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第1章:異世界生活『無人販売所を作ろう編』
19 兎人族の洞窟ロティスール
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道具屋のレーヴィルにノコギリの材料を調達するように頼まれた……否、脅されたマサキとネージュは、兎人族の洞窟の入り口まで来ていた。
「洞窟の入り口って薄暗くて怖ぇーな。ダンジョンじゃんかよ。異世界らしいっちゃらしいけど……」
洞窟の入り口はジメジメとしていて薄暗い。
洞窟の奥に灯りが続いているのが見えるが恐怖が手招きしているようにしか思えないほど怪しげな灯りだとマサキは感じている。
「けどレーヴィルさんの方が怖ぇーから入るけどさ……」
「あの鋭い剣は怖いですよね。材料を集められなかったら私たちどうなってしまうんでしょうか」
「確実にこ、こ、こ、こ、こ、殺されるな……」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
二人は洞窟の不気味さ以上に道具屋のレーヴィルに恐怖を感じていたのだ。なので洞窟に対する恐怖心が薄れ躊躇うことなく中に入ることができた。
しかし洞窟の奥へ進むにつれて二人が感じる恐怖はレーヴィルから次第に洞窟へと変わっていく。
怖いものは怖い。恐怖心から二人が繋ぐ手はいつも以上に強く握られる。そして手汗が尋常じゃないほど出ていた。
一歩。また一歩。ゆっくりと進むたびに二人の距離が縮まる。洞窟に入って数秒ほどで抱き合いながら歩く体勢へと変わっていった。
「ネージュに黙ってたんだけどさ……」
洞窟の壁際すれすれを歩くマサキは震える声で告白する。
「俺、人間不信の他にもさ、虫とか暗いところとか幽霊とかもダメなんだよね。こう見えて小心者のビビリなんだよ……」
「小心者のビビリなのは周知の事実ですよ。で、でも、き、奇遇ですね。じ、実は私も虫とか幽霊は苦手なんですよ。だからもう帰りたいです。お家のもふもふの布団の中に入りたいです」
「兎人族だから虫とかは平気かと思ってたけど、やっぱりダメだったか……」
洞窟の中央にまで歩いている事を知らない二人はお互いに抱き合い恐怖を和らげようとするも、自分と同じくらいに小刻みに震えている相手から恐怖心が伝染してしまう。この場合抱き合うのは逆効果なのだ。
「ちなみになんだけど、ここの洞窟って魔獣みたいなのって出てこないよな? 大丈夫だよな? 平和な世界だもんな?」
「兎人族の洞窟というか兎人族の里には魔獣はいないはずです。聖騎士団が退治してくれるので」
「聖騎士団か」
「で、でも……」
「……でも?」
そこでネージュの言葉が止まった。その後、ネージュの首はゆっくりとマサキがいる壁側へと向く。ゆっくりゆっくりと首が動き止まった。
そして次に動いたのは青く澄んだ瞳だ。だんだんと視線はマサキの横の壁へと向いていった。
その視線が気になりマサキもネージュの視線の先へ首をゆっくりと動かしながら向いた。
マサキとネージュ。お互いの視線がある物に一致した瞬間、二人は腹の底から悲鳴を上げた。
「ギィヤァアアアアアァアア!」
悲鳴を上げた二人は同時に物凄いスピードで走り出した。そのまま来た道を戻って洞窟の入り口から外へと飛び出し地面に激しく転がった。
転がった二人だが手は繋いだままだ。
「はぁ……はぁ……デ、デカい蜘蛛さんがいましたよ……はぁ……はぁ……こ、怖かったです」
「なんだあれは、ぜぇ……はぁ……タランチュラかよ。ぜぇ……はぁ……あんなに大きな蜘蛛初めて見たわ。怖すぎる……怖すぎる……」
二人が見たのは蜘蛛の魔獣タラテクトだ。体長五十センチほどのタラテクト。
虫嫌いな二人にとって足の本数が多かったり、体毛がウジャウジャと生えていたり、気色の悪い動きをする虫ほど恐怖を感じるものはない。
ましてやその虫が大きいのだから恐怖はさらに倍増だ。
「はぁ……はぁ……もう無理。もう無理。蜘蛛がいるなんて聞いてねぇーよ。蜘蛛のせいでノコギリの材料なんて集めらんねぇーよ…………ってなんだこれ。柔らかい土だな。いや本当に土か? 柔らかすぎる……」
地面に転がり倒れているマサキは左手に柔らかい感触を感じていた。マシュマロのように柔らかい感触。否、それ以上に柔らかい感触だ。
マサキはネージュの下敷きになっている。なので起き上がらなければ左手の感触の正体を確認できない。そんな体制で倒れてしまっているのだ。
マサキは左手の感覚だけで触っているものの正体を当てようとしている。
(こんなにダッシュで逃げてきたのに右手はネージュの手と繋がれたまま。流石に俺たち重症だな。でも今はそんなことよりも左手の柔らかくて気持ちいぷにぷにの感触がなんなのか知りたい。起き上がらなきゃ確認できないもどかしさ。痒いところに手が届かない感覚だ。でも待てよ。ここの地面ってこんなに柔らかいのか? 俺の背中で感じてる地面は硬いぞ。それとも他に柔らかいものがあってそれを揉んでいるってことなのか? うむ。わからん。とりあえず気持ちいから揉み続けよう)
目を閉じひたすら揉み続けるマサキ。揉めば揉むほど正体がわからなくなる。そんな険しい表情のマサキに冷たく静かな声が耳元から聞こえてきた。
この状況からしてマサキの上で倒れているネージュの声だ。マサキの耳元に顔がある時点でネージュの冷たくて静かな声で間違いない。
「マサキさん。いい加減にしてください」
「え? 何が? なんで怒ってるの………………ってまさか……」
「……そのまさかですよ!」
ネージュの冷たく静かな声は激しく怒りの声へと変化した。その変化から揉んでいるものの正体がわかってしまったマサキ。すぐさま左手を離し言い訳という名の謝罪を開始する。
「あ、あのネージュさん。こ、これはですね。そ、そのー、不可抗力からの乳揉み、いや、マフ揉みでしてですね。そのー、えーっと、わざとじゃないんですよ。だから許してください」
「そんなこと知りません!」
ネージュは顔を赤らめながら右手でビンタをした。一回、二回、三回と揉まれた数だけビシバシと往復ビンタ。おまけも含めて計三十回ほどの往復ビンタをかましたのだった。
「す、すびませんでじた。もう二度とネージュ様のマフマフは揉みませんのでお許しください」
頬を赤く膨らませたマサキは頭を地面に擦り付けながら謝罪をする。これでもかというくらい誠意のこもった謝罪だ。
「当たってしまったのならともかく揉みすぎですよ。まったく……」
「はい。深く深く反省しております」
滅多に喧嘩しない二人だが今のように時々喧嘩することがある。その喧嘩の原因はいつもマサキのラッキースケベという名の乳揉み、マフマフ揉みが原因だ。
共同生活を始めたり、手を繋ぎ距離が近くなった分、ラッキースケベの確率が増えてしまうので仕方がないといえば仕方がないのだが、今回はマサキがすぐにネージュのマフマフだと気付かなかったのが悪い。
そんな二人だが、蜘蛛の魔獣タラテクトから猛スピードで逃げる時も、胸を揉まれて喧嘩をしている時でも、繋いだ手は一度も離さなかった。
「でもどうしましょう。あんなデカい蜘蛛さんがいたら兎人族の洞窟に入れないですよ」
「だ、だよな。洞窟の中の灯りのおかげで暗くなかったのは良かったけど、見たくない蜘蛛まで、くっきりとハッキリと見えたからな。多分俺、目があった。だから怖くてもう入れん……無理だ……」
「でもノコギリの材料を集めてこないとレーヴィルさんに何されるかわかりませんよ」
「ああ、蜘蛛もレーヴェルさんもどっちも怖いよ。もう無理。怖すぎる。恐怖のサンドイッチだよ……うぅ……」
二人はこの数時間で様々な恐怖体験をしすぎてしまい心臓がキュッと小さくなる感覚に襲われていた。
そして恐怖を感じるたびに精神的疲労が蓄積される。その分、肉体にも影響があり疲れやすい体になっていた。
それでも洞窟の中へ行くしかない。泣きそうな顔になりながら二人は立ち上がり重たい体で一歩ずつゆっくりと進んだ。
そして十歩ほどで兎人族の洞窟の薄暗い入り口に到着。先ほど躊躇なく入った入り口だが体と心が入るのを拒んでいる。
手を繋いでいる二人だが勇気が出ずに一歩も動けない。そのくせ体は小刻みに震えるばかりだ。
もともと精神的に弱い二人だ。こうなってしまったら洞窟に入るのは困難。先ほど洞窟の中央までいけたのが不思議なくらいだ。
「部屋にゴキが出たときとは比べ物にならないくらいの恐怖だ。むしろゴキが可愛く思えてきた」
「はぁ……はぁ、マサキさん。もう私、はぁ……はぁ、兎人族の洞窟に入れません。怖すぎて、はぁ……呼吸が……」
「お、おい。落ち着けネージュ。大丈夫か。もういい。無理すんな。ちょっと休むぞ」
「はぁ……はぁ、は、はい……はぁ……はぁ……」
あまりの恐怖で過呼吸になってしまったネージュはマサキに体重を預けた。
二人はゆっくりと歩き、洞窟から離れて地べたに座り込んだ。背もたれになるような木や岩がないためマサキが全力でネージュの背もたれになっている。
これはネージュの体力が戻り呼吸が整うまでの一時的な休息だ。この後ネージュの体力が戻ったとしても二人は洞窟の中へはもう入れないだろう。
このままノコギリの材料を調達することなく家に帰るつもりでいる。こうなってしまったのならやむを得ない選択だ。
「しっかりしろ。ゆっくり呼吸するんだぞ。水は飲むか?」
優しく声をかけるマサキ。
ネージュが持っているラタン製のバスケットの中には水筒のような物が入っている。その水筒の中に湧水から取った飲み水が入っているのだ。
なので水筒を取り出すために繋いだ手を離そうとするマサキだったがネージュは手を離そうとはしなかった。
「水筒取るから手を離すぞ……」
「はぁ……はぁ……」
マサキの問いに、呼吸が乱れているネージュは首を横に振った。水筒を拒否したのではなく手を離す事を拒否したのだ。
「……わかった。とりあえず落ち着くまで安静にしてろ。そんで水が飲みたくなったら言ってよ。左手でも取れるだろうからさ」
「……はぁ……はぁ、ご、めんな……さい……」
不甲斐ない姿を見せてしまったネージュはマサキに謝る。自分のせいでノコギリの材料が調達できなくなってしまったと考え込んでしまったのだ。
「謝ることなんてないぞ。ノコギリの材料なんかよりもネージュの体の方が大事だからな。自分のことだけ考えてなよ。それにこうならなくても俺はもう洞窟の中に入れなかっただろうからさ。だからネージュは何一つ悪くない」
マサキの優しい言葉を耳元で聞いたネージュは体力を回復させるために目を閉じた。そして繋いだ手のを強く握って返事をした。
それが「ありがとう」という感謝の返事なのだとマサキは直感した。繋いだ手から気持ちが伝わったのだ。
ネージュの体力が回復するまでのしばらくの間、二人は洞窟の入り口の正面で休んだのだった。
「洞窟の入り口って薄暗くて怖ぇーな。ダンジョンじゃんかよ。異世界らしいっちゃらしいけど……」
洞窟の入り口はジメジメとしていて薄暗い。
洞窟の奥に灯りが続いているのが見えるが恐怖が手招きしているようにしか思えないほど怪しげな灯りだとマサキは感じている。
「けどレーヴィルさんの方が怖ぇーから入るけどさ……」
「あの鋭い剣は怖いですよね。材料を集められなかったら私たちどうなってしまうんでしょうか」
「確実にこ、こ、こ、こ、こ、殺されるな……」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
二人は洞窟の不気味さ以上に道具屋のレーヴィルに恐怖を感じていたのだ。なので洞窟に対する恐怖心が薄れ躊躇うことなく中に入ることができた。
しかし洞窟の奥へ進むにつれて二人が感じる恐怖はレーヴィルから次第に洞窟へと変わっていく。
怖いものは怖い。恐怖心から二人が繋ぐ手はいつも以上に強く握られる。そして手汗が尋常じゃないほど出ていた。
一歩。また一歩。ゆっくりと進むたびに二人の距離が縮まる。洞窟に入って数秒ほどで抱き合いながら歩く体勢へと変わっていった。
「ネージュに黙ってたんだけどさ……」
洞窟の壁際すれすれを歩くマサキは震える声で告白する。
「俺、人間不信の他にもさ、虫とか暗いところとか幽霊とかもダメなんだよね。こう見えて小心者のビビリなんだよ……」
「小心者のビビリなのは周知の事実ですよ。で、でも、き、奇遇ですね。じ、実は私も虫とか幽霊は苦手なんですよ。だからもう帰りたいです。お家のもふもふの布団の中に入りたいです」
「兎人族だから虫とかは平気かと思ってたけど、やっぱりダメだったか……」
洞窟の中央にまで歩いている事を知らない二人はお互いに抱き合い恐怖を和らげようとするも、自分と同じくらいに小刻みに震えている相手から恐怖心が伝染してしまう。この場合抱き合うのは逆効果なのだ。
「ちなみになんだけど、ここの洞窟って魔獣みたいなのって出てこないよな? 大丈夫だよな? 平和な世界だもんな?」
「兎人族の洞窟というか兎人族の里には魔獣はいないはずです。聖騎士団が退治してくれるので」
「聖騎士団か」
「で、でも……」
「……でも?」
そこでネージュの言葉が止まった。その後、ネージュの首はゆっくりとマサキがいる壁側へと向く。ゆっくりゆっくりと首が動き止まった。
そして次に動いたのは青く澄んだ瞳だ。だんだんと視線はマサキの横の壁へと向いていった。
その視線が気になりマサキもネージュの視線の先へ首をゆっくりと動かしながら向いた。
マサキとネージュ。お互いの視線がある物に一致した瞬間、二人は腹の底から悲鳴を上げた。
「ギィヤァアアアアアァアア!」
悲鳴を上げた二人は同時に物凄いスピードで走り出した。そのまま来た道を戻って洞窟の入り口から外へと飛び出し地面に激しく転がった。
転がった二人だが手は繋いだままだ。
「はぁ……はぁ……デ、デカい蜘蛛さんがいましたよ……はぁ……はぁ……こ、怖かったです」
「なんだあれは、ぜぇ……はぁ……タランチュラかよ。ぜぇ……はぁ……あんなに大きな蜘蛛初めて見たわ。怖すぎる……怖すぎる……」
二人が見たのは蜘蛛の魔獣タラテクトだ。体長五十センチほどのタラテクト。
虫嫌いな二人にとって足の本数が多かったり、体毛がウジャウジャと生えていたり、気色の悪い動きをする虫ほど恐怖を感じるものはない。
ましてやその虫が大きいのだから恐怖はさらに倍増だ。
「はぁ……はぁ……もう無理。もう無理。蜘蛛がいるなんて聞いてねぇーよ。蜘蛛のせいでノコギリの材料なんて集めらんねぇーよ…………ってなんだこれ。柔らかい土だな。いや本当に土か? 柔らかすぎる……」
地面に転がり倒れているマサキは左手に柔らかい感触を感じていた。マシュマロのように柔らかい感触。否、それ以上に柔らかい感触だ。
マサキはネージュの下敷きになっている。なので起き上がらなければ左手の感触の正体を確認できない。そんな体制で倒れてしまっているのだ。
マサキは左手の感覚だけで触っているものの正体を当てようとしている。
(こんなにダッシュで逃げてきたのに右手はネージュの手と繋がれたまま。流石に俺たち重症だな。でも今はそんなことよりも左手の柔らかくて気持ちいぷにぷにの感触がなんなのか知りたい。起き上がらなきゃ確認できないもどかしさ。痒いところに手が届かない感覚だ。でも待てよ。ここの地面ってこんなに柔らかいのか? 俺の背中で感じてる地面は硬いぞ。それとも他に柔らかいものがあってそれを揉んでいるってことなのか? うむ。わからん。とりあえず気持ちいから揉み続けよう)
目を閉じひたすら揉み続けるマサキ。揉めば揉むほど正体がわからなくなる。そんな険しい表情のマサキに冷たく静かな声が耳元から聞こえてきた。
この状況からしてマサキの上で倒れているネージュの声だ。マサキの耳元に顔がある時点でネージュの冷たくて静かな声で間違いない。
「マサキさん。いい加減にしてください」
「え? 何が? なんで怒ってるの………………ってまさか……」
「……そのまさかですよ!」
ネージュの冷たく静かな声は激しく怒りの声へと変化した。その変化から揉んでいるものの正体がわかってしまったマサキ。すぐさま左手を離し言い訳という名の謝罪を開始する。
「あ、あのネージュさん。こ、これはですね。そ、そのー、不可抗力からの乳揉み、いや、マフ揉みでしてですね。そのー、えーっと、わざとじゃないんですよ。だから許してください」
「そんなこと知りません!」
ネージュは顔を赤らめながら右手でビンタをした。一回、二回、三回と揉まれた数だけビシバシと往復ビンタ。おまけも含めて計三十回ほどの往復ビンタをかましたのだった。
「す、すびませんでじた。もう二度とネージュ様のマフマフは揉みませんのでお許しください」
頬を赤く膨らませたマサキは頭を地面に擦り付けながら謝罪をする。これでもかというくらい誠意のこもった謝罪だ。
「当たってしまったのならともかく揉みすぎですよ。まったく……」
「はい。深く深く反省しております」
滅多に喧嘩しない二人だが今のように時々喧嘩することがある。その喧嘩の原因はいつもマサキのラッキースケベという名の乳揉み、マフマフ揉みが原因だ。
共同生活を始めたり、手を繋ぎ距離が近くなった分、ラッキースケベの確率が増えてしまうので仕方がないといえば仕方がないのだが、今回はマサキがすぐにネージュのマフマフだと気付かなかったのが悪い。
そんな二人だが、蜘蛛の魔獣タラテクトから猛スピードで逃げる時も、胸を揉まれて喧嘩をしている時でも、繋いだ手は一度も離さなかった。
「でもどうしましょう。あんなデカい蜘蛛さんがいたら兎人族の洞窟に入れないですよ」
「だ、だよな。洞窟の中の灯りのおかげで暗くなかったのは良かったけど、見たくない蜘蛛まで、くっきりとハッキリと見えたからな。多分俺、目があった。だから怖くてもう入れん……無理だ……」
「でもノコギリの材料を集めてこないとレーヴィルさんに何されるかわかりませんよ」
「ああ、蜘蛛もレーヴェルさんもどっちも怖いよ。もう無理。怖すぎる。恐怖のサンドイッチだよ……うぅ……」
二人はこの数時間で様々な恐怖体験をしすぎてしまい心臓がキュッと小さくなる感覚に襲われていた。
そして恐怖を感じるたびに精神的疲労が蓄積される。その分、肉体にも影響があり疲れやすい体になっていた。
それでも洞窟の中へ行くしかない。泣きそうな顔になりながら二人は立ち上がり重たい体で一歩ずつゆっくりと進んだ。
そして十歩ほどで兎人族の洞窟の薄暗い入り口に到着。先ほど躊躇なく入った入り口だが体と心が入るのを拒んでいる。
手を繋いでいる二人だが勇気が出ずに一歩も動けない。そのくせ体は小刻みに震えるばかりだ。
もともと精神的に弱い二人だ。こうなってしまったら洞窟に入るのは困難。先ほど洞窟の中央までいけたのが不思議なくらいだ。
「部屋にゴキが出たときとは比べ物にならないくらいの恐怖だ。むしろゴキが可愛く思えてきた」
「はぁ……はぁ、マサキさん。もう私、はぁ……はぁ、兎人族の洞窟に入れません。怖すぎて、はぁ……呼吸が……」
「お、おい。落ち着けネージュ。大丈夫か。もういい。無理すんな。ちょっと休むぞ」
「はぁ……はぁ、は、はい……はぁ……はぁ……」
あまりの恐怖で過呼吸になってしまったネージュはマサキに体重を預けた。
二人はゆっくりと歩き、洞窟から離れて地べたに座り込んだ。背もたれになるような木や岩がないためマサキが全力でネージュの背もたれになっている。
これはネージュの体力が戻り呼吸が整うまでの一時的な休息だ。この後ネージュの体力が戻ったとしても二人は洞窟の中へはもう入れないだろう。
このままノコギリの材料を調達することなく家に帰るつもりでいる。こうなってしまったのならやむを得ない選択だ。
「しっかりしろ。ゆっくり呼吸するんだぞ。水は飲むか?」
優しく声をかけるマサキ。
ネージュが持っているラタン製のバスケットの中には水筒のような物が入っている。その水筒の中に湧水から取った飲み水が入っているのだ。
なので水筒を取り出すために繋いだ手を離そうとするマサキだったがネージュは手を離そうとはしなかった。
「水筒取るから手を離すぞ……」
「はぁ……はぁ……」
マサキの問いに、呼吸が乱れているネージュは首を横に振った。水筒を拒否したのではなく手を離す事を拒否したのだ。
「……わかった。とりあえず落ち着くまで安静にしてろ。そんで水が飲みたくなったら言ってよ。左手でも取れるだろうからさ」
「……はぁ……はぁ、ご、めんな……さい……」
不甲斐ない姿を見せてしまったネージュはマサキに謝る。自分のせいでノコギリの材料が調達できなくなってしまったと考え込んでしまったのだ。
「謝ることなんてないぞ。ノコギリの材料なんかよりもネージュの体の方が大事だからな。自分のことだけ考えてなよ。それにこうならなくても俺はもう洞窟の中に入れなかっただろうからさ。だからネージュは何一つ悪くない」
マサキの優しい言葉を耳元で聞いたネージュは体力を回復させるために目を閉じた。そして繋いだ手のを強く握って返事をした。
それが「ありがとう」という感謝の返事なのだとマサキは直感した。繋いだ手から気持ちが伝わったのだ。
ネージュの体力が回復するまでのしばらくの間、二人は洞窟の入り口の正面で休んだのだった。
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