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第1章:異世界生活『無人販売所を作ろう編』

20 洞窟の調査隊

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 日が暮れ始めた頃、過呼吸になってしまったネージュはゆっくりと歩けるまで体力が回復していた。

「暗くなっちゃいますのでそろそろ帰りましょう。レーヴィルさんならきっとわかってくれますよ……」

「……だな。立てるか? ゆっくりでいいからな。よいっしょ」

 繋いだ手は離さないと決めているので肩を貸すことができない。なので抱き抱えるような体勢でネージュを立たせたマサキ。
 立ちくらみのような感覚をネージュは味わうが、なんとか立つことに成功。あとはゆっくりと歩きながら帰るだけだ。
 そんなとき、二人を心配する優しく静かな声が二人の耳に届いた。

「あら。がこんなところで…………って彼女さん大丈夫?」

 二人に声をかけたのは、紫色の派手な髪色をした兎人族とじんぞくのおばあさんだ。
 紫色の大きなウサ耳が立っており顔はシワとシミが多い。そして洞窟の中を探検するかのような探検服に身をまとっている。
 六十代後半くらいのおばあさんだが体幹はしっかりしていて健康的でアクティビティな体つきをしていた。
 その姿から野生のウサギでよく知られるニホンノウサギ、アナウサギ、モリウサギなどの種類をマサキは連想した。

 そしていきなり声をかけられた事に驚いた二人は抱き合いながら小刻みに震え始めた。
 ただでさえ他人に恐怖心を抱く二人だ。背後からの声に怯えないわけはない。

「ガガッガガッガッガガッガガガガガッガッガッガッガガガガガッガッガ……」
「ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガク……」

「あら。そんなに怯えないでちょうだい。アタシお腹はデカイけど取って食べようなんてしないわよ。ホホホホッ」

 震える二人に冗談を交えて会話を続ける兎人族のおばあさん。さすがおばあさんだ。心の距離の近付き方を知っている。
 しかしそんな一般人を攻略する心の距離の近付き方では二人は動じない。むしろ『なんで初対面でこんなに笑ってるんだ』と不信に思い怯えるのだった。

「ガガッガガッガッガガッガガガガガッガッガッガッガガガガガッガッガ……」
「ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガク……」

「ん~。まずは自己紹介からかしらね。アタシの名前はロシュ・ミネラルよ。兎人族の洞窟ロティスールを毎日調査しているの。今日は調査というよりもなんだけどね。ホホホホッ」

 自己紹介をしたロシュの背中には大きなリュック。靴は探検用に作られたであろう大きなブーツ。そして左手には岩を砕き鉱石を探すための大きなピッケルを持っている。
 そんな重装備な探検服からして洞窟の調査だとひと目でわかる。

(ロシュさんが洞窟の調査をしに来たってのは見た目でわかった。それに鉱石の採取って俺たちと同じ目的じゃんかよ。これはチャンスか? チャンスなのか? お願いしたら俺たちが欲しい鉱石も採ってきてくれるかもしれない。いや、虫が良すぎるか。見ず知らずの相手のために鉱石を採ってきてくれるわけがない。そもそもなんでこんな時間から洞窟の調査なんだ?)

 人間不信なマサキは何かと人を疑う性格だ。ロシュに対して些細な疑問が浮かんでいた。それが表情にまで出てしまいロシュに見抜かれる。

「なんか不思議そうな顔してるわね。こんな時間に洞窟の調査? って顔してるわね」

 ギクッとしてしまい図星だとロシュにバレるマサキ。そんなマサキを見てホホホホッと笑いながら話を続けた。

「鉱石は暗くなればなるほど採取できる確率が上がるのよ。なんでなのか不思議よね。まあその調査も兼ねての鉱石採取なんだけどね」

 マサキの疑問が一つ解決した。
 兎人族の洞窟ロティスールでは暗くなればなるほど鉱石を採取できる確率が上がるらしい。これもこの洞窟を作った兎人族の神様の魔法の影響なのである。
 それを知らない兎人族の探検隊チームは毎日、兎人族の洞窟ロティスールに調査のために来ているのだ。

「それじゃアタシは兎人族の洞窟ロティスールの調査を始めるわ。アナタたち気をつけて帰りなさいよ。ホホホホッ」

 ロシュは調査のために歩き出した。洞窟の入り口に向かって一歩ずつ進んでいく。
 その後ろ姿はたくましい。二人が挑むのを辞めた恐怖の洞窟に一人で立ち向かっていくのだ。その姿は戦士や勇者のように見える。

「ま、待って!」

 マサキは勇者のように見える背に向かって呼びかけた。勇者のようなにたくましい後ろ姿に何かを感じたのだろう。呼びかけた言葉はマサキ自身も困惑するほど突然出た言葉だった。
 そのままマサキは震えながら左手でポケットを探る。そしてポケットから取り出したのは四つ折りにされた白い紙だ。この紙にはレーヴィルに頼まれているノコギリの材料が書かれている。
 その紙をロシュに渡すように差し伸ばした。

「ん? 何かしら? メモね…………なるほど。ここに書かれている鉱石が欲しいのね。それで採取できなくて困っているのね」

 メモを受け取ったロシュはすぐに理解した。この怯え震える二人は洞窟の中に入れなくて欲しい鉱石を採取できずに困っているのだと。
 二人は言いたい事に気付いてくれたロッシュに激しく上下に頭を振り頷いた。頷くタイミングはほぼ一緒。機械のように正確な動きだ。

「いいわ。何かの機会ですし鉱石採ってきてあげるわよ。なんだか孫ができた気分だわ。母性本能いや、婆ちゃん本能がくすぐられるわ。ホホホホッ」

 ロシュは二人の頭を右手で交互に撫でまくった。まるで孫を甘やかすおばあちゃんのように。
 撫でられている二人は抵抗する事なく撫でられ続けた。

「それじゃアナタたちの住所を教えてちょうだい。鉱石を採ったら持っていくわ」

 さらに優しい言葉をかけるロシュおばあちゃん。しかし二人は首を横に振った。家にまで持ってきてもらうのはさすがに迷惑をかけすぎていると思ったのだ。
 そして二人は小刻みに震えている以上、自分の家の住所を言えるはずがない。

「あらそう? でも今から兎人族の洞窟ロティスールに入ると六時間くらいは出てこないわよ。アナタたちそんなに待てないでしょ?」

 ロシュも二人を気遣ってくれている。そもそもネージュは体力を回復したからといっても万全の状態じゃない。家に帰り休むべきだ。マサキもそれは充分承知。しかしネージュは震えながらも首を横に振り続ける。

「ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガ……」

「ま、ま、ま、待ちます……ガッガガガッガガガガ……」

 ネージュの気持ちを代弁して震える声でマサキが答えた。またとっさに出た言葉だったがロシュに気持ちは届いた。

「わかったわ。でも無理しないことね」

 再び二人の頭を撫でるロシュ。

「それじゃあアタシは孫たちのためにも素早く鉱石を採取してきちゃうわ! ホホホホッ」

 ロシュは右腕で力こぶを作りマッチョポーズでやる気を表現した。丈夫な探検服が盛り上がり破けるのではないかと思うほどの力こぶだ。そんなマッチョポーズに二人は圧倒された。
 そしてロシュは再び洞窟目指して歩き出した。

 先ほどまでは勇者に見えた後ろ姿だったが今は女神のように見える。諦めていた鉱石が手に入るかも知れないのだ。女神や神様のように見えるのは当然かもしれない。
 そのままロシュは洞窟の中へと入っていった。女神のような背中が見えなくなるまで二人は見届けた。

「ノコギリの材料はなんとかなりそうでよかったよ。でもネージュ、本当に大丈夫か? あまり無理すんなよ」

「もう体は大丈夫です。なんだがロシュさん見てたら元気が出ました」

 ロシュを真似て右腕で力こぶを作るネージュだったが白くて細い腕からは力こぶは現れなかった。その姿に少しだけ安堵するマサキ。
 そのまま二人は先ほどまでのように再び座り始めた。今度は互いが互いに体重をかけてお互いが背もたれのような状態になっている。

「本来なら相手を信じられずにさ、ここで待つって選択をしてたと思うんだけど、迷惑をかけたくないって気持ちでここで待ってる自分がいるんだよな。ネージュに会うまでの自分だったら考えられないわ。なんか不思議な感覚」

「私もですよ。私も本当だったら待ってるのが恥ずかしくて家に帰ってたと思いますよ。それで家に届けてくれても恥ずかしさから感謝の言葉をかけることもできなかったと思います。そもそも恥ずかしくて声すらかけれなかったと思いますけどね」

 人間不信のマサキと恥ずかしがり屋のネージュ。
 性格に難ありな二人だが共に生活をしていくうちに二人は成長していたのだ。少しずつ少しずつマイナスな心がプラスに向かってゼロ時点に戻ろうとしている。

「俺たち知らないうちに成長してたのかもしれないな……」

「そうですね。今日のマサキさんいつもよりもですよ」

「え? 今なんて? 聞き間違いか? って聞こえたような」

「いいえ。そんなこと言ってませよ。もう一度言ってと言われても恥ずかしいので言いませんからね」

 顔を赤らめるネージュともう一度かっこいいと言って欲しいがために聞こえてなかったフリをするマサキだった。
 その後、マサキは静かな風を浴びながら感傷に浸り始めた。

「もしもネージュと会わなかったらこんな感じで一人で野宿してたのかな。雨の日も、風の日も、雷の日も、雪の日も……」

「……どうですかね。ずる賢いマサキさんならなんとかなりそうですけどね」

「あはは。それはどうも。でもさ一人だったら余計に心が腐ってさ……辛くて苦しくて毎日泣いてたかもしれなかったよ。でもネージュと一緒だったらこんな野宿もいいかもしれなって思っちゃった」

「ふふっ。そうですね。二人なら楽しいですね」

 二人は日が薄暗い空を見上げながら他愛もない話を続けた。ロシュが戻ってくるのを待ちながら話を続けたのだった。
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