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第3章:成長『兎人ちゃんが風邪引いた編』

172 サブミッション発生

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「到着だ」
「ンッンッ」

 兎人族の洞窟ロティスール付近にある里道。その里道の途中にある幹の細い大樹。そこがマサキの目的地である薬屋だ。
 順調に進み到着したことによって、家を出てから四十分しか経過していない。順調すぎるほど順調だ。
 順調すぎるが故にマサキは逆に不安に思う。具体的な不安の要素は何かといえば答えられないが、マサキの不安センサーが反応しているのだ。何かが起きると。

「ここまで順調だったんだ。頼むよ。営業しててくれ……不幸なことは何一つ起きないでくれ……」

 願いを込めるマサキは薬屋の扉に手をかけた。
 ギィィと音を鳴らしながら開く扉。その扉の音から不吉な予感をさらに感じるマサキ。そのまま店内へと入る。

(よ、よかった。普通に営業してる。あとは薬を買うだけだ!)

「いらっしゃいませ、ゴホンゴホンッ……おや、人間族とウサギさんの二人かい? 珍しい組み合わせだね、ゴホンゴホンッ」

 レジ横に座る薬屋の店主だ。白髪混じりの髪から年齢は六十代後半といったところだろう。小さなウサ耳と咳をしている事から兎人族とじんぞくであることは間違いない。

(兎人族の流行風邪の薬をください。兎人族の流行風邪の薬をください。兎人族の流行風邪の薬をください。兎人族の流行風邪の薬をください。兎人族の流行風邪の薬をください。兎人族の流行風邪の薬をください)

 頭の中で何度も繰り返すマサキ。シミュレーションは完璧だ。あとは口に出して言うだけ。

「の……あ、う、えーっと……あー、そのー……」

 声が詰まってしまうのは仕方がない。多少のつなぎ言葉は誰も気にしないだろう。ましてや客と店員の立場だ。そこまで気にする要素ではない。

「そんなに緊張を、ゴホンゴホンッ、しなくてもいいよ。私はここの店主、ゴホンゴホンッ、薬師のメディーだよ。それで何をお探しで? ゴホンゴホンッ」

「く、薬を……」

 シミュレーション通りに行かないのが、心に傷を負っている者の宿命。しかし薬屋の店主メディーのおかげで、簡潔にそして端的にマサキが欲しいているものを伝えることができた。あとは言葉繋ぎで詳細を伝えるだけ。

「なんの薬だい? ゴホンゴホンッ。精力剤ならあっちだよ、ゴホンゴホンッ」

(とんだエロババアだった! どこに精力剤の要素があったんだよ。そんなに俺が欲求不満で今夜から激しい夜を送ろうとしてるエロガキに見えたのか? いやいや、待てよ。もしかしたら緊張してる俺に気を使ってエロトークから心の距離を縮めたのか? そういうことか? 年配者によくあるテクニックってやつか……)

「ちゃんと避妊はするんだよ。ゴホンゴホンッ、合計で七千二百ラビだよ。ゴホンゴホンッ。これサービス」

(って、何勝手に袋に詰めて会計してるんだー! しかも合計って、何を何個、俺に買わそうとしてんだよ! しかもサービスでよくわからん物入れるなー! ただのエロババアだったわ!)

 口には出せずに心の中で激しくツッこむマサキ。首を横に振り違うことをアピールする。

「なんだい。違うのかい。ゴホンゴホンッ。精力剤と避妊道具じゃなかったら何を買いに来たんだい? ゴホンゴホンッ」

「と、兎人族とじんぞくの流行風邪の薬を……ご、五人分……」

 ここぞとばかりに詳細を話すマサキ。こうして話せたのも下ネタが大好きな薬屋の店主がエロトークで心の距離を近付け、マサキに安心感を少しでも持たせたおかげだろう。

「あぁ、兎人族の流行風邪バニエンツァウイルスの薬かい、ゴホンゴホンッ、残念だけど、全部売り切れだよ。ゴホンゴホンッ」

「バニエンツァ…………って売り切れってマジですか……」

 マサキの不安、不吉な予感はどうしてこうも的中してしまうのだろうか。
 しかし、神様はまだマサキを見捨ててはいなかった。

「薬に必要ながあれば、ゴホンゴホンッ、作れるんだけどねゴホンゴホンッ……」

「や、薬草?」

「うん。そうだよ。売り切れだとわかってるからを腰にかけてたんだろ? ゴホンゴホンッ。薬草を採取するために、ゴホンゴホンッ。うちに薬草を届ける配達員は全員兎人族だからね。最悪なことに配達員全員兎人族の流行風邪バニエンツァウイルスにかかってこのありさまよ。ゴホンゴホンッ。だから来年からはこの時期はタイジュグループに頼んでみるとするかね。ゴホンゴホンッ」

 マサキの腰にかかっているノコギリを見ながら話す薬屋の店主メディー。
 この時、マサキの脳内ではネージュの言葉『もしものためです』が繰り返し流れた。

(もしものためって、この時のためってことか? 念には念を……ここまで考えてたってことだよな……さすがネージュだな。だてに恥ずかしがり屋をやってるわけじゃないってことだな)

 用意周到なネージュについつい感心してしまうマサキ。
 マサキはネージュの気持ちに応えるべく、流行風邪に効く薬の薬草を集めるために薬屋の店主に詳細を聞こうとする。

「どどど、どんな、ややや、薬草ですか?」

「おや、初めてかい? そりゃそうか。人間族だもんね。一緒に行って教えてあげたいがゴホンゴホンッ、見ての通り私も兎人族の流行風邪バニエンツァウイルスの感染者……ゴホンゴホンッ。咳と体の怠さが酷くてねぇ。息子も孫も従業員も全員寝込んで案内できそうにないから。ゴホンゴホンッ。ごめんね。だからお客さん一人で行ってもらうことになるよ。正確に言えばウサギさんと二人だけどね。いいかい? ゴホンゴホンッ」

 マサキはコクンコクンと、うなずく。ここで諦めて帰るわけにはいかないマサキには、うなずくしか選択肢がないのだ。

「そうかい、そうかい。ゴホンゴホンッ。それじゃ説明す、ゴホンゴホンッ……本当に毎年毎年兎人族の流行風邪バニエンツァウイルスには困っちまうよ、ゴホンゴホンッ」

 薬屋の店主は咳をしながら説明を始めた。説明しながら茶色い紙に文字や絵を書いている。初めて薬草採取をするマサキに対して配慮してくれているのだ。

「採取してもらうのは鹿人族の国ナラーンの森にたくさん咲いてる赤い実の薬草だよ。ゴホンゴホンッ。わかりやすく絵も書いてあげる。ゴホンゴホンッ」

「ナ、ナラーンってどこですか?」

「隣の鹿人族ろくじんぞくの国だよ。ゴホンゴホンッ。簡単な地図も書いてあげよう。ゴホンゴホンッ。鹿人族の国ナラーンは友好国だから心配しなくても大丈夫だよ。ゴホンゴホンッ。人間族なら尚更心配いらないだろうね。ゴホンゴホンッ」

(あぁ……行ったことない国……不安でしかない……時間もかかりそうだし……ちゃんとできるかどうか……なんでこんなことに……あぁ、ネージュたちの風邪を治すためか……やるしかないよな……)

 行ったことがない国でやったことがない薬草採取。マサキの心は不安に支配されていく。
 その結果、マサキの顔はどんどんと青ざめていく。

「ゴホンゴホンッ。そんなに心配しなくても、ゴホンゴホンッ、大丈夫だよ。ほれ、赤い実をこの袋にいっぱい詰めて来てくれれば、ご希望の五人分の薬は作れる。ゴホンゴホンッ。なんなら余分に作れるよ。だから頑張ってくれ」

 マサキは茶色の袋とともにメモを渡される。受け取るしかないマサキは渋々受け取り、吐きかけたため息を飲み込んで、現実と向き合う。

「……が、頑張ります。やるしかないですね……」

 やるしかない。やるしか選択肢がないのだ。

 鹿人族の国ナラーンに行くためには兎人族の湖ポワソニエにかかる大きな橋を通らなければならない。それ以外の通行手段はない。正確に言えば空と湖から通行ができるが、マサキには不可能だ。だから大橋を渡るしかないのである。
 鹿人族の国の正式名称を知らず一度も訪れたことがないマサキでも、鹿人族の国ナラーンへの行き方は頭の片隅に入っている。薬屋の店主メディーからの手書きの地図もあるのでそこは問題はないだろう。

 幸いにも薬屋は兎人族の洞窟ロティスール付近の里道にある。この里道の先はウサギレースの会場として使われた里道があり、その先に兎人族の湖ポワソニエがある。
 ここから鹿人族の国ナラーンまではかなり近い距離なのである。

「そ、それじゃ……薬草採って来ます」

「ちゃんと帰ってこれたら精力剤をサービスするよーゴホンッ」

(今、五本って言った? それとも咳しただけ? ってまた下ネタじゃんか。元気なウサ婆さんだ……)

 笑顔で手を振る薬屋の店主メディーに対してあははと、愛想笑いで返すマサキ。
 そのままマサキは薬屋の外へと出た。

「ンッンッ」

「おおう、ルナちゃん。俺たちの初めてのおつかいイベントはまだまだ続くみたいだよ。まさかサブミッションがあったなんてな……」

「ンッンッ」

「鹿人族の……えーっと、ナラーンだっけ? 不安だ……というかちょっと怖い……何も怒らなきゃいいんだけど……」

「ンッンッ」

「ルナちゃん、俺を応援してくれてるのか?」

「ンッンッ」

「ありがとうルナちゃん。そうだよな。いや、そうだった。俺は一人じゃない。ルナちゃんと一緒だ。きっと大丈夫!」

「ンッンッ!」

「よし、行くぞ! ルナちゃん! バニなんちゃらウイルスからネージュたちを救うために!」

 マサキとルナは『初めてのおつかい』というメインイベント中に、サブミッション『薬草を採取せよ』が発生した。
 サブミッションを達成しなければメインイベントをクリアすることが不可能だ。
 マサキとルナの二人はこのまま薬草を採取するために、一度も訪れたことのない国、鹿人族の国ナラーンへと向かうのだった。
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