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第1章:異世界生活『兎人ちゃんと一緒に暮らそう編』

11 愛情たっぷりニンジンの葉

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 二人は家に到着してた。ネージュは休むことなくキッチンの方へと向かい夕食の準備に取り掛かる。
 大樹の内側の壁に掛けてあるニンジンの模様が入ったピンク色のエプロンを取り華麗に着こなした。

「マサキさん。ニンジン一本分かニンジン三本分の葉、どちらにしますか?」

 冷蔵庫の中に保存されている食材を確認しながらネージュが問いかけた。
 何度見ても変わらない冷蔵庫の中身。ニンジン一本分とニンジン三本分の葉のみ。

「やっぱり両方は食べれないんだよな……まあ仕方ないか。ボリュームがあんのは絶対ニンジンの方だけど、数で考えたら葉っぱの方だな。それに今は無性にその葉を味わってやりたい気分だ」

「私も同じこと思ってましたよ。本当に気が合いますね。ではニンジンさんの葉を調理しますね」

 二人の意見は一致。夕食はニンジン三本分の葉に決定だ。二人はなぜかニンジンの葉を見て陰謀があるかのような悪い表情をしている。
 このニンジンの葉はニンジンに付いていたものなのでそっくりニンジンのように毒はなく安全に美味しく食べることができる。

「そんじゃ俺は何かすることあるか? 昨日みたいに見てるだけだと流石に申し訳ないし……」

「そーですね。そしたら食後の片付けをお願いします。なので今はゆっくり休んでください」

「ネージュお前は天使か。天使なのか。眩しすぎる。俺には翼が生えて見えるぞ」

「はいはい。わかりましたから、ゆっくり休んでてください」

 不動産屋の時に散々聞いたマサキの褒め言葉に、慣れてしまったネージュは軽く受け流しエプロンの紐をキュッと結んで料理を開始した。
 役割分担で片付け担当になったマサキは何もすることがない。なのでネージュのお言葉に甘えて体に溜まった疲労を回復させるためにしばしの仮眠をとることにした。

 マサキが眠りから目覚めたのは約三十分後だった。美味しそうなバターの香りが眠っているマサキの脳を刺激したのだ。そして生理現象で腹の虫が鳴った時、マサキは眠りから目覚めたのだった。

「ぅぁ、寝てた……バターの良い香り……美味しそうだ……」

 マサキはバターの香りに誘われて重たい体を起こす。目を擦ったあと固まった背筋を伸ばしながら部屋の中央にあるウッドテーブルの前の席まで歩いて行く。

「す、すげー。小さいけどめっちゃ美味しそう。それに盛り付け方が素晴らしい」

 ウッドテーブルの上に置かれた料理は四年間居酒屋で働いていたマサキが感動するほどの出来だ。
 ネージュが調理した料理は、ニンジンの葉ポタージュとニンジンの葉ソテーの二品だ。
 貧乏兎のネージュの家には食材はない。今はこれ以外には、ニンジン一本しかない。しかし生前のおばあちゃんが買いだめしていた調味料などが大量にある。なのである程度の料理は作れてしまうのだ。

「疲れた体には、温かいポタージュが良いかと思いまして。余った葉でソテーも作ってみました」

 緑色でとろっとしたニンジンの葉のポタージュ。小さなお椀に半分程度の量しか入っていない。
 しかし見栄えは豪華だ。パセリの代わりに細かく刻んだニンジンの葉がかかっている。それをすることで段違いの出来になる。ニンジンの葉だけで作られたポタージュで色味がないが、フランス料理のように見栄えが豪華になるのだ。

 黒胡椒がふりかけられ、香ばしいバターの香りとが合わさった良い香りを漂わせている、ニンジンの葉のソテー。醤油皿程度の小さな皿に乗っている量しかないが。
 少しでも見栄えを良くしようと盛り付けを工夫しているのがわかる。山型になるように盛り付けしていて余白のバランスも少なすぎず多すぎず的確だ。

(本来ならテーブルに置かれてる料理を一人で食べるんだよな。生活に困ってるくせに居候の俺なんかのために半分にして。俺なんか五分の一。いや、十分の一でいいのに。ネージュ、お前はなんて優しい女の子なんだ。一人分の食事も大変なのに……)

 マサキは食卓に並ぶ小さな料理を見て胸が締め付けられていた。そしてぶわっと涙が溢れそうな感覚におちいるがなんとか堪える。

(でもこのままこの現状が続けばいつか食料が底を尽きる。その時、俺は追い出されるかもしれない。いや、ネージュは俺を追い出したりしないだろうな。一緒に共倒れ。そんで飢え死にするかもしれないな。もしその時がきたら、いや、その時が来る前に俺は自分の意思で出ていかなきゃいけない……)

 遠くない未来を想像して現状の深刻さを重く受け止める。
 働けずお金がない状況で一人分の食事がギリギリ。それなのに二人分も養えるわけがないのだ。
 そしてマサキは強く拳を握りしめて決意を固めた。同時に涙が流れるのを耐えた。

(そうならないためにも、明日こそは絶対不動産屋に行ってやる。そんで、無人販売所を経営するための店舗をなんとしてでも見つけてやる。そんで商売を繁盛させて、ネージュに腹一杯食わせてやるんだ。いや、それだけじゃダメだろ。命の恩人でここまで優しくしてくれてるネージュに、そんな恩返しじゃ足りない。三食食うのは当然だよな。だったら昼寝付き……そうだ。三食昼寝付きのスローライフをネージュに送らせてやろう!)

 自分のためではなく心優しいネージュのためにマサキは己に誓った。三食昼寝付きのスローライフを。

「どうしたんですか? 深刻な顔して。料理が冷めちゃいますよ。温かいうちに食べてください」

「あ、ごめんごめん。ネージュの作った料理に感動してたところだった。俺のいた日本てところだと出された料理見て深刻そうな顔する人結構いるのよ」

 実際マサキは居酒屋で働いていた時に深刻そうな顔をされた事がある。それは自信満々で作った料理を上司が見た時だ。
 ただの嫌がらせ。ストレス発散だろう。どんなに上手に作ってもケチをつけてくる。褒めることは一切ない。
 そんなサンドバックのような状態が四年間も続けば誰だって人間不信になる。

「なんですかそれ。マサキさんがいたニホンって変なところなんですね。そんなことよりも早く食べてください」

 ふふっと微笑むネージュに促されたマサキは席に着くと手のひらを合わせた。

「いただきます」

 そのまま木製のスープ用のスプーンを手に取ってニンジンの葉のポタージュを一口テイスティング。

「うぅ……美味すぎる。ぁぅ……温かい……温かいよ。心がポカポカ温まる」

 あまりの美味しさに堪えていた涙が一気に溢れ出てしまう。その後、お椀に残ったスープを一瞬で綺麗に平らげる。洗った後かと思うくらいスプーンについたスープも綺麗に舐め取った。

「そんなに急いで食べなくても誰も取ったりしませんよ」

「ぅう……うま、美味すぎて……ぁぅ……」

 そしてポタージュを平らげた後、バターで炒めたニンジンの葉のソテーを一口、一口、味を噛みしめながら食べていく。

「うぅぁ……ぁあう……ぅぅ」

「だ、大丈夫ですか? そんなに泣かないでくださいよ」

「ぅぅ……味はもちろん美味しいんだけど、味だけじゃないんだよ……」

「へ? 味だけじゃないとは?」

「ネージュが作った料理からネージュの気持ちとか苦労とかが伝わってくる。一生懸命に作ったんだって。今まで努力してきたんだって。頑張ってきたんだって。そう伝わってくるんだよ。だから涙が勝手にボロボロと……ボロボロと……ぅう……」

「マサキさん……」

 泣きながら食べ終えたマサキは気持ちを伝えた。味よりもその先にあるネージュの気持ちを味わったのだ。
『真心込めて作りました』『愛情たっぷり注ぎ込みました』なんて言葉はただの商売文句。キャッチコピーでしかない。しかしネージュが作る料理からはそれを感じる。否、それ以上のものをマサキは感じたのだ。

 食に対して認識される感覚は生理学的に五つある。甘いものを感じる甘味。酸っぱいものを感じる酸味。しょっぱいものを感じる塩味。苦いものを感じる苦味。うま味成分を感じるうま味。この五味だ。
 そこにマサキが感じ取った真心や愛情のようなものを入れれば六味なるかもしれない。そう。これは愛の味。愛味あいみと名付けよう。

「ネージュ!」

 涙と口に付いた油を乱暴に拭き取ったマサキは、突然立ち上がった。

「ど、どうしたんですか。泣き止んだと思ったらいきなり立ち上がって……」

「明日は不動産屋に絶対に行こう。絶対にだ。こんなに美味しいネージュの料理が近い将来食べられなくなるかもしれない。その時がきたら俺は死ぬ。ネージュの料理が食べられないなら死んでやる!」

「そ、そんなに!? 一体どうしたんですか?」

 餓死するという意味ではない。ネージュが作った料理が食べられないのなら死んでもいい。死ぬ覚悟ができているという意味だ。

「だから生きるために、いや、ネージュの料理を命が尽きるその日まで食うために、俺は……俺たちは明日絶対に不動産屋に行かなきゃいけないんだ!」

「で、でも不動産屋に行くってどうするんですか? 今日みたいに入れなくなるんじゃ……」

「大丈夫。ネージュの料理を食べた瞬間に閃いた。俺にとっておきの秘策がある」

 ニヤリと悪巧みを企んだかのように笑うマサキ。仮眠をとり食事を取った頭は秘策を生み出すほど冴えていたのだった。 
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