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第2章:出逢い『透明な兎人ちゃんが来た編』

52 ショッピングモールに行こう

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 風呂場の覗き穴について一悶着あったが買い物へ行く準備を終わらせたマサキとネージュそしてクレール。
 マサキとネージュはいつものように手を繋ぎ外へと出る。その後ろをクレールは透明スキルを使い透明になりながら、あとを追う。

「姿が見えないのでちゃんと付いてきてるか心配ですね」

「見た目は子供だが意外としっかり部分もあるから大丈夫だろ」

「でも迷子にならないか心配ですよ」

「国中歩いてたんだから土地感覚くらいあるだろ。でもまあ、心配すんのはわかる。あんなに元気でうるさかったからな。音も気配も感じられないのはちょっと心配になるわな……」

 透明スキルの効果によって姿が透明になるだけではなく音も気配も遮断され存在が感じられなくなる。そのことを少しだけ心配に思う二人だった。
 そんな二人の心配を解決させるかのように透明の姿のクレールはマサキに抱き付いた。

「いきなり腰が重く……透明で見えないけど抱き付かれてるなこれ……幽霊は肩が重くなるって聞くけど透明人間……いや、透明兎人とうめいとじんは腰が重くなるのか……それにグリグリされてるように感じる」

 姿が見えなく音や気配が遮断され存在が感じられないとしても、そこにクレールは存在する。そして壁を通り抜けれないように触れればクレールの存在を認識することが可能だ。
 幽霊捕獲作戦ゴーストホイホイで透明状態のクレールをマサキが捕まえたように物理的な存在は感じられる。

「グリグリ~グリグリ~おにーちゃんの背中をグリグリ~」

 クレールはマサキが感じたように、マサキの腰あたりに抱き付き頭をグリグリとしている。ウサギなどの小動物が飼い主に対して見せる愛情表現のそれだ。
 兎人族とじんぞくという種族はウサギの血筋が混ざっている。愛情表現は本能なのだろう。さらにクレールはまだ子供だ。子供として家族に甘えているのかもしれない。
 そんなクレールは歩き辛いことを全く気にする様子はなかった。ただマサキだけが歩き辛さと腰に感じるグリグリを気になっていただけだった。

 そんなこんなで兎人族の里ガルドマンジェで一番大きなショッピングモールに到着した。
 ショッピングモールの名前は『デカモール』だ。兎人族のネーミングセンスの無さには毎回驚かされる。

 そしていつものことだがマサキたちは身を潜めている。
 ショッピングモールの正面にある大樹の裏に隠れてショッピングモールの様子を伺っているのだ。
 クレールが加わったとしても人間不信と恥ずかしがり屋の性格は治らない。顔の右半分を覆い隠すほどの大きなウサ耳を見られたくないクレールが増えて人前を避けることに対しては悪化している。

「もっと小さな服屋とかないの? 八百屋みたいなこじんまりとしたところとかさ。なんで里一番のショッピングモールなんだよ……」

「お洋服屋さんはここにしかありませんよ。だから私は新しい服を買いに来れないんですよ。そもそもお金がなくて買えませんでしたけどね」

「あ、なるほど……なんかごめん……」

 貧乏兎のネージュに服の話をして申し訳なさを感じてしまうマサキ。そして今回はクレールの服を買いに来ている。余計に罪悪感や申し訳ない気持ちがいっぱいになる。

「うぐっ……今度はネージュの服も買ってあげるからな……うぐっ」

「嬉しいですけど、それはクレールの服を買えてから言ってくださいよ。このままでは買い物すらできませんよ」

 ショッピングモールの正面にある大樹の裏に隠れてショッピングモールの入り口を見ている状況から一歩も前へ踏み出せていない。
 この状況が続けば買い物ができない。
 さらにはショッピングモールの中に入ったとしても商品を選び買い物ができるかどうかも不安材料の一つであるのだ。
 そんな時、透明だったクレールが徐々に姿を現していく。

「も、もういいよ。ありがとう。この布の服だって洗えばまだまだ使えるし……クーの服は大丈夫だぞ」

 一歩も動けずにいる二人のために気を使って言った言葉だった。その時のクレールの表情は微笑んでいた。作り笑いでもない。何も取り繕っていない純粋な笑顔だ。
 クレールは心の底から嬉しいのだ。自分のためにここまでしてくれる人に出会えたから。だから服が買えないとしてもクレールにとってはこれで満足。良い思い出ができたのである。

 しかしそんな純粋な笑顔を見せられて引き下がれないのがマサキとネージュである。むしろ背中を押してもらえた感じだ。
 姿が見えなかった分いつも通りの感覚でいたのだ。そしてボロボロの布を身に纏ったクレールの姿を黒瞳と青く澄んだ瞳に映してようやく決心がついた。

(絶対に買ってやる)
(絶対に買ってあげます)

 二人は同時に心の中でクレールに服を買ってあげると誓った。そして覚悟も決まり立ち上がった。
 マサキとネージュはお互いの顔を見たあとにクレールの顔を見て小さく頷く。
 そして同時に力強い一歩を踏み出した。まるで打ち合わせをしたかのように息ピッタリだ。

「行くぞ」
「行きます」

 無我の境地というのだろうか。周りを気にせず何も考えることなく歩き出したのだ。一歩遅れてクレールが透明の姿になり二人の後を追う。
 クレールの紅色の瞳には二人の滅多に見られないたくましい姿が映し出されていた。

「か、かっこいい……おにーちゃんとおねーちゃんがかっこよく見える……こ、これが大人ってやつなのか」

 二人の背中に惚れ惚れとするクレールだったが、それも十秒もなかった。
 マサキとネージュはショッピングモールの中に入った途端、店内の広さと明るさと兎人の多さ、そしてたくさんの声に圧巻し怖気付いてしまったのだ。
 そんな二人は入り口のすぐ横にある二階へと繋がる階段の横の奥の一番暗いところでうずくまり小刻みに震えていた。

「ガガッガガガガガガガッガガガガガガガガガッガガガガ……」
「ガタガガタガタガタガタタガタガタガタガガガガタガタ……」

 二人は上下の歯が激しく重なり合い情けない音を出していた。先ほどまでのたくましい姿は全く見られない。雨に濡れた野生の子兎が寒さに震えているように見える。

「ネージュ……やっぱり俺には無理だ……店の光が俺には眩しすぎて……頭がクラクラする……目眩が……吐き気
 が……体の震えが止まらないガッガガガガガガガガッガガ……」

「ガタガガタガタガタガタタガタガタガタガガガガタガタ……」

 体を寄せ合い震える二人。その様子を呆れた表情で透明になっているクレールが見ていた。

「クーより重症じゃん……」

 そんな一言を溢したあと辺りを見渡し誰もいないことを確認してからゆっくりと姿を現す。

「やっぱりもう大丈夫だよ。ありがとう。帰ろうよ……」

 震える二人にかけた言葉だ。クレールにとってはこれでも十分すぎるほど幸せを感じている。
 それでも震えるマサキとネージュは首を横に振った。そして震える体を無理やり動かすネージュ。左手でマサキを引っ張りながら階段の方へと向かっていく。
 そのまま階段の手すりにしがみつきながら階段を上ろうとする。
 その情けない姿で階段を上っている方が、周りからの目が痛いような気がするが、二人はもう平常心ではいられなかった。

 必死に階段を上った先には可愛らしい女の子の服がずらりと並んでいるアパレルショップがあった。ちょうどクレールのような美少女に似合いそうな服がたくさんある。
 二階に到着してすぐにネージュは、可愛らしい服が並ぶアパレルショップを指差しながら何かを話し出した。

「ガタガタタガタガタガタタガタガタガタタガタガタタ……」

 震える口からは上下の歯がぶつかる音しか聞こえない。しかしその言葉をマサキが通訳するかのようにクレールに伝え始めた。

「……わ、私たちはここで待ってるから服を選んできてください……とネージュは言っている……お、俺も賛成だ。ク、クレール……ゆ、ゆっくりと服を選んでこいっ」

 透明になっているクレールがどこにいるかわからないがマサキは的確にクレールのいる場所に向かって真っ青になった顔を向けながら伝えた。
 その後、二人は階段を上った先に設置されている木製のベンチに腰をかけた。
 堂々と真ん中に座るのではなく壁側の端っこに座ったのだった。

「ガガッガガガガガガガガガガガガガッガガガッガガガガ……」
「ガタガガタガタガタガタタガタガタガタガガガガタガタ……」

 ベンチに座る二人は抱き合いながら震えている。
 はたから見れば抱き合うラブラブのカップルにしか見えない。そして小刻みに震えているせいでイヤらしいことをしているようにも見えてしまう。
 そんな誤解は二人にとっては日常茶飯事。一刻も早くショッピングモールから出たいという気持ちで頭がいっぱいだ。

 一切動く気がない二人を見てクレールはネージュの言葉通りに服を選びに行った。
 クレール自身も誰にはウサ耳を見られたくないという事情がある。なので服を選ぶ際も透明のままなのである。
 透明状態で服を選んでいるところを店員や他の客などに見られた場合、ポルターガイスト現象だと思われて怖がられてしまうだろう。
 そうならないように派手な動きは控えてなるべく触らずに服を選んでいる。

「ふっふっふっふっふ~ん。これも可愛いし、これも可愛い。でもクーに似合うのかな?」

 買い物をしたことがないクレールは鼻歌を歌いながら純粋にショッピングを楽しんでいた。
 透明になれるクレールは服などに興味がなかった。だからボロボロの布を着ているのだ。そして生きるために食べ物を盗むのに精一杯だったのだ。服よりも食。
 そんな生活が染み付いていたからこそ初めてのショッピングに心を躍らせて自然と鼻歌を歌ってしまっているのだ。

「なんか不思議。クーが買い物を楽しむだなんて。ふふっ」

 クレールは感じている。盗むのとはまた別の感覚を。
 お金を払って購入するのだ。そしてそれは自分のお金ではなく家族と呼べるほどの二人のお金だ。
 二人が一生懸命に働く姿を見ていたクレールはショッピングを楽しみながらも適当には選べないと心の底で思っていた。

「こんな機会を作ってくれてありがとう。おにーちゃん。おねーちゃん」

 だからこそクレールは一生大切にするという気持ちで自分に合う服を楽しみながら探すのであった。
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