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第3章:成長『食品展示会編』

107 魔道具『名樹紙』

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 突然ビエルネスが手を叩いた。
 パチーンという音が医務室全体に響き渡りマサキたちの耳へ届く。

「という事で、お二人が目を覚ましましたので私のお役目はここまでです」

 マサキの手から離れてぷかぷかと浮かんだビエルネスは胸に手を当てて丁寧にお辞儀をする。
 役目を終えたビエルネスは切りの良いところで幕を閉じようとしたのだ。

「まだ食品展示会の途中ですが、私がかけた魔法は応急処置に過ぎないので効き目が切れる前にお家に帰った方がいいですよ」

「そ、そうだな。ここにいたらまた気絶しかねないからな。それに気絶しなかったとしても体が震えて食品展示会どころじゃなくなる」

「そういう事です。ルーネスとサトオサ様には私から伝えておきますね。……っとマスターにこれを渡しておきます」

 ビエルネスは獣のもふもふな毛皮の衣装のポケットを探り出した。
 そして茶色い紙のようなものをポケットから取り出した。妖精のポケットに入っているほど小さな茶色い紙だ。

「これは?」

 マサキは茶色い紙を親指と人差し指で挟み受け取ったが、この紙が何に使うものなのかわからず小首を傾げた。
 その様子を薄水色の瞳で見ていたビエルネスは口を開く。

「これは名樹紙めいじゅしです」

「メイジュシ? 名刺みたいなもんかな?」

「メイシ? というものはわかりませんが、名樹紙には私の細胞が埋め込まれてます」

「細胞!?」

「はい。名樹紙を手のひらの上に乗せて魔力を込めてください」

「片手じゃ手のひらに乗せらんないし魔力とか込められないし……」

「そうですか。それなら貸してください」

 ビエルネスはマサキの親指と人差し指に挟まれている名樹紙を取った。

「手のひらを開いてください」

「お、おう」

 マサキはビエルネスに言われた通り左手の手のひらを開く。
 ビエルネスはマサキの手のひらに名樹紙を置いた。

 何が起きるのか想像できないマサキは目の前の光景に興味津々だ。
 横で見ているネージュも青く澄んだ瞳をくりくりと大きく開けて興味津々で見ている。
 ダールと透明状態のクレールはマサキの手のひらが見える位置まで移動した。

「それでは魔力を注ぎますね」

 そう言うとビエルネスはマサキの手のひらにある名樹紙に魔力を注ぎ始めた。
 ビエルネスのかざした手のひらから薄緑色の光が放出されて、名樹紙に吸い込まれていくかのように向かっていった。
 すると魔力を注ぎ終えたのか、ビエルネスは手のひらをかざすのをやめた。

「よし。これで大丈夫です」

 その声とともにマサキたちはマサキの手のひらにある名樹紙に注目した。
 目を凝らすマサキたち。次の瞬間、ネージュが驚いた様子で口を開いた。

「う、動いてます!」

 ネージュが言った通り名樹紙がゆっくりと動き始めた。
 名樹紙はビエルネスの方へとゆっくり動いている。

「名樹紙はですね、埋め込まれている細胞の持ち主のところまで導いてくれるタイジュグループが作り出した魔道具です。これでいつでもマスターは私の体でえっちっちなことして遊びたくなったときに私に会うことができますよ。ハァハァ……い、いつでも待ってますからね。ハァハァ……」

 ビエルネスは己の体を抱き寄せクネクネとしながら息を荒げる。

「最後の最後でなんてもん渡してんだ! この変態妖精!」

「罵倒プレイ! ハァハァ……ゾクゾクしますハァハァ……」

「もう何言ってもダメだ。諦めよう……」

 マサキは手に負えない妖精の相手をするのを諦めた。

(これ以上ネージュの機嫌を損ねるわけにはいかないしな……)

 チラッとネージュの顔を見るマサキ。
 マサキの予想通りネージュは機嫌を損ねて膨れっ面になっていた。

「一応この名樹紙は受け取っておくけど変なことに使わないからな!」

 ビエルネスはマサキの耳元まで飛んでいきマサキにしか聞こえない声で口を開く。

「またまた~。いつでも会いに来てくださいよ~。マスター。私は大歓迎ですよ~」

(ああ、なんでだろう。キャバクラの名刺が入ってるスーツのポケットを奥さんが探り始めて焦りだす男の気持ちが今分かったような気がする。後悔とか罪悪感とか後ろめたい気持ちってやつか? そんな感じの気持ち。なんでだろうか……)

 マサキは耳打ちされている最中、ネージュの視線が怖くてネージュの顔を見れずにいた。

「それでは魔法が切れる前に気を付けてお帰りくださーい!」

 ブンブンと羽を羽ばたかせながらご機嫌に飛び回るビエルネス。
 耳打ちしたあとのこの喜びよう。また何かと勘違いされてしまいそうだが、そんな勘違いが起こらないためにもマサキは間を作らずに口を開く。

「よし、帰ろう! パンフレットとか試供品とかいっぱいもらったんだよな?」

「はい! ここに大量にあるッスよ! 兄さんと姉さんが気絶してからは、アタシとクレールの姉さんでパンフレットと試供品を集めておいたッス!」

 ダールの足元には一人では持ち運べないほどの大量の袋があった。そしてその中には食品展示会に出店している店のパンフレットや試供品が大量に入っている。

「マ、マジだ! すげーぞ! さすがダール! クレールもよくやった! ありがとう!」

 マサキは素直に喜んだ。自分たちが気絶していた間もしっかりと行動していたダールとクレールに心から感謝したのである。

「そんじゃ家に帰って無人販売所の活気を取り戻す策を練ろうぜ! 試供品を食べながら!」

「それはいいッスね! 帰りましょー!」

 マサキの勢いの良い言葉に反応したダールは右腕を上げてガッツポーズを取る。ダールの横にいる透明状態のクレールは首にぶら下がっている参加証を振り回し気合いが入っていることをアピールしている。
 二人のおかげで気まずい空気が訪れることはなく自然と帰る流れになった。
 この流れなら膨れっ面のネージュも話を戻しビエルネスとの耳打ちを追求してきたりはしないだろう。

「ネージュも帰るぞ! ルナちゃんも!」

「は、はい!」

 マサキは片手でルナを持ち上げて肩へと誘導する。ルナはマサキの誘導通りに肩へと移動してマサキの頭に顎と前足を乗せた。これがルナの定位置だ。
 そしてネージュを右手で優しく引っ張りながらベットから降りた。
 ネージュも優しく手を引くマサキのことを拒むことなくベットから降りる。

「あっ、この参加証はどうしたらいいんだ?」

「本当は会場の最後にお返し口があってそこに返すんですが、私がここで預かっちゃいますねー!」

「それじゃあよろしく!」

 マサキたちはビエルネスに参加証を渡した。渡したと言っても小さな体の妖精に直接は渡さない。ビエルネスのそばに置いただけだ。
 そのままビエルネスは医務室から出ようとするマサキたちよりも先に医務室の扉へと向かって飛んだ。

「ここに置いてあるものは食品展示会に参加した参加者たちへのお土産品なので、こちらもお持ち帰りくださーい」

 お土産品が入った紐のついた茶色い紙袋の上で羽を羽ばたかせてぷかぷかと浮かぶビエルネス。
 そのお土産品を見たネージュが驚いた様子で口を開く。

「招待状に書いてあったお土産とはこれなんですね。結構大きいですね!」

「はい! 生活消耗品が色々と入っておりますのでぜひ使ってくださいー!」

 ダールとクレールは両手いっぱいに大量のパンフレットと試供品を持っている。これ以上は何も持つことはできない。なので手を繋ぐマサキとネージュが手分けして四人分のお土産品を持つ。
 手分けと言ってもマサキはお土産品の袋を三袋持った。枝のように細い腕のネージュに気を使ったのだ。そのままネージュは自然と一袋だけを持つ流れとなる。

「私も二袋持ちますよ」

「大丈夫大丈夫! 大きいけど意外と軽いぞ。生活消耗品とか言ってたからティッシュとか入って嵩張かさばってるんだろうからさ」

「でも持ちづらくないですか?」

「紐があるおかげで持ちづらくないよ。大丈夫だぞ!」

「そ、そうですか。わかりました!」

 マサキの優しさを受け止めたネージュは、先ほどまでの膨れっ面から笑顔に戻っていた。
 その後、マサキたちが医務室の扉の前に立つとマサキの頭の上にいるルナが声を漏らす。

「ンッンッ」

 手が塞がっているマサキたちでは扉を開くことができないのだ。なのでルナは扉に向かって声を漏らし扉を開けようとしたのである。『開けゴマ』と唱えたのかもしれない。
 そんなルナの声に気付いたビエルネスはマサキたちの代わりに医務室の扉を風の魔法を使って開けた。体が小さい妖精では開けるのは困難だ。なので風の魔法をうまく利用して開けたのである。
 ルナが唱えたであろう『開けゴマ』が本当に起きた瞬間だった。

「またどこかで会いましょうねー! マスター!」

「またなー。ルーネスさんや案内役をやってくれたサバドさんとリンゴさんにもよろしく伝えといてくれ。あとサトオサさんにも!」

「了解です! ではではお気をつけてー! 寂しくなったら私の名樹紙を使って私に会いに来てくださいねー! 私も無人販売所に遊びに行きますからねー!」

 そう言いながらビエルネスはぷかぷかと浮かびながら手を振り続けた。
 マサキたちも手を振り返して医務室から出た。そして扉を閉めた。

 こうしてマサキたちは食品展示会から立ち去り家へと向かった。

 約二時間そして会場の四割しか見て回れなかった食品展示会だったが、マサキとネージュはタイジュグループ代表のルーネスにかけてもらった精神を安定させる抗不安薬のような魔法のおかげで食品展示会を十分に楽しむことができたのであった。
 そしてマサキとネージュが気絶している間、ダールとクレールの活躍のおかげで会場のほぼ全てのパンフレットさらに試供品も手に入れることができた。
 あとは家に帰りじっくりと作戦を練るのみである。

「ンッンッ」

 イングリッシュロップイヤーのルナはマサキが歩くたびに振動を感じ声を漏らしている。
 その何を考えているのかわからない無表情な表情からは読み取るのは難しいが、帰り際のルナも食品展示会で試食品を食べられたことに満足しているようだった。
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