上 下
121 / 417
第3章:成長『ウサギレース編』

111 百考は一行にしかず

しおりを挟む
 獣のもこもこの毛皮を身に纏った薄緑色の髪の妖精――ビエルネスが口を開く。

「そもそも私は、マスターのウサギ様ならウサギレースに参加できるんじゃないかって思って話に来たんですよ~。あっ、でもいちばんの理由はマスターに会うことですけどね~。だから拗ねないでくださいよ~」

 透き通るほど透明な羽をパタパタと羽ばたかせてマサキの体に自分の体を擦り付けるビエルネス。
 マサキは、そんな妖精を鬱陶しく思いながらも抵抗することなく好きにやらせた。

「いや、拗ねてないし……」

「またまた~。照れ屋さんなんですから~」

 このこの~と、肘でマサキの頬をつつくビエルネス。
 好きにやらせていたマサキだったが、頬を膨らませて抵抗した。
 抵抗されたビエルネスはマサキの膨らむ頬にお尻で当てて、おしくらまんじゅうのような体勢になった。そして言葉を続る。

「それでですね。マスターたちの無人販売所に向かってる途中、道に迷ってしまって……そしたら双子の兎人様とじんさまを見かけて、マスターと一緒にいたオレンジの兎人様に容姿が似ていたのでこっそり跡をつけて来たのです」

「デールたちだー」
「ドールたちだー」

 それぞれ反応する双子の姉妹。

「そしたら、あら不思議。マスターたちの無人販売所に到着したってわけです!」

「なるほどな。そんで俺たちの部屋に無断侵入したってことか」

「はい! その通りです!」

 羽をパタパタと動かしながら満面の笑みで答えるビエルネス。さらに言葉は続く。

「マスターたちの話を聞けば、ウサギレースに参加するしないの話だったので私、驚いちゃいましたよ~。やっぱり私とマスターは運命共同体。離れていても考えは一緒。心は繋がってるってことなんですね~」

「運命共同体って……盗み聞きしてたんならわかると思うが、デールとドールが持ち込んだ話だから俺とビエルネスにはこれっぽっちも運命なんか――」

 ないと、言おうとしたマサキの口をビエルネスは塞いだ。
 マサキの上唇と下唇を妖精の小さな両の手で挟み塞いだのである。

「それでですね。参加しないってことで話が落ち着いてしまった時に声をかけたんですよ。マスターたちにはウサギレースに参加してほしいのです~。いや、参加するべきなのです!」

 なぜか自信満々な表情でビエルネスは言った。その自信満々な表情の妖精に口を塞がれてしまい喋れないマサキに代わってダールが口を開いた。

「でもルナちゃんはマサキの兄さんと一緒じゃないとウサギレースに参加できないッスよ。兄さんはネージュの姉さんと一緒じゃないと外出できないッス……ウサギレースに参加できる飼い主は一人だけッスよね? 兄さんたちは兄さんたちの都合で参加したくても参加することがでないッスよ」

 ダールの言葉を隣で聞いていたネージュは、ダールの隣で小刻みに震えていた。

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

 そして首を上下に動かし頷いている。小刻みに震える体と交わり白銀の髪が綺麗になびく。

 それに対してビエルネスは「チッチッチ」と舌を鳴らし、その音に合わせてマサキの唇を上下に動かす。

「そのための私ですよ~。マスターたちがウサギレースに参加できるならなんでもお手伝いします! だからを使ってウサギレースに参加してください~」

『私の力』を強調しながらビエルネスは言った。
 その言葉にピンと来たのはマサキ、ネージュ、ダールそして透明状態のクレールの四人だ。
 この四人は食品展示会に参加した四人。参加しなかった双子の姉妹デールとドールは小首を傾げながらなんのことかさっぱりわかっていない様子だ。

 唇を妖精に挟まれ喋ることができないマサキは、喋る代わりに思考する。

(確かにルーネスさんにかけてもらった精神を安定させる妖精の魔法ならネージュと手を離しても大丈夫かもしれない。でも、食品展示会の時にそれは一度も試してないからな……怖い。もし手を離してみたいに死ぬほど苦しい思いでもしたらと考えると……それだけは絶対に勘弁してほしいな……)

 マサキは空から降って来たルナとの初めての出会いの出来事を、自分の腕の中にいるもふもふで温かいルナを見ながら思い出していた。

 空から降って来たルナがマサキに衝突し、マサキの顔面に回って来たことをきっかけにネージュと繋いでいた右手を離してしまったのだ。
 その時は手を繋いでいる時と同じくらい平常心を保つことができていて二人は自分たちが成長していると勘違いしていた。確かに手を離すことができて成長しているかもしれない。しかしそれも二メートルほどの距離までのこと。
 外出中の二人が手を離し二メートル以上離れてしまうと、呼吸もままならなくなり心の全てを負の感情が呑み込み支配してしまう。これがマサキとネージュの二人が味わった死ぬほど苦しい経験だ。
 この『死ぬほどの苦しみ』はどんなに経験しても慣れるものではない。『死』とはそういうもの。二度とこない『死』は慣れなど存在しないのである。

 思考するマサキは二度と同じ経験をしたくないと思っている。隣で小刻みに震えているネージュも同じ気持ちだろう。確認しなくてもそれぐらいのことはわかる。
 だからビエルネスの計画に対して簡単に首を縦に振れないのだ。
 かと言って妖精の魔法を信じていないわけではない。しかし信じるに値するほどの材料がないのである。
 さらに簡単に試すことができない。なぜなら失敗した先に待っているのは、あの『死ぬほどの苦しみ』なのだから。

 マサキは腕の中の温もり――もふもふで温かいルナを床に下ろした。

「ンッンッ」

 下ろされたルナは無表情だが、どこか寂しそうにも見える。

 ルナを下ろした後のマサキは、自分の顔の前でぶんぶんと羽を羽ばたかせながら唇を挟んでいる妖精の腹辺りを右手で摘んだ。そうすることによりマサキの唇は解放される。
 羽を摘まなかったのは『かわいそう』だと思ったからだ。同時にトンボのように簡単にちぎれてしまったらどうしようとネガティブ思考も働いた。
 なので簡単に摘める羽ではなく、獣のもこもこの毛皮に包まれた妖精の体を摘んだのである。

「妖精の魔法の凄さは身をもって体験してるから、その効果は保証できる。けど、それとこれとは話は別だ。俺とネージュは離れられないし、離れるような実験もしたくない」

 マサキの黒瞳は小刻みに震え続けるネージュを見た。
 ネージュの震えは先ほどよりも治っているように感じる。ダールが隣で肩を寄せ合っているのがネージュを落ち着かせている要因だろう。

「なあそうだろ。ネージュ」

 マサキはネージュにも意見を求めた。

「ガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

 小刻みに震えるネージュは頷くことしかできない。
 しかし突然ネージュの震えはピタリと止まった。そして今まで閉ざしていた口を開いた。

「無理です無理です無理です。マサキさんと外で手を離すなんて絶対に無理です! 離せても二メートルくらいまでですよね。ウサギレースは四百メートルもあるんですよ。絶対に離すなんて無理です!」

 突然自然と話せるようになったネージュ。彼女の右手を見てみるとマサキの左手が絡み合っている。
 マサキと手を繋いだことによって平常心を取り戻し言葉を発することが可能になったのである。

「なのでビエルネス。俺たちはウサギレースには――」

 参加できないと、マサキが言おうとした瞬間、ビエルネスは緑色に光る粉をマサキとネージュにふりかけた。
 温かい緑色に光る粉。この粉をマサキとネージュは知っている。

「試そうとしても無駄だぞ。俺たちは絶対部屋から出たりしないからな!」

「そうですよ。私たちを離れさせようとしないでくださいよ」

 部屋から出ないアピールをするマサキとネージュはお互い抱き合った。
 夫婦でもなければカップルでもない。それでも抱き合うことになんの抵抗もない二人。それほど離れることが嫌なのである。

「大体、ウサギレースに参加する参加者が魔法にかかってるのは大丈夫なのかよ? ドーピング扱いで失格になるんじゃないか?」

「マサキさんの言う通りです。魔法が許されるなら魔法の実力が高い参加者が勝っちゃいますよ」

 二人の意見は正しい。
 魔法で足を速くしたり、体を軽くして走りやすくしたりできてしまう。そうなってしまった場合、ウサギレースではなく魔法を使ったレースへとなってしまう。
 そうなってしまった場合、かけられた魔法が優れている参加者が自ずと勝つことになってしまうのだ。

 しかし二人の意見を聞かずにビエルネスはさらに妖精の魔法の粉をかけ続ける。
 深緑、薄緑、深黄色、薄黄色、さらには黒色に近い緑色の魔法の粉までかけている。
 そしてかけ続けていた魔法の粉が止まった瞬間にビエルネスは口を開いた。

「百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず」

 聞き馴染みのある言葉にマサキは思わず反応する。

「そのことわざ、こっちにもあるのか。って後半あたりは聴き馴染みがないからあっちでもあった言葉なのかわからないのだが――」

 次の瞬間マサキの体が浮かび上がり、ネージュから引き剥がした。

「うわぁ! ビ、ビエルネス……な、なにを――」

「聞くより、見るより、考えるより、実際にやってみた方が早いです!」

 そう言うとぷかぷかと浮かんでいるマサキを部屋の外――店内へと繋がる通路へと移動させた。
 風の魔法と重力系の闇の魔法の応用でマサキを自由に動かしているのだ。

「マサキさーん!!」

「ネージュ!!」

 身動きが取れずにぷかぷかと浮かぶマサキは通路を抜けて店内へと移動させられた。

「今、扉を開けますね~! こうやってマスターの主導権を私が握るとゾクゾク興奮しますね~ハァハァ……」

 息を荒くしたビエルネスは出入り口の扉を開けた。
 扉の先には夕暮れに伴い薄暗くなった世界が待っていた。
 その薄暗い世界を黒瞳に映したマサキは次に何が起きるのか容易に想像がついた。

「ビ、ビエルネスさん……や、やめてもらってもよろしいですか?」

「マスターが私に敬語を使ってる! ハァハァ……新たな感覚。こういうのもいいですね~ハァハァ……」

「や、やめてくださぁああい」

「マスター! もっと泣いてください! もっともっとー!」

「いやだぁあああああ!!」

「ハァハァ……こんなにゾクゾクするのは初めてです!」

 絶頂まで達したビエルネスは新たな快感を得た。そして魔法の力を使いマサキを扉の外へと放り投げた。

「マサキさーーん!」

 ネージュは放り出されるマサキに左手を伸ばした。その左手を掴もうとマサキも手を伸ばす。

「ネーージューー!!」

 しかし二人の手が重なることはなかった。
 マサキはそのまま兎人族の里ガルドマンジェへと続く一本道を飛び続けたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜

橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜

白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。 光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。 目を開いてみればそこは異世界だった! 魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。 あれ?武器作りって楽しいんじゃない? 武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。 なろうでも掲載中です。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界転移は分解で作成チート

キセル
ファンタジー
 黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。  そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。  ※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。  1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。  よろしければお気に入り登録お願いします。  あ、小説用のTwitter垢作りました。  @W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。  ………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。  ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

処理中です...