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第2章:出逢い『腹ぺこな兎人ちゃんが来た編』

57 むちむちな太ももの誘惑

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 ダールが寂しげな背中を向けて去っていった翌日のこと。
 マサキたち三人は無人販売所の営業が始まる時間ギリギリに目を覚ました。そして無人販売所の営業を開始するための準備に取り掛かっている最中だ。

「家が店だし商品がいっぱいあるから営業時間ギリギリまで寝れるのマジで幸せだ。そんで営業中も寝れる。幸せだ」

「そうですね。夢に近付いてる気がしますよね。ところであれからどうなったんですかね?」

「ん? 何が?」

「昨日、腹ぺこで倒れていたダールのことですよ。ちゃんとお家に帰れましたかね?」

 ネージュはダールのことが気がかりなようだ。

「ああ、俺も少し気になってたところ……クダモノハサミ結構渡したから腹は減ってないとは思うけど……それも今日までの分しかないからな。早く仕事を見つけて生活できるようになってほしいよな」

 去り際のダールの悲しげな表情が脳裏に鮮明に浮かぶマサキ。追い返してしまった事の背徳感が募る。
 そんな時、甘いロリボイスがマサキたちの耳に届く。

「お店開けるぞー」

 クレールの声だ。
 クレールは出入り口の扉を開けようとしている。外に出て営業していることを伝える看板をクローズからオープンに変るためだ。
 クレールは扉を開けた瞬間、透明スキルを発動させた。半透明の状態で半開きの扉。そのまま姿が消えると思いきやクレールの姿は透明にはならなかった。むしろ通常の姿に戻っていく。
 そして慌てた声でマサキとネージュを呼んだのだ。

「おにーちゃん! おねーちゃん! 大変大変!」

 クレールの慌てた声が耳に届きクレール以上に慌てて駆けつけるマサキとネージュ。

「どうした!?」

 半開きの扉が風の力だけで開く。するとクレールが慌てた原因がマサキとネージュの瞳にも映った。

「え……またか……」

 店の前には昨日と同じ光景があったのだ。それは小さなウサ耳があるオレンジ色のボブヘアーの兎人族が倒れていたのだ。

「ダ、ダールだよな……」
「はい。ダールですね……」

 呆れた様子でマサキとネージュは目を合わせた。黒瞳と青く澄んだ瞳が交差する。

 髪色や髪型だけではなく昨日と同じ服装だ。むちむちの太ももが露わになっているショートパンツ。ダールで間違いない。
 店の前で倒れているダールを放っておくわけにはいかず三人でダールの体を起こし部屋へと運んだ。
 運んでいる最中にダールの腹が『ぐうぅぅぅ』と鳴る。どうやら昨日と同じように腹を空かして倒れていたようだ。

「昨日渡したクダモノハサミはどうしたんだよ? なんでこんなに腹空かしてるんだよ……しょ、しょうがない……クレール! またクダモノハサミを持ってきてくれ」

「りょーかいだぞー!」

 ダールを昨日と同じ場所に座らせクレールにクダモノハサミを持ってくるように指示したマサキ。
 お腹の虫を鳴らしていたダールは弱々しい声で「ぁ……おな……す……た……」と言っている。

「おにーちゃん。持ってきたよ!」

 クレールは小さな腕いっぱいにクダモノハサミを持ってきた。バナナとイチゴとみかんの三種類を二つずつ。合計六個で昨日と同じ個数だ。
 どうやらクレールがクダモノハサミを持てる最大の個数は六個らしい。

「おい、ダールしっかりしろ」

 マサキはダールに声をかけた。その横でクレールが持ってきたクダモノハサミの袋を開けるネージュ。甘い香りが一気に広がり部屋にいる全員の嗅覚を刺激する。

「ぁ……にい……さん……クダモノ……ハサミの……いいかおり……ッス」

「こんな状態じゃ怒ろうにも怒れないからな。とりあえず食え」

 ネージュが開けたクダモノハサミをマサキが受け取る。そしてダールにゆっくりと食べさせた。昨日と同じように一口一口ゆっくりと。
 ダールは味を楽しむ余裕がないほど体力が無く衰弱していた。これはただ体力を回復するための食事。

「ぉ……おい……し……ぃ……」

 ダールはクダモノハサミを丸々一個食べ終えた。

「……にい……さん……」

「もう大丈夫か? なんで腹を空かしてたんだ? 昨日よりも衰弱してんじゃんか。昨日のクダモノハサミはどうしたんだ? 食べなかったのか?」

「あ……えーっと……食べたッスよ……」

 ゆっくりと喋るダール。それは空腹で弱っているからなのかそれとも何かを隠して喋っているのか……
 どちらにせよ顔色は昨日よりも悪い。
 そんなダールは近くに置いてあるクダモノハサミを自分の弱った腕で手に取った。本日二個目のクダモノハサミだ。
 なかなか袋が開けられず苦戦している。それを見たネージュが苦戦するダールの代わりに袋を開ける。
 今度はマサキの補助なしで自分の手でクダモノハサミを食べ始めた。

「なんでッスかね……お腹が少し空いただけで……動けなくなっちゃったッス……」

 昨日マサキたちが助けた時、ダールの空っぽの腹に食べ物を入れた反動がきたのであろう。今まで耐えてきた空腹状態に耐えられなくなるほど胃袋が食べ物を求めてしまったのだ。

「ご馳走様ッス」

 ダールは二個目のクダモノハサミを食べ終えた。腹の虫は静かに鳴り続いている。消化が始まったのだろう。

「昨日に引き続き今日も……本当にありがとうございましたッス」

 体力が回復したのだろう。弱々しかった声からちゃんと喋れるようにまでなっていた。

「我慢せずにもっと食べてもいいぞ。また倒られても困るからな」

「いいえ。少食なので大丈夫ッス。でもまた持って帰ってもいいッスか?」

「少食って……昨日渡した量全部食べたんだろ? そんでお腹空いてたら少食とは言わないんじゃ……でもまあ、持って帰ってもいいけど……明日はもうあげないからな。これっきりだからな。これマジだぞ」

「わかってるッス。本当に感謝しても感謝しきれないッス。兄さん姉さんありがとうッス」

 ダールは置いてある残りのクダモノハサミを大事そうに抱えた。
 今日は昨日と比べるとやけに大人しい。不思議に思ったマサキはダールをじーっと見ながら思考する。

(あれ? 昨日みたいにまた雇ってくれとか言ってくるかと思ったけど……今日はやけに素直だな。それに元気もないように見える。うち以外に面接しに行って落とされたとかかな? まあ、仕事が見つからないのは不安だよな。それに金も無いんじゃもっと不安よな。助けてあげたいって気持ちはあるけど……うちはそこまで商売繁盛してないしな……今日はこのまま素直に帰ってくれるみたいだし、ダール本人がなんとか……)

「マサキの兄さん、マサキの兄さん」

 ここでダールの呼ぶ声に邪魔されてマサキの思考が止まり現実世界に意識が引き戻された。

「ん? あ? な、何?」

「なんでアタシの太ももばかりををじーっと見てるんッスか? そういう趣味なんッスか? もしかして食べた分は体で払ってことッスか。ついにアタシのナイスバディに欲情して手を出しちゃうんッスか!」

「は? な、何言ってんだよ。ちょっと考え事してたらダールのむちむちな太ももに視線がいっただけだろ」

「本当ッスか~? 今むちむちって言いましたッスよね~。それって見てたってことでいいッスよね~。それに兄さんの顔、赤いッスよ~ 考え事ってまさかいやらしいことッスか~?」

「いやらしいことなんて考えてない! 顔が赤くなったのはお前が変なこと言うからだろ。それに……誘惑するなっ!」

 調子が戻ったダールはマサキをからかう。マサキに向かって自慢のむちむちした太ももを見せつけてマサキを誘惑している。
 そんなダールの態度に先ほどまでの心配は要らぬ心配だったとマサキは後悔した。
 その後、ダールの足はマサキを捕らえ挟んだ。

「捕まえたッス!」

 マサキは両腕ごとダールの足に掴まれ身動きが取れない状態になっている。
 足でガッチリと掴まれたマサキはダールから逃げることができない。そしてむちむちの太ももの柔らかい感触が直にマサキの体を刺激し誘惑していた。

「ぁふっ……む、むちむちの……太もも……ほ、本当にむちむちしてやがる……って違う……ど、どかしてくれ……や、やめてくれ……むちむち……ぬふっ……や、柔らかい……」

「ほらほら~どうッスか~? 兄さんがじーっと見てた大好きな太ももッスよ~」

「むちむち……太ももっ……な、なんて破壊力なんだ……ってだから違う……ネ、ネージュ助けてくれー」

 いつものようにネージュとクレールに助けを求めるマサキ。しかしネージュは助けてはくれない。マサキを睨みながら頬を膨らませている。

「喜んでるじゃないですか……もう知りません。私は助けませんよ。自分でなんとかしたらどうですか。

「えぇ、なんで俺に怒ってるの? どう見ても俺が被害者だろ。ダールに怒ってくれよ。もうやばい……むちむちが俺の体を……」

「怒ってませんよ。もう知りませんから勝手にしてください」

 ネージュは完全に嫉妬しふてくされてしまっている。
 ネージュの助けに期待できないとわかったマサキはクレールに助けを求めた。

「ク、クレール助けてくれ……」

「クーは……太もももマフマフも小さいよ……だから助けられない…………だから大きくなるまで待ってて……」

「な、何言ってんの?」

 クレールは小さな手で自分のマフマフと太ももを交互に触りながら大きさを確認していた。それと同時にネージュのマフマフとダールの太ももを見ている。そして大きなため息を吐いた。
 成長途中の幼い体だ。胸や太ももが小さいのは仕方がない。むしろそっちの方が需要があるという人もいるだろう。
 そして勝てない敵に噛みつかないのがウサギの本能。クレールはそのままため息だけを吐き続けマサキを助けにはいかなかった。
 そんな状況になってからダールは誘惑をやめてニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべた。その後、マサキを太ももの誘惑から解放する。

「冗談ッスよ。冗談。アタシが兄さんと姉さんの関係を悪くするわけないじゃないッスか。アタシの太ももを見てたからちょっとだけからかってみたくなっただけッスよ。これって兎人族とじんぞくの本能ってやつッスかね」

「……兎人族の本能とかよくわからんけどマジでやめてくれ。というか太もも見てないからな! 考え事してる時に視線がたまたま太ももにいっただけだ! それに俺誘惑されるの慣れてないからパニックになる。だからもうやんないでくれ!」

「おっ、いいこと聞けたッス。でも残念ッスね。明日までには仕事を見つけて働こうと思ってるんで恩を返せる時が来るまでは、ここにはもう来ないッスから」

「お、おう。そうか。頑張って仕事見つけろよ」

「はいッス」

 ダールは太陽のように明るい笑顔を放った。

「それではアタシは仕事を探しに行ってきますッス。皆さんにはご迷惑をおかけしたッス。この恩は絶対に返しますんで待っててくださいッス。それでは行ってきますッス!」

 昨日の別れ際は悲しげな表情だった。今日は明るい笑顔で対称的だ。三人は背徳感を残すことなくダールを見送ることができるだろう。

「頑張れよー」
「頑張ってくださいねー!」
「がんばれー」

 マサキとネージュとクレールの見送りの言葉を受けたダールは笑顔で扉を閉めて店から出て行ったのだった。

「なあなあネージュ、クレール……まだ怒ってるの? 絶対俺悪く無いだろ」

「怒ってませんよ。マサキさんが無防備なのが悪いんです」

「そうだぞー。おにーちゃん無防備すぎる」

 ネージュとクレールはマサキを睨みつけながら頬を膨らましている。その姿はまるで本当の姉妹のようだ。

「いやいや……無理やり掴まれたから仕方ないでしょ……」

「もうマサキさんのことなんて知りません。勝手にしててください」

「ふんっ。クーももう知らなーい」

 ネージュとクレールはヤキモチを焼いて拗ね続けていたのだった。
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