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第3章:成長『温泉旅行編』
138 桜の木の下で温泉に入りながら
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温泉『春の湯』に浸かりながらマサキとクレールそしてビエルネスは片手に持つ焼酎グラスから飲み物を飲んでいた。
これはマサキたちが『春の湯』にいることに気が付いた妖精族の従業員が気を遣って持ってきたものだ。
「おいしー!」
温泉に入りながら冷たいものを飲むのは最高だろう。ポカポカの体でもちろん内臓もポカポカ。そこにひんやりと冷たい飲み物が注ぎ込まれて内臓がキュッと締まる。
そして乾いた喉が潤いを求めるようにどんどんと冷たい飲み物を求める。
さらには桜の木の下だ。花見をすると誰しもが飲みたくなるもの。その謎の現象もまた無意識に飲み物を求める要因の一つなのである。
「くあー! 美味いなー! というか突然消えた方ビックリしたよ。また俺何かやったのかと思ったわ」
「ごめんね。誰かに見られてる気配を感じたからついつい『透明スキル』を使っちゃったんだぞ」
「クレールが消えて妖精の従業員もビックリしてたな」
そう。妖精族の従業員がマサキとクレールそしてビエルネスに気が付き、各々の飲み物を持ってくるために好きな飲み物を聞こうと近付いたのである。
その気配に気が付いたクレールが『透明スキル』を発動して姿を消したのである。そのシーンを見ていた妖精族の従業員は驚いた顔をしていたが、事前情報があったため慌てふためくことはなかった。
そのままマサキとクレールとビエルネスの好きな飲み物を聞くことに成功し、その飲み物を持ってきて今に至るというわけだ。
ちなみにマサキが飲んでいる飲み物は酒ではない。牛乳だ。キンキンに冷えた焼酎グラスに入っている牛乳なのだ。
そしてクレールもマサキ同様に酒を飲んでいない。飲んでいるのはニンジンジュースだ。そもそもクレールは未成年。兎人族も未成年者は酒を飲むことができない。なのでニンジンジュースを選んだのである。
焼酎グラスに牛乳やニンジンジュースが入っているのは雰囲気作りだろう。確かに桜の木の下そして温泉に浸かりながら飲むのならこれくらいの上等なグラスがちょうどいい。
「カァ~。ましゅた~ましゅた~おしゃけもおいしゅいでそよ~」
呂律が回っていないビエルネスは酒を飲んでいる。焼酎グラスに最もふさわしい酒。そう、それは焼酎だ。グラスの名前にも入っているほどだ。焼酎グラスには焼酎が最もふさわしい。
ただし子ウサギサイズしかない妖精族のビエルネスが持っている焼酎グラスはお猪口よりも小さい。妖精族サイズの焼酎グラスだ。
「桜の木の下で温泉に入りながらの酒……なんて贅沢なんだ。飲みすぎて酔うなよな? 酔っ払いの介護は懲り懲りだからな」
「わくぁってましゅって」
ビエルネスの白い肌はもう真っ赤っか。酔っ払って真っ赤になったのか、のぼせて真っ赤になったのか……。前者だ。酔っ払って真っ赤になったのだ。
そんなビエルネスの姿にため息を吐きながらマサキは左手に持つキンキンに冷えた牛乳を一気に飲み干した。
「ご馳走様でした」
そのまま空になった焼酎グラスを近くの石床に置く。妖精族の従業員に飲み終えたら適当に置くようにと言われていたからだ。なのでお言葉に甘えて石床の上に置かせてもらったのである。
その牛乳が入っていた焼酎グラスにウサギたちが近付き始めた。牛乳の匂いが漂ってきたのだろう。ペロペロと焼酎グラスの外側に付いた水滴を舐め始めた。
「この子たちは野生のウサギちゃんなのかな? 旅館で飼ってるウサギちゃんなら少しぐらい牛乳を飲ませてあげてもいいけど……」
野生のウサギなら人間が食べ物や飲み物を与えない方が良い。それは日本で育ったマサキの知恵だ。しかしここは異世界。どんな知識が通じ、どんな知識が通じないか、マサキにはまだまだ未知な世界だ。
牛乳を飲ませてあげたい。けれど飲ませてもいいのかわからない。そんなもどかしい気持ちのマサキだったが、隣にいるクレールを見てもどかしい気持ちが晴れる。
「よしよし。いっぱい飲むんだぞー」
「大丈夫なのか? 勝手に飲ませて」
「大丈夫だぞ。だって飲みたそうにしてるから」
クレールは焼酎グラスを傾けて中に入っているニンジンジュースをウサギたちに均等になるように飲ませている。
「じゃ、じゃあ俺も!」
マサキもクレールのように焼酎グラスを傾けながら中に残っている少量の牛乳を目の前のホーランドロップイヤーに飲ませていく。
鼻をひくひくとさせながら無表情で飲むその姿は愛らしく、愛兎のルナにもそっくりだ。
「温泉を楽しみながらウサギちゃんと触れ合える。なんていいビジネス、じゃなくてシステムなんだ。というかこの子ルナちゃんに似てるな。毛色は少しだけ薄いしウサ耳も短いけど似てる」
「こっちの子もルナちゃんにそっくりだぞー」
クレールは小さな両の手で子ウサギを抱き上げてマサキに見せた。このウサギの種類もウサ耳が垂れているホーランドロップイヤーだ。
「あっ、似てる。ルナちゃんを小さくしたらこんな感じだろうな」
「でしょでしょー」
笑顔満開のクレール。とても楽しそうだ。
そんなクレールとは対照的にマサキは寂しげな表情へと変化する。
「……ルナちゃんも子供の頃があったのかな?」
それはここにいないルナのことを思考した結果故の表情だ。
「ん? ルナちゃんはまだまだ子供だと思うけど、このくらい小さい時もあったと思うぞー」
マサキの表情の変化に気付きつつも、その表情の真相には触れずマサキの質問に笑顔で答えたクレール。
「だ、だよな。なんか、ルナちゃんが……というかルナちゃんとネージュが心配になってきた」
「そうだよね。そろそろ探しに行かないとね」
マサキとクレールはネージュとルナを探すために立ち上がった。そして石床に置いた焼酎グラスを持ったまま浴衣に着替えるために脱衣所へと向かう。
置いといてもいいと言われた焼酎グラスだが、割れてしまったりしたらウサギたちが怪我をするかもしれない。だからウサギがいない脱衣所にまで持って行こうとしているのだ。
それに飲み物をわざわざ持ってきてくれた妖精族の従業員に対しての少しもの感謝だ。後片付けも綺麗な方が従業員も気持ちがいい。それは居酒屋で働いていたマサキならよく知っていることだ。
「おい、ビエルネス行くぞ。しっかりしろ」
「ましゅた~がいっぱいでしゅ~」
「酔いすぎだぞ。そんなに飲んだのか?」
「ヒクッヒッ」
ビエルネスが飲んでいた焼酎グラスは確かに小さい。少量の焼酎しか入ってないだろう。しかしそれは人間族のマサキから見ての考えだ。
焼酎グラスが小さい分ビエルネス自体も小さい。子ウサギ程度のサイズしかないのだ。
なので内臓ももっと小さい。たとえ少量とはいえ焼酎を飲み干してしまったのならば酒がまわり酔ってしまうのは当然かもしれない。
「仕方ないな……」
マサキは左手でタオルを抑えながら、右手でビエルネスを優しくゆっくりと持ち上げた。
「しっかりしろ。部屋に連れてってあげるからな」
「ましゅた~ましゅた~」
マサキの手の中で泣きながら暴れるビエルネス。マサキの優しさが嬉しいのだ。
「わかったから、落ち着けって……」
「ましゅた~はどうしゅるのですくぁ~?」
「どうするって……ビエルネスを部屋に連れて行ったらクレールと一緒にネージュとルナちゃんを探しにいくんだよ。そろそろ全員揃って行動したいしな」
「わ、わかりますぃた!」
ビエルネスはマサキの右手の中でピーんと体を伸ばして敬礼する。
やけに素直なのは酔っ払っているからだろう。そんなふうにマサキは思っていた。しかしそう思っていたのはわずか五秒ほど。
ちょうどクレールが脱衣所へと繋がる扉を開けた時だった。
「行きましゅよぉ~」
と、ビエルネスは呂律が回ってない口で大声をあげたのだ。
マサキとクレールは何事かとビエルネスを見る。その瞬間、ビエルネスの全身を緑色の風が包み込んだ。オーラなどではなく風だ。可視できほど緑色をした風だ。
「ちょ、なんか、風が出てるぞ! 乾かしてくれてるのか!? それならありがたいんだが、そうじゃなかった場合――」
マサキは言葉の途中で全身が宙に浮いた。そして宙を蛇行しながら物凄いスピードで飛んで行った。
「お、おにーちゃん!」
「ぬぅわぁああぁあぁああああぁあぁんっ! なんでこんなことにぃいいいいいいいい」
マサキは浴衣に着替えていない。白いタオル一枚だ。否、持っていた白いタオルはすでに吹き飛ばされている。つまりマサキは全裸だ。
右手に妖精族を持ちながら全裸で温泉旅館の廊下を飛び回っている。まさに異世界の変質者。
「行っちゃった……」
クレールは紅色の瞳でマサキとビエルネスが飛んで行った出口の方を唖然としながら見続けた。
「もーう、みんな落ち着きがないんだから」
今度は頬を膨らませながら着替え始めた。
食堂から客室に戻りマサキがビエルネスに飛ばされた時も、満腹状態で休んでいたルナとネージュが回復した時も、そして今も、クレールの目の前から仲間たちは飛び出し去っている。
「元気がいいのは良いことだけど、クーも一緒に行きたかったぞ!」
ぷくっと膨れた頬は桜餅のように柔らかくまん丸としていた。
そのままクレールは体に付いた水滴を拭き取りピンク色の浴衣に着替え始める
「あ、あれ? どうやって着るんだっけ? 脱ぐのは簡単だったのに……あ、あれ?」
この浴衣は自分の力だけでは着ていない。ネージュに着させてもらったものだ。
その時、あまりにも簡単に着れたので一人でも着れるものだと思い込んでいた。そして温泉『春の湯』で浴衣を脱いだ時は一人で簡単に脱げた。だから一人でも簡単に着れると思い込んでいたのだ。
「こうして……こうで、こうだっけ? なんか違う」
クレールは五歳の時に孤児院を抜け出した。そしてマサキたちと出会うまではボロボロの布切れ一枚を衣服にして生活していたのだ。だから浴衣の着方などわかるはずもない。そして一度見ただけで覚えることも難しいのだ。
「どうしよう……部屋に戻ったらダールたちいるかな?」
のぼせて部屋に戻ったという情報をマサキからもらっていたクレール。部屋にいるであろうダールに望みを託しクレールは脱衣場を出ようとする。
「おにーちゃんの浴衣とパンツも持ってっと。部屋に戻ろう」
適当に浴衣を羽織ったクレールはマサキの荷物を持った。そして姿を消した。『透明スキル』を発動したのだ。
これなら浴衣が着れずパンツ一丁でも恥ずかしくない。誰にもバレずに部屋に戻ることが可能だ。
持っているマサキの荷物も姿を消している。これは『透明スキル』の透明にするものの条件に該当したからだ。
『透明スキル』は透明になる前の状態の時に触れているものを透明にすることができる。透明にするかどうかも使用者本人が決めることが可能だ。しかし自分以外の生命を透明にすることは不可能。
そして透明状態の時に触れたものは透明にならずポルターガイストのようにぷかぷかと浮かぶ。これはクダモノハサミを盗み食いしたときや、食品展示会での参加証、そしてウサギレースでマサキとルナを応援するために持っていた『応援うちわ』の時の状況を見て貰えば理解できるだろ。
そんな感じで五歳の時から使ってきた『透明スキル』をクレールは効果を理解してほぼ使いこなしているのである。
「おにーちゃんと温泉入れて楽しかったぞ。緊張したしビックリしたけどすっごい楽しかったぞ」
そんなクレールの可愛らしい本音も『透明スキル』で透明になっている状態では自分以外の誰にもその声は聞こえることはないのである。
そしてウキウキでウサギスキップをするクレールの姿も誰にも見られることはないのである。
これはマサキたちが『春の湯』にいることに気が付いた妖精族の従業員が気を遣って持ってきたものだ。
「おいしー!」
温泉に入りながら冷たいものを飲むのは最高だろう。ポカポカの体でもちろん内臓もポカポカ。そこにひんやりと冷たい飲み物が注ぎ込まれて内臓がキュッと締まる。
そして乾いた喉が潤いを求めるようにどんどんと冷たい飲み物を求める。
さらには桜の木の下だ。花見をすると誰しもが飲みたくなるもの。その謎の現象もまた無意識に飲み物を求める要因の一つなのである。
「くあー! 美味いなー! というか突然消えた方ビックリしたよ。また俺何かやったのかと思ったわ」
「ごめんね。誰かに見られてる気配を感じたからついつい『透明スキル』を使っちゃったんだぞ」
「クレールが消えて妖精の従業員もビックリしてたな」
そう。妖精族の従業員がマサキとクレールそしてビエルネスに気が付き、各々の飲み物を持ってくるために好きな飲み物を聞こうと近付いたのである。
その気配に気が付いたクレールが『透明スキル』を発動して姿を消したのである。そのシーンを見ていた妖精族の従業員は驚いた顔をしていたが、事前情報があったため慌てふためくことはなかった。
そのままマサキとクレールとビエルネスの好きな飲み物を聞くことに成功し、その飲み物を持ってきて今に至るというわけだ。
ちなみにマサキが飲んでいる飲み物は酒ではない。牛乳だ。キンキンに冷えた焼酎グラスに入っている牛乳なのだ。
そしてクレールもマサキ同様に酒を飲んでいない。飲んでいるのはニンジンジュースだ。そもそもクレールは未成年。兎人族も未成年者は酒を飲むことができない。なのでニンジンジュースを選んだのである。
焼酎グラスに牛乳やニンジンジュースが入っているのは雰囲気作りだろう。確かに桜の木の下そして温泉に浸かりながら飲むのならこれくらいの上等なグラスがちょうどいい。
「カァ~。ましゅた~ましゅた~おしゃけもおいしゅいでそよ~」
呂律が回っていないビエルネスは酒を飲んでいる。焼酎グラスに最もふさわしい酒。そう、それは焼酎だ。グラスの名前にも入っているほどだ。焼酎グラスには焼酎が最もふさわしい。
ただし子ウサギサイズしかない妖精族のビエルネスが持っている焼酎グラスはお猪口よりも小さい。妖精族サイズの焼酎グラスだ。
「桜の木の下で温泉に入りながらの酒……なんて贅沢なんだ。飲みすぎて酔うなよな? 酔っ払いの介護は懲り懲りだからな」
「わくぁってましゅって」
ビエルネスの白い肌はもう真っ赤っか。酔っ払って真っ赤になったのか、のぼせて真っ赤になったのか……。前者だ。酔っ払って真っ赤になったのだ。
そんなビエルネスの姿にため息を吐きながらマサキは左手に持つキンキンに冷えた牛乳を一気に飲み干した。
「ご馳走様でした」
そのまま空になった焼酎グラスを近くの石床に置く。妖精族の従業員に飲み終えたら適当に置くようにと言われていたからだ。なのでお言葉に甘えて石床の上に置かせてもらったのである。
その牛乳が入っていた焼酎グラスにウサギたちが近付き始めた。牛乳の匂いが漂ってきたのだろう。ペロペロと焼酎グラスの外側に付いた水滴を舐め始めた。
「この子たちは野生のウサギちゃんなのかな? 旅館で飼ってるウサギちゃんなら少しぐらい牛乳を飲ませてあげてもいいけど……」
野生のウサギなら人間が食べ物や飲み物を与えない方が良い。それは日本で育ったマサキの知恵だ。しかしここは異世界。どんな知識が通じ、どんな知識が通じないか、マサキにはまだまだ未知な世界だ。
牛乳を飲ませてあげたい。けれど飲ませてもいいのかわからない。そんなもどかしい気持ちのマサキだったが、隣にいるクレールを見てもどかしい気持ちが晴れる。
「よしよし。いっぱい飲むんだぞー」
「大丈夫なのか? 勝手に飲ませて」
「大丈夫だぞ。だって飲みたそうにしてるから」
クレールは焼酎グラスを傾けて中に入っているニンジンジュースをウサギたちに均等になるように飲ませている。
「じゃ、じゃあ俺も!」
マサキもクレールのように焼酎グラスを傾けながら中に残っている少量の牛乳を目の前のホーランドロップイヤーに飲ませていく。
鼻をひくひくとさせながら無表情で飲むその姿は愛らしく、愛兎のルナにもそっくりだ。
「温泉を楽しみながらウサギちゃんと触れ合える。なんていいビジネス、じゃなくてシステムなんだ。というかこの子ルナちゃんに似てるな。毛色は少しだけ薄いしウサ耳も短いけど似てる」
「こっちの子もルナちゃんにそっくりだぞー」
クレールは小さな両の手で子ウサギを抱き上げてマサキに見せた。このウサギの種類もウサ耳が垂れているホーランドロップイヤーだ。
「あっ、似てる。ルナちゃんを小さくしたらこんな感じだろうな」
「でしょでしょー」
笑顔満開のクレール。とても楽しそうだ。
そんなクレールとは対照的にマサキは寂しげな表情へと変化する。
「……ルナちゃんも子供の頃があったのかな?」
それはここにいないルナのことを思考した結果故の表情だ。
「ん? ルナちゃんはまだまだ子供だと思うけど、このくらい小さい時もあったと思うぞー」
マサキの表情の変化に気付きつつも、その表情の真相には触れずマサキの質問に笑顔で答えたクレール。
「だ、だよな。なんか、ルナちゃんが……というかルナちゃんとネージュが心配になってきた」
「そうだよね。そろそろ探しに行かないとね」
マサキとクレールはネージュとルナを探すために立ち上がった。そして石床に置いた焼酎グラスを持ったまま浴衣に着替えるために脱衣所へと向かう。
置いといてもいいと言われた焼酎グラスだが、割れてしまったりしたらウサギたちが怪我をするかもしれない。だからウサギがいない脱衣所にまで持って行こうとしているのだ。
それに飲み物をわざわざ持ってきてくれた妖精族の従業員に対しての少しもの感謝だ。後片付けも綺麗な方が従業員も気持ちがいい。それは居酒屋で働いていたマサキならよく知っていることだ。
「おい、ビエルネス行くぞ。しっかりしろ」
「ましゅた~がいっぱいでしゅ~」
「酔いすぎだぞ。そんなに飲んだのか?」
「ヒクッヒッ」
ビエルネスが飲んでいた焼酎グラスは確かに小さい。少量の焼酎しか入ってないだろう。しかしそれは人間族のマサキから見ての考えだ。
焼酎グラスが小さい分ビエルネス自体も小さい。子ウサギ程度のサイズしかないのだ。
なので内臓ももっと小さい。たとえ少量とはいえ焼酎を飲み干してしまったのならば酒がまわり酔ってしまうのは当然かもしれない。
「仕方ないな……」
マサキは左手でタオルを抑えながら、右手でビエルネスを優しくゆっくりと持ち上げた。
「しっかりしろ。部屋に連れてってあげるからな」
「ましゅた~ましゅた~」
マサキの手の中で泣きながら暴れるビエルネス。マサキの優しさが嬉しいのだ。
「わかったから、落ち着けって……」
「ましゅた~はどうしゅるのですくぁ~?」
「どうするって……ビエルネスを部屋に連れて行ったらクレールと一緒にネージュとルナちゃんを探しにいくんだよ。そろそろ全員揃って行動したいしな」
「わ、わかりますぃた!」
ビエルネスはマサキの右手の中でピーんと体を伸ばして敬礼する。
やけに素直なのは酔っ払っているからだろう。そんなふうにマサキは思っていた。しかしそう思っていたのはわずか五秒ほど。
ちょうどクレールが脱衣所へと繋がる扉を開けた時だった。
「行きましゅよぉ~」
と、ビエルネスは呂律が回ってない口で大声をあげたのだ。
マサキとクレールは何事かとビエルネスを見る。その瞬間、ビエルネスの全身を緑色の風が包み込んだ。オーラなどではなく風だ。可視できほど緑色をした風だ。
「ちょ、なんか、風が出てるぞ! 乾かしてくれてるのか!? それならありがたいんだが、そうじゃなかった場合――」
マサキは言葉の途中で全身が宙に浮いた。そして宙を蛇行しながら物凄いスピードで飛んで行った。
「お、おにーちゃん!」
「ぬぅわぁああぁあぁああああぁあぁんっ! なんでこんなことにぃいいいいいいいい」
マサキは浴衣に着替えていない。白いタオル一枚だ。否、持っていた白いタオルはすでに吹き飛ばされている。つまりマサキは全裸だ。
右手に妖精族を持ちながら全裸で温泉旅館の廊下を飛び回っている。まさに異世界の変質者。
「行っちゃった……」
クレールは紅色の瞳でマサキとビエルネスが飛んで行った出口の方を唖然としながら見続けた。
「もーう、みんな落ち着きがないんだから」
今度は頬を膨らませながら着替え始めた。
食堂から客室に戻りマサキがビエルネスに飛ばされた時も、満腹状態で休んでいたルナとネージュが回復した時も、そして今も、クレールの目の前から仲間たちは飛び出し去っている。
「元気がいいのは良いことだけど、クーも一緒に行きたかったぞ!」
ぷくっと膨れた頬は桜餅のように柔らかくまん丸としていた。
そのままクレールは体に付いた水滴を拭き取りピンク色の浴衣に着替え始める
「あ、あれ? どうやって着るんだっけ? 脱ぐのは簡単だったのに……あ、あれ?」
この浴衣は自分の力だけでは着ていない。ネージュに着させてもらったものだ。
その時、あまりにも簡単に着れたので一人でも着れるものだと思い込んでいた。そして温泉『春の湯』で浴衣を脱いだ時は一人で簡単に脱げた。だから一人でも簡単に着れると思い込んでいたのだ。
「こうして……こうで、こうだっけ? なんか違う」
クレールは五歳の時に孤児院を抜け出した。そしてマサキたちと出会うまではボロボロの布切れ一枚を衣服にして生活していたのだ。だから浴衣の着方などわかるはずもない。そして一度見ただけで覚えることも難しいのだ。
「どうしよう……部屋に戻ったらダールたちいるかな?」
のぼせて部屋に戻ったという情報をマサキからもらっていたクレール。部屋にいるであろうダールに望みを託しクレールは脱衣場を出ようとする。
「おにーちゃんの浴衣とパンツも持ってっと。部屋に戻ろう」
適当に浴衣を羽織ったクレールはマサキの荷物を持った。そして姿を消した。『透明スキル』を発動したのだ。
これなら浴衣が着れずパンツ一丁でも恥ずかしくない。誰にもバレずに部屋に戻ることが可能だ。
持っているマサキの荷物も姿を消している。これは『透明スキル』の透明にするものの条件に該当したからだ。
『透明スキル』は透明になる前の状態の時に触れているものを透明にすることができる。透明にするかどうかも使用者本人が決めることが可能だ。しかし自分以外の生命を透明にすることは不可能。
そして透明状態の時に触れたものは透明にならずポルターガイストのようにぷかぷかと浮かぶ。これはクダモノハサミを盗み食いしたときや、食品展示会での参加証、そしてウサギレースでマサキとルナを応援するために持っていた『応援うちわ』の時の状況を見て貰えば理解できるだろ。
そんな感じで五歳の時から使ってきた『透明スキル』をクレールは効果を理解してほぼ使いこなしているのである。
「おにーちゃんと温泉入れて楽しかったぞ。緊張したしビックリしたけどすっごい楽しかったぞ」
そんなクレールの可愛らしい本音も『透明スキル』で透明になっている状態では自分以外の誰にもその声は聞こえることはないのである。
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