情報屋バニー・ラビット 〜ウサ耳カチューシャをつけた本名・年齢・国籍不明の世界一の情報屋幼女と超絶有能を自称するポンコツ助手〜

アイリスラーメン

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information:06 情報の取引はコーヒーとともに

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 ダイニングルームに戻ってきたネーヴェルが最初に見た光景は、先ほどと何一つ変化のないクロワッサン一家の姿だ。
 高級そうなアンティークテーブルに座っており、ネーヴェルが座っていた席だけが空席になっている。
 真っ先にパンと目が合う。座っている向きからして当然だ。

「ネーヴェルさん!」

 ネーヴェルを見て真っ先に声を上げたのは、瞳が交差したばかりの彼女――パン・クロワッサンだ。
 パンの声に反応したヴァンとオリヴィアは反射的に立ち上がり、ネーヴェルが入ってきた扉の方へと体ごと振り向いた。
 クロワッサン一家は期待と不安が入り混じった視線をネーヴェルに向けていた。

「決定的な情報はないけど……犯人に辿り着くために必要な情報は集まったよ。あとはそれを提示するだけ。そしてそれに見合った対価を頂くだけだね」

 開口一番、ネーヴェルの口から事件解決の糸口となる言葉が飛び出した。

「それは朗報ですね!」

「お金ならいくらでも払いますよ! ネーヴェルさん!」

 胸をなで下ろすヴァンとオリヴィア。彼らの背後で、彼らの娘であるパンは浮かない顔をしていた。
 顔の後ろに目がついていないヴァンとオリヴィアは、パンの暗い顔つきには気付いていない。

「セリシールさん。具合の方は大丈夫なんですか?」

 ヴァンはネーヴェルとともにやってきたセリシールに心配の声をかける。胸を撫で下ろしているからと言っても心遣いは忘れていないのだ。

「大丈夫です! ちょっとだけ腰を抜かしただけですので。もう元気いっぱいです!」

 セリシールは豊満な胸の前で小さくガッツポーズを取り、元気アピールをして見せた。
 そんな彼女はネーヴェルから一歩下がったまま。ネーヴェルとクロワッサン一家の取引の邪魔をしないための配慮である。
 初対面のオリヴィアとパンに自己紹介をしなかったのも既述きじゅつと同じ理由だ。

「お金の心配いらないということで……早速、情報の取引を始めようか」

 ネーヴェルは悠然ゆうぜんと歩く。そして空白の席に腰掛けた。
 助手であるセリシールはネーヴェルの後ろに立ったままだ。
 その姿はまさに“できる助手”と言った感じである。
 悠然としているネーヴェルに引っ張られてか、メガネとフォーマルスーツが賢さを際立たせているのか、どちらにせよ、セリシールが自称する超絶有能な助手そのものの姿である。

「よろしくお願いします。ネーヴェルさん」
「よろしくお願いします」
「……よ、よろしくお願いします……」

 ネーヴェルがアンティークチェアに腰掛けたことによって、ヴァンとオリヴィアも挨拶をした直後に座った。
 一拍遅れてパンも座る。その表情は正面にいる両親の視界に映っているのにも関わらず、暗い顔つきのままである。
 全員が席についた事によって、いよいよネーヴェルによる情報の取引が始まる。そんな雰囲気だったのだが――

「あっ、いや、わ、私は結構です! 苦いコーヒーは飲めないので! コ、ココアだったら飲みますけど……」

 セリシールは慌てた声を上げていた。
 メイドが用意したブラックコーヒーを断っていたのだ。そして断るついでにココアを要求していたのだ。
 先ほどまでの超絶有能そうな姿は何処どこへやら。

 そんなセリシールに呆れたため息を吐いたネーヴェル。
 ため息によってどんよりとしてしまった口内を潤わせるため、メイドが用意してくれたブラックコーヒーを一口飲んだ。
 白い湯気が立っているブラックコーヒーだが、そこまで熱々ではない。
 飲みやすい温度にメイドが調節してくれているのだ。その温度は――78度。熱々のコーヒーに慣れているネーヴェルにとっては一口目にしては飲みやすい温度なのである。

「まずは――」

 コーヒーを一口飲んだ直後――コーヒーカップがソーサーに置かれた直後、ネーヴェルは情報の披露を始める。

「ヴァン・クロワッサン。キミについての情報だ」

「わ、私ですか!?」

 名前を出されて驚くヴァンだったが、そのまま反論する事なくネーヴェルの言葉を待った。

「キミの情報はハクトシンタクシーに乗っている最中にこっそりと調べさせてもらったよ。大手電機メーカーに勤めているみたいだね。しかも役職は部長だ」

「は、はい。そうですが……その情報は今は関係がありますか? まさか会社の誰かが殺害予告を? それとも客が?」

 会社のことを言われてしまえば、娘に殺害予告を送ったのが、会社の誰か、もしくは客の誰かだと誰しもがそう思うだろう。
 しかしネーヴェルが言いたいのはそういうことではない。

「いや、ボクはキミが立派だなって思っただけだよ。その年齢で部長だ。地道に努力してきたんだと感じたよ。

「そ、それはそうですが……」

「そうしなかったのは、認められたかったからじゃないのかな?」

「そ、そんなことは……」

 はっきり“ない”と言い切らなかったのは、心のどこかでそう思っているからだ。だからこそ無意識に顔が俯いてしまっているのだろう。

「クロワッサンという家名、家柄についても少しだけ調べたのだが、クロワッサンという家名はフレミスの貧困層に多い名だというのがわかった。キミは家柄の違いにコンプレックスのようなものを抱いていたのではないか? だから必死に努力を続けた。エメラルド家に認められるためにも」

「……」

 言葉を発さないヴァン。この場合の無言は肯定と認めているようなものだ。

「仕事でも家庭でも気を配っていたキミだからこそ、危機察知能力や反射神経が研ぎ澄まされていったんだ。だからうちのポンコツ助手が陶磁器を落としそうになったとき、誰よりも早く反応することができた。パン・クロワッサンが幼い頃もそうやってここの高級品を守ってきたのではないか?」

「お、お父さん……」

 パンは父親の努力を知らなかったのだろう。否、知っていたが、言葉として聞いたのは初めてだったのだ。

「仕事を休んだのは今日が初めてなんじゃないか?」

「は、はい……大事な娘に何かあったらと思いまして」

「大事な娘ね。パン・クロワッサン。キミは愛されているよ」

 ネーヴェルは隣に座るパンに向けて言ったが、体の向きはそのまま。膝の上に乗っているクロロを撫でながらの姿勢のままだ。

「まあ、仕事と家庭の両立は難しいものだ。両方努力するのは並大抵の人間にはできないことだね。だからその分、疎かにしてしまっていた部分もあったのだろうね」

「……疎かに? 私が何を疎かに?」

 何のことだかわからないと言った表情を見せるヴァン。
 当然だ。彼は全てを頑張ってきた。それは彼自身が一番に知っていることだ。だから疎かにしてしまったことなどないと自負しているのだ。

「まあそれは後ほどわかるだろう。次に防犯カメラの設置場所だね。寝室とトイレ、それに脱衣所と浴場以外にはしっかりと設置されてるみたいだね。しかも移動可能な360度カメラ。さすが大手電機メーカーの部長だね」

「プライベートの空間以外は全て厳重に監視してますので。それで犯人を知る手がかりは見つかったのでしょうか?」

 己の実績には触れずに質問をするヴァン。
 カメラが設置されている場所を知ることで犯人の情報を知る手がかりが見つかるとネーヴェルが数分前に言っていたのだ。ヴァンが質問をしたのも当然の流れであろう。

「あとは誰に殺害予告を書いてもらったか、だけど……実際のところ、この情報はあってもなくてもどっちでもよかったんだけどね。思わぬところで情報が手に入ったからさ」

 ヴァンの質問には答えず推理の如し情報の取引を続行するネーヴェル。というより淡々と独り言を喋っているかのように語り続けている。
 そんな銀髪幼女の後ろではうんうん、と頷きながらココアを飲んでいるポンコツ助手の姿がある。
 いかにも知っているかのような素振りを見せるのも、超絶有能を自称するためには大事なことなのである。

「この絵を描いた人物が殺害予告を書いた人物だ」

 ネーヴェルはウサギの絵が描かれた一枚の画用紙をアンティークテーブルの上に置いた。
 この絵は先ほどパンの従姉妹いとこから受け取ったものであり、そのエミリー本人が書いたものである。
 もちろんこの絵を描いたのがエミリーだとは知らないクロワッサン一家はきょとんとした表情をしていた。
 しかしエミリーが描いたと知っている人物の反応は全く違うものだった。

「な、な、な、何ですってー!!!!!」

 衝撃のあまり後退りをするセリシール。そのまま背中は壁に激突。その壁に沿って勢いよく腰を抜かす始末に。大袈裟だが、セリシールらしい驚き方だ。
 マグカップを割らずにそのまま握っていたのと、ココアを飲み干しており一滴も溢さなかったことだけは、称賛しても良い点でだろう。
 すぐにココアを飲み干してしまうポンコツぶりはどうかとは思うが。でもそのおかげでスーツも床も汚れずに済んだのだ。

「ま、まさか……エミリーちゃんが!?」

 セリシールの口から殺害予告を書いたであろう人物の名前が発せられる。
 その名を聞いたクロワッサン一家は、セリシールのように衝撃が走る。信じられないと言った表情を見せた。

「エミリーが書いただと!?」
「誰かに書かされたのですよね。だとしたらいったい誰が!? 誰がエミリーに!」
「…………なんで……」

 パンだけは別の意味で信じられないと言った表情を見せている。顔色も悪い。

「以上、ボクが取引したい情報だ」

 ネーヴェルは少しだけ冷めたコーヒーを一口、二口と飲んで、乾いた喉を潤わせた。
 まだまだコーヒーを飲むのにはちょうどいい温度だ。もっと言えば一番美味しく感じる温度かもしれない。
 だからネーヴェルは口を離すことなく三口目も飲んだ。

「い、以上ですか? ここまで情報があるのなら殺害予告をパンに送ったたクソ野郎の、エミリーに書かせたクソ野郎の目星がついてるのではないですか? ネーヴェルさん、あなたの頭脳や洞察力ならすでに犯人に気付いているはずですよね! お願いします。大事な娘のため、娘の命のためにも教えてください! 殺害予告を送ったクソ野郎を!」

 ヴァンは頭を垂れた。テーブルに額がついてもお構いなしに頭を垂れ続ける。
 もはや土下座と言っても過言ではないほどの誠意を見せていた。

「そう懇願するな。ボクの力がなくても、この事件の真実にはもう気付いているだろうからさ。いや、、と言うべきだろうか。そうだろ? 

「ど、どういうことですか?」

 自分の娘の名前が鼓膜を振動させた瞬間、ヴァンは勢いよく頭を上げた。そして正面に座る銀髪幼女の水晶のような瞳を見た。

「うちの娘が最初から犯人に気付いていたと? それならなぜパンは犯人を教えない? 庇っているとでも言うのですか!? 殺害予告を送ってきた犯罪者を!  クソ野郎を! どういうことなんですか。教えてください。ネーヴェルさん!」

「それはボクにじゃなくて直接本人に……に聞いた方がいいよ。ボクたちは情報屋だからね。探偵のように事件を解決することなんてしないよ。これで仕事は終わり。あとはキミたち自身で解決してくれ」

「犯人本人って……だから、その犯人がわからないんじゃないかー!!!」

 思わずテーブルを叩きながら怒鳴ってしまったヴァン。
 そんなヴァンに動じることなくコーヒー飲み続けるネーヴェル。

「お父さん!!!!」

 息を荒げるヴァンに向かってパンの必死の叫びとも言える声が発せられた。
 驚くヴァンは視線を銀髪幼女から自らの娘へと向ける。
 親子の視線が交差した一筋の涙がパンの瞳からこぼれ落ちた。

「私なの……私が……やったの」

 パンは弱々しい声で自作自演を自白した。
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