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第1章:異世界生活『無人販売所を作ろう編』
18 道具屋に行こう
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二人は手を繋ぎながら道具屋を目指した。手を繋いでいる間は安心からか周りの目がいつもよりは気にならなくなる。
そして二人だけの世界に入り込みリラックスした気持ちで兎人族の里を歩くことができるのだ。
そんな二人の目の前には今にも潰れそうな道具屋がある。もちろん道具屋の建物も大樹だ。
看板は文字が欠け斜めに傾いている。扉は半開き状態でもはや閉店したかと思うくらいだ。そして外からでもわかるほど店内は暗い。
「ほ、本当にここ営業してんのか? 真っ暗だぞ。蜘蛛の巣も張ってるし……」
右手でネージュの左手を繋ぐマサキが不安そうな表情で言った。その問いに自信なさげに頷くネージュ。
「とりあえず入ってみましょう」
「そうだな」
息を合わせて同時に歩き出す二人。そして半開きの扉に手をかけてゆっくりと中に入っていく。
店内に入ると外の明かりが届かずさらに暗くなる。
「誰もいない。うわ、錆びてる。汚ねぇ。本当に営業してんのかよ。お化け屋敷みたいだな」
「随分とボロボロですね。これじゃ売れるものも売れませんよね」
本当に営業しているのか不安になるほど商品は錆びれていた。
しかしその不安をかき消すほどの元気で明るく大きな挨拶が店内に響き渡った。
「いらっしゃいませー!」
その声は女性の声で店の奥のスタッフルームと思える場所から来店した二人に向かって飛ばされた。
二人とは正反対で接客に向いている明るく元気な声。その声は逆に二人を不安にさせてしまう。
「俺、さっき店の悪口みたいなの言ってなかったか? 聞こえたかな? 聞こえちゃったかな?」
「マサキさん。声大きくて聞こえたんじゃないですか? だから私たちが来たことに気付いてお店の奥から挨拶したんですよ。でももしかしたら私の声に気付いたのかもしれません……」
ガクガクブルブルと小刻みに震えながら耳打ちで会話する二人。誰もいないと思って言った店への第一印象。それが店へ対する誹謗だったことに後悔をする。
二人が震えている間に店の奥から声の主が顔を出した。
「久しぶりのお客さんですー。しかもカップルさんですかー。いや、夫婦さんかもしれませんねー。いらっしゃいませー。私はここの店主のルージュ・レーヴィルですー!」
その明るく元気な声の女性は、道具屋の店主のレーヴィルだ。
ネージュのように白い肌で緋色の瞳の兎人族。ウサ耳がちょこんと可愛らしく立っているがそんな可愛らしいウサ耳とは裏腹に男を誘惑するかのような妖艶で赤い口紅が特徴的。
現実世界でのウサギの種類で例えるのならアルビノ種の白ウサギだろう。
「お客さんー。どうして震えてるんですかー。ところで何を探しに来たんですかー?」
明るい笑顔で質問をする道具屋の店主。どうやら店に対する誹謗は聞こえていなかったようだ。
そんなレーヴィル問いに答えるためにもマサキは震えながら四つ折りにした白い紙をポケットから取り出して渡した。
この紙は不動産の時にも活用できた二人の秘策の白い紙だ。中には購入したい商品が書かれている。
「えーっとー。ノコギリとヒモと釘ですかー。ノコギリは何に使うんですかー?」
何に使うのか。そんな質問に対する秘策の紙は用意していない。購入したい商品を書いた紙だけで済むと思っていたからだ。
しかし手を繋いでいる二人は一人の時とは違う。その繋いでいる手から勇気を貰って答えることができるのだ。
「キッキッキ、キッキッ、キィイ、キ!」
歯軋りのように震えながら答えたマサキ。たった一文字『木』と答えるだけでも精一杯だ。しかしネージュと手を繋いでいなければそれすらも答えることができなかっただろう。
隣で震えるネージュは、マサキが質問に答えられたことを喜び、白くて小さな肩をマサキに何度もぶつけていた。
「あはは……震えすぎですよー。木で合ってますかー?」
呆れ笑いするレーヴィルはマサキの言いたいことをなんとか理解した。そもそもノコギリで切るものといえば木が定番だろう。
目の前で小刻み震える二人がノコギリで切りたいものが本当に『木』なのかを確かめるためにレーヴィルは聞き直した。
「木で合ってますよねー?」
聞き直されたマサキとネージュは必死に頭を上下に振った。
「木ってことは兎人族の森の木ですよねー? うちの店だとあそこの木を切れるほどのノコギリはないですよー。すみませんー」
錆びてるもんな。と、二人は同じことを同時に思ったが口には出さなかった。しかし表情には出ていたらしくレーヴィルに思っていることがバレてしまった。
「錆びてるとか思ってるんじゃないですかー?」
ギクッ
「ギクッてしてるからやっぱり思ってたんですねー」
首を必死に横に振るがもう手遅れ。レーヴィルの睨みつけるかのような緋色の瞳が震える二人をじっーと見ている。
そんなレーヴィルはため息を吐きながらノコギリの話に戻った。
「私の道具屋でダメなら兎人族の里中、いや、兎人族の国中どこを探しても見つからないと思いますよー」
「ぇ……」
それは自分の店のノコギリを過大評価しているようにも聞こえるがそうではなかった。
「だってノコギリを販売している店はここだけですからー!」
単純な話ノコギリを販売している店はレーヴィルの道具屋だけだったのだ。そうなると二人は別の国に行きノコギリを買わなくてはいけなくなってしまう。
ただでさえ緊張と不安と恐怖で会話することができない二人。他の国で他の種族を前にしてしまうと怯えすぎて最悪の場合死んでしまうかもしれない。それほど二人は重症なのだ。
そんな絶望的な未来が見えてしまった二人はその場に膝から崩れ落ちてしまった。
肩を寄せながら座り込む二人。震えは止まったがかなり落ち込んで絶望的な様子が見て取れる。
「あ、あのー大丈夫ですかー?」
心配して声をかけるレーヴィルだったが二人に彼女の声は届かなかった。
「なぁ、ネージュ。俺たちってどんだけ不幸なんだろうか。ノコギリすら手に入らないなんてな」
「社会の歯車から逃げてきた私たちですよ。もう見捨てられたんですよ。社会に……いいえ、世界に」
「だよな。もう無人販売所はカーテンで営業するしかないな。毎日客の目を気にしながらストレスを溜めて死んでいくんだ……」
ぶつぶつとネガティブ発言を繰り返す二人。
魂が天に登っていくかのように二人はどんどん白くなっていく。元々真っ白な肌のネージュでさえ白くなっていくのがわかるくらいだ。
そんな死にかけの二人を見てレーヴィルは明るい声で二人に言葉をかけた。
「材料があればお望みのノコギリを作れますよー。なんでも斬れる剣だって作れちゃいますよー。私の本業はそっちですからねー。騎士団の団長もお墨付きなんですよー」
腰に手を当てて大きな鼻息を立てながら自信満々に言ったのだった。これぞドヤ顔。
「おい。ネージュ聞こえたか。ついに俺は幻聴が聞こえてしまったよ。なんでも斬れる剣だってよ。ははは」
「はい。しっかりと幻聴が聞こえました。私たち頭がおかしくなるタイミングも同じだなんて気が合いますね」
二人はレーヴィルの言葉が幻聴だと思っている。だから耳打ちせずに小声で会話をしている。すでに絶望の道を辿っている二人はもうどうでも良くなってしまっているのだった。
「全部聞こえてるんですけど……」
そんな二人の小声は全てレーヴィルに聞こえていた。小さなウサ耳だがよく聞こえるみたいだ。
「なんでも斬れる剣は幻聴じゃないですよー。道具屋は副業で鍛冶職が本業なんですよー。だから店をほっときすぎてサビちゃったんですよー」
幻聴でも虚言でもないことを信じてもらためにレーヴィルは落ち込む二人に言葉を続けた。
道具屋は副業。本業が鍛冶職。だから店の商品が錆びる。辻褄は合っている。だがしかし、人間不信のマサキはそう簡単には信じない。
「ゼッタイニキレナイタテトカツクレルノ?」
マサキは片言でぎこちなくレーヴィルに質問をした
「はいもちろんですよー。絶対に斬れない盾ぐらい私なら作れますー」
「ほらやっぱり。それって矛盾って言うんだよな……」
絶望に打ちひしがれているマサキはレーヴィルの顔を見ず、左手で繋いでいるネージュの右手を見ながら本音を溢した。
レーヴィルに向けて言った言葉ではないので震えることなく普通に言ったのだ。だが声は小さい。
その小さな声を聞き取れるほど兎人族のウサ耳の聴覚は優れている。ただネージュのように垂れているウサ耳は小さな声を聞き取ることはできない。
しかし目の前に立つ道具屋の元気で明るい少女のウサ耳はちょこんと立っている。なのでマサキの小声を聞き取ることが可能だった。
二人が店に入ったことに気付いたのも聴力に優れている兎人族だからだ。となると入店時の店への誹謗も聞こえていることになるがそこは気にしないでおこう。
「矛盾だ矛盾。帰るぞネージュ」
「はい。マサキさん。残りの少ない人生楽しみましょう……」
立ち上がらずに床に這いつくばりながら帰ろうとする二人。もう立ち上がる気力がないのだろうか。
そんな床を這いつくばる二人の目の前、数センチのところに鋭い剣がストンッと落下。
剣は刃を全て床に突き刺している。まるで床が剣を丸呑みしたかのようだ。
そんな突然現れた剣に驚き、這いつくばっていた二人は飛び上がった。そして抱き合いながら店内の隅に逃げ込んだ。
「ひぃぃ、こ、殺される……」
「マ、マサキさんが怒らせたんですよ。だから刀を投げてきたんですよ。もう少しで当たってましたよ……」
「お、俺はただ俺の人生に嘆いてただけであってだな、怒らせるようなことは決してしてない。それにしてたとしても、あんな剣を突きつけられるようなことまではしてないって……」
「ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガク」
緊張と不安。さらに人間不信の感情と恥ずかしがり屋の感情。全てを飲み込むほどの恐怖が二人の心を蝕む。そして心が恐怖に支配されれば反射的に体が怯え震え上がる。
そのままレーヴィルは床に突き刺さった剣をすっぽりと抜いた。地面からニンジンを抜くよりも軽く滑らかに。
「どうですかー? これで証明できたましたよねー? なんでも斬れる剣の斬れ味をー」
そう。レーヴィルに殺意はこれっぽっちもない。剣を投げたのは二人に『なんでも斬れる剣』を証明したかっただけだったのだ。
矛盾についての意見は置いといて、なんでも斬れる剣と思わせるほどの斬れ味を持った剣は実在した。
「ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガク……」
店内の隅で抱き合う二人は恐怖で言葉が出ない。
「そ、そんなに怯えないでくださいー。脅かすつもりじゃなかったんですよー。ついついやりすぎちゃいましたー」
自分の頭をコツンと叩きながら舌を出すレーヴィル。ドジっ子なところを反省するその姿はまさにてへぺろだ。
可愛らしいてへぺろを見せつけられても二人は恐怖が勝ってしまい小刻みに震える体を止めることができないでいた。
そんな二人にレーヴィルはマサキが渡した四つ折りの白い紙の裏側に何やら書き始めた。その間マサキは床に頭を打ちつけながら必死に謝罪をする。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「わ、わかりましたからー。私もやりすぎましたし……そ、それでですね、木を切って何に使うかは知りませんが、この材料さえあれば兎人族の森の木を切ることができますよー」
材料のメモを書き終えたレーヴィルは小刻みに震える二人の前まで歩いていく。そして優しい声で言葉をかける。
「驚かしちゃった分と材料を取ってきてもらう分でノコギリのお代はいらないですー。だから怯えるのをやめてくださいー。ってなんで余計に震えてるんですかー!」
優しい声とニコッと笑顔のレーヴィル。
そんな姿が逆に怖く感じた二人はさらに震え上がってしまった。あんな鋭い剣を見せつけられた後だ。優しい声と笑顔は二人にとって逆効果だったのだ。
なので目の前に差し出された紙を受け取らないわけにはいかない。涙を流し震える手で材料が書かれた紙をマサキは受け取った。そして一言謝罪してレーヴィルから逃げるように店を出て行った。
「す、すびまぜんでじぃたー」
「でじだー」
震える足を精一杯動かし二人三脚でもしているかのようだ。
「兎人族の洞窟で材料が揃うから頑張ってねー!」
走って逃げる二人の背中に向かってレーヴィルが声をかけ元気に手を振った。
二人の次なる目的地は兎人族の洞窟ロティスールだ。そこでノコギリを作るための材料を集めることになった。
そして二人だけの世界に入り込みリラックスした気持ちで兎人族の里を歩くことができるのだ。
そんな二人の目の前には今にも潰れそうな道具屋がある。もちろん道具屋の建物も大樹だ。
看板は文字が欠け斜めに傾いている。扉は半開き状態でもはや閉店したかと思うくらいだ。そして外からでもわかるほど店内は暗い。
「ほ、本当にここ営業してんのか? 真っ暗だぞ。蜘蛛の巣も張ってるし……」
右手でネージュの左手を繋ぐマサキが不安そうな表情で言った。その問いに自信なさげに頷くネージュ。
「とりあえず入ってみましょう」
「そうだな」
息を合わせて同時に歩き出す二人。そして半開きの扉に手をかけてゆっくりと中に入っていく。
店内に入ると外の明かりが届かずさらに暗くなる。
「誰もいない。うわ、錆びてる。汚ねぇ。本当に営業してんのかよ。お化け屋敷みたいだな」
「随分とボロボロですね。これじゃ売れるものも売れませんよね」
本当に営業しているのか不安になるほど商品は錆びれていた。
しかしその不安をかき消すほどの元気で明るく大きな挨拶が店内に響き渡った。
「いらっしゃいませー!」
その声は女性の声で店の奥のスタッフルームと思える場所から来店した二人に向かって飛ばされた。
二人とは正反対で接客に向いている明るく元気な声。その声は逆に二人を不安にさせてしまう。
「俺、さっき店の悪口みたいなの言ってなかったか? 聞こえたかな? 聞こえちゃったかな?」
「マサキさん。声大きくて聞こえたんじゃないですか? だから私たちが来たことに気付いてお店の奥から挨拶したんですよ。でももしかしたら私の声に気付いたのかもしれません……」
ガクガクブルブルと小刻みに震えながら耳打ちで会話する二人。誰もいないと思って言った店への第一印象。それが店へ対する誹謗だったことに後悔をする。
二人が震えている間に店の奥から声の主が顔を出した。
「久しぶりのお客さんですー。しかもカップルさんですかー。いや、夫婦さんかもしれませんねー。いらっしゃいませー。私はここの店主のルージュ・レーヴィルですー!」
その明るく元気な声の女性は、道具屋の店主のレーヴィルだ。
ネージュのように白い肌で緋色の瞳の兎人族。ウサ耳がちょこんと可愛らしく立っているがそんな可愛らしいウサ耳とは裏腹に男を誘惑するかのような妖艶で赤い口紅が特徴的。
現実世界でのウサギの種類で例えるのならアルビノ種の白ウサギだろう。
「お客さんー。どうして震えてるんですかー。ところで何を探しに来たんですかー?」
明るい笑顔で質問をする道具屋の店主。どうやら店に対する誹謗は聞こえていなかったようだ。
そんなレーヴィル問いに答えるためにもマサキは震えながら四つ折りにした白い紙をポケットから取り出して渡した。
この紙は不動産の時にも活用できた二人の秘策の白い紙だ。中には購入したい商品が書かれている。
「えーっとー。ノコギリとヒモと釘ですかー。ノコギリは何に使うんですかー?」
何に使うのか。そんな質問に対する秘策の紙は用意していない。購入したい商品を書いた紙だけで済むと思っていたからだ。
しかし手を繋いでいる二人は一人の時とは違う。その繋いでいる手から勇気を貰って答えることができるのだ。
「キッキッキ、キッキッ、キィイ、キ!」
歯軋りのように震えながら答えたマサキ。たった一文字『木』と答えるだけでも精一杯だ。しかしネージュと手を繋いでいなければそれすらも答えることができなかっただろう。
隣で震えるネージュは、マサキが質問に答えられたことを喜び、白くて小さな肩をマサキに何度もぶつけていた。
「あはは……震えすぎですよー。木で合ってますかー?」
呆れ笑いするレーヴィルはマサキの言いたいことをなんとか理解した。そもそもノコギリで切るものといえば木が定番だろう。
目の前で小刻み震える二人がノコギリで切りたいものが本当に『木』なのかを確かめるためにレーヴィルは聞き直した。
「木で合ってますよねー?」
聞き直されたマサキとネージュは必死に頭を上下に振った。
「木ってことは兎人族の森の木ですよねー? うちの店だとあそこの木を切れるほどのノコギリはないですよー。すみませんー」
錆びてるもんな。と、二人は同じことを同時に思ったが口には出さなかった。しかし表情には出ていたらしくレーヴィルに思っていることがバレてしまった。
「錆びてるとか思ってるんじゃないですかー?」
ギクッ
「ギクッてしてるからやっぱり思ってたんですねー」
首を必死に横に振るがもう手遅れ。レーヴィルの睨みつけるかのような緋色の瞳が震える二人をじっーと見ている。
そんなレーヴィルはため息を吐きながらノコギリの話に戻った。
「私の道具屋でダメなら兎人族の里中、いや、兎人族の国中どこを探しても見つからないと思いますよー」
「ぇ……」
それは自分の店のノコギリを過大評価しているようにも聞こえるがそうではなかった。
「だってノコギリを販売している店はここだけですからー!」
単純な話ノコギリを販売している店はレーヴィルの道具屋だけだったのだ。そうなると二人は別の国に行きノコギリを買わなくてはいけなくなってしまう。
ただでさえ緊張と不安と恐怖で会話することができない二人。他の国で他の種族を前にしてしまうと怯えすぎて最悪の場合死んでしまうかもしれない。それほど二人は重症なのだ。
そんな絶望的な未来が見えてしまった二人はその場に膝から崩れ落ちてしまった。
肩を寄せながら座り込む二人。震えは止まったがかなり落ち込んで絶望的な様子が見て取れる。
「あ、あのー大丈夫ですかー?」
心配して声をかけるレーヴィルだったが二人に彼女の声は届かなかった。
「なぁ、ネージュ。俺たちってどんだけ不幸なんだろうか。ノコギリすら手に入らないなんてな」
「社会の歯車から逃げてきた私たちですよ。もう見捨てられたんですよ。社会に……いいえ、世界に」
「だよな。もう無人販売所はカーテンで営業するしかないな。毎日客の目を気にしながらストレスを溜めて死んでいくんだ……」
ぶつぶつとネガティブ発言を繰り返す二人。
魂が天に登っていくかのように二人はどんどん白くなっていく。元々真っ白な肌のネージュでさえ白くなっていくのがわかるくらいだ。
そんな死にかけの二人を見てレーヴィルは明るい声で二人に言葉をかけた。
「材料があればお望みのノコギリを作れますよー。なんでも斬れる剣だって作れちゃいますよー。私の本業はそっちですからねー。騎士団の団長もお墨付きなんですよー」
腰に手を当てて大きな鼻息を立てながら自信満々に言ったのだった。これぞドヤ顔。
「おい。ネージュ聞こえたか。ついに俺は幻聴が聞こえてしまったよ。なんでも斬れる剣だってよ。ははは」
「はい。しっかりと幻聴が聞こえました。私たち頭がおかしくなるタイミングも同じだなんて気が合いますね」
二人はレーヴィルの言葉が幻聴だと思っている。だから耳打ちせずに小声で会話をしている。すでに絶望の道を辿っている二人はもうどうでも良くなってしまっているのだった。
「全部聞こえてるんですけど……」
そんな二人の小声は全てレーヴィルに聞こえていた。小さなウサ耳だがよく聞こえるみたいだ。
「なんでも斬れる剣は幻聴じゃないですよー。道具屋は副業で鍛冶職が本業なんですよー。だから店をほっときすぎてサビちゃったんですよー」
幻聴でも虚言でもないことを信じてもらためにレーヴィルは落ち込む二人に言葉を続けた。
道具屋は副業。本業が鍛冶職。だから店の商品が錆びる。辻褄は合っている。だがしかし、人間不信のマサキはそう簡単には信じない。
「ゼッタイニキレナイタテトカツクレルノ?」
マサキは片言でぎこちなくレーヴィルに質問をした
「はいもちろんですよー。絶対に斬れない盾ぐらい私なら作れますー」
「ほらやっぱり。それって矛盾って言うんだよな……」
絶望に打ちひしがれているマサキはレーヴィルの顔を見ず、左手で繋いでいるネージュの右手を見ながら本音を溢した。
レーヴィルに向けて言った言葉ではないので震えることなく普通に言ったのだ。だが声は小さい。
その小さな声を聞き取れるほど兎人族のウサ耳の聴覚は優れている。ただネージュのように垂れているウサ耳は小さな声を聞き取ることはできない。
しかし目の前に立つ道具屋の元気で明るい少女のウサ耳はちょこんと立っている。なのでマサキの小声を聞き取ることが可能だった。
二人が店に入ったことに気付いたのも聴力に優れている兎人族だからだ。となると入店時の店への誹謗も聞こえていることになるがそこは気にしないでおこう。
「矛盾だ矛盾。帰るぞネージュ」
「はい。マサキさん。残りの少ない人生楽しみましょう……」
立ち上がらずに床に這いつくばりながら帰ろうとする二人。もう立ち上がる気力がないのだろうか。
そんな床を這いつくばる二人の目の前、数センチのところに鋭い剣がストンッと落下。
剣は刃を全て床に突き刺している。まるで床が剣を丸呑みしたかのようだ。
そんな突然現れた剣に驚き、這いつくばっていた二人は飛び上がった。そして抱き合いながら店内の隅に逃げ込んだ。
「ひぃぃ、こ、殺される……」
「マ、マサキさんが怒らせたんですよ。だから刀を投げてきたんですよ。もう少しで当たってましたよ……」
「お、俺はただ俺の人生に嘆いてただけであってだな、怒らせるようなことは決してしてない。それにしてたとしても、あんな剣を突きつけられるようなことまではしてないって……」
「ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガク」
緊張と不安。さらに人間不信の感情と恥ずかしがり屋の感情。全てを飲み込むほどの恐怖が二人の心を蝕む。そして心が恐怖に支配されれば反射的に体が怯え震え上がる。
そのままレーヴィルは床に突き刺さった剣をすっぽりと抜いた。地面からニンジンを抜くよりも軽く滑らかに。
「どうですかー? これで証明できたましたよねー? なんでも斬れる剣の斬れ味をー」
そう。レーヴィルに殺意はこれっぽっちもない。剣を投げたのは二人に『なんでも斬れる剣』を証明したかっただけだったのだ。
矛盾についての意見は置いといて、なんでも斬れる剣と思わせるほどの斬れ味を持った剣は実在した。
「ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガク……」
店内の隅で抱き合う二人は恐怖で言葉が出ない。
「そ、そんなに怯えないでくださいー。脅かすつもりじゃなかったんですよー。ついついやりすぎちゃいましたー」
自分の頭をコツンと叩きながら舌を出すレーヴィル。ドジっ子なところを反省するその姿はまさにてへぺろだ。
可愛らしいてへぺろを見せつけられても二人は恐怖が勝ってしまい小刻みに震える体を止めることができないでいた。
そんな二人にレーヴィルはマサキが渡した四つ折りの白い紙の裏側に何やら書き始めた。その間マサキは床に頭を打ちつけながら必死に謝罪をする。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「わ、わかりましたからー。私もやりすぎましたし……そ、それでですね、木を切って何に使うかは知りませんが、この材料さえあれば兎人族の森の木を切ることができますよー」
材料のメモを書き終えたレーヴィルは小刻みに震える二人の前まで歩いていく。そして優しい声で言葉をかける。
「驚かしちゃった分と材料を取ってきてもらう分でノコギリのお代はいらないですー。だから怯えるのをやめてくださいー。ってなんで余計に震えてるんですかー!」
優しい声とニコッと笑顔のレーヴィル。
そんな姿が逆に怖く感じた二人はさらに震え上がってしまった。あんな鋭い剣を見せつけられた後だ。優しい声と笑顔は二人にとって逆効果だったのだ。
なので目の前に差し出された紙を受け取らないわけにはいかない。涙を流し震える手で材料が書かれた紙をマサキは受け取った。そして一言謝罪してレーヴィルから逃げるように店を出て行った。
「す、すびまぜんでじぃたー」
「でじだー」
震える足を精一杯動かし二人三脚でもしているかのようだ。
「兎人族の洞窟で材料が揃うから頑張ってねー!」
走って逃げる二人の背中に向かってレーヴィルが声をかけ元気に手を振った。
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