうならないためにもマサキは、負の感情まみれだった空気を吐き出すために綺麗な空気を思いっきり息を吸い込んだ。そしてほどよく息を吐いた。
マサキは、息を吐き終えたタイミングで口を開く。
「……あっ、えーっと」
語頭に『えーっと』や『あっ』などと言ってしまう口癖は、コミュニケーション不足でネージュたち以外の人たちとの会話が少ないマサキにはいつまで経っても治らない。
そんな口癖を気にすることなく、左隣にいるダールや席に座っているデールとドールは、心配と応援の色が混ざり合った瞳でマサキのことを見つめ続けた。
その視線にも気が付いているマサキは、期待に応えるべく口を開く。
「……オ、オレモ、クロウサギト、オ、オナジデス」
緊張からかマサキは外国人や幼児のようたどたどしい片言で言葉を発してしまった。そして黒色のウサギと同じというつまらない回答をしてしまったのだった。しかし、回答できただけマシだ。
「それも一つの答えですね。ありがとうございました。では、皆さん、ウサギ様を連れた保護者様に拍手を!」
パチパチパチと、本日一番の拍手が教室全体に響き渡り、マサキは安堵した。
(……よ、よかった。先生のフォローがなかったら完全に死んでたわ……てか、とっさに出た回答が黒色のウサギと同じって……)
「兄さん兄さん」
まだ拍手が響き渡る教室で、マサキの左隣にいるダールがマサキのことを呼ぶ。そのダールの呼びかけにマサキは小声で返事をする。
「ん? どうした? なんか変だったか?」
小声のマサキに合わせてダールも返事を返した。
「ちょっとたどたどしかったッスよ」
「え? たどたどしい?」
どうやらマサキ自身は、たどたどしい片言で話していたことを気付いていない様子だ。しかしダールが呼んだ理由は別にある。
「でも、よく頑張ったッスよ。どうなるかと思ったッスけど、なんとか乗り越えられたッスね」
労いの言葉をかけたかったのだ。そして、かけたい言葉、否、聞きたい言葉はまだあった。
「その……兄さんは、誰もえら――」
選ばないんッスかと、聞こうとした瞬間に拍手が鳴り止んだ。そして教室が静まり返る。その静寂をダールは、小さなウサ耳で反射的に感じ取り、言葉を途中で切ったのである。
マサキは気付いていないが、ダールは気付いていた。『ウサ恋ものがたり』が自分たちに当てはまるのではないかと。だからマサキの回答を『ウサ恋ものがたり』の主人公ではなく、マサキ自身の回答、つまり本音。心の底から出たものだと思ったのであった。
(ん? なんて言おうとしたんだ? って、そんなことよりも授業参観だ。二回目も来るかもしれない。安心するのはまだ早いぞ)
次なる質問がいつ来てもいいようにマサキは身構えた。そして保護者の中で一番に授業参観と向き合う。
もはやデールとドールのためではなく、自分のために。失態を繰り返さないために向き合うのだ。
その判断はデールとドールのためになっていないと思いがちだが、結果的にはデールとドールが笑い者にならないための良い判断になっている。良い心構えなのには変わりないのだ。
(かかってこい! いや、やっぱりこないでくれ……)
それでもマサキの心の中では、勇気と臆病が葛藤を続けていたのだった。
マサキとダールそしてルナもその流れのままにデールとドールが待つ大樹の木の教室へと入っていった。
(外からじゃわからなかったけど、中はかなり広いな。うちよりも広いんじゃね? 生徒の数は十人か。十人でこの広さは落ち着かないだろうな……)
室内の広さに感心を持つマサキ。そのまま黒瞳はオレンジ色の髪をした兎人族の双子の姉妹が映り込んだ。
(おっ、デールとドールだ。学舎でも席が隣同士なのか。てか、机も椅子も日本とそんなに変わんないな。黒板もあるし、まんま教室だ。教室にいるデールとドール、新鮮でなんか可愛いな)
デールとドールは教室に入ってきたマサキと目があった。
その瞬間、自然と笑顔が溢れる。来てくれたことが相当嬉しかったのである。
デールとドールの二人は、マサキが授業参観に来るかどうか、半信半疑だったのだ。
彼女たちから見てマサキという人物にはハプニングが付き物だと思っている。
ダールたちと出会ったのも、ウサギレースも、温泉旅行も、風邪を引いた時も、全てはハプニングがうまくいった結果だ。
だからこそ半信半疑だった。その疑う半分の気持ちが払拭されたのだ。嬉しいに決まっている。
「ねーねー。デールちゃん、ドールちゃん」
双子の姉妹に声をかけたのは、後ろの席にいる兎人族の女の子だ。
名前はリュムール。ネザーランドドワーフの血筋で小さなデールとドールよりもさらに小柄な女の子だ。
髪色は茶色で二つ結びをしている。そして瞳の色はキラキラと輝くエメラルドのような碧色。
「どうしたのリュムちゃん」
「どうしたのリュムちゃん」
双子の姉妹は、同時に小首を傾げてリュムールに向かって耳を傾けた。
「あのウサギさん。デールちゃんとドールちゃんが言ってたウサギよね?」
「うん。そうだよー」
「ルナちゃんって言うんだよー」
「想像以上に可愛いわね。もふもふで触りたいわ」
当然のことながら子供たちの注目の的になるのは、マサキの頭の上にいるもふもふのウサギ、ルナだ。
「あとで触らせてあげるー」
「あとで触らせてあげるー」
「わー、いいのー? 嬉しい!」
デールとドールそしてリュムールの話を聞いていた他の生徒たちも皆、僕も私もと、声を上げた。
「いいなー! 僕も触りたーい」
「私も私もー」
「授業終わったら触らせてくれー」
「もふもふしたいわー」
どの世界、どの場所でもウサギという生き物は人気なのである。
そんな中、担任のポムが口を開いた。
「はーい。授業参観を始めますよー」
騒がしかった教室は、ポムの一言で静かになる。怒鳴り声などで静かにしたのではない。優しく伝えて静かにさせたのだ。
その事から生徒たち、否、兎人族の子供たちは、質が高くしっかり者が多いことがわかった。
そしてピリついた空気にさせず、沈黙を作ったポムもまた質が高くしっかりした教師なのだ。
この流れのままポムは保護者たちに軽く自己紹介をして授業を始めた。
授業参観の内容は、『道徳』だ。それも低学年には珍しい『恋』を題材とした物語について考えるといった内容だ。
その物語のタイトルは――
「ウサ恋ものがたり――」
ウサ恋ものがたり
著者:愛の女神ミレーナ・クロエ
出版社:タイジュグループ
むかし、むかし、ある所に一匹の黒色のウサギが山に住んでいました。
その黒色のウサギはモテモテで、毛並みが艶々で綺麗な白色のウサギと、小柄で可愛らしいピンク色のウサギと、元気いっぱいで明るい性格のオレンジ色のウサギから一緒に住んでほしいと告白されました。
一匹で山の中に住んでいた黒色のウサギは、三匹のウサギからの告白をたいへん嬉しく思いました。
そして、黒色のウサギは全員で一緒に暮らしたいと言いました。
しかし、ウサギの世界ではルールが厳しく、一匹としか一緒に暮らすことができません。
黒色のウサギは三匹のことが大好きです。三匹とも同じように大好きなのです。
黒色のウサギは悩みました。毎日、毎日、悩み続けました。
そして、月日が流れて、一匹を決めなくてはならない日になりました。
黒色のウサギは、誰も選びませんでした。
誰か一匹を選んで、他の二匹が不幸になるのなら、選ばない方が良いと判断したのです。
黒色のウサギは、いつものように一匹で山の中に住みました。
そして、いつものように三匹のウサギたちは、遊びに来ます。
結果的に誰も選ばないことが全員と一緒にいられる幸せだったのでした。
「――めでたしめでたし」
こうして担任の教師のポムが『ウサ恋ものがたり』の音読を終えた。
何も選ばないことが全てを得るという一風変わった物語だ。
黒色のウサギは、三匹のウサギを平等に愛したからこそこのような選択になったのである。
この幾多とある選択肢の中で何が正しかったのかを考えるのが、今回の道徳のテーマだ。もちろん正解など存在しない。それぞれがそれぞれの考えを発表し合う。そしてその発表された選択肢を考え合うのが目的である。
「皆さんが黒色のウサギだったらどんな選択をしますか? 考えてみてください。そして、思い付いた人がいればどんどん発表してくださいね。もちろん保護者の皆様もせっかくですから発表してみてくださいね~」
ポムの言葉に保護者一同、遠慮や羞恥心などを感じ、一歩後退した。どの世界でも同じような反応なのである。
逆に生徒たちは勢いよく手を挙げて、僕を指せ、私を指せと、アピールしている。
「はーい! はーい!」
「はいはーい!」
「はいはいはい!」
「ん~、それじゃ……リュムールちゃん」
ポムが指した生徒は、デールとドールの後ろの席に座っている茶髪で二つ結びをしている女の子リュムールだ。
「私だったら、好きな子を一匹選ぶと思います」
「それはどうしてかな~?」
「だって、ひとりぼっちで山の中に暮らすのは寂しいからです」
「そうだよね。一人は寂しいもんね。だったら一匹一番好きなウサギを選ぶよね」
リュムールの考え方は模範的だ。誰しもがその選択肢の前に立つと、リュムールの回答通りの選択をしてしまうだろう。
「はい。リュムールちゃんありがとうね」
発表をしたリュムールに向かって生徒たち全員が拍手を送った。授業参観に参加している保護者たちも釣られて拍手をする。
「次の子はいるかな~?」
再びポムが生徒を指そうとする。すると、生徒たちは皆、元気に手を挙げる。
「それじゃ~、ノブルくん」
ポムが指したのは、真ん中の席にいる黒髪の兎人族の男の子だ。瞳の色はクレールと同じ紅色をしている。人間族そして異世界人のマサキから見てもかっこいいと思えるほどの美男子だ。
「僕なら三匹のウサギたちに愛を証明してもらい、その中で一番愛が高いウサギを選びます」
「なるほどね。試験みたいなものをするってことかな?」
「そうですね」
「例えばどんなことをするの?」
「そうですね……う~ん…………狩り対決とか? いや、それだと得意なウサギが勝ってしまうか…………う~ん」
「そうなんだよね。あらゆる選択肢があると、その先にもまた選択肢があって難しいんだよね。でも考えることはとても大事です。それにすごく面白い選択肢でした。ノブルくん、ありがとうね」
先ほどのリュムールと同じく、発表をしたノブルに向かって生徒たち全員が拍手を送った。そして保護者たちも同じく拍手を送る。
「それじゃ~次は、保護者様の中から一人選んじゃおうかなー?」
と、ポムの視線は保護者の方へと向いた。保護者たちは自分には指さないでくれと言わんばかりに目を逸らす。
(まじか、まじか、まじか、指すな、指すな、指すな、絶対に指すな。やめてくれ、嫌だ嫌だ嫌だ)
マサキは目を逸らすどころか首を捻り、指すなオーラ全開だった。
そして、道徳の課題を考えるのではなく、指されないことをただただ祈るばかりだった。
そうしなければ、緊張と不安で激しく鼓動する心臓の爆音が鳴り続けてしまい、それがずっと聞こえてしまうからだ。だから祈り続けなければいけないのだ。
「う~ん。誰も手を挙げませんね。それじゃ、こちらが選ぶしかありませんね」
(うぉおおおおーい。誰か手挙げろよ。それで解決だろうが。やばいやばいやばい。指すな指すな指すな、指すな。……十六分の一だぞ。絶対に指すなよ。十六分の一……十六分の一……十六分の一……)
「それでは~」
(指すな!)
「ウサギ様を頭に乗せたお父様に聞いてみましょう」
(ウサギ……お、俺だ! 俺しかいねー!)
十六人もの保護者の中で最も目立っている人物は、ウサギを頭に乗せた人間族の青年。つまりマサキだ。
そして服装は全身黒色ジャージ。どことなく『ウサ恋ものがたり』の黒色のウサギと重ねることができる。
目立つ人物、そして黒色のウサギを彷彿とさせる見た目。この両方の観点からポムはマサキを指したのである。
(くっ、指された以上、やるしかねーか。デールとドールに恥ずかしい思いをさせたくない。というか、それ以前に俺自身が恥ずかしい思いをしたくない! ビエルネスの魔法のおかげでなんとか震えずに済んでる。あとは、答えるだけ。大丈夫、道徳だ。当たり障り無い答えを言えばいい。正解なんてないんだから)
勇気を奮い立たせるため自分に言い聞かせることわずか二秒。時間を超越するほどの思考だ。
回答に時間がかかるとそれはそれで空気が冷たくなっていく。そうならないためにもマサキは、負の感情まみれだった空気を吐き出すために綺麗な空気を思いっきり息を吸い込んだ。そしてほどよく息を吐いた。
マサキは、息を吐き終えたタイミングで口を開く。
「……あっ、えーっと」
語頭に『えーっと』や『あっ』などと言ってしまう口癖は、コミュニケーション不足でネージュたち以外の人たちとの会話が少ないマサキにはいつまで経っても治らない。
そんな口癖を気にすることなく、左隣にいるダールや席に座っているデールとドールは、心配と応援の色が混ざり合った瞳でマサキのことを見つめ続けた。
その視線にも気が付いているマサキは、期待に応えるべく口を開く。
「……オ、オレモ、クロウサギト、オ、オナジデス」
緊張からかマサキは外国人や幼児のようたどたどしい片言で言葉を発してしまった。そして黒色のウサギと同じというつまらない回答をしてしまったのだった。しかし、回答できただけマシだ。
「それも一つの答えですね。ありがとうございました。では、皆さん、ウサギ様を連れた保護者様に拍手を!」
パチパチパチと、本日一番の拍手が教室全体に響き渡り、マサキは安堵した。
(……よ、よかった。先生のフォローがなかったら完全に死んでたわ……てか、とっさに出た回答が黒色のウサギと同じって……)
「兄さん兄さん」
まだ拍手が響き渡る教室で、マサキの左隣にいるダールがマサキのことを呼ぶ。そのダールの呼びかけにマサキは小声で返事をする。
「ん? どうした? なんか変だったか?」
小声のマサキに合わせてダールも返事を返した。
「ちょっとたどたどしかったッスよ」
「え? たどたどしい?」
どうやらマサキ自身は、たどたどしい片言で話していたことを気付いていない様子だ。しかしダールが呼んだ理由は別にある。
「でも、よく頑張ったッスよ。どうなるかと思ったッスけど、なんとか乗り越えられたッスね」
労いの言葉をかけたかったのだ。そして、かけたい言葉、否、聞きたい言葉はまだあった。
「その……兄さんは、誰もえら――」
選ばないんッスかと、聞こうとした瞬間に拍手が鳴り止んだ。そして教室が静まり返る。その静寂をダールは、小さなウサ耳で反射的に感じ取り、言葉を途中で切ったのである。
マサキは気付いていないが、ダールは気付いていた。『ウサ恋ものがたり』が自分たちに当てはまるのではないかと。だからマサキの回答を『ウサ恋ものがたり』の主人公ではなく、マサキ自身の回答、つまり本音。心の底から出たものだと思ったのであった。
(ん? なんて言おうとしたんだ? って、そんなことよりも授業参観だ。二回目も来るかもしれない。安心するのはまだ早いぞ)
次なる質問がいつ来てもいいようにマサキは身構えた。そして保護者の中で一番に授業参観と向き合う。
もはやデールとドールのためではなく、自分のために。失態を繰り返さないために向き合うのだ。
その判断はデールとドールのためになっていないと思いがちだが、結果的にはデールとドールが笑い者にならないための良い判断になっている。良い心構えなのには変わりないのだ。
(かかってこい! いや、やっぱりこないでくれ……)
それでもマサキの心の中では、勇気と臆病が葛藤を続けていたのだった。
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