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第3章:成長『ウサギレース編』

128 優勝者は

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 三組同着の準優勝。エームとシロのペア、レンヌとレンナのペアはすでに名前を呼ばれた。
 まだ名前が呼ばれていないペアは三連続優勝記録保持者のマグーレンとルーのペア、そして我らが期待の新人ルーキーのぴょんぴょんマスクとルナのペアだ。

『そして三組目の準優勝者は……』

 ここで名前を呼ばれたペアは準優勝。名前を呼ばれなかったペアは必然的に優勝となる。
 実況をする道化の衣装を着た妖精族のプレレが深呼吸を始めた。深呼吸している間の沈黙の間が会場に緊張間を走らせる。

(割引券、割引券、割引券、頼む、割引券!)

 倒れているマサキは胸にルナを置きながら祈りのポーズを取った。そして準優勝賞品の十万ラビ分の割引券を強く願っている。

 プレレが息を吸い込んだのと同時に深呼吸は止まる。そして薄桃色の唇をゆっくりと開き待ちに待った結果が放送された。

『三組目の準優勝者は……マグーレン選手とルー選手だー! 四連続優勝ならずー!』

「負けた……のか……」
「ンゴッ」
「よく頑張った。ワシの中ではお前が一番だ。引退試合、最後にいいレースができたな。お疲れさん」
「ンゴッ! ンゴッ!」

 マグーレンはルーの頭を優しく撫でた。鍛え抜かれた体からは想像もできないほど優しくそしてしなやかに撫でた。
 引退試合に四連続優勝という栄誉は得られなかったもののマグーレンもルーも満足した表情だった。

 これによって名前が呼ばれていないマサキとルナの優勝が確定となる。

『優勝者はぴょんぴょんマスク選手とルナ選手だー! やってくれました期待の新人ルーキー! 初参戦で初優勝!』

「へ?」
「ンッンッ」

 優勝など予想していなかった、願っていなかったマサキは戸惑いを隠せずにいた。複雑な気持ちだ。戸惑いすぎて起き上がるのを忘れるほどだ。否、起き上がる気力などこの状況では起きなかった。

『シャメラでの判定では最後にルナ選手の長いウサ耳が先にゴールテープを超えていたということ!』

 跳び込んだのではないルナは飛んだのだ。
 ルナは謎多き生物『幻獣』だ。長いウサ耳を使って飛ぶことができる。
 ルナは最後の最後で長いウサ耳を使い飛んだのだ。そして空中で加速したのだ。その際にパタパタと羽ばたかせたウサ耳が誰よりも先にゴールテープに触れたのである。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 マサキは異議を申し出る。もちろんルナを胸の上に置いて寝転んだままだ。

『どうしましたか? ぴょんぴょんマスク選手!』

「こ、この結果なら全員準優勝でよくないですか? ほ、ほら、みんな仲良くみたいな……」

 そんなマサキの異議を通さないのが準優勝の三組だ。

 兎園パティシエの園長マグーレンとフレミッシュジャイアントのルーが――

「そんなことを言うな。お前さんたちが優勝だ。ワシらを倒したことを誇りに思うんだ」
「ンゴッ!」
「優勝おめでとう」

 鹿人族ろくじんぞくの男レンヌとジャックラビットのレンナが――

「次回の大会では必ず俺たちが優勝する。その時にぴょんぴょんマスク! ルナ! お前たちに絶対勝つからな! お前たちに勝って俺たちが優勝してみせる!」
「プゥプフゥ!」
「だから次回の大会も必ず出てくれよな」

 聖騎士団白兎びゃっと所属のエームとミニウサギのシロが――

「次は団長が出てくれることを、イテテテテテ! だ、団長が出れば、覆面くんの優勝はないイテテテテテ、だから今は優勝を受け取るといいですよ。イテテテテテ」
「フスーフンスー」
「痛いですってシロちゃん! もういいでしょー! イテテテテ!」

 全員がマサキとルナの優勝を認め拍手をしながら称えている。マサキの異議申し立てを強引にねじ伏せたのである。

『それではレースが終わり次第、改めて表彰式を行います。それまでは観客席で待機していてください』

 まだウサギレースは終わっていない。これはただの着順の発表であって表彰式ではないのだ。
 なのでウサギレースが終わるまでゴールした選手たちは待機しなければならないのである。

 マサキはルナを抱き抱えたまま立ち上がり、ネージュたちが待つ観客席へとゆっくりと向かう。その背中は優勝した者の背中には見えない。どこか寂しげな背中だ。

「ンッンッ」
「いや、いいんだルナちゃん。ありがとう。ルナちゃんは頑張ったぞ」
「ンッンッ」

 観客席からは見えない通路に入ったマサキはウサギの覆面マスクを外した。そして今回の功労者ルナの額を人差し指を使い掻くように優しく撫でる。

「ンッンッ」

 ルナの長いウサ耳のちょうど付け根辺りを重点的に撫でている。リボンで結び無理やり立たせたウサ耳だ。筋肉痛のようなものや何か違和感があっては困ると思いマサキはマッサージをするつもりで撫でているのである。

 マサキとルナが観客席へと向かっている途中でマサキとルナを呼ぶ声が複数マサキとルナの耳に届く。

「マサキさーん! ルナちゃーん! おめでとうございます!」
「うわぁあぁぁん兄さーん! ルナちゃーうわぁぁぁん」
「お兄ちゃん! ルナちゃん! おめでとー」
「お兄ちゃん! ルナちゃん! おめでとー」

 ウサギレースを終えたマサキとルナのもとにネージュたちが駆けつけた。迎えにきてくれたのだ。
 オレンジ色の髪をした兎人族とじんぞくの美少女ダールはまだ号泣していた。それほどマサキとルナのレースに感動したのだ。

 しかし歓迎され労われているマサキの顔はどこか暗い表情だ。

「……みんな……ごめん……できなかった……」

 マサキたちが狙っていたのは優勝ではない。準優勝だ。準優勝商品の十万ラビ分の割引券以外マサキにとっては意味がないのである。だからマサキは開口一番に謝ったのだ。

「何言ってるんですかマサキさん。優勝ですよ優勝。すごいじゃないですか! 喜んでくださいよ!」

「で、でも、割引券が……」

「素晴らしいウサギレースでしたよ。私たちみーんな感動したんですから。だから割引券なんてもうどうでもいいですよ。お金のことなら、また無人販売所でゆっくり稼いでいきましょうよ。一ラビ一ラビゆっくりと。無人販売所なら五百ラビずつですけどね」

「うぅ……ネージュ……」

 暗い表情のマサキに雪の結晶のように輝く笑顔と優しさを振りまくネージュ。マサキはまたネージュの笑顔に心が救われる。

 しかしマサキには懸念が残る。
 その懸念は優勝賞品の飼い主とウサギの温泉ツアーだ。ルナと行く温泉ツアーが嫌なのではない。むしろ大歓迎だ。しかし、飼い主とウサギ、つまりマサキとルナしか無料招待されていない。
 お金がない貧乏兎びんぼううさぎのネージュたちは一緒に温泉ツアーに行くことができずお留守番するしかないのである。
 そのことが気にかかっているマサキは心が救われたとしても顔をしっかりと上げることができなかった。

「大丈夫ですよ。マサキさんとルナちゃんの二人で楽しんできてください」

 またしてもネージュの眩しい笑顔がマサキの黒瞳に映った。
 ネージュはマサキが口にしなくてもマサキの気にかけていることなどお見通しということなのである。

「で、でも……」

 マサキはこれ以上言葉が出なかった。どんな言葉で返してもネージュは必ず優しい言葉と笑顔で全てを包み込んでくれるからだ。
 こうなってしまった以上マサキがネージュの言葉を上回る言葉を発するのは不可能。

「兄さんお土産待ってるッスよ」

 ダールも同じだ。涙を拭いながら太陽のように明るい笑顔を向けている。
 ダールの双子の妹デールとドールも太陽のように明るいダールの下で太陽に向かい伸びるひまわりのように両手を上げて背伸びをしながら無邪気な笑顔をマサキに向けている。

「おみやげー!」
「おみやげー!」

 大切な兎人たちの笑顔を裏切るわけにはいかない。
 マサキは腕の中にいるルナに視線を移した。ルナの漆黒の瞳とマサキの黒瞳が交差する。

「ンッンッ!」
「ルナちゃんは俺と二人だけの温泉ツアーでもいいのか?」
「ンッンッ!」
「ネージュたちは来れないんだぞ?」
「……ンッンッ」

 ルナもマサキと同じ気持ち。どうせ行くならみんなで行きたい。誰だってそう思う。
 笑顔を向けているネージュたちだって同じ気持ちだ。しかしワガママなど言えないし言わない。貧乏兎は貧乏兎らしく我慢するしかないのである。

 と、その時、ネージュの白銀の後ろ髪になぜか絡まっていたビエルネスが脱出に成功。

「マスターマスター! 優勝おめでとうございまーす! やっぱり私のマスターは最強ですねー!」

 場の空気を読まずに半透明の羽を羽ばたかせてマサキの頭の上に着地した。
 覆面を被っていたマサキの頭は少しだけ蒸れている。ウサギレースで走ったのだから当然だ。
 ビエルネスは蒸れたマサキの黒髪を全身で感じ始めた。くるくると自ら回り絡まっていく。そしていつも通り息を荒くする。変態妖精だ。

「ハァハァ……マスターの汗ハァハァ……」

「お、おい、気持ち悪いからやめろ」

「やめちゃってもいいんですかマスター? ハァハァ……せっかく……ハァハァ……皆様を……ハァハァ……マスターの汗と髪に縛られるこの感じゾクゾクしますよハァハァ……」

「喋るのか感じるのかどっちかにしてくれ……あとデールとドールの前で教育に悪い。それとクレールの前でもだ」

「ハァハァ……わかりましたよ。でももう少しこのゾクゾクをハァハァ……」

 ビエルネスはさらにマサキの黒髪に絡み始めた。そして強く縛られるたびに喘いでいる。

「要件を言わないと俺の頭の上から下ろすぞ。というか下ろす。そこはルナちゃんの特等席なんだよ」

「わかりました。わかりましたからー。言いますからまだ下ろさないでくださいー!」

 マサキはビエルネスの小さな体を掴み頭から下ろそうとした。しかし思った以上にビエルネスが黒髪に絡まっている。そしてビエルネスの抵抗もあり頭の上から下ろすのに失敗してしまう。

 マサキの頭の上に少しでも長く居たいビエルネスは、マサキの頭の上に少しでも長くいるために要件を伝え始めた。

「せっかくの優勝ですから皆様を温泉ツアーにご招待しますよ」

「へ?」

 ビエルネスの言葉に目を丸くするマサキ。情けない声も無意識に出た。

「み、皆様って?」

「皆様とは皆様ですよ。白銀の兎人とじん様、オレンジの兎人様、透明の兎人様、双子の兎人様。マスターとウサギ様も合わせると七名ですかね」

 ビエルネスは薄水色の瞳に名前を呼んだ人物を交互に映しながら言った。クレールの時だけどこを見ていいかわからずとりあえず適当なところを見ていたが、しっかりと名前を呼びながらその人物を見ていた。

「ほ、本当ですか!?」

 ネージュもマサキ同様に青く澄んだ瞳を丸くさせている。そしてビエルネスに聞き返した。
 ビエルネスを信じていないわけではない。なぜならこのウサギレースはタイジュグループが主催だからだ。そして今マサキの頭の上で黒髪に絡まっている変態妖精はタイジュグループの幹部。
 だから『全員を招待する』という言葉が嘘には聞こえないのである。

「私はマスターのためならなんでもしますよーハァハァ……だから本当ですよーハァハァ……それほど私はマスターを愛してるんですよーハァハァ……」

「でも本当にいいのか? そんなこと勝手にしてなんか言われないのか? その……えーっと……マルテスさんだっけ? なんか怖いお姉さんがいるんじゃなかったっけ? 大丈夫なのか?」

 マサキは記憶を探りに探って『マルテス』という名を思い出した。
 マルテスはタイジュグループの副代表でフェ家の次女だ。つまりビエルネスの姉である。そしてマサキが言ったようにマルテスの最大の特徴は『怖い』『厳しい』ということ。逆にそれ以外の情報をマサキは知らない。それほどマルテスは『怖い』『厳しい』妖精だということだ。

「こういうことならマルテスは怒りませんよー! むしろ褒めてくれるかもしれないハァハァ……マスターのむしゃむしゃ髪の毛美味しいですハァハァ」

 話の途中で変態妖精に戻ってしまったビエルネス。マサキの黒髪をむしゃむしゃと噛み始めてしまった。

「お、お、おい! 食べるな食べるな!」

「べろんッ」

「舐めるな!」

 変態妖精の暴走は止まらずマサキの黒髪を舐め始める。
 そんな変態妖精に向かって珍しい人物が口を開く。

「ンッンッ!」

 チョコレートカラーをしたイングリッシュロップイヤーのルナだ。
 ビエルネスに向かって大きめの声で鳴いたのである。まるでビエルネスの暴走を叱るかのように。

「わかりましたよ。ウサギ様がおっしゃるのなら辞めます」
「ンッンッ」

 肩を落とすビエルネスは絡まっているマサキの黒髪から抜け出した。
 素直に応じたビエルネスにマサキは驚きを隠せないでいた。

「もしかしてビエルネスってルナちゃんの言葉わかったりするのか?」

「いいえ。わかりませんよ。でもマスターのために怒ってるのだけは伝わってきます」

 ビエルネスは精神や感情の実験を長年やっている研究者でもある。だからこそウサギの言葉はわからずともウサギの感情はわかるのだ。
 自分のために怒ってくれているルナにマサキは嬉しくなり激しくもふり始めた。

「ル、ルナちゃん。お前ってやつわ~」
「ンッンッ」
「かわいいウサギさんだ~このこの~」
「ンッンッ」

 ルナも大好きなマサキにもふられて嬉しそうだ。
 その結果、良い雰囲気とは言えない重たい空気から一変。マサキにも笑顔が戻り良い雰囲気へと変わったのだった。

「とりあえず表彰式が始まるまで観客席で待機しましょう。温泉ツアーの話は観客席に戻ってからしましょうよ」

 ネージュがこの場をまとめた。普段ならダールが声をかける場面だ。
 しかしネージュには精神を安定させる抗不安剤のような魔法がかけられている。その結果ネージュは自分の気持ちに素直になり、その気持ちのまま行動しこの場をまとめることができたのである。

「そうだな。俺もルナちゃんも疲れてるし観客席に行こうか」
「ンッンッ」

 マサキたちはウサギレースが終わり表彰式が始まるまで観客席で待機することになったのだった。
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