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第4章:恋愛『授業参観編』

203 授業参観日の朝

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 ――翌朝のこと。

 肉体的にも精神的にも疲労が蓄積していたマサキとネージュの二人は、いつの間にか寝てしまい朝になっていた。そして今も意識は夢の中にある。

 そんな二人は心地良い温もりに包まれている。

 それはビエルネスの妖精族の魔法だ。
 ビエルネスの手のひらからは、深緑、薄緑、深黄色、薄黄色、さらには黒色に近い緑色の魔法の粉が光となり、マサキとネージュの二人を包み込んでいるのである。
 この魔法は、抗不安剤のような精神を安定させる作用があるビエルネスお得意の魔法だ。

 その魔法があまりにも心地良くて、マサキとネージュの二人は夢と現実の狭間を彷徨っていた。
 睡眠時間的にも体力的にも、もう起きてもいい頃。ルーティンを考えても起きる時間帯だ。けれど、温かい。心地良い。まだ寝ていたいと、脳が起きるのを拒んでいる。

 しかし、その拒否反応もすぐに止まる。
 なぜならビエルネスの抗不安剤のような精神を安定させる魔法が終わってしまったからだ。
 心地良さは徐々に消えていき、温もりも冷めていく。そうなると必然的に目を覚ますものだ。

「んっ……ん……」

 寝ぼけた顔のマサキの第一声は、愛兎あいとのルナが声を漏らしている時のものと似ていた。
 飼い主とペットは似てくるという言葉があるが、まさにそれである。

 マサキの横で密着しながら眠っていたネージュも、マサキが起きるのとほぼ同時で意識が覚醒した。
 青く澄んだ大きな瞳をパチパチと、何度も瞬きを繰り返して、部屋の明かりを慣れさせている。
 白銀色の垂れたウサ耳は垂れたままで、ネージュは起き上がった。

「……おはようございます」

 今にも眠りにつきそうなマサキ、先に起きていたクレール、半透明の羽を羽ばたかせてぷかぷかと浮かんでいるビエルネス、マサキの枕元で鼻をひくひくとさせて箱座りをしているルナ、そして合鍵を使い部屋の中に入り朝食の準備をしていたジェラ三姉妹に向けて言った挨拶である。
 その銀鈴の挨拶に各々答える。

「んー、ジュ……お……はよ、う……」
「おにーちゃん、おねーちゃん、おはようだぞー」
「マスターもネージュ様やっと起きましたね。おはようございます」
「ンッンッ」
「おはよー」
「おはよー」
「おはようございますッス!」


 全員の挨拶が垂れたウサ耳に届いたネージュは、ここで完全に意識が覚醒する。その途端、慌て始めた。

「た、大変です! 朝食を用意しないと……デールとドールが遅刻しちゃいます!」

 朝食の準備はいつもマサキとネージュとクレールの三人が行っている。その朝食の準備が整う頃にジェラ三姉妹が部屋にやってくる。それがいつもの日常だ。
 しかし、意識が覚醒したばかりのネージュの青く澄んだ瞳には、ダール、デール、ドールのジェラ三姉妹がいる。つまりネージュとマサキは寝坊してしまったのである。それを理解したからこそネージュは慌て始めたのだ。

「それに今日は、授業参観があるじゃないですか。私としたことが……今すぐ朝食の準備をしますね」

「その必要はないぞー」

 と、薄桃色の垂れたウサ耳が顔の右半分を隠してしまっている兎人族とじんぞくの美少女クレールが、満面の笑みをネージュに向けた。
 その笑顔の後ろには、クレールたちが用意したであろう朝食が、ウッドテーブルの上にずらりと並んでいた。
 ずらりと言っても貧乏生活真っ只中のネージュたちにとってのずらりだ。一般家庭からしたら少ないとも思えるほどの量しかない。

「これみんなで作ったんですか?」

「うん。そうだぞー。二人は疲れてるだろうと思って作ったんだぞー!」

 授業参観に向けての特訓で肉体的疲労、精神的疲労が蓄積してしまったが、長時間睡眠を取ったおかげですっかり回復している。その長時間睡眠を成し遂げられたのは、クレールたちのおかげだ。
 無人販売所イースターパーティーの閉店作業から朝食作りまで、マサキとネージュが休んでいる分をカバーしてくれたのである。その結果、マサキとネージュは一度も目覚めることなく長時間睡眠をとることに成功したのである。

「そうだったんですね。ありがとうございます」

「えっへっへー。みんなでがんばったんだぞー。だからおにーちゃんもそろそろ起きてー」

 マサキは未だに寝ぼけていた。枕から頭をはなれさせなけらば二度寝もあり得る。それほど睡魔がマサキを夢の中へと手招きしているのである。
 そんなマサキの頭にルナが乗った。

「ンッンッ」

 短い手足。もふもふぶよぶよのお腹。生暖かい体温。ルナから感じる全てがマサキを夢の世界へと誘った。否、突き落とした。

「ス、スハースハー……スハー」
「ンッンッ」

 マサキは耐えることも、拒むことも、逃れることもできず、二度寝を開始した。ルナは無表情のまま鼻の動きが緩やかになっていく。そして鼻のひくひくという動きが止まった。
 これはウサギが眠っているという証拠だ。草食動物のウサギは、いつ肉食動物に襲われるかわからない。だから瞳を開けたまま寝ることがある。その時は、鼻のひくひくという動きが止まるのである。

「こら、ルナちゃん。マサキさんを夢の世界から解放しなさい」
「ンッンッ」

 ネージュは白くて細長い腕で、マサキの頭の上に乗るルナを持ち上げた。その瞬間、ネージュはゆっくりと布団の中へと沈んでいった。

「もふもふ……あたたかい……で、す……」
「ンッンッ」

 意識が完全に覚醒したはずのネージュだったが、ルナのもふもふボディにやられてしまい、夢の世界へと突き落とされてしまったのである。

「姉さんも何やってるんッスか。ルナちゃんも朝ごはんの時間ッスよ」
「ンッンッ」

 睡魔の根原であるルナを今度はダールが持ち上げた。
 その様子をクレールとデールとドールのちびっこ三人組がじーっと見ていた。
 その視線に気付いたダールは口を開く。

「アタシは寝ないッスよ! お腹が空いて倒れそうッスけど!」

「なーんだ。このまま全員寝てしまうんじゃないかと思ったぞー」

「どんな状況ッスか!」

 と、ダールは笑いながらルナを皿の前に置いた。
 皿にはルナのエサが入っている。ウサギ用のエサとニンジン、バナナ、牧草を混ぜ合わせたものだ。
 ルナは鼻をひくひくとさせながら、ゆっくりとエサを食べ始める。

「ンッンッ」

 もぐもぐ、もぐもぐと、小さな口からエサを溢しながらもゆっくりと、ルナのペースで食事を進めていく。
 そんなルナの姿と、マサキとネージュの寝ているを交互に見たダールは、デールとドールに指示を始めた。

「デール、ドール、兄さんと姉さんを起こしてくるッスよ」

「はーい!」
「はーい!」

 デールとドールは姉に言われた通り、マサキとネージュを起こしに向かう。そして双子の姉妹の小さな手でマサキとネージュの腕を引っ張った。

「お兄ちゃん起きてー」
「お姉ちゃん起きてー」

 双子の姉妹の声が耳に入ったマサキとネージュの二人は、驚いた様子で瞳を開けた。そして同時に口も開いた。

「お、起きてますよ」
「お、起きてる起きてる」

 と、子供の前では強がってしまうのが大人だ。そのままマサキとネージュは、デールとドールに引っ張られるままに、朝食が並ぶウッドテーブルの自分の椅子の前にまで案内された。
 その後ろをビエルネスが付いていく。先ほどまでビエルネスが静かだったのは、魔法を使った疲労とマサキの寝顔を見て興奮していたからである。

「マスターの寝顔でお腹いっぱいです。ハァハァ……」

 そんな独り言を溢すビエルネスにマサキが気付いた。

「おっ、やっぱり二日酔いから回復したか。というかさっき俺に魔法かけてなかったか? 気のせい? 夢か?」

「マスターの夢の中に私が!? もーう、マスターったら! 私のこと好きすぎですよ~。ハァハァ……」

「あっ、気のせいだったみたいだ」

 興奮し始めたビエルネスに対して素っ気ない態度を取ったマサキ。これは作戦、否、攻略だ。
 素っ気ない態度を取る事によって、興奮状態のビエルネスから真実を聞き出そうというもの。

「そんな冷たい目をしないでくださいよ~。興奮するじゃないですか~。ハァハァ……」

 攻略でもなんでもない。逆効果だった。

「で、実際のところどうなの?」

「クレール様に話を伺いまして、朝一番にいつもの魔法をかけさせていただきましたよ~」

「やっぱりな。通りでいつも以上に落ち着いてるわけだ」

 手を開いて閉じて心身の変化を確認するマサキ。その動作で変化を心身の変化を感じることは無いが、心身の変化を感じようとするときは大体この動きをしてしまうものだ。
 隣に座っているネージュもマサキと同じように小さな手のひらを開いて閉じてを繰り返している。マサキと同じ気持ちでいつも以上に心が落ち着いていると感じているからだ。

「それじゃあ、俺とダールの二人で授業参観に行けるってことでいいんだよな?」

「その通りですよ~。効果が切れるまでは大丈夫です」

「そうか。いつも助かってるよ。ありがとう」

「いえいえ。こんなのマスターのためとならば、朝飯前ですよ」

「す、すげー、本当の意味で朝飯前だ。この言葉がこんなにピッタリな状況初めて……」

「そうでしょー、そうでしょー。エッヘン」

 なぜか腰に手を当ててドヤ顔をするビエルネス。
 マサキはそのドヤ顔には何も言わず笑顔で返した。

「兄さん。改めて今日はよろしくお願いしますッス」

「おう。こちらこそよろしく。っと、その前に朝食だ!」

 こうして授業参観へ行くための条件はクリアしたのだった。
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