232 / 417
第4章:恋愛『授業参観編』
202 試行錯誤の結果
しおりを挟む
「ンッンッ! ンッンッ!」
ルナの掛け声と共にマサキとダールは一歩後退する。ネージュのことを見ながら離れようという作戦だ。
これならマサキとネージュがどのくらいの距離を離れたかわかるし、どのタイミングで離れる距離の限界である二メートルに達するかもわかる。
一歩、二歩、三歩と後ろ向きに歩く。マサキとダールの後ろ向きでの二人三脚だ。
ネージュは小さな手のひらを握り、体がマサキの方へと動き出さないように我慢している。
その奥ではデールとドールそしてクレールのちびっこ応援団が声援を送る。
「そろそろッスよ」
「わ、わかってる……脳が全身に危険信号送ってるよ……ガガガッガ……」
小刻みに震え出すマサキ。ダールと手を繋いでいる左手は手汗でびしょびしょだ。
そして正面に立つネージュもまた小刻みに震え始めた。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
しかし、小さな手のひらは握りしめたまま。先ほどのように、体が動いてしまわないように必死に堪えているのである。
そして、離れることが出来る限界の距離、二メートルまであと一歩となった。
マサキとネージュの心臓は張り裂けそうなほど鼓動が速くなる。さらに、マサキと手を繋いでいるダールにも伝わるほど心音がデカくなった。
これは『死ぬほどの苦しみ』が起こる前兆とも言える症状だ。
「だ、大丈夫ッスか?」
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ……」
小刻みに震えながらも何度も頷くマサキ。『死ぬほどの苦しみ』に対する覚悟ができているのである。
(もう引き返せない。いや、全然引き返せるけど、引き返しても何も変わらないからな。あぁ……怖いよ……嫌だよ……ネージュも同じ気持ちだろうな……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖すぎる……)
「そ、それじゃ行くッスよ」
「ガガガッガガガガッガ……」
次の瞬間、マサキはダールと共に一歩後退した。これでマサキとネージュの距離は二メートルを離れたことになる。
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
マサキとネージュは今までにないほどの苦しみ方で苦しんでいる。
全身で大きく震えて、瞳は白目を向きながらもがき苦しんでいる。そして、震える際に息を吐いた状態が続き、溺れているかの状態に陥っていた。
『死ぬほどの苦しみ』に抗う意識すら、その苦しみの前では何も成さない。意識も、感情も、思考も、全てが恐怖に呑み込まれてしまっているからだ。
「兄さん!」
約束通りダールはマサキとネージュを助けるべく、瞬時に行動に出る。
それは一歩戻り、離れた距離を縮めるだけの簡単な作業なのだが、マサキとネージュの苦しみっぷりを見てしまえば、ダールも冷静ではいられなかった。
「瞬足スキル!」
ダールは苦しむマサキとマサキの頭の上にいるルナの両方を抱き抱えて『瞬足スキル』を発動し、ネージュの側にまで運んだ。
一秒の遅れが命取りになりかねないと、無意識のうちに判断し、動いたのである。
マサキとネージュは地面に倒れもがき苦しみながらも抱き合っている。そして、徐々に穏やかな表情へと戻っていき、体の震えや呼吸も収まっていく。
その後、落ち着いたと思われた二人だったが、赤子のように泣き叫び始めてしまった。
「うわぁぁぁぁぁあああんっうぐぁあああああああんっ」
「ぁああぁああああああんぐっがぁぁあああああ」
一部始終を見ていた『ちびっこ応援団』の三人もすぐに駆けつけて、赤子のように泣きじゃくるマサキとネージュの背中や頭をさする。
「おにーちゃん、おねーちゃん、しっかりするんだぞー、もう大丈夫だぞー」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
クレールたち『ちびっこ応援団』に続いてダールもマサキとネージュに声をかける。
その際、抱き抱えていたルナを地面に横たわるマサキの顔の近くに置いた。
「ンッンッ! ンッンッ!」
「みんなここにいるッスよ。もう大丈夫ッスよ。だから落ち着いてくださいッス。深呼吸、深呼吸ッスよ」
「ンッンッンッンッ」
「兄さん姉さん……し、しっかり、しっかりするッス!」
ダールたちの声かけや背中のさすり、そしてルナの顔舐めは一時間以上続き、辺りは暗闇に染まった。
しかし、長時間の声かけのおかげでマサキとネージュは、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
落ち着きを取り戻していったマサキとネージュの二人はダールたちに運ばれて家へと戻る。
そして、ネージュ、マサキ、ビエルネスの順番で川の字で布団の上に寝かせられた。それでもマサキとネージュは向かい合って横になっている。
その間、無人販売所イースターパーティーは閉店時間を迎えたのでクレールとダールの二人は閉店作業をする。デールとドールそしてルナはマサキとネージュそしてビエルネスの面倒を見ることになる。
「……ダ、ダメでしたね……」
「……ダメだったな……」
ネージュとマサキは酷く落ちこんでいる。そして『死ぬほどの苦しみ』を味わった精神的なダメージと疲労感も合わさりぐったりとした様子だ。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
デールとドールは幼いながらも自分たちのせいでこうなってしまったのだと理解する。しかし、それは間違った解釈。悪いのはマサキとネージュを毎回苦しめている精神的病だ。決してデールとドールが悪いわけではない。
「授業参観は……」
「ダールお姉ちゃんだけで……」
デールとドールも諦めムード。否、諦めるしかなかったのだ。
しかし、マサキとネージュは首を横に振る。頭が枕の上に置いてあるので、実際のところ振るというよりは揺らすといった方が表現が正しい。それでもデールとドールの意見を断っているのには変わりない。
「諦めるのはまだ早いぞ」
「そうですよ。まだ早いです」
「で、でも……」
「で、でも……」
根拠のない言葉。これ以上特訓する時間もなければ策を練る時間もない。
しかし、マサキは自信満々の表情を双子の姉妹に向けている。隣に寝ているネージュも真っ直ぐな眼差しを向けている。
「ビエルネスちゃんはもう回復してるんですよ」
「え? でもまだ寝てるよ」
「え? でもまだ寝てるよ」
デールとドールの言うとおりビエルネスはまだ眠りの中だ。寝言は言っていても一度も起きていないのが現実。回復したかどうか本人にしかわかるはずがない。
「えーっと……そ、そうですよねマサキさん」
実際のところネージュもビエルネスが回復しているかどうかわかっていなかった。
だからこそマサキに話の主導権を譲る。否、元々マサキが話すべきだった内容だ。なぜならネージュはビエルネスを見て判断したのではなくマサキの表情を見て判断したのである。
「部屋に戻ったとき、ビエルネスちゃんの寝顔を見て、マサキさん安心した表情をしましたから、大丈夫だと思ったんですが、そうですよね」
「あっ、俺の表情見て判断したのか。まぁ、ネージュの言う通りなんだけど、ビエルネスの肌の色が戻ってるし表情も柔らかくなってたからな。完全に回復してるかどうかはまだわからないけど、起きときには軽い頭痛と空腹感だけで済むと思うんだ。あっ、これ居酒屋で働いていた時の知識ね」
居酒屋で働いていた時代に千を越えるほどの酔っ払いを見てきたマサキ。その中で得た酔っ払いに対する知識は豊富だ。だからこそビエルネスの顔色と表情を見ただけで大丈夫だと判断したのである。
「だから大丈夫だよ。ビエルネスの魔法さえあれば俺とダールの二人で授業参観に行けるよ」
「お兄ちゃん」
「お兄ちゃん」
「本当は魔法に頼らなくて行きたかったけど……これだけはどうしても無理みたいだからな」
魔法に頼らず自由に行動したいという気持ちはマサキにはある。それはネージュから離れたいという意味ではなく、恐怖心や苦しみから解放されたいという意味だ。
「でも、お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「でも、お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「ん?」
「からだ……」
「からだ……」
次に心配するのは体の心配だ。先ほどの特訓でマサキは精神的にも肉体的にも疲労している。そんな体で授業参観に行けるのかどうか心配するのは当然なのである。
「あー、問題ないかな。こっちにきてから少し、いや、結構、慣れないことが多かったからさ。体力的にも精神的にもちょっとのことじゃ怯まなくなったからね。まぁ、みんながいてくれるおかげでもあるんだろうけどさ。だから俺の体は心配しないでくれ」
「うん!」
「うん!」
ようやく笑顔が戻ったデールとドール。マサキも双子の姉妹に笑顔を向けるが、その笑顔が無理に作っている笑顔だと、青く澄んだ瞳に映すネージュは気が付いていた。
(……大丈夫なわけないじゃないですか。立ち上がるのも辛いはずです。その証拠に今も横になってるじゃないですか。私と同じだけの疲労感があるのなら明日の授業参観はかなり厳しいものになると思いますよ。それでもマサキさんはデールとドールを悲しませないために嘘をついて…………本当に優しい人ですね)
ネージュは布団の中で手を伸ばした。
手を伸ばした先にはマサキの手がある。まるでどこに手があるのかわかっているかのようにマサキの手に届いたのである。そしてそのまま布団の中で手を握る。
なぜ手を伸ばしたのか。なぜ手を握ったのか。ネージュ自身にもわからなかった。しかし、これだけは伝えたかったのである。
「明日頑張ってくださいね」
言葉だけではなく、手を握り触れ合いながら自分の気持ちを伝えたかったのだ。
優しく温かい言葉と天使のような笑顔を向けられたマサキの返事は一つしかない。
「うん。頑張るよ」
肉体的疲労、精神的疲労など、ネージュの笑顔の前では無いに等しい。最高の回復魔法だ。
マサキの体温は上昇した。ネージュの優しさという温もりが全身を包み込んだからだ。
「デールとドールもゆっくり休んでくださいね。風邪なんか引いたら元も子もないですからね」
「はーい」
「はーい」
双子の姉妹の笑顔もまたマサキとネージュの心と体を癒してくれる最高の回復魔法だ。
ルナの掛け声と共にマサキとダールは一歩後退する。ネージュのことを見ながら離れようという作戦だ。
これならマサキとネージュがどのくらいの距離を離れたかわかるし、どのタイミングで離れる距離の限界である二メートルに達するかもわかる。
一歩、二歩、三歩と後ろ向きに歩く。マサキとダールの後ろ向きでの二人三脚だ。
ネージュは小さな手のひらを握り、体がマサキの方へと動き出さないように我慢している。
その奥ではデールとドールそしてクレールのちびっこ応援団が声援を送る。
「そろそろッスよ」
「わ、わかってる……脳が全身に危険信号送ってるよ……ガガガッガ……」
小刻みに震え出すマサキ。ダールと手を繋いでいる左手は手汗でびしょびしょだ。
そして正面に立つネージュもまた小刻みに震え始めた。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
しかし、小さな手のひらは握りしめたまま。先ほどのように、体が動いてしまわないように必死に堪えているのである。
そして、離れることが出来る限界の距離、二メートルまであと一歩となった。
マサキとネージュの心臓は張り裂けそうなほど鼓動が速くなる。さらに、マサキと手を繋いでいるダールにも伝わるほど心音がデカくなった。
これは『死ぬほどの苦しみ』が起こる前兆とも言える症状だ。
「だ、大丈夫ッスか?」
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ……」
小刻みに震えながらも何度も頷くマサキ。『死ぬほどの苦しみ』に対する覚悟ができているのである。
(もう引き返せない。いや、全然引き返せるけど、引き返しても何も変わらないからな。あぁ……怖いよ……嫌だよ……ネージュも同じ気持ちだろうな……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖すぎる……)
「そ、それじゃ行くッスよ」
「ガガガッガガガガッガ……」
次の瞬間、マサキはダールと共に一歩後退した。これでマサキとネージュの距離は二メートルを離れたことになる。
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
マサキとネージュは今までにないほどの苦しみ方で苦しんでいる。
全身で大きく震えて、瞳は白目を向きながらもがき苦しんでいる。そして、震える際に息を吐いた状態が続き、溺れているかの状態に陥っていた。
『死ぬほどの苦しみ』に抗う意識すら、その苦しみの前では何も成さない。意識も、感情も、思考も、全てが恐怖に呑み込まれてしまっているからだ。
「兄さん!」
約束通りダールはマサキとネージュを助けるべく、瞬時に行動に出る。
それは一歩戻り、離れた距離を縮めるだけの簡単な作業なのだが、マサキとネージュの苦しみっぷりを見てしまえば、ダールも冷静ではいられなかった。
「瞬足スキル!」
ダールは苦しむマサキとマサキの頭の上にいるルナの両方を抱き抱えて『瞬足スキル』を発動し、ネージュの側にまで運んだ。
一秒の遅れが命取りになりかねないと、無意識のうちに判断し、動いたのである。
マサキとネージュは地面に倒れもがき苦しみながらも抱き合っている。そして、徐々に穏やかな表情へと戻っていき、体の震えや呼吸も収まっていく。
その後、落ち着いたと思われた二人だったが、赤子のように泣き叫び始めてしまった。
「うわぁぁぁぁぁあああんっうぐぁあああああああんっ」
「ぁああぁああああああんぐっがぁぁあああああ」
一部始終を見ていた『ちびっこ応援団』の三人もすぐに駆けつけて、赤子のように泣きじゃくるマサキとネージュの背中や頭をさする。
「おにーちゃん、おねーちゃん、しっかりするんだぞー、もう大丈夫だぞー」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
クレールたち『ちびっこ応援団』に続いてダールもマサキとネージュに声をかける。
その際、抱き抱えていたルナを地面に横たわるマサキの顔の近くに置いた。
「ンッンッ! ンッンッ!」
「みんなここにいるッスよ。もう大丈夫ッスよ。だから落ち着いてくださいッス。深呼吸、深呼吸ッスよ」
「ンッンッンッンッ」
「兄さん姉さん……し、しっかり、しっかりするッス!」
ダールたちの声かけや背中のさすり、そしてルナの顔舐めは一時間以上続き、辺りは暗闇に染まった。
しかし、長時間の声かけのおかげでマサキとネージュは、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
落ち着きを取り戻していったマサキとネージュの二人はダールたちに運ばれて家へと戻る。
そして、ネージュ、マサキ、ビエルネスの順番で川の字で布団の上に寝かせられた。それでもマサキとネージュは向かい合って横になっている。
その間、無人販売所イースターパーティーは閉店時間を迎えたのでクレールとダールの二人は閉店作業をする。デールとドールそしてルナはマサキとネージュそしてビエルネスの面倒を見ることになる。
「……ダ、ダメでしたね……」
「……ダメだったな……」
ネージュとマサキは酷く落ちこんでいる。そして『死ぬほどの苦しみ』を味わった精神的なダメージと疲労感も合わさりぐったりとした様子だ。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
デールとドールは幼いながらも自分たちのせいでこうなってしまったのだと理解する。しかし、それは間違った解釈。悪いのはマサキとネージュを毎回苦しめている精神的病だ。決してデールとドールが悪いわけではない。
「授業参観は……」
「ダールお姉ちゃんだけで……」
デールとドールも諦めムード。否、諦めるしかなかったのだ。
しかし、マサキとネージュは首を横に振る。頭が枕の上に置いてあるので、実際のところ振るというよりは揺らすといった方が表現が正しい。それでもデールとドールの意見を断っているのには変わりない。
「諦めるのはまだ早いぞ」
「そうですよ。まだ早いです」
「で、でも……」
「で、でも……」
根拠のない言葉。これ以上特訓する時間もなければ策を練る時間もない。
しかし、マサキは自信満々の表情を双子の姉妹に向けている。隣に寝ているネージュも真っ直ぐな眼差しを向けている。
「ビエルネスちゃんはもう回復してるんですよ」
「え? でもまだ寝てるよ」
「え? でもまだ寝てるよ」
デールとドールの言うとおりビエルネスはまだ眠りの中だ。寝言は言っていても一度も起きていないのが現実。回復したかどうか本人にしかわかるはずがない。
「えーっと……そ、そうですよねマサキさん」
実際のところネージュもビエルネスが回復しているかどうかわかっていなかった。
だからこそマサキに話の主導権を譲る。否、元々マサキが話すべきだった内容だ。なぜならネージュはビエルネスを見て判断したのではなくマサキの表情を見て判断したのである。
「部屋に戻ったとき、ビエルネスちゃんの寝顔を見て、マサキさん安心した表情をしましたから、大丈夫だと思ったんですが、そうですよね」
「あっ、俺の表情見て判断したのか。まぁ、ネージュの言う通りなんだけど、ビエルネスの肌の色が戻ってるし表情も柔らかくなってたからな。完全に回復してるかどうかはまだわからないけど、起きときには軽い頭痛と空腹感だけで済むと思うんだ。あっ、これ居酒屋で働いていた時の知識ね」
居酒屋で働いていた時代に千を越えるほどの酔っ払いを見てきたマサキ。その中で得た酔っ払いに対する知識は豊富だ。だからこそビエルネスの顔色と表情を見ただけで大丈夫だと判断したのである。
「だから大丈夫だよ。ビエルネスの魔法さえあれば俺とダールの二人で授業参観に行けるよ」
「お兄ちゃん」
「お兄ちゃん」
「本当は魔法に頼らなくて行きたかったけど……これだけはどうしても無理みたいだからな」
魔法に頼らず自由に行動したいという気持ちはマサキにはある。それはネージュから離れたいという意味ではなく、恐怖心や苦しみから解放されたいという意味だ。
「でも、お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「でも、お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「ん?」
「からだ……」
「からだ……」
次に心配するのは体の心配だ。先ほどの特訓でマサキは精神的にも肉体的にも疲労している。そんな体で授業参観に行けるのかどうか心配するのは当然なのである。
「あー、問題ないかな。こっちにきてから少し、いや、結構、慣れないことが多かったからさ。体力的にも精神的にもちょっとのことじゃ怯まなくなったからね。まぁ、みんながいてくれるおかげでもあるんだろうけどさ。だから俺の体は心配しないでくれ」
「うん!」
「うん!」
ようやく笑顔が戻ったデールとドール。マサキも双子の姉妹に笑顔を向けるが、その笑顔が無理に作っている笑顔だと、青く澄んだ瞳に映すネージュは気が付いていた。
(……大丈夫なわけないじゃないですか。立ち上がるのも辛いはずです。その証拠に今も横になってるじゃないですか。私と同じだけの疲労感があるのなら明日の授業参観はかなり厳しいものになると思いますよ。それでもマサキさんはデールとドールを悲しませないために嘘をついて…………本当に優しい人ですね)
ネージュは布団の中で手を伸ばした。
手を伸ばした先にはマサキの手がある。まるでどこに手があるのかわかっているかのようにマサキの手に届いたのである。そしてそのまま布団の中で手を握る。
なぜ手を伸ばしたのか。なぜ手を握ったのか。ネージュ自身にもわからなかった。しかし、これだけは伝えたかったのである。
「明日頑張ってくださいね」
言葉だけではなく、手を握り触れ合いながら自分の気持ちを伝えたかったのだ。
優しく温かい言葉と天使のような笑顔を向けられたマサキの返事は一つしかない。
「うん。頑張るよ」
肉体的疲労、精神的疲労など、ネージュの笑顔の前では無いに等しい。最高の回復魔法だ。
マサキの体温は上昇した。ネージュの優しさという温もりが全身を包み込んだからだ。
「デールとドールもゆっくり休んでくださいね。風邪なんか引いたら元も子もないですからね」
「はーい」
「はーい」
双子の姉妹の笑顔もまたマサキとネージュの心と体を癒してくれる最高の回復魔法だ。
0
お気に入りに追加
448
あなたにおすすめの小説
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜
橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
100年生きられなきゃ異世界やり直し~俺の異世界生活はラノベみたいにはならないけど、それなりにスローライフを楽しんでいます~
まーくん
ファンタジー
榎木広志 15歳。
某中高一貫校に通う平凡な中学生。
趣味は可愛い物を愛でること。
それが高じて編み物にハマっている。
その趣味は同級生からは白い目で見られることが多いが、本人は全く気にしていない。
親友の健二だけが唯一の理解者かもしれない。
15歳の榎木広志は、入学説明会に訪れた高等部への渡り廊下の上で深い霧に包まれる。
霧が晴れると、そこには狐の神様がいて、広志に異世界に行くよう促す。
ラノベの主人公のようにチートな能力を貰って勇者になることを期待する広志だったが、「異世界で100年間生きることが目的」とだけ告げて、狐の神様は消えてしまった。
異世界に着くなり、悪党につかまりたった2日で死んでしまう広志に狐の神様は生きるためのヒントをくれるが....
広志はこの世界で100年間生き抜くことが出来るのか。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
『ダンジョンの守護者「オーガさんちのオーガニック料理だ!!」』
チョーカ-
ファンタジー
ある日、突然、なんの前触れもなく――――
主人公 神埼(かんざき) 亮(りょう)は異世界に転移した。
そこで美しい鬼 オーガに出会う。
彼女に命を救われた亮はダンジョンで生活する事になるのだが……
なぜだか、ダンジョを開拓(?)する事になった。
農業×狩猟×料理=異種間恋愛?
常時、ダンジョンに攻め込んでくる冒険者たち。
はたして、亮はダンジョン生活を守り抜くことができるだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる